・前回のダイジェスト
ガヴル「どう闇!」*1
シンドイーネツライーネ「
クロニャン「やっぱり妖精族は殺さなきゃ!!」
ガヴル「」
「やああっ!!」
人通りのない路地裏で、今日もクロニャンは妖精族を殺していた。
人間を食い物にする妖精族を倒すための、いつものプリキュア活動である。
鳥のような姿の妖精族にとどめを刺して終えて。
ようやく、クロニャンは大きく息を吐くことができた。
倒された妖精族は地面に倒れ伏していたが、やがて霧のようにその姿を消してしまった。
……やはり、一人で戦うのは心もとない。
今回も、正直に言って辛勝であった。
というか、この路地裏に駆けつけた時にはガヴルと一緒だったのだが……。
妖精族とヒトバシランダーが二手に分かれたために、プリキュア側も戦力を分けたという経緯があるのだ。
じきにガヴルも、逃げたヒトバシランダーを倒し終えてこの路地裏に戻ってくるだろう。
(誰か人が来たらどうしよう……?)
戦闘が終わって手が空いたばかりに、そんな小さな悩みが芽吹き始めてしまう。
人気のない路地裏に立つ黒とピンクのドレスの女……と考えると、なんだか不自然な感じがするというか。
所在なさげ、なんて言葉は多分こういう時に使うのだろう。
プリキュアの噂を知っている通行人に声をかけられるかも?
写真を撮られそうになったら断るか逃げた方がいい?
警察官に職務質問されるかも?
そもそもクロニャンという通り名は知られても大丈夫なのか?
目の前に緊急のタスクが無いと、余計なことばかり思考に上がってきてしまうものだ。
この裏路地から立ち去るという選択肢も考えたが、実行するのは宜しくない。
実行した場合、この裏路地に帰ってきたセイラに要らぬ心配をかけてしまいそうだからだ。
こんなことなら、あらかじめ緊急時の待ち合わせ場所を決めておけばよかった。
今更な反省が頭に浮かぶものの、時すでに遅し。
「……お前が、『妖精狩り』か?」
……そんなクロニャンの居心地の悪さなど知らぬと言わんばかりに、冷ややかな声がかかった。
声の方向へと振り返りながらも、クロニャンは既に嫌な予感を察していた。
どうも、友好的な響きには聞こえなかったからだ。
クロニャンに話しかけてきたのは、長身の女性だった。
外見上は人間に見える。
薄手の外套に身を包んでいるために体型は分かりづらいものの、何だか細長いシルエットの女だ。
中折れ帽をかぶっているので背丈が正確に把握しづらいが、おそらく平均的な成人男性よりも長身だろう。
「ええっと、確かにそう呼ばれることはあるけど……? 私たちのファン、って雰囲気じゃなさそう……?」
この長身の女性からかけられた「妖精狩り」という言葉の意味は分かる。
ツライーネも使っていた言葉だ。
というか最初に殺したキノコの妖精族も使っていた。
「……愚問だな」
……この女性も妖精族かも?
確信は持てなかったが、クロニャンは油断なく長身の女を観察した。
……すると、なんだか嫌な臭いが鼻を突いた。
何かが焦げたような、焼けたような……嗅覚に響く不快な香りだ。
だが同時に懐かしい気もした。
(タバコかな?)
絆田ウシオが……チヨコの父親が、遠い昔に吸っていた姿が脳裏に過った。
父親には基本的には懐いていたはずのチヨコが嫌がった、数少ないウシオの欠点だ。
それも、いつの間にかウシオは吸わなくなったのでチヨコも今の今まで忘れていたのだが……。
そんな煙たい匂いの女は……クロニャンへと冷たい目を向けたまま、姿を妖精族へと変えた。
灰色の丸い胴体から無数の触手を生やした、全高2メートルにも及ぶ巨大なクラゲのような妖精族であった。
そんな怪物が、水中を泳ぐかのように宙を漂っている。
デフォルメされた可愛らしいクラゲではなく、生物的なグロテスクさを隠しもしない化物クラゲだ。
クロニャンは、恐怖感に背筋を震わせた。
生理的にダメ……というヤツだ。
地球上にはエチゼンクラゲのように人間よりも巨大なクラゲも生息しているが、それらに恐怖する人間は案外多いのである。
ましてや人食いの妖精族となれば、憎悪や殺意よりも恐怖心が先立ってしまっても不思議ではない。
「っ!!」
そして、化物クラゲは複数の触手を束ねて、音を置き去りにするかと思うような速度の刺突攻撃を繰り出してきた。
クロニャンが回避できたのは……ひとえに、恐怖心で腰が引けていたからだった。
工事用の鉄杭でも撃ち込まれたかのように、アスファルトの地面に穴が空いているのが見えた。
生理的嫌悪感とは別の意味で、クロニャンは背筋が寒くなった。
明らかにこの化物クラゲは、殺す気で攻撃してきている。
この化物クラゲはファーストコンタクトの時点で、既にクロニャンを殺すことを決めていたのだ。
かつて赤毛の大猿に殺されそうになった時と同様の恐怖心が蘇った。
……殺される。
足が震えた。
恐怖心が憎悪を上回る。
きっと……以前のクロニャンであったら、食い下がる方法を考えていたかもしれない。
しかし、ガヴルと一緒に戦ううちにクロニャンの考え方にも変化が起こっていた。
(一人で戦って勝ち目がなくても、二人なら……!)
