おっさんキヴォトスに行く 作:無い頭のおっさん
من نمیخواهم. من رد میکنم. من نابود میکنم. من مرگ میبخشم.
【DU地区・サンクトゥムタワー頂上】
深夜
キヴォトスの街から、少しずつ灯りが消えていく時間
昼間はあれほど騒がしかった街も、今ばかりは嘘のように静まり返っていた
生徒達の多くは既に眠りにつき
寮の明かりも、一つ、また一つと消えている
それでも
この時間になってもまだ起きている人間は、少なからず存在する
例えば、明日の仕事を片付ける為に机へ向かい続けるワーカーホリックな
例えば、明日の仕事なんてものではなく今日の仕事すら終わっていない
そして
そんな時間になっても働いている誰かを手伝っている、
そんな者達だけが夜のキヴォトスに、ぽつぽつと明かりを残していた
けれど
その街の遥か上
サンクトゥムタワー
その頂上の逆さにそびえ立つ巨大なオベリスク
その天辺に一人の男が座り込んでいた
「・・・・・・」
おっさんが両腕を組み
胡坐をかきながら
ただ、静かに夜の街を眺めている
普段なら
この時間ともなれば、何かしらの仕事をしているか
どこかで誰かと酒を飲んでいるか
あるいは寝ているか
そのどれかだった
わざわざこんな場所まで来て、一人で夜景を眺めながら座っているなんてことは
珍しい
さらに珍しいことに
今日は妙に静かだった
おっさんの視線は遥か遠く
百鬼夜行連合学院のある方向へと向いている
その先夜の闇の中でも、ひときわ目立つものがあった
大桜
昼間とはまるで違う色合いを見せる、巨大な桜。
満開の花々が、月明かりを受けながら夜空の中へ浮かび上がっている
遥か遠くのDU地区からすらも、その姿が見える
「あれだけデカかったら」
「そら、どこからでも見えるわなぁ」
ぽつり
独り言が零れる
けれど、声はどこか疲れていた
おっさんは傍らに置いていた酒瓶を持ち上げる
普段、自分から選ぶような酒ではない
強い
とにかく強い
喉へ流し込めば、胃の辺りまで熱が落ちていくような火酒
「・・・・・・」
一口、もう一口
そして
「・・・・・・カァー!」
小さく息を吐く
酒を飲んでいる理由は
別に酒が飲みたかったからではない
今日は反省していた
それも、かなり深刻に
「・・・・・・」
おっさんは、ぼんやりと夜空を見る
そして今日のことを思い出す
モモイ
元気で、無茶苦茶で
ゲームのことになるとすぐに目を輝かせる
そんな少女に自分は戦い方を教えた
足の運び、間合い、殺意の飼いならし方
そして、その流れで調子に乗った
ほんの少し
いや、今思えば
ほんの少しどころではない
「あー・・・・・・」
アンラは片手で顔を覆った
「やらかしたなぁ。」
脳裏へ浮かぶ
モモイが自分へ向かって踏み込んできた
楽しそうに
嬉しそうに
少しずつ自分の中の殺意を飼いならしながら
その姿を見て自分も昔を思い出してしまった
昔
もっと強大な力を持つ者達を相手にしていた頃
人間ではない者
そもそも人という尺度で測ることすら間違っているような者
そんな者達に戦いを教えていた頃
あの頃の感覚でモモイを見てしまった
「・・・・・・」
おっさんはもう一度酒を口へ運ぶ
喉を焼く熱さ
それが妙に心地よかった
「・・・・・・ちゃうやろ。」
誰に言うでもなく
呟く
「あいつらは。」
「まぁ・・・・・・あいつらや。」
「でもモモイは・・・・・・キヴォトスの生徒や。」
当たり前のことだ
分かっている
分かっているはずだった
キヴォトスの生徒達は強い
普通の人間とは比較にならないほど頑丈で
銃弾が飛び交うような場所でも戦い
爆発に巻き込まれても立ち上がる
普通の世界なら十分すぎるほど頑丈だ
けれど
それでも
「あのモノホンの化物と比べたら。」
おっさんは小さく笑う
自嘲のような笑みだった
「・・・・・・ガラス細工やもんなぁ」
あの弟子達
何をしても死なないような
そんな化物ばかりだった
腕が吹き飛ぶ
頭が無くなる
半身が消し飛ぶ
それでも次の瞬間には元通りになり立ち上がる
それどころか、そんな程度では戦いを止めようともしない
「・・・・・・」
そんな者達に接するのと
キヴォトスの少女に接するのを
同じ感覚でやった
結果
一つ間違えば
死なせていた
