厨二病に花を添えて   作:ワンダーS

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第6話: 厨二病へのお返し

 

 宿の一階にある食堂は、大きさこそ探求者ギルドには劣るものの、建物の大きさに合わせられてテーブルや椅子が数多く備え付けられている。常であれば賑わっているのであろうそこは、しかし、今となっては利用する客は他におらず、がらんと貸し切り状態となっていた。

 そんな食堂の一角で、一組のテーブル席に対面する形で腰かけた私達は、先ほどミリーさんに手渡されたメニュー表を開いて、頼んだばかりの見覚えのないメニュー名へとしきりに目を落としていた。

 『楽園』では素材を調理して自由に料理を創作して名づけることができたが、この世界でもその仕様は変わらないみたいで、どれもこれも内容を想像すらできない料理名が付けられている。一体どんな料理が出て来るのか、心なしか浮足立ちながら待っていると、不意に目の前の友人が口を開いた。

「…ふむ、聖女よ」

「ん、今更怖気づいたのか?心配しなくても、ミリーさんは嬉しそうにしてたから、多分得意料理なんじゃないかな」

「いや、そうでは無いのだが…うむ…」

 言いあぐねたように口をまごつかせて、けれど、諦めたのか、友人はそれきり口を噤んでしまった。それでも尚、ちらちらとこちらに向けられる視線を感じつつ、私は謎のメニュー名達に目を通していく。

 恐らく、このメニューらはミリーさんの命名だろう。なにせ、『ミリー・スペシャル』なる名前があるのだから、まず間違いは無い。ただ、『最高エリーサンド』や『ドリエリー』等、ネーミングセンスには些か難がある気もしないではないが、本人曰くそれらは人気メニューらしい。因みに、前者は私が、後者は友人が注文した料理名である。

「サンドっていうくらいだから、私のはある程度予想はつくけど…、ドリエリーって何なんだろうな」

「見当もつかん。しかし、自らの名前を料理名に入れるとは、中々奇天烈な娘であるな」

「お前にだけは言われたくないだろうな、それ」

 この友人は、眼帯に帯剣と、現代日本であれば通報待ったなしの格好を、嬉々として受け入れる厨二病なのだ。そんな人物に奇天烈と評されるのは、受け入れ難い屈辱だろう。

「そうは言うがな、聖女よ。貴様とて…」

「お待ちどうさまー!」

 苦々しい顔で友人が何やら続けようとするも、直後に食堂に響いた明るい声がそれを遮った。見れば、両手に一つずつ盆を持ったミリーさんが、器用にバランスを取りながらこちらへ歩いて来ている。盆の上には飲み物の入ったコップとそれぞれの料理が乗せられていた。

 「こちら、ご注文の料理でございます」と、わざと畏まった様子でテーブルに置かれたそれらに、自然と私と友人の視線が集まる。

 私の前に置かれた盆には、瑞々しい野菜と薄切りのハムがふんだんに挟まれた、分厚いサンドイッチが食べやすいサイズにカットされて、計四切れ乗せられた皿が置かれていて、飲み物の他に、もう一つとろみのついたポタージュの入った器も添えられている。

 次いで、友人の方へと目を向けて見ると、どんな料理かと思いきや、綺麗な焦げ目の付いたドリアが湯気を立てていた。ドリアだから、エリーの名前を付けて、ドリエリーという事らしい。

「…ねぇねぇ、聖女ちゃん。一つ気になったんだけど、聞いてもいい?」 

 早速食べようと、サンドイッチに手を伸ばしたところで、エリーさんに声を掛けられる。どうしたのだろうと、見上げようとするも、帽子の鍔に遮られて表情は伺えなかった。頷いて見せると、ミリーさんにも伝わったようで、キョトンとした無邪気な声で問いかけられる。

「どうして部屋から降りて来てからずっと帽子被ってるの?目深に被りすぎて、それじゃあ顔が見えないよ」

「…えっと、これは…」

 答えあぐねて、誤魔化すように帽子の鍔を掴んで、顔元を隠そうと更に下げる。屋内で麦わら帽子を被っている以上、不審に思われるのも無理はない。けれど、これにはやむにやまれぬ事情があった。

