マジカル☆ガヴリンク!   作:カードは慎重に選ぶ男

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まえがき

猫屋敷

俺の心に

猫屋敷

(川柳感)



第3話:初恋の味 逃げた黒猫

ニンゲンさんたちの世界に住むこと、1週間。

井上セイラは、無事にホームレスライフを満喫していた。

蛇口を壊してしまった公園とは別の、もっと大きい公園を見つけた後はひたすら快適だったのだ。

 

公園の中央には大きめの噴水があって水浴びも出来るし、食べ物にも困らない。

我ながら完璧にニンゲンの世界に順応したものだ、なんて井上セイラは思っていた。

……なお、そう思っているのはセイラ本人だけである。

 

 

「あっ、セイラちゃん!」

「チ、チヨコさん……!」

 

セイラに声をかけてきたのは、亜麻色の長髪が印象的な女子だった。

公園で憩いの時を過ごしていた井上セイラは、絆田チヨコに発見されてしまったのだ。

今生の別れのつもりで書置きをしたセイラとしては、なんとも気まずい。

往々にして人生とは、ままならないものなのだ。

 

再会が嬉しいと思いつつ、セイラは身構えてしまっていた。

ニンゲンさんたちが怪獣ヒトバシランダーにされるときに、どのぐらい意識が残っているのか分からないからだ。

あの真っ赤なゴスロリ女……シャッカがセイラの身内だとバレているかもしれない。

 

 

――シャッカ姉さん!? チヨコさん!!?

 

「あの後、チヨコさんは大丈夫でしたか? あの赤い人に襲われた時のことは、どれぐらい覚えていますか?」

「ええっと、赤い人に殴り倒されて、駆けつけてくれたセイラちゃんに『逃げて』って叫んで……。

そのあとすぐに気絶しちゃった、のかな。たぶん。起きた時には周りの建物とかメチャメチャでビックリしたんだよ?」

 

首を捻りながら、チヨコは先週の記憶を振り返ってくれた。

どうやら、セイラの迂闊な発言は聞こえていなかった様子だ。

漆黒の怪獣にされていた間の記憶も無いと見える。

セイラは、安堵の息を吐いた。

 

 

「セイラちゃんは、また家出してきたんだ? 今度はどんな『幸せ』を見つけたの?」

 

チヨコの認識では、セイラは家出の常習犯となっているようだ。

実際には一度の家出なのだが、まぁ訂正するほどのことでもないだろう。

そんなことよりも、母さんの言い残した「幸せ」を体験することの方が大切だ。

 

 

「実は……ネコちゃんを触るというのを試しているのですが、一筋縄ではいかなくてですね……」

 

そう言いながら、セイラは4メートルほど先にある藪へと目を動かした。

チヨコも釣られて目を動かすと、二人の視界には立派な黒猫が見えた。

太っている訳ではないが体格が良いというべきか。

骨太でガッシリしていると言いたくなるような体型の黒猫が、警戒心に満ちた目でセイラを見ていた。

 

チヨコが来る前にも、セイラは黒猫にアプローチを仕掛けたのだが……どうにも、旗色が悪い。

セイラは警戒されてしまっていた。

ひょっとすると、野生の勘のようなもので、セイラが普通のニンゲンさんではないことを看破しているのかもしれない。

 

一応、セイラが本気で捕獲すれば問題なく確保できるだろうという気はするものの。

しかし、ニンゲンたちの世界のモノの脆さを鑑みると、黒猫に怪我をさせてしまう危険は否めない。

 

 

 

「ほーら、怖くない、怖くないよ~?」

 

……なんてセイラの迷いをよそに、しゃがみこんだチヨコは黒猫へと距離を詰めていた。

穏やかに微笑んだまま、チヨコは前進する。

息をのんで見守るセイラの前で、少しずつ黒猫へと接近したチヨコは、ついに黒猫の背中に触ることに成功した。

ついで尻尾の付け根や顎下に触ったチヨコは、完璧に黒猫から信頼されたと見える。

 

 

「凄いです、チヨコさん……! よし、私も」

「シャーッ!!!」

 

セイラが一歩前進したら威嚇された。

ニンゲンさんたちの世界は理不尽である。

 

ここでセイラは閃いた。

とりあえずチヨコの真似をしてみよう、と。

しゃがんで、緊張を含んだ声で、遠くから黒猫へと語りかけた。

 

 

「こ、怖くないですよ~?」

「シャーッ!!!」

 

黒猫は逃げ出した!

セイラは膝から崩れ落ちた!!

 

地面に両手をついて涙ぐんでいるセイラの頭を、チヨコは遠慮気味に撫でて慰めてやったのだった……。

 

 

 

 

 

 

「あっ、ちょうどいいところに! おーい、寺島くーん! こっちこっち!」

 

しばらくセイラを慰めていたチヨコが、遠くへ向かって手を振り始めた。

セイラがその方向へと目を向けると、初顔のニンゲンさんが歩み寄って来るのが見えた。

初顔のニンゲンさんは、おそらくチヨコと同年代で、赤フチの眼鏡をかけた穏やかそうな男子だった。

とりあえず井上セイラが名乗ってみると、初顔のニンゲンさんは寺島サトルと名乗り返した。

 

 

「それで、絆田さん。何かあったの?」

「寺島くん、動物詳しかったよね。セイラちゃんに、野良猫と仲良くなるコツを教えてあげて!」

「なんと! よろしくおねがいします、サトルさん!」

 