「・・・・・・」
おっさんはしばらく何も言わなかった
やがて酒瓶を持ったまま百鬼夜行の大桜を見つめる
「結局、お前の言う通り。」
「俺は生徒と接触せんほうが、よかったんかねぇ・・・」
風が吹く
サンクトゥムタワーの遥か下で
無数の建物の灯りが揺れる
「まぁ」
おっさんは、苦笑する
「仮に、接触せんかったとしても」
「お前の申し出はどっちみち断っとったから。」
「結局は今みたいにお前はキレとったんやろうけどな・・・」
誰へ向けた言葉なのか
それを尋ねる者はいない
ここにはおっさんしかいない
「・・・・・・」
酒を飲む
また飲む
それでも
頭の中は、妙に冴えている
「ほんま、余計な事ばっかり思い出すなぁ・・・」
火酒が舌を焼く
喉が熱い
胃の辺りがじわじわと温まる
それなのに胸の奥だけは冷たいままだった
「・・・・・・。」
また一口
今度は長く、ぐっと飲み込む
「・・・・・・火酒なんて」
「普段、こんなもん飲まへんのにな。」
笑う
けれど、自分でも分かっている
これは酔いたいのだ
思い出したくないから
考えたくないから
今日の出来事だけではなく
その奥にある
もっと古いものまで
「・・・・・・」
おっさんは目を閉じる
「・・・忘れたつもりやったんやけどな。」
風が頬を撫でる
遠くで大桜が揺れて
花びらが散る
それを見つめながら
おっさんの意識は
少しずつ
遠ざかっていった
「・・・・・・酒、回ってきたかぁ」
自分でも分かる
まぶたが重い
頭がぼんやりする
「まぁ・・・・・・ええか」
こんな高い場所から落ちても死にはしない
そんなことを考えながら
おっさんはそのままオベリスクの頂上へ身体を横たえた
「・・・・・・」
空を見上げる
夜空
星
そして
遠くで咲き続ける大桜
「・・・おやすみ。」
誰に言うでもなく
そんな一言だけを残して
おっさんは目を閉じた
そして
そのまま眠りへ落ちていった
夢
最初に感じたのは
熱だった
熱
そして濃い血の匂い
鼻を突く
鉄臭い
生臭い
けれど、どこか
その匂いすら懐かしい
そんな
嫌な感覚
「・・・・・・」
視界が開く
そこには
空があった
否、空と呼んでいいのかすら分からない
空間そのものが
黒い
濃密な闇
その中央に一つの異形が立っていた
人の形をした黒い煙
けれど人ではない
全身から立ち昇るように渦巻く黒煙
その頭部には
人間の頭蓋骨
白く異様な形で浮かび上がる頭蓋
その下顎へ当たる部分には
爬虫類のような発達した下顎が付いている
いくつもの歯
獣のものとも
人のものともつかない
それを持つ異形が
一人そこに立っていた
その手には大きな黒い弓
まるで黒煙を固めたような黒で出来た弓
その弦が引かれている
番えられた矢
その矢の先端には不思議な玉が付いてい
小さな球体
なのにその内部にはきらきらと光る銀河が
いくつも詰め込まれている
星、星雲、無数の光
それが小さな玉の中で渦巻いている
その矢の先端が正面に立つ存在へ向けられていた
「・・・・・・」
対する相手
それもまた人ではない
腰から巨大な純白の鳥の羽根を広げた存在が
凄まじい形相で黒煙の異形を睨みつけていた
「お前の、その技術さえあれば!!」
声が響く
「遂に!!」
「遂に善だけが存在する世界へ到達できる!!」
その声には狂気に近いほどの確信があった
疑っていない
間違っているとも思っていない
本気でそれこそが正しいと信じている
「・・・・・・」
黒煙の異形は何も言わなかった
ただ、弓を引いている
静かに淡々と
羽根の異形を狙っている
「分かるだろう!!」
羽根の異形が叫ぶ
「お前は私と同じところまで登ってきた!!」
「ならば!!」
「ならば分かるはずだ!!」
「私の理想を!!」
「私の命題を!!」
「・・・・・・」
黒煙の異形がようやく口を開いた
「・・・・・・分かるわけねーだろ。」
低く冷たい感情を押し殺した声
「ゴミが。」
羽根の異形の顔が歪む
「な・・・・・・」
「お前は、その力を持っている!!」
「その力を持つ者には世界を変える責任がある!!」
「私たちは!!ここまで登ってきた!!」
「ならば!!その先へ進むべきなのだ!!」
黒煙の異形
その頭蓋の奥
二つの光が一瞬だけ細くなる
「・・・・・・」
そして
静かに言った
