・前回までのあらすじ!
クリスマスを目前に控えた年の瀬!
妖精族と人間族の5人は、苦難の末に立派なケーキを完成させた!
人間と妖精が力を合わせて何かを作るのって、何だか伝説の戦士の概念そのものみたいだよね、なんて語り合う一同なのであった!
クリスマスを目前にした、独特の浮かれた空気の街の中で。
セイラが「幸せ手帳」を片手に、明るく彩られた街並みの案内をしていた。
腹違いの兄であるニビルの手を引きながら、セイラは自分が好きになった人間たちの営みを嬉しそうに語り続けた。
そこの和菓子屋さんは動物のお菓子が可愛いです、とか。
あっちの天文台は中で南十字星が見られるんです、とか。
こちらの公園では朝方にラジオ体操をしたんです、とか。
楽しそうに人間界での思い出を語るセイラの姿は、なんだか嬉しそうで……幸せそうだ。
セイラとニビルの後ろから、二人を見守りながらチヨコはそう思った。
もちろん、セイラの大切なものというのは、セイラの弱点にもなりうる存在だ。
ニビルに知られて本当に大丈夫なのかという不安は、チヨコの胸の中に残り続けてしまっていた。
それでもチヨコは、ギャングルメの兄妹を見守った。
絆田家でケーキを作った後に、ニビルが何気なく口に出した言葉が、この散策の原因であった。
セイラが人間界で見つけた幸せというのは他にどんなものがあるのか、とニビルが尋ねただけであったのだが……。
それを聞いたセイラが乗り気になってしまったのである。
そんな訳で、ギャングルメの二人に加えて、チヨコとニガリの四人での市中見学と相成った訳だ。
「愚問って言われるかもだけど、この散策にはニガリは反対するかと思ったよ?」
「正直、あまり関心はしない。ニビルをあまり良い兄だとも思っていない。だが……あの兄妹がやり直せるなら、と思ってしまってな」
ニガリは、煙草によく似た菓子を口に咥えながら、少しだけ苦い感情を含んだ言葉を吐き出した。
煙草のような菓子を一本分けてもらいつつ、チヨコはこの長身の女の言葉を待った。
ハッカの匂いが、12月の冷たい空気とともに鼻に抜けて心地よかった。
「……甘い、と思うか?」
「甘いよ。でも私は好き」
そういえば、ニガリのことは復讐者だとは聞いたが、身内の誰が犠牲になったという話はチヨコは聞いていない。
ひょっとすると……ニガリにも、兄弟がいたのかもしれない。
チヨコの方から踏み込んで良いのかどうか迷う案件だ。
やはり、復讐の話というのはセンシティブなのだ。
「私は、妹を守ってやれなかった。その代償行為だ。……そう思っていたんだがな」
――新しく会った誰かを、大好きだった相手に重ねて見てしまうのって……悪いことなんでしょうか?
