・前回のあらすじ
チヨコの誕生日を祝い、ニンゲンさんたちの幸せをまた一つ知るセイラ。
さらに、セイラの誕生日も決まった!
こんな幸せな日々が続いていくといいね!
絆田家での幸せな誕生日会の翌週。
相も変わらず公園でのんびりしていたセイラのもとへと、チヨコが訪れた。
なんでも独自の情報網で、人間に擬態した妖精族と思しき容疑者を見つけたのだとか。
チヨコに連れられて、セイラは日中の大都会を歩いた。
その足先は、だんだんと人通りの少ない宅地へと向いた。
いわゆる、閑静な住宅街というヤツである。
まぁ妖精族が活動しているとなれば、人の目が多いところでは無いだろうからして、そうなってしまうのだろう。
人気が少ないということは、周囲のニンゲンさんを戦いに巻き込む危険も減るわけで、セイラとしても有難い限りだった。
セイラのそんな考えをよそに、チヨコが足を止めたのは……とある古びた線路の近くだった。
確か、あの2本の鉄の線の上を「デンシャ」という乗り物がたまに走るのだ。
あの脆そうな四角い箱は、なかなかに不思議な乗り物だとセイラは思っていた。
もしかしたら、見た目よりもずっと頑丈なのだろうか?
……足を止めたチヨコが人差し指を口の前で立てるジェスチャーを見せてきた。
これは、声や物音を出さないように気をつけてほしいという意思表示だったはずだ。
チヨコが視線を向けた先を、セイラも黙って一緒に見た。
高架下に、一人の若い女性がいるのが見えた。
困っている様子ではないので、迷子のようには思えなかった。
……ニンゲンさんに擬態した妖精族が、人気のない高架線下でソウルフルーツの肥料となる獲物を待ち構えているのだろう。
チヨコが、単身で容疑者に近づいた。
かなりの確率で黒だとチヨコは見込んでいるようだが、一応最後の一押しが欲しいのだろう。
「こんにちは、お一人ですか?
この辺りは最近物騒ですよ。行方不明になった人がいるみたいで」
高架下で屯していた女性へと、チヨコは作り笑顔で接した。
一方、チヨコに気付いた女性は……ニヤリと笑った。
「あんたみたいな御人好しを、待ってたのよぉ?」
女性は、軽い調子でチヨコに答えつつ……黒い種をチヨコへと投げつけた!
「やぁっ!」
だが、それを想定していたチヨコは瞬きひとつの間にクロニャンへと姿を変えた。
そして迫りくる黒い種を、クロニャンは指先から放ったブラウンの弾丸で粉々に粉砕した!
「えっ、ぎゃああああっ!? 最後の一つだったのにっ!!?」
女性は頭を抱えて絶叫している!
そんな女性を、変身を終えたガヴルとクロニャンが挟み撃ちにした。
まだ女性は妖精態を見せていないものの、黒い種を使おうとしたのだから人間ではないだろう。
そんな女性へと、ガヴルとクロニャンは油断なく距離を詰めた。
だが、しかし。
ここでガヴルとクロニャンを予期せぬ展開が待ち構えていた。
「ま、待ってぇ! あんたたち、噂の『妖精狩り』でしょ!?
お願い、殺さないでよぉ! ソウルフルーツからは足を洗うからさぁ!」
尻もちをついている女性が、半泣きになりながら命乞いをしてきたのである。
戦意が無さそうな女性を前に、ガヴルは拳が鈍ってしまっていた。
「……ねえ、貴女いつ頃から人間界にいるの? ソウルフルーツは幾つぐらい食べた?」
「ええっと、ニンゲンどもの数え方で言ったら……たぶん半年ぐらい前からだけど、数なんて数えてないわよぉ!」
なのだが……クロニャンは指先に力を溜めながら、殺意と嫌悪感の籠った目で女性を見ている!
相手に戦意がなくとも、クロニャンは妖精族を殲滅するつもりだ!!
これには、ガヴルも大慌てである。
「クロニャンさん、落ち着いてください! この方は、ソウルフルーツから手を引くと言っていますよ!」
「どいて、ガヴルちゃん! そいつ殺せない!!」
殺意に驚いている女性を庇って、ガヴルはクロニャンへと向き合った。
クロニャンは指先に力を溜め続け、妖精族への憎しみを露わにしている!
