おっさんキヴォトスに行く   作:無い頭のおっさん

121 / 122
さて・・・セイア・・・
やっとこれでセイアの罪自体は本人らの間で、片が付きました。

今回はかなり短めです!
本来これが閑話としては正しいんだよね!
後日談で一話2万文字とかがおかしかった!


エデン条約編、四章 後日談
おバカフォックスぶん殴られる


聴聞会から数日が経った

ミカの行動については審議の末に処分が決まった

 

ティーパーティーの権限を即時剥奪し後任が決まり次第代表の座からも退く

決して軽い処分ではない

 

けれどミカ自身も自分の行いから目を背けるつもりはなかった

そして私はミカと改めて話をするための席を設けることにした

 

あの日に先生やナギサそして皆の前で再会したミカは泣きながら私たちに謝罪してくれた

私のこともナギサのことも大好きだと言ってくれた

あれほどのことをした自分にはそんな資格などないと思い込んでいたミカが

もう一度私たちのもとへ帰ってきてくれたのだ

 

・・・あの言葉がどれほど嬉しかったことか

 

だからこそ今度は私がミカに向き合わなくてはならない

私が何をしてきたのか

何を考えていたのか

そして何を謝らなければならないのか

 

それを伝えるために私はミカをティーパーティーのテラスへと招いた

テーブルには三人分の紅茶とお菓子が並んでいる

 

・・・三人分

 

そう、三人分だ

 

「・・・どうしてナギサがいるんだい?」

 

「おやおや? 私がいては何か不都合でもあるのでしょうか?」

 

「いや・・・別に不都合というわけではないけれども」

 

「でしたら問題ありませんね」

 

ナギサは何事もなかったかのように紅茶を口に運んだ

 

私はナギサを招待していない

ミカと二人で話をすると決めていたからだ

 

しかしナギサは私がミカに説明をするつもりだと聞きつけて自らこの席にやって来た

 

「セイアさんにすべてお任せしてしまうと」

「肝心なところで言葉を濁されるような気がしましたので」

 

「・・・ナギサ」

 

「それに今回の話は私にとっても無関係ではありませんから」

 

そう言われてしまえば何も言い返せない

ナギサもまた私の見た未来に巻き込まれていたのだから

 

「それにしてもセイアちゃんってば相変わらずだね~」

 

ミカは苦笑しながら紅茶をひと口飲んだ

 

「せっかく三人でお茶するんだからもっと楽しくいこうよ!」

 

「・・・ミカ」

 

「ん? なあに?」

 

「いや・・・何でもない」

 

ミカの笑顔を見ていると胸の奥が苦しくなった

今のミカは以前のように笑っている

けれど私はその笑顔を取り戻すために何をしたのだろう

 

いや、そもそも私はミカから何を奪ったのだろう

 

「・・・ミカ」

 

私は膝の上で手を握りしめ

 

「まずは謝らせてほしい」

 

「・・・うん」

 

「私は君に隠していたことがある」

 

喉がひどく乾いていた

 

言葉にしようとすればするほど自分が

どれだけ愚かなことをしてきたのか思い知らされる

 

それでもここで逃げるわけにはいかない

 

「私は予知夢を見ていたんだ」

 

「予知夢・・・?」

 

「夢の中で未来を見ていた そして私はその未来に介入してきた」

 

ミカの表情がわずかに変わった

ナギサは何も言わず私の言葉を待っている

 

「一年余り前から私は夢で見た未来を変えようとしていた」

「様々な可能性を見てその中から望ましい未来へたどり着けるように」

「状況を少しずつ動かしてきたんだ」

 

「・・・それって」

 

「ああ、エデン条約の調印式で起きた襲撃も」

「ミカが私を傷つけることになった一連の出来事も」

「私が未来を変えようとした結果なんだ。」

 

口にするたびに胸の奥が重くなる

 

「私は君がそういう行動を取るように状況を誘導した」

「君の意思を直接操ったわけではない」

「けれど君が選ぶはずだった未来に私が先回りして」

「君が選べる道を狭めてしまった」

 

私はミカの顔を見られなかった

 

「・・・すまなかった」

 

沈黙が落ちる

やがてミカがゆっくりと口を開いた

 

「・・・どうして?」

 

その問いに私は答えられなかった

 

