セイラと袂を分かったチヨコは、一人でも戦い抜くすべを考える。
一方、セイラと共に過ごすニガリにも心境の変化が……?
「ヘヘっ! 噂の妖精狩りも大したことねえなァ!」
夜の闇に紛れて、クロニャンは妖精族を追った。
近所の工事現場の周辺で人が消えているのを調べて、蟹のような妖精族へと行き当たったのである。
人間サイズの蟹妖精を犯人と突き止めて強襲したまでは良かった。
しかし、分厚い甲殻を前にクロニャンの打撃は通っていない。
そんな中……クロニャンは、全く動じていなかった。
闇の中で、黒猫の瞳が爛々と輝いた。
セイラと決別してからの2週間ほど、思っていたことがあるのだ。
ガヴルのキャンドルロッドは誕生日ケーキの印象を元に創造されている。
そもそも、ガヴル本体は多分グミだ。
……なら、クロニャンは?
そう考えた時に、父親が好きだったココアが頭に浮かんだのだ。
初めてクロニャンに変身する直前に、レモン叔母さんと一緒に父親が好きだったココアを一緒に飲んだのだ。
幼い頃から熱いものが苦手だったチヨコが、それでも父親と一緒に飲んだ思い出がある。
加えて、プリキュアの力を得るときの薬を飲んだ時も、チヨコが父親と過ごした幸せな時間の記憶が蘇った覚えがある。
そうイメージし始めてからは、早かった。
熱くて、マグマのようで、触れるだけで火傷してしまうような、漆黒の力が身体の中に溜まった。
「……大火傷、させてあげる」
クロニャンは近接戦を仕掛けながら、掌からブラウンの高温粘液を蟹妖精に浴びせた。
蟹妖精は一拍遅れて、悲鳴をあげた。
いくら固い甲殻で覆われていようとも、頭から高温の液体を被れば柔らかい部分にダメージは入るのだ。
さらに、クロニャンにとって嬉しい誤算もあった。
身体の中に溜まった高熱が、クロニャンの身体能力を普段以上に高めてくれたのだ。
クロニャンの繰り出した拳が、今度は蟹妖精の甲殻を軋ませた。
流石にワンパンとはいかなかったが、二度、三度と打撃を重ね、やがて難攻不落と思われた甲殻を打ち砕いた。
甲殻を砕かれて逃げようとしている蟹妖精に再びブラウンの高温粘液を浴びせて怯ませつつ。
クロニャンは蟹妖精をタコ殴りにした。
何度か反撃もくらったが、結局クロニャンが殴り勝ち、最後は指先に力を溜めたブラウンの弾丸にて蟹妖精にとどめを刺したのであった。
蟹妖精の死体は、しばしの後に煙のように消えていった。
「はぁっ、はぁっ……!」
変身を解くと、どっと疲れが押し寄せてきた。
ホットココア形態は、かなり身体に負担がかかるようだった。
(この力があれば、戦える……! 一人でも……!)
ふらふらになって帰宅したチヨコは、おおいにレモン叔母さんに心配されたが。
それでも、この新たな力はチヨコにとって、最後の寄る辺だった。
セイラに頼らずとも戦っていくために、必要だと思った。
長身のニンゲンに擬態しているクラゲ妖精……ニガリは、思いもよらない初見の場所へと足を運んでいた。
なんでも、「天文台」とかいうニンゲンたちの建造物らしい。
なぜそうなったかというと、込み入った経緯がある訳でもないのだが。
住み始めて2週間にもなるいつもの公園でセイラと共に過ごしていたところ、偶然にも腰を痛めた爺さんをセイラが発見し、介抱して。
その老人を背負って、セイラが歩いて行った先にあったのが、その天文台だったのだ。
なんでも老人は、天文台の館長なのだとか。
なんとなくセイラとともにニガリも付いていったのだが、ニンゲンの考えることはよく分からんというのが正直なところだった。
「おお、ありがとう。力持ちだねぇ、助かったよ」
「お力になれて、何よりです!」
天文台の休憩室と思しき部屋まで老人を届けてやって、お約束のやりとりをして。
それで用事も終わりだろうとニガリは思っていた。
だが、ここでセイラが何かを思い出した様子であった。
「館長さん。実はですね、私の母さんの言い残した『幸せ』の中に『サザンクロスを見る』というのがあったんですけれど、これって多分天文台で見るものですよね……?」
さざんくろす……?
知らない言葉が出てきたが、ニガリは確認を入れずに様子を見た。
「サザンクロスは、もっと南の方の土地からじゃないと見えない星座なんだ」
「そうなんですか……」
しゅんとしているセイラが何だか可愛いな、なんて思いながらニガリは煙草に火をつけた。
何とかしてやりたい気持ちはあるが、そもそもサザンクロスというものがよく分からなすぎる。
その土地によって、見えたり見えなかったりするのか……?
「でも……助けてくれたお礼に、お嬢さんたちのために特別に、サザンクロスを見せてあげよう」
「そんなことが出来るんですか! ありがとうございます!」
……なんだか怪しい話になってきていないか?
