心の尻尾を振っているタイプの犬系女子、もっと流行れ……!
ニチアサ作品の影響がかなり強い小説ですが、特に予習なんかは無しでもパブリックイメージさえ掴めていればお楽しみいただける……はず。
令和の大都会を、一人の子供が彷徨っていた。
水色のパーカーを着込んだ、中学生程度と思しき女の子だ。
名前を、セイラといった。
外見上は、何の変哲もない人間の女子である。
(ここが……ニンゲンさんたちの世界なんですね!)
大都会の住人らにとっては何の変哲もない街並みでも、見る者が違えば受ける印象も変わる。
妖精たちの世界で13年の人生を全て過ごしてきた井上セイラにとって、鉄と石の街は目に映る全てが目新しく思えた。
鉄の箱が走っている。
見上げるような高さのビルが数えきれないぐらいに生えている。
ニンゲンさんたちがいっぱい歩き回っている。
屋台で何やら甘い匂いのするものが売られている。
座って休んでいる人達は、光る板のようなものに目を落としている。
目に入るもの全てが謎に満ちていたが……ここでセイラは、母親の言葉を思い出していた。
遭難しているときはまず水場を見つけるのが大切だ、と教えられたのが頭に蘇った。
右も左も分からない大都会にて、セイラは水場を探して歩き回った。
興味を引くものは絶えなかったが、ぐっと堪えて水場を探した。
そうして歩き回ること30分、児童遊園の近くを通りかかったセイラは、お目当てのものを発見した。
謎の石台から水を出して飲んでいる小さいニンゲンさんの姿が、公園内に見えたのだ。
小さいニンゲンさんが立ち去るのを見守ったセイラは、公園の敷地へと足を踏み入れ、謎の石台を間近で観察してみた。
石でできた1メートル弱ぐらいの高さの土台から、銀色の金属でできた奇妙なオブジェが生えているという、奇怪な造形物だった。
金属製の謎オブジェは、セイラが今まで見たこともない不思議な形をしており、その形をどう形容したら良いのかセイラ自身も分からなかった。
しかし、セイラは先ほどのニンゲンさんが水を飲んでいた光景を見ている。
石の土台の上にある金属製オブジェの最上部の部品を回せば、水が出てくるはずだ。
セイラは金属製オブジェの一番上のところを握って、一思いに回した。
メキメキと音を立てながら金属部品が外れて、オブジェからは水が噴き出して放物線を描いた。
描かれたアーチへと口を近づけ、セイラは水を口に含んでみた。
何やら消毒のための薬品の風味を感じたが、危険では無さそうだった。
少なくとも、妖精界に居たころに雨水を溜めて飲んでいたのに比べたら遥かに衛生的だと思えた。
(こんなに簡単に飲み水が手に入るなんて、ニンゲンさんたちの世界は凄いです!)
そして、一通り水を飲んで満足したセイラは……ふと、気付いた。
アーチを描いて出続けている水は、どうやって止めるのだろう?
セイラは、自身の右手へと目を落とした。
右手へと握りこまれている捩じ切られた金属片は、何も答えてくれない。
ニンゲンさんたちが見れば「さっきまで蛇口ハンドルだったもの」と形容するであろう金属片を、セイラは元の場所に
……湧き出す水は止まらない。
セイラは、焦った。
大切な飲用水が、際限なく垂れ流されている。
たぶん何か大変なことが起こっているのだろう、というぐらいの理解度であったが、セイラは大慌てだ。
だが、天はセイラを見捨てなかった。
偶然にも公園へと立ち寄った女の子が、セイラへと声をかけてくれたのだ。
「もしかして、困ってる? あっ、蛇口が壊れちゃったんだ?」
「じゃぐち? えっと、その、そうなんです! 助けてください!!」
……これが、運命の出会いとなるのであった。
結局、通りがかりの女子が呼び出した紺色の服の大人たち*1が、何とかしてくれることになった。
セイラとしては、予期せぬトラブルから解放されて胸をなでおろす心境だった。
「ありがとうございます! この恩は必ず返します!!」
「そんな、べつに良いよ。蛇口が老朽化してたんでしょ。運が悪かっただけだよね」
公園の隅にあったベンチに二人で腰かけながら、セイラは恩人の姿を改めて確認してみた。
上下で分かれていないタイプの服を着ている、亜麻色の長髪が印象的な女子だ。
年の頃は……おそらく、13歳のセイラと同じぐらいだろうと思った。
