厨二病に花を添えて   作:ワンダーS

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第8話: 厨二病は頼らない

 朝食の後、宿を出た私と友人は探求者ギルドへ向かって街を歩いていた。相変わらず、街の中にはあまり活気がない。けれど、少なからず見かける街の住人たちは、皆穏やかな平和を表情に浮かべている。それが、元々の彼らの姿なのか、はたまた自分たちの死期を悟ったが故なのか、判断はつかない。

「フハハハ!まさに、滅びを待つばかりとなった田舎街といった風景であるな!」

「こら、厨二病、不謹慎だぞ」

 周囲を憚らず高笑いをしながら率直な感想を口にする友人を小突きつつ、突然の笑い声に驚く住人の視線から逃れるように麦わら帽子を目深に被る。

 神官服に麦わら帽子とは些かミスマッチではあるが、しかし、友人が『貴様の容姿は常人には目に毒であろう』と、半ば強引に被せてきたのだから、受け入れる他なかった。

「それにしても、ミリーさん大丈夫かな。別れ際もかなり鬼気迫ってたし」

 宿を出る際、頑なについて来ようとしたミリーさんの悲痛な声が、未だ耳に残っている。私をぬいぐるみよろしく抱きしめて離そうとしないその姿は、引き剥がそうとする友人とも相まって、駄々をこねる幼女と諭す父親のそれであった。

「仕方あるまい、聖女成分を間近で一晩中摂取したのだ。最早ひと時ですら離れ難いほどに症状は進行しているのであろう」

「人を依存成分の塊みたいに言うな」

 本気で憐憫の情を顔に浮かべる友人を視線で非難しておく。仮にミリーさんの症状が進んでいるというのであれば、昨日から長く共に居た厨二病の場合は末期だ。いや、私に美少女ロールプレイを強要している時点で手遅れであった。

「…で、ここまで流れで付いてきたけど、ギルドで何する予定?まさか、カードに同じ姓を印字しに行くとかじゃないだろうな」

 その場合は、即ジャッジメントの後に宿まで引きずっていくことになる。けれど、流石の厨二病もそこまで短慮ではないようで、『それこそまさかである』と首を横に振った。

「ギルドに行くのは情報収集だ。宿の娘から大まかな話は聞いたが、まだまだ情報が足りぬ。昨日は聖女の暴走もあって、ロクにギルドで話を聞けなかったからな」

 意地の悪い笑みを浮かべて言ってくる厨二病に、昨日の失態を思い出して思わず顔を逸らす。あの時はMP枯渇もあって、正常ではなかったのだ。今ならば下着の一枚や二枚見られた程度で…。一瞬そう考えて想像したら、やはり恥ずかしかった。

「…お前がパンツ覗いたから」

「フハハハ、理不尽である!」 

 精一杯の悪態をついてみるも一笑に伏された。

 一体全体、私はどうしてしまったのだろう。ただ身体が変わっただけで、それ以外に変化はない。その筈なのに、これでは精神まで身体相応の少女のそれだ。身体に精神が引っ張られるというのも、あながち間違いではないのかもしれない。だが、この様はあんまりではないか。

 生まれて初めてのアイデンティティクライシスの危機を前に、思考に没頭している内に、いつの間にやら探求者ギルドが眼前に迫っていた。

 気を取り直してギルドの中に入れば、街の中と同様、がらんとしたロビーに一人二人の探究者がいるばかりで、およそ賑わっているとは言えなかった。

「ふむ、やはりそもそもの探究者が少ないらしい。それも常駐しているあたり、ギルドの警備員といった所か。聖女よ、貴様はどう見る?」

「どう見るって、お前の言った通りだよ。昨日会った門番の人は、口ぶりからして探求者ではないだろうし、後は斥候役の探究者が一人か二人くらいかな。街のNPCのレベルだと、赤毛のウルフは狩れないだろうし」

