葛藤がドラマを生むのだ
セイラは、洋館の裏手で薪割りに勤しんでいた。
込み入った経緯がある訳ではないのだが、チヨコを落ち着かせてしばらくの後に、セイラが自主的に言い始めたのだ。
お菓子やお茶を御馳走になったお礼がしたい、と。
なので、老婆ヨヨに任されて、セイラは洋館の薪割りをしているという訳だった。
切り株の上に薪を立てて、強めに力を入れて手刀を振り下ろせば、簡単に薪は割れるのだが……。
なんだか綺麗に半分にならないというか、どこか不格好な木片が出来上がってしまっていた。
「セイラさん、迷っているのかしら?」
そんなセイラの様子を見に洋館の裏手にやってきた老婆ヨヨが、セイラを気遣って声をかけてくれた。
なお、絆田チヨコは一人で妖精族の手記を読んでいるとのこと。
セイラは心の中にモヤモヤするものを感じた。
「ヨヨさんの言う通り、私は迷っています」
手刀でさらに薪を割ってみるものの、やはり綺麗には割れない。
老婆ヨヨは、そんなセイラが言葉を紡ぐのを待ってくれている様子だった。
「妖精族と関わるのは危険です。正直に言ってチヨコさんには、深入りしてほしくないと思っています」
セイラは、チヨコが黒い種を植え付けられた時のことを思い出していた。
奇跡的にセイラが伝説の戦士へと覚醒したからよかったものの、そうでなければチヨコは肥料となったまま命を落としていただろう。
そうなってしまったら、と思うだけで恐ろしかった。
――昔の人は仲良しの例えとして『同じ釜の飯を食べる』なんて言ったらしいよ。これで私とセイラちゃんも友達だね!
何も知らない世界にきて、右も左も分からない井上セイラへと優しくしてくれた、初めてのニンゲンさん。
セイラのことを友達だと言ってくれたチヨコのことを、セイラは心から愛おしいと思っている。
チヨコを危険にさらすなんて、絶対に嫌だった。
「でも、チヨコさんに母親のことを調べるのを諦めろとは、言えないです」
妖精族の世界で一人でセイラのことを愛して育ててくれた母親の顔が脳裏に浮かんだ。
そして、そんな母親を理不尽に奪われる痛みも痛いほど理解できている。
だからこそ、ほんの少しでも母親が生きている可能性があるならば、それに縋りたいチヨコの心境も分かるのだ。
「……昔ね。私の孫娘も、心に決めた想いのために危険な現場へと飛び込んでいったわ」
ヨヨは、遠い目をしながら語り始めた。
かつてヨヨの孫娘が、遠い国から来た一人の異邦人を洋館へと連れてきたのだという。
その異邦人に感銘を受けた孫娘は、自らも危険を承知で一歩を踏み出したそうだ。
「ヨヨさんは、お孫さんを止めたんですか?」
「……いいえ。本当は何度も迷ったけれど、結局一度も止めなかったわ」
信念のためとはいえ、大事な孫娘が危険を冒している。
そのとき、やはり老婆ヨヨも心を痛めたのだろう。
それでもヨヨは止めなかった。
やはりセイラも、チヨコの意思を尊重してやるべきか。
何だか心の奥底が傷んだ。
「でもね、あくまでそれは私の場合の一例よ」
そんなセイラの秘めた痛みを見抜いているかのように、ヨヨは言葉を繋げた。
この博識そうな老人は、いったいどこまで事情に気付いているのだろうか。
ひょっとしたらセイラの正体まで見抜かれているかもしれない。
「チヨコさんを危険から守るのも、意思を尊重するのも、どちらも間違いではないわ。大切なのは考え続けることよ」
……セイラは、老婆ヨヨの言葉を噛み砕いてみた。
悪く言うと、それは回答の先送りではある。
だが一方で先送りが必ずしも悪いわけではないというのも、その通りだった。
今後も新たな情報が出てくるかもしれないし、それを加味して改めて回答を出し続けるというのは、納得のいく方針ではあるのだ。
セイラは、新たな薪を切り株の上に立て、手刀を振り下ろした。
小気味の良い音を立てて、薪は綺麗に半分に割れた。
二人は、静かに笑いあった。
「うっ……!?」
「ヨヨさん!?」
そんな時だった。
ヨヨが凶弾に倒れたのだ。
セイラは周囲を見回し、視界に入った下手人を睨み返した。
ヨヨたちから少し離れた木の影から、赤いゴスロリの女が意地の悪そうな笑顔を向けてきていた。
「ふふふふ。今日こそモドキちゃんの泣き顔を拝ませてもらうわぁ」
「シャッカ姉さん……!」
