厨二病に花を添えて   作:ワンダーS

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第7話: 厨二病と神話

 昔々、遥か昔の、暦が出来るよりも前のお話。

 当時、人類は絶滅の危機に瀕していました。どこもかしこも、鋭い爪や強い力を持つモンスターがうようよと居て、非力な人類は逃げ隠れて生きるのに精いっぱいでした。

 点在しながら生きながらえているに過ぎない人類に、文明を築く余裕なんてありません。火を扱う術すら知らない彼らは、暗闇の中モンスターの脅威に怯えながら、その日その日を過ごしていました。

 勿論、そんな生活が長く続く筈もなく、人類はゆっくりと、それでも着実にその数を減らしていました。

 中には、火を扱う術を見つけた者も居たでしょう。しかし、それが始まりにならなかったという事はつまり、火を扱える程度では、この世界を生き残れなかったのです。それ程までに、世界は人類が生き残るには過酷でした。

 そして、人類の絶滅があと一歩という所まで差し迫った頃、人類に一筋の光が差し込みました。

 光の正体は、とある夫婦から生まれた一人の少年でした。

 少年は生まれながらに、自らに潜む強大な力を知覚していました。彼はその力を自在に操り、形を変え、モンスターを打倒する強力な術を編み出したのです。少年はその術に魔法と、その根源たる力に魔力と名を与えました。

 魔法を扱えるようになった少年は次に、その術を人類で共有しようと試みました。それが、人類がこの世界で生き残る唯一の道であると理解していたからです。

 しかし、道を歩き始めた少年は最初の一歩で躓いてしまいました。何故なら、他の人間は、少年と同じように魔法を使えなかったのです。そして、少年は気づきました。魔力は個々人でその形が異なり、同じ使い方をしても結果が異なってしまうのだと。同時に、少年と違って、普通の人間は魔力の使い方を自分で編み出せないのだと。

 だから、少年は考えました。どうすれば全ての人間が魔法を扱えるようになるのか。そうして少年が導き出した答えは、至ってシンプルな物でした。

『自分が全ての人間が扱える魔法を作れば良い』

 そう考えた少年は、早速他の人間達の魔力の解析を始めました。幸いにも、少年は魔力を捉えることが出来る目を持っていました。そのおかげで、少年は人間の魔力に共通する部分を見つけ、それを基に全ての人間が扱える魔法を開発することに成功しました。これが、後に全人類が扱うこととなった汎用魔法です。

 打ち出される魔法の槍は易々とモンスターの体躯を穿ち、作り出された魔法の結界はモンスターの攻撃を完璧に阻みます。汎用魔法は、その人の持つ魔力の一部分のみを扱う性質上、少年の使う魔法には遠く及ばないものでしたが、それでも、モンスターの蔓延る環境を生き抜くには十分な力が有りました。

 戦闘のみならず、魔法は人々の生活をも劇的に向上させました。炎の魔法は人類に明かりをもたらし、氷の魔法は食料の保存を、土や風の魔法は堅牢な住居を、そして、癒しの魔法は人々の命を救いました。

 モンスターに対抗する術を身に着けた人類は、ようやく村を作ることが出来ました、国を作ることが出来ました、文明を作ることが出来ました。長い夜が明け、人類の歴史が刻まれ始めたのです。

 人々は感謝しました、自分たちに生き抜くための力を授けてくれた少年に。彼らにとって、少年は崇高の対象となりました。

 そして、少年は王となり人類を導き続け、今も尚現人神として人々から崇拝されることとなりました。

 

 

 

「というのが、この世界に昔から伝わってる神話だよ。史実通りかは分からないけど、今の楽園暦もその現人神様が定めたって言われてるくらいだから、一番信憑性の高いお話なんじゃないかな」