どうしてと聞かれれば答えはある

けれど本当の理由を自分の口で語るにはあまりにも身勝手だった

 

私はミカを傷つけたくなかった

ナギサを失いたくなかった

二人を守りたかった

 

そのために二人の意思を無視するようなことをしてしまった

 

「・・・私とミカさんがこの未来以外のすべてで死んでいたらしいです」

 

隣からナギサの声が聞こえた

ナギサは紅茶のカップをソーサーへ戻しながら淡々と続ける

 

「セイアさんが見た未来では今の未来以外の結末に至るとミカさんと私が命を落としていた」

「だからセイアさんは私たちが生き残る未来へ向かうように状況を変え続けていたのでしょう。」

 

「・・・ナギサ」

 

「もちろんそれでセイアさんのしたことが許されるわけではありません。」

「ですが理由そのものは理解できます。」

 

ナギサの言葉に私は何も返せなかった

 

理解できる

 

その言葉は私にとって救いであると同時にひどく残酷なものでもあった

 

理解してもらいたかったわけではない

 

許してほしかったわけでもない

 

ただ私が何をしたのかをミカに知ってほしかった

そして

 

「・・・ミカ」

 

私はようやく顔を上げた

 

「私が君にしたことは決して許されることではない」

「君が自分の意思で選ぶはずだった未来を私が歪めてしまったんだ」

 

「・・・」

 

「君が私を傷つけたこととは別の話だ」

「君がしたことは君自身が向き合うべきことだと思う」

「けれどだからといって私が君の未来に介入したことがなくなるわけではない」

 

言葉が震えそうになるのを必死に抑えた

 

「・・・本当にすまなかった」

 

私は頭を下げた

 

どれだけ謝っても足りない

それでも謝ることから逃げるわけにはいかなかった

 

「・・・んー」

 

ミカはしばらく私を見つめていた

それから椅子を引いて立ち上がる

 

「・・・セイアちゃん」

 

「・・・何だい?」

 

ミカはテーブルを回り私の前まで歩いてきた

 

そして

 

「これで帳消しね!」

 

「ごふっ!?」

 

次の瞬間、私の腹部に衝撃が走った

 

椅子から吹き飛ばされた私はそのまま背後の壁に叩きつけられる

 

「・・・っ!」

 

「ミカさん!?」

 

ナギサの悲鳴が聞こえた

 

 

・・・ちょっと待ってほしい

 

いや、本当に待ってほしい

 

いきなり何をするんだこのゴリラは

 

「・・・ミカ?」

 

「うん! これでおあいこ!」

 

「いやいやいや おあいこって・・・!」

 

腹を押さえながら顔を上げるとミカは満面の笑みを浮かべていた

 

「だってセイアちゃんも私の未来を勝手にいじったんでしょ?」

「だったら私がセイアちゃんを殴ったってことで帳消し!」

 

「・・・理屈が滅茶苦茶だよ」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ!」

 

ナギサが即座にツッコミを入れた

けれどミカはまったく気にする様子もなく私へ手を差し伸べてきた

 

「・・・でもね セイアちゃん。」

 

その声は先ほどまでの明るさを少しだけ失っていた

 

「セイアちゃんが私の未来を勝手に変えようとしたことはセイアちゃんの責任だよ。」

 

「・・・・・・」

 

「そして私がセイアちゃんを傷つけようとしたことは私の責任。」

「セイアちゃんが何をしたって私がやったことがなくなるわけじゃないもん」

 

ミカの言葉を聞きながら私はただ黙っていた

 

「だから私はちゃんと自分のしたことに向き合うよ」

「もう逃げないって決めたから。」

 

ミカは私の手を握った

 

「そのうえで私はセイアちゃんを許したい」

 

「・・・ミカ」

 

「私にだってセイアちゃんを許すかどうかを決める権利くらいあるんだからね?」

 

「・・・だが」

 

「セイアちゃんが自分を許せないからって私が許すことまで止めないでよ」

 

まっすぐな瞳だった

 

以前のミカなら自分が傷ついたことを理由に

誰かを傷つけることを選んでいたのかもしれない

 

けれど今のミカは違う

サオリを自分と同じ苦しみの中へ引きずり込むのではなく

サオリを殺さない未来を自分自身の意思で選んだ

 

自分が救われなかったからといって誰かが救われることまで否定する必要はない

誰かを傷つけたからといって自分まで救われてはいけないわけではない

 