この土地からは見えないという話だったのに、特別な何かが天文台の中にあるのか?
ニガリにとっては分からないことだらけだ。
まぁセイラもそうなのだろうが。
なんというか、妙なところでセイラには世渡り上手なところがある気がしたニガリなのであった。
セイラとニガリは、館長に連れられて天文台の中を歩いた。
行きついた先には柔らかそうな椅子が30ほど並んだ大きめの部屋があった。
円形の部屋で、天井が半球のような形になっている不思議な空間だ。
「プラネタリウムというんだ。小さいけどね。さあ、上映を始めるよ」
館長に促されて、ニガリとセイラは席に着いた。
部屋の明かりが消され、ニガリは一瞬だけ警戒して辺りを見回してしまったが……特に危険は無さそうだ。
やがて、半球状の天井に白い点がいくつも浮かび上がった。
どうやら、部屋の中心部にある丸い機械から光を放つことで、天井に白い点があるように見せている様子だ。
そして上演プログラムの音声が流れ始めた。
どうやら半球状の天井に投影された無数の点は、現実の星空を模した配置だということらしい。
昔のニンゲンたちは、その配置に意味を見出して、様々な星座と呼ばれる概念を生み出したのだとか。
天井に映し出された偽物の星たちを、セイラは楽しそうに眺めている。
……ニガリは、いまいち興味をひかれず、途中で離席した。
天文台の裏手に辿り着いたニガリは、そこでゆっくりと煙草の煙を吐き出した。
「お気に召さなかったみたいだねぇ」
ニガリの後ろを歩いてきていた館長が、声をかけてきた。
人の良さそうな笑顔を浮かべているものの、この老いたニンゲンはなんだか掴みどころがない人物に思えた。
「星座というものの概要は分かったが。プラネタリウムというのは所詮、星座の偽物……代替物じゃないのか」
セイラが母親の言い残した「幸せ」を集めているというのは聞いたことがあった。
そしてニガリとしては、プラネタリウムのような偽物で良いのかと思ってしまうところがあるのだ。
それって目的を果たせていないのでは? という気持ち悪さがあるというか。
「……それは耳の痛い話だ。確かにプラネタリウムの映像は、本物の星座ではないというのはその通りだよ」
人の良さそうな笑顔を崩さずに、あっさりと館長はプラネタリウムの映像が偽物であることを認めてしまった。
だが館長は言葉を継ぎ足した。
ゆっくりと、諭すように。
「しかし、ああしてサザンクロスを北半球や昼間でも見られるのは、本物には無い、偽物だけの特権だ」
……そう言われると、確かに館長の言うことも一理あるように思われた。
本物のサザンクロスはこの土地からは見られないし、昼間の明るさでは星なんて見えないというのは正論だ。
偽物には偽物なりの強みというか長所があるのかもしれない。
煙草の煙を吐き出しながら、ニガリは館長の言葉を待った。
「それに……たとえ星座が偽物でも、あれを見ている子供たちの笑顔は本物だ。……僕は、そう思いたい」
ニガリは、プラネタリウムの室内に置いてきたセイラの様子を思い出してみた。
投影された星たちを嬉しそうに眺めていたように思った。
あの笑顔は本物だと思いたい館長の気持ちも、分かる気がした。
「まぁ、僕がそう思うのも、子供がいない身ゆえの……代替物への想いなのかもしれないけれどね」
「……そうかもしれないな。だが、あんたの言う通り、代替物も悪くないのかもな」
――新しく出会った相手に、元々好きだった相手を重ねて好きになるのって、悪いことじゃないと思います。
正直、死んだ妹をセイラに重ねて見てしまっているという負い目は未だに消えなかった。
これも悪くいうと代替物とか偽物とか、そういった類のものなのかもしれない。
そんな罪悪感が……また一つ、薄れたように思った。
……ぼんやりと、そんなことを思っているニガリへと。
館長が、白い紙箱を渡してくれた。
煙草の紙箱に似ているが、これは一体……?
「ココアシガレットといってね。これも偽物というか、代替物だよ。本物の煙は身体に悪いからね。程々にね」
それだけ言い残して、人の良さそうな笑顔のまま館長は天文台の裏手から立ち去った。
なんだか掴みどころの無いニンゲンだったな、なんて思いつつ。
白煙を一通り吐き出したニガリは、ついさっき貰った紙箱の中身をあらためた。
煙草によく似た形状の細長い物体が、何本も紙箱の中に納まっている。
箱を左右に少しばかり振ってみると、カサカサという煙草の箱からはしない音が響いた。
謎の白い棒を口に咥えて、しばらくすると唾液に溶けて甘味が染み出してきた。
そして一緒に、煙草とはまた違った刺激が口の中に広がった。
何と言い表せば良いのか分からない、鼻に抜けるような刺激臭だ。
「……悪くない、な」
ぽつり、と言葉が漏れた。
癖で白煙を吐き出すような仕草をしてしまったが……その口からは、煙は出なかった。
あんまり先の話をするのもなんですが、第24話と第25話が前後編で、その後にまたチヨコ関連の話をやります……とだけ。