「老朽化ですか?」
「たぶん錆びてたんだよね。ふつうは人間の握力で蛇口をあんなふうに壊したりできないもん」
セイラは先ほどまで右手の中に握りこまれていた金属片を思い出してみたが、特に錆びていなかったように思われた。
一緒にベンチに座っているこの女子は、セイラが素の握力で蛇口ハンドルを捩じ切ったなどとは思っていない様子だ。
セイラのことをニンゲンさんの仲間だと思っているに違いない。
(ニンゲンさんの世界の物って、結構脆いのかもしれないですね……)
セイラは心の中で密かに決意した。
なるべくニンゲンさんの世界の物を壊さないように細心の注意を払って生きていこう、と。
「そういえば、名前言ってなかったよね。私、絆田チヨコだよ。冨賀市立中の2年生」
「チヨコさんですね。確かに覚えました! 不肖、井上セイラ! 恩人の名は決して忘れません!」
「そんな、恩人だなんて。別にいいよ」
「いいえ! チヨコさんのピンチには、たとえ地の果てでも駆けつけます!」
頭を下げて深く礼を述べるセイラに、チヨコは押され気味だ。
全く恩を着せる気の無さそうなチヨコの様子を見て、セイラは恩人への好感を改めて抱くのであった。
そして、セイラはチヨコとの出会いをチャンスだと感じていた。
ニンゲンさんたちの世界での水の確保手段が分かったために今は余裕がある訳だから、情報収集をするべきだ。
何もかもが目新しいニンゲンさんたちの世界の物は、セイラの興味を引いてやまなかった。
「チヨコさん。気になっていたんですけれど、先ほどのニンゲンさんたちを呼び出すときに使っていた、光る板って一体なんなんですか?」
「えっ……? スマホのこと、だよね……? セイラちゃん、本当に見たことないの?」
チヨコが、ポシェットから先ほどの手のひらサイズの板を取り出してくれた。
今は光っていないが、おそらく横に付いているデコボコのどれかを押したら光るはずだ。
セイラはチヨコの口ぶりから、光る板の存在は人間たちは基本的に知っていて当たり前なんだな、と察した。
適度に情報を制限しつつ、セイラは少しだけ自身の生い立ちを語ることにした。
「実は私、生まれた屋敷の敷地から一度も出たことが無かったので、外の世界を全く知らないんです。今日初めて抜け出してしまいました!」
「もしかして、箱入りお嬢様……?? 厳しい家なんだね……?」
ハコイリオジョウサマというのは良く分からなかったが、チヨコが一応納得してくれた様子なのでセイラは言及しなかった。
無事にニンゲンさんたちに溶け込むことが出来て、セイラも一安心である。
それと、スマホというのは遠くの人とお喋りしたり文字や写真を送りあったりできる、とても便利な道具なんだとか。
「じゃあ、コレは知ってる? セイラちゃんにあげちゃうね!」
チヨコは、そう言いながらポシェットの中から出した手のひらサイズの四角い袋を開封した。
そして、四角い袋から親指サイズの丸いものをセイラの手へと渡してくれた。
「?」
セイラは、自身の手に渡された丸い物体を観察してみた。
親指ぐらいの大きさの水色の物体で、何か見たことも無い動物の頭部を模したと思しき形状をしている。
指先で突いてみると、プニプニしている。
人差し指と親指で摘まんで揉んでみると、意外と弾力があって面白い。
しかし、この不思議な物体は一体なんだろうか?
「これは、グミだよ。形はイヌに似せて作られてるんだよ。ほら、イヌってあれだよ」
セイラの反応を微笑ましいと言わんばかりの目で見ていたチヨコが、公園の外を通りかかったニンゲンを指さした。
ニンゲンさんの右手には紐が巻かれており、その先に居る焦げ茶色の動物は……言われてみると、セイラの手の中のグミと似ているような気がした。
グミの色は本物のイヌと違って水色だが、それはそれで何だか面白いようにセイラは思った。
「ありがとうございます、チヨコさん! グミっていうんですね! 一生大切にします!」
「うん、大切にしてね! ……って、ならないでしょ! グミは食べ物だよ!」
えっ……?
セイラは、人差し指と親指で摘ままれている丸い物体に再度目を落としてみた。
揉んでみると、やはり謎の弾力があって面白い。
これが……本当に、食べ物??
もしかして、セイラを揶揄っているのでは?
