おっさんキヴォトスに行く   作:無い頭のおっさん

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ばにばにばに・・・
仕事が始まる前の土日で書ききったよ・・・
ばにばにばに・・・


先生と真夜中の大騒ぎ

【トリニティ自治区・繁華街】

 

 

本来ならば補習合宿所で大人しく勉強をしているはずの時間

それなのに今、私達は堂々と繁華街を歩いていた

 

通りにはまだ多くの人影があり、昼間とは違う種類の賑わいが街を満たしている

 

学生達の笑い声

どこかの店から流れてくる音楽

 

甘い匂いと香辛料の匂いが入り混じった夜風

そんな光景を前にして――

 

 

「うふふ・・・♡」

 

ハナコが上機嫌そうに微笑んでいた

 

「あはは・・・き、来ちゃいましたね。」

 

ヒフミも苦笑しながら周囲を見回す

 

少し不安そうで

それでいて、どこか楽しそうだった

 

「どうですか?もう既に楽しくないですか?」

 

ハナコが両手を胸の前で組む

 

「禁じられた行為をしているというこの背徳感、

そして同時に皆で一緒にしているからこその安心感、この二つが合わさって・・・!」

 

「・・・なるほど」

 

アズサが周囲を見回した

 

「深夜の街はこんな感じなのか・・・」

 

少しだけ視線を上げる

忙しなく行き交う人々

 

「思ったより活気がある。」

 

「そうなんですよ」

 

ヒフミが頷いた

 

「24時間営業の店も多いですし。」

 

「あれはスイーツショップ?」

 

アズサが指差す

 

「24時間開いてる所があるのか・・・」

 

少し進んだ先

ガラス越しに見えるショーケースへ視線が向く

 

「あ、喫茶店も開いてる。」

 

「ここからもう少し行くと、モモフレンズのグッズショップもあるんですよ。」

 

ヒフミの説明は止まらない

 

「その向かいには限定グッズだけを取り扱う隠れたお店もありまして・・・」

「あそこはですね――」

 

「ふふっ」

 

ハナコがくすりと笑う

 

「流石はヒフミちゃん、詳しいですね。」

 

「あ、あははは・・・」

 

ヒフミは照れ臭そうに頭を掻いた

だがその表情はどこか誇らしげだった

モモフレンズ関連の話題になると、本当に活き活きしている

 

「"ヒフミは夜のトリニティの観光ガイドが出来そうだね。"」

 

「えっ!?」

 

ヒフミが慌てる

 

「そ、そんな事ないですよ!?」

 

「"いや、かなり詳しいと思うなぁ。"」

 

「うぅ・・・」

 

耳まで赤くなっていた

 

「"むしろ先生も知らないお店ばっかりだよ。"」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「"うん。"」

 

「・・・えへへ。」

 

少し嬉しそうだった

そんな和やかな空気の中

 

一人だけ終始落ち着かない人物が居た

 

「うぅ・・・」

 

コハルだった

 

「結局乗っちゃったけど」

 

きょろきょろ

 

きょろきょろ

 

何度も周囲を確認している

 

「こんな所、万が一ハスミ先輩に見られたりしたら・・・」

「すっごい怒られそう・・・」

 

「あら、そうなのですか?」

 

ハナコが首を傾げる

 

「ハスミさんは後輩達に優しい方だと聞いていましたが・・・?」

 

「も、もちろん優しいわよ!」

 

「それに文武両道、さいしょくけんぴ・・・?で、品もあって」

「すっごい先輩なんだから!」

 

("そのすっごい先輩が今、お菓子みたいな名前になってたなぁ・・・")

 

私は心の中でだけ呟く

流石に突っ込まない、突っ込んだら多分怒られる

 

「で、でも」

 

コハルの勢いが急に萎む

 

「怒る時はほんとに怖くて・・・」

 

その声に

ふと以前の話を思い出した

 

「"そう言えば、あの本を返しに行った時に、

ハスミが本気で怒ると凄かったって言ってたね。"」

 

「う、うん」

 

コハルが遠い目をした

 

「あれは本当に凄かったの・・・」

 

その瞬間

彼女の脳裏に蘇ったのだろう

 

その日の光景が

 

【絶対に、絶対に許しません!!】

 

【万魔殿!!ゲヘナっ!!】

 

【どうして!!どうしてあそこまでぇぇぇっ!!】

 

――ガシャーン!!

 

――バキィン!!

 

――ドゴォッ!!

 

「って感じで色々壊しながら怒ってた・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

全員が少し想像してしまった

 

「あら・・・」

 

ハナコが引きつった笑顔を浮かべる

 

「それは激しいですね・・・」

 

「一体何が?」

 

コハルは少し言い辛そうに口を開いた

 

「エデン条約の件で・・・」

「ゲヘナの首脳部と会議した時なんだけど・・・」

 

「どうもゲヘナの議長から。」

 

少し間

 

「デカ女って言われたらしくて・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

夜風が吹いた

 

("あー・・・うん。")

 

私はそっと視線を逸らした

 

誰も何も言わない

言えない

 

「その後。」

 

コハルが続ける

 

「ハスミ先輩、ダイエットするって言い出したの。」

 

「それで、その宣言以来、ハスミ先輩あんまりご飯も食べないから心配で・・・」

 

コハルが少し俯いた

 

普段は憧れの先輩の話になると勢いが止まらない彼女だが、

この話題だけは本気で心配しているらしい

 

「そんな事があったのですね・・・」

 

ハナコが頬に手を当てる

 

「ゲヘナの方に怒るのも分かります。」

 

「無理もありません・・・」

 

「"うーん・・・。"」

 

私も少し考える

確かにハスミは真面目だ

真面目過ぎる

 

だからこそ変な方向にスイッチが入る事もある

 

("ちゃんと食べてると良いんだけど・・・")

 

そんな事を考えていると

 

「でも!」

 

コハルが顔を上げた

 

「ハスミ先輩は色んな意味で強いから大丈夫!」

 

「自分との約束を守るのも凄いし!」

「きっと最後までやり遂げるはずだから!」

 

その表情は心配そうでありながらも、

どこか誇らしげだった

 

憧れの先輩を信じているのだろう

 

「・・・そうか。」

 

アズサが小さく頷く

 

「信頼しているんだな。」

 

「と、当然でしょ!」

 

コハルが胸を張る

 

「ハスミ先輩だもの!」

 

「ふふっ。」

 

ヒフミが思わず笑う

 

その時

アズサが足を止めた

 

「あ、ここにもスイーツ屋が」

 

ガラス張りの店

ショーケースには色鮮やかなケーキやパフェの模型が並んでいた

 

店内の照明は暖かく

窓越しに見える景色だけでも居心地が良さそうだった

 

「あら、本当ですね。」

 

「なんだか食べ物の話をしていたらお腹が減ってきましたし。」

 

ハナコが微笑む

 

「ここで何か食べましょうか?」

 

「賛成。」

 

