そ、そんな……!
まさかフェンネルが裏切者だったなんて……!
いつもの公園にて、井上セイラが本日の予定を考えていた時のことだった。
公園の端にあるブランコに腰掛けているニンゲンさんの男性の姿が目に入ったのだ。
なんだか、どんよりしているというか、落ち込んでいるというか。
気になってしまったセイラは、ブランコへ向かってゆっくりと歩み寄ってみた。
「そこのお方。何かお困りでしょうか?」
「それは、そうだが……」
ブランコに腰掛けているニンゲンさんは浅黒い肌が特徴的な男性で、おそらく20代だと思われた。
お困りごとがあるのは間違いない様子だが、セイラに話すのを躊躇っていると見える。
まぁセイラとて何でも解決できるなどと自認している訳ではないが、どうもこの男性を放置しておくのも気が進まないというか。
でも、本人が話したくないならば、無理に聞き出すのも良くないかもしれない。
「ご迷惑でしたら、無理に聞き出すつもりはありませんけれど……話してみれば楽になることもあるかもしれませんよ!」
「……実は俺は、この近くの
でも、先日店長が干からびた変死体になって発見されてから、全てがおかしくなったんだ……!」
干からびた変死体、という言い回しから井上セイラは大体の事情を察した。
ほぼ確実に妖精族に肥料にされた被害者である。
これは心して聞かねばならない、とセイラは襟を正した。
「実は俺は、犯人と目されている赤いゴスロリの女に、犯行前日に会っているんだ。
まぁオススメのスイーツを聞かれただけなんだが……それを同僚に見られていてな。俺まで疑われる羽目になって、店に居られなくなってしまったんだ」
赤いゴスロリの女といえば、シャッカ姉さんである。
がっつり身内のせいで不幸になったニンゲンさんを目の当たりにして、セイラは気まずくなった。
店長が変死しているだけでも目も当てられない惨状なのに、二次被害まで発生しているとなれば猶更だ。
(それにしても、シャッカ姉さんがニンゲンさんたちのスイーツを……?)
そして、この浅黒いニンゲンさんの証言に引っかかるものをセイラは感じ取っていた。
妖精族の一般的な感性かどうかは分からないが、ギャングルメの一族はニンゲンさんたちを見下している。
そんな一族が、ニンゲンさんたちのスイーツを食べるだろうかと疑問に思ったのだ。
一応妖精族の食レポ手記の一件もあるので、妖精族がニンゲンさんたちの食料を食べることはできると分かっている。
それに、シャッカは洋菓子店のニンゲンさんを狙う前提で店に入っただけで、会話の内容は適当という可能性もあるのだが……。
なんだか、嫌な予感がした。
この事件の犠牲者は、1人では済まないのでは……?
「お店の人たちが心配ですね……。お店の場所を教えてもらっても宜しいでしょうか?」
「言われてみると、確かに次の被害者が出ることもあり得るな……。俺も行くぞ」
……同行を申し出た浅黒いニンゲンさんに対して、井上セイラは少しばかり対応に迷った。
妖精族が絡む案件にニンゲンさんを同行させたら身が危ない。
しかし洋菓子店の内情を知るニンゲンさんが協力してくれるなら、結果的に妖精族による被害を抑えられるかもしれない。
「そういうことでしたら、よろしくお願いします! 名乗り遅れましたが、私は井上セイラといいます!」
「俺は……シナモン、と呼んでくれ。よろしく頼む」
なんだか少しだけ間があったように思われたが……おそらく、その「シナモン」というのは店内での通り名のようなものなのだろう。
こうして、シナモンに案内されて井上セイラは話題の洋菓子店へと足を運んだのであった。
シナモンに案内された先の洋菓子店は、おしゃれなカフェのような外見であった。
どちらかというと持ち帰り用の洋菓子がメインなのだろうが、現地で軽食を楽しんでいく客もかなりいるという印象だ。
そんな洋菓子店の外観を遠巻きに観察しながら……ふと、セイラは見知った後ろ姿を見つけた。
亜麻色の長髪を流した見覚えのある背中に気付いたのだ。
「あれ、チヨコさん。奇遇ですね! スイーツのお買い物ですか?」
「ええっと……まぁそんな感じ」
洋菓子店の前の大通りで見かけた絆田チヨコへと、井上セイラは声をかけてみたのだが……。
なんだか、歯切れの悪い返事が聞こえてきた。
スイーツを買いに来たわけでは無い様子だが、本題を言うのも躊躇っている……みたいな?
