おっさんキヴォトスに行く 作:無い頭のおっさん
先生とティーパーティー
「・・・つまる所。エデン条約というのは、【憎しみ合うのはもうやめよう】という約束。」
「トリニティとゲヘナの間で、長きにわたって存在して来た、確執にも近い敵対関係。
そこに終止符を打たんとするもの。」
「互いが互いを信じられないがゆえに、久遠に集積していくしかなかった憎悪を解消する為、
それに代わって新たに信頼を築き始めようとするプロセス。」
「より簡単に言おうか、つまりはゲヘナとトリニティの平和条約だ。」
「ただ、連邦生徒会長の失踪を切っ掛けに、この条約は何の意味も持たなくなってしまった。」
「【エデン】・・・それは太古の経典に出てくる楽園の名。
そこにどんな意味を込めていたのかわからないけれど、
まぁ連邦生徒会長のいつもの悪趣味だろうね。」
「先生、キヴォトスの、【七つの古則】はご存じかい?」
「その五つ目は、正に【楽園】に関する質問だったね。」
「楽園に辿り着きし者の真実を、証明する事は出来るのか」
「他の古則もまたそうであるように、少々理解に困る言葉の羅列だ。」
「ただ、一つの解釈としては、これを
【楽園の存在証明に対するパラドックス】であるとみる事が出来る。」
「もし楽園という物が存在するのならば、そこに辿り着いたものは、
至上の満足と喜びを抱くが故に、永遠に楽園の外に出る事は無い。」
「もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような
【本当の楽園】ではなかったと言う事だ。」
「であるならば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測される事は無い。
存在を捕捉されうるはずがない。」
「存在しない者の真実を証明する事は出来るのか?・・・いや彼なら出来そうではあるが・・・」
「まぁつまる所・・・この五つ目の古則は、
初めから証明する事が出来ない事に関する【不可解な問い】なのだよ。」
「しかしここで同時に、思う事がある。証明できない真実は無価値だろうか?
この冷笑にも近い文章を通じて、何か真に問いたい事があるのではないのだろうか?」
「エデン・・・経典に出てくる楽園。何処にも存在せず、探す事も能わぬ場所。」
「夢想家達が描く、甘い甘い、虚像。」
「どうだい?そう聞いてみると、この【エデン条約】そのものが、
まさしくそんな物のように思えてこないかい?」
「・・・先生。もしかしたらこれから始まる話は、
君の様な者には適さない、似つかわしく無い話かもしれない。」
「不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような・・・」
「相手を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実を疑うような・・・」
「悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような・・・
それでいて、ただただ後味だけが苦い・・・そんな話だ。」
「しかし同時に、紛れもない真実の話でもある。」
「どうか背を向けず、目を背けず・・・最後のその時まで、しっかり見ていて欲しい。」
「それが、先生・・・【この先】を選んだ、君の義務だ。」
「"大丈夫だよセイア。私は今度こそ―――"」
【トリニティ行き電車内】
トリニティに向かう電車の中で私は目を覚ました
規則正しい揺れ 窓の外を流れていく景色
どうやら少し眠っていたらしい
ここ数日まともな睡眠が取れていなかったせいか、気付けば意識を手放していたようだった