アズサが即答した

普段ならもう少し考える

 

だが今回は早かった

かなり早かった

 

「・・・アズサちゃん?」

 

ヒフミが少し笑う

 

「もしかして結構お腹空いてます?」

 

「・・・否定はしない。」

 

珍しく素直だった

 

「ふふっ。」

「そういえばここの限定パフェ、凄く美味しいんですよ。」

 

ヒフミが店を指差す

 

「24時間営業しているとは知りませんでした。」

 

「パフェか・・・」

 

アズサの視線がショーケースへ向く

 

「うん。」

 

「悪くない。行こう。」

 

その返事はやたら早かった

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

補習授業部全員がアズサを見る

 

「な、何?」

 

「いえ。」

 

ハナコが微笑む。

 

「可愛いなと思いまして♡」

 

「・・・?」

 

意味が分からないと言いたげな顔だった

そんな三人の後ろで

 

「え、えっ・・・!?」

 

コハルだけが別の意味で焦っていた

 

「うぅっ・・・。」

 

「だ、誰も見てないよね・・・?」

 

右を見る

左を見る

後ろも見る

 

完全に不審者だった

 

「"大丈夫だと思うよ?"」

 

「先生は甘いの!」

「こういう時ほど見つかるんだから!」

 

「"そういうものかな・・・?"」

 

「そういうものなの!」

 

妙な説得力があった

 

結局

 

コハルは最後まできょろきょろしながら店内へ入る事になった

 

 

 

 

【トリニティ自治区・喫茶店】

 

店内へ入った瞬間

甘い香りが鼻をくすぐった

 

焼き菓子

チョコレート

クリーム

 

深夜にも関わらず店内にはそれなりの客がおり、

静かな談笑が聞こえてくる

 

「あはは・・・。」

 

ヒフミが少し照れ臭そうに笑った

 

「真夜中にスイーツ屋さんだなんて。」

 

「緊張もありますが、何だか凄くワクワクしますね。」

 

「確かに。」

 

アズサも周囲を見回す

 

アリウスで育った彼女にとって、

こういう場所は新鮮なのだろう

 

そうして話していると

 

「いらっしゃいませ。」

 

店員が近付いてくる

 

「五名様でしょうか?」

「ご注文をどうぞ。」

 

「えっと・・・。」

 

ヒフミがメニューを見る

 

そして

 

「あ、限定パフェってまだありますか?」

 

そう尋ねた

店員は少し申し訳なさそうな顔になる

 

「ああ・・・申し訳ございません。」

 

「限定パフェは丁度先程。」

 

「別のお客様が三つ購入されたのが最後でして・・・」

 

「あ・・・。」

 

ヒフミが固まる

 

「そうでしたか・・・。」

 

肩が少し落ちた

 

「一歩遅かったか。」

 

アズサも残念そうに呟く

 

「こんな時間まで狙われているとは侮れないな。」

 

「人気商品なんですね。」

 

「ですねぇ・・・。」

 

そんなやり取りをしていると

奥の席から不意に声が掛かった

 

「・・・あら?」

 

聞き覚えのある声だった

 

「せ、先生・・・?」

 

「・・・?」

 

私達は同時に振り返る

 

そして

全員の動きが止まった

 

数秒前まで話題の中心だった人物が

そこにいた

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

コハルの顔から血の気が引いていく

先程まで元気だったのに

 

今は完全に固まっていた

 

そこに居たのは

正義実現委員会の羽川ハスミ

 

「"ハスミ・・・!?"」

 

「は、ハスミ先輩!?」

 

店内にコハルの悲鳴が響いた

 

「あら、それが限定パフェですか?」

「何やら沢山・・・」

 

私達の視線が自然とテーブルへ向く

 

そこには

 

限定パフェ

 

限定パフェ

 

限定パフェ

 

綺麗に三つ並んでいた

 

しかも

 

既に半分近く消滅している

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

沈黙

 

「・・・。」

 

ハスミも固まる

スプーンを持ったまま

固まる

 

「・・・。」

 

コハルも固まる

完全に現行犯だった

 

「先生、それに補習授業部の皆さん・・・。」

 

「あ、あぁあぁぁぁぁ・・・!」

 

コハルが絶望した声を上げた

 

「終わったぁ・・・。」

 

 

 

「ハスミさん、奇遇ですね♡」

 

ハナコがいつもの柔らかい笑みを浮かべる

 

だが

 

何となく目だけが笑っていない気がした

 

「あら、真夜中にパフェを三個も・・・」

 

「確か、ダイエット中だと伺いましたが?」

 

「こ、これはですね、その・・・」

 

ハスミの目が泳ぐ

 

珍しい光景だった

正義実現委員会の幹部

 

文武両道

 

冷静沈着

 

そんな彼女が

 

今は限定パフェ三つの前で追い詰められている

 

「はい。」

 

ハナコは優しく頷いた

 

「心中お察し致します。」

 

「真夜中に襲って来た悪しき欲望に導かれて、ここまで来てしまったのですよね?」

 

「え・・・!?」

 

「い、いえその・・・」

 

「そうして欲望のまま滅茶苦茶にしてしまった後。」

 

「理性を取り戻した頃にはもう取り返しがつかない程に乱れて・・・」

 

「"まぁうん。"」

 

私は苦笑いする

 

「"夜起きてるとお腹空くもんね。"」

 

「せ、先生・・・。」

 

ハスミが少し救われたような顔をした

 

だが

すぐに咳払いをする

 

「こほん。」

 

「その・・・自分の事を棚上げするようですが。」

 

「補習授業部の皆さんは、そもそも合宿中の外出が禁じられていたはずでは・・・?」

 

その瞬間

コハルの肩が跳ねた

 

びくっ

 

実に分かりやすかった

 

「あ・・・」

 

「う・・・」

 

「あぅ・・・」

 

声まで小さくなる

 

「・・・。」

 

ハスミは少しだけ視線を逸らした

 

そして

小さくため息を吐く

 

「ここはお互いに。」

 

「見なかった事にするとしましょうか。」

 

「"あはは・・・そうしてくれると私も嬉しいかな・・・"」

 

「は、ハスミ先輩・・・!」

 

コハルの目が潤む

今にも泣きそうだった

 

「コハル。」

 

「は、はいっ!」

 

背筋が伸びる

ほぼ反射だった

 

「お勉強は頑張っていますか?」

 

「あ、えっと、それは・・・」

 

「"コハルは補習授業部の中で一番急成長したもんね。"」

 

私がそう言うと

ヒフミもすぐに頷く

 

「は、はい!」

 

「コハルちゃん凄く頑張ってます!」

 

「このまま行けば全然合格できるくらいに!」

 

「なるほど。」

 

ハスミの表情が少し柔らかくなった

 

「そうでしたか。」

 

コハルは何か言おうとして

言葉に詰まった

 

「うぅ・・・。」

 

「その・・・。」

 

「それは何よりです。」

 

ハスミが微笑む

 