 ここに居る者を含めても、この街に居る探求者の数は多くて四人程度。友人は軽く倒していたが、この四人が協力したとして、赤毛のウルフは仕留められないだろう。寧ろ、隠密に徹さなければ惨殺されてお陀仏になるのがオチだ。

 住人たちの認識は知れないが、この街は正に陸の孤島。今となっては隣街へ出て行くことすら賭けとなる現状で、この街が襲われていないのは、偏に警戒されているからだ。ミリーさんから聞いた、頭一つ抜けた実力を持つという探求者。亡き後も尚、その存在はこの街を守り続けている。それだけ見れば、この話は美談で終わるところだが、現実はそうもいかない。

「赤毛のウルフと聖女が出くわしたオークか。まぁ、結論から言ってしまえば、英雄譚には似つかわしくない真実が隠れひそんでいるな。フハハハ!なんとも人間味に溢れていて良いではないか」

「絶対住人には話せないけどね。ミリーさんなんかは特に。後は答え合わせだけど…、目撃情報はあるのかな」

「無いであろうな。だが確信して良かろう」

 情報を擦り合わせつつ、受付の方へと向かっていく。受付の女性は、ギルドに入った時点で私たちに気付いていたらしく、手を振って近づく私たちを出迎えた。

「ようこそ、探求者ギルドへ。昨晩は良く眠れましたか?」

 開口一番に受付嬢はにっこりと笑って、そう私達に問いかける。それに対して、友人は大仰に頷いて答えた。

「無論だ。宿の主にやや難ありではあるが、宿そのものは満足のいくものであった。紹介に感謝するぞ、受付嬢よ」

「それは良かったです。ミリーさんとも話せたみたいで。彼女、ここしばらくふさぎ込んでいましたから。こう言ってはなんですけど、お客さんが来るというのは、良い気分転換になりますからね」

「ほう、中々強かではないか。流石滅びを待つ街でも尚、職務を投げ出さずにいるだけある」

「ちょっと、馬鹿厨二病、もう少し言葉を選んで…!」

 歯に衣着せぬ言い草に、内心ひやりとしたものを感じながら、友人の服の裾を引いて窘める。いくら事実と言えど、会って精々二日の人間にそんな事を言われて、良い気分にはならないだろう。けれど、受付嬢は笑顔を崩さず、気にしないで下さいとばかりに両手を振って口を開いた。

「良いんですよ聖女さん。実際に、この街は廃れていく一方なのですから」

「だが、命が惜しくないわけではあるまい。このままでは、遠くない内にモンスターの襲撃を受け、全滅するのだぞ?」

 重なる無礼な友人の言葉に、さしもの受付嬢も怪訝そうにピクリと眉を上げる。しかし、それは気分を害したというよりは、疑問を抱いたが故の行動に見えた。

 受付嬢は、何やら聞きたそうな素振りを見せるも、一呼吸を置いてから固い意志のこもった瞳を友人へ向ける。

「仮に、この街が滅びるとしても、私達職員がこの街を離れる事はありません。探求者とは命を懸けて依頼を達成する者。そんな彼らを送り出す我々が、どうして自らの命を優先出来ましょう。とは、ギルド長の言葉ですが、私達もそれには賛同しております」

「ふむ、成程、見事な精神だ。であれば、俺様から言うことは何もないな。その意見、意思は尊重するべきだ。例えそれが破滅に向かっていようと…」

「もう!厨二病、お前は黙ってろ!『かの者を縛れ、バインド』!」

 意味も無く相手を追い詰めるような発言をする、一言で言ってしまえば、らしくない友人を見かねて、魔法で猿靴はを噛ませて強制的に黙らせる。いきなり光の縄で口元を覆われたにも関わらず、厨二病は大して動じずにそれを受け入れていた。 

「えっと、すみません、厨二病の言葉は気にしないで下さい。こいつは少し普通とは違う感性を持っていて、それで…」

 もごもごと口を動かしている厨二病から目を逸らして、受付嬢へとフォローを入れる。なんだか、こうして厨二病の代わりに謝罪をするのも久しぶりな気がする。それこそ、厨二病が厨二病になって以来の事だ。