「"・・・今回は覚えてる・・・"」
夢の内容を反芻する
聞き慣れた声
聞き慣れた言葉
そして―― エデン条約
私は知っている
これから何が起きるのかを
補習授業部
トリニティ内部の対立
積み重なる疑念 そして、
何度も見てきた
何度も失敗してきた
だからこそ
今はまだ落ち着いていられる
知っている未来は恐ろしくない
本当に恐ろしいのは 知識から外れた未来だ
「それにしても・・・アンラさん、なんだか約束を破る回数多くないですか・・・?」
小さく呟く
脳裏に浮かぶのは出発前のやり取りだった
【おー悪い先生!トリニティやとおっさん出禁くらっててな!】
【前にゴリラにゴリラって言ったらキレられて車投げられたからいけねーや!】
思わずため息が漏れる
本来ならば、今日ここにアンラさんもいる予定だった
それがまさかの出禁
しかも理由が理由である
(本当に何をやったんですか・・・)
そんな事を考えている内に、車窓の向こうに巨大な建造物群が見え始めた
尖塔
白亜の建築
色鮮やかなステンドグラス
トリニティ総合学園
私が何度も訪れた場所
そして、これから始まる物語の舞台だった
【トリニティ総合学園・テラス】
電車を降り、案内に従って学園内を進む
そして到着してすぐに、私はティーパーティー専用のテラスへと通された
(・・・相変わらずだ。)
周囲を軽く見渡す
美しく整備された庭園
行き届いた管理
優雅な空気
そして同時に
(出来るだけ他を見せたくないんだろうな。)
ナギサの性格を知っているからこそ分かる
補習授業部の件
エデン条約の件
トリニティ内部の問題
今の彼女は余裕が無い
だからこそ
余計な物を見せるつもりも無いのだろう
そんな事を考えていると
一人の少女が立ち上がった
「こんにちは、先生。こうしてお会いするのは初めまして、ですね。」
「ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します。」
優雅な所作
完璧な笑顔
だが
(・・・少し痩せたかな。)
ほんの僅か
以前の記憶より疲労の色が濃い
それだけで今の状況がどれだけ切迫しているか分かってしまう
「そしてこちらは、同じティーパーティーのメンバー、聖園ミカさんです。」
そう言って紹介された少女が満面の笑みで手を振る
聖園ミカ
何度も見てきた顔
何度も出会った少女
「"初めまして、シャーレの先生だよ。"」
「へー、これが噂の先生かー。あんまり私達と変わらない感じなんだね?」
人懐っこい笑顔
警戒心の欠片も無い声音
でも私は知っている
今のミカがどれだけ思い詰めているのか
そしてこの先に何が待っているのか
どれほど間違うのか
どれほど傷付くのか
どれほど後悔するのか
どれほど自分を責め続けるのか
私は知っている
何度も見てきた
何度も
だからこそ
今こうして笑っている彼女を見ると
胸の奥が少しだけ痛んだ
("・・・まだ、何も始まっていない。")
「"そうだね、私もついこの前まで学生だったから。今は22歳だよ。"」
「なるほどー、ふーん・・・うん!私は結構いいと思う!!ナギちゃん的にはどう?」
「・・・ミカさん、初対面でそういった話はあまり礼儀がなっていませんよ。」
「愛が溢れるのは結構ですが、時と場所は選びましょうね。」
「うぅっ、それはまぁ確かに・・・」
「先生、ごめんね?まぁとりあえず、これからよろしくって事で!」
「"あはは、大丈夫私は気にしてないよ?。こちらこそ、よろしくね、ミカ。"」
「ふふっ」
「・・・トリニティの外の方が、このティーパーティーの場に招待されたのは、