「ありがとう、ミリーさん。そういった話はあんまり聞いたことが無かったから、凄く助かる」

 薄い布を隔てた先のミリーさんへとお礼を告げて、私は先ほどの話へと思考を巡らせた。

 この世界の成り立ちについて何か分かればと思って、物は試しとミリーさんに聞いてみたけれど、思いのほか有益な話を聞くことが出来た。

 『楽園』では国王や魔王など、要職の殆どがプレイヤーに委ねられていたけれど、ついぞ神様といった存在が登場することは無かった。同じ世界だと考えるには早計なものの、『楽園』と共通点の多いこの世界において、初めて出て来た現人神の存在は重要な情報だ。

 どうせ他に情報など無いのだ。この現人神について探ってみるのも良いかもしれないと、今後の方針を更新した所で、再度ミリーさんから声が掛かった。

「それにしても、こんなに有名なお話も知らないなんて、聖女ちゃんよっぽど箱入りだったんだねぇ。…ところで、もうお着換えは終わった?」

 心なしか圧力を滲ませる声に問われて、思わず肩を跳ねさせる。そして、視線を下ろして、先ほどミリーさんから手渡された、要所は隠すもののそれ以外の殆どを透けさせているキャミソールを見て、私は自分でも分かる程に苦々しく顔を歪めた。

 友人と別れて、ミリーさんと合流した私は、まずその足で強制的にお風呂へと連行された。そこで、恍惚の表情を浮かべるミリーさんから、体の隅々に至るまでのケア受けた後、バスタオルを巻かれてミリーさんの部屋に連れていかれた私に寝巻として手渡されたのが、このキャミソールだった。

 当然、私は抵抗した。ワンピースなどの女性服については、昨日今日で慣れてしまったが、こればかりは話が違うと。けれど、ミリーさんからの返答は、「えー、だって今夜は聖女ちゃんを好きにしていいって、友人さんから許可も貰ったし」の一点張りで、友人に軽く憎悪を覚えながら、せめてのもの情けで、着替えの瞬間だけは仕切り越しにする許しを貰ったが、こんなものは何の解決にもならなかった。なんとか会話で話題を逸らそうとしたものの、やはりミリーさんの執念は伊達ではないらしい。

 仕切りの中、手持ちにある衣服は下着を除けばこのキャミソール一枚である。インベントリの中には他にも幾つかの衣装が入っているが、友人に仕返しをすると決めた手前、私がこの罰に反する訳にもいかない。

 このやり場の無い気持ちは、後日友人に纏めて返すことにして、私は意を決してそのキャミソールを身に纏い、仕切りを出た。

 どんな反応されたものかと、戦々恐々としながらミリーさんの様子を伺うと、予想に反して、私の姿を見たミリーさんは呆然として、在ろうことかただ一言こんな事を呟いた。

「…わお、とてもえっち」

 あまりにも歯に衣着せぬその感想を受けた私は、がくりとその場に崩れ落ちそうになりながら、得も言えぬ羞恥に突き動かされるがままに抗議の声を上げる。

「元はと言えばミリーさんの私物でしょ!というか、なんでこんな服持ってるの…。そしてなんで私にこれを渡すの…」

「いやー、ほら、いざという時の備えは誰しも必要だと思う訳よ。まぁ、使い道無くてお蔵入りになってたのも事実だけど。…それより、これやばい。あたし今日大丈夫かな、ちゃんと我慢できるかな…」

「何を我慢…やっぱり言わないで。ちゃんと自制して」

 不安そうに小声で呟くミリーさんに身の危険を感じつつ、今夜は聖杖を手放さないでおこうと心に決める。この人はこの村の英雄に恋慕の情を抱いている様だったし、そっちの気は無いと思っていたのだが、やはり両方いける性質なのだろうか。それとも、ただ私の見た目に惑わされているだけなのか。後者を否定できない程度には、私は友人の熱意と技術を知ってしまっている。つまり、全てはこのアバターが、延いては友人が悪いのだ。