――新しく出会った相手に、元々好きだった相手を重ねて好きになるのって、悪いことじゃないと思います。
――そして新しく出会った相手も、元々好きだった相手とは違うところも多くて……そうやって、好きなものや楽しいものが少しずつ増えていくのって、素敵なことだと思うんです
ぽつり、ぽつり、と。
セイラに会ってから少しずつ心境に変化があったことを、ニガリは語った。
チヨコは……その場面を実際に見た訳でもないのに、不思議とそのワンシーンを想像することが出来た。
人間界に来て、好きなものがどんどん増えて、それをニビルの手を引きながら楽しそうに語っているセイラ。
そんなセイラが自身の心から紡ぎだした言葉として、なんだか説得力を帯びている気がしたのだ。
「セイラちゃんの味方になってくれて……改めて、ありがとう。妹さんの復讐も、このケーキ作戦が成功すれば……私達ならきっと達成できるって、私信じてる」
「ああ。私は必ず、復讐を遂げてみせる。だが……そういうチヨコは、仇を殺さなかったんだろう?」
どきり、とした言葉だった。
今でもチヨコの心をざわつかせる話だ。
ニガリを信用して、チヨコはとある和菓子屋にまつわる一部始終を話した。
――ノワールさん。貴方のやったことを、私は絶対に許さない。
――でも。「ルミエルさんや生まれてくる子供から、今度は私が奪うんだ」って思っちゃった。……出来なかった。
恨みが消えた訳じゃない。
憎しみが無くなった訳じゃない。
……でも。
「復讐よりも大切にしたいものが見つかっちゃったから、かも」
チヨコは、ポシェットから取り出した紙箱から、チョコレートの玉を出してニガリへと分けてやった。
ちょうど煙草のような駄菓子を食べ終わったところだったニガリは、チョコ玉を少しだけ手のひらのうえで観察してから口に含んだ。
人間にとっては何の変哲もないチョコ玉でも、妖精にとっては物珍しいのかもしれない。
「……甘いのは、お互い様か。だが、悪くない」
セイラにリードされて、一同はどんどん足を進めた。
街はずれの崖の上に、不思議な老婆と出会った洋館が見えた。
シナモンとフェンネルの因縁の詰まった洋菓子店があった。
ツライーネを尋問した高架下をくぐった。
チヨコが仇を討たなかった埠頭を通りかかった。
そして……アイネという少女に人魚姫の伝説を聞いた浜辺へと辿りついた。
「セイラ。僕はね……なんだか、父さんの気持ちが少しだけ分かるような気がするんだ」
平たい石の積まれた海岸で。
ニビルが、真剣な面持ちで語り始めた。
チヨコたちも、セイラにつられて真面目な顔で聞いた。
「ニンゲンたちの、眩しくて、キラキラしている何かに……きっと、父さんも惹かれたんだと思う」
ニビルの言葉からは、ニビル自身も人間達に惹かれ始めている心境が垣間見えた。
それはケーキ作りのことであったのかもしれないし、町中に漂うクリスマスの雰囲気であったのかもしれない。
もしくは……石動レモンとの科学談義のウェイトも大きいのだろうか?
「でも、父さんは多分やりかたを間違えた。捕まえて、閉じ込めてしまったら、きっとその輝きはなくなってしまうものだったんだ」
ニビルが顔を思い浮かべている相手は、父親に違いない。
セイラの母親を勝手に見初めて監禁した、ギャングルメの先代家長だ。
その過ちを……ようやくニビルは、実感し始めたのだろう。
「改めて、言うよ。僕はソウルフルーツ事業から足を洗う。そして……ニンゲン族と妖精族の関係を、今より良いものにしていきたい」
水平線の向こう側に沈もうとしている夕日に照らされながら。
ニビルは、新たな展望を打ち出してくれた。
妖精族が人間族を食いものにするのではなく、良き友人となるための一歩だ。
セイラが目を輝かせたのが見えた。
「えっ」
そんなニビルを背後から、身の丈ほどの大太刀が貫いた。
肉を断つ物々しい音とともに、ニビルは辞世の句を詠む暇すらなく絶命した。
「ソウルフルーツの肥料に絆されるとはな。お前も所詮はイカれた親父の同類だ、ニビル」