私の記憶では先生が初めてです。」
ナギサは紅茶を口に運びながら静かに告げた
「普段は、トリニティの一般の生徒達も簡単には招待されない席でして・・・」
「あー、何それ!ナギちゃんちょっと嫌らしい!恩着せがましい感じー!」
「・・・失礼しました、先生。そういった意図は無かったのですが・・・」
ナギサは軽く咳払いを一つ
だがその目は少しだけ細くなっていた
ミカはまるで気にした様子も無い
("相変わらずだなぁ・・・")
二人を見ながらそう思う
何度も見てきた光景
何度も聞いてきた会話
ナギサがいて
ミカがいて
本来なら
(・・・セイアもここにいるはずだった。)
胸の奥に小さな痛みが走る
この時点でセイアは既に襲撃され
今もミネのセーフハウスで眠っている
少なくとも
私の知る歴史では
「・・・では、あらためて。」
ナギサがティーカップを置いた
先ほどまでの雑談めいた空気が僅かに引き締まる
「こうして先生をご招待したのは、少々お願いしたい事がありまして。」
「”お願い?”」
「おおっ、ナギちゃんいきなりだね!?」
ミカの抗議が始まる
いつも通りだった
「もうちょっとこう、アイスブレイクとか要らないの?」
「天気が良いですねとか、昨日は何を食べたのですかとか!」
ナギサのこめかみがぴくりと動く
("あぁ・・・")
この時期のナギサは本当に余裕が無い
エデン条約
トリニティ内部の派閥調整
トリニティ内の裏切者の捜索
セイアへの襲撃
自身への襲撃の恐怖心
そして、親友のミカへの襲撃の可能性
全部一人で抱えている
だから
「そんな綺麗な目で睨んでも、
これはティーパーティーとしての在り方の問題なんだからダメー!」
こういうミカの自由奔放さが
今のナギサには少しだけ
重い
「・・・」
ナギサの笑顔が微妙に固まる
("怒ってるなぁ・・・")
正確には
("かなり怒ってる。")
ナギサの説明が続く
トリニティの歴史
ティーパーティーの成り立ち
三派閥の統合
だが、ミカは止まらない
そして
私は気付く、ナギサの表情筋が
段々限界に近付いている事に
「ナギちゃんが本当に無視した・・・」
「今度ナギちゃんがお茶と間違って昆布買ってきたの言いふらすもん・・・」
沈黙
一秒
二秒
三秒
そして
「ああもう!!!五月蠅いですね!?」
("あ、キレた。")
これは知識通りだった
何故か少し安心する
「今、私が説明をしているんですよ!?」
「それなのにさっきからずっと!」
「横でぶつぶつぶつと・・・!」
「ロールケーキをぶち込みますよっ!?」
「ひぃっ!?」
ミカの顔から血の気が引いた
だが、時既に遅し
ナギサは立ち上がると、そのままミカへと飛び掛かる
「ちょっ、ナギちゃん待っ――」
「待ちません!」
「落ち着こう!?」
「私の説明を邪魔するお口にはコレです!!」
「先生助け――」
数秒後
「モガッモゴゴゴゴッ!?」
テラスの床にはミカ
その上にはナギサ
そしてナギサの手にはロールケーキ
どう見ても生徒会長同士の光景ではない
("・・・何を見せられてるんだろう。")
私は静かに紅茶を飲む
止めた方が良いのだろうか
いや、ナギサの目が本気だ
("あれは今止めたら巻き込まれそうだなぁ・・・")
経験則がそう告げていた
「んーっ!んんーーっ!!」
「大人しくしてください。」
「んんんーーっ!!」
「ミカさん、貴方は少し静かになるべきです。」
「んぐっ!?」
ロールケーキが更に追加された
("増えた・・・。")
流石に少し同情する
だが、正直ここまで来るとミカも悪い
そんな事を考えながらロールケーキを一口食べる
甘い、しっとりしている
そして
("・・・あれ?")