 友人への理不尽な情を募らせていると、ようやく落ち着いてきたのか、深呼吸をしていたミリーさんが近づいてきて、興味深そうな目をして私の姿をぐるぐると見回し始めた。

「うーん、それにしても聖女ちゃんのプロポーションは神懸かりだよね。こう、可愛いと美しいを一度に体現してるって言うか。何処とは言わないけど、手のひらサイズで形も完璧だし。どうやったらそんな体になれるの?」

「どうって言われても…、その辺りは厨二病に聞いて貰わないと。全部あいつの好みでこうなったから」

 まさかゲームのアバターですとは口が裂けても言えず、面倒くさいことは友人に丸投げしようと、その旨を伝えた途端、つい先ほどまでにこやかに笑っていたミリーさんの顔から感情の一切が消え去った。

「好み…つまり、友人さんは聖女ちゃんを自分の思う通りに好き勝手弄ってたってこと?…そんなの純愛じゃない。健気に想ってくれてる女の子を、自分好みに矯正するなんて、許せない」

 のっぺらぼうを思わせる程に、ぶつぶつと呟くミリーさんの顔は感情の起伏を感じさせない。あまりに尋常でないその様子に声を掛けられないでいると、徐にミリーさんは棚から大きめの裁縫鋏を取り出して、部屋から駆けだそうとする。

「み、ミリーさん、どこに行くの?」

 そこでようやく硬直から解放されて、咄嗟にミリーさんの背に声を掛けると、彼女はドアの取っ手に手を掛けたまま、こちらに振り返った。そうして、私の眼に映ったミリーさんの表情は、先ほどとは打って変わってこれ以上ない慈愛に満ちていた。

「あぁ、うん、聖女ちゃんはここで待ってて。大丈夫、男の人はあそこが無くなるとそう言った劣情を催しにくくなるって言うから。あたしが、聖女ちゃんを魔の手から解放してあげる」

 しかし、燃え盛る決意の炎を宿したミリーさんの瞳を見て、私は友人の、正確には友人の分身の危機を悟った。このままミリーさんを行かせてしまえば、もれなく友人は長くの苦難を共にしてきた相棒を失うのだろう。元男として、そんな惨劇を許すなど、到底出来はしない。 

「落ち着いて、ミリーさん!誤解だから、別に私が嫌な目に合ってるとか、そんな事実は無いよ。体の件は…、ちょっと複雑だから説明は出来ないんだけど、少なくとも私は好きであいつと一緒に居るから」

「…聖女ちゃんがそこまで言うなら、今回は見逃すけど…」

 必死になって弁明をして、ようやくミリーさんはその手に持った鋏を下ろしてくれた。尚も納得のいかない様子だけど、一先ずは落ち着きを取り戻したらしい。それを目にして、私は安堵のため息を吐いた。

 突如降ってわいた一難も過ぎ去ったことで、そろそろ就寝の準備に入るのだろうか、それともこれから着せ替え大会でも開かれるのだろうか、とこれからの展望に思考を巡らせていると、不意に投じられたミリーさんの一言に、私は思わずむせ返った。

「それにしても、あんなに必死になって、聖女ちゃんは本当に友人さんの事が好きなんだね」

「…すっ!?」

 目を白黒とさせながら、あまりに突拍子の無い発言をなんとか飲み下そうと苦心する。そんな私の様子を、ミリーさんはニヤ付いた笑みで面白そうに眺めていた。

 いきなり何を言うのだろうか、この人は。私はただ元男として見逃せなかっただけで、短絡的なその結論は邪推にも程がある。

「だから、私とあいつはそういうのじゃないってば。大体、長い付き合いだけど、あいつをそんな風に思うなんてあり得ない…」

「はー、良いなー!あたしにも出会いが有ったらよかったんだけど、この村には碌な男がいないからさ。あたしだって聖女ちゃんみたいに恋してみたいー!」

 どうやら私の言葉は届いていないようで、ベットに腰かけるミリーさんはもどかし気に足をばたつかせていた。ここまで来ると、もう好きなように思わせていた方が良い気がして、諦め混じりに一息ついてから、私はミリーさんの横へと腰掛ける。

