チヨコさんに悲しき過去……?
絆田チヨコが走り去った公園で。
井上セイラと寺島サトルは会話を再開していた。
――その調子で気になる「あの子」とも距離を詰めたりしないのかな~?
チヨコが残していった言葉を頭のなかで噛み砕いてみると、セイラにも状況が少しずつ見え始めたのだ。
おそらく、寺島サトルは「あの子」との距離を詰めるのに苦心しているのだろう。
「サトルさんは、その相手に愛を伝えないんですか?」
「……怖いんだ。そう伝えて迷惑がられたらどうしよう、友達のままの方が幸せなんじゃないか、って」
寺島サトルの言葉は、苦悩に満ちていたが真摯であった。
少なくとも、井上セイラからはそう聞こえた。
――あの赤い人に襲われた時のことは、どれぐらい覚えていますか?
そして、少しだけ寺島サトルの気持ちが分かるような気もした。
大好きなチヨコに嫌われるのは、セイラとて怖い。
だから、シャッカの身内であることがバレるのが嫌なのだ。
「相手のことが大好きだからこそ言えないことって、ありますよね」
「……井上さん、意外とそういう線引き出来るんだね?
なんだか、思ったことは全部言っちゃうタイプかと思ってたよ。さっきの絆田さんへの『大好き』とか」
「母さんが言ってました。『大好き』は言えるうちに言った方が良いって」
「良い人生訓だね。発端は自分自身の後悔かもしれないけど、井上さんのことを想って口にしたんだって分かるよ」
セイラは、今は無き母親へと想いを馳せた。
たった一人で妖精界へと拉致されて10年以上を過ごした母親は、本当は会いたいニンゲンたちが居たのだろう。
その人たちにもっと好意を伝えればよかった、という思いから溢れ出た人生訓だったのかもしれない。
……そんな母親を拉致して監禁した妖精族の父親らへの嫌悪感も、改めて感じた。
「決めたよ。僕、明日学校で告白するよ」
そして、セイラが母親から受け継いだ人生訓は、想像以上の結果をもたらした。
サトルが、決心を口にしたのだ。
まだ少しだけ迷いが見えるものの、心の中で一歩を踏み出した人間の顔だった。
「僕は……誰かに、背中を押してほしかったのかもしれない。ありがとう、井上さん」
「どういたしまして! いい知らせを待ってます!」
サトルが、手を差し出してきた。
これが握手というヤツだろう、とセイラは察した。
友達同士の儀式のようなものだと母親から聞いた覚えがある。
セイラは喜んで自身も手を差し出した。
「うっ!!?」
「サトルさん!?」
……直後、サトルが地面に倒れ込んだ。
地に伏したサトルの背中には、漆黒の種が撃ち込まれていた。
瞬く間にサトルの身体は変貌を遂げ、全高2メートルほどの漆黒のウサギ怪獣へと変わった。
頭に備わった双葉が実をつけるところまで育ったら、サトルは死んでしまうだろう。
「ふふふふ。可哀そうねぇ。モドキちゃんに関わったばっかりに、こんな最期を迎えるなんて」
「シャッカ姉さん……!」
セイラが周囲を見回すと、下手人はすぐに見つかった。
相変わらず真っ赤なゴスロリに全身を包んだニンゲンの女へと化けている……妖精族のシャッカだ。
それを確認するや否や、セイラも頭を切り替えた。
白と水色のドレスに、イヌのような尾と耳を生やして、伝説の戦士へと姿を変えたのだ。
「いざいざ! お立合いよ、ヒトバシランダー!」
「ヒトバシラァ!」
ウサギ怪獣は、頑強な前歯を剝き出しにして伝説の戦士へと襲い掛かった。
伝説の戦士は左手を突き出してバリアを展開し、ウサギ怪獣の突進を阻んだ。
弾力のあるバリアを、ウサギ怪獣は前歯で齧って突破しようとしている。
バリアを張ったまま伝説の戦士は少しだけ後ずさった。
……それでも。
「サトルさんを、返してください……!」
伝説の戦士は、足を前へと進めた。
その目は、確かにウサギ怪獣の中に閉じ込められた人間の輝きを見ていた。
「サトルさんは明日、愛する人に素敵な告白をするんです」
「あらあら。恋を肥料にしたソウルフルーツの甘酸っぱい風味、大好きなのよねぇ。
モドキちゃんの亡骸を眺めながら頂くとするわ。殺っておしまい!!」