妙な違和感
食べた事がある
どこかでそれも頻繁に
("どこだったかな・・・")
思い出そうとして
ふと
事務所で来客相手にロールケーキを配って回る、
砂色のローブ姿のおっさんが頭に浮かんだ
("・・・あ。")
もう一口食べる
間違いない
同じ味だ
「"・・・アンラさん?"」
思わず呟く
「モガッ!? モゴゴゴゴッ!!」
「じっとしていてください。暴れると余計に入れますよ!」
「ふぐっ!?」
目の前では、ティーパーティーの一角を担う生徒会長が、
もう一人の生徒会長を地面に押さえつけていた
しかも凶器は何処からか取り出したロールケーキである
完全にカオスだった
誰も私の呟きには気付かない
("・・・何で同じなんだろう。")
少しだけ引っ掛かりを覚えながら
私は紅茶を口に運んだ
数秒後
「ふぅ・・・。」
どこか満足げな吐息を漏らしながら、ナギサが立ち上がる
その足元ではミカが転がっていた
口にはしっかりロールケーキが収まっている
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
思わず視線が合った
「"・・・お疲れ様?"」
「モグモグ・・・。」
何故か先にミカが視線を逸らした
少しして飲み込む
「・・・ひどい。」
「自業自得です。」
即答だった
「だってナギちゃん、いきなり口に突っ込むことないじゃん・・・。」
「私は何度も警告しました。」
「でも普通やらないよ!?」
「普通なら私が説明している最中に横で延々と独り言を喋り続けたりしません。」
「ぐぅ・・・。」
ぐうの音は出るらしい
ミカが小さく唸る
その様子に、つい笑みが漏れた
本当に仲が良い
今の光景が少しだけ眩しかった
(”・・・変えられるかな。")
ふと、そんな考えが頭をよぎる
三百回以上
何度も繰り返した問い
そして未だに答えの出ていない問い
(今度こそ・・・。)
そこまで考えた所で
「先生?」
ナギサの声に意識を引き戻される
「・・・あら、失礼しました。」
「"ううん。少し考え事をしてただけ。"」
「そうですか。」
ナギサは小さく頷いた
だがその目は鋭い
ほんの一瞬だけ
私を観察するような視線を向けていた
ティーパーティーのホスト
優雅で上品な少女
その仮面の下で、誰よりも多くを疑い、誰よりも多くを背負っている少女
私は知っている
彼女が補習授業部を作った本当の理由も
シャーレの権限を利用しようとしていることも
そして 彼女自身が、その行為に後ろめたさを抱いていることも
だが今はまだ何も言わない
言えば壊れる
早すぎる真実は、時として毒になる
「・・・そろそろ本題に入りましょうか。」
ナギサは姿勢を正した
先程までの騒ぎなど無かったかのように
完璧な笑顔を浮かべながら
「私たちが先生にお願いしたいのは、簡単なことです。」
「簡単だけど重要なことだよ。」
口の端にクリームを付けたままミカが頷く
説得力はあまり無かった
「はい、そうですね。」
ナギサは気付いているのかいないのか、そのまま続ける
「・・・補習授業部の顧問になっていただけませんか?」
私は静かに目を閉じた
("始まった・・・")
百回以上繰り返した
「"補習授業部?"」
「はい。つまり、落第の危機に陥っている生徒達を救っていただきたいのです。」
「【部】という形ではありますが、今回は顧問というより
【担任の先生】と言った方が良いかもしれませんね。」
「トリニティ総合学園は、昔からキヴォトスにおいて【文武両道】を掲げる、
歴史と
("んんん?!なんか聞こえ・・・え?")
「それなのにあろう事か、よりにもとってこの
成績の振るわない方がなんと4名もいらっしゃいまして・・・」
("う、うーん・・・今回のナギサいつも違う・・・")
目の前のナギサは疲れている
いや、疲れているというより
どこか擦り切れている
言葉の端々に棘がある
本来の彼女なら
もう少し上品に隠したはずだ 少なくとも、『伝統』の前に、『クソみたいな』
なんて単語が聞こえることはない
("・・・聞き間違いだよね?")