「言ったではありませんか。」

 

「コハルはやれば出来ると。」

 

その言葉を聞いた瞬間、コハルの顔が赤くなる

 

「・・・えへへ。」

「ハスミ先輩の期待を裏切りたくないですから。」

 

普段の強がりは何処かへ消えて、年相応の少女の顔だった

 

「はい。」

 

ハスミが静かに頷く

 

「引き続き応援していますよ。」

 

「早く正義実現委員会に戻って来て、一緒に任務を遂行出来る日を心待ちにしていますから。」

 

「はい!」

 

「頑張ります・・・!」

 

満面の笑み

今日一番の笑顔だった

 

「"うんうん・・・。"」

 

私は思わず頷く

 

「"良い話だなぁ・・・"」

 

そんな風に二人を見ていると

 

【ヴヴヴヴヴ・・・】

 

不意に

テーブルの上でスマホが震えた

 

「・・・?」

 

ハスミが画面を見る

 

「こんな時間に・・・。」

 

表示された名前を見て、少しだけ眉が動いた

 

「イチカ・・・?」

 

そのまま通話に出る

 

「はい。」

「どうかしましたか?」

 

『ハスミ先輩、ちょっと問題が発生しちゃいまして。今どちらに?』

 

その一言で

ハスミの表情が変わる

 

仕事の顔だった

 

「問題・・・?」

「詳しく聞かせて頂けますか?」

 

『どうやら学園近郊にゲヘナと推測される生徒達が無断で侵入。』

『更に無差別に銃撃を行いつつ、トリニティの施設を襲撃しているとの情報が。』

 

「襲撃・・・!?」

 

ハスミが立ち上がる

椅子が音を立てた

 

「ゲヘナの風紀委員会ですか!?」

 

「それとも万魔殿がついに本性を!?」

 

「誰であれエデン条約を邪魔しようとする意図に違いありません!」

 

「規模は何個中隊ですか!?」

 

「場所は!?」

 

「その施設は何処ですか!?」

 

「落ち着いて欲しいっす先輩。」

「とりあえず風紀委員会じゃないっす。」

「兵力も全然少なくて、現在確認されてるのは四名だけっすね。」

 

「・・・四名?」

 

ハスミが眉をひそめる

 

その横で

私は嫌な予感しかしなかった

 

("・・・・四名?")

("嫌な予感しかしない。")

 

「それで襲撃されたのは・・・。」

 

「アクアリウムみたいっすね。」

 

("あっ。")

 

嫌な予感が少し強くなる

 

「あ、アクアリウム・・・?」

「どうしてそんな所を・・・?」

 

「さぁ?」

「何だか展示中だった希少種の【ゴールドマグロ】を強奪して逃走中らしくて。」

 

("あっ。")

 

「あ、追加情報来たっす。」

 

「正体はゲヘナのテロリスト集団。【美食研究会】らしいっすね。」

 

("ハルナ達だーーーーー!!!")

 

確信した

百パーセントだ

 

間違いない

あまりにも分かりやすい

 

「"はぁ・・・。"」

 

思わず頭を抱える

 

「先生?」

 

「"ううん、何でもないよ。"」

 

「そうですか?」

 

「"うん。"」

 

全然何でもなくはなかった

 

 

「ところで先輩。今どちらです?」

「早く命令貰わないと、このままだとツルギ先輩が射出・・・飛び出しちゃいそうなんすけど。」

 

「つ、ツルギは止めてください!」

 

「私は今その・・・。」

 

ハスミが一瞬言葉に詰まる

真夜中にパフェを食べていました

 

とは流石に言えない

 

「私用で少々外に・・・。」

 

「いや無理っすよ。」

「ハスミ先輩以外じゃそうそう止められな――」

 

少し間

 

そして

 

向こう側が急に騒がしくなった

 

「あっ。ツルギ先輩!?」

「行かないでください!」

「後そっちはドアじゃなくて壁――」

 

全員が固まる

 

一秒

 

二秒

 

そして

 

【ドゴォォォォォンッ!!】

 

店の窓ガラスが微かに震えた気がした

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

誰も何も言わない

言えない

 

「あー・・・。」

「取り敢えずあたしらも出撃しますね。」

「追いかけないと。」

 

通話が切れた

 

沈黙

 

「・・・。」

 

ハスミがゆっくり立ち上がる

 

そして

こちらを見た

 

「・・・みなさん。」

 

ハスミが静かに口を開く

 

「突然の事で申し訳ありません。」

 

その表情には先程までの気まずさは無い

 

正義実現委員会幹部

任務中の顔だった

 

「皆さんの力をお借りしたいのです。」

 

その瞬間

 

【ドォォォン・・・!!】

 

遠くで爆発音が響いた

店の窓ガラスが微かに震える

アズサが即座に音の方向を見る

 

「近い。」

 

「距離は一キロ未満。」

 

「・・・市街地戦か。」

 

「えぇっ!?」

 

コハルが肩を震わせた

 

「ほ、本当に始まってるじゃない・・・!」

 

「今はエデン条約を目前に控えています。」

 

ハスミは続ける

 

「この問題が外部から【トリニティとゲヘナの衝突】と判断されれば。」

「状況が不利になる事は想像に難くありません。」

 

「ですので補習授業部と【シャーレ】が問題を解決した。」

「そういう形にしたいのです。」

 

「先生。」

 

真っ直ぐ私を見る

 

「お願い出来ますでしょうか。」

 

私は少しだけ笑った

 

「"うん。"」

「"私も同じ事を考えてた。"」

 

「"喜んで手伝うよ。"」

 

「ありがとうございます。」

 

ハスミが小さく頭を下げる

 

そして

私は補習授業部を見る

 

「"よし。"」

 

「"補習授業部、出動。"」

 

「了解した。」

 

最初に返事をしたのはアズサだった

既に戦闘モードへ切り替わっている

 

「先生の指示に従う。」

 

「えぇっ!?」

 

コハルが慌てる

 

「い、いきなり実戦なの!?」

 

「大丈夫ですよ♡」

 

ハナコが微笑む

 

「コハルちゃんもちゃんと成長してますから。」

 

「そ、それはそうだけど・・・!」

 

「それに。」

 

ヒフミも笑う

 

「先生がいますから。」

 

コハルが少しだけ落ち着く

 

「・・・うぅ。」

 

「そ、そうね。」

 

「先生いるし・・・。」

 

「そういえば。」

 

アズサが私を見る

 

「しっかり先生の指揮下で戦うのは初めてか。」

 

「遠慮はいらない。」

 

「私の事は存分に使ってくれ。」

 

「あらまぁ・・・♡」

 

ハナコが楽しそうに笑った

 

「"じゃあ。"」

 

私は立ち上がる

 

「"作戦は命大切、安全第一で行こうか。"」

 

 

数分後

 

 

【トリニティ自治区・アクアリウム付近】

 

まだ遠くからでも聞こえる

 

銃声

 

爆発音

 

サイレン

 

