おっさんキヴォトスに行く 作:無い頭のおっさん
duo resistunt ei;
funiculus triplex difficile rumpitur
早朝、合宿所に戻った後
一息ついたのちに、私はすぐに端末を取り出した
("ナギサ・・・。")
何度も連絡をとるが、しかし返事は無い
『現在、通信を受け付けておりません』
無機質な音声だけが返ってくる
("・・・出ない。")
("まさか。いや、まだ決めつけるには早い。")
念のため、学校へ向かう
ティーパーティー
本館
ナギサがよく利用する場所
しかし
「申し訳ありません、ナギサ様の所在は把握しておりません。」
「今日は登校されていないようです・・・」
「失礼ですが、先生もご存じないのですか?」
誰も知らない
昼になっても
夕方になっても
結局、ナギサの足取りは掴めなかった
そして私はもう一人の人物も探していた
("グレゴリーさん。")
("貴方なら何か知っているんじゃないか。")
しかし、あの不穏な司祭の姿も合宿所の何処にも見当たらなかった
結局、その日は一日中、ナギサとグレゴリーの行方を追い続けることになった
しかし何も分からないまま
私は疲れ切った身体を引きずるようにして、合宿所へ戻っていた
【合宿所・大部屋】
部屋の空気は重かった
誰も口を開かない
普段ならコハルが文句を言い
ヒフミが困ったように笑い
ハナコが楽しそうに茶化す
そんな当たり前があったはずなのに
今日は違う
皆、あの爆発を忘れられずにいた
死が、すぐ傍まで来ていた
それを全員が知ってしまったから
私は小さく息を吐いた
「"ナギサとは連絡がやっぱりつかなかったよ。"」
「そうですか・・・」
ヒフミが俯く
「一応、第三次特別学力試験に合格出来れば退学は免れるとは思うのですが・・・」
「それも、今回の様に、過激な手段で邪魔されてしまいますと、厳しいかもしれませんね。」
ハナコが珍しく険しい顔で呟いた
「"それも含めて、ナギサと連絡を取りたかったんだけどね・・・"」
("以前も爆破された事はあった。でも今回のは違う。")
("明らかに・・・私達全員を殺す為の爆発だった。")
("ナギサ・・・本当に君が・・・?")
重い沈黙
誰も次の言葉を見つけられない
そんな空気を、耐えきれなくなったように
「そ、そもそも何なのよこれ!?」
コハルが勢いよく立ち上がった
「何で私達があんな目に遭わなきゃいけないの!?」
「何で爆破されなきゃいけないのよ!!」
「退学とか、裏切り者とか、訳分かんない!!」
「どうして私達が疑われなきゃいけないのよ!!」
「それに・・・」
そこで、コハルの声が震えた
「もし退学になったら・・・正義実現委員会には、もう・・・」
「コハルちゃん・・・」
ヒフミが心配そうに声を掛ける
「"ごめんね。私がナギサにああ言ったせいで・・・"」
「いいえ。」
ハナコが静かに首を振った
「お話を聞く限り、先生は私達の為を思って言ってくださったのでしょう?」
「でしたら、先生が謝る必要はありません。」
「むしろ感謝するべきです。」
「もし私がその場に居たら・・・」
ハナコは小さく微笑んだ
「ふふっ♡多分、あの猫ちゃんにはもっと酷い事を言っていたと思いますよ?」
「"・・・。"」
笑顔なのに、その笑顔が少しだけ怖い
("ハナコが・・・怒ってる・・・それも凄く。")
「・・・爆破された事もそうですが。」
ヒフミが静かに口を開く
「この一週間で90点以上を取れる様になんて・・・」
「そうですね・・・」
「それに、また今回の様な過激な事をナギサさんがしないように見張らねばなりませんし・・・」
ハナコが警戒した声で答える
「ぐすっ・・・」
コハルの目から涙が零れる
「無理よ・・・絶対無理・・・」
「ここまですっごい頑張ったもん・・・」