「お前がアイツを殺す結果を作った。」
空気が止まった
「・・・・・・」
「それだけでお前も、お前の掲げる命題も。」
「全部クソなんだよ。」
羽根の異形が息を呑む
「・・・・・・なぜ」
「何故分からない!!」
「お前は!!」
「お前は私と同じところまで登ってきたんだぞ!!」
「ならば!!」
「ならば分かるはずだ!!」
黒煙の異形が少しだけ首を傾ける
「何を?テメェの理想をか?」
「善だけがある世界、誰も苦しまない世界。」
「誰も傷つかない世界、世界中の幸福。」
「だったか・・・?クソ以下だな。」
羽根の異形が
叫ぶ
「世界は幸せでなければならない!」
「苦しみなぞあってはならない!!」
狂っているようで
本人だけはどこまでも真剣だった
「・・・・・・」
黒煙の異形は
ただ静かにそれを聞いていた
やがて
ゆっくりと
弓を引き絞る
ギリィッ
弦が軋む
その姿を見て
羽根の異形の表情が
僅かに変わった
「・・・・・・?」
黒煙の異形が
静かに。
口を開く。
「【俺の力は俺の為だけに有る。】」
引き絞られた弓に番えられた
その矢へと力が収束していく
「・・・・・・」
羽根の異形は
まだ動かなかった
だが、次の言葉を聞いた瞬間
その顔から僅かに血の気が引いた
「【全ては俺の責任。】」
「・・・・・・!!」
理解した
この詠唱
ただの攻撃ではない
もっと上
もっと深い領域
世界そのものへ干渉する
世界魔導
「・・・・・・まさか。」
羽根の異形が慌てて両手を広げる
そして黒煙の異形の詠唱へ
追従するように自らもまた詠唱を開始する
「【世界は光で溢れる!!】」
周囲へ光が集まる
同時に黒煙の異形は
次の言葉を紡ぐ
「【俺の罪業。】」
さらに矢へ巨大な力が収束していく
「【世界は幸福である!!】」
羽根の異形の周囲に
無数の光の術式が展開される
2人の詠唱が重なる
「・・・・・・」
黒煙の異形が前へ歩く
「【世界は私の意思の元!!】」
羽根の異形も一歩下がりながら
必死に詠唱を続ける
「【億劫の骸を積み重ね。】」
大地へ黒い力が流れ込み
周囲の空間が歪む
「【世界は今一つになる!!!】」
光がさらに膨れ上がる
羽根の異形は理解していた
急がなければ
間に合わない
「【億劫の意思を踏み躙る。】」
その瞬間黒煙の異形が
弦を
限界まで引き絞った
矢の先端銀河を詰め込んだような玉が異様な輝きを放つ
「【救いある世―――】」
羽根の異形が最後の一節へ入る
だが、まだ終わっていない
ほんの僅かな差
その一瞬
黒煙の異形は
先に自らの詠唱を完成させた
「【此処一切生者之墓標也】」
世界が
上書きされた
「――――」
一瞬
何もかもが消える
次の瞬間
空が赤くなった
真っ赤に
夕焼けのような赤ではない
血が染み付いたような死んだ色
空そのものが腐り果てたかのような
赤
大地も同じだった
視界の果てまで赤黒い泥が広がる
粘ついた巨大な血の沼
その泥の中には
いくつもの人影が沈んでいた
腕
脚
胴
頭
それらは
全て、まるで殺された瞬間の姿のまま転がっている
頭を失った者
胸を貫かれた者
腹を裂かれた者
四肢を失った者
焼け焦げた者
肉体の一部だけがまだ泥の中から突き出している者
誰一人として
動いていない
そう、その瞬間までは
「・・・・・・」
羽根の異形が周囲を見回す
「何だ・・・・・・」
静寂
赤い空
血の泥
無数の死体
その光景だけなら
ただの死の世界だった
けれど
一体
また一体
泥の中から死者が起き上がった
ぐちゃ
泥を踏む音
ずる
肉を引き摺る音
べちゃ
血が落ちる音
一人
二人
十人
百人
千人
それ以上の
数えることすら馬鹿らしくなるほど
無数の死者が泥の中から這い出してくる
それは黒煙の異形が今まで殺してきた者達だった
一人一人、殺されたその時の姿のまま
傷も
血も
欠損も
何一つとして消えていない
ただ死んだ者達が
死んだ姿のままこの世界に存在している
「・・・・・・」
羽根の異形の顔から完全に血の気が引く
そして、その全てが同時に羽根の異形の方を向いた
「・・・・・・っ。」
無数の死者の目が羽根の異形を捉える
次の瞬間
「――――――――!!」
一斉に襲い掛かった
「な・・・・・・!?」
羽根の異形が咄嗟に光の障壁を展開する
ドォン!!