砂浜に伏したまま、光の粒となって消滅していくニビル。
そんなニビルへと侮蔑の言葉を吐き捨てたのは……橙色の、鬼だった。
和式甲冑のような意匠を身体に持ちながらも、頭から生えた二本角のシルエットは鬼を彷彿させた。
全高2メートルほどの、鬼のような妖精族が……ニビルを惨殺したのだ。
「レンジオ、兄さん……!」
青ざめたセイラの呟きを、チヨコは聞き逃さなかった。
もちろん、ニガリも。
「貴様か! 貴様がカルメラをっ!!」
ニガリが、灰色に赤毒を滲ませた伝説の戦士へと姿を変えて、レンジオへと襲い掛かった。
セイラも、青と白のドレスを翻してニガリに続いた。
チヨコは、黒とピンクのプリキュアへと変身しつつ指鉄砲で援護射撃を試みた。
しかし、3人の伝説の戦士は攻めあぐねた。
大太刀を振るうレンジオは、機動力自体はガヴルたちと大差はない様子であったが……それでも全体的なスペックが単純に高かった。
ニガリの叩きつけた重い拳を、レンジオは甲冑のごとき頑丈な外皮で、直撃を受けないように角度をつけて滑らせた。
突撃するガヴルに対しても、大太刀を振りつつ後退することで懐に入らせないように対処している。
クロニャンの指鉄砲は……とりあえずおいておくとしても。
おそらくニガリやガヴルの打撃も、直撃すれば有効打にはなりそうだが……レンジオは上手く攻撃を捌きながら殴り返している様子だ。
一見すると地味な削り合いである。
戦いの舞台に両者があがって、良い勝負をしていると言えるのかもしれない。
しかし見方を変えれば、それがレンジオの土俵であり、レンジオの得意分野に引きずり込まれたとも言える。
二人の攻撃の合間を縫ってブラウンの弾丸を放ち続けながら、クロニャンは迷った。
あまり指鉄砲が効かないようなら、クロニャンも殴りに行った方がマシかもしれない、と。
氷の近接武器を使えば近距離戦もクロニャンはいけるのだ。
クロニャンが蹴りつけた氷玉を、レンジオは危なげなく回避した。
そのレンジオの回避先へと、ニガリが白煙を先回りさせ、ニガリの指を弾く音とともにレンジオは爆発に飲まれた。
そして爆炎から脱出したレンジオへと、ガヴルの飛び蹴りが浴びせられた。
レンジオは固い外皮で何とか飛び蹴りを受け止めつつ、ガヴルへと重い拳を浴びせた。
「なかなかやるじゃぁないか……。妖精モドキの分際で」
プリキュア側の攻撃が全く効いていない訳ではない。
レンジオ側からの攻撃も重いが、致命傷になる程ではない。
ニガリの毒液も、浴びすぎれば決定打になりうると思われた。
それでも……チヨコたちは「敗北」をイメージしてしまっていた。
このままレンジオの土俵で削り合いをしたら負ける、と。
「ガヴルちゃん!」
「クロニャンさん!」
ガヴルと、目を合わせた。
クロニャンの意図を、ガヴルは瞬時に察してくれた。
すぐさま後退してきたガヴルはクロニャンの隣に並び立ち、超重量のケーキのような武器……キャンドルロッドを具現化した。
超重量のキャンドルロッドの穂先が地面を抉り、手元までその重さが伝わってくる。
二人で握ったキャンドルロッドを持ち上げ、天を仰ぐように構えた。
「シャッカを始末した技か。そんなものが当たると思うか」
「……貴様こそ、逃げられると思うか」
ここで、ニガリがレンジオへと組みついた。
伝説の戦士としての握力を軋ませ、レンジオへと掴みかかったのだ。
残念ながら純粋な力比べではレンジオに分があるとはいえ、短時間だけレンジオの動きを鈍らせる分には何とかなる。
「血迷ったか!? お前も死ぬ気ぞ!?」
「構わん! 私ごと殺れっ!!」
クロニャンは、動揺を一瞬に収めて瞬時に察した。
おそらくニガリの言葉はブラフだ。
ニガリから逃れるためにレンジオが力任せに動けば、そこに隙が生まれるはずだ。
「ダ、ダメです! ニガリさん! ニビル兄さんに続いて、ニガリさんまで死んだら。私は……!!」
だが……ここでクロニャンは、致命的な認識の齟齬に気付いてしまっていた。
ガヴルには、ニガリのブラフが伝わっていない!