「宿の娘よ、あまり触れてやるでない。聖女はつい先ほど、弩級の黒歴史を作ったようでな。穴があれば入りたいと同様で、少しでも視界を遮ろうと必死なのだ」

 ドリアを頬張りながら、友人が先んじて代わりに説明を入れた。それを聞いて、私の脳裏に先の光景が思い浮かんで、再び徐々に顔に熱が集まって来るのを感じる。折角気にしないようにしていたのに、あまり掘り返さないで欲しいと、耳に手を押し当てて周囲の音をシャットダウンしようと試みる。

「黒歴史って、あたしがいなくなった後、一体全体なーんの話をしてたのよ。それとも、もしかしてあれ?当人同士でも恥ずかしいプレイでもしちゃった?」

「うら若き乙女とは思えぬ発言だな…。生憎だが、俺様から聖女に手を出すことは無い。そして、聖女にもその気はないのでな、所謂清い関係という奴だ」

 しかし、手で塞いだ程度では会話の音までは遮れず、結局は無駄な抵抗に終わってしまった。

 友人の話を聞いたミリーさんは、「ふーん」と気の無い相槌を打って柄の間黙り込むと、唐突に私の被る麦わら帽子の鍔に手を掛けた。

「それなら、やっぱりご飯の途中で帽子を被ったままなのは御行儀がよくないよ。という事で…」

 ミリーさんが何をしようとしているのか、察した私は慌てて引き留めようと帽子に手を伸ばすも、それよりも早くミリーさんの手によって、「てーい!」と軽い掛け声とともに帽子を取り上げられてしまう。

 途端に開けた視界に、こちらに笑顔を向けているミリーさんの顔が映って、前を向けば木匙を持ってこちらの動向を見守っている友人の顔が映った。そして、同時に鮮明に思い起こされる自らの痴態の数々に、顔から火が出るような羞恥に苛まれる。

「か、返して!無理だから、これ、本当に無理な奴だから!ミリーさん、お願い許して、隠れさせて…!」

 咄嗟に立ちあがって、帽子を取り返そうとミリーさんに詰め寄るも、当のミリーさんは帽子を持つ手を上に高く上げてそれを阻止する。ミリーさんは私よりも少し背が高い。跳び跳ねてみても、左右に揺らされるだけで容易に避けられてしまう。上に持って行かれてしまっては、届かない私には分が悪かった。

 必死に帽子を取り返そうとする私を、ミリーさんは何処か目を輝かせて眺めて、興味深そうに息を吐いた。

「おぉ、この反応は予想外。何があったのか根ほり葉ほり聞きたくなるなー」 

「勘弁してよ…。はぁ、行儀が悪かったのは事実だし、分かったから、もう被らないから」

「ふふん、よろしい」

 飛び跳ねたせいで若干上がった息を整えながら降伏すれば、にこりと笑みを浮かべたままのミリーさんから帽子を返された。このまま被ってしまいたい気持ちをぐっとこらえて、帽子を椅子の背に掛けてから座り直す。

 そうすれば、必然的に向かいの友人と顏を見合わせることになる。木匙を使ってドリアを食べながら、こちらをじっと見つめる友人と目が合ってしまう。急速にこみ上げてくる羞恥に、脳がショートしたのではないかと思う程真白に染まった。それから逃れようと、顔を俯かせて視線を遮るも、こう開けた視界では嫌でも友人の視線を感じ取ってしまう。

 動揺している事が自覚できる。しかし、これでは友人と話すことすらままならない。それは駄目だ。ならば、この動揺は要らないものだ。必要無いのなら、即刻切り捨ててしまえばいい。

 決意するなり、茹で上がっていた脳が冷静さを取り戻していく。これなら、友人とも普通に話せるだろう。

「…よし。ところでミリーさん、こちらのサンドイッチには何が使われているんですか?野菜などにはあまり詳しく無いもので、特にこの紫色の野菜はあまり見かけたことがなくて、気になってしまって」