一体の死者が障壁へ激突する
肉が、骨が、砕け
赤い泥が辺りへ飛び散る
けれど、止まらない
また一体
また一体
その後ろから
さらに
さらに
さらに
無限に続くような死者の群れが
羽根の異形へ殺到する
「・・・・・・ッ!!」
羽根の異形が歯を食いしばる
「こんなもの・・・・・・!!」
自らの身体を光で包み
無数の死者を吹き飛ばす
けれど吹き飛ばされた死者達は
泥の中へ落ちるだけ
そして
すぐに立ち上がる
何度、吹き飛ばしても
何度、消し飛ばしても
次から次へと新しい死者が現れる
まるで、この世界そのものが
【死者を生み続けている】ように
「・・・・・・」
羽根の異形が理解する
この世界には終わりがない
黒煙の異形がこれまで奪ってきた命
その一つ一つが
そのまま、この世界の住人になっている
殺した数だけ死者が増える
死者が増えるほど
この世界は強くなる
そして、この世界にいる生者を殺すまで
終わらない
「・・・・・・こんなもの・・・・・・」
羽根の異形が
叫ぶ
「認められるかぁぁぁぁぁ!!」
光が爆発する
周囲の死者が一気に吹き飛ぶ
けれど、その直後
空から大量の死者が降ってくる
「――――っ!!」
一体、腕が伸びる
二体、首へ手が掛かる
三体、腰へ
四体、背中へ
「離せ!!」
羽根の異形が必死に振り払う
「離せぇぇぇぇぇ!!」
翼を広げ
光を爆発させ、死者を焼き払う
それでも赤い泥の中から
また新しい死者が這い上がってくる
「・・・・・・っ」
羽根の異形が息を荒くする
それでも術式を消さない
いや、むしろ
無理やり、さらに強くする
「私は・・・・・・」
光が羽根の異形の周囲へ集まり始める
「私は・・・・・・!!」
魔法陣が幾重にも展開される
この世界を上書きするために
自らの世界を
ここへ無理矢理
重ねる
「【世界は光で溢れる!!】」
眩い光が赤い空を少しずつ
塗り替えていく
けれど、その身体へ死者が群がる
「【世界は幸福である!!】」
肩へ
背中へ
腕へ
無数の手が伸びてくる
それを羽根の異形は光で吹き飛ばす
「【世界は私の意思の元!!】」
さらに光が強くなる
「【世界は今一つになる!!!】」
巨大な世界魔導がようやく形を成し始める
だが、その身体には既に無数の傷
血
泥
そして死者の手が絡み付いている
「まだ・・・・・・!!」
「まだ終わっていない!!」
羽根の異形は
必死に最後の術式を繋ぐ
その目には、もはや恐怖しかない
けれど、それでも
諦めない
「私は・・・・・・!!」
「こんなところで・・・・・・!!」
「終われるかぁぁぁぁぁ!!」
最後の一節
それさえ完成すれば
自分も世界を上書きできる
この赤い世界を
光で塗り潰せる
そう信じて
羽根の異形は
最後の言葉を
口にした
「【救いある世――――――】」
その瞬間
羽根の異形が顔を上げる
目の前
そこには黒煙の異形が立っていた
いつの間にかすぐ目の前まで歩いてきていた
赤い血泥の世界の中
黒煙の身体だけが静かに揺れている
その手には未だ黒い弓
そして、そこには
銀河を詰め込んだような小さな玉を持つ一本の矢
「・・・・・・」
羽根の異形が目を見開く。
「ま――――」
黒煙の異形が静かに口を開く
「おせーよ。」
弦が限界まで引き絞られる
「【滅びよ】」
一拍
「【今、此処に】」
矢が放たれた
音はなかった
ただ、世界を裂くように
一条の闇が走る
矢の先端、銀河を詰め込んだような玉が一瞬で砕ける
その内部に封じられていた無数の光が一斉に弾ける
矢は羽根の異形の身体へ
