・前回のあらすじ
妹を殺された悲しき復讐者であるニガリは、薄幸の妹属性なセイラに絆されてしまう。
だが、ニガリがソウルフルーツを食べたことがあると言い出したことで、セイラは頭を抱えてしまった。
コレは……チヨコと共闘するところまで持っていけるのだろうか??
\ピンポーン!/
平日の、まだ日が昇り切らない時間帯に。
絆田チヨコが学校というところへ出かけている隙を狙って、セイラは絆田家を訪問した。
途方に暮れたセイラが頼れるのは、やはりあの人しかいないのだ。
「はろはろ、ワイルドガール! そろそろ来る頃だと思ってたよ」
瓶底眼鏡をかけた小柄なニンゲンさん……レモン叔母さんだ。
両親のいないチヨコと一緒に絆田家に住んでいる、平和を愛する科学者である。
チヨコとの仲が上手くいっていない件に関して、セイラは相談に来た訳だ。
……新たな仲間と、一緒に。
「さ、新顔さんも、上がった上がった!」
「ニガリさん、そこの段差の前で靴を脱ぐらしいですよ」
「そうなのか……?」
ニンゲンどもの考えることは分からんな、などとボヤいているニガリを引き連れて。
セイラたちは、絆田家のリビングへと足を踏み入れた。
リビングにある何の変哲もないソファや座椅子にそれぞれ腰をおろして、初対面のレモン叔母さんとニガリの自己紹介を聞いたりなんかして。
軽々しく接してくれるレモン叔母さんは、いつも通りだった。
思えば、セイラのことを妖精族だと知っても、この人はそんなに態度を変えなかった覚えがある。
「聞いたよー? セイラちゃんが妖精族だって、チヨコちゃんにバレちゃったんだって?」
「そ、そうなんです……」
セイラが本題を切り出す前に、レモン叔母さんは最新の話題を繰り出してきた。
そして、その情報源がチヨコであることも、セイラは察した。
……もしや、セイラの正体が周知されている?
人食いの化け物だという話が広まれば、セイラはニンゲンさんたちの世界で暮らしづらくなることだろう。
死活問題なので、セイラが追加でレモン叔母さんへと確認してみると……?
「あー、一応それは言いふらさないように、ちょっと強めに叱っといたよ。
友達の知られたくないコトを勝手に言いふらしたらダメでしょ~、ってな感じで」
「それは……助かりました。ありがとうございます」
今は学校へと行っている絆田チヨコが級友らに対して噂話を広めているという事態は、無いと思ってよさそうだ。
セイラは、胸をなでおろした。
なんやかんやで、レモン叔母さんも相当セイラのことを気に入ってくれているのかもしれない。
「セイラちゃんとニガリちゃんが人間を食べないことをチヨコちゃんに信じさせれば、ワンチャンあるかも~? って感じかなぁ?」
「そのことなんですが……」
「……私は、ニンゲンの世界に来る前にソウルフルーツを一つ支給されて、食べている。
それによって、ニンゲンへと変身する能力を得た」
「……ありゃ?」
さすがのレモン叔母さんも、こればかりは考え込んでしまった。
瓶底眼鏡の向こう側に見える瞳にも、困惑が浮かんでいる。
ソウルフルーツを食べた当時に人間についてどんな認識を持っていたか、とレモン叔母さんは尋ねた。
そもそもニンゲンという生物の存在すら知らなかった、とニガリは面倒くさそうに返した。
そんな二人のやりとりを、手に汗を握りながらセイラは見守った。
「ううう~ん……。理屈としては、知らずに食わされたなら一律セーフで良いと思うんだよね。
アタシたち人間だって、1週間前に食べた料理に妖精族の肉が入っていたから償え、みたいに言われても困るし」
理屈としては、という聞き逃しちゃいけない言葉がセイラの耳に残った。
つまり、理屈以外の部分では問題があるという意味だ。
その辺りの含みは、ニガリも察している様子で。
「……感情論、か。面倒だな」