黒い種を植え付けられた老婆ヨヨの姿は、瞬く間に変貌し……体長2メートルほどの漆黒のフクロウ怪獣へと姿を変えた。
セイラも瞬く間に伝説の戦士へと変身した。
白と水色のドレスに、イヌの意匠をもった姿へと変わったのだ。
猛禽類の強靭な爪を振るって、フクロウ怪獣が伝説の戦士へと強襲をしかけた。
伝説の戦士は、弾力のあるバリアを張ってフクロウ怪獣の突進をはじき返す。
そんなやりとりを何度か繰り返し、しかし伝説の戦士はなかなか反撃に移れなかった。
「くすくす。老いたニンゲンはいろんな風味が入って味がボケるから、あまり好きではないのだけれど……まぁ偶には良いわぁ」
「……ヨヨさんは、ただ老いているだけじゃありません」
苦戦する伝説の戦士を愉快そうに眺めていたシャッカに対して……伝説の戦士は言い返した。
今日一日の短い付き合いであったが、ヨヨを侮辱する発言は許せなかった。
「家族の幸せを考え続けて老いた、素敵なお婆さんです! その生き様を侮辱するなんて、誰であっても許しません!!」
「殺れ殺れ! 黙らせておしまい、ヒトバシランダー!」
「ヒトバシラァ!!」
伝説の戦士は、空中のフクロウ怪獣を油断なく見据えた。
フクロウ怪獣が、また強襲を仕掛けてくる。
それを正面からよく観ながら、伝説の戦士は……ギリギリまで動かなかった。
防御だけは一応念頭におきつつ、出来るだけ判断を後回しにしたのだ。
そして……フクロウ怪獣が強靭な爪を突き立てようとした、刹那。
伝説の戦士は、神業のようなタイミングでバリアを生成した。
フクロウ怪獣の爪は、弾力のあるバリアに突き刺さって抜けなくなった。
動きが鈍ったフクロウ怪獣の隙をついて、伝説の戦士はオーバーヘッドキックをかました。
翼の付け根を強打されたフクロウ怪獣は飛び続けることができず、地面に落ちる。
そんな地に落ちた鳥へと、伝説の戦士は容赦のない飛び蹴りを食らわせた。
爆炎に飲まれて、フクロウ怪獣が消えていく。
後に残されたのは、元の老婆の姿に戻ったヨヨを抱きかかえた、伝説の戦士の姿だった。
「でもでも! 今日のニンゲンは美味しくなさそうだったから別に悔しくないわ! 次こそ覚えてらっしゃい!」
赤いゴスロリの女は……やはり、一目散に逃げていった。
ヨヨが無事に目を覚ましたのち、セイラがヨヨと一緒に遅めの昼食の準備をしていると。
「ごめん、セイラちゃん、ヨヨさんも。本を読むのに集中してて気づかなかったよー?」
妖精族の残した手記を読み終わったチヨコが、ちょうど書斎から出てきたところだった。
昼食の準備をしている二人に気付いたチヨコは、申し訳なさそうだ。
まぁその点に関してはヨヨも気にしていない様子なので、大した問題ではない。
「何だか良い匂いがするね? パン?」
「そうなんです! ヨヨさんに習って、焼いてみました!」
チヨコは、良いところに気付いてくれた。
嬉しくなったセイラは、ちょうど焼きあがった白いパンの群れを
熱々の鉄板の上に、雲のような形をしたパンがたくさん出来上がっていた。
セイラはその一つを手に取って、半分に割りながら味見してみた。
小麦粉の香ばしさと仄かな甘みが丁度良くて、我ながらかなりの出来栄えなのでは、と感じた。
まぁ老婆ヨヨが監修および指導をしているので、そうそう失敗するような状況ではないわけだが。
半分に割った残りを、セイラはチヨコへと嬉しそうに差し出した。
「チヨコさんも食べてみてください!」
「うん、美味しそう。でも、ちょっと待ってね? そんな竈から出したばっかりの熱すぎるパンは、普通はすぐには食べられないからね??」
ミトンを装備したチヨコは、セイラから白いパンの片割れを受け取った。
息を吹いて温度を調節するチヨコへと、セイラは期待の目を向けた。
小さな口でパンを齧り取ったチヨコの仕草が、なんだか可愛いと思えた。
「美味しい!」
そして……セイラたちの作ったパンを食べて喜んでくれたチヨコのことを、とても愛しく思った。
心の中に暖かい何かが広がって、セイラも思わず笑顔をこぼしてしまった。
やはり、チヨコには暗い顔をするよりも、笑っていてほしい。
セイラは改めてそう思った。
そんな二人の幸せを、洋館の老婆は微笑みながら見守っていた……。
ヨヨさんは空気が読める淑女だから言わなかったけど、手刀で薪を割り続けてるヤベェ女の正体ぐらい看破しているに決まってるのだ……。