「そんなこと言って、英雄さんとは何かなかったの?ミリーさん、その人の事気になってたんでしょ?」

 好きに思われるのもなんだか癪に感じて、仕返し半分にそう口にすると、ミリーさんはぴたりと動きを止めて、勢いよくこちらへと振り返った。

「うぇ、何で知ってるの!?あたし、そんなに態度に出てた!?」

「それはだって、英雄さんの事本当に気にかけてたみたいだったし、話してるミリーさんの様子を見てたら…。…あれ、でも、特に根拠があったわけでも無いから、早とちりだったかも。まぁ、当たってたみたいだけど」

 意図的ではないにせよ、カマかけが上手く行ってしまったようで、ミリーさんは両手で顔を覆って、羞恥を惜しげもなく露わにしていた。とはいえ、直ぐに折り合いをつけたらしく、若干頬に赤みを残しつつも、彼女の細められた目がこちらへと向けられた。

「ずるいよ、聖女ちゃん。もう、散々友人さんとの関係を弄ってやろうと思ってたのに、嫌な反撃手段を握られちゃったなー」

「弄ろうとしてたんだ…。ホッとしたような、一言物申したいような…、複雑」

 こうも他人の関係に首を突っ込みたがるのは、年頃の乙女の本能なのか、それとも行き場を失った恋心故なのか。多分、両方なのだろう。そう考えると、付き合ってあげても良いかなといった気分になって来るが、ただでさえ今は友人への感情が安定しないのだ。変に流されてしまうと、本当にそういった気分になりそうで怖かった。

 先の言葉通り、ミリーさんもこれ以上弄って来ることも無く、会話も程々に明かりを消して、私達は就寝の準備をする事となった。

 ミリーさんの部屋にはベットが一つあるのみで、私達は必然的に同じベットで眠ることになる。途中、自然な流れで床に寝ようとしたら、腕を引っ張られて同じベットの上へと引き込まれてしまった。

「駄目だよ、聖女ちゃんはあたしの抱き枕になるんだから。いやー、許可をくれた友人さんに特大の感謝を伝えたいよ。明日の朝食は少しサービスしちゃお」

 言いながら抱きしめて来るミリーさんの顔には、ご満悦の文字が浮かんで見えるようだった。些か込められる力が強いようにも感じるが、まだ許容範囲内で、寝られないという事も無かった。

「うっ…、まぁ、明日からの予行演習だと思えば、まだいいけど…」

「予行演習?」

「そ、予行演習。明日からは厨二病と一緒に寝るから」

 端的に説明を行うと、ミリーさんの表情は暗闇越しでも分かるほどにはっきりと、形容し難く歪んだのが見えた。そうして、ミリーさんは私の肩を掴むと、少し体を離して顔を覗き込んでくる。

「この状態が予行演習って、色々突っ込みたいところはあるけど。まず、聖女ちゃんは結局友人さんと一緒の部屋で寝泊まりするの?あたしてっきり別々の部屋になるのかと思ってたんだけど。ほら、その件で友人さんとひと悶着あったし」

「うん、厨二病もそうするつもりだったみたいなんだけど、ちょっと事情が変わって、最終的に私が無理やり納得させた形になるかな」 

 部屋を出る前に見た友人の姿を思い返すと、今でも少し頬が緩みそうになってしまう。極力表情には出すまいとしていたけれど、どうやら抑えきれなかったようで、私の顔を見るミリーさんはますます不可解に表情を染めていった。

「その顔で友達は、やっぱり無理があるよ。…ここまであからさまなのに、どうしてひた隠しにするのか分からないなぁ。さっさと告白でもしてお付き合いしちゃえばいいのに」

 投げやりに言いながら、ミリーさんはごろりとベットの上を転がって手足を大の字に投げ出した。天井を見据えるその目には、例の英雄さんを思い返してか、微かな哀愁が浮かんでいる。彼女が躍起になって、悪く言えばしつこく私と友人を恋仲にしようと目論むのは、もしかすると、彼女自身の恋が悲哀の形で終わったからなのかもしれない。

