ガヴル「どう闇!」*1
シャッカ「バカねバカねっ!
ニガリ「妹に乱暴する奴は死ね」
クロニャン「セイラちゃんが、ギャングルメの一族……!? 嘘だ、私を騙そうとしてる……!!」ッヘーイ
「うるさい!! もう信じられない!! セイラちゃんなんて、大っ嫌い!!!」
クロニャンの平手打ちが、ガヴルの頬をとらえた。
乾いた音が採石場に木霊した。
痛みが、辛かった。
張られた頬よりも、胸の中が痛んだ。
チヨコを傷つけてしまったことが、苦しかった。
チヨコに嫌われてしまうことが、心から怖いことだと思えた。
ガヴルは、何を言ったら良いのか分からなかった。
目に涙をいっぱいに溜めているクロニャンに対して、どう言葉を返したらいい?
「…………ごめんなさい、チヨコさん」
……足早に跳び去る黒猫の背中は、瞬く間に小さくなっていった。
「……なるほど。お前も、お前の母親も、ギャングルメの一族の被害者という訳か」
セイラ・ギャングルメの身の上話を一通り聞いたニガリは、苦々しい顔で煙草の煙を吐き捨てた。
こうしてニンゲンに化けてしまうと本当に妖精族だと見破れないな、なんて思いながらセイラはニガリの反応をうかがった。
どうやら、今の時点ではセイラのことを抹殺対象としては見ていない様子だが……?
「私としては、引き続きギャングルメへの復讐の手伝いをしてくれるのならば有難いが……本当に、出来るのか?」
――ニンゲンさんたちを殺すのをやめて、私たちと一緒に生きていく未来を選んでください!!
ニガリの問いかけの意味を、セイラも理解できていた。
シャッカを殺すとき、セイラは躊躇ったのだ。
そのせいでセイラの身元もバレてしまったし、それが遠因となって絆田チヨコにも正体を知られてしまった。
――私に、私に汚らしいニンゲンの餌を食えというの!?
セイラは、自分自身の手に目を落とした。
シャッカにこの手をとってほしかった、というのが正直な想いだった。
結果的にはシャッカは拳で応えたし、セイラの決断のせいで加速度的に状況は悪くなったと言える。
「やらなければ、ニンゲンさんたちがどんどんソウルフルーツの肥料にされてしまいます。
……やります。やってみせます」
「……これも一応言っておくが、お前と違って私にはニンゲンとやらを守る義理はない。
そもそもカルメラの身辺を調べるまではニンゲンなんて単語すら知らなかったぐらいだ。それでも、本当に私と手を組めるか?」
まぁそれはそうだろうな、とセイラは冷静に受け止めた。
今まで会ってきたソウルフルーツ目的の旅行客も、ギャングルメの一族も、ニンゲンさんたちのことなんて肥料としか思っていなかった。
むしろニガリは、ニンゲンさんたちを守りたいセイラとのスタンスの差を理解したうえで、それでも共闘できるかと念をおしてくれている。
その時点で、ニガリは大分マシな部類なのだ。
「さっきの……チヨコだったか。私と手を組むうえで、アイツが障害になる可能性は?」
「そ、それは……!」
――セイラちゃんなんて、大っ嫌い!!!
チヨコの泣きそうな顔を思い出して、胸が締め付けられるようだった。
そして、ニガリの懸念も分かった。
妖精族への激しい憎悪を持っているチヨコは、ニガリの活動の障害になるかもしれない。
「……私がアイツを殺したら困る、という顔だな。そんなに大切か?
弱くて守られているくせに、態度は悪い。……悪縁は早々に断ち切ることも考えた方がいい」
ニガリが煙草の煙とともに吐き出した言葉は、どこか不快そうに聞こえた。
思えば、シャッカがセイラの姉だと判明した直後も、なんだか苛立っていた気がする。
それが妹に対して言うことか、とシャッカへ言い返していたはずだ。
……チヨコのことが嫌いというよりは、セイラのことを心配して言ってくれているのだろうか?