一直線に突き刺さった
「――――」
声が出ない
最後の詠唱は完成しなかった
【救いある世界】
その最後の一音すら
世界へ届くことはなかった
次の瞬間矢そのものが砕けた
ぱきん
そんな小さな音
それだけなのに
世界が白に染まった
白
真っ白
何もない
音も
匂いも
温度も
重力すらも
何もない
ただ
白
その中で黒煙の異形だけが
立っていた
「・・・・・・」
しばらく
動かない
やがて自分の周囲を見回す
何もない
もう、何も残っていない
あれほど巨大だった世界も
あれほど騒がしかった戦いも
あれほど叫び続けていた存在も
全部、消えている
黒煙の異形はゆっくりと右手を上げた
そして、自分が展開した世界へ触れる
白い空間が閉じていく
遠ざかる
折り畳まれるように縮んでいく
消えていく
最後に完全な白だけが残った
その中にひとり
黒煙の異形だけが佇んでいる
「・・・・・・」
長い、長い沈黙
そして
ぽつりと
「・・・・・・あぁ。」
その声には先ほどまでの怒りも
敵意も何もなかった
ただ、疲れきった人間のような
そんな声音
「・・・・・・やっと」
「終わったよ。」
一拍
「・・・・・・―――。」
その名前を静かに呼ぶ
それだけ
それだけだった
「――――っ!!」
アンラが跳び起きた
「っ・・・・・・!!」
反射的に腰へ手が伸びる
刀の柄を掴み
抜刀
いや
抜刀しかけたところで
止め、周囲を見回す
「・・・・・・」
何もない
敵もいない
血もない
赤い泥もない
白い世界もない
あるのは朝のキヴォトス
「・・・・・・。」
アンラは
数秒、その場で動かなかった
やがて、ゆっくりと呼吸を整える
「・・・・・・」
喉が渇いている
頭が重い
身体も妙に怠い
「・・・・・・」
空を見る
夜は、もう終わっていた
サンクトゥムタワーの下では
生徒達がそれぞれ登校を始めている
小さな姿が遥か下の街を行き交っている
「・・・・・・朝。」
アンラはぼんやり呟いた
太陽が昇っている
街が動き始めている
いつものキヴォトス
いつもの朝
なのに気分だけは最低だった
「・・・クソ。」
アンラは額を押さえる
「最低最悪の気分だ。」
夢
さっき見た夢
あれは忘れられるはずがない
忘れようとしていた
忘れたつもりだった
それなのに
「・・・・・・よりにもよって」
拳を握る
「・・・・・・あの時の夢か。」
酒を飲む前
昔のことを考えていた
モモイに教えていた時
昔の弟子達を思い出した
そのせいか
そう考えるのが自然だ
「・・・・・・酒飲んで寝る前に」
「昔の事を考えるからか・・・」
アンラは深く
ため息を吐く
「それにしても」
「クソ以下の気分になる夢を見るか、普通・・・」
額を掻く
「人の姿をしてると悪夢も見るようになる。」
「相変わらず、考え物なんだよな・・・」
自分の手を見る
人間の手
普通の手
傷跡はある
けれど、少なくとも
夢の中のような異形の姿ではない
この姿
七篠アンラ
キヴォトスで生きる為に選んだ姿
「・・・・・・」
アンラはふっと街を見る
「折角。」
「久しぶりにゆっくり出来る世界に来たのに。」
「最低な気分だぜホント・・・」
その瞬間アンラの表情が
僅かに止まった
「・・・・・・」
そして
口元へ手を当てる
「あ。」
一拍
「おっと。」
自分の喋り方を思い出す
「せやった。」
苦笑
「今は七篠アンラやからな。」
「最近は先生も鋭くなってきとるさかい。」
「徹底せんと。」
「いつボロ出るかわからんのよな。」
誰もいないのに自分自身へ言い聞かせるように