口に出さずにチヨコの様子をもう一度窺ってみたセイラだが、チヨコの雰囲気は冗談を言っているニンゲンのものではないと感じた。
なら、本当にこのグミという物体は食料品なのだろう。
「では遠慮なく……いただきます」
意を決して、イヌの顔をした水色の物体を口へと入れた。
すると、弾力のある食感であることは予想通りであったが、味は予想外だった。
甘い、という言葉の意味をセイラは生まれて初めて理解した。
どこか酸味と植物由来の風味を感じるが、それを踏まえても圧倒的に甘いという感覚が脳を突き抜けた。
井上セイラは、感動に打ち震えた。
結局、セイラの反応を面白がったチヨコは、手のひらサイズの四角い袋に入っていたグミをもう一つプレゼントしたのだった。
「良いんですか? こんな凄いものを……?」
「良いよ良いよ、ただのグミでしょ。そんなに喜んで食べてくれるなんてビックリだよ」
「この恩、一生忘れません!」
「う、うん……?」
セイラのテンションに対して、チヨコは何だか戸惑い気味だ。
自身の感動を共有すべく井上セイラは、もう少しだけ身の上話をすることにした。
「母さんが生きていた頃に言っていました。
いつかセイラはこの屋敷を出てニンゲンたちの中で生きる日が必ず来る、その中で自分の幸せを見つけなさい、って」
今は亡き母親のことを、セイラは頭の中だけでコッソリと振り返った。
セイラの母親は、昔はニンゲンの世界で暮らしていたが、妖精界に拉致されたらしい。
そして、屋敷に幽閉されたまま一人でセイラを生み育てた。
そんな暗いバックボーンをすっ飛ばして、セイラは言葉をつづけた。
「でも私には母さんの言う『幸せ』が何なのか分からなくて聞き返したんです。そうしたら母さんは、屋敷の外で暮らしていた時の『幸せ』を沢山話してくれたんです」
ユウエンチという場所で遊んだこと。
面白いテレビバングミを夢中になって見たこと。
ガッコウというところで学んだこと。
ドウキュウセイと一緒に笑いあったこと。
母親がニンゲンの世界を振り返る語り口は、どこかキラキラして美しく感じられたものだった。
だから、それがセイラの憧れだった。
「さっきのグミを食べたとき、母さんが語った幸せの一つを思い出したんです! これが『美味しいものを食べる』っていう幸せなんだって、私分かったんです!」
「そっか、素敵な思い出だね。セイラちゃんのことを考えてくれる、いいお母さんだったんだね」
私の自慢の母さんです、とセイラは答えた。
大好きだった母親が賞賛されたことが、セイラは自分のことのように誇らしく思えた。
そして、そんなセイラの語り口を聞きながら。
絆田チヨコは、何かを思いついた様子で口を開いた。
「じゃあさ、セイラちゃんって、『トモダチ』は知ってる?」
「それも母さんから聞いたことがあります。心を通わせたニンゲン同士のことをそう呼ぶんですよね」
セイラの答えに、チヨコは満足気に頷いた。
しかし、チヨコは何故そんなことを聞いてきたのだろう?
そんなセイラの疑問を察しているらしいチヨコは、さっきのグミの袋の中身を半分出して自らの手に乗せ、残りのグミを袋ごとセイラへと渡してくれた。
自らの手のひらの上に乗せたグミを一つだけ口に含んで、味わったのち、絆田チヨコは楽しそうに口を開いた。
「昔の人は仲良しの例えとして『同じ釜の飯を食べる』なんて言ったらしいよ。これで私とセイラちゃんも友達だね!」
セイラは、言われた言葉の意味を咀嚼してみた。
確かに、セイラとチヨコは同じ袋に入っていたグミを一緒に食べた。
そしてそんなセイラのことを友達だと言ってくれている。
セイラは、胸が高鳴ったように思った。
「嬉しいです! チヨコさんは私の初めての友達です! チヨコさんのことを一生守り抜いてみせます!!」
井上セイラは、グミの袋を握ったままの手で、絆田チヨコの両手を握りながら誓った。
初めての友達となってくれた絆田チヨコのことを一生大事にする、と宣言したのだ。
「あ、あはは……。セイラちゃん、よろしくね。でもそれ、友達っていうより、なんていうか、まるで……」
絆田チヨコは、照れて少しだけ目を逸らしながらも、井上セイラの誓いを喜んでくれた。
こんな素敵なニンゲンさんに家出初日から出会えた幸運を、井上セイラは噛みしめた……。
そんな初々しい二人の背後に、絶望が忍び寄っていた。
例によって、この小説にもモチーフになった物語があります。
でもモチーフを知らないハメユーザーでも、オリジナル作品として楽しんでいただける小説を目指して執筆していきます。
有名どころで言うならば、ゼロ魔は三銃士が元ネタですが、三銃士を知らない人がゼロ魔を読んでも面白いのと同じ……みたいなイメージです。
※20260422追記:天爛 大輪愛さまより頂いたファンアートを当作者の活動報告にて掲載させていただきました! 圧倒的感謝!