伝説の戦士は……シールドに嚙みついているウサギ怪獣を、右手でシールドごと殴り飛ばした。
渾身の力で殴り飛ばされたウサギ怪獣は、公園のジャングルジムを糸クズのように巻き込みながら横倒しになってしまった。
「ニンゲンさんたちは、肥料になるために幸せになるんじゃありませんっ!!」
ウサギ怪獣が健脚を活かして飛び蹴りをかましてきた。
伝説の戦士も、同じく飛び蹴りで迎え撃った。
一瞬だけ力が拮抗したかに思われた両者であったが……力負けしたのは、ウサギ怪獣であった。
着地した伝説の戦士は、寺島サトルを確かに横抱きにしていて。
空中に爆炎が立ち上って、ウサギ怪獣は消滅していった……。
「次よ次よ! 今度会う時こそ、その鼻っ面をへし折ってやるんだから! 覚えてらっしゃい!!」
赤いゴスロリに身を包んだ女が逃げるのを、伝説の戦士は追おうとしたのだが……。
「待って! あなた、たぶん先週私を助けてくれた人だよね!?」
後ろから声をかけられて、伝説の戦士は振り返ってしまった。
その隙にシャッカは逃げ去った。
伝説の戦士は、心の中で密かに動揺した。
声をかけてきたのは、絆田チヨコであったのだ。
用事を思い出したと言って立ち去ったはずだが、ヒトバシランダーが起こした騒動を聞きつけて踵を返したのだろうか?
幸い、伝説の戦士の正体がセイラであるという事実には気づいていない様子だ。
「その時は、ありがとう。でも用件はそれじゃなくて……『妖精族』について教えてほしいの!」
「!?」
絆田チヨコの口からその単語が出てきたことに、伝説の戦士は内心驚いた。
ニンゲンさんたちの世界では妖精族なんて影も形もないし、たぶん知名度はゼロだと思っていたのだ。
意外と妖精族について知っている人間がいるのか?
もしくは絆田チヨコが極少数の例外なのか?
「妖精族に関わるのは危険です。詮索するべきではありません」
だがどちらにせよ……これが伝説の戦士の偽らざる気持ちだった。
絆田チヨコに、危険な目にあってほしくない。
それに、絆田チヨコが妖精族について知識を得ていけば、やがてシャッカの妹の存在まで行き当たるかもしれない。
だから、チヨコに対して情報を与えるつもりは無かった。
そのまま立ち去ろうと思った。
だがしかし。
「待って! 私のお母さんは、7年前にオオカミの怪物に攫われて、それ以来行方不明なの!
妖精族の仕業なら、少しだけでも手がかりが欲しいんです! お願いします!!」
母親というキーワードを出されてしまうと、心が揺らいでしまうところはあった。
とはいえ、オオカミの外見の妖精に関しては伝説の戦士も情報を持っていなかった。
屋敷に幽閉されて育った身であるため、そもそもギャングルメ一族以外の妖精を見た経験がほぼ無いのだ。
シャッカを含む家族の素顔は知っているが、オオカミらしき妖精には心当たりがない。
「オオカミの妖精族に関しては、私も全く心当たりがありません。
けれど、もし関係がありそうな情報を手に入れたら覚えておくようにします」
これも伝説の戦士の本心ではあったが……口に出していない部分もあった。
チヨコの母親が妖精族に攫われてソウルフルーツの肥料にされたなら、とっくに絶命しているはずだ。
しかし確証があるわけでもないし、チヨコに聞かせるのも躊躇われたのだ。
あなたが一日でも早く母親と再会できることを祈っています、とだけ言い残して、伝説の戦士は公園を立ち去った。
チヨコの前から、逃げた。
翌日。
同じ公園で野良猫を相手に睨めっこをしていた井上セイラは、ふと道行く1組の男女の背中を見た。
一人は、寺島サトルのように見えた。
もう一人の方の女子は……たぶん、サトルの想い人だろう。
声をかけようかと一瞬だけ思ったセイラであったが、邪魔しないことにした。
(恋の味……シャッカ姉さんに奪われなくて、本当に良かったです)
二人の背中を満足気に見送って。
ニンゲンさんたちの幸せを守れたことを誇らしく思った、そんな井上セイラなのであった。
でも野良猫にはまた逃げられた!!!
チヨコちゃん、お母さんと再会できるといいね(はーと)
でも気をつけた方が良いよ、チヨコちゃん!
薄汚い妖精族は意外と身近に潜んでいたりするからね!