Q:プ、プリキュアってこんな少年漫画みたいなことして良いの??
A:女の子だって暴れたい!
採石場に隣接した荒野にて、絆田チヨコは叔母と相対していた。
日は傾き、景色を朱く染めた。
あまりにも絵に描いたような決闘日和だった。
「さーて、チヨコちゃんの冴えた回答を聞かせてもらおっか?」
「戦いを降りるつもりは無いよ。でも何かを忘れたことにするつもりも無いし、レモン叔母さんが隠してることは全部吐いてもらうよ」
相も変わらず冗談めかして軽々しく問いかけてきたレモン叔母さんに対して、チヨコは正面から言い返した。
怒るでもなく、憎むでもなく、ただ正面から石動レモンを見据えて言い放ったのだ。
本当は、少しだけレモン叔母さんのことが怖いと思っていた。
でも、そんなチヨコの背中を、後方からセイラが見守ってくれているはずだ。
そう思うだけで、手の震えが止まった。
「……聞き分けの悪い子だ」
「聞き分けの良い子だったら最初から妖精族なんて探さないよ」
チヨコは、レモン叔母さんから目を離さずに静かに変身した。
黒のドレスに茶色とピンクの色が入った、いつものクロニャンへと姿を変えたのだ。
そして石動レモンも、黒と黄色の伝説の戦士へと姿を変えた。
クロニャンは観察するような目で、新たな伝説の戦士を油断なく見据えた。
伝説の戦士と化した石動レモンは……そのモノクルの奥に、軽薄な笑みを浮かべたままだった。
「レモン叔母さんの目的が『最強の生物』なのって、どうしてなの? 答えて!」
クロニャンが、指先からブラウンの弾丸を放った。
「それは言葉の綾ってヤツだよ。妖精族に対抗できる人間を作りたいっていう目標を端的に表現しただけさ!」
石動レモンも、同じく指先からブラウンの弾丸を放って相殺した。
二人の技は一見すると同じもののようだが、クロニャンの方が当たり負けしていた。
「妖精族に対抗できる人間を、どうして作りたいと思ったの!?」
指鉄砲による狙撃を散発的に続けながら、クロニャンが問いかけた。
「姉さんを取り戻す手段が欲しかったからだよ!」
クロニャンの放ち続けたブラウンの弾丸を、石動レモンは同様の弾丸にて次々に弾き落とした。
そんな石動レモンの返し文句の中に、クロニャンは欺瞞を見出していた。
「お母さんが死んだのは、もう確定してるんだよ! それが目的なら、ギャングルメと手を組み続ける理由なんてなくなったはずでしょ!」
クロニャンが、指鉄砲の打ち合いの中で踏み込んだ。
「それは……!」
言い淀んだ石動レモンは、クロニャンのタックルを受けてしまった。
二人は、土埃にまみれて地面を転がった。
「……危険なことばっかりしてる私が死なないようにするための研究、だよね?」
ピンクの長髪を汚した泥を払いもせずに、クロニャンは石動レモンへと問いかけた。
10割とまで言わずとも、ほぼ確信を持った人間の問いかけだった。
「そこまで察してるなら、無茶ばっかりするんじゃないよ!」
石動レモンから、キレの良いツッコミとともに鉄拳が返ってきた。
クロニャンはぶん殴られながらも、殴り返した。
プリティともキュアキュアとも言えない、泥臭い拳の会話が往復した。
「もう高熱モードは使わないよ! でも妖精族との戦いをやめるのは嫌!」
ここで、クロニャンは少しだけ折れた。
そもそも高熱モードを封印するように再三言われていた身ではあったのだが、ここで初めて封印要求を飲んだのだ。
石動レモンが、少しだけ驚いたような顔を見せた。
「守ってもらうこともあると思う! だけど守ってもらうだけの御姫様でいるつもりはないよ!」
そんな隙を見せた石動レモンの頬に、クロニャンの容赦のない拳が炸裂した。