そのことにミカは気づいたのだろう

そして今ミカは自分の罪を認めたうえで私の罪とも向き合おうとしている

 

「・・・それでも私は君に許してもらう資格なんて」

 

「もー! セイアちゃんってば!」

 

ミカが頬を膨らませた

 

「だからそれを決めるのはセイアちゃんじゃないでしょ!」

 

「・・・っ」

 

「私はセイアちゃんを許すって決めたの それじゃ駄目なの?」

 

そんなことを聞かれてしまえば

私に返せる言葉などなかった

 

「・・・いや」

 

私はミカの手を握り返した

 

「・・・ありがとう ミカ」

 

「・・・うん!」

 

ミカはいつものように笑った

 

その笑顔を見ていると胸の奥が少しだけ軽くなった気がした

もちろんそれですべてが帳消しになるわけではない

 

私がしたこともミカがしたこともなかったことにはならない

 

それでも、もう一度こうして向き合うことができた

それだけで今は十分だった

 

「・・・改めて謝らせてほしい」

「ミカ。本当にすまなかった。」

 

「うん、私もごめんね。」

「セイアちゃん、あの時は本当にひどいことをしたと思ってる」

 

「・・・ああ」

 

「だからもうこれでおしまい!、はいっ!」

 

ミカはぱんっと両手を叩いた

 

「せっかくのお茶会なんだから楽しくお話ししようよ!」

 

「・・・ミカさん」

 

「えへへ だって紅茶もお菓子も冷めちゃうもんね!」

 

「・・・そうですね」

 

ナギサは小さく息を吐いてカップを手に取った

 

「まったく・・・セイアさんもミカさんも」

「もう少し穏便に話を進めることはできないのでしょうか」

 

「いや 私は穏便に話していたつもりなんだけどね・・・?」

 

「壁まで吹き飛ばされた方が何をおっしゃっているのですか」

 

「・・・それはミカが」

 

「セイアちゃんが悪いんだよ?」

 

「どうしてそうなるんだい!?」

 

「ふふっ」

 

ミカの笑い声がテラスに響く

 

つられて私も小さく笑ってしまった

少し前までこんなふうに三人でお茶を飲むことすら想像できなかった

けれど今はこうして同じテーブルを囲んでいる

 

・・・だからこそ

 

今度こそ隠し事をしてはいけない

そんなことを考えていた時だった

 

「・・・そういえばセイアちゃん」

 

「ん?。どうしたんだい?」

 

ミカがふと真剣な表情になった

 

「・・・あの時さ、セイアちゃんはどうして血を吐いてたの?」

 

「・・・あの時?」

 

「ほら、私がセイアちゃんを抱きかかえた時だよ」

 

ミカは少しだけ視線を落とした

 

「私に何か伝えようとしてたのに」

「急に苦しそうになって血を吐いて・・・そのあと鼻血まで出してたよね」

 

「・・・ああ」

 

「あの時は何が起きてたの?」

「私には全然わからなかったから」

 

ミカの声には心配が滲んでいた

 

「・・・セイアさん」

 

ナギサも静かにカップを置いた

 

「私も気になっていました。あれほどの状態になるなんて尋常ではありません。」

 

「・・・そうだね」

 

私はゆっくりと息を吐いた

あの日のことを思い出すと今でも身体の奥が軋むような感覚が蘇る

 

「・・・あれは単に予知夢を見続けたせいではないんだ」

 

「・・・どういうこと?」

 

私は二人に向かって静かに話し始めた

 

「私はある未来を見たんだ」

「今まで見てきたものとは違う・・・変えてはいけないと言われていた未来を」

 

あの光景は今でも目に焼きついている

 

空から巨大な塔が降りてくる

 

虚空は赤く染まり塔は何かの悲鳴のような音を響かせていた

 

塔が進むたびに世界が少しずつ削り取られていく

 

削られた世界の断片が何かの上へと重ねられていく

 

そして空から黒い光が降り注ぎキヴォトスそのものが崩壊していく

 

 

最後に残った光景の中で私とミカとナギサは動かなくなっていた

 

まるで命を失ったかのように

 

「・・・それは」

 

「キヴォトスが滅びる未来だ」

 

ミカもナギサも言葉を失っていた

 

