・前回までのあらすじ!
チヨコの母親の仇が、ニビルからの情報で判明した!
早速殺しに行くチヨコと、見守るセイラ!
仇であるノワールは、人間界で可愛い嫁さんを見つけた挙句のうのうと生きている!
しかも、もうすぐ子供も生まれる!
親を奪われた記憶があるからこそ、チヨコは葛藤する!
結局、無期限の執行猶予を言い渡し、チヨコは復讐に決着をつけるのであった……!
12月の寒空の中、昼下がりの絆田家にて。
チヨコは、緊張の汗を手に握りつつ初顔の妖精族と対面していた。
「……初めまして、で良いのかな。私は絆田チヨコ。レモン叔母さんの姪だよ」
「噂には聞いていたけれど、実際に会うのは初めてだね。ニビル・ギャングルメだよ。よろしく」
レモン叔母さんと懇意にしているらしい妖精族は、眼鏡をかけた人間族の少年の姿をしていた。
もちろんそれが偽りの姿であることはチヨコとて理解しているので、油断はない。
そんなチヨコの緊張を知ってか知らずか、特に気負った様子もなくニビルは気安く接してきた。
……どうしてこの二人が絆田家で相対しているのかといえば、レモン叔母さんの仲介があったからだ。
チヨコが先日のノワールに関する顛末をレモン叔母さんに報告したところ、少しだけ考え込んだレモン叔母さんが話を持ち掛けてきたのだ。
ニビルと対話をしてみる気があるか、という話がチヨコに回ってきたのだ。
妖精族の中にも和解できる個体がいると分かった今だからこそ、チヨコも不用意なことをしないだろう……というレモン叔母さんの判断なのだろう。
そういう経緯で、絆田家のリビングルームにて、チヨコはニビルとの会合の席についた訳であった。
一応何かあった時のために、地下ラボには石動レモンと井上セイラが待機していたりするのだが……それはともかく。
「僕の流した情報は役立ったかな?」
「……ありがとう。ニビルさんのおかげで、8年越しの復讐にも決着がついたよ」
先日のノワールの一件は、元をたどればニビルから回ってきた情報のおかげだ。
ギャングルメの顧客名簿を参照できるニビルが、チヨコの復讐対象に関する情報をレモン叔母さんに流したのである。
結局ノワールへの報復は保留にしてあるとはいえ、ニビルのおかげで
その件については、チヨコも感謝の気持ちがあるのは本当だった。
警戒を解くつもりは無かったが、それでもチヨコは感謝の言葉を正直に口にした。
そして……今日の本題の方も、チヨコは早々に切り出すつもりだった。
「ソウルフルーツから手を引くつもりがあるって、レモン叔母さんから聞いたけど……本当なの?」
今すぐとは言わないが、ニビルにはソウルフルーツ事業から足を洗う気がある。
そう、レモン叔母さんから聞いた覚えがあった。
その件に関して、チヨコも詳しくニビルから話を聞きたいと思っていたのだ。
「石動さんとは今後も仲良くやっていきたいからね。他でもない石動さんの頼みだし、将来的にはソウルフルーツ事業から撤退する気はあるよ」
どうも、レモン叔母さんの姉が犠牲者になっているのはニビルもつい最近知ったばかりらしかった。
どこか軽薄そうに思える態度の中に、少しだけ罪悪感が垣間見えたような気がした。
チヨコとしては、恨みを隠してニビルとの友好関係を築いていたレモン叔母さんの内心も気になるところだが、それはともかく。
「でも、今の家長であるレンジオ兄さんの方針に真っ向から反対したら、流石に僕でも殺されかねない。それさえ解決できれば、今日にでもソウルフルーツ事業は凍結するんだけどね」
……チヨコは、背筋が寒くなった。
実の兄に殺されることもある、という前提で話をしているのだ。この少年は。
文化が違うというか、倫理観が違うというか。
現代日本人の感覚で下手に接すると大火傷をしかねない、と思わされた。
「……妖精族は、肉親を殺すことに心理的な抵抗ってないの?」
「おそらく妖精族でも、その心理的抵抗はある奴の方が
ギャングルメの家が特殊なだけさ、なんてニビルは何でもないように言い放った。
ニビルは、親子や兄弟でも情がある妖精たちのことを知っているのだ。
その内情をニビルがどこまで理解しているかは分からないが、少なくともギャングルメの家が特殊であることは察している様子だった。
「ギャングルメの家がそうなってしまったのは……前の家長がセイラちゃんのお母さんを見初めたのと関係がある?」
だが、この質問を受けたニビルは……軽薄そうな笑顔が、一瞬だけ固まったように思われた。
怒っているだとか不快に思っているというよりも、純粋にこの質問を想定していなかった様子である。
眼鏡をかけたニンゲンの少年の姿をしているこの妖精族は……自身の家族を、どのように語るのだろうか?