地面を転がされた石動レモンを、クロニャンは油断なく見下ろした。
その拳は、固い氷で丸く覆われていた。
「……そんな芸、覚えてたっけ?」
「アイスココアの方が、猫舌の私には性に合ってたみたい」
本物の猫は冷たいものも苦手だよ、なんて石動レモンのツッコミを脇に置いて。
氷の拳を振るって、クロニャンは石動レモンと殴り合った。
「お父さんのソウルフルーツを持ってたのは、どういう経緯なの? レモン叔母さんのせいで死んだ訳じゃないんでしょ!」
「アタシのせいであってたまるか! アタシだって寝耳に水だったし悔しかったし悲しかったに決まってるっしょ! ダメ元で欲しいって言ってみたらなんかニビルくんがくれちゃったんだよ!」
クロニャン本体の性能が大きく変わったわけでは無いが、硬質の拳と重量増加は案外バカにならないアドバンテージだ。
少しずつ、状況はクロニャンの方へと傾きつつあった。
「変身薬の材料を秘密にしてたのは、私の方も冷静じゃなかったから仕方ないところはあるとおもうけど! でもこれからはダメだからね!!」
「さっきまで泣きじゃくって悲劇のヒロインみたいな顔してたくせに! エグい新情報が出てくるたびにセイラちゃんに慰めてもらう気なんじゃないだろうね!?」
クロニャンの新戦法に慣れてきた石動レモンが、クロスカウンターを繰り出した。
外側をとられたクロニャンの頬に、今度は石動レモンからのクリーンヒットが突き刺さった。
地面を転がされるのも何度目になるか分からないほどだったが、それでもクロニャンは即座にダウンから復帰した。
「絶対に泣かない約束なんてできない! また慰めてもらうかもしれない!」
クロニャンは……恥じることなど一切ないと言わんばかりの口ぶりで言い放った。
自身の弱い部分を承知のうえで、背筋を伸ばした。
「でも子供扱いで何も知らないままいるのは嫌だ! これが私だよ!!」
クロニャンは、足元に作り出した棘付きの氷玉を石動レモンへと蹴りつけた。
石動レモンは横っ飛びに氷玉を回避したが、そこにクロニャンが肉薄した。
迫りくるクロニャンを迎え撃とうとした石動レモンへと、クロニャンは茶色の球体を投げつけた。
そして石動レモンが初見の攻撃の正体を看破するよりも早く、茶色の球体は炸裂した。
不出来なアイスココアのごとく、茶色の球体の中には粉末が詰まっていたのだ。
そして炸裂した茶色の粉末は、石動レモンの視界を制限した。
不自由な視界の中でも石動レモンは拳でクロニャンの迎撃を試みた。
衝撃は、同時であった。
クロニャンの氷で覆われた拳が石動レモンの頬へと直撃し、石動レモンのカウンターもまたクロニャンの胴に叩き込まれた。
肩で息をしながら、綺麗なところなんて残っていないプリキュアのドレスを靡かせて。
クロニャンは、ただまっすぐに石動レモンを見据えた。
お互いに足は震えていて、すでに気力で立っているだけの状態だった。
だが……石動レモンが、膝をついた。
「……参った。まったく、とんだジャジャ馬ガールに育っちゃったもんだ……」
誰に似たんだか、なんて呟いたレモン叔母さんは……既に地面に倒れた後だった。
お互いにボロボロで、伝説の戦士のドレスも泥まみれで。
でも……なんだか、レモン叔母さんも満足そうだった。
不思議と、クロニャンはそう思えた。
クロニャンは、ふらふらの足で振り返って、この決闘の見届け人になってくれた親友へとピースを送った。
セイラは、人懐っこい顔で駆け寄ってきてくれて、クロニャンの健闘を称えてくれた。
そんなセイラの笑顔をまた見られたことが、クロニャンの心を温かくしてくれたのであった……。
「あっ、殴り合いの途中で聞きそびれたけど。レモン叔母さん、まだ何か隠してない?