「私はそれまでの未来とは違ってこの結末そのものを変えようとした」

「けれど私は事前に忠告を受けていたんだ」

 

脳裏にあの言葉が蘇る

 

『過程を変えるんはかまへん。せやけど結果を変えようとするな』

『特に・・・今のキヴォトスの未来をお前が変えようとするんはな。』

 

「・・・私はその忠告を無視した」

 

自分の力を過信していたわけではない

それでも私は何もしないままミカとナギサが死ぬ未来を受け入れることができなかった

 

「未来に至るまでの過程を変えることと未来の結末そのものを変えることは違うんだ」

「私はそれを理解していたはずなのに・・・」

 

私は拳を握りしめた

 

「私の力ではどうにもできないものに手を伸ばしてしまった」

「その反動で身体と魂に深刻な傷を負ったんだ」

 

「・・・セイアちゃん」

 

「君の腕の中で血を吐いたのはそのせいだよ」

 

ミカの顔が曇る

 

「じゃあ あの時にセイアちゃんが血を吐いたのは・・・」

 

「・・・固定された未来に触れた反動だ」

 

私はそこで一度言葉を切った

 

「だが、それだけではないんだ」

「あの時私は身体を乗っ取られそうになっていた」

 

「・・・え?」

 

「私が未来に干渉したことで何者かが私の身体を奪おうとしてきたんだ」

「そして私の意思に反して君に言葉を吐かせようとした」

 

ミカの表情が強張った

あの日の言葉を思い出したのだろう

ミカを責めるような言葉

ミカを追い詰めるような言葉

あれは私が本当に伝えたかった言葉ではなかった

 

「・・・私は必死に抵抗した」

「自分の身体を奪われたくなかったし」

「君に自分の意思ではない言葉をぶつけたくなかったからね」

 

「・・・だからあの時」

 

「・・・ああ」

 

私は膝の上で手を握りしめた

 

「その時に鼻血や血涙が流れたんだ」

「身体の主導権を奪われまいとして無理に抵抗したせいだよ」

 

「・・・」

 

「君の腕の中で血を吐いたことも」

「あの時の言葉も、私が単に予知夢を繰り返した疲労で起きたことではないんだ」

 

私はミカをまっすぐ見つめた

 

「・・・あの時の言葉は私の本心ではなかった」

「君を責めたかったわけじゃないんだ」

 

「・・・うん」

 

ミカは静かに頷いた

 

「わかったよ セイアちゃん」

 

その言葉に少しだけ安堵しかけたところで

 

「・・・でもさ」

 

ミカがじっと私を見る

 

「どうして相談してくれなかったの?」

 

「・・・っ」

 

「キヴォトスが滅びるかもしれないんでしょ?」

「セイアちゃんがそんなに苦しんでたんでしょ?」

「それなのにどうして一人で何とかしようとしたの?」

 

「・・・それは」

 

「思ってたよりバカだったんだね。セイアちゃん。」

 

「・・・ひどい言いようだね」

 

「ひどくありません」

 

ナギサがすかさず続けた

 

「セイアさんはおバカフォックスです。」

「大切なことを何も相談せずに一人で抱え込んで・・・その結果がこれなのですから」

 

「・・・ナギサまで」

 

「当然です 私たちの命に関わることを一人で決めようとしたのですから」

 

ナギサの声はいつもより少しだけ強かった

 

「私たちが何も知らないまま未来を迎えることになっても構わないと」

「そう考えていたのですか?」

 

「・・・そういうわけでは」

 

「ではどういうわけなのですか?」

 

言葉が詰まった

 

私は二人を守りたかった

二人を失う未来を見てしまったからこそ何とかしてそれを変えたかった

 

けれど

 

「・・・怖かったんだ」

 

ようやく出てきた言葉はそれだけだった

 

「君たちを失うのが怖かった」

「だから私は自分一人で何とかしようとしたんだ」

「相談して二人まで危険に巻き込んでしまうことが怖かった」

 

「・・・セイアちゃん」

 

「・・・けれど今思えばそれはただの言い訳だったのかもしれない」

 

私は顔を伏せた

 

「私は君たちを守りたいと言いながら君たちが自分で考えて選ぶ機会を奪ってしまった」

「君たちを信じていなかったのは・・・私自身だったのかもしれない」

 

