・前回のあらすじ
妙に強いクラゲ妖精が現れた!
クロニャンは殺されないようにするのが精一杯だった!
ガヴルが助けに来てくれたから、あとは任せて安心して逃げられるね、チヨコちゃん!!
ガヴルは、クラゲの妖精族と対峙していた。
全高2メートルにも及ぶ化物クラゲが、水中を泳ぐような仕草で宙に浮いている。
なんだか、嫌な感覚だった。
今まで戦ってきた妖精族にもガヴルたちを殺そうとする者は存在したのだが……。
このクラゲの妖精族は、その誰よりもガヴルたちを殺そうとする意志が強いように思えるのだ。
セイラの姉であるシャッカ・ギャングルメですら、こちらを殺すのが目的という訳ではなかった。
アレは「自分勝手に暴力をふるった結果としてセイラたちが死んでも構わない」ぐらいのスタンスだったように思われた。
(妙な雰囲気ですね……?)
「……お前も、妖精狩りか」
背中を向けたら殺される、というイメージが湧いてしまって、どうにも撤退しづらい。
おそらく先に逃げたクロニャンは、もう十分に距離を稼げたのだろうが……。
ガヴル自身は如何にして逃げようか、という問題は残ったままだ。
触手を束ねて放ってきた刺突攻撃を、危なげなく回避しながら。
ガヴルは考えを巡らせた。
美味しいソウルフルーツを食べに来ただけの旅行者が、プリキュアに対してここまでの殺意を向けるものだろうか……?
今まで戦ってきた妖精族たちは、特にプリキュアと積極的に戦う動機など持たない者ばかりだった。
強いて言うならば、黒い種10個を報酬に提示されてプリキュアを捕獲しようとしたツライーネぐらいのものだ。
しかしツライーネとて遊び半分であったし、殺意と呼べるようなものは纏っていなかった。
それに比べて目の前の怪物クラゲは、どうも報酬に目がくらんでいるようには見えない。
――理不尽な保護者の顔色を窺いすぎて育つと、子供は共感性が過敏になっちゃうことがあるのさ。
――セイラちゃんが感じた苦しみも、たぶん元はシナモンやフェンネルって人たちの苦しみだよ。
……そうだ。
この怪物クラゲから伝わってくるのは……苦しみだ。
弾力のあるバリアを張って深紅の毒液をはじきながら、ガヴルはクラゲ妖精の行動原理に気付きつつあった。
正直に言って、クロニャンを痛めつけていた相手なので心証は決して良くないが……それでも。
対話を試してみるべきだ、とガヴルは判断した。
バックステップで少しばかり距離をとり、ガヴルは声を張った。
「待ってください! 貴女には……ソウルフルーツを食べる以外の目的があるんですか?」
「……愚問だな。あんなものに興味は無い」
もしや?
甘い考えだ、とガヴル自身でも理解できていた。
実際、ツライーネの時にはそれで痛い目を見たのも事実だ。
「貴女にニンゲンさんたちを肥料にする気がないのならば、私たちは戦わずに済むかもしれません!
目的を聞かせてください!」
……それでも。
ガヴルは、クラゲ妖精との対話を選んだ。
決して相手の巨体から目をそらさず、警戒を解かずに言葉を投げかけたのだ。
「……私の妹は、ソウルフルーツを食べる旅行に行くと言って家を出ていった。
そして、お前たち妖精狩りに殺された。……それで、充分か?」
底冷えするような、声だった。
この妖精族の女性の抱く憎悪が、腹の底まで響いたような気がした。
ガヴルは、背筋が寒くなった。
――私のお父さんの方が、ね。先月干からびた変死体で発見されたんだ。
――私、妖精族を絶対に許さない。
憎悪と復讐に心を燃やす相手は、そう簡単に意思を曲げない。
チヨコの例を痛いほど近くで見てきた身としての経験が、そう告げている。
さらに言えばセイラ自身とて、母親を目の前で殺された身の上なのだ。
下手人である長男たちへの恨みは、決して消えるものではない。
しかも最悪なのが、ガヴルの視点から言えばクラゲ妖精の妹を殺した犯人がクロニャンである可能性がそれなりにあるのだ。
クロニャンは単独で妖精族を殺したことがあるような口ぶりだったし、現に今日も一人殺っているのだ。
もちろんクラゲ妖精の復讐相手がクロニャンではない可能性もあるが……。
ガヴルは、続きを聞くのが怖いと思ってしまっていた。
もしクロニャンが復讐相手だったら。
この憎悪と悲しみに駆り立てられたクラゲ妖精に対して、ガヴルは如何に接すれば良いのか?
クロニャンを守るために、このクラゲ妖精を殺せるだろうか?
妹を殺されて悲しみと憎悪に苦しんでいる相手を、殺す?
