・前回までのあらすじ!
12月23日に、人間族と妖精族の5人が力を合わせてクリスマスケーキを作った。
混血児であるセイラにとってその共同作業は希望であり、救いであり、幸せだった。
その気持ちがニビルにも届き、ニビルはソウルフルーツからの撤退を改めて決意する。
……などという甘えた発想を長男レンジオは許さない。
辞世の句を詠む暇すら許されずに惨殺されるニビルを前に心を乱されるセイラは、それでも懸命に仲間とともにレンジオに挑む。
だが、ついにガヴルはレンジオの容赦のない攻撃の前にダウンしてしまう。
ニガリは決死の覚悟で、チヨコとセイラを逃がそうとするが……。
「私も……復讐より大事なものが出来てしまったようだ。だから、もう復讐は終わりだ」
ボロボロの背中で、ニガリが決意を口にした。
チヨコは必死で打開策を考えたが、何も思いつかなかった。
頭では分かっていた。
この場でセイラを逃がすことが、レンジオの打倒に向けた最適解だ。
皆で作ったクリスマスケーキを食べた後のセイラなら、レンジオに対抗しうる力が発現するかもしれない。
それが期待するほどの成果を出せなくても、セイラとレモン叔母さんが揃っていれば逆転の目はある。
それでも……チヨコは、必死に代替案を探してしまっていた。
ここでニガリを死なせるという結末を、飲み込めないのだ。
「……レンジオ兄さん。私が生まれてきたことが間違いだって言いましたよね」
だが……ここで、セイラが言葉を紡いだ。
ダメージで起きられないかと思われたセイラが、レンジオへと言葉を返したのだ。
静かな声だった。
だが、迷いのない言葉だ。
「確かに、私が生まれてきた経緯は碌でもないです。ギャングルメの家が崩壊した原因だと言われたら否定はできません」
妖精族の男に勝手に見初められ、拉致された人間から生まれた混血児。
それがセイラ・ギャングルメだ。
その存在が原因となって4兄弟は血で血を洗う惨劇を繰り広げた……という見方は否定できない。
「でも。私には、一緒に『幸せ』を見つけてくれた人たちがいます。私が大好きになった世界があります。だから……生まれてきた経緯がどうあれ、生きてきて良かったと思っています」
――セイラちゃん、お母さんの言い残してくれた「幸せ」をいっぱい見つけるんだって言ってたよね。
――セイラちゃんに、プレゼントだよ。見つけた「幸せ」を書き残して、いっぱいにしてくれたら嬉しいな。
最初は、母親の言っていた幸せを見てみたいという、ただの好奇心であったのだろう。
しかし今は、それだけではない。
ちゃんと、セイラ自身の「好き」に繋がっている。
誰かの受け売りではなくなった、井上セイラという一人の人間の幸せが、確かに積み上げられているのだ。
「だから……私が好きになった全ての幸せを、もうレンジオ兄さんに奪わせるつもりはありません」
そう言いながら……セイラは、伝説の戦士へと再び変身していった。
だが、差異はすぐに訪れた。
青と白の衣装はすぐさま色が抜け落ち、純白のドレスへと昇華されていった。
その姿は……まるで、先程まで作っていた、クリスマスケーキだ。
「私、分かったんです。幸せは、もう私の中にあるって」
ガヴルは、キャンドルロッドを具現化し両手で構えた。
一人では持ち上げられなかったはずの超重武器を、一人で持ち上げたのだ。
チヨコは、目を見張った。
そのまま純白のガヴルは、キャンドルロッドで鬼へと殴り掛かった。
二人の戦いは、互角の様相を呈した。
純白のガヴルが振り下ろしたキャンドルロッドが岩山を砕き、レンジオの大太刀が海を割った。
そんな超人大決戦を、チヨコは驚愕に吞まれたまま見守った。
「セイラちゃん、まだクリスマスケーキは食べてないはずなのに……?」
「……そういえば、セイラが前に言っていた。食べ物それ自体よりも、思い出の方が本体かもしれない、と」
――私、思うんです。食べ物が美味しいっていうのは、思い出を食べている時があるかもしれない……って。
――きっと、単純な味だけの問題じゃなくて、チヨコさんとの大切な思い出があるから私の食べるグミは美味しいんです。
チヨコ自身はその場面を直接的に目撃した訳ではないのだが、ニガリの説明するその場面を想像することは出来た。
変身が解けて、ボロボロの化け物クラゲの姿を晒してしまっているニガリは、セイラの新たな力に対して仮説を立ててくれたのだ。
確かにセイラはまだクリスマスケーキを食べていない。
しかし、あの5人でケーキを作った思い出の方が「幸せ」の本体だと考えれば、今の時点で新たな力に目覚めていたとしても不思議ではないのだ。
伝説の戦士の枠すら超越した二人の戦いを前は、互角に思われた。
二人はキャンドルロッドと大太刀で激しく打ち合い、時に拳を叩きつけあった。
互いに荒い息を吐き、迫真の気合で互いの全てを削り合った。
……だが。
「……まずいな」
妖精族であるニガリは、チヨコ以上の解像度で二人の戦いを視ている様子だった。
チヨコは、この怪物クラゲへと説明の追加を急かした。
ニガリはダメージの重い身体でも、一応チヨコの要求に応じて解説を始めてくれた。
「あの二人の戦いは一見対等のようだが……純粋な妖精族であるレンジオの方がスタミナは上だろう。そして、おそらくレンジオは既にそれに気づいている」
チヨコは、ニガリの解説を頭の中で噛み砕いた。
確かに同じ伝説の戦士でも、クロニャンがガヴルと同等のパワーを出そうとすれば先に体力が尽きる。
そして、レンジオと純白のガヴルでも、同じことが言えるとしたら?