 隣に立つミリーさんを見上げて問いかけると、彼女は目を丸くして、驚きを露わにしながらも、ゆっくりと口を開いた。

「おおう、聖女ちゃんマインドセット早すぎ…。紫のはパプルテっていう野菜だよ。ちょっと苦みがあるんだけど、一緒に挟んでるミリーちゃん特製ソースと相性が良いの。後はミニカウのお肉と裏の畑で採れたシャキレタとアオトマかな。本来は切らずにお出しするんだけど、聖女ちゃんが食べ易いかと思って、四つ切でお出ししました。…ミリーちゃんの気遣いに惚れても良いんだよ?」

「惚れませんが、ありがたく思います。野菜もお肉も、そういった名前なんですね。厨二病さんの方は、いかがですか?見た所ドリアのように見えますが」

 ぱちりとウインクをしてくるミリーさんを軽くあしらいつつ、友人の手元へと目を向ける。見た目はドリアそのものだけど、中身までそうとは限らない。食べた所の感想を聞こうとした所、しかし、友人は何故か口をへの字に曲げて、露骨に不服を露わにしていた。

「どうしたんですか、そんな顔をして」

「あれ、友人さん、お口に合わなかった?」

 友人がここまであからさまに負の感情を表に出すなど、そうそうある事ではない。ミリーさんと二人目を見開いていると、友人は気を取り直すように頭を振って、木匙を置いた。

「いや、美味だ。…さて、なんだったか。確か…『何でもするから、頑張るから』と泣いて縋って来たのだったか」

「ぐっ…」

「え、なに、あたしが部屋出た後そんな話してたの!?聖女ちゃん大胆ー!」

 口の端を上げ、明確な悪意を持って友人の口から放たれた暴露話に、思わず息を詰まらせる。同時に、静けさを保っていた心の水面が波を打ち始めて、蓋をしていた感情があふれ出して来る。再び胸中に発生した嵐に必死に耐えながら、諸悪の根源たる厨二病患者へと鋭い視線を向ける。

「ちゅ、厨二病、なんで今その話した!?折角気にしないで済む様になってたのに!」

「フハハハ、それではつまらぬのでな!宿の娘も聞きたそうにしていた故、善意で話してやろうと思ったまでだ」

「何が善意だ、悪意満々の癖に!この馬鹿、馬鹿厨ニ病!」

 さも愉快そうに笑う友人は、私からの罵詈雑言に対してフィルターでも掛かっているのかと思う程に、大した反応を見せない。涼しい顔をしている友人に、身体の奥底からこみ上げてくる悔しさを噛み締めて、憮然としたまま視線を逸らす。

 例えこのまま何を言ったとして、友人の反応は変わらないのだろう。自分一人だけが、実際にそうなのだが、取り乱している様な気になってきて、けれど、逆にそれのおかげで幾らか心も落ち着いてきた。

 全く気にせずという訳にもいかないが、先ほどのように羞恥に溺れる事も無い。ただそれだけの事が、今の私には値千金に感じた。

「はぁ…全くもう。ミリーさん、ごめんね、騒がしくしちゃって」

 テーブルの下で友人の脛にトーキックを叩き込みつつ、一応は公共の場で騒いでしまったことを謝っておこうとミリーさんへと振り返ると、そこでは何故かミリーさんがほくほく顔で一人合掌をしていた。

「いえいえ、お気になさらず。寧ろご馳走様でした」

「ご馳走様?…まぁ、気にしてないなら、それで良いんだけど…」

 気にするどころか、満足すらしているように見えるミリーさんを不思議に思いながらも、未だ手を付けていなかったサンドイッチへと手を伸ばす。

 小さめに切られたそれに一口かぶりつけば、シャキシャキとした歯ごたえと共に、パンや肉の甘みと酸味の利いたソースの風味が口に広がった。おすすめの品なだけあるその絶品に舌鼓を打っていると、不意にミリーさんがぽつりと零すように呟いた。