「大丈夫ですよ、聖女さん。私は気にしてませんから。…それよりも、この街がモンスターに滅ぼされるというのは、いったいどういう?現在観測されているモンスターの殆どはウルフですが、それらであれば、少なくはありますが十分街の戦力で追い返すことは可能なはずです」

「確かにウルフですけど…」

 身を乗り出すようにして聞いてくる受付嬢を見て、彼女が正確な情報を得ていない事を察した。赤毛のウルフと通常のウルフでは、その脅威度に差がありすぎる。それを訂正しようとしたところで、友人の手が口を塞いだ。

 何事かと友人を見上げると、猿轡を噛んだままの友人はじっとこちらを見て首を横に振っていた。どうやら話すなという事らしいが、絵面が完全にギャグである。変に口を塞がれているモノだから変な吹き出し方をして、ゴホゴホとむせ返りつつ、友人に掛けた魔法を解除した。

「む、もう暫し聖女の魔法を堪能していたかったが、まぁ良かろう。受付嬢よ、先の言葉は忘れるがよい。俺様は少々心配性なものでな、ウルフ程度であれば、確かにこの街の戦力に問題は無かろうよ」

「そうですか?もし、新たなモンスターを目撃しましたら、ギルドにお伝えください。情報は私たちにとっての剣であり、盾でもありますから」

 私の口を塞いだままの厨二病の弁明に、受付嬢はほっと胸をなで下ろしながら答えた。それは良いけれど、いい加減息苦しいし、何より後ろから抱き着かれているようなこの格好に、些か恥ずかしさを覚えてきた。そんな呑気に話す暇があるなら、そろそろ離してほしい。

「うむ、承知した。出来る限りの協力はさせてもらおう…と、そうであったな、ギルドに来たついでだ、依頼を受けて行こうではないか。受付嬢よ、ウルフの討伐依頼はあるか?」

「勿論です。最近はウルフ以外のモンスターを見かけないみたいでして、それ以外の討伐依頼がないくらいですよ」

「フハハハ!ならば勇んでウルフどもを駆逐せねばならぬな!さぁ、行くぞ聖女よ。俺様たちの探究者人生の幕開けだ!」

 依頼書を受け取るなり上機嫌のままひょいと私を抱え上げ、そのまま街の中へと運んでいこうとする厨二病。そんな彼の探究者人生とやらは、ジャッジメントによる全身麻痺で地面に転がるところから始まった。

 

 

 

「言ってくれたら話さないのに、いつまでも口塞ぐ必要ないだろ。しかも、どさくさに紛れて抱えて外に出ようとするし。厨二病の馬鹿、馬鹿厨二病」

 木漏れ日に照らされた森の中を、溢れ出る感情をそのまま言葉にしながら、ずんずんとまではいかないモノの足音を立てながら進む。私は今すこぶる機嫌が悪い。どれくらい悪いかと言うと、この馬鹿が電車の中で私の事を聖女だなんて呼びくさった時以来類を見ないくらいだ。そんな私の神経を尚も逆撫でするのは、後ろから聞こえてくる呆れたようなため息だった。

「まだ言っておるのか、聖女よ。何度も謝罪したであろう。全く、貴様はそうなると一向に臍を直さんな。まぁ、そこも愛い点ではあるのだが…」

「お前がそういう態度だからだろうが!」

 腕を組んでニマニマし始めた友人に一括を入れて、これ見よがしにため息を吐く。

 幾ら打っても響く様子も見せない友人に、怒っている自分が馬鹿らしく感じてくる。この厨二病の扱いは心得ている筈なのに、どうにも上手く感情が抑えられないのは、環境が変わったせいなのか、厨二病の言動に変化があったからなのか。