砂浜で超人大決戦を繰り広げている純白のガヴルは、先にガス欠を引き起こす危険性が極めて高い。
「そんな、どうしたら……!」
「私なら……一瞬の隙ぐらいは作れるかもしれん」
痛むであろう身体を軋ませながら、怪物クラゲが呟いた。
そんなニガリの省いた言葉を、チヨコは察していた。
私の命と引き換えにすれば、というワンフレーズをニガリは意図的に省いたのだ。
チヨコは、必死に考えた。
まだ見落としている何かがないか。
こんな時にレモン叔母さんなら……ニビルなら、どうする?
「……!!」
無限にも思える思考の迷路の末に。
チヨコは……思い至った。
この状況を打開するための、最後の奇跡を創り出す一手を。
「ニガリ。その命、捨てるんじゃなくて……私に賭けて」
怪物クラゲが、訝し気にチヨコへと関心を寄せた。
そんなニガリへと、チヨコは先ほどのニビルの言葉を振り返りながら説明した。
そもそも「伝説の戦士」というのは、人間族と妖精族が力を合わせたときに生まれる……ということらしいのだが。
――単に混血児が条件なら、ニンゲン界でも「伝説の戦士」ってもっと沢山いそうじゃない?
――混血児であることと「伝説の戦士」であることに相関はない、ってこと?
「もしかしたら……本当は、もっとシンプルなのかも」
難しい理屈とか。
複雑な技術とか。
込み入った方程式や理論なんて、本当は要らないのかもしれない。
想定外の面白いものが見たい、と無邪気に笑っていたニビルの言葉が……まさか、こんな形で結実するなんて。
それがニビルが殺されたすぐあとに世に現れるなんて……皮肉な話である。
そしてそれがレンジオ攻略の決定打になるとすれば、皮肉な話だというのはニビルに関してだけではなくなる。
「今、この場所に、セイラちゃんのために戦いたい人間と妖精が二人いる。これだけで十分なんじゃないかな、って思ったんだ。どうかな?」
「……愚問だな」
怪物クラゲが伸ばした触手の一本を、チヨコは掴み取った。
目を閉じ、二人で想像した。
ただひたすらに、セイラとともに戦うための「伝説の戦士」の姿を。
肉体も、魂も、意識も、心も。
何もかもが溶け合うような、不思議な感覚だった。
――いつしか二人は光に包まれ、中からは一体の「伝説の戦士」が生まれた。
新たな伝説の戦士は、自身の装いを確認した。
黒いドレスは一見するとクロニャンの普段の装いのようだが、シルエットがやや丸みを帯びており、クラゲの意匠を感じさせた。
さらに、ドレスの端々に赤毒が沁み込んでいる。
握りこんだ拳は……今までにないぐらいに、確かな力に満ち溢れていた。
「ぜぇっ、ぜぇっ……!」
純白のガヴルは、苦しい戦いを強いられていた。
一見すると互角かと思われた純白のガヴルとレンジオの戦いは、しかしスタミナの面では互角ではなかったのだ。
ついにガヴルは……青と白の、いつもの姿に戻ってしまっていた。
「これが、俺とお前の差だ! 妖精と、ニンゲンの違いだ!!」
キャンドルロッドを持ち上げる腕力すら保てず、穂先を砂浜につけてしまうガヴル。
ガヴルへと、大太刀を構えた鬼が迫った。
万策尽きたガヴルは、それでもキャンドルロッドの柄を盾にしようと死力を振り絞った。
そんな、二人のもとへ。
裂帛の叫び声とともに、覚悟を決めた目の女が飛び込んできた。
「やあああああああっ!!」
氷のドスを腰の高さに構えた伝説の戦士が、黒と赤毒のドレスを靡かせながらレンジオへと突撃してきたのだ。
咄嗟に防御しようと身体を捻ったレンジオであったが、脇腹へとドスによる刺突を受けてしまう。
さらに伝説の戦士は、反撃しようと大太刀を振ったレンジオの攻撃を紙一重で回避しながら……指鉄砲を構え、赤毒の弾丸をマシンガンのように撃ち込んだ。
雨霰のように赤毒の散弾がレンジオへと叩きこまれ、外れた弾丸によって海岸が赤黒く染まっていった。
「えっ……チヨコ、さん? ニガリさん……??」
「両方だよ!」
この展開はガヴルも予想外で、声が少しだけ裏返ってしまった。
そしてレンジオもこの展開が予想外であったのは同じ様子で……膝をついてしまっていた。
クロニャンとニガリの両方の特徴と色を併せ持った、新たな伝説の戦士がガヴルと共に立ち、レンジオを見据えた。
プリキュア一同の四本の腕が、キャンドルロッドの柄を一緒に掴んで天に掲げた。
何よりも信じられる暖かな手が……ガヴルと一緒にキャンドルロッドを握ってくれたのだ。