そしてチヨコは、セイラと一緒にいる浅黒い肌のニンゲンさんへと気付いた様子だった。
チヨコが少しだけ驚いたように思われた。
おそらくシナモンを名乗る男性に見覚えがあるのだろう。
「もしかして、パティシエのシナモン・イケダさん?」
「ああ、そうだ。だが……俺はもうあの店の人間じゃないぞ」
するとチヨコは例の光る板を取り出して何やら操作をはじめた。
30秒も待たせずチヨコが光る板に表示したのは、一枚の写真だった。
赤いゴスロリの女がシナモンと話をしている場面を映し出した写真だ。
どうやらエスエヌエスとかいう方法で、写真が色々なところに拡散されてしまっているらしい。
ニンゲンさんたちの何だか凄そうな技術の話は、一応少しだけ説明を受けた記憶はあるものの、セイラの理解の及ばぬところは多かった。
「この写真の赤い女について、知っていることを教えて欲しいんです」
「またその話か。あれは先月のこと……」
シャッカ姉さんの目撃情報が語られているのを耳に挟みつつ、セイラはチヨコの意図を理解していた。
おそらくチヨコは、光る板の情報網で母親の手掛かりを探しているときに、シャッカ姉さんの写真を見つけたのだ。
そして、妖精族の手掛かりを求めて話題の洋菓子店の周囲に探りを入れていると見える。
……正直に言ってしまえば、チヨコには危険に首を突っ込んでほしくない。
もしチヨコの身に何かあったらと思うと、セイラは気が気でなかった。
しかしチヨコの母親の失踪事件を聞いたことがある身としては、単純に引き止めるだけの言葉をかけても無意味だと理解している。
下手に押し問答をした末にチヨコに単独調査をさせるよりも、一緒に行動して隣でチヨコを守る方がマシかもしれない。
などとセイラが考えをまとめている間に、シナモンとチヨコの情報交換も終わったらしい。
ここからは3人で調査を行うのだとセイラは思っていたのだが……。
「セイラちゃん。この一件は私が引き継ぐから、セイラちゃんは手を引いて」
……まさか、セイラが言おうと思いつつも飲み込んだ頼みを、逆に言われてしまうとは思わなかった。
頼んできているチヨコは、いつになく真剣な顔だ。
セイラは、チヨコの考えを察した。
チヨコはセイラが妖精族であることも伝説の戦士であることも知らないので、セイラを危険から遠ざけようとしているのだ。
しかし、セイラとしては手を引くという選択肢は無かった。
ここで手を放してしまうと、チヨコとシナモンは2人まとめてソウルフルーツの肥料にされてしまうかもしれないからだ。
「それは、危険が予想されるからですよね」
「……そうだよ」
チヨコの想いを否定したくはない。
でもチヨコの身を危険にさらしてほしくはない。
セイラは悩みながら、その妥協点を考えた。
セイラがチヨコを心配しているのと同じように、チヨコもセイラを危険に巻き込みたくないのだ……とまで考えてから、セイラは妥協点が見えた気がした。
「なら私も行きます。そうすれば……チヨコさんは、危険に踏み込むのを少しだけでも躊躇ってくれますよね」
「私、セイラちゃんが思ってるほど『良い子』じゃないよ。セイラちゃんに危険が及ぶのを承知で、危ないことに首を突っ込むかもだよ?」
二人の視線が、交差した。
同行しないでほしい、というチヨコの本音が透けて見えた。
でもセイラの心配も相手方には伝わっていると思った。
「その時は私も全力で、同じ危険に首を突っ込みます」
「友達、だから? じゃぁ、私がセイラちゃんと友達やめるって言ったら……どうする?」
どきり、とさせられた一言だった。
セイラは、ポケットの中の手帳を密かに握りしめてしまった。
チヨコからプレゼントされた、大切な手帳だ。
ニンゲンさんたちの世界で最初にできた、何よりも愛しい相手からの贈り物だ。
それでも。
「たぶん、友達だから助けるんじゃなくて、大好きだから助けるんだと思います。
