・前回のあらすじ!
ニビルの伝手で、チヨコの母親の仇が判明した!
辿り着いた先には、幸せそうな妊婦の営む和菓子屋があった!
悔い改めて反省の意思を見せる
そんなクロニャンへと、覚悟が決まったらいつでも店に来るように言ってノワールは立ち去るのであった……!
口数の少なくなったチヨコを絆田家へと送り届けて。
井上セイラは……夕日に染まる町を歩き、いつもの公園まで戻ってきた。
「ニガリさん。ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。……どうした?」
公園に帰ってきたセイラに覇気がないことを、ニガリは察してくれた。
セイラは、昼間見てきたことをニガリへと話した。
絆田チヨコの母親の仇が見つかったこと。
その仇は犯行を深く悔いていること。
今は愛する女性とともにひっそりと暮らしていること。
そして……もうすぐ、セイラと同じ「妖精モドキ」が産まれること。
あのルミエルという女性は、心から幸せそうで。
きっと生まれてくる「妖精モドキ」も、ちゃんと祝福されて生まれ育つはずなのだ。
…………セイラと、違って。
「私なら……仇の側にどんな事情があっても、絶対に許さない。カルメラの復讐は必ず遂げる」
心の痛みを堪えて説明したセイラへと返ってきたのは、憎悪の言葉だった。
妹の復讐のために人間界にまでやってきたニガリの心の奥底には、確かに憎しみが根付いているのだ。
……だが、それだけではない様子だ。
「……と思っていたんだがな。カルメラが犠牲にした人間たちの遺族も悲しんでいるはずだ、と最近になって思うようになった」
――お前と違って私にはニンゲンとやらを守る義理はない。
――そもそもカルメラの身辺を調べるまではニンゲンなんて単語すら知らなかったぐらいだ。それでも、本当に私と手を組めるか?
どうやら……人間界で暮らすうちに、徐々にニガリの心境も変化しているのかもしれない。
以前のニガリだったら、人間たちの悲しみになど目もくれなかったはずなのに。
レンジオ・ギャングルメへの復讐をやめる気はないのだが、それでも……人間族に対してのスタンスは少しずつ変わっている様子だ。
「もしカルメラが復讐される側だったら、私は復讐者たちを全て殺してでも守っただろう。
そして更に多くの復讐者がくる。殺しても殺されても同じ連鎖だ。それに関して……何も思わない訳じゃない」
ニガリの言葉を聞いて、セイラは怖くなった。
もしチヨコがノワールへの復讐を遂げたとして、その後は?
ルミエルやその子供が、チヨコへと復讐しようとするのでは?
そのときの、チヨコの対応は?
考えれば考えるほど、地獄の連鎖だ。
……チヨコを、止めるべきでは?
――私、妖精族を絶対に許さない。これからも私と一緒に妖精族を殺してくれるって、信じていいんだよね?