 有難迷惑、その一言で片づけてしまうのは、人として些か情に欠けるだろう。とはいえ、迷惑であるのも確かだから、これ以上の深堀は御免こうむりたいと思う気持ちもある。しかし、その二つを天秤にかけて、ミリーさんへと傾けてしまう辺り、我ながらお人好しと言うべきか、他人に対して殊更甘いと自嘲の念が浮かぶ。

「…仮に、私が厨二病に恋心を抱いていたとして、それで私と厨二病が恋仲になることは無いと思うよ。だって、恋人や夫婦って、お互いを支え合えるような、そんな関係性で。気持ちの問題とかそれ以前に、私は土俵にすら立てていない。今の私は、あいつを支える事すらできていない。なのに、中身も伴わずに先んじて形だけ取り繕うなんて、おかしな話でしょ?」

 話しながら、胸の奥を針で刺すような痛みに苛まれる。これは、今後に限った話ではなく、現状にも当てはまる話でもあった。

 幾ら勢いのまま気にせずにいようと吹っ切れたとしても、このまま友人に頼りきりでいては、彼を友人と呼べなくなる。友人の所感など関係ない、私自身がそれを許せない。それなら、どうすれば友人を支えられるか、その答えを私は探しあぐねている。けれど、見つけられなければ、待っているのは独りきりの友人を遠目に見る自分だ。

 怖い。あぁ、私は怖いのだ。友人が独りになるのもそうだが、何よりそうさせてしまう自分の弱さが、私は怖くてたまらない。だから、私は…。

「はい、聖女ちゃんすとーっぷ」

 気づけば、ミリーさんの手が私の両頬を包んでいた。びっくり仰天と声を出すよりも先に、そのままミリーさんに頬をこねくり回されて、つい先ほどまで考えていたことなど思考の彼方へ飛んで行ってしまった。

「今思い詰めてたでしょ、表情が暗いったら。聖女ちゃんの考えは立派だよ。でもね、それで聖女ちゃんが苦しむのなら、それこそ友人さんは悲しむと思うよ。聖女ちゃんはそれで良いの?」

「良くない、けど…」

「なら、考えちゃダメだよ。考えて良い方向に転がるならそれで良いけど、今の聖女ちゃんは悪い方向に転がってる。聖女ちゃんにとって何が一番大事なのか、そこを見失ってるから、答えが出ないんだよ。だから、それ以上考えるの禁止ー」

 反論をする間もなく、抱き着いてきたミリーさんに文字通り丸め込まれてしまう。あやすように後ろ髪を撫でるその手が心地良くて、煮詰まっていた感情が澄んでいくように感じた。

「良いんだよ、感情の赴くままで、やりたいように行動して。きっと、成るように成るよ。お姉さんが保障しちゃう。だから、聖女ちゃんも、友人さんに恋する自分を認めてあげて?」

 落ち着く声音で、ささやくように言ってくるミリーさんの包容力は、それはそれは母性に溢れていて、つい身を任せてしまいたくなる。けれど、話の流れで、とんでもない勘違いを招いていると気づいて、私は呆けた頭をなんとか働かせてミリーさんを見上げた。

「あの、さっきの話は理解できた、けど。恋愛云々は例え話で、私は別にあいつに恋をしてるわけじゃないよ」

 そこだけは断っておかないと、と弁明するも、ミリーさんは訳知り顔で頷くばかりで、聞き入れようとしてくれない。

「うんうん、素直になれないんだね。甘酸っぱいなー、お手本みたいな恋してるねー、聖女ちゃん」

「だから、違うってば。厨二病に恋とかしないから。そもそも、私は元々男だし」

「聖女ちゃんが男って、無理ありすぎ―。全く、一目見て分かるくらいお似合いなのに、凄くもどかしい。飛び始めの小鳥を見てるようなー…、あー、なんだろ、やっぱ妹だよ聖女ちゃんは。聖女ちゃんが妹って何それ最高じゃん。ほら、プリーズコールミー、お姉ちゃん」