「…それで、なんで赤毛のウルフの事を話したら駄目だったんだよ。いくつか考えてみたけど、話さない理由が分からない。寧ろ、情報を伝えないデメリットしか見つからなかった。お前、どういうつもりなの?」

 思考を切り替えつつ、気になっていた疑問を友人に投げかける。こればかりは、きちんと聞いておかなければならなかった。街を取り巻く現状は、この二日滞在しただけでも理解できる程に厳しいものだ。そんな中で、街を滅ぼす元凶たり得るモンスターの情報は最重要と言って差支えが無い。

 モンスターの情報があれば、国は無理だとしても、近隣の街や村から応援を呼んだり、事前に住民を避難させるなりの対応が取れる。情報が武器というのはそういう事だ。あの街にはまだ子供がいた、老人がいた、少なくない民間人がいた。彼らが街に尚も住んでいるのは、今すぐにでも街が滅ぶという危険性を感じていないからだ。遠くは知れずとも今暫くは大丈夫、そんな誤った認識が、彼らを街に縛り付けている。

 受付嬢の言葉から、街の周辺には通常のウルフだけがいる、これがあの街における現状への認識だ。この認識が正しくあったならば、彼らの行動は間違いとまでは言えない。けれど、現実は異なっている。街を滅ぼせるだけのモンスターが、周辺に住み着いてしまっている。この認識の差異は、文字通りの死活問題だ。だというのに、友人はそれを放っておくと言うのだ。その真意がてんで図り取れない。

「もし考えがあるなら、私にくらい教えて欲しいんだけど…」

「そうしたい所ではあるのだが、何分不確定要素がまだまだ多いものでな。時がくれば話す故、聖女は何も気にせず俺様に任せるが良い」

 私の言葉に被せるように食い気味に厨二病が捲し立ててくる。大仰な仕草で、芝居がかった口調で覆い隠してはいるものの、意訳すればこうだった。

『お前には関係ないから余計な口出しをするな』

 それは、確かにそうだ。私には友人の考えが分からない。けれど、友人は私の考えつく事くらいならとっくに気がついている。気がついて、さらに先に進んでいる。だから、それで私が不満を覚えるのも、自業自得なんだ。

 ずきりときた痛みが胸の内に走る。歪みそうになる顔を、無理やり笑顔で飾った。

「そっか。うん、分かった。お前がそう言うなら問題無いよな。あ、それよりさ、大元のインフェルノウルフだけど、早めに叩いておくの?」

「いや、それには少し時間が掛かりそうだ。稚拙ながらに情報操作を行っている辺り、それなりの知能があるのだろう。我らの先駆者は、また随分と気前の良い置き土産をしてくれたものだな」

 言葉とは裏腹にさして脅威にも感じていない様子で友人は言う。この辺りなら、私にも理解できる内容だった。

 『楽園』の世界は、世界観以外の全てがプレイヤーに委ねられていた。それは新しい武器、新しい魔法。そして、新しいモンスターの制作。それらの権利は、全てのプレイヤーが持っているわけでは無く、私の聖杖や友人の剣のように、ガチャから排出されるユニークアイテムとして提供された。

 中には、『楽園』の世界に存在しないモンスターを、その習性から能力に至るまで、細かに設定し作り出す。そんなユニークアイテムまで存在する。先日遭遇したオークも、そのアイテムで生み出されたモンスターに当たる。

 そして過程は省略するが、そのアイテムの所有者とは少々因縁があって、私たちを害する目的で作成されたのが話に出たインフェルノウルフだった。まぁ、それも友人の手によって、炎魔法限定という彼のポリシーにより多少苦戦はしたものの討伐され、今やその毛皮はタオル代わりになっているわけだが。その一軒家程の体躯を誇るインフェルノウルフがどうやって隠れているのか、その目撃情報こそないモノの、眷属召喚のスキルで生み出される赤毛のウルフが確認された以上、今回の騒動の原因とみてまず間違いはない。

