・前回のあらすじ!
妻を
復讐にあまり乗り気ではないジョージの態度に、ニガリは情緒を乱された。
一応セイラの苦し紛れのフォローのおかげで、ジョージの方のメンタルは多少マシになった……かもしれない。
実はセイラも案外したたかな奴だ、なんてニガリは思い直すのであった……。
「おはよう……セイラちゃん」
「あっ、チヨコさん! おはようございます!」
今日はどんな幸せを探しに行こうか、なんていつもの公園で考えていた井上セイラのもとへと、絆田チヨコが訪れた。
だがチヨコの様子がおかしい。
なんとなく、シリアス顔というか……思いつめているように見えた。
「実は、レモン叔母さんがニビルと会ったみたいなんだけどね……」
レモン叔母さんがニビルと交渉して得た情報を、チヨコはセイラへと伝えに来た模様だ。
どうやらニビルは……ソウルフルーツの栽培中止に関しては、比較的前向きだということらしい。
長子であるレンジオの方針に従って家業を手伝っているだけで、ニビル自身はソウルフルーツを積極的に作り続けていくモチベーションは高くないとのこと。
レンジオが死ぬか方針転換すれば、ニビルもソウルフルーツから手を引くそうだ。
セイラとしては、ニビルはギャングルメの兄弟の中では比較的好感度が高い部類に入る相手だ。
殺さずに和解できる芽が出たのは喜ばしいことだと思えた。
しかし……チヨコの顔には、緊張の色が見えた。
まだ何か、大きな爆弾のような話があるのだろうか?
「将来的な和解に向けて信用を買いたいっていう話で、レモン叔母さんのお姉さん……私のお母さんを殺した妖精の目星をニビルがつけてくれたんだって」
確定とまでは言えない模様だが。
オオカミのような外見の妖精族で、8年以上前から活動しているという情報からニビルが絞り込んでくれたそうだ。
被疑者がそれだけ長く人間界にとどまっていると聞いて、セイラは何だか背筋が寒くなった気がした。
8年以上も人間界でその妖精が活動を続けていると考えると、ソウルフルーツの肥料にされた犠牲者はどのぐらいいるのだろうか……と。
とんでもなく極悪非道で、血も涙もない妖精が出てくることを覚悟した方が良さそうだ。
セイラとチヨコは、連れ立って公園を後にした。
……未だ見ぬ凶悪な妖精族との邂逅を、薄々予見しながら。
チヨコに連れられて、セイラが辿り着いた先は……街はずれの小さな和菓子屋だった。
以前シナモンたちに連れられて訪れた洋菓子店よりも少し小ぶりで、ガラス窓の隙間から見える内部は喫茶店としても営業をしている様子だ。
セイラはチヨコと頷きあいながら、緊張感を握りしめて店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
店番をしていたのは、なんだかおっとりした雰囲気の女性であった。
作業着……というかエプロンを着た、若い女性だ。
そして、セイラの目を引いたのが……その女性の、大きく膨らんだ腹部だった。
手足や首の太さから見て、この女性が太っている訳ではない。
おそらく、赤ちゃんがいるのだ。
「ふふふ。気になりますか? 触ってみます?」
運が良ければ赤ちゃんが中を蹴っているのが分かるかもしれませんよ、なんて店番の女性は穏やかに笑った。
ちらりとセイラはチヨコの反応を確認してみたが、おそらくこの行為は非常識なものではないのだろう。
恐る恐る、セイラは店番の女性の大きな腹部へと手を当ててみた。
幸か不幸か、赤ちゃんが動いているのは感じられなかったが……。
それでも、この大きなお腹の中に小さいニンゲンさんが居るのだと思うと、何だか心の中がソワソワした。
セイラの母も、こうしてセイラを生んでくれたのかもしれない。
……残念ながら、この女性のように幸せそうな環境ではなかっただろうが。
そんな心の温まるコミュニケーションもそこそこに。
とりあえずチヨコがお土産用の和菓子を買っているのを横目に、セイラはショーケースの中身に目を走らせた。
白い大福には、赤い目玉がついてウサギのようになっている。
黄色い饅頭には茶色の焼き模様が入ってリスの姿が描かれている。
猫の顔をした練り切りが丸い目を光らせている。
何とも可愛らしい和菓子の動物たちが、ショーケースの中からセイラを見つめ返していた。
なんだか見ているだけでワクワクするような、和菓子の動物園だった。
冷静に考えたら、異なる種族の動物たちが仲良く暮らすためには数えきれないぐらいの問題が発生するのだろう。
しかし、それでもセイラはこの和菓子の動物園が素晴らしいものに思えた。
セイラとチヨコのように、種族が違っても仲良くなれるケースが……この世界にはもっとあるのだと信じたかった。
「ノワールさんって、このお店の関係者ですか? ちょっと伺いたいことがあって……」
と、ここでチヨコが何でもない世間話のような雰囲気で本題を切り出した。
ノワールという名前は、セイラは入店前の情報共有にて聞いていた。
ニビル兄さんからの情報にあったという、チヨコの母親の仇だ。
チヨコとて内心穏やかなはずなどないのだが、自然な作り笑いで店番の女性に話しかけているのは流石というべきか。
探偵であった父親仕込みのスキルなのだろうか?