 少し勇気を出したカミングアウトすら暖簾に腕押しで、既に睡魔に襲われているのかミリーさんの声はだんだん間延びして力が抜けている。その声を聴いているうちに、釣られて私まで眠気を感じ始めて。その押し問答のようなやり取りは、結局夜も更けて、二人が寝静まるまで続いた。

 

 

 

「ほう、そのような事態になっていたとは。思いのほか楽しんでいたようで何よりではないか、聖女よ、フハハハ!」

 夜が明けて朝食の折、食堂で狙いすましたかのように登場した厨二病は、昨夜の話を聞くなりさも愉快気な笑い声を上げた。こちらの気も知れないで、捧腹絶倒とばかりのその様子は少々腹立たしくあったものの、それを咎める気力は、残念ながら今の私には無かった。

「楽しいって、これが本当に楽しそうに見えるなら、眼科で診てもらった方が良いと思う」

「ほらほら、聖女ちゃん、お姉ちゃんだよー。ねぇねでもお姉さまでもいいから、早く呼んで見せてよー」

 げんなりと言う私の背後から抱き着くようにして、姉呼びの求道者と化したミリーさんは、昨夜に引き続き飽きもせずに同じ内容を私へささやき続けていた。

 てっきり昨夜限りの、夜のハイテンションが招いた冗談かと思っていたけど、朝一番に『お姉ちゃんって呼んで』と満面の笑みを見た途端、私は彼女を見誤っていたことに気付いた。最初こそ『呼ばないよー』とやんわり拒否していたのだが、終わりの見えない連続投球に、遂には聞こえない振りを敢行する他なかった。しかし、ミリーさんはそれでも止まらないのだから、一晩の内に彼女への心象ががらりと変わったのは言うまでもない事である。

「たったの一晩で随分と仲良くなったようだな。聖女の気質に外見の愛嬌まで加わったのだ、さもありなん。とはいえ、少々効きすぎているのは確かなようだ」

「友人さん、やっぱり聖女ちゃんをあたしに下さい!大事に育てますから!」

「フハハハ!何度だって断ってやろう。貴様に聖女はやらん!聖女は俺様のものだ!」

「何度だってはこっちの台詞だ、馬鹿厨二病。私は誰のものでもないったら…」

 ミリーさんのこのノリは調子に乗っているときの厨二病によく似ている。一人でも疲れるのに、今は単純にその倍だ。まともに応対していては、身も心も持たない。そう判断した私は、心を無にしたまま、自分を取り合う二人という荒波に暫くもまれ続けることとなった。

 結局、二人から解放されたのは、ミリーさんが朝食の用意を思い出した辺りだった。『諦めないから!』と、去り際に息まくその姿は、執念にも似た確固たる意志を感じさせた。

「はぁ、疲れた」

「災難だったな、聖女よ。同性すら一夜にして虜にするとは、その姿を作った自分を恐れればよいか、はたまた聖女とのシナジーを恐れるべきか…」

「どの口が言うんだ、どの口が」

 嬉々として乗っかっていた友人に労われるというのは、なんとも釈然としない。ちらりと、抗議の意を視線で送りつつ、昨夜ぶりに見る友人を観察する。一見、普段通り厨二全開の彼ではあるが、よくよく見てみれば、その眼もとには薄っすらと隈が浮かんでいるようだった。