 気になるのは、アイテムの所有者のその後の動向だけれど…。ちらりと友人を見上げれば、彼はすぐに頷いて口を開いた。

「奴については考えずとも良かろう。どこで何をしていようと、さしたる障害にはならん。今対処するべきは、奴ではなくウルフどもよ。…ふむ、どうやら捕捉されたようだ」

 友人はちらりと視線を森の奥底に向けると、その場で立ち止まって剣を抜いた。私も慌てて立ち止まって四方に目をやるも、やはりなんの気配も感じ取れなかった。それから少しして、遅れて私の耳にも獣の足音と息遣いらしき音が聞こえてくる。それも、昨日の一つの群れどころではない、更に数倍の量の群れが近づいて来ていた。

「俺様たちは随分と良いタイミングで街に来たらしい。これは威力偵察といったところか。中々頭が切れるではないか、狼にしておくには勿体ないくらいだ。これも、この世界がゲームではなく現実である故の差異なのだろうな」

 言いながら、友人はゆるりと剣を構える。その様は散歩にでも来たかのようにどこまでも自然体で、余裕綽々とした表情で笑みすら浮かべている。ほんともう、こちらは戦闘というだけで緊張を抱いているというのに、どうしてこんなに普段通りでいられるのだろう。

「結構数がいるな。一旦私が動きを止めるから、厨二病はその間に…」

「いや、必要ない。フハハハ!この程度であれば、俺様だけで十分である!聖女よ、貴様の役目は俺様の勇姿をその目に焼き付けることだ。さぁ、下がっているがよい」

 また、言葉を遮ぎられた。けれど、私には彼の言葉を覆すだけの理由も力もない。言われるがままに、足を後ろに引いて距離を空ければ、それを見た友人は満足げに頷いて、煌めく純白の剣を掲げた。

「景気づけに派手に行こうではないか。『万物を焼き尽くす地獄の業火よ、インフェルノ』」

 詠唱を終えると共に、空中に太陽と見紛わんばかりの猛々しい炎が放出される。ゲーム内であれば、即座に広範囲に広がるはずのそれは、目の前で凝縮されるように収束していき、やがて身の丈程の球体へとその形を変えた。球体になったとはいえ、その表面では絶えず炎が荒れ狂い、今にも獲物へ飛び掛からんとする獣のように合図を待っている。本来は、こんな魔法ではなかった。ただ広範囲を焼くだけの魔法だ。それを友人は魔力操作で制御して、周囲を焦がさんばかりのその炎を自在に操っていた。

 群れの先頭が、木々を抜けて近づいてくる。友人が剣を振り下ろしたのが合図だった。飛び掛かってくる多数のウルフに向けて、荒れ狂っていた炎は枝分かれするように無数に放出され、それぞれが独立した蛇のごとき軌道を描き、木々を避けて次々に獲物を穿っていく。

 炎に穿たれたウルフはたちまち燃え上がり、黒い炭と化した。通常のウルフだけではない、炎に高い耐性を持つはずの赤毛のウルフでさえ、それは例外ではなかった。獲物を食らった炎は、その勢いを更に増して、次なる獲物へと襲い掛かっていった。

 言いたくない、認めたくない。けれど、認めざるを得なかった。次元が違いすぎる。魔力操作なら、私にだって出来る。出来るが、こんな芸当、天地が逆さになったとしても不可能だ。友人は無数に枝分かれした炎をそれぞれを異なる対象に、異なる軌道で、乱立する木々を避けながら、同時並行で一寸違わず制御している。中には視界に映りさえしない対象だっている筈なのに、その全てを補足して、動きを予測して、時に誘導して、炎で穿ち続けている。