「絆田さんって野良猫と距離を詰めるの得意技じゃなかった?」

「私は感覚派だから、人に教えるのは苦手なんだよ~?」

 

寺島サトルは、腕を組んで考える素振りを見せた。

井上セイラは、期待の眼差しをサトルへと向けた。

絆田チヨコは、セイラの後ろに子犬の幻影を見た。

 

 

「多分だけど、井上さんは野良猫と距離を詰めるとき、緊張しすぎているんじゃないかな。それが猫に伝わっているのかも。

心を落ち着けて、なるべく穏やかな気持ちで接するのが良いんじゃないかな」

 

寺島サトルの推測を聞いてみると、なるほどと思わされた。

確かにセイラは、野良猫と接するときに緊張していたかもしれない。

それに対して、チヨコが野良猫と距離を詰めるときの雰囲気は穏やかだったように思う。

言われてみれば納得である。

 

 

「ありがとうございます、サトルさん! まるで動物博士ですね!」

「役に立てて嬉しいよ」

 

「その調子で気になる『あの子』とも距離を詰めたりしないのかな~?」

 

セイラは礼を言って、サトルが受け取った……までは良かったのだが。

口元に手をあててニヤリとしながら、チヨコがサトルへと新たな話題をふりはじめた。

そして、そんな新たな話題に対して、サトルは顔を赤くして対応に困っている様子だ。

サトルが慌て始めた理由を、セイラは理解しかねた。

 

 

「サトルさんでも距離を詰めるのに苦労する野良猫がいるんですか? 私でよければ力になります!」

「セイラちゃんのお母さんの言ってた『幸せ』の中に、恋愛とかコイバナとかってある? そういうオハナシだよ?」

 

レンアイ?

コイバナ?

どこかで聞いたような、そうでもないような……?

ちょっと記憶を振り返るのに時間がかかってしまった井上セイラなのであった。

 

 

「そういえば、聞いたことがあります。でも母さんは『セイラにはまだ早いわね』って言って、詳細は教えてくれなかったんですよね」

「そっか~? まぁこれからだよね。コイバナは心に効くビタミン剤みたいなものなんだよ!」

 

楽しそうにしている絆田チヨコは、なんだか今までにない独特の雰囲気を纏っているように思えた。

なんと言い表したらいいのだろうか。

ニヤニヤしている、というのが一番近い気はするのだが、悪意は無さそうだ。

寺島サトルの反応を見て楽しんでいるようだが、なんというか井上セイラの中には無い感覚のような気がした。

 

 

「ぜひ教えてください! 『コイバナ』が気になってきました!」

「ま、まぁ良いけど……絶対に言いふらさないでね? まだ小学生だった頃に……」

 

寺島サトルは思い出を語り始めた。

サトルは、怪我をしているロップイヤー*1を発見して個人経営の動物病院に連れ込んだことがあったそうだ。

そして、待合室でサトルの傍にいてくれたのが、動物病院を経営している夫妻の一人娘だった。

不安でたまらなかった寺島サトルの心情を、その子は「優しさ」だと呼んでくれた。

サトルがその子に惹かれるまでに時間はかからなかった……とのこと。

 

 

「何度聞いても良いよねぇ。純情な初恋物語……!」

「あれ? 今のエピソードって絆田さんに話したことあったっけ?」

 

「マユちゃんが同人を書いてるから同学年の子は大体知ってるよ~?」

「マユちゃんって、上田さん!? 何やってるの!? 生モノ同人は業が深いよ!? 名前は伏せてるんだよね!??」

 

楽しそうなチヨコたちをよそに、セイラは頭の中でサトルの話をまとめた。

寺島サトルは、そのロップイヤーのことが心配で不安だった。

そんな中、そんなサトルの気持ちに対して肯定的な言葉をかけてくれる子に対して強い好感を持ったということだ。

なんだか……井上セイラは、そんな寺島サトルの気持ちが分かるような気がした。

 

 

――そっか、素敵な思い出だね。セイラちゃんのことを考えてくれる、いいお母さんだったんだね。

 

 

「サトルさんの気持ち、私は分かる気がします。私も一人で家出中で、本当は心細かったんです。

でもチヨコさんは私の大切な思い出を素敵だって言ってくれて……そんなチヨコさんのことが、私は大好きになりました!!」

 

……恥ずかしげもなく井上セイラが言い放った瞬間に、ピタリと絆田チヨコの動きが止まった。

つい一瞬前まで寺島サトルを冷やかしていた絆田チヨコが、動かなくなったのだ。

セイラは、不思議に思ってチヨコを観察してみた。

チヨコは挙動不審になって、目が泳いでいる。

 

 

「チヨコさん?」

「えっ、あ、あはは? な、なんでもないよ! あーっ、私、用事思い出しちゃった! またね!」

 

チヨコは早口で言い残すと、早足で公園から逃げ去った。

そんなチヨコの態度を少し変だと思いながら、セイラはチヨコの背中を見送ったのであった。

何もないところで転んでいたように見えたので、かなり慌てているのかもしれない。

なぜだか、セイラから逃げ出した黒猫の姿が、チヨコの背中に重なって見えた気がした。

 

 

「自分が言われると弱いのか……」

「?」

 

寺島サトルの呟いた言葉の意味を理解しかねて、やはり井上セイラは首をかしげてしまったのであった……。

 

*1
ウサギの一種





やっぱ俺の心の中にいるの、猫屋敷じゃなくてメエメエかもしれねぇわ……

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