何よりも信頼できる、あの暖かな親友と一緒なら。
例のサソリ女を殺したキャンドルロッドがあれば、勝負になる。
そう考えられるようになったクロニャンは、一人で無理を押し通そうとは思わなかった。
クロニャンは、引き気味に戦った。
クラゲ妖精の触手をムチのように使った横薙ぎの攻撃は、一応防御できる威力ではあった。
クロニャンからの反撃は牽制程度の指鉄砲にとどめ、触手による刺突攻撃を見極めて堅実に回避した。
指先から放たれたブラウンの弾丸は、化物クラゲの胴体に直撃すると流石に少しは痛い様子だ。
残念ながら触手で弾かれてしまうようになったが……相手が触手を防御に使うのならば多少は攻め手が減るということでもある。
なんとか、クロニャンは根性で粘った。
ダメージは受けているが、決定打は受けていない。
出の早い横薙ぎ攻撃を受け続けている両腕は痛むが、まだ腕は上がるし足も動く。
このままガヴルが帰還するまで化物クラゲの攻撃を捌ける、と思った。
「……鬱陶しい」
「汚っ……!」
……化物クラゲが、無数の触手の根本から毒々しい真っ赤な液体を吐きかけてきた。
思いもよらぬ初見の毒液を、クロニャンは頭から被ってしまった。
口の中に苦味とエグ味が広がる。
嗅覚に至っては、臭いとか煙いとかではなく、もはや痛みしか感じない。
そのうえで一番まずいのが、視界が霞んでいるということだ。
(逃げるしかない……!)
そのクロニャンの判断は正しかった。
だが、化物クラゲの次の一手の方が早かった。
致命打を狙うのならば力を溜めて刺突攻撃をしてきたのだろうが、代わりに巨大クラゲは出足重視で触手ムチによる横薙ぎ攻撃を選択したのだ。
「が、はっ……!」
クロニャンは防御することもできずに横薙ぎ攻撃の直撃をくらってしまった。
黒のドレスに包まれた背中が、路地裏の冷たいコンクリートの壁に叩きつけられる。
肺の中の空気を全部吐き出したかと思うぐらいに、呼吸が乱れた。
そのまま、クロニャンは地面に倒れ伏した。
意識を失わなかったのが奇跡的だというレベルだった。
身体中が、痛い。
涙が滲む。
それでも……クロニャンは歯を食いしばって意識を保った。
悔しかった。
一人で勝てないことが、悔しかった。
攫われた母親に辿り着けずに死ぬのが、悔しかった。
単独勝利を度外視して粘ってすら負けるのが、悔しかった。
親友の帰りを待つことすら許されない自分自身の力不足が、悔しかった。
「でりゃあああっ!!」
歪んだ視界の中に、青と白の人影が乱入してくるのが見えた。
そして、それがクロニャンの待ちわびた相手であることも分かっていた。
化物クラゲの魔の手からクロニャンを助けてくれる頼もしい味方であることも、よく知っている。
「クロニャンさん! 逃げてください!」
「……っ!!」
だからこそ、その言葉が何よりも苦しかった。
だが、今のクロニャンが継戦不可能であることは、誰よりも自分自身が分かっていた。
退くなんて嫌だった。
それでも、意地だけで撤退を拒否してもガヴルの足手まといになるのが理解できてしまっていた。
ここで無駄に意地を張ってガヴルの足を引っ張ったら更に自分が惨めになる。
そう、頭では分かっている。
クロニャンは震える身体で何とか立ち上がり、今の体力で許される全速力で……足を引きずりながら、逃げ出した。
一瞬だけ未練がましく振り返った視界に映った、青と白の衣装に包まれた背中は、霞んだ目で見ても分かるぐらいに力強かった……。
ふらふらと足を進めているうちに、よくセイラを見かける公園へと辿り着いた。
頭から被ってしまった毒液の洗浄が必要だと感じたクロニャンは、蛇口の前に座り込んで水道水を浴びた。
毒々しい赤い液体が、透明な水道水と混じって下水へと消えていく。
頭上から流れ続ける冷たい水のおかげで、頭が少しだけ冷えた。
多少冷静さを取り戻した頭で考えても、ガヴルの撤退指示に従ったのは適切な判断だったと理解できた。
足手まといを庇いながら戦えば、ガヴルまで倒されていたかもしれない場面だ。
それでも。
あの背中に並び立って戦いたかった。
冷たい水道水が頭上から流れ続ける中、頬に流れた一筋だけが熱かった。
セイラちゃんも苦しみの多い人生を送っているけど
それはそれとして、チヨコちゃんにはチヨコちゃんの苦しみがあるのだ
みんな違ってみんな地獄なんだ
可愛いね♡