夜の街の喧騒に混じりながら響いていた

 

【ダダダダダダダダッ!!】

 

【バンッ!!】

 

【ドォン!!】

 

現場へ到着した瞬間

補習授業部全員が状況を確認する

 

道路脇

 

停車したトラック

 

その車体を盾にして応戦する四人の少女

そして周囲を包囲しようとしている正義実現委員会

 

「見つけました。」

 

ハスミが即座にライフルを構える

視線は既に戦場を走査していた

 

「間違いありません。」

 

「襲撃犯です。」

 

私は思わず額を押さえた

 

("聞いてたけど・・・。")

("本当にハルナ達だ・・・。")

 

「先生。」

 

アズサが聞く

 

「どうする?」

 

周囲では既に銃撃戦が続いている

 

だが

 

私はまず戦場を見る

 

全体を見る

 

誰がどこにいるか

何が危険か

その瞬間だった

 

「んんんんんーーーーーーっ!!!」

 

「・・・?」

 

「・・・?」

 

「・・・?」

 

補習授業部全員が固まった

 

トラックの荷台

 

巨大なゴールドマグロ

 

そしてその横

 

縛られた少女

 

猿轡

 

虚ろな目

 

さらに

 

暴れるマグロの尾鰭で

 

【べちん】

 

顔面を叩かれている

 

「んんんーーーーーっ!!」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「"フウカだ・・・。"」

 

ヒフミが瞬きを繰り返す

 

ハナコも固まっている

 

コハルは何か言いかけて止まった

 

アズサだけが冷静だった

 

「先生の知り合いか?」

 

「"ゲヘナ給食部の部長。"」

 

「なるほど。」

 

一拍

 

そして

 

「誘拐されたんだな。」

 

「"多分マグロの調理担当。"」

 

「んんんんんーーーーーーっ!!!」

 

フウカが全力で頷いた

 

【べちん】

 

またマグロに叩かれた

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「救助対象ですね。」

 

ハスミが即答する

 

流石だった

トリニティとゲヘナの問題はある

 

だが

 

人命が優先

そこに迷いは無い

 

「"うん。"」

 

私は頷く

 

「"車両への誤射は禁止。"」

 

「"フウカに当てないように。"」

 

「了解。」

 

アズサ即答

 

「えぇぇぇ・・・。」

 

コハルが青ざめた

 

「その条件で戦うの!?」

「相手車の陰じゃない!」

 

「だから難しい。」

 

アズサが真顔で言う

 

 

その頃

トラックの向こう側

 

「うふふ。」

 

ハルナがこちらを見た

 

「増援ですわね。」

 

「ハルナちゃん。」

 

イズミが聞く

 

「どうする?」

 

「とりあえず撃ちますわ。」

 

【バンッ!!!】

 

発砲

 

同時に

 

ハスミが叫ぶ

 

「伏せてください!!」

 

次の瞬間

 

【ガァァァンッ!!】

 

私達の後方

 

街灯の一部が抉れ飛び

火花が散る

コンクリート片が宙を舞う

 

「狙撃・・・!」

 

ハスミの目が細くなる

 

遠距離

 

高精度

 

間違いなくハルナ

 

「先生。」

 

「"うん。"」

 

「"ハスミ。"」

 

「相手の狙撃を抑えて。」

 

「承知しました。」

 

ハスミが膝を着く

 

呼吸、照準、計算

 

そして

 

引き金

 

【パンッ!!】

 

徹甲弾(ピアッシング弾)

 

一直線

 

車体を貫通

 

遮蔽物を貫通

 

【ガキィィンッ!!】

 

更にその奥へ

 

「っ・・・!」

 

ハルナが僅かに目を見開く

 

「まぁ。」

「お上手ですこと。」

 

 

 

 

「先生。」

 

アズサが低く呼び掛ける

視線は既に敵へ向いている

 

「どう動く。」

 

私は戦場を見る

 

ハルナ

 

イズミ

 

アカリ

 

ジュンコ

 

四人ともトラックを利用して防御陣形を取っている

正面から押し込むのは悪手

 

かといって時間を掛ければ正義実現委員会が到着する前に逃げられる可能性もある

 

("なら――")

 

「"ヒフミ。"」

 

「は、はい!」

 

「"視線を切れる?"」

 

ヒフミはすぐに意図を理解したらしい

 

「あっ。」

「出来ます!任せてください!」

 

そう言うと鞄を開き

慣れた手付きで何かを取り出した

 

「ペロロ様、お願い致します!!」

 

ぽすっ

 

道路の真ん中へ着地する

 

巨大な

実に巨大な

ペロロ様だった

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

美食研究会全員が固まる

 

「何ですのあれ。」

 

ハルナが真顔で聞いた

 

「知らない。」

 

ジュンコも真顔だった

 

「ぶっさいくー!」

 

イズミだけ酷かった

 

「うふふ~。」

 

アカリは笑っている

 

だが

 

全員見ている

確実に視線を奪われている

 

そして

それで十分だった

 

「今。」

 

アズサが飛び出す

地面を蹴る

 

夜の道路を一直線

銃を構えながら加速する

 

【ダダダダダダダダッ!!】

 

M4A1(Et Omnia Vanitas)から放たれる連続射撃

 

正確かつ無駄がない

 

牽制ではない

 

全て当てるつもりの射撃

 

「うわっ!?」

 

ジュンコが慌てて身を伏せる

 

アスファルトが弾け飛ぶ

街灯が砕ける

遮蔽物の角が削られる

 

アズサの射撃は異様に鋭かった

 

「前へ出てきましたわね。」

 

ハルナが銃口を向ける

 

だが

 

その瞬間

 

【バンッ!!】

 

ハスミの狙撃

 

「っ!」

 

ハルナが咄嗟に頭を引く

髪が数本宙を舞った

 

もし反応が遅れていたら

確実に当たっていた

 

「面倒ですわね・・・。」

 

完全に抑え込まれている

顔を出せばハスミ

前へ出ればアズサ

 

かなり嫌な状況だった

 

「ハルナちゃん。」

 

イズミが聞く

 

「何か凄く撃たれてるよ?」

 

「見れば分かりますわ。」

 

その横

アカリがのんびりグレネードランチャーを装填していた

 

「それなら~。」

 

カチッ

 

「少しお返ししましょうか~♪」

 

【ボンッ!!】

 

榴弾発射

放物線を描きながら飛来する

 

「"散開!!"」

 

私が叫ぶ

全員が即座に動く

 

【ドォォォン!!】

 

爆発

 

 

土煙

 

道路が揺れる

破片が飛び散る

 

だが

補習授業部は既に居ない

全員退避済み

 

「良い判断です。」

 

ハスミが呟く

そのまま次弾装填

 

「"コハル。"」

 

私は呼ぶ

 

「は、はいっ!?」

 

「"アカリを牽制。顔を出させないで。"」

 

「りょ、了解!」

 

コハルが慌てながらもライフルを構える

 