「ふざけるな……! この俺が! この俺がモドキごときに……!」
一方、腹部を刺され、赤毒に身体を犯されて、それでも大太刀を振るおうとしたレンジオの隣には……誰も、いなかった。
とうの昔に長女であったシャッカは殺され、残った次男のニビルも先ほどレンジオ自身の手にかけたばかりだ。
レンジオ・ギャングルメは……独りだった。
「貴様が妖精族だからこの結果が生まれた訳ではない」
「レンジオ・ギャングルメと、私……井上セイラの違いです!」
二人にして三人の伝説の戦士が、キャンドルロッドを天より振り下ろした。
穂先から生み出された一筋の眩い光が、レンジオへと襲い掛かった。
大太刀によって攻撃を防ごうとしたレンジオは……断末魔の悲鳴をあげながら、光に焼き尽くされていった。
プリキュアたちの視界を覆い尽くすような眩い光が、ようやく収まったとき。
鬼は……レンジオ・ギャングルメは、完全に焼き尽くされて息絶えていた。
しばらく、油断せずに残心の構えのままレンジオの亡骸を睨んでいた二人であったが……やがて、どちらからともなく息を大きく吐いてしまった。
レンジオの亡骸が、ニビルの時と同様に光の粒になって消えていく。
変身も解けて、三人は人間としての姿へと戻った。
チヨコとニガリの顔には、達成感がありありと浮かんでいた。
だが二人は、セイラの方を見た瞬間に笑顔が曇った。
セイラが少なくとも笑顔ではないことを、二人は察してくれた様子であった。
口が裂けても仲が良かったなどとは言えないが、それでもレンジオはセイラの家族であったのだ。
そんなセイラの心境を察したチヨコは、ポシェットから手のひらサイズの四角い袋を出した。
その袋を開封して、チヨコは水色のグミを一つ、セイラの口に優しく押し込んでくれた。
……セイラは、この時になって初めて、涙が零れ落ちた。
本当は、レンジオ兄さんたちと殺し合いなんてしたくなかった。
ニビル兄さんと一緒にクリスマスを迎えたかった。
シャッカ姉さんともケーキを分け合って食べたかった。
一緒にお菓子を食べて、何でもないことで笑いあって、そんな「幸せ」を分かち合いたかった。
セイラは、そんな想いを既に暗くなった海へと少しずつ吐き出した。
チヨコとニガリは、セイラと一緒に座り込みながら、肩を抱いてくれて……その独白を受け止めてくれた。
きっと、セイラが本当に欲しかったものは、伝説の戦士としての強大な力でもないし、お菓子そのものでもない。
こうして抱きあえる存在こそが……セイラが人間界で得た「幸せ」だったのかもしれない。
夜の波の音に身を委ねながら。
三人は、しばらくそうして、砂浜の風に浸った。
ソウルフルーツをめぐる一つの戦いは、こうして幕を閉じたのであった。
レンジオとの決戦から一か月の後に。
年も明けて少し経った時分の、絆田家にて。
「今日は、セイラちゃんに大事なお知らせがあるんだ」
「あっ! それって、まさか……!」
レモン叔母さんたちと一緒に住むようになったセイラとニガリを含めた四人で、お茶を飲んでいる最中。
得意気な顔で、チヨコは思わせぶりな話をセイラに振った。
そしてセイラは……これからチヨコの話す朗報に、既に心当たりがあるという顔だ。
「なんと……ついにこの名探偵チヨコが! セイラちゃんの家族と思われる人達を見つけたんだよ!」
「さすがチヨコさんです!!」
名探偵は自称するモンじゃないでしょーに、なんて呆れた目をしているレモン叔母さんのツッコミは、まぁ置いておくとして。
セイラからの喜びと尊敬の眼差しに、チヨコはとても気分が良くなった。
やるじゃないか……なんて呟いているニガリも、どこか嬉しそうだと見えた。
「なら、久しぶりに
「なるほど。
「訪問するときに持参する手土産としてはアリだよね」
言い出しっぺのレモン叔母さんはもちろん、ニガリも乗り気の様子だ。
このメンバーには「アレ」という言葉だけで通じるのだ。
もちろん……セイラの母親の遺族に会いに行くとして、その反応が必ずしも甘いものになるとは限らない。
セイラは加害者の娘でもあるのだから、苦い結末が待っているかもしれない。
上手くいくことが、当たり前な訳ではない。
それでも、この眩しくて終わらない瞬間を積み重ねて……井上セイラは、生きていくのだろう。
今日も、明日も、その先も、ずっと。
精一杯に笑って、時に転んで、でも立ち上がって、歩いていく。
「やります! またみんなで、渾身のケーキを焼きましょう!」
ご愛読ありがとうございました!