「ええ。暫く前に買い出しに行ってもらいました。もうすぐ帰ってくると思いますよ」
……と、ちょうど店番の女性が言い終わるかどうかというタイミングで、店の奥からガサゴソと物音が響いた。
店番の女性の反応から、セイラは何となく事情を察した。
おそらく店の裏にもう一つ勝手口があって、そこからノワールという人物が帰還したのだろう。
「ノワール! 貴方にお客さんですよ!」
店の奥へと呼びかける女性の声に応じて。
少し待つと、中からは一人の青年が現れた。
なんだか険しい目つきをしている、とセイラは思った。
だが同時に、穏やかな雰囲気も感じた。
「……私に用事がある、という話だな」
青年は、その見た目に似つかわしくない……しわがれた声が特徴的だった。
老成しているというよりも、擦り切れてしまっているような雰囲気だ。
口にこそ出さないが、何だか痛々しいとセイラは思った。
そんなノワールと呼ばれた青年を、チヨコは作り笑顔を崩さずに店の外へと促した。
「外で話しましょう。なるべく
「……分かった」
店番の女性を残して……セイラたちは3人で、まだ日の高い町を歩いた。
チヨコが話し合いの場として選んだのは、人気のない
ノワールと向き合った絆田チヨコの顔からは、いつの間にか作り笑いは消えていた。
セイラは、お土産の和菓子が入った紙袋を抱きしめながら、固唾をのんでチヨコを見守った。
「ニビル・ギャングルメから聞いた情報だけど、黒いオオカミの妖精族ってノワールさんのことで間違いない?」
険しい目つきの青年は……チヨコの言葉を聞いても、特に驚く様子は無かった。
正体を看破されたことに対する驚きがある訳でもなく、チヨコに敵意を返すでもなく。
ただ、何もかもを諦めたような、擦り切れた目でチヨコへと答えた。
「正確には、ディアブルは私の使い魔だ。私たち妖精族の中には、偶にこういった能力を持つ者がいる」
ノワールと呼ばれた青年は、掌から伸ばした影のような物体を黒いオオカミへと作りかえた。
チヨコの目に憎しみが灯った。
「貴方は、そのオオカミを使って人間をさらって、ソウルフルーツを食べていた。……そうだよね」
「……ああ。君の言う通りだ」
次の瞬間にはチヨコは伝説の戦士へと姿を変えていた。
氷のドスが、ノワールの首元へと突きつけられた。
セイラは、胸が苦しくて堪らなかった。
クロニャンの中に渦巻いている感情が憎しみだけではないことを、薄々感じ取っていたからだ。
そして、ノワールの隠している事情にも薄々感づいていた。
「おそらく君は、ディアブルに身内を連れ去られた遺族なのだろう。躊躇うのか」
しわがれた声で。
ノワールは険しい目つきのままに、クロニャンへと問いかけた。
クロニャンは憎しみの籠った視線を返しながら……しかし、氷のドスで仇の首を切ることはしなかった。
「君たちの大切な存在を奪ってしまったことを、心から済まなかったと思っている。断罪も、受け入れるつもりだ」
「…………あの店番をしていた女性は、ノワールさんとどういう関係なの?」
相手の首元に刃を突きつけたまま。
いつでも相手を殺せる優位に立っている者とは思えないほどに。
クロニャンの言葉は……苦しそうに絞り出したものだった。
「……あのニンゲンは、私の被害者だ。物寂しさに負けて過ちを犯した私の犠牲者でしかない」
そして、ノワールの淡々と紡いだ言葉を聞いて。
セイラは、直感的に嘘だと判断した。
だって……あの店番の女性は。
――ふふふ。気になりますか? 触ってみます?