そう呟く
それからスマホを取り出し時間を見ようとして気付く
「・・・・・・」
画面を見る
通知
「・・・・・・」
何十件とモモトークから来ていた
「・・・・・・」
送り主は・・・ユメ
「・・・・・・」
おっさんの顔から血の気が引いた
「・・・・・・」
通知を開く
『アンラさん』
『起きていますか?』
『今日って何時に戻る予定でしたっけ?』
『連絡がないんですが』
『アンラさん?』
『・・・・・・』
さらに
下
『まさかまた先生のところにいます?』
『そうならそうと連絡してください』
『帰ってきたら話があります』
『怒ってませんから』
「・・・・・・」
アンラの指が
止まる
「・・・・・・」
その下
まだある
「・・・・・・」
更に
何十件
「・・・・・・」
おっさんは無言で画面を閉じた
そして、しばらく空を見上げる
「・・・・・・」
もう一度
画面を見る
時刻を見る
間違いない
完全な遅刻
「・・・・・・」
そして
「やっべぇ・・・・・・」
頭を抱える
「完全に遅刻やん・・・」
悪夢なんか吹き飛んだ
今のおっさんにとってそれ以上に恐ろしいものが有った
それが現実に存在しているユメからの通知
「・・・・・・」
酒瓶を見る
昨夜ここに置いていた火酒
「・・・・・・」
おっさんは無言で立ち上がり
酒瓶を手に取り
虚空へ
「・・・・・・ほい」
ぽんと収納し
腰に収めていた刀を足のグリーブに変換する
「よし。」
問題なし
衣服も・・・問題なし
「・・・・・・」
おっさんはオベリスクの縁まで歩き
眼下、遥か下
生徒達が何も知らずに登校している
その風景を一瞬だけ眺める
「・・・・・・」
そして
「ほな。」
一歩
踏み出す
身体がそのまま空中へ投げ出される
落下
風が吹き抜ける
けれど
地面へ落ちることはない
おっさんの身体が
空を走る
「急がな。」
風を切りながら
進行方向をアビドスへ向ける
「・・・・・・」
その途中おっさんは
ほんの一瞬だけ後ろを振り返った
サンクトゥムタワー
その頂上
昨夜、自分が眠っていた場所
そこから何もかもが小さくなっていく
「・・・・・・」
夢の最後
白い世界
あの名前、――――
「・・・・・・」
おっさんは一瞬だけ目を細める
「・・・・・・」
けれどすぐに前へ向き直る
「今は。」
風の音
朝の光
遠くに見えるアビドスの街
「・・・まだ、やることがある。」
エデン条約
アリウス
サオリ達
そして
あの不出来な白い花のような不細工な存在
「・・・・・・」
おっさんの口元が僅かに歪む
「その前にあの洗脳術式。」
「誰から聞いたか吐かせんとなぁ。」
そう呟きながら速度を上げる
「・・・・・・」
朝のキヴォトスを一人のおっさんが飛んでいく
その顔にさっきまでの悪夢の痕跡は
もうほとんど残っていない
普段通りの軽い表情
普段通りの【おっさん】
けれど心の奥、誰にも見えない場所で
ほんの少しだけ
何かが疼いていた
遠い過去、終わったはずの戦い
消したはずの世界
「・・・・・・」
おっさんは何も言わず
ただ、アビドスへ向かって飛んでいった
おっさん猛省中!!
いやね、流石に孫の様に可愛がってるゲーム開発部の子を殺しかけたら
自分がやった事だけど、クソ引き摺ってますよね!
え?話すべきはそこじゃない?
気のせいじゃないっすかねぇ!
まぁと言う事で今回のコレでカルバノグ1章の閑話が終わりました!
次からはエデン条約4章本格始動です!
え?真ん中の夢を解説しろ・・・?
さて!わたしはこの辺で!
サラダバー!!