その剣幕に、ガヴルですら恐怖心を抱いた。
足をすくませつつ、なお……ガヴルは、退きたくないと思った。
憎しみに声を荒らげるクロニャンの姿を見ていると苦しくなった。
ガヴル自身も母親を妖精族に殺されている身であるからして、憎悪だって分かる。
……それでも。
「話を、聞いてみましょう。私たちのまだ知らない情報があるかもしれません」
それが今後の戦いの役に立つかもしれません、とガヴルは続けた。
クロニャンは、瞳に憎悪を滾らせたままであったが……ひとまず、指先に集めていた力を霧散させた。
妖精族への殺意と憎悪は依然として燻っているが、ガヴルの言葉にも一理あると考えたのだろう。
とりあえず、ツライーネと名乗った女性へとクロニャンらは尋問を進めた。
「そもそも妖精たちって、どんなルートで人間界に来てるの?」
「道を通る時は黒い袋で視界を封じられてたから、道順なんて分かんないわよぉ。
あっ、待って殺さないでぇ!? ホント! ホントだからぁ!」
コイツ役に立たなそうだから、やっぱりさっさと殺しといた方が良いんじゃないかな?
そんな物騒な心の声がクロニャンから漏れ出したような気がして、ガヴルとツライーネは背筋を凍らせた。
それでも、何とかクロニャンを宥めて次の質問を促した。
「さっき、黒い種を『最後の一つ』って言ってたよね? 『最後の一つ』だと何かまずいの?」
「実は、人間界に来た時に元締めの奴らから黒い種を5個もらったのよぉ。
それでその5個を使い切ったら、ソウルフルーツを1個だけ奴らに渡して、『次の種を5個貰う』か『妖精界に帰してもらえる』ってワケ」
ガヴルは、頭の中で情報を噛み砕いた。
黒い種を配っている元締めというのは、間違いなくセイラの兄姉だろう。
そうやってソウルフルーツを上納させることで、ギャングルメの一族は楽に旨味を得ているに違いない。
そして、ツライーネは最後の種を使ってソウルフルーツを作るはずだったが、それを先ほどクロニャンが粉砕してしまった。
手持ちの種がゼロになってしまったので、次の種を貰うことも妖精界に帰ることも出来ないのだ。
「ソウルフルーツから手を引く、という言葉は本当に守れますよね?」
「守る守る、めっちゃ守る! 確かにソウルフルーツはヤバウマだけどねぇ、妖精狩りに狙われてまで食べるモンじゃないわよぉ!」
ツライーネの言葉を信じても良いのだろうか、とガヴルは頭の中で迷った。
今はクロニャンに脅されている状況だから適当なことを言っている、と見るべきかもしれない。
ここで見逃すと、再犯の危険はある。
そうなったら……ニンゲンさんたちに更なる犠牲が出るだろう。
というかその再犯を阻止するという前提で、クロニャンはツライーネを殺そうとしているのだ。
目ぼしい情報を吐き終わった時点で、ツライーネは殺されてしまう可能性が高い。
正直に言って、ガヴルは妖精族を殺すのに抵抗があった。
セイラは、妖精族に対しては同族意識があるのだ。
「でも、ツライーネはどうやって妖精たちの世界に帰るつもりなの?」
「とりあえず元締めの奴らと話してみるわよぉ。あとは何とかなる、なる!」
それ、実質ノープランですよね??
そんなツッコミをガヴルは飲み込んだ!
なんというか、ツライーネは計画性などという言葉とは無縁の女らしい。
ちらり、とガヴルはクロニャンの顔色を窺ってみた。
クロニャンは、何やら思案顔だ。
情報を引き出し終わったからには、やはりツライーネを殺すのだろうか?