チヨコは、緊張を片手にニビルの反応をうかがった。
「……確かに、父さんがあのニンゲンを連れてきたのがギャングルメの家にとっての転機だったとは思う」
15年前、まだ幼かったニビルは衝撃を受けたそうだ。
それまでギャングルメの一家にとって、ニンゲンという種族はソウルフルーツの肥料でしかなかった。
そんなニンゲン族の女を後妻として見初めた当時の家長を、3人の子供たちは異常者と見た。
まもなく「妖精モドキ」が生まれた。
当時の家長は、3兄弟がセイラたちへと接触することを禁じていた。
セイラたちを守るためだと3兄弟は察した。
ニビルは父親に咎められるのが面倒だったので一応言いつけを守ったが、上の二人は隙を見てはセイラを殴っていたのをニビルは知っている。
きっとレンジオやシャッカは、人間族の後妻のせいで父親がおかしくなったと思ったのだろう。
だが……そんな長男と長女の認識は、現実逃避であったのかもしれない。
そう、ニビルは薄々気付いていた。
「多分だけどね、本当はもっと前から父さんはおかしかったのかもしれない。それが、後妻が現れた時に表面化しただけ……だったのかもね」
ニビル達の父親も、本人なりには子供たちを愛しているつもりはあったのかもしれない。
ただ結局、どんな酷い親でも口先だけでは子供を愛しているというものなのだ。
それでも先妻が生きているうちは、問題が表面化しなかった。
しかし実際には、3兄弟に有無を言わせずにニンゲンの後妻を持ってきた時には、実は家族仲は手遅れだったのではないだろうか?
「レンジオ兄さんは分からないけど、シャッカ姉さんは……ちゃんと母親から愛されているセイラのことが羨ましかったんだろうな、って思う時はあったよ」
拉致された先で、誰も味方がいない状況でも一人でセイラを育て抜いた一人の女性は……本当に強かったのだろう。
もはや、セイラを殴っていないだけでも奇跡みたいな話である。
過酷な状況でありながらもセイラを愛して育てた母親だっただろうというのは、セイラを見れば分かる。
チヨコも早くに母親を亡くした身であるからして、ニビルたちの苦しみの一端は分かるような気がした。
だが、少なくとも父親である絆田ウシオは娘を大切に育ててくれた。
そしてレモン叔母さんもまた、今でも家族の一員としてチヨコを愛してくれている。
やはり、機能不全家庭の独特の空気というのは、なかなか部外者からは理解されないのかもしれない。
今までのニビルの話をまとめると……?
第一の指針として、ニビル自身の身の安全がある。
このために、一応現在の家長であるレンジオの方針に従ってソウルフルーツ事業の片棒を担いでいる。
だがソウルフルーツ事業の廃止自体はレモン叔母さんへの好意もあってノリ気ではある……という話でいいのだろうか。
「ううーん……。ニビルさんの心情としては和解寄りなのは聞いてたけど……」
……このニビルという少年の話を、どこまで信じられる?
最悪の想定としては、ニビルが本気でプリキュアを叩き潰すつもりだったら、さっさと絆田家にレンジオを連れて来れば話は終わるのだ。
その意味では、現時点では害意がないのは信じて良さそうではあるか……?
「僕を疑うのも、もっともだと思うよ。むしろ、それぐらいの知性はあってくれた方が話しやすい」
眼鏡の奥で目を細めながら、ニビルは特に不快感も示さずに言い放った。
この分だと、レモン叔母さんがニビルを警戒しながら腹芸をしていたのも承知のうえなのかもしれない。
そのうえでの付き合いは……いわゆる「狐と狸の化かしあい」というヤツなのだろうか。
……レモン叔母さんが狸で、ニビルが狐か?
一瞬だけ頭の中が一気に平和になった気がしたチヨコであったが、気を引き締めなおした。
相手は妖精族であり、ギャングルメの一族だ。
油断をすれば年末の寒空の下に屍を晒すこともあるだろうし、それ以上の損害を味方陣営が被ることだって有り得る。
「まあ、信用はこれから買うとするよ。ひとまず、レンジオ兄さんを倒す手段に心当たりがある……って言えば、君たちにもメリットが大きい話でしょ?」
100%勝てるとまでは言わないけど、と一応の念押しをしているニビルの言葉を、チヨコは頭の中で吟味した。
レンジオ・ギャングルメを殺すことが出来れば、実質的にはソウルフルーツ問題は解決するようなものだ。
人間界に残った妖精族のツアー客に関しては別個に処理する必要があるだろうが、少なくとも新規のツアー客が流入する心配はなくなる。
おそらく途轍もない強敵だろうが、それを殺せればメリットは非常に大きい。
……こういう美味い話が出た時こそ、慎重になるべきでは?