しばらく誰も口を開かなかった

やがてミカがそっと私の肩に手を置いた

 

「・・・セイアちゃん」

 

「・・・何だい?」

 

「私たちってさ、そんなに頼りない?」

 

「・・・いや」

 

「じゃあ今度からはちゃんと相談してよね」

 

ミカはいつもの調子で笑った

 

「私だってナギちゃんだって、セイアちゃんの力になりたいんだから」

 

「・・・そうですね」

 

ナギサも小さく頷いた

 

「私たち三人の未来なのでしょう?」

「それなら私たち三人で考えるべきです」

 

「・・・二人とも」

 

「もちろん未来を変える方法を考えるのであれば相応の準備は必要ですが・・・」

「少なくともセイアさんが一人で苦しむ必要はありません」

 

「・・・ああ」

 

胸の奥にあった重苦しいものが少しずつほどけていく

 

私はずっと未来を変えることばかり考えていた

けれど未来というものは私一人で背負うものではなかったのかもしれない

 

「・・・約束するよ」

 

私は二人を見つめた

 

「もう一人で抱え込んだりはしない。」

「何かあれば必ず君たちに相談する。」

 

「うん! 約束だよ!」

 

「・・・破ったら今度こそ本当に許しませんからね。」

 

「・・・肝に銘じておくよ」

 

ナギサの言葉に苦笑しながら私は頷いた

 

・・・ああ

 

まだ未来は決まっていない

 

だからこそこれからも

 

君たちと一緒に考えていこう

 

君たちと一緒に選んでいこう

 

そしていつか

 

三人で笑いながらその未来を迎えられるように

今度こそ私は一人で歩こうとは思わない

 

・・・この二人と一緒に歩いていくのだから

 




【今日の姫ちゃん】
朝、窓から差し込む淡い光が部屋の中を少しずつ満たしていく
私はゆっくりと目を開けた

知らない天井ではない
ここで目を覚ますのも何度目になるだろう
最初の頃は目が覚めるたびに周囲を確かめていた

ここはどこなのか
誰かに見つかっていないか
今すぐ逃げなければならないのではないか
そんなことばかり考えていた気がする

でも最近は少し違う

目を覚ましても銃声が聞こえない
怒鳴り声も聞こえない
誰かが廊下を走り回っている気配もない
窓の向こうでは風が吹いている
カーテンがふわりと揺れて朝の光が床に落ちていた

・・・平和だなぁ

そんなことを考えながら私は布団から起き上がった

まだ少し眠い
けれどもう一度寝るほどでもない

時計を確認するといつもより少し早い時間だった
みんなが起きてくるまでにはまだ余裕がありそうだ

ならば、少し外に出てみよう
私は寝間着の上から軽く羽織りを着て部屋を出た

廊下は静かだった

家の中には私以外にも何人かいるはずだけれどまだ誰も起きてきていないようだ

足音を立てないように歩いて玄関へ向かう

靴を履いて扉を開けると乾いた朝の空気が頬を撫でた
目の前に広がるのはアビドス自治区の住宅街
かつては誰かが暮らしていたはずの家々が並んでいる

けれど今はそのほとんどが空き家になっている

窓の割れた家
砂に埋もれかけた道路
錆びた看板
誰も使っていない郵便受け

人の暮らしがあった痕跡だけがあちらこちらに残されていた
それでも朝日が差し込めば景色は案外綺麗に見える

遠くの建物の輪郭が光に縁取られている
風に舞った砂がきらきらと輝いていた

私は一度だけ空を見上げた
今日もいい天気になりそうだ

そんなことを思いながら玄関から少し離れたところまで歩いていく

その時だった

ゴォッ!!

何かが道路の向こうを凄まじい勢いで通り過ぎていった

・・・ん?

一瞬だけ視線を向ける
見えたのはロードバイクだった
自転車・・・間違いなく自転車だったと思う

ただし普通の自転車が出していい速度だったかどうかは分からない
少なくとも私の目には人影が一瞬で横切ったようにしか見えなかった
風圧で道端の砂が舞い上がり少し遅れて車輪の音が聞こえてくる

カラカラカラカラッ!