だが

引き金を引いた瞬間

その動きは変わる

 

【バンッ!!】

 

【バンッ!!】

 

【バンッ!!】

 

精密射撃

 

正確かつ速い

 

普段の慌てた様子が嘘みたいだった

 

「うわぁ!?」

 

アカリが慌てて頭を引っ込める

 

「結構上手ですねぇ!?」

 

「そ、そりゃそうよ!」

 

コハルが叫ぶ

 

「私はエリートなんだから!!」

 

「ふふ。」

 

ハスミが少し笑った

 

その声を聞いた瞬間

コハルの射撃精度が若干上がった気がした

 

そして

 

戦況は徐々に傾いていく

 

正面、アズサ

 

後方、ハスミ、コハル

 

支援、ヒフミ、ハナコ

 

更に

遠くから正義実現委員会が迫っている

 

【ダダダダダダダダ!!】

 

「くっ・・・!」

 

ジュンコが舌打ちする

 

「包囲される!」

 

「そうですわね。」

 

ハルナが状況を確認する

 

そして

 

静かに結論を出した

 

「皆さん。」

 

銃を下ろす

 

「撤退ですわ。」

 

「えぇぇぇっ!?」

 

イズミが叫ぶ。

 

「マグロまだ食べてないよ!?」

 

「このままでは包囲されます。仕方ありませんわ。」

 

「むぅ・・・。」

 

イズミは不満そうな顔をする

 

そして

荷台を見る

巨大なゴールドマグロ

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「持って帰る。」

 

「えぇ・・・。」

 

ジュンコが本気で引いた

 

「それ持って逃げるの?」

 

「せっかく取ったんだよ!?」

 

イズミは当然と言わんばかりに答える

 

「食べないと勿体ないじゃん!」

 

そう言うと

 

本当に

 

本気で

 

巨大なゴールドマグロを抱え上げた

 

「うおおおおおっ!!」

 

「持てるんですね・・・。」

 

ハナコも少し感心していた

アズサだけは冷静だった

 

「鍛えているんだろう。」

 

「"そういう問題・・・?"」

("あれ、大きさからして200kgはありそうな・・・")

 

「先生!」

 

コハルに呼ばれ意識が戦闘に戻る

 

「あいつら逃げるわよ!」

 

私は走り始めた美食研究会を見る

 

先頭

 

マグロを抱えたイズミ

 

その後ろ

 

ハルナ

 

アカリ

 

ジュンコ

 

全員がほぼ同じ方向へ動いている

 

そして、正義実現委員会の包囲網はまだ完成していない

 

今なら

まだまとまっている

 

("・・・今だ。")

 

「"コハル。"」

 

「え?」

 

「"グレネード。"」

 

一瞬コハルが固まる

 

視線が敵へ向く

 

そして

 

トラックを見る

 

「でも車が!」

 

「"大丈夫。"」

 

私は指差す

 

「"もう十分離れてる。"」

 

コハルの目が見開かれる

 

確かに

フウカのいるトラックからかなり距離が開いている

 

誤爆の危険は無い

 

「・・・了解!」

 

コハルが腰のポーチから手榴弾を引き抜く

 

安全ピン

 

解除

 

大きく振りかぶる

 

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

 

【シュッ!!】

 

放物線

夜空を切る

 

そして

 

【カン・・・コロ・・・】

 

石畳の上を転がった

 

「・・・ん?」

 

イズミが振り返る

 

足元

 

転がる小さな金属球

 

「何これ?」

 

「うわ。」

 

ジュンコも気付いた

 

「それ見覚えある」

 

アカリも見た

 

「ありますねぇ」

 

ただ一人

 

ハルナだけが即座に理解する

 

「皆さん――」

 

その声には

珍しく焦りが混じっていた

 

「伏せ――」

 

言い終わるより早く

 

【ドォォォォォォォォォンッ!!】

 

閃光

 

爆炎

 

衝撃波

 

石畳が吹き飛ぶ

街路樹が揺れる

窓ガラスが震える

 

そして

 

巨大なゴールドマグロが

宙を舞った

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

土煙がゆっくり晴れていく

誰も動かない

 

いや、動けない

そして、静寂の中で

 

【ジュゥゥゥゥゥゥ・・・】

 

何かが焼ける音が聞こえた

 

香ばしい匂いが漂う

とても美味しそうな匂いだった

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「マグロがーーーーーーっ!!!!!」

 

イズミの絶叫が夜空に響き渡った

 

爆炎で煤だらけ

髪もボサボサ

 

だが、悲しんでいる理由は自分ではない

 

マグロだった

 

「お造りで頂く予定だったのにぃぃぃぃ!!」

 

「残念ですわね。」

 

同じく煤だらけのハルナが立ち上がる

妙に優雅だった

 

「是非お造りの形で味わいたかったのですが・・・。」

 

転がっているゴールドマグロを見る

 

「焼き魚になってしまいましたわ。」

 

「そんな冷静に言う事!?」

 

ジュンコが叫ぶ

 

「焼けてるよ!?」

「完全に焼けてるよ!?」

 

アカリも周囲を見渡す

 

「うーん。」

「完全に包囲されちゃいましたねぇ☆」

 

実際その通りだった

 

爆発の間にも

正義実現委員会が接近している

 

既に退路は少ない

 

「どうしましょう?」

 

アカリが聞く

すると

ジュンコが突然何かを思い付いた

 

「・・・はっ!」

 

全員が見る

 

「バラバラに逃げたら生存率上がるんじゃない!?」

 

「なるほど。」

 

ハルナが頷いた

 

「実に合理的ですわね。」

 

「えっ、本当に採用するの!?」

 

イズミだけ驚いていた

 

「では。」

 

ハルナがスカートを整える

 

「皆さん、幸運を。」

 

そう言った次の瞬間

もう走っていた

 

「では私も~☆」

 

アカリも別方向へ走る

 

「ちょっ!?」

 

「待って!?」

 

「私まだ心の準備が――」

 

ジュンコも走る

 

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

一秒後

 

取り残される焼きマグロとイズミ

 

迫り来る正義実現委員会

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

イズミは焼きマグロを見る

 

正義実現委員会を見る

 

焼きマグロを見る

 

「持って帰れない・・・。」

 

心底悲しそうだった

 

「うわぁぁぁぁぁん!!」

 

「もう覚えてなさいよぉぉぉぉぉ!!」

 

「いつか絶対仕返ししてやるんだからぁぁぁぁぁ!!」

 

そう叫びながら

イズミの叫び声が遠ざかっていく

 

散会したハルナ達を追って

ハスミ達正義実現委員会の銃声と足音も

夜の喧騒の中へ溶けていった

 

残されたのは

香ばしい匂いを放つゴールドマグロ

 

ハチの巣になった給食部トラック

 

そして――

 

「んんんんんーーーーーーーっ!!」

 

荷台で必死に暴れているフウカだけだった

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

補習授業部全員が視線を向ける

 