……そう考えたら、なんだか嫌な気分になった。
「心当たりが……あるのか? お前が、やったのか……!!」
クラゲ妖精が、2メートルの巨体を震わせた。
ガヴルは慄くと同時に、弾力のあるバリアを反射的に前面に展開した。
……直後、電車でも激突したような衝撃と轟音が裏路地に響き渡った。
クラゲ妖精の巨体を最も活かせるシンプルな攻撃……すなわち突進がガヴルのバリアへと直撃したのだ。
バリアはひび割れてしまっていた。
それでも、ガヴルは石畳を電車道のように両踵で削りながら必死で踏ん張った。
だが……クラゲ妖精はバリアの亀裂を狙って、触手を束ねた強烈な刺突攻撃を繰り出してきた。
突進の衝撃を受け止めるのに精一杯のガヴルは、回避など出来なかった。
ガヴルの腹部を、至近距離から放たれた刺突攻撃が抉る。
辛うじて原型を保っているバリアのおかげで刺突攻撃はガヴルの胴体を貫通こそしなかったが、それでも戦局を大きく変える決定打と言えた。
「苦節2年、この日を待ちわびた! カルメラの苦しみ、その身で受けてみろ!!」
バリアの隙間から、毒々しい深紅の液体が吹き付けられる。
腹の傷の激痛が、倍増した。
ガヴルは苦痛で胃液が逆流しそうになった。
それでも。
クラゲ妖精の憎悪の言葉に、ガヴルは一筋の光明を見出していた。
「が、はっ……! それ、私じゃ、ないです……!
妖精族を、私が殺したのは、2週間前の1件だけ、です……!」
その妹――カルメラという名らしい――が殺されたのが2年前であるというならば、犯人はプリキュアではない。
セイラの誕生日もとい初変身が3月19日であり、それから約半年しか経っていないのだ。
流石にそれは明確に濡れ衣である。
「……そうか。死ね」
「うぎぃっ!?」
あれっ???
腹に刺された触手で内臓をさらに抉られて、ガヴルは苦悶の声をあげた!
無罪だから釈放される流れだと思っていたガヴルだが、そんなことは無かった!
まずい。
このクラゲ妖精は、疑わしい相手は片っ端から始末する方針らしい。
確かにガヴルが嘘を吐いていてもクラゲ妖精からは判別できないので、そうなるのも分からないではないのだが。
しかし、腹に穴が開いている身としては他人事ではない。
さらに言うと、ここでガヴルが死んだら数日後にはクロニャンも殺されるだろう。
「待って、ください……! 今の話には、不審な点があります!」
「……なに?」
まず大前提として、ガヴルは情報を詰めた。
クラゲ妖精が妹の死に直面した状況についてだ。
行方不明になっていた妹が、大怪我を負った状態で、妖精界の住処に運び込まれたのだと答えが返ってきた。
そのまま……すでに虫の息だった妹は、クラゲ妖精の目の前で息を引き取ったのだという。
ここまではガヴルの想定通りである。
「ニンゲンさんたちは強さの問題で、基本的には妖精族を殺す手段なんてありません。
でも……妖精族がカルメラさんを殺すとして、動機は何だと思いますか?」
「それは……ソウルフルーツの横取り、だろう?」
まぁ今まで見てきた妖精族からして、そう考える気持ちはガヴルも分かる。
個体差はあるが、大体の妖精族にとってソウルフルーツというのは病みつきになる美味しさなのだ。
しかし、妖精族がソウルフルーツの横取りのためにカルメラを殺したと考えると、それはそれで不自然な点が出てくる。
先日ツライーネを尋問して手に入れた情報を思い出しつつ、ガヴルは話を進めた。
ソウルフルーツの横取りがカルメラ殺害の動機だとすると不自然な点が浮かび上がってくるのだ。
――実は、人間界に来た時に元締めの奴らから黒い種を5個もらったのよぉ。
――それでその5個を使い切ったら、ソウルフルーツを1個だけ奴らに渡して、「次の種を5個貰う」か「妖精界に帰してもらえる」ってワケ。
Q1:人間界で活動していたカルメラが他の妖精族に襲われてソウルフルーツを奪われていた場合、何が不自然なのか?
A1:その場合はカルメラは手持ちのソウルフルーツを失っているはずなので、妖精界の住居に帰れたという事実と矛盾する。*1
Q2:妖精界についてから、住処に辿り着くまでの間に襲われたのでは?
A2:その場合でも、カルメラは帰還の対価として手持ちのソウルフルーツを失っているはずなので、ソウルフルーツを奪う目的で襲撃されることはない。*2
なんとか、ガヴルはクラゲ妖精へとその不自然さを説明した。
クラゲ妖精の持っている情報とも擦り合わせが必要だ。
……どうやらクラゲ妖精の側でも、人間界に来るときに同様のルールを聞かされたらしい。
あのルールがツライーネだけの特殊ケースであるという可能性もあったのだが……ツアー客に共通するルールだった模様だ。
一応、クラゲ妖精はここまでの話を飲み込んでくれた。
「どういうことだ……?