 もし私に才能があったなら、そんな事を思っていたけれど、これはそんな生半可な差ではない。私と友人では、根っこの部分から在り方が違ってしまっている。私は勘違いをしていた。元の世界で友人がその才能を遺憾なく発揮しているのだと思っていた。あれが、友人の本領なのだと思っていた。しかし、この世界に来て、目の前の光景を見て確信した。今までの友人は、あれで手加減をしていたのだ。正確に言うなら、本領を発揮できていなかったのだ。事実、そんな閉塞感を感じていたであろう彼は今、あんなにも活き活きとしている。彼の才能に底はない。彼は成ろうと思えば、神様にだってなってしまうのだろう。何人も到達できない、高みへと独り昇ってしまうのだろう。

 …そんなの、絶対に嫌だ。

「『花よ、罪人を縛り給へ、フラワー・バインド』」

 詠唱と共に、魔力を注ぎ込んだ大地から数輪の花が芽吹く。

「聖女…?」

 そんな友人の茫然とした呟きが耳朶を打った。こちらにその視線が逸れたのと同時に、樹の枝を伝う様に走ってきた数頭のウルフが四方から飛び掛かってくる。それでも友人は炎の行き先を操り対処しようとするが、それよりも先に、地表から伸びた花の蔓はウルフらを空中で縛り止めた。宙で動きを封じられたそれらは、迫ってくる炎に焼かれてすぐに灰と消えた。

 対象を焼いた後、すぐに次の獲物へと向かっていった炎の勢いが、しかし何故か鈍ったように見えた。無論、障害が無くなればその分、向かってくるウルフの数も速度も増す。先頭にいるウルフとの距離も、この数瞬で随分と近くなった。

 今までの魔法ではまだ足りない。だって、友人はずっと遠くに居るのだから。私は証明しないといけないんだ。私にだって友人を手伝える。私にだって友人の役に立てる、役に立って見せる、役に立たないといけない。

「『咲け、花よ。罪を背負いし者らに安らぎを与え給へ。ブルーミング…』」

 こみ上げてくる焦燥感、けれど決してそれだけではない何かに突き動かされるように、練り上げた魔力を詠唱に乗せる。

 不思議な感覚だった。まるで深い海の底に潜り込んで、周囲の世界が映り変わったようだった。でも、友人の傍に居れるのなら、そんなものはどうだっていい。そして、詠唱を最後まで唱え終える直前、突如として発生した肌を焼くような熱波によって、私は現実へと引き戻された。

 熱の発生源は友人だった。友人の操る炎が、先ほどとは比べ物にならない程の密度と勢いで燃え上がっている。人どころか周囲の森までたちまちに灰燼に変えてしまいそうな炎は、槍のように形を変え、瞬く間に放射状に広がって周囲にいたウルフの群れを一掃し切った。

 一瞬の出来事で、シンと静まり返ったあたり一帯の様子に、私が呆気に取られていると、剣を仕舞った友人がずんずんと足早にこちらに近づいてくる。私はいつもの様にねぎらいの言葉を掛けようと口を開くも、その怒気を交えた初めて見る友人の表情に、思わず息を呑んだ。

「…ッ。何をやっておるのだ、貴様は!!」

 鳴り響く怒声と共に、友人は荒々しく私の両肩を掴んだ。ギリギリと掴まれた肩から脳に痛みの信号が送られるが、それよりも初めて友人の怒りを前にした衝撃が上回って、私は彼を見上げることしか出来なかった。

「わ、私はただ、手伝おうと思って…」

 辛うじて動いてくれた口でそう答える。それは本心だった。私は友人を手伝いたかった、役に立ちたかった。友人に、そう認めてほしかった。なのにどうして、友人は私を、そんな非難するような目で見てくるのだろう。

「言っておいたはずだ、俺様一人で十分であると!貴様には、俺様が一瞬でも逆境に居るように見えたか!あの程度の犬共に、苦戦しているように見えたか!そんな訳がないであろうが!」

 その明確な憤慨の声音に、思わず身がすくんだ。友人にこんな風に怒鳴られたことなんてなかった。だって、こいつはいつだって飄々としていて、何があってもうざいくらいに笑っていたから。