「弱くても、意見が合わないことがあっても……それでも、どうしても大切だと思ってしまうんです。
ニガリさんにも……そんな相手はいませんか?」
「…………愚問だな」
中折れ帽からのぞくニガリの目が、一瞬だけ優しく見えたような気がした。
きっと、ニガリにもいたのだろう。
弱かったとしても、時に意見があわないことがあったとしても、愛しい相手が。
「お前の気持ちは、よく分かった。確約は出来ないが、もし向かってきても
「ありがとう、ございます。私の心配をしてくれて、私のために怒ってくれて」
セイラは、今できる精一杯の笑顔でニガリへと感謝の言葉を返した。
本当は、今もまだ胸の内は穏やかではない。
実の姉を殺したことも、絆田チヨコに嫌われてしまったことも、苦しい。
それでも、ニガリから受けた優しさに精一杯報いたい。
そう、セイラは思った。
「……気にしなくていい。私が勝手に、お前に妹を重ねているだけだ。
所詮は、自分の喪失感と無力感を慰めるための代償行為だ」
煙草の白い煙とともに、ニガリが言葉を吐き捨てた。
きっとニガリの本心なのだろうな、とセイラは思った。
しかし同時に、何だか心の中がモヤモヤした。
モヤモヤの正体が何なのか、なんとか言語化しようと頭を悩ませた。
「新しく会った誰かを、大好きだった相手に重ねて見てしまうのって……悪いことなんでしょうか?」
かつてのセイラは、大好きな相手なんて母親しかいなかった。
妖精族の父親も兄姉もセイラに暴力を振るった環境で、母親だけが親愛の対象だった。
そんな母親が語った夢のような世界に、やがてセイラも憧れるようになって。
後に井上セイラの誕生日となる運命の日……3月19日に、セイラはニンゲンさんたちの世界へと足を踏み出したのだ。
そして、困っていたセイラを助けてくれたチヨコの優しさを、好きになった。
見たことも無いお菓子を分けてくれて、一緒に分け合って食べて、セイラのことを友達だと言ってくれた。
今振り返ってみると、そのチヨコの優しさを好きになったのは、セイラの母親からの愛情と類似していたからかもしれない、とセイラは今更ながらに思ったのだ。
そこから、セイラの世界は少しずつ広がっていった。
絆田チヨコが同じ学校の友達だと紹介してくれた寺島サトルのことも好きになった。
チヨコの伝手で出会ったレモン叔母さんのことも好きだ。
一緒に肝試し(?)をして巡り合ったヨヨさんも。
浜辺で出会ったアイネも。
既に好きだったものがあって、少しずつ類似性や共通点から縁が広がって、セイラの世界はどんどん色付いていったのだ。
もちろん、中にはシナモンやツライーネの時のように苦しい出会いと別れもあったが……。
そんな内容を、つっかえつっかえしながら、何とかセイラはニガリへと伝えた。
「新しく出会った相手に、元々好きだった相手を重ねて好きになるのって、悪いことじゃないと思います。
そして新しく出会った相手も、元々好きだった相手とは違うところも多くて……そうやって、好きなものや楽しいものが少しずつ増えていくのって、素敵なことだと思うんです」
「……そう、かもしれないな。カルメラの面影を追ってしまうのも、悪いことばかりではない、か」
ニガリの目元が、少しだけ優しくなったように思えた。
復讐に心を焦がしているニガリの胸に、少しでも穏やかなものが宿った気がしたのだ。
セイラは兄姉らに殴られて育ったが……ニガリのような姉がいてくれたら、全然違う生活だったのかもしれない。
漠然と、そんなことをセイラは思った。
「あと、セイラの言っていたことで一つ気になったことがある。
――私に内緒で、人食いの化け物同士で手を組んで……それが、本当のセイラちゃんだったの?
――ち、違います! チヨコさんはニガリさんを誤解しています!
そんな会話を、動揺を極めたメンタルで交わしたような気がする。
しかし、ニガリはその情報のどこに不審な点を見出したというのだろうか?
「私たちはニンゲンの世界に来る前にソウルフルーツを一つ食べて、ニンゲンへの変身能力を得たんだが……お前は、そうじゃないのか?」
「いいえ、私は生まれた時からこの姿です。
…………えっ? ニガリさん、ソウルフルーツを食べたことがあるんですか?」
頷いたニガリの様子を目の当たりにして、セイラは眩暈がした気がした。
ニガリ自身には積極的にニンゲン狩りをする気は無さそうだとはいえ、ソウルフルーツを食べたことがあると言われると話が変わってくるというか……。
もっと言うと、絆田チヨコと仲直りする結末が大分遠いように思えたのだ。
ソウルフルーツを食べたことがあるニガリと、絆田チヨコが仲良くできる気がしない。
でもギャングルメの一族と戦ううえでは、ニガリとの同盟を破棄する選択肢は基本的に有り得ない。
ニガリを口止めするにしても、他のツアー客から同じ情報がバレる事態は容易に想像できる。
セイラは、頭を抱えた。
(母さん……! いったい、どうしたら良いんですか……!!)
まぁヒーロー的にもラブコメ的にも、中盤から出てきた女の方がハイスペックなのは順当ではあるのだ。
可愛い妹を殺された悲しき女が、薄幸の末っ子オーラを出しているセイラに絆されるのも仕方ないところではある。
でも当然、元からいる女としては面白くないし、トラブルも起こるのだ。
なお本作の元ネタである『ガヴ』は仮面ライダーなので、顔の良い男たちが3人で大真面目に三角関係をやっている。とても健康にいい。(確信)