「人間は時に、理屈や正しさよりも、勘や印象を優先したくなるモンなんだよ。良くも悪くもね」
このレモン叔母さんの言葉を、セイラはどこかで聞いたことがある気がした。
よく思い出してみれば、レモン叔母さんと初対面の時にも言われた言葉だったはずだ。
その時は、セイラのことは少し怪しいけれど信じる、みたいな文脈で使われたはずなのだが……。
良くも悪くも、とレモン叔母さん自身で言っている通り、今回は悪い意味というわけだ。
「ちな、ソウルフルーツってどんな味がするの? 教えてぷりーず!」
「……他のものに例えることが出来ない味だ、というのが正直なところだ。
おそらくだが、私たち妖精族にはニンゲンから抽出された幸せを味わうときにしか活性化しない器官が存在する可能性がある」
興味深そうに聞いているレモン叔母さんの反応を窺いつつ。
セイラもまた、ニガリの仮説に心当たりがあった。
初めてグミを食べて伝説の戦士として覚醒したときや、ケーキを食べてキャンドルロッド召喚を習得したときにも、言語化できない感覚があったのだ。
アレが、ニガリの言う特殊な器官の活性化によるものなのかもしれない。
そしてその器官によって妖精族はニンゲンさんに擬態できるし、セイラも伝説の戦士に変身できるという訳だ。
「あとは……ソウルフルーツを食べた時、一瞬だけ、肥料になったニンゲンの幸せだった記憶が見える。
私が見たのは、ニンゲンの女からチョコレートという物を貰ったという記憶だった」
「青少年の甘酸っぱい青春の一幕って感じだね~?
その話を聞いた感じだと、妖精族が擬態するときの姿って、肥料になった人間と相関は無さそうかもね」
ニガリの説明によると、ニンゲンに擬態するときの姿は妖精族の意思によって選ぶ訳でも無いらしい。
自由に様々なニンゲンに化けられる訳でもないし、ニガリは現状のような長身の女性の姿にしかなれないのだとか。
どのような基準で擬態した姿が選ばれるかは、ニガリ自身にも分からないそうだ。
おそらく、ほかの旅行客も同じだろう。
「一応確認しておくけど、そのチョコレートを渡してきた女性って、この写真の人間だったりする? アタシの姉さんなんだけど」
「……正直に言って、ニンゲンの顔の区別が正確についている訳ではないが……おそらく、違う」
レモン叔母さんがリビングの隅に置かれた写真立てをとってきてニガリに確認させているのを、セイラも覗き込んだ。
ニンゲンさんの男性と女性が、幼体と思しき小さなニンゲンさんを抱えている写真だ。
そのうちの片方がレモン叔母さんの姉ということは、この写真の中の小さなニンゲンさんが、絆田チヨコという訳だ。
写真の中の夫婦は、幸せそうにチヨコへと微笑みかけている。
……ギャングルメの一族によって、食い物にされた幸せだ。
「うぷっ……」
セイラは、食道にこみ上げる嫌な感覚に耐えきれず、絆田家のトイレへと駆け込んだ。
そのままセイラは胃の中のものを便器の中に吐き散らした。
昨晩食べた公園の草が、未消化のままだ。
最低最悪の気分だった。
なんとかトイレを出て、水で口をすすいで、セイラはリビングへと戻ってきた。
レモン叔母さんが心配そうにしているし、ニガリも内心穏やかではないと見えた。
二人から見ても、セイラは不調に見えるのだろう。
「セイラちゃんさ、実はさっきウシオさんたちの写真を見た時よりも前から体調が悪かったりする?」
「そ、その通りです……。なんだか昨晩から、全然食べ物を消化できなくて……」
レモン叔母さんは、指を顎に当てて何かを思案している様子である。
しばらく考え込んでいたレモン叔母さんであったが、とりあえずという顔でダイニングへと足を運んだ。
そして、人間の顔ぐらいの大きさの陶器を持ってリビングに戻ってきた。
「この道具、