「この食堂も最近ずっと静かだったから、少しくらい騒がしい方が、あたしも嬉しいんだよね」

 そう話しながら周囲の人のいないテーブルを見渡すミリーさんの言葉には、確かな哀愁が漂っていた。

 考えてみれば、おかしな話だ。部屋の質も、料理の質も、どれもが一級品のこの宿屋がこうも閑散としている。そして、街を歩いて感じた違和感も然り。詰まるところ、やはりこの街の人口自体が減っていると見た方が良いのだろう。人が居なければ、最上級の宿屋とて客を失うのも必然と言える。

「その、この街で何かあったんだよね。人が居なくなるような、大きな事件とか」

 街から人が居なくなるには、出生率の低下や伝染病など、幾つか理由が考えられる。しかし、綺麗な街の状態を見るに、時間を掛けて徐々にではなく、一度に人が居なくなったのだろう。そして、それは現在から大して離れた出来事でも無い。一番条件に合致しそうなのは、徴兵や災害。寧ろその両方の可能性が高く、この世界に来てから得た情報を鑑みると、一つの候補が上がる。

「それは、モンスターの異常発生に伴った事件?」

 推察したそれを口に出して問えば、ミリーさんは一つ頷いてそれを肯定した。

「うん、そうなんだよね。少し前から、異様にモンスターが数を増やしてて、犠牲になる探求者が沢山出たんだ。国に救援を出しても、他国との小競り合いが続いてて、こんな辺境の村を助ける余裕が無いみたいでね。時間の問題だからって、この村から都会の方に避難する人が急増したの。だから、今この村に居るのは、都会に逃げるお金が無い人とか、最後までこの村を守ろうとする勇敢な人とか、後はあたしみたいに故郷を捨てられないおバカさんだけなんだ」

 話し終えたミリーさんは、ぱっと咲かせた笑みに自嘲の色を覗かせていた。

 モンスターの異常発生と人手不足と、思っていたよりもこの村の置かれている現状は厳しいものらしい。通りで、私達が探索者だと聞いて門番が喜んでいた訳だ。国からも見捨てられ、人員補充の叶わない所に、友人の様な見るからに腕の立つ者が現れたのだから。

 ちらりと友人を見やれば、彼は神妙な顔つきで、何やら考え込むように顎に手を当てていた。そうして間も無く、友人はテーブルの一点を見つめたまま口を開いた。

「…しかし、分からぬな。そのような状況で、見た所村自体への被害が皆無であろう。少なくとも、多くの村人が避難してから今までの期間を、本能に従うモンスター共が見逃しておくとは到底思えん」

 言って、友人は探るような視線をミリーさんへと向けた。

 モンスターが村や町を襲う事例は、『楽園』でも稀に見られた。勿論、NPCの探求者が恒常的に討伐を行って数を減らしていれば、そのような事は起こらないが、この村のように探求者が不足し、満足に討伐が行われないでいると、徒党を組んだモンスターの大群が一挙に押し掛けて、村や町を襲い始める。

 大抵は所属する国家から援軍が寄せられて事なきを得るものの、それすらもないこの村は壊滅する条件が揃ってしまっている。なのに、村に被害が全くないのは、何かしらの要因があるとしか考えられない。

 そして、その答えはすぐにミリーさんから開示された。

「あぁ、それはあたしも疑問に思ってたんだけど、職員の人が言うには、モンスター達は村を警戒してるんじゃないかって。具体的には、この村に居た一人の探求者を」

「ふむ、探求者…。それらしい人物がギルドに居たか?」

 こちらを向いた友人に訪ねられるも、私にもギルドにそんな人間が居たようには思えず、首を振って答える。一人二人は居た筈だが、あの人たちに比べると、門番の方が戦闘に秀でている気がする。かと言って、その門番が優れているかと言うとそうでなく、あくまで並みのNPCの探求者と同等だった。彼らが、村を守れるための抑止力足り得るとは思えない。