妖精界に繋がる道を通るまではカルメラは無事だったが、その後に何かがあったということか……?」
この先は、正直に言ってガヴルも確証がある話ではなかった。
本当にソウルフルーツに全く関係が無い不幸な事件に巻き込まれてカルメラが死んだ可能性もゼロとは言えないのだ。
だが、ガヴルは……実家の面々を思い出しながら、彼らが限りなく黒に近いだろうと判断していた。
「確定とは言えませんけれども、やはり最も怪しいのは……妖精界に戻るゲートを管理しているギャングルメの一族です」
「確かに、妖精界でソウルフルーツについて調べまわった時には、ニンゲンどもの世界の旅行を経験した妖精が一人も見つからなかったせいで大分苦労した。
まさか……あの一族が、妖精界への帰還を希望した妖精を始末している?」
秘密保持と独占のためか、とクラゲ妖精は推論を口にした。
ガヴルも、同じ仮説に行きあたっていた。
ソウルフルーツの存在があまり有名になってしまうと、ギャングルメの一族が旨味を独占できなくなる可能性が出てくる。
なので、ソウルフルーツの存在を知る妖精を利用し終わった時点で殺しているという訳だ。
ギャングルメの身内であるセイラから見ても、あの一族ならやるだろうな、と内心だけで密かに思った。
「ギャングルメの一族と対峙する気があるのなら、私も同行させてください。
必ずや力になってみせます」
「お前が……? お前に一方的に攻撃した私に、助太刀する義理など無いだろう……?」
クラゲ妖精は、ガヴルの言葉が予想外だと見える。
訝しむ声が返ってきている。
ギャングルメの一族と戦う理由がガヴルにあるのか、と疑っているのだろう。
セイラとしては、ソウルフルーツ稼業の元締めである兄姉たちの始末をつけたいという思いはある。
しかしそれを言ってしまうと、セイラまで復讐対象として殺される危険もある。
「母さんが、あの一族に殺されているんです」
「……そうか」
もちろん、このクラゲ妖精が単騎でギャングルメの一族を全滅させてくれるのならば言うことはないのだが。
このクラゲ妖精が一騎打ちでギャングルメの一族に勝てるかというと、少し怪しい気がしたのである。
単騎で差し向けて返り討ちにあうよりは、ガヴルも一緒に戦った方が勝算があるように思えた。
ここで、ようやくクラゲ妖精は矛を収めてくれた。
ガヴルの腹部に突き刺さっていた触手を引き、長身のニンゲンへと姿を変えたのだ。
「うっ……!」
「痛むか。……済まなかったな」
中折れ帽子を手で直しながら、妖精族の女は煙草を口に咥えて火を灯した。
草が燃える独特の匂いが、煙とともにガヴルの鼻を突いた。
腹の傷に沁みるような気がして、ガヴルは顔をしかめた。
「私は明日の日没ごろに、西の採石場でギャングルメの一族の妖精と会う予定だ。来るなら、お前も来い」
ツライーネも、定期的にギャングルメの一族と会っているようなことを言っていたはずだ。
おそらく、この女も同じ理由で元々ギャングルメの妖精と会う約束をしていたのだろう。
「短い付き合いになるかもしれませんけれど、名前を教えてください。私はセイラです」
「……ニガリ、だ」
それだけ言い残して、ニガリと名乗った女は立ち去った。
あとには、焦げ臭い匂いだけが残された。
「はぁ、ふぅ……。なんとか、なった……!」
まだ痛む腹の傷を抑えながら、ガヴルは人間態に姿を戻して、ようやく大きく息を吐くことができた。
見た目は派手な傷だが、明日の日没まで時間があるならば問題なく塞がるだろうと思えた。
一応、念のためにどこかで真っ赤な毒液だけは洗い流しておくべきだろう。
この傷を受けたのがチヨコではなくて良かった、とも思った。
ニンゲンさんたちの生命力だと、このぐらいの傷でも死にかねないのが怖いところだ。
そして、ふとガヴルの頭に迷いが浮かんだ。
……明日の日没頃の決戦に、チヨコを誘うか否か?
単純に勝利の確率だけで考えたら、味方は多い方が良い。
しかし、先ほど足を引きずって敗走したクロニャンのボロボロの背中が脳裏に浮かんだ。
今日の明日でニンゲンさんが回復するとは思い難いので、無理はさせるべきではない。
チヨコはすぐに無理をしようとするところがあるのだ、とセイラは理解していた。
加えて、チヨコの妖精族への憎悪も勘定に入れると、やはり共闘は難しい。
妖精族であると分かっているニガリに対して、チヨコが拒否反応を示す公算が大きいように思われたのだ。
(チヨコさんには、療養に専念してもらいましょう)
このセイラの判断が吉と出るか凶と出るか。
それは……まだ、誰にも分からないのであった。
セイラちゃんは、チヨコちゃんのことを大切に想っているんだ
だからこそ慎重になってしまうときもあるのだ
それがまさか、あんなことになるなんて……