セイラは迷い続けた。
チヨコが苦しみ続けて生きてきたのを、セイラは隣で見てきた。
そんなチヨコへと、復讐をやめろとは言えなかった。
一晩考えさせてほしい、とチヨコが別れ際に言い残した姿が脳裏に蘇った。
絆田チヨコは……復讐を成し遂げるのだろうか。
そう思うだけで、セイラは胸が張り裂けそうだった。
頭の中で、重苦しい堂々巡りが終わらない。
セイラは何が正しいかなんて分からなかった。
それでも。
最後までチヨコの味方でいたい。
そう、思った。
翌晩。
日も沈みきって、静かな夜分に……チヨコはノワールを呼び出していた。
昨日と同じ埠頭の一角で、セイラは立会人に徹した。
月明かりすらない夜空の下で、チヨコの背中を見守った。
チヨコは、静かな声を紡いだ。
「ノワールさん。貴方のやったことを、私は絶対に許さない」
激情を押し殺した声だ、とセイラは思った。
理性的な人間の声ではない。
理性的であろうとする人間の声だった。
「ああ。私は、それだけのことをしてきた。断罪を受け入れる覚悟はある」
ノワールの顔には、嘘はなかった。
少なくとも、セイラからはそう見えた。
この妖精族の男は、自身の犯した罪を深く悔いている。
しわがれた声の奥底から、罪悪感が滲んでいた。
「でも……ルミエルさんとお腹の子供に免じて、執行猶予をつけるよ。だから、更生したことを生き方で見せてほしい」
頭を下げたノワールを、チヨコは帰らせた。
月のない埠頭に、波の音だけが流れた。
セイラは、何を言っていいか分からなかった。
チヨコの背中が、なんだか小さく見えた。
そうして……どれぐらい時間が経ったのか、セイラにも分からなかった。
動く者のない埠頭で、しばらく二人は立ち尽くしていた。
「……私ね。昨日セイラちゃんに送ってもらったあと、お母さんたちの仏壇の前で、ずっと考えてたんだ」
チヨコの声は、波のように静かで……でも、穏やかではなかった。
悩み、苦しみ抜いた人間の声だった。
母親を無情に殺された者の気持ちは、セイラとて痛いほど分かる。
「私の大好きだったお母さんを奪ったノワールが憎い。殺してやりたい。生まれてきたことを後悔させてやりたい」
そう思って生きてきた。
今でもそう思ってるよ。
……なんてチヨコは続けた。
まぎれもなく、絆田チヨコという一人の人間の偽りのない本音なのだろう。
「でも。『ルミエルさんや生まれてくる子供から、今度は私が奪うんだ』って思っちゃった。……出来なかった」
背反する二つの気持ちに苦しんだのは、チヨコとて同じだったのだ。
身を焦がす憎悪も本物だ。
でも、親を奪われた遺族としての悲しみも誰よりも知っている。
その矛盾がチヨコを苦しめたのだ。
「セイラちゃんはさ。私がノワールを殺すって決断したら、止めてた?」
……どきり、とした質問だった。
静かな波の音が、やけに大きく聞こえた気がした。
率直に言って、初めて遭遇した同類……「妖精モドキ」を前に、セイラは心を動かされていた。
自身と違って幸せに育ってほしい、と心から思ってしまっている。
チヨコがノワールを殺さないと決めた時も、正直なところとしては嬉しかった。
ただし、それを言うのは気が進まなかった。
セイラの言葉で、チヨコの気持ちを歪めてしまうのが嫌だったからだ。
――でも子供扱いで何も知らないままいるのは嫌だ! これが私だよ!!
……だが、チヨコにあまり隠し事をするのも、それはそれで良くない傾向だと思いなおした。
言葉を選びながらも、セイラは嘘偽りのないように心の内を吐き出した。
「正直に言って、復讐を止めたいという気持ちが無かったといえば嘘になります。でも……チヨコさんがどちらを選んだとしても、それを尊重する気でいました」
――チヨコさんにはチヨコさんの、私には私の苦しみがあります。
結局、チヨコの苦しみに向き合えるのは、他ならないチヨコ自身なのだ。
だから、チヨコがどちらを決断したとしても、セイラはチヨコを信じる気だった。
その結果として……ルミエルやその子供が復讐に来たとしても、説得や
「ありがとう、セイラちゃん。……私を、信じてくれて」
チヨコが嗚咽を嚙み殺していることにも、セイラは随分前から気づいていた。
それでも、セイラはただチヨコを見守った。
その姿は……弱くて、ちっぽけで、頼りないかもしれない。
泣くことだって、誰かに助けてもらうことだって、この先もあるのだろう。
それでも、懸命に自分の意思で生き抜く一人の人間としての美しさが、確かにあった。
少なくともセイラはそう思った。
甘い決断だった。
苦い結末だった。
でも、悪くない後味だった。
絆田チヨコのことが、やっぱり心の底から愛しいと思った。
……そんな、月のない夜だった。
実は32話で買った和菓子って、33話の最後に二人で泣きながら食べる予定で描写にいれたんですよね。
でも何だか歯車が上手くハマらなかったというか、復讐に区切りがついた場面で終わった方が綺麗かなぁ、なんて思いなおしてボツにしてしまった……。