大好きであることをやめるなんて出来ません。もしチヨコさんが友達をやめると言ったとしても、私は勝手についていきます」
セイラは、正面からチヨコの目を見て言い切った。
結局トモダチでもマブでもなんでも、大好きだという感情が先にあって、後から呼び名をつけているに過ぎないのだ。
だからチヨコの側で友達をやめると言い出したとしても、セイラは意思を曲げる気は無かった。
チヨコは……ついに、折れた。
「……ホント、頑固なんだから。分かったよ。一緒に調査しよう」
「はい! よろしくお願いします!」
改めて、二人は手をとりあった。
セイラの側が少し強引さを押し通しすぎたかもしれない、と思ったものの、チヨコの側も不快に思ったわけではない様子だ。
どちらからともなく……二人は、また笑いあうことができた。
「あいつは……!」
……と、ちょうどそんなタイミングで、シナモンの呟きが二人の耳へと届いた。
シナモンの視線の先には、シナモンと同年代の男性が洋菓子店の裏手から出ていく姿が見えた。
同じ洋菓子店の元同僚として、シナモンはその男性を知っているのだろう。
3人はその男性を尾行しつつ、内緒話を始めた。
「あの男はフェンネルといってな。先代店長だった師匠が死んだあと、店長の座についた人間だ」
「ええっと、つまりそれは……」
「乱暴に言っちゃうと、先代店長が消えて得をした人間ってことだよ。セイラちゃん」
フェンネルと呼ばれた男性の背中を追ううちに、どんどん3人は人気のない場所へと歩いてしまった。
人気が少なくなるにつれて尾行がバレる危険性も跳ね上がるが……幸いにして、フェンネルは尾行には気づかなかった。
そしてフェンネルが足を止めたのは、閑静な倉庫街の一角で。
おそらく誰かと密会するための待ち合わせ場所なのだろう、と尾行中の3人も察していた。
「あのフェンネルという人が、妖精族と通じて先代店長を肥料にした、と疑われている訳ですね……?」
「まだ疑惑の段階だし、断定は出来ないけど、最悪の結末としてそれは覚悟した方が良いよね」
「……状況としては、フェンネルが怪しいのはその通りだ。頭では、分かってるんだ。
でも俺は……フェンネルが裏切者であってほしくないと思ってしまっている。同じ師匠のもとで腕を磨いた仲なんだ……!」
これも「同じ釜の飯を食った仲」みたいなモノだろうか。
チヨコは顔色ひとつ変えずに張り込みを続けているが、セイラは何だかバツの悪さを胸の内に抱いていた。
もしフェンネルが、シナモンと先代店長を裏切った大悪党だったら……と考えてから胸騒ぎが止まらなかった。
信じていた友達に裏切られるシナモンは、いったいどんな気持ちだろう?
シナモンは怒り狂うだろうか?
悲しむかもしれない。
相手に憎しみを抱くことだって有り得る。
……そして、その全てが絆田チヨコの未来の可能性だと思った。
もし井上セイラが妖精族だとバレたら絆田チヨコがどんな反応をとるか……と考えるだけで、セイラは背筋が寒くなった。
「フェンネルさん、無実だといいですね」
表面上は、フェンネルに対しての言葉のつもりだった。
でも本当のところは……セイラが自分で自分に言い聞かせている、気休めの言葉であったのかもしれない。
「……そうだな。そう言ってくれて、ありがとう」
3人は、あの赤いゴスロリの女の顔を思い浮かべながら、閑静な倉庫街の一角で身をひそめ続けた。
シナモンにとっては、師匠と慕った先代店長の仇である女で。
絆田チヨコにとっては駆除すべき妖精族で。
井上セイラにとっては血を分けた姉である、シャッカ姉さんだ。
3人が隠れて見守る中、フェンネルの前へと現れた人影は……。
「くすくす。先日は美味しいソウルフルーツを御馳走さま」
3人の最悪の想定通り、シャッカ・ギャングルメだった。
シナモンとフェンネルの関係に、自身とチヨコの未来を重ねて見てしまうセイラ。
二人には仲直りしてほしい、とセイラは密かに願うが……?