フウカも全力で見返してくる

助けを求める目だった

 

かなり切実な

 

「まずはあの人を助けた方が良いんじゃないでしょうか?」

 

ハナコが苦笑する

 

「そ、そうですね・・・。」

 

ヒフミも頷いた

 

「敵は散開した。」

 

アズサが周囲を警戒する

銃口はまだ下げていない

 

「私達だけで追うのは危険。」

 

「そうね。」

 

コハルも息を整えながら言う

 

「正義実現委員会も追ってるし。」

 

私は頷いた

 

「"うん。追撃はハスミ達に任せよう。"」

「"私達はフウカの保護を優先で。"」

 

「賛成です♡」

 

「私もそれが良いと思います。」

 

「異議なし。」

 

「はぁ・・・。」

 

コハルが肩を落とした

 

「緊張したぁ・・・。」

 

「んーっ!んーっ!!」

 

「"はいはい。"」

 

私は荷台へ近付く

 

「"今外すからね。"」

 

フウカの目にうっすら涙が浮かんでいた

 

数分後

 

「はぁ・・・はぁ・・・。」

 

猿轡を外されたフウカが大きく息を吸い込む

自由になった口で何度か呼吸を整え

 

そして

真っ先に頭を下げた

 

「た、助かりました・・・。」

 

「先生、それにトリニティの皆さんも・・・。」

 

「本当にありがとうございます。」

 

深々と頭を下げる

 

疲労が滲んでいた

だが礼儀は崩れない

 

いかにもフウカらしい

 

「"大丈夫?怪我はない?"」

 

「はい。」

 

フウカが頷く

 

「私は大丈夫です。」

 

少しだけ遠い目になる

 

「慣れていますので・・・。」

 

「慣れてるんですか・・・?」

 

ヒフミが思わず聞き返した

 

「・・・ええ。」

 

フウカは即答した

 

「誠に残念ながら。」

 

その声には

諦めと実感が籠っていた

 

「・・・大変なんですね・・・」

 

ヒフミがようやく絞り出す

 

そんなやり取りをフウカとしていたら

遠くから足音が近付いてきた

 

「お疲れ様でした。」

 

ハスミだった

 

肩で息をしながらも姿勢は崩れていない

 

「先生。そして補習授業部の皆さん。」

「お陰様で事態を無事収拾する事が出来ました。」

 

その後ろには正義実現委員会の生徒達も見える

どうやら追撃も一段落したらしい

 

「あ、あはは・・・。」

 

ヒフミが苦笑する

 

「途中からはもう無我夢中でしたけど・・・。」

 

「正義実現委員会の戦術を見る事が出来て良い勉強になった。」

 

アズサが真面目に答える

 

「や、役に立てたのかどうか分かりませんが・・・!」

 

コハルも慌てて続けた

ハスミは小さく笑った

 

「そんな事はありません。」

 

「皆さんが居なければ、より大きな騒ぎになっていたでしょう。」

 

そう言うと

少しだけ表情が引き締まる

 

「ところで、美食研究会の方々はこの後どうなるのですか?」

 

ヒフミの質問だった

 

ハスミは一度考え

そして答える

 

「本来であれば正義実現委員会が処遇を決定します。」

 

「ですが・・・。」

 

その視線が私へ向く

 

「今回は時期が時期です。」

 

「エデン条約を前にしている今。」

 

「私達がゲヘナの生徒を拘束したまま動くのは、あまり望ましくありません。」

 

夜風が吹く

先程までの戦闘とは違う

 

政治の話だった

 

「ですので。今回はゲヘナの風紀委員会へ引き渡そうかと考えています。」

 

「"なるほど。"」

 

私は頷く

 

「"確かにその方が良さそうだね。"」

 

「はい。」

 

ハスミも頷いた

 

「今の時期は少しでも誤解を招く行動を避けたいのです。」

 

「もし今回の件を【トリニティがゲヘナの生徒を拘束した】」

「そういう形で誰かが騒ぎ立てれば。」

 

「不要な火種になります。」

 

ヒフミが小さく息を吐いた。

 

「大変なんですね・・・。」

 

「ええ。」

 

ハスミは苦笑する

 

「正直な所、私はこういう事はあまり得意ではありません。」

 

「ですが。」

 

「誰かが考えなければならない事ですから。」

 

その言葉は実にハスミらしかった

 

真面目で、不器用で

責任感が強い

 

「そこで。」

 

ハスミの視線が私へ向く

 

「先生。もう一つお願いがあるのですが。」

 

「"うん。何をしたら良い?"」

 

「風紀委員会への引き渡しです。」

 

ハスミは真っ直ぐに言った

 

「シャーレが生徒を引き渡す。その形を取りたいのです。」

「私達ではなく、先生が【中立組織シャーレ】として。」

 

「そうすればトリニティも。」

「そしてゲヘナも。」

「余計な政治問題を避けられます。」

 

アズサが小さく頷いた

 

「合理的だ。」

 

「ですね。」

 

ヒフミも同意する

 

「先生なら両方から信頼されていますし。」

 

「"分かった。"」

 

私は頷いた

 

「"風紀委員会の子達とは交流もあるし。"」

 

「"引き渡しは私がやるよ。"」

 

ハスミの表情が少しだけ柔らかくなる

 

「ありがとうございます。」

 

「本当に助かります。」

 

そう言うと今度は私が振り返る

そこには、救出されてからも何処か疲れ切った顔のフウカがいた

 

「"という事だから。フウカも一緒にゲヘナへ帰ろうか。"」

「"ハルナ達もそのまま引き渡す予定だし。"」

 

「"付いて来てくれる?"」

 

一瞬、フウカは固まった

 

「・・・・・・。」

 

そして

 

「はい・・・。」

 

即答だった

 

「正直、その方が助かります・・・。」

 

もの凄く疲れた顔だった

 

 

その後

正義実現委員会による簡単な現場確認が行われ

補習授業部も事情聴取を終え

 

そして

美食研究会の面々を乗せた護送車両と共に

私達はトリニティ外郭へ向かう事になった

 

一時間程後

 

【トリニティ自治区・外郭大橋】

夜もかなり更けていた

 

橋の上には街灯が等間隔に並び

その向こうにはゲヘナ自治区の灯りが見えている

 

私は護送車の傍で待機していた

補習授業部の面々も近くにいる

 

そして

 

【ピーポー ピーポー】

 

遠くからサイレンが聞こえた

 

「あ。」

 

ヒフミが振り返る

 

「来ましたね。」

 

大型救急車

ゲヘナ方面から橋を渡って来る

 

やがて

護送車の隣で停止した

 

ドアが開く

 

最初に降りて来たのは

ショートヘアーの銀髪の少女、氷室セナだった

 

そして、開口一番

 

「・・・お待たせしました。」

 

一拍

 

「死体は何処ですか?」

 

「"あはは・・・"」

 

思わず苦笑いが漏れる

 

「えっ。」

 

「し、死体・・・!?」

 