あんなにも、幸せそうだったから。
「ノワールさん。確かにチヨコさんは母親を失って、貴方を憎んでいます。
ですが、少なくとも敵討ちのためにその家族を皆殺しにするような非道な人間ではありません」
それは私が保証します、と。
和菓子の入った紙袋を抱きしめながら、セイラはノワールへと正面から伝えた。
嘘を吐いたノワールへと、正直に答えてほしいと求めたのだ。
「……かつて、私はソウルフルーツという珍しい果物を食べるツアー客の一人だった」
ぽつぽつ、と。
ノワールは語り始めた。
確かにソウルフルーツの味わいはノワールにとって甘美なものだった。
素体になった人間によって千差万別に味わいを変えるソウルフルーツの喜びに、ノワールは震えた。
だが、ある時に気付いてしまった。
……否、本当はもっと早くに気付いていたのに、気付かないフリをしてしまっていたのだ。
同胞を愛し、同胞の死を悲しむ心が、人間族にもあるということに。
しかし気付いた時には全てが手遅れだった。
犠牲にした人間族は数知れず。
かといって、妖精界への帰還が不可能であることもノワールは察していた。
妖精界へ一時的に帰還してまた人間界へ遊びにくると言っていた妖精族は、一人も再来していない。
おそらく、妖精界への帰還を望んだ同胞たちは、生きてはいまい。
失意にくれたまま、ノワールは死んだように人間界を彷徨い歩いた。
そんな時だった。
ルミエルという人間族の女性と出会ったのは。
小さな和菓子屋の店主であったルミエルは、ノワールへと何の変哲もない試供品のお菓子をくれた。
決してソウルフルーツのような驚異的で鮮烈な味ではなかった。
だが人間族の同胞たちへの愛情が込められているのが一目で理解できた。
――このお菓子を、私のためだけに作ってくれ。
「私は、愚かにもその愛情を独占しようとした。だがルミエルには断られた」
それでも、ノワールは諦められなかった。
どうしたら良いか悩み、そして光明を見出した。
他人へと愛情を与え続けるルミエルの生き方を、誰よりも近くで学ばせてほしいと頼み込んだのだ。
そうして、和菓子屋の見習いとして働き始めて。
ルミエルの生き様を見続け、自身も和菓子を作り続けるうちに、ノワールは段々と理解するようになった。
ノワールの作った菓子を誰かに食べてもらう時、その笑顔が少しずつノワール自身の心にも温かい何かを積み上げているのだ。
きっとルミエルもまた菓子を食べた相手の笑顔から、自身の心に同じように暖かな何かを得ている。
もはやノワールは、ソウルフルーツを食べようなどとは露ほども思わなくなっていた。
少しずつだが笑うことが出来るようにもなった。
そんな日々を過ごしているうちに、いつしか二人は心を重ねるようになっていた。
そして……その愛の結晶は、セイラたちも知っての通りだ。
氷のドスから、透明な雫が滴り落ちた。
セイラから見ても、クロニャンは動揺していた。
凶器を握る手に力が入りすぎている。
親の仇を睨みつけている……というよりも、必死で睨みつけ
「私が、多くのニンゲン達の仇なのは事実だ。その罪から逃げるつもりはない」
決意が出来たらまた店に来てくれ、と言い残して。
立ち尽くすクロニャンとセイラを背に、ノワールは立ち去った。
セイラは、俯いてしまっているクロニャンへとかける言葉が出てこなかった。
妖精族に両親を殺されて誰よりもその痛みを知っている絆田チヨコだからこそ、躊躇ってしまうのだろう。
ノワールを殺すことで、ルミエルと残された子供がどれだけ辛いか、分かるのだ。
そして……苦しいのは、セイラも一緒だった。
今日、この日までは、何が起こってもチヨコの意思を尊重する気でいたのだ。
だが自身以外の初めての「妖精モドキ」の存在を前に、セイラもまた決意が揺らいでしまっていた。
セイラに近い生まれの忌み子に、少しでも幸せに育ってほしいと思ってしまっている。
クロニャンが握ったままの氷のドスからは、雫が滴り落ち続けていた。
冷徹な殺意が、溶けかけているのが見えた。
ほら、チヨコちゃん!
8年間探し続けた母親の仇だよ!
見つかって本当に良かったね!!