そして音もすぐに遠ざかっていった

私はその方向をしばらく眺めていた

すごく速かった
それはもう本当に速かった

でも、まあ、この辺りならそういうこともあるのかもしれない

少なくとも今の私には追いかけて確かめる理由もなかった

私は特に気にすることなく歩き始めた
おそらくおじさん関係だろう

あの人が何をしていても今さら驚くことはない

・・・たぶん

そうして私は家の横を抜けて裏庭へと向かった
裏庭はそれほど広くない
けれど家の裏手にちょっとした土のスペースがありそこには花壇らしきものが残されていた

誰が作ったものなのかは分からない
木枠は少し傷んでいるし中の土も乾いている
それでも雑草が何本か顔を出していて完全に死んでしまった場所というわけでもなさそうだった

私はしゃがみ込んで花壇を覗き込んだ

さて、何を植えようか

せっかく花壇があるのだから何か育ててみたい

綺麗な花でもいい

野菜でもいい

毎朝水をあげて少しずつ大きくなる様子を眺める
そういう暮らしも悪くないと思う

アリウスにいた頃はそんなことをゆっくり考える余裕もなかった
・・・そういえば

アリウスにはタンポポが咲いていた
それも少しどころではない

アリウス自治区の一部区画では地面を覆い尽くす勢いで繁殖していてあと少しで一面の花畑になりそうな場所まである

最初はアズサが世話をしていた
おじさんから贈られた大切なお花だったから

私も一緒にお世話をするようになって
水をあげたり周りの雑草を抜いたり花が増えるたびに喜んだりしていた

・・・うん、あの頃は楽しかったなぁ

アズサがトリニティに転入する頃にはもう今みたいなことになっていた気がする

・・・・・・あれ?

もしかして

私がお世話をしすぎたのかな?

いや、でもお花は元気に育っていたし

たくさん咲いたら綺麗だと思ったし

・・・うん

悪いことはしていないはず

たぶん

私は目の前の花壇へ視線を落とした

ここにもタンポポを植えてみようかな
アリウスで育っていたタンポポをおじさんに持ってきてもらえばここでも綺麗な花が咲くと思う

この花壇が黄色い花でいっぱいになったらきっと素敵だろうな

・・・でも

少しだけにしておこう
アリウスと同じくらい増えてしまったら大変だからね

私は指先で土を軽くほぐしながらそんなことを考えていた
他にも何か植えてみようかな

トマトとか

キュウリとか

あとは何が育てやすいのだろう
おじさんなら知っているかもしれない

・・・知っているよね?

何でもできそうな人だし
私は花壇の土にそっと指を差し込んだ

表面は乾いていたけれど少し掘るとまだ湿り気が残っていた

土を軽くほぐしてみる
指先に伝わる感触は思ったより柔らかい
これなら少し手入れをすれば何か育てられそうだ

まずは雑草を抜いて土を整えて

それから何かを植える場所を決めて
水をやる道具も必要になるだろうか
考え始めると案外やることが多そうだった

でも急ぐ必要はない
ここで暮らしていく時間はこれからもあるのだから

・・・そうだといいな

私は花壇を見つめながら小さく笑った
少し前までは明日が来ることさえ当然だとは思えなかった
それなのに今は明日何を植えようかなんてことを考えている

不思議なものだ

しばらくそうして土をいじっていると家の中から微かな物音が聞こえてきた

とん

・・・あ、誰か起きたみたい

廊下を歩くような音がする

まだ眠そうな足取りだった

誰だろう

ヒヨリかな?
それともミサキかもしれない

どちらにしても私がいないことに気づけば探しに来るかもしれない
心配させるのも申し訳ないしそろそろ戻ろう

私は手についた土を軽く払って立ち上がった
花壇をもう一度振り返る
ここが花でいっぱいになったらきっと綺麗だろう

野菜が育てばみんなで食べることだってできる
そんな未来を少しだけ想像してから私は玄関へと向かった

その時

遠くから乾いた音が聞こえてきた

ダンッ! ダンダンッ!!

・・・銃声だ

しかも一発や二発という数ではない
少し間を置いてからまた連続した銃声が響く

ダダダダダダダッ!!