コハルが固まった

 

「いえ。」

 

セナは首を傾げる

 

「失礼しました。負傷者でしたね。」

「たまに混同してしまいます。」

 

全然フォローになっていなかった

 

「"うーん・・・相変わらずだなぁ。"」

 

私がそう呟いた瞬間

セナの視線がこちらへ向いた

 

「・・・?」

 

少しだけ

目が細くなる

 

「・・・貴女はどこかで。」

 

私が名乗ろうとした

その時だった

 

「その方はシャーレの先生よ。」

 

救急車から

もう一人の少女が姿を現した

 

夜風が吹く

 

長い白髪、小柄な身体、頭の角

 

そして

 

見る者全てに圧力を感じさせる静かな存在感

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

補習授業部の空気が変わった

 

コハルが固まり

ヒフミが息を呑む

ハナコの笑顔が少しだけ止まる

 

アズサだけが静かに観察していた

 

「風紀委員長・・・。」

 

アズサが小さく呟く

 

「え・・・?」

 

コハルが振り向く

 

「う、嘘・・・。」

 

「本物・・・?」

 

ヒフミも思わず声を漏らす

 

ゲヘナ学園風紀委員会

その頂点空崎ヒナ

 

トリニティの生徒にとっても

 

知らない者はいない名前だった

 

「"やぁ、ヒナ。"」

 

私は軽く手を振る

 

「"久しぶり。"」

 

ヒナは私を見る

 

一秒

 

二秒

 

そして

 

少しだけ

本当に少しだけ

表情が柔らかくなった

 

「・・・久しぶりね、先生。」

 

静かな声だった

けれど、その一言だけで補習授業部の面々が固まる

 

「え。」

 

「え?」

 

「えぇ?」

 

コハルが混乱する

 

「先生・・・。」

 

「風紀委員長と知り合いなの・・・?」

 

「"うん。"」

 

「"まぁ色々とね。"」

 

「ふふっ。」

 

珍しく

ヒナが小さく笑った

 

「相変わらずね。」

 

「先生。」

 

「"ヒナもね。元気そうで安心したよ。"」

 

「・・・。」

 

ヒナは少しだけ目を逸らした

 

「それは。先生も同じ。」

 

短い言葉だった

 

だが、そこには確かな信頼があった

 

「知り合いでしたか。」

 

先程の銀髪の少女――セナが口を開く

 

「うん。」

 

ヒナが頷く。

 

「まぁ、そうね。」

 

 

私は今トリニティで補習授業部の依頼を受けている事

そして今回は政治的な配慮から、緩衝材として間に入った事を説明した

 

 

「なるほど。」

 

ヒナが小さく頷く

 

「このタイミングでお互い政治的な問題にしない為に先生が・・・」

 

「確かに、問題にしたく無いのはこちらも同じ。」

 

夜風が橋の上を吹き抜けた

 

遠くにはトリニティの灯り

そして反対側にはゲヘナ自治区

 

エデン条約を目前に控えた今

小さな事件一つでさえ、思わぬ火種になりかねない

 

「だからこそ、公的には今回こうして風紀委員会では無く、

こっちの【救急医学部】が来たって事になってる。」

「私はただの付き添い。」

 

「・・・救急医学部の部長、氷室セナです。」

 

セナは一礼した

 

「以後宜しくお願い致します、先生。」

「死た・・・いえ、負傷者が居たらいつでもお呼び下さい。配送料は頂きませんので。」

 

「"あははは・・・よろしくね、セナ。"」

 

補習授業部の面々も何とも言えない顔をしていた

 

「【救急医学部】はゲヘナの中でも、特に政治的な部分に関わりが薄い立場に居る。」

 

ヒナが説明を続ける

 

「だから今回、こうしてお願いしたの。」

 

「政治ごっこは風紀委員会にお任せします。私は死体以外に興味ありませんので。」

 

セナは平然と言った

 

「【負傷者】でしょう?」

 

ヒナが即座に訂正する

 

「それに、本物の死体を見た事ないでしょうに。」

 

「はい、負傷者でした。」

 

セナも即座に修正した

 

「その事については、風紀委員長も無いでしょう?」

 

「はぁ・・・」

 

ヒナは小さく溜息を吐く

どうやらこのやり取りも日常らしい

 

「とにかく・・・」

 

話を戻すようにヒナが口を開いた

 

「美食研究会はこの中?」

「じゃあ、こっちに移してもらえる?」

 

「"うん、護送車に皆いるからこっちまで来てくれる?"」

 

そう言うと私は踵を返した

橋の上に停車している正義実現委員会の護送車

 

その後方へ向かって歩き出す

 

背後からは

補習授業部の生徒達と

ヒナ、セナの足音が続いていた

 

 

私は護送車の扉を開いた

車内では、美食研究会の面々がそれぞれ好き勝手な格好で座っている

 

「・・・ふふっ。ヒナさん、お久しぶりですわね。」

 

ハルナが優雅に微笑む

まるで護送車ではなく、高級レストランで偶然知人に出会ったかのような態度だった

 

「ハルナ、相変わらず・・・いや、詳しい話は帰ってからで。」

 

ヒナが額を押さえる

説教したい事は山ほどあるのだろう

 

だが今は優先順位が違う

 

「あら、やはり【救急医学部】の方でしたか☆」

「ちょっと私の腕の角度があり得ない方向に曲がってるのですが、診て頂けます?」

 

アカリが笑顔で手を上げた

確かに腕は本来曲がるはずのない方向へ曲がっていた

 

「うぇっ、酔った・・・吐きそう・・・」

 

ジュンコは青い顔で座席に突っ伏している

どうやら護送車の揺れが相当堪えているらしい

 

「ふぅ・・・やっとゲヘナに帰れる・・・」

 

一方でフウカは心底疲れ切った顔だった

今日一日で何度目か分からない溜息を吐いている

 

「あら、フウカ・・・今日一日見てないと思ったら、こんな所に居たの?」

 

ヒナが首を傾げる

 

「今食堂で、ジュリが・・・いや、やっぱり説明は帰りながらで。」

 

("いや、ジュリが何!?もしかして調理した?!ゲヘナ今大丈夫!?")