そう思う・・・思いたい・・・
だが、その後も
『クソ忙しい』
『面倒事』
『困ったタイミング』
妙に本音が漏れている
隣を見るとミカも少しだけ引いていた
("ミカも聞こえてるんだ・・・。")
つまり
("聞き間違いじゃないかぁ・・・")
「・・・私たちとしてはちょっと困ったタイミングでっていうか・・・」
ミカがナギサに少し怯えながらも説明してくれる
「【エデン条約】の件で、今はバタバタしててね。」
「あの子達の件も何とか解決しないといけないんだけど、人手も時間も足りなくって・・・」
「その時に丁度見つけたの!新聞に載ってた【シャーレ】の活躍っぷりを!」
ミカがぱっと表情を明るくする
さっきまでナギサに怯えていたとは思えない立ち直りの速さだった
「猫探し、街の掃除、宅配便の配達まで、八面六臂の大活躍!」
「この【シャーレ】になら、きっと面倒事を全部任せられそうだなって!」
「"もう濁さず面倒事ってぶっちゃけちゃったね・・・"」
「・・・ミカさん。たとえ本当の事でも【面倒事】なんて言ってはいけませんよ。」
「「"え?"」」
一瞬、私とミカの声が綺麗に重なった
「いや、ナギちゃんそこは否定しようよ!?」
「"そうだよね!?"」
「何故です?」
ナギサは本気で分からないという顔をした
「面倒事ではありますが、助けを必要としている生徒達でもあります。」
「両立する話でしょう?」
「それはそうなんだけどさぁ・・・」
ミカがなんとも言えない顔になる
私も同じ気持ちだった
("いや、間違ってはないんだけど・・・。")
("なんだろう・・・")
("今回のナギサ、妙に・・・")
今まで何度も見てきたナギサなら もっとこう、オブラートに包む
言葉を選ぶ 少なくとも、【面倒事】という表現を真正面から肯定したりはしない
("本当に疲れてるんだなぁ・・・")
エデン条約
補習授業部
セイアの襲撃
トリニティ内部の不穏な動き
私が知っているだけでも問題は山積みだった
知らない問題まで含めれば
今のナギサが抱えている重圧は想像以上なのかもしれない
「・・・ま、まぁ!」
ミカが無理やり話題を切り替える
「それに、先生なんでしょ?」
「今は皆BDで学習する時代だし、学校の職員とか教授とかならまだしも、
【先生】って概念は珍しいんだよね。」
「先の道を生きると書いて【先生】。」
「つまり導いてくれる役割って事だよね?」
「尊敬の対象、あるいは生きる指針として皆に手を差し伸べ、導く・・・」
「【補習授業部】の顧問として、これはぴったりだなって思って!」
「ふふふ。」
ナギサが紅茶を口元へ運ぶ
「噂では、【尊敬】という言葉が合うかどうかについては意見が割れているようですが。」
「特に―――」
そこで一度言葉が切れた
「
―――ぞくり
空気が変わった
ナギサは基本的に温厚だ
疑り深いが、感情を露骨に出すタイプではない
だが今
彼女の目には
ほんの一瞬だけ
明確な殺意にも似た感情が宿っていた
("・・・・・・。")
("あれ?")
("ちょっと待って。")
頭の中で何かが繋がる
【ロールケーキ】
【アビドスのティーパーティー】
【出禁】
【ゴリラ】
【前にゴリラにゴリラって言ったらキレられて車投げられたからいけねーや!】
(・・・・・・。)
(・・・・・・。)
(・・・・・・え?)
私はゆっくりナギサを見る
優雅、上品
そして今
めちゃくちゃ
("もしかして・・・。")
("アンラさんが言ってたゴリラって・・・。")
("ミカじゃなくて・・・。")
ナギサを見る
ナギサがこちらを見る
私は視線を逸らした
("いやいやいやいや!")
("流石に違うよね?")
("違う・・・よね?")
だが
車を投げそうかと言われると
さっきミカを力で押さえつけていたナギサなら投げそうな気もした
「あー・・・あはは・・・そ、そうだね。」
ミカの笑顔が少し引き攣る
「報告書によって全然違うって言うか・・・」
「まぁ、これは先生の名誉の為にも何も言わないでおくね。」
「・・・」
ナギサが紅茶を飲む
優雅な仕草だった
少なくとも外見上は
だが先生の脳内は全く優雅ではない
("いや待って。")
("待って待って待って。")
("本当に?")
("アンラさんが言ってたゴリラってナギサだったの?")