どうやらアビドス高校がある方向らしい
距離はあるけれど音はよく聞こえた

さらに何かが爆発するような音まで混ざっている

・・・ああ、今日もやっているんだ

私は足を止めて音のする方角をちらりと眺めた
青空は変わらず綺麗だった

朝の風も気持ちいい

裏庭の花壇にはこれから植えるものの候補がいくつも浮かんでいる
家の中では誰かが起きて朝の準備を始めている
そして遠くの学校では銃撃戦が起きているらしい

・・・・・・うん、平和だね

私はそう呟いて玄関の扉を開けた

家の中に入ると廊下の向こうからミサキの声が聞こえた

「アツコ・・・外にいるの?」

やっぱり起きてきたようだ
私は靴を脱ぎながらそちらへ顔を向けた

「うん、ちょっと裏庭を見ていたの」

「・・・裏庭?」

「花壇があったから何か植えたいなって」

そう答えるとミサキは少し不思議そうな反応をした

・・・そうだよね

朝起きてすぐに花壇のことを考えるのは変かもしれない
でも私にとっては大事なことだった

「タンポポを植えたいなって思ってるんだ」

「・・・タンポポ?」

「うん。前にアリウスで育っていたものをおじさんに持ってきてもらおうかなって」

そう言うと私はもう一度窓の外を見た
遠くからまた銃声が聞こえてくる

パンパンパンッ!!

・・・まだ続いている

私は小さく首を傾げた

「それとね。家庭菜園もやってみたいんだ」

「・・・・・・そう」

ミサキは窓の外から聞こえてくる音には特に反応しなかった
この地域ではこれが普通なのだろう

私も少しずつ慣れてきた

アリウスとは違う場所

アリウスとは違う暮らし

ここでは銃声が聞こえても誰かがすぐに私を連れ戻しに来ることはない

少なくとも今のところは

「朝ごはんの前に手を洗ってくるね」

私はそう言って洗面所へ向かった

今日は何をしよう
花壇の土をもう少し整えてもいいしおじさんにタンポポのことを相談してもいい

野菜の種を探してみるのも楽しそうだ
これからのことを考えるだけで胸が少し弾む

窓の外ではまだ銃声が鳴っている

ダダダダダダダッ!!

その音を聞きながら私はもう一度思った

・・・うん

アビドスは平和だね・・・











今日の姫ちゃん常設化!

と言う事で、
取り敢えず、アンラが皆をセーフハウスに案内してから、
そのセーフハウスで一週間弱程、生活を送ってからのお話です。

ちなみに、ミサキもヒヨリも、
タンポポがたった2年弱で、一部地域を飲み込んで、
植生を全滅させて一部区画をタンポポで汚染する位に大繁殖するのが【普通】だと思ってます。

ちなみに、このタンポポは、アンラが実験的に品種改良した
ちょっとした魔物みたいなタンポポです・・・

ブルアカのお話で唐突に出て来る【魔物】っていう世界線が壊れるワード。

実際にこのタンポポの特性は、
月一回開花して綿毛を飛ばします。
そして越冬します。

乾燥地帯だとうと、何だろうと無視して生えてきます。
地下茎がクッソ太くてゴボウみたいなサイズで更に頑強で地下10mくらいまで根茎を伸ばし、
根が少しでも残ってたら爆速で再生します。

ちなみに綿毛の種から発芽するまでの最速は3日です。






うし!
そしてセイアの話をしましょうか。
とりま、ナギサには既にベッドの上で馬乗りになって殺されそうになった後、
一応許されてたので、
今度はミカに告白するお話でした。

今のミカはエデン条約4章のお話でかなり成長しているので、
セイアの話も、思う所はかなりあるけど、
それでもそれを飲み込んで、それはそれ、これはこれ。として考えられる子に成長しました。

まぁそれでも、腹パンはぶち込みましたが。
これはまぁケジメなんで。

ちなみにこの時のミカは神秘が使えてないので、
素の力での腹パンです。

やっぱゴリラですね。

まぁ、それでも、これからも仲良く三人で学園生活を送ってくれる事でしょう。
未来はまだ決まってませんから。

たとえ誰かが未来を固定しようとしていたとしても、
そこに至る過程も、選択も、まだ残されている
そして、例えその未来が来たとしても真正面からぶち破ればいいんですよ。


ちなみに、ミカの奉仕活動の草むしりに関しては、セイアも手伝いをするようになります。
トリカスの虐めは加速するかもしれませんが、そこは先生がなんとかしてくれるでしょうね。

それかアンラが凄むか。



ちなみに、このエデン条約4章のテーマは罪と責任です。
なので、全体通して結構話が重い!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。