 見落としていないのであれば、たどり着いた結論に、ミリーさんを見れば、彼女は目を落として続けた。

「ギルドにも村にも居ない筈だよ。村の人が避難する前に、その人は消息不明になっちゃって。さっきの話、正確には、その人が居なくなったから、みんなは村を捨てることを決めたの。それくらい村の人にとって、その人は英雄で、希望だったから」

 再び口を閉じたミリーさんは落としていた目を閉じて、黙祷の格好を取った。彼女自身、件の人物と何かしら関わりを持っていたのだろう。その姿からは、悲哀の情が流れ出ていた。

「もしかすると、重荷に感じてたのかもね。一つの村の命運が、その人の肩に乗ってた訳だから。頼って、縋って、私達が彼の足を引っ張ってたのかも。なんて、いなくなってからそう思っても遅いのに」

 懺悔にも似たそのミリーさんの言葉に、私はぐさりと、胸の内に針を刺された心地を覚えた。

 それは、丁度今の私と友人の関係に似ている。友人は気にするなと言うけれど、鵜呑みにして甘えてしまっては、やがて同じような末路を友人に辿らせてしまうのではないか。そんな漠然とした不安が心の内で揺れた。

 だって、私は友人と違って、天才ではないのだから。

「少々心得違いをしているようだな、宿の娘よ」

 不意にミリーさんへと向けて話す友人の声が、まるで自分に対して向けられているように思えて、どくりと嫌に心臓が跳ねた。つい友人へと視線を向けるも、彼は至ってこの話題に興味の無い素振りで、ドリアを咀嚼して嚥下してから再び口を開く。

「村の命運を背負った程度で潰れるのであれば、その者はその程度の凡人であり、元より英雄になる器ではなかったのだ。そこを理由はどうあれ、立ち上がり剣を手に取った時点で、どのような結末を迎えようと、それはその者自身の責だ。故に、貴様が気に病むべき理由など何も無い」

 淡々と木匙を動かしながら友人が説くと、その何処か突き放している様にも感じられる言葉に、ミリーさんの眼が剣呑に細められた。

「ふーん、慰めてるようで、友人さんも随分厳しいこと言うんだね。見た所、友人さんもあの人と同じ雰囲気だし、もしかして自戒の意味も兼ねてる?」

「否定はせん。才能や力というものは必然的な物であって、当人が望む望まないに関わらず、押し付けられるものだ。宿命や責務と共にな。そして、それらは決して渇望して手に入れられるものではない」

 途中、すぐに逸らされてしまったけれど、友人の眼が一瞬だけこちらに向けられた気がした。

 言われなくても分かってる。凡人である私が、天才たる友人に真の意味で寄り添えることなど、あり得ないのだと。だけど、ただの気休めだとしても良いではないか。届かぬ天に背伸びをするように滑稽に映ったとして、それで友人の心の拠り所に、せめて少しでも心の支えになれるのであれば、私は喜んで泥に塗れられる。

 けれど、希望や本音を言ってしまえば、友人の隣に立ちたいとも思っている。無理だと分かっていながら、我ながら諦めの悪い、執着とも呼べる。こんなものを持っているから、黒歴史なんてものを作ってしまうのだ。だが、私がこの執着を捨ててしまえば、友人は孤独になってしまう。いや、今も尚友人の周囲は暗闇に包まれている。だから尚更、私は友人の傍に居たい。彼に寄り添って、黒に塗りつぶされた世界に彩りを与える、一輪の花になりたい。

 どうして、私には才能が無いのだろう、力が無いのだろう。どうして、友人には才能が有るのだろう、力が有るのだろう。

 無論、今までもずっと、友人の力になれる何かを探していた。けれど、どの分野においても、常に友人の背がその先にある。どれだけ追い縋ろうとしても、どんな努力もあざ笑うかのように、彼は全てを容易にこなしてしまう。友人と比べれば、私の能力はどれもが劣っていた。

 理不尽だと思う、不条理だと思う。私はただ友人を孤独にしたくないだけなのに、それだけの事が、生まれ持った才能なんてものに阻まれる。酷い話だ、友人は何も悪くない、悪いのは彼についていけない私自身。私に才能が無いから、彼を覆う闇は晴れないのだ。私の無力が、彼に孤独を与えてしまうのだ。私はそれが悲しい、追いつけない自分が惨めだ。そしてなにより、そんな自分自身に腹が立つ。