脳裏に浮かぶのは、トリニティに来る前のやり取り
【おっさんトリニティ出禁なんよ】
【ゴリラにゴリラって言ったら車飛んできた】
("あの時はミカだと思ってたんだけど・・・")
ミカを見る、確かに強い
だが車を投げるイメージはあまり無い
ナギサを見る
優雅、上品、礼儀正しい
そして数分前
ミカを地面に押し倒してロールケーキを口に詰め込んでいた
("・・・うん。")
("無いとは言い切れない。")
むしろ
("結構ありそう。")
思わず遠い目になる
するとナギサが不意にこちらを見た
「先生?」
「"えっ?あっ、何でもないよ?"」
「そうですか。」
にこり
笑顔だった
完璧な笑顔だった
だが何故か背筋が寒くなる
("今、考えてた事バレてないよね・・・?")
そんな不安が頭をよぎった
「兎に角!」
空気を切り替えるようにミカが声を上げた
「今はちょっと忙しい事もあって、ぜひ先生にこの子達を引き受けて欲しいの!」
「もう少し説明しますと・・・」
ナギサも何事も無かったかのように話を戻す
「この【補習授業部】は常設されているものではなく、
特殊な事態に応じて創設し、救済が必要な生徒達を加入させるものです。」
私は黙って聞く、知っている内容だ
補習授業部
救済組織
そして――
少なくともナギサはそういう意図も持っている
もちろん彼女自身、それを良い事だとは思っていない
だが
そうでもしなければ守れないものがある
ナギサはそう信じている
「少々特殊な形ではありますが、急ぎという事もあり、
シャーレの超法規的な権限をお借りしつつ・・・といった形で、ですね。」
「色々とややこしいですが、本質はあくまで――」
ナギサは一度言葉を区切る
「【成績の振るわない生徒達を救済する事】にあります。」
その言葉に、私は少しだけ目を伏せた
("救済・・・ね。")
ナギサは本気だ
彼女は彼女なりに
ただ、その方法が、どうしようもなく過激なだけで
そして、その結果がどうなるのかも
私は知っている
補習授業部の四人
阿慈谷ヒフミ
白洲アズサ
下江コハル
浦和ハナコ
彼女達がこれから何に巻き込まれていくのか
その中心に誰がいるのか
その果てに誰が泣くのか
全部、全部知っている
だからこそ、今のナギサの言葉を私は簡単には肯定出来なかった
「いかがでしょう、先生?」
ナギサが静かに問い掛ける
「助けが必要な生徒達に手を差し伸べて頂けませんか?」
その言葉に私は一瞬だけ目を閉じた
助けが必要、それは事実だ
だが、本当に助けが必要なのは
果たして補習授業部だけなのだろうか
(・・・ナギサ、ミカ・・・)
目の前の彼女達を見る
ナギサは疲れている
誰にも見せないようにしているが
知っている私には分かる
眠れていない
疑い続けている
怯え続けている
親友を守ろうとしている
トリニティを守ろうとしている
そして、その全てを一人で抱え込もうとしている
ミカも表面上は明るく取り繕っているが、
自身が犯した罪でもうどうしようもなくなって、進むしかなくなっている・・・
(本当はあなた達も助けを求めていたんだよね。)
何度も見てきた
何度も
何度も
だけど、今それを口にする訳にはいかない
だから私は、いつもの答えを返す
「"私に出来る事であれば喜んで。"」
ナギサの肩が僅かに緩む
本当に僅かに、注意して見なければ分からないくらいに
「"先生は
「やったー!」
真っ先に反応したのはミカだった
ぱっと顔を輝かせる
まるで自分の事のように
「ありがと、先生!」
「"ふふっ。"」
思わず笑ってしまう
本当に変わらない
何度世界を繰り返しても
この子はこういう所だけは変わらない
だからこそ胸が痛かった
「・・・」
一方で、ナギサは黙ってこちらを見ていた
その目だけが、少し鋭い
(・・・やっぱり。)
気付いてる
私の言葉の意味をナギサは理解している