食べる前の物をこれで磨り潰すと、消化の助けになるはずだよ。貸すから、しばらく持っときなよ」
擂鉢……と呼ばれた道具は、茶碗を大きくしたような外見で、よく見ると細かい溝が内側に刻まれている。
この沢山ある溝を上手く使って、食べ物を磨り潰すための道具という訳だ。
「出来たらウチで匿いたいところだったんだけど、チヨコちゃんとの兼ね合いもあるからね……。
ニガリちゃん、セイラちゃんのことを暫く頼んでも大丈夫かな……?」
「ああ、任せろ」
ニガリは、これからもセイラと同盟を続けるつもりがある様子だ。
昨晩もセイラと同じ公園に泊まったし、これからもそうだろう。
レモン叔母さんからの頼みに即答を返したところを見るに、思ったよりもセイラのことを気に入っているのかもしれない。
「頼もしい返事をくれたニガリちゃんに、ちょっとサービスしたくなっちゃったゾ」
ちょっと待っておくれ、なんて言いながらレモン叔母さんは階段を降りて地下ラボへと姿を消した。
そして戻ってくると、レモン叔母さんの掌には透明なシャーレが乗っていた。
プラスチック製のシャーレの中にある黒い液体は、なんだか泥水みたいだとセイラは思った。
なんだかココアよりも色味の深い、不気味な液体だ。
「チヨコちゃんがプリキュアに変身する力を得るときに飲んだ薬の余りなんだけど、ニガリちゃんも呷ってみない? こう、グイっと!」
それって妖精族が飲んでも大丈夫な薬ですか??
そんなツッコミが喉元まで上がってきたセイラであったが、口には出さなかった。
そもそもニンゲンさんよりも妖精族の方が頑丈な訳で、チヨコが飲んで大丈夫ならニガリも大丈夫だろう。
一方、ニガリは訝し気にシャーレとレモン叔母さんの顔を見比べた。
初対面の相手から怪しい薬を渡されている状況なのだから、警戒する方が自然だという話ではある。
「……やっぱ、やめとく?」
「愚問だな」
ニガリは、シャーレに口をつけて黒い液体を飲み干した。
何か変化が起こるのではないか、とセイラとレモンは期待した。
期待の内容を具体的に言うと、ガヴルやクロニャンのようなプリキュアに変身してほしい。
……しかし、数十秒待ってもニガリの身体には何も起こらなかった。
まぁニンゲンさんを伝説の戦士にするための薬なので、妖精族に効かないのは不思議ではないのだが。
科学に失敗は付き物さ、なんてレモン叔母さんは軽々しく言いまとめてくれた。
「……飲んでから聞くのもなんだが、コレは本当に私が飲んで良かったのか?」
「良いって良いって。少しでもセイラちゃんやチヨコちゃんの役に立てば本望だよ、きっと」
……だが、このやりとりに関しては少しだけセイラは首を傾げた。
上手く言えないのだが、なんだかレモン叔母さんとニガリの間で、言葉以上の情報のやりとりがあった気がしたのだ。
視線なのか隠喩なのか、セイラとしても上手く言語化できない感覚であった。
セイラの気のせいかもしれないが、果たして……?
「アタシの方でも、もう少しチヨコちゃんの様子を見てみるよ。仲直りしてほしいと思ってるのは、アタシも一緒だからね」
「何から何まで、本当にお世話になります……!」
「セイラのことは私に任せろ」
かくして、ニガリに付き添われて、セイラは絆田家を後にしたのであった……。
この密会が、絆田チヨコとの仲直りへ繋がるターニングポイントになる。
……井上セイラは、そう信じたかった。
・次回予告!
思い悩む絆田チヨコ!
セイラにも事情があるのかもしれない、と思い至るのであった!
だがよりにもよってこのタイミングで、いけ好かない煙草女とエンカウントしてしまう!
ただでさえボコボコに叩きのめされたばかりなうえ、セイラの相棒枠みたいなところに収まろうとしている女への心証はあまりにも悪すぎる!!
どうするチヨコ!!
次回もお楽しみに!