 私の視線に気づいた友人は、少々バツが悪そうに笑って、目元を隠すようにふいと上に顔をそむける。まるで悪戯を隠す子供のような仕草に思わずため息が出た。

「やっぱり寝れなかったんだな。ほんと、変な所で繊細な奴」

「生来の気質なのだ、仕方あるまい。まぁ、これは別段寝不足が直接の原因という訳でもないのだがな」

「なんだよ言い淀んで…。…あぁ、そういうこと」

 口をまごつかせる友人に一瞬首を傾げたが、すぐにピンときた。こいつは、昨夜のやり取りを気にしていたのだ。正確には、私が言い渡した罰について。今夜からは私と同衾すると想像して、隈が出来るほどに思い悩んでいたのだ。いい歳をして、高々見た目が女なだけの友を相手にである。

「…童貞」

「や、やめよ!貴様は事あるごとに俺様をそう呼ぶがな、その外見で言われるのは、こう、心にくるのだ!」

「その外見を作って押し付けてきたのはどこの誰だ。完全に自業自得だと思うんだけど?」

 揶揄う様にそう言ってやれば、友人は面白いほどに取り乱す。この外見になって以来、随分と友人への影響力が上がったように思う。以前までであれば、中々こうした姿を拝むことは無かったものだ。ただ外見が変わっただけ、けれど、それが元で友人が私の存在を大きく感じるというのなら、この体も中々悪いものではない。それどころか、気に入ったまである。我ながら、判断基準が友人に寄っていると、思わず笑みがこぼれそうになった。

「ふむ、随分とご機嫌であるな、聖女よ。やはり貴様はそちらの方が良い」

 つい先ほどまで取り乱していたくせに、そう話す友人は穏やかな表情で私を見つめていた。その優しい瞳に見つめられると、何やら気恥ずかしい心地がこみ上げてくる。

「なんだよ、変なこと言って。別にご機嫌ってわけでもないけど…うん、まぁちょっと気分はいいかな」

「うむ、対して俺様は今夜からの事を思うと、気が重くてならんよ。貴様は相変わらず、人の事をよく見ている。俺様の弱点をこうも的確についてくるのは、他にはおらんからな」

 参った、と言わんばかりに肩を落とす友人は、なんとも弱弱しく見えた。その姿は普段の彼と比べて、凄まじいほどのギャップを感じさせる。こういった部分を見せれば、恋人の一人や二人出来そうなものだが、常からの言動の重要さが身に染みるように分かる。

『一目見て分かるくらいお似合いなのに』

 そこまで考えて、ふと昨夜のミリーさんの言葉が思い起こされた。お似合い、対外的な評価ではあるものの、言われれば素直に嬉しいと思う。けれど、何故だろう。ただ嬉しいだけなのに、その言葉が、こうも頭に残り続ける。

 あまり考えすぎない方が良い。そんな気がして、思考を打ち切って今夜の事を思う。今夜からは友人の罰兼安眠の為に一緒に眠ることになるのだ。そちらについて考えた方がよっぽどいい。思えば、友人の同じ布団で眠るというのも中々に珍しい事だ。ミリーさんとの予行演習を思い返せば、友人も同じように抱き着いてくるのだろうか。

 途端に、羞恥の感情がこみ上げてくる。

「聖女よ、急に赤面などしてどうしたというのだ。もしや、今更になって自分の提案に羞恥心を覚えたのではないだろうな?」

 見透かしたように、実際にそうなのだろうが、友人はニヒルに笑ってずいと顔を寄せてくる。揶揄う気満載なその瞳は、意趣返しの意味も込められているのだろう、こちらの反応を伺う様にじっとこちらを見定めて離さない。その視線に耐え切れなくて、私はつい顔を逸らした。

「別に、違うから」

「ふむ、そうは見えぬが。しかし恥じらう聖女のその姿、正に値千金であるな、フハハハ!」

「だからそういうのじゃないってば!この、馬鹿厨二病!」

 しつこく食い下がってくる厨二病とそれに反抗する私とで、ぎゃいぎゃいと食堂は瞬く間に騒がしくなる。ついぞ決着はつかぬまま無益な言い争いは続いて行き、朝食を手に戻ってきたミリーさんからは『痴話げんかもほどほどにね』などと、ありがたい御言葉までいただいてしまった。屈辱だ。




ストック尽きた
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