 

思わずゲヘナを蹂躙するパンちゃんの群れと言う嫌な想像が頭をよぎる

 

「なんだか、美食研究会がもう一人足りてない気がするけど・・・まぁ面倒だから良いわ。」

 

ヒナが人数を数えて呟いた

 

「"あ。"」

 

私も思い出した

 

イズミだ

 

多分まだどこかで走っている

まぁ正義実現委員会が捕まえているだろう

 

多分・・・

 

「色々と配慮して頂いてありがとうございます、先生。」

「今度ゲヘナにいらした際には、何か美味しい物でおもてなし致しますね。」

 

「ではまた今度~☆」

 

アカリまで手を振っている

 

「・・・うるさい、早く入って。」

 

ヒナの一言で全員が押し込まれた

 

「"あはは、気を付けて帰ってね。"」

 

護送車の扉が閉まる

金属音が夜の橋に響いた

 

その直後

救急車の方からセナがやって来る

 

「・・・積載完了しました。出発の準備も出来ています。」

 

積載、相変わらず言い方が物だった

 

「・・・少し待ってて。」

 

ヒナはそう言うと私の近くに歩いてきた

 

夜風が吹く

 

橋の上には私達以外ほとんど人影がない

遠くで赤色灯が静かに回っていた

 

「先生・・・トリニティで、何をしてるの?」

 

ヒナが静かに尋ねる

 

「"アビドスの時と同じだよ。生徒からシャーレに来た依頼をこなしている所なんだ。"」

「"それで、今はトリニティで補習授業部っていう所の担任をしているんだよ。"」

 

「それは知ってる。色々と情報は入ってきてるから・・・」

 

そこでヒナは少し言葉を止めた

 

「シャーレは中立的な組織だったはず。」

「この時期にトリニティに居るとまるで・・・」

 

エデン条約

今のキヴォトスで最も敏感な話題

 

ゲヘナとトリニティ

どちらも神経を尖らせている

 

「"ふふ、ヒナはそう思う?"」

 

「・・・やっぱり今のは無し、気にしないで。」

 

ヒナが首を振る

 

「先生がそんな事するわけが無い。」

 

その言葉には迷いが無かった

私は少しだけ笑った

 

「"ヒナ、こっちからも一つ聞きたいんだけど。"」

 

「うん?聞きたい事・・・?」

 

「"ヒナがゲヘナでエデン条約を推し進めているって本当?"」

 

「!?」

 

ヒナの表情が僅かに変わる

 

「・・・先生、それは誰から聞いたの?」

 

「"偶々、耳にしただけだよ。"」

 

「・・・今はそう言う事にしておいてあげる・・・」

 

ヒナは小さく溜息を吐いた

 

「先生の言った通り、ゲヘナ側でエデン条約を推進したのは私。」

 

「・・・色々面倒だし、そろそろ引退するのもありかなって・・・」

 

冗談のような口調

けれど、その声には少し疲れが滲んでいた

 

ゲヘナ風紀委員会

その頂点に立つ責任は軽くない

 

「"そっか、もし引退したら、シャーレに来る?"」

 

「ふふ、それも楽しそうね。」

 

珍しく、ヒナが柔らかく笑った

 

そんな事を話していると

 

「風紀委員長、まだですか?」

 

後方からセナの声が飛んできた

 

「・・・ええ、今行く。」

 

ヒナが振り返る

 

「じゃあ、お疲れ様先生。また・・・」

 

「"うん、ヒナもあんまり頑張り過ぎないようにね?"」

 

ヒナは少し黙った

 

そして

 

「・・・・・・先生、最後に。」

「補習授業部の事は先生が守るのよね・・・?」

 

その言葉に私は少しだけ目を瞬かせた

 

補習授業部

 

エデン条約

 

トリニティ

 

きっとヒナなりに情報を集めて色々考えているのだろう

 

「"うん。"」

 

「"この身に代えても、って言いたい所だけど。"」

「"多分また怒られるからやめておこうかな。"」

 

「"私に出来る全力で守るよ。"」

 

「・・・そう。」

 

ヒナが小さく頷く

 

「じゃあ、またね。」

 

そう言うとヒナは救急車へ向かって歩いていった

 

赤色灯が回る

 

エンジン音が響く

やがて救急車はゲヘナ方面へと走り去っていった

 

 

その後、私達も正義実現委員会の車両で合宿所へ送ってもらった

 

 

【合宿所・大部屋】

合宿所へ戻る頃には

流石に全員疲れ切っていた

 

時計の針はとっくに深夜を回っている

 

「何だか、怒涛の一日でしたね・・・」

 

ヒフミが苦笑する

 

「そうですね、夜のお散歩がこんなハードな事になるなんて・・・」

 

「うん、でも楽しかった。」

 

アズサが即答した

 

「・・・えへへ。」

 

コハルも妙に機嫌が良い

 

「"コハルは嬉しそうだね。"」

 

「そうですね、コハルちゃんあれからずっと嬉しそうです。」

「やはり、ハスミさんをしっかり手助けして共闘できたからですか?」

 

「そうよっ、悪い!?」

 

コハルが慌てて反論する

 

「ハスミ先輩と一緒に戦えるのなんて、初めてだったし・・・」

「私が役に立てたなんて、嬉しい・・・!えへ、えへへっ」

 

頬が完全に緩んでいた

 

「"すっごい良い笑顔・・・"」

 

「うふふ、それは何よりです♡」

 

ハナコが微笑む

 

「あとはハスミさんが願っている通り、落第を免れないといけませんね?」

 

「わ、分かってる!」

 

コハルが飛び上がる

 

「大丈夫よ、わ、私はエリートなんだから!」

 

「はい・・・私も、次からは頑張らないとです♡」

 

和やかな会話が広がる

さっきまで経験した、戦闘も、騒動も

 

今となっては少し遠い出来事のようだった

 

「あはは・・・もう遅いですし、そろそろ寝ましょうか。」

「明日の勉強に支障が出ると良くないですし・・・」

 

「では、皆さんお疲れ様でした。」

 

「"皆、お疲れ様。ゆっくり休んでね。"」

 

そう言うと私は自分の小部屋へ向かった

 

長い一日だった

 

停電から始まり、夜はハナコに脅されて外出し、

出先でハルナ達と戦う・・・今並べても本当に長い一日だった・・・

 

けれど

 

補習授業部の皆はどこか楽しそうで

それだけは少し嬉しかった

 

 




ちなみに、気付いてる方はおられるかな・・・?
先生が今回の補習授業部の合宿所に来てから、
原作ストーリー通りに進んでいるのに、まるで、初見のような反応をいくつもしている事に。

そうです。この先生エデン条約編で原作ストーリーという
成功ルートだけは一度も踏んでいません。

なので所々完全な初見殺しを食らっています。
以前で言うと、水着ハナコが部屋に入ってきた後に、
ヒフミが来て、懲戒免職コースになりかけた時や、
前回の話の時に水着パーティー中に出たゴールドマグロのお話を知らなかったり等、
もし知っていれば事前にハルナ達への対応も出来たんですがね・・・
まぁ先生が経験した失敗ルートから逸れているって事なので良い事なんですが。
先生の性格からすると、この知らない事の積み重ねは結構精神に来てるかもしれないですね。

今回のお話での【今日のセイア】は作中の日付を跨いでないのでお休みです!

その代わり、グレゴリー司祭が普段お手入れしている
庭園のお話を少ししましょうか。

あの庭園は今黄色のお花が一杯咲いています。
たんぽぽですね。
夏まっさかりともいえるこのくっそ熱い時期に
黄色い花が咲いています。

グレゴリー司祭はこのたんぽぽが火事の原因にならない様に、手入れなどをしています。

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