 無いものねだりのなのは分かっているけれど、もしも、考える価値も無い仮定の話だけど。私に才能が有ったとしたら、私と友人の関係はどのようになっていたのだろう。

 

 

 

 夕食を終え、軽くミリーさんと会話を交えてから、私と友人は一度部屋の方へと戻った。

 一時、険悪な雰囲気になりつつあった友人とミリーさんだったが、話している内にある程度は打ち解けたものの、少々のしこりを残しているようだった。無理も無い、彼女らにとっての英雄を、本人にその気がないとはいえ友人が貶す形になったのだから。

 当の友人はと言えば、部屋に戻るなり窓際の椅子に腰かけて、優雅に魔導書を開いている。月明かりに照らされて、一枚の絵になりそうなその姿に、先の件を気にする素振りは皆無だった。

 今回に留まらず、二人きりで接している分には分かり辛いものの、この友人は他人、正確には私を除いた他人に対する意識がドライなのだ。表面上はある程度の距離を保って、不利益を被らない程度の必要最低限な人付き合いで済ませ、それ以上は干渉をしようとすらしない。関心が希薄ともとれるそれは、周囲からの僻みや妬みを躱すのに一役を買う一方で、彼の特異性にも拍車をかけていた。

 私の眼からは、同じ場所に居ながら、まるで友人だけが別の世界に居るように映った。人の輪に混じりながら、その手だけは誰にも握られていない。そんな彼が、私に対してはその態度を一変させるのだから、未だに私はこの友人の全容を計りかねている。

「…厨二病」

 一言呼べば、友人は顔を上げて、魔導書に落としていた目をこちらに向けた。

 声を掛けたは良いものの、何を話すかは決めていなかった。何用かと問いかけて来る友人の瞳と床の絨毯とで視線を交互にしながら思考を巡らせる内に、先ほど抱いた疑問が思い浮かんで、咄嗟にそれを口に出した。

「もしさ、私に才能が有ったら、私達の関係ってどうなってたかな」

 言ってしまってから、手慰みに両手の指を合わせて、上目遣いに友人の様子を伺う。そうして目にした友人の表情は、なんとも奇妙なものだった。目を瞬かせて驚きを示す反面、眉を潜めて困惑を露わにし、それらの複雑な感情を器用に同居させている。

 それから、友人は天井を見上げたっぷり数秒程使ってから、尚も言葉に迷う素振りを残しつつ、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「どうなっていたか…、と問われてもな。結論としては、何も変わらんとしか答えようがない。寧ろ、何故そのような疑問を抱いたのか、その理由の方が気になるのだが…。…もしや、食堂での話が起因か?」

 真偽を確かめるように、探りを入れて来る友人に対して、私はただ頷いて答えた。

 すると、友人はしまったと言わんばかりに手で目元を覆い、脱力しながら再び天井を仰いだ。彼らしからぬその行動に戸惑っていると、大きく息を吐いた友人がぽつりと零すように続ける。

「聖女よ、あれはあくまでこの村の英雄擬きに対しての話だ。関係が無いとは言わんが、貴様との関わりは極端に薄い。一考の価値すら無い程にな。貴様は今のままで在れば、それで良いのだ」

 それを聞いた私は愕然とした。隣に立ちたいと、強く願う私に対して、この友人はそのままで居ろと言うのだ。今のまま、大切な友人を孤独にし続ける惨めな存在で居ろと、よりによって友人本人がそう言うのだ。