 初めてだった、友人の事を、こんなに怖いと感じたのは。

「でも、動きを止めた方が、少しは楽になるから」

「必要がない!貴様の言う通り、動くよりも止まる的に当てる方が難易度が下がる。だがな、それは凡人における話だ。俺様にとっては、相手が何をしていようと大した差にはならん!」

 震える声帯を必死に動かしてした反論は、ただ不要な気遣いだと一蹴された。それを理解した途端、友人の姿がぼやけた。必要だと思われない自分が情けなくて、悔しくて、不甲斐なくて、それらの感情が雫となって目元から零れ落ちていた。

 私を見下ろす友人が動揺したのが分かった。それを表すように、肩を掴んでいた手から力が抜けてそのまま離される。

「とにかく貴様は何をせずとも良いのだ。俺様にすべてを任せておけ、それで何も問題はないであろう」

 そう言って、友人は話は終わりだとばかりに私に背を向けた。私の顔を見ようともせず、周囲を見渡しながら離れて行こうとする。咄嗟の行動だった。私は咄嗟にマントの裾を掴んで、友人を引き留めた。ここで、友人を行かせてはならないと、直観的にそう感じたが故の行動だった。

 気付いた友人が足を止めて、問いかけるように視線を向けてくる。そんな彼の目を、未だ涙にぼやけた視界できっと睨みつける。

「…何もするなって、どういう意味」

「そのままの意味だ。貴様はただ、俺様の活躍を傍で見ているだけで良い。世界で唯一の俺様の友としてな」

 あっけらかんと言ってのける友人の目は本気だった。本気で、こいつは私に何も期待していない。胸が張り裂けそうなくらい痛い。それでも歯を食いしばって、私は友人の胸倉をつかんで、強引に真正面に向かせる。

「ふざけるな!そんなの…、友達なんかじゃない!対等でも何でもない、ただの愛玩動物だ!私はお前のペットなんかじゃない!」

 また、感情があふれ出してくる。本気で掴んで力を籠めているのに、友人はびくともしない。どうして私は、こんなに弱いのだろう。世界は不平等だ。生まれ瞬間は同じだとしても一度離れてしまえば、こんなにも遠くなってしまう。

「お前が凄いのは分かってる!私なんか足元にも及ばない存在だってことも理解してる!でも、だからって、何でも一人で抱え込もうとするなよ!友達だって、思ってくれてるのなら、お願いだから、私にもなにかさせてよ…」

「…ならん。貴様には、頼ることは出来ん」

 恥も外聞も捨てて、縋りつかんばかりのその懇願の答えは、ひたすらに無情だった。どうしてと、問い返したかった。でも、答えは出てしまっている。私が頼りにならないからだ。私が友人に追いつけないからだ。

 全部理解している。これが我儘なことも、誰が悪いのかも含めて全部を。それでも、どうしようもなかった。嘆かずにはいられなかった、当たらずにはいられなかった。友人に、少しくらい私を認めてほしい、と不満を抱かずにはいられなかった。

「…この、分からず屋!!」

 乱暴に友人の胸倉から手を離して、そのまま逃げるように駆け出す。ただでさえひ弱な体だ。追いつこうと思えばいくらでも追いつけるだろうに、友人がその場を動くことは無かった。私はそれがただ、無性に悲しかった。

 

 

 離れていく小さな背を、厨二病と呼ばれる天才が立ち尽くしたまま見届ける。細く、か弱い足だ。彼がその気になれば、秒として掛からずに追いつくことが出来るだろう。しかし、彼はそれを行動に移さない。いや、正確には追いついたとしても掛ける言葉を持ち合わせていないが故に、行動に移せなかった。

 やがて、小さな背は森の木々に遮られて見えなくなった。方角的に街へ向かったのだと察した彼は、静まり返った森の中を、聖女と呼ばれる少女の足取りを追う様に歩き始める。

「全く、ままならないものだな。貴様も、俺様も…」

 ぽつりと、零すような彼の弱音は、軽く吹いた一陣の風に紛れて消えていった。

 

 

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