ラボの棚の中にソウルフルーツが一杯あったりとか、倫欠実験のせいで培養体が沢山いるとか!」
「実は人体実験に協力してくれた人を8人ほど殺っちゃっててさぁ……いや、ウソウソ! 冗談だよ!! 今のはホントに冗談だってば!」
笑えないジョークに青筋を立てたクロニャンが氷のトンカチを振り下ろそうとして、セイラに止められたりなんて一幕を挟みながら。
お互いに変身も解除して、いつもの姿に戻って。
ようやく……叔母と姪の間に笑顔が戻った。
既に日は落ち切り、満月が穏やかに微笑んでいた……。
寄り道するところがあるから先に帰っててちょーだい、なんて言いだしたレモン叔母さんを置き去りにして。
チヨコとセイラは、採石場から帰路へついた。
満身創痍のチヨコは、セイラに背負ってもらっていた。
いつかの海岸の時と同じく、結局セイラの世話になってしまった。
「なんか……ここは人間的に成長した私が、セイラちゃんを逆に背負ってあげて歩いたほうが格好がついたような気が……」
「チヨコさんの方がボロボロですし、さすがにそれは厳しいのでは……?」
そんな締まらない会話をしながら。
気負わない雰囲気のままで、二人は夜道を進んだ。
というか、セイラもセイラで近頃体調を崩し気味であったので、そこまで余裕はないはずなのだ。
ストレス性の消化不良ということだったので、今後は回復していく見込みなのは一応の救いではあるとはいえ……。
「それにしても、思ったほどレモンさんが罪を重ねていなくて、本当に良かったですね」
「ホントそうだよ! 死人を出してるって言われて一瞬本気で焦ったよ!」
死体そのものを直接弄んでいる場合には、死体遺棄に該当する可能性はあるが……。
ソウルフルーツを使用した実験をしたことが死体遺棄に該当するかと言われるとそうでも無さそうである。
あと、ソウルフルーツをニビルに要求したのが殺人教唆に該当するかという視点でも、これも罪と呼べるかは怪しい。
ヨヨさんの屋敷から借りた文献の情報だと、ソウルフルーツは一応人間に植えなくても育つからだ。
倫理的に……というかチヨコの心情的には限りなく黒に近いグレーゾーンだという思いはあるものの、一応明確に法に触れることはしていない様子だった。
――チヨコちゃんが犬死するよりはマシだと思って話したけどさ。……本当は、アタシだってそんな危険なことはしてほしくないんだ。
――だから……手前勝手な話だけど本音を言うとね。今聞いたことも妖精族のことも全部忘れて普通の子供として生きていくことを、チヨコちゃん自身の意思で選んでほしいんだ。
チヨコの父親を素材とした変身薬を飲ませた件も……そもそも、レモン叔母さんも最初はチヨコへ投与するつもりなど無かったのだろう。
その決断の全てに納得できている訳ではないが、そうでもしなければ当時のチヨコは犬死していたかもしれない。
……チヨコとセイラの会話が、途切れた。
チヨコを背負ったまま、セイラは足を進めた。
決して嫌な沈黙ではなかった。
月明りが、二人の帰路を照らした。
チヨコは、セイラに対して言葉にした方が良いと思った想いが胸の内にあった。
言うのが気恥ずかしいと思った。
たぶん口に出さなくても、なし崩し的にこのまま仲直りしてしまえば二人でプリキュアは出来る。
そう頭の中で葛藤しつつも……やっぱり、伝えた方が良いと思った。
――セイラちゃんなんて、大っ嫌い!!!
先程も一度セイラに対しては謝っているし、それでセイラも許してくれているとはいえ。
もっと、はっきりと口に出した方が良いメッセージに、チヨコは心当たりがあった。
「ねえ、セイラちゃん。心が苦しくて仕方ないときに、セイラちゃんが隣で支えてくれて本当に嬉しかった。ありがとう」
「どういたしまして。私もチヨコさんが元気になってくれて嬉しいです!」
背負われている体勢のせいでセイラの顔が見えないが、その笑顔が想像できた。
きっと、その生い立ちからは想像もできないような明るい笑顔だ。
そんなセイラに……チヨコは、何度も救われてきた。
今だって文字通り、おんぶ抱っこの状態だ。
「私ね。この先、セイラちゃんの方が苦しい時には、隣で支えてあげられる存在になりたい。……良いかな?」
「大好きなチヨコさんが一緒にいてくれたら嬉しいです!」
こんなふうに好意の言葉を正面から口にできるセイラの心根が、なんだか眩しく思えた。
チヨコの方は今でも、気恥ずかしいという想いが消えないというのに。
月明りの照らす夜道のなかで。
背負われたままの距離感で、そっとチヨコは囁いた。
「私も、セイラちゃんのこと…………好きだよ」
良い最終回だった(大嘘)