何か見落としがあるかもしれない。
罠かもしれない。
とんでもない落とし穴があるのでは?
話がトントン拍子に進みすぎて、逆にチヨコは不安になった。
それでも……聞いておくべきだと思った。
聞くだけならタダだ。
一応聞くだけ聞いて、レモン叔母さんたちと一緒に検討すると言って返答を保留にするという手もある。
「……聞かせて。レンジオを殺すには、どうしたら良いの?」
「大前提としてレンジオ兄さんは……単純に頑丈で、速くて、力も強い。シンプル故に弱点も無くて、正面突破は難しい」
ここまでは良いよね、とニビルは前提を先に置いた。
思っていたより厄介な相手だ、とチヨコは内心で思った。
都合の良い弱点属性なんかがあれば良かったのだが……そんな裏技は無さそうだ。
全体的にハイスペックで隙が無いタイプとなれば、攻略は困難を極めるだろう。
「でも、これまでのセイラの……伝説の戦士の戦いを振り返ってみれば、おのずと答えは見えてくるよ」
「セイラちゃんの、私達の戦いを……?」
随分と勿体をつけてくる奴だ。
胡散臭い科学者の扱いには慣れているチヨコなので、一応付き合うが。
「伝説の戦士なんて力は、僕たちの家にいた頃のセイラには片鱗も無かった。それが人間界に来た途端に芽生えたのは、偶然じゃない。君たちがセイラに……『幸せ』を与えたからだ」
セイラが伝説の戦士の力に目覚めたのは、のちに井上セイラの誕生日となる3月19日だった。
あの日にチヨコと出会い、人間界のお菓子を食べて、セイラの中で何かが目覚めたのだ。
その後も、チヨコもまたレモン叔母さんの技術にて伝説の戦士に至った。
父親の幸せだった記憶を材料にした、禁忌の薬によって。
「シャッカ姉さんを倒した、あの力ってさ。石動さんとセイラでケーキというものを作って一緒に食べたんだよね?」
「……あの戦い、ニビルさんも見てたんだ?」
セイラが、実の姉であるシャッカを殺した戦いだ。
チヨコはシャッカが殺される直前に駆け付けたので戦闘自体には参加しなかったが、あそこにニビルも居たのだろう。
――私に、私に汚らしいニンゲンの餌を食えというの!? そんなものを食べられる訳がないでしょう!!
シャッカは説得に応じず、セイラとニガリによって殺される末路をたどった。
そして、そのシャッカへと振り下ろした凶器は……キャンドルロッドだ。
チヨコの誕生日に一緒にケーキを食べて、生まれた力であった。
「ちょうどニンゲンたちは、このぐらいの時期にも集まってケーキというものを食べるんだろう?
だったらさ、もっと皆で一緒に作って、皆で一緒に食べればいい。僕も参加するし、あのニガリという復讐者だって協力してくれるんじゃないかな」
それがセイラの更なる進化を促す可能性は高い、とニビルは話を締めくくった。
チヨコは、頭の中で新たな情報を噛み砕いた。
確かに今は12月の後半なので、もうすぐクリスマスだ。
仮説の段階の話ではあるが、筋は通っているように思った。
チヨコの誕生日に食べたケーキがセイラに「幸せ」を与え、キャンドルロッドを生み出す力が発現したのだ。
ならばもっと大勢で「幸せ」を共有すれば、より力が進化することは大いに有り得る。
確実に成功するとは言えないものの、検証に失敗した場合でもセイラたちには特にデメリットは無い。
……上手い話には裏がある、なんて言葉がチヨコの脳裏をよぎった。
だが、頭を捻って考えてみても、この作戦の落とし穴らしいものは思いつかなかった。
信用を買いたい、というニビルの言葉を思い起こしてみても、納得感はある。
いくら何でも話が出来すぎているというか、上手すぎる気もするという疑いは消えなかったが。
それでも、チヨコはすぐさまこの作戦の
「話してくれて、ありがとう。確かに、現状考えられる最善手だと思う。一応、返事はレモン叔母さんたちと相談してみてからでも良い?」
「ああ、いいとも。僕も何か見落としているかもしれないからね。作戦の欠点が見つかったら、またその時に改善点を考えよう」
結局、チヨコは明確な答えを出すことが出来ずに、曖昧なままでニビルの帰宅を見送る羽目になったのであった。
キツネのように狡猾な雰囲気のある妖精族の少年の作戦が……吉と出るか、はたまた凶と出るか。
……とりあえず身内のタヌキに相談しよう、なんて失礼なことを思いながら。
チヨコは地下ラボへと降りたのであった……。
ネタバレ:ニビル君がクリスマスパーティーを提案してきたのは、自分が皆と一緒にケーキというやつを食べてみたかっただけです!