……なんだか、嫌な気持ちになった。
「ツライーネさんが元の世界に帰れることを、お祈りします! では、私たちはこれで!」
「えっ、ちょ、ちょっと?」
「ばーい?」
ガヴルは、クロニャンの手を引いて現場を後にした。
伝説の戦士の脚力で跳びながら、ツライーネの視界から姿を消したのだ。
クロニャンの戸惑う声を背に受けつつ、ガヴルは夕暮れの町を眼下に収めつつ帰路をたどるのであった……。
人目のない路地裏で変身を解除しつつ。
セイラは……言葉に窮していた。
「……セイラちゃん。もしかして、あの妖精の言うことを信じたの?」
チヨコの語り口は、問い詰めているというよりも、困惑に起因する確認作業といった様子だ。
というか、もしセイラがツライーネの言葉を鵜呑みにしているなら、チヨコを強引に引っ張ったりはしない。
ツライーネの言葉を100%信じるのならば再犯の危険だってゼロな訳で、その前提が成立するならばクロニャンがツライーネを殺す可能性は考慮しなくて良いのだ。
だがチヨコがツライーネを殺すかもしれないと思ったから、セイラは強引に撤退したのだ。
そして、そのセイラの懸念はおそらくチヨコにも伝わっていると思われた。
「ツライーネさんが本当のことを言っていると、確信している訳では無いんです。
どちらかと言うと……私の身勝手な願望なのかもしれないです。本当であってほしい、人間と仲良くできる妖精だって居るかもしれない、って」
――ソウルフルーツから手を引く、という言葉は本当に守れますよね?
――守る守る、めっちゃ守る!
ツライーネを信用できるかと言われると、率直に言ってかなり怪しい。
レモン叔母さんとも、また違った意味で軽薄な雰囲気の女性だった。
あの口ぶりだと、既にニンゲンさんを何人も犠牲にしてソウルフルーツを食べている様子だった訳だし。
まぁ黒い種をもう持っていないという話だったので、次にソウルフルーツにされるニンゲンさんが出ることは無いのだろうが。
それにしても再犯の危険度が低いとは言えない人物像であったかもしれない……。
「一応、確認しておくよ。私のお父さんもだけど、セイラちゃんのお母さんも、ソウルフルーツの肥料にされて死んでるんだよね?」
「……その通りです」
チヨコは、一応まだ冷静であるようだ。
……冷静であろうとしているだけ、かもしれない。
そんなチヨコの言葉を受けて、セイラは自身の母親のことを思い出していた。
当時のギャングルメの家長に勝手に見初められた一人の女性の、あまりにも酷な最期であった。
その時の家長はソウルフルーツの肥料を後妻にしたことで、前妻の3名の子供たちからは異常者として見られていた。
そして、人間界から拉致された後妻は、誰一人として味方がいない環境でセイラを守り育てた。
結局……家長が死んだ直後に、前妻の子らが後妻を殺したのだ。
「妖精族に対する恨み辛みって、ある?」
「……あります」
セイラにとって、悪い意味で一生忘れられない記憶だった。
あの時の悲しみや無力感は、二度と味わいたくない。
下手人である長男たちに対しても、恐怖とともに、憎悪の感情も確かに持っていた。
だから、チヨコの気持ちだって分かる。
チヨコは、考え込んでしまっている。
……というよりも、迷っている?
考えがまとまらないというよりも、セイラに対する言葉を選んでいる?
「……私は、やっぱり妖精族を信じるなんて出来ないよ」
悩んだ末のチヨコが選んだ言葉に、セイラは胸が苦しくなった。
前々から分かっていたことだが、妖精族としての出自がバレたら碌なことにならないと改めて思い知らされた。
「でも、セイラちゃんの想いも否定したくないって思う。
身内が犠牲になる苦しみを知っていても信じてみたいって思えるなら、単なる気の迷いじゃなさそうだから」
これは……チヨコなりに、妥協点を探ろうとしてくれているのかもしれない。
やはりチヨコとしては父親が殺されて母親も行方不明という経緯もあって、妖精族への怒りと憎しみは根強いに違いない。
それでも、同じ苦しみを知っているセイラが言うのならば、単なる楽観論だと切って捨てることはしたくない様子だ。
結局、いつもの公園の手前でチヨコと別れて。
チヨコの背中を見送りながら、セイラは胸の前で掌を握りしめてしまっていた。
もしセイラが妖精族だとバレたら、と考えると怖くて堪らないが……一握の希望もあった。
あのツライーネという妖精族の女性が、ソウルフルーツから手を引いてくれたら。
妖精族の中にもニンゲンさんたちと敵対しない存在がいる、とチヨコに示すことができるのだ。
身勝手な願望だ。
自分自身でも分かっている。
……それでも。
その先に、チヨコに受け入れてもらえる未来があるはずだ。
そう、信じたかった。
なに?
軽薄な女は信用しちゃいけない、やて?
まるでレモン叔母さんやツライーネちゃんが裏切るみたいな言い方やな?