一緒にキャンドルロッドを握る指先の震えが、ガヴルの動揺を教えてくれた。
そもそもこの海岸でレンジオと戦うことになるなんて思っていなかったのだから、ブラフに関する事前の打ち合わせなど出来ていないのも原因であった。
でも、それだけではないとクロニャンは今更ながら気付いていた。
ガヴルは……セイラは、精神的に一杯いっぱいだったのだ。
ようやく仲良くなれたニビル兄さんの姿は間違いなくセイラにとって希望だったのに、目の前で惨殺されたのである。
セイラが少なからぬストレスを抱えているのは当然だった。
加えて、幼い頃から
ガヴル本人が何とか戦えていたから、クロニャンもニガリも気付かなかったのだ。
この末っ子は……本当に精神的にギリギリの状態で戦っていたのだ、と。
そしてその余裕の欠如が、最悪のタイミングで表面化してしまった。
ガヴルは、味方のブラフを見抜けなかったのだ。
不味い、と思った時には全てが遅かった。
強引にニガリへと頭突きをして引き離したレンジオは、キャンドルロッドを構えたガヴルとクロニャンへと突撃した。
咄嗟にキャンドルロッドを振り下ろす二人であったが、息もタイミングも合わず、穂先から伸びた一筋の光は空を切る。
そして……鬼が二人へと肉薄した。
隙を見せてしまったガヴルの胴へと、吸い込まれるようにレンジオの回し蹴りが叩き込まれた。
クロニャンまで巻き込んで、ガヴルは近くの岩場へと叩きつけられた。
「が、はっ……」
「セイラ、ちゃん……!」
状況は、最悪だった。
こういう時に起死回生の作戦を思いついてくれそうなニビルは既に死んだ。
変身が解けてしまっているセイラは、致命傷とは言わないまでも意識が朦朧としている様子だ。
レンジオの回し蹴りが直撃した訳でもないチヨコも、変身は解けてしまっている。
「滑稽だな。妖精モドキなんかを信じたせいで、全員まとめて死ぬ。生まれてきたこと自体が間違いだったんだよ、お前は」
大太刀を構え直した鬼が、倒れ伏した二人を少し離れたところから見下ろした。
チヨコは、身体が震えた。
死ぬ。
今までチヨコだって妖精族を殺してきたし、自分が死ぬことを全く想定しなかったわけでは無い。
それでも、恐怖で頭が痺れた。
3人がかりでも殺せなかったレンジオに対抗できるビジョンが、全く見えなかった。
「……チヨコ。セイラを連れて、お前たちだけでも逃げろ」
そして……そんなチヨコの前に立ったのは、ボロボロの背中だった。
おそらく伝説の戦士の中で一番強いと思われた、灰色と赤毒の入り混じったプリキュアだ。
チヨコは、背中で語るニガリの意図を的確すぎるほどに理解していた。
先程のブラフとは、決定的に違う。
ニガリは……死ぬつもりだ。
弱弱しく震える声で、チヨコは必死に言葉を紡いだ。
「ダメ……ダメだよ……! 必ず、復讐を遂げるんでしょ……!」
この女は……妹の仇を必ず討つと言っていた、孤高の復讐者だったはずだ。
つい先ほどだって、必ず復讐を遂げてみせると同じ口で吐き捨てていたはずなのに。
それなのに……ニガリの言葉には、迷いが無かった。
「……そう思っていたんだがな。私も……復讐より大事なものが出来てしまったようだ。だから、もう復讐は終わりだ」
完全に余談なんですけれども、実は元ネタの『ガヴ』と比較したときに、誕生日ケーキとクリスマスケーキの役割が逆になっていたりします。
人間と一緒にクリスマスケーキを食べたあとで「ジープ兄さんたちと一緒に誕生日ケーキを食べたかったな……」っていうイベントが発生するのがショウマ・ストマック。
人間と一緒に誕生日ケーキを食べたあとで「ニビル兄さんたちと一緒にクリスマスケーキを食べたかったな……」っていうイベントが発生するのがセイラ・ギャングルメ。
みんな違ってみんな辛い。可愛いね♡