生徒皆の味方
つまり
補習授業部だけではない
ティーパーティーも
正義実現委員会も
トリニティも
ゲヘナも
全員だ、場合によっては ナギサの敵にすら手を差し伸べる
そういう意味になる
だから彼女は少しだけ警戒した
「・・・なるほど。」
ナギサは微笑む
いつもの完璧な笑顔で
「先生らしい回答ですね。」
「ありがとうございます。では、こちらを。」
そう言ってナギサは私に生徒名簿を渡してくる
「こちらの方々が対象です。」
私は渡された生徒名簿を確認する
("うん、変わってない。いつもの四人だ。")
「つまりトリニティのやっか―――」
「その表現は直接的過ぎますよ、ミカさん。こう言いましょうか、
トリニティにおける【愛が必要な生徒達】。」
("直接的って言ってる時点で認めてる・・・")
「まぁ呼び方は何でもいいけどねー」
「詳しい内容については又追ってご連絡いたします。
他に気になる点は御座いませんか?」
「"エデン条約・・・って何か聞いても良い?"」
「「・・・」」
二人の表情がなんとも言えない物に変わる
「うんー・・・それはなんて言えばいいのかなぁ・・・」
「その説明には中々時間がかかってしまいますので、また後日お話しますね。
一応、それなりに内部機密という事もありますし・・・」
「それに、補習授業部の件とはそれほど関係のない事ですから・・・」
「"後、セ・・・ティーパーティーのもう一人の生徒会長は?"」
この質問で二人の表情が明らかに曇った
「・・・」
「それは・・・」
「セイアちゃんは今、トリニティにいないの。入院中で・・・」
「本来であれば、今のホストはそのセイアさんだったのですが・・・
そういった事情で不在の為、ホストを務めている所です。」
「元々ティーパーティーのホストは順番でやるものだからね。」
「"そっか、早く良くなると良いね。・・・今聞きたいのはこれぐらいかな?"」
("・・・変わっていない。")
("なら、まだ大丈夫だ。")
「承知しました、また何かあれば聞いてください。」
「では準備が整い次第、先生にはトリニティ総合学園に
派遣という形で来ていただく事に出来ればと。」
「先生のご協力に感謝します、これで一安心です。」
「じゃっ、またね先生。また会えるのかどうかわからないけどっ!」
「そうですね。特に今は忙しい時期ですし、
ティーパーティーの生徒会長がこうして又直ぐに集まれるとも限りませんから。」
「ふふっ、やっぱり忙しいんだ?
ま、でも先生のおかげでナギちゃんの顔も見られたし、良かったよかった!」
「はい、私もですよ。ミカさん。」
「ふふっ」
「では、これからよろしくお願いいたしますね、先生。
私もティーパーティーのホストとして、先生をエスコート致しますので。」
「"うん、よろしくね。"」
ナギ上様ァー!
セイアがバックレたせいで各学校からの問い合わせ永久地獄でSAN値が削れてる!
ちなみにこの頃セイアは、
「ふぅ・・・私も一仕事終わったと思うのだが、」
「おぅ、お疲れ。次はそこの書類も頼むわ。」
「君が先生の夢に干渉しろというから休憩時間に見てきたのだが?」
「おぅ、だから
「・・・」
別の書類地獄に収監されていました。
まぁ合間に紅茶のんでほっこりしながら、
たまに屋上で寝転がって日向ぼっこしてるんでプラスマイナスでいうと
全部バレた時にミカとナギサから報復は覚悟した方が良いぞ腕白フォックス。
あ、ちなみにセイアは最上階に事務所を構えてるアルとはもう面識があります。
ティーパーティーとしてではなく、一般トリニティ生がアルバイトに来たという事になっています。
カヨコがくっそ怪しんでいたので、トリニティからの間諜だからあえて懐に入れているとアンラが
ちなみにエデン条約編は全編通して先生視点で書かれます!
【アンラ】は一回くらいしか出てきません!すいません!