 無力感や悲哀が湧き上がるよりも先に、胸の内を焦がすような怒りが荒れ狂った。才能だ何だと考えていた自分が馬鹿らしくすら感じる。

「それよりもだ、貴様はこの後宿の娘から呼び出されているのであろう。そんなことを考えるよりも先に、今夜の自分自身の心配でもするべきではないか?」 

 口角を上げて揶揄うように言ってくる友人に、私は火に油を注ぐという言葉の意味を、真に理解できた。

 どうやら、この友人はあくまで私を除け者にする魂胆らしい。他人をどう思うかは友人の自由だ。だが、友人がその気なら、こちらにだって考えがある。

「…うん、そろそろミリーさんの部屋に行かないとね。所でさ、別件でもう一つだけ聞きたいことが有るんだけど」

「む、今日の聖女は何時になく積極的だな。良いだろう、何でも答えてやろうではないか」

 軽く受け応える友人は声を弾ませて、その姿は何処か機嫌良さげに見える。それすら私の堪忍袋の緒をか細く震えさせるものの、対照的に思考は氷のような冷静さを保っていた。

「お前さ、なんで私が盾の魔法を掛けてるって気づいたんだ?」

 単刀直入に僅かな怒気を乗せて問いかければ、友人は視線こそ逸らさないものの、微かに瞳を揺らした。友人にしては、随分とお粗末なポーカーフェイスだ。これでは、もう白状しているのと同じだろうに。

「さてな、偶然ではないか?」

「いや、偶然なんかじゃない。潜在中のあの魔法は目に見える物じゃないんだから、必然的に、お前が魔法の存在に気が付く場面があった筈だ」

 その場しのぎの誤魔化しを通そうとする友人を、通させる訳がないと、一つ一つ順序立てて追い詰めていく。

 魔法を掛けた張本人なのだから、誰よりも友人に掛けた盾の魔法については理解している。あの魔法は私の神官服の結界と同様に物理的、魔法的なダメージを遮断して、私が魔力を注ぐ限りその効力が持続する。そして、攻撃を受けたその瞬間だけ、魔法の障壁として僅かに視覚化する。

 当時は気が付けなかったけど、友人が魔法に気付いていたという前提があるのならば、遡ってこの時だと確信が出来る。

「今朝のウルフとの戦闘。あの時、わざと爪か牙を掠らせて傷を作ろうとしたんだろ。理由はどうせ、私の治癒魔法を試す為にとかその辺りで。私には自分を大事にしろとか、自覚しろとか散々言っておきながら…。…違うなら、そう言って欲しいんだけど?」

 言い切ってから試すように友人を睨み付けると、一瞬の逡巡の後、彼は降参とばかりに両手を上げた。

「貴様の言う通りだ。確かにあの時、俺様は自らの意志で傷を付けようとした。生憎と、貴様の魔法に防がれてしまったがな。認めよう、あれは俺様の失態だ」

 殊の外あっさりと、友人は自分の非を認めた。言い逃れが出来ないよう舌戦を繰り広げる用意をしていただけに、これには少々肩透かしを食らわされた。けれど、そういう事なら話が早い。

「そっか、認めるんだ。それなら、お前にも何か罰が必要だよな」

「…待て、聖女よ。貴様一体何を考えている?」

 不穏な気配でも感じ取ったのか、何処か焦燥感を滲ませながら、友人が問いかけて来る。

 罰とは言ったものの、この友人にそれを与えるのは至難の業だ。なにせ、大抵の無理難題は軽くこなしてしまうものだから、並大抵の罰は罰足り得ない。しかし、そんな友人に対する罰に、私は一つ心当たりがあった。

「お前は明日から私を抱き枕にして寝ること。勿論、手を出そうとしたら魔法で動きを止めるから、変な事考えるなよ。私は今からミリーさんに好き放題されるんだ、嫌とは言わせないからな」

 笑みを携え、有無を言わさない勢いで宣言すれば、友人は絶句してその場で固まってしまった。彼のこんな顔は、今まで見たことが無い。

 ようやく、友人の鼻を明かしてやれた。ざまぁみろと、微かな達成感を胸に、私は友人に背を向けて部屋を出た。そして、振り返り際に扉の隙間から覗いた友人は、これからの苦悩を察してか、重苦しい唸り声を上げてその肩を落としていた。

 精々、最後の孤独な夜をたっぷり楽しむと良い。

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