「頑張ったのに・・・これ以上なんて無理・・・」
「私、バカなのに・・・うぅ・・・」
「"コハル・・・"」
「コハルちゃん・・・」
「・・・。」
アズサは何も言わない
ただ膝の上で手を握りしめていた
その視線はどこか遠くを見ている
「と、とりあえず」
ヒフミがコハルの涙を拭いながら言う
「今日はもう休みませんか?」
「きっと方法はあると思います・・・いいえ、あるはずです。」
「私、頑張って探します。先生も手伝ってくれますし・・・!」
「"うん、任せて。それに、今回みたいな事はもうナギサにもさせないから安心して"」
「"今日はゲヘナで色々あったから、心身共に疲れてるだろうし。"」
「"ヒフミが言った通り、今日は休もう。"」
「"何かを考えるにしても何かをするにしても、明日からだね。"」
「そうですね。」
ハナコが頷く
「でも先生も、きちんと休んでくださいね?」
「先生が一番無茶をしたんですから。」
「"あ、あはは・・・そうさせてもらうよ。"」
「"ありがとう、ハナコ。"」
「では、今日はこの辺で。おやすみなさい、先生♡」
「"うん。おやすみ、皆。"」
部屋の灯りが消える
静寂
しかし
誰一人として、すぐに眠ることは出来なかった
爆発の音
熱風
死を覚悟した瞬間
そして、行方の分からないナギサ
不安だけが胸に残る
【第三次特別学力試験まで後5日】
翌日
朝
補習授業部の教室
誰も口数は少なかった
昨日の爆発
連絡の取れないナギサ
また何かされるかもしれないという不安
その全てが、重く胸にのしかかっていた
「・・・。」
コハルが問題集を前にしたまま、ため息をつく
「ねぇ・・・」
「もし、また爆弾とか仕掛けられたらどうするのよ・・・」
「・・・。」
アズサも顔を上げる
「可能性はある。連絡も取れない以上、警戒は必要だ。」
「そうですね・・・」
ヒフミも不安そうに頷く
「ナギサ様の事も心配ですし・・・」
「また、昨日みたいな事が起きるかもしれないと思うと・・・」
「勉強なんてしてる場合じゃないって思っちゃいます・・・」
重い空気
しかし
「ふふっ♡」
ハナコが小さく微笑んだ
「そうかもしれませんね。猫ちゃんがまた何かするかもしれません。」
「警戒も必要です。」
「でも♡」
「だからと言って、試験問題が優しくなってくれる訳ではありません。」
「・・・」
「もし私達が退学になったら。それこそ、猫ちゃんの思う壺です。」
「!」
「ですから。警戒はしつつ、やるべき事をやる。」
「第三次特別学力試験で九十点以上を取る。」
「今の私達に出来るのは、それだけですよ♡」
「・・・そう、ですね。」
ヒフミが参考書を抱きしめる
「ナギサ様の事も心配です。」
「また何かされるかもしれないって、不安です。」
「でも・・・だからって、勉強をやめる訳にはいきません。」
「試験まで、あと五日しかないんです。」
「・・・ああ。」
アズサが静かに頷く
「今、やるべき事は決まっている。」
「うぅ・・・」
コハルが目元を擦る
「もう・・・やればいいんでしょ、やればぁ!」
「絶対九十点取ってやるんだから!」
「"うん。ナギサの事も、昨日の爆発の事も私が調べておくよ。"」
「"だから皆は、今は試験に集中しよう。"」
「"皆が退学にならない事が、今は一番大事だからね。"」
「はい!」
「はい♡」
「了解した。」
そして
カリカリ、と
静かな教室に鉛筆の音だけが響き始めた
ヒフミは参考書を抱えたまま問題集を解き続け
コハルは赤ペンで何度も間違いを潰し
アズサは黙々とノートへ公式を書き写す
ハナコは既に解き終えた問題を眺めながら、三人の答案へ目を向けていた
「コハルちゃん、そこはこっちの公式ですよ♡」
「うぇっ!?」
「アズサちゃん、ここは途中式を書いた方が点数取れます。」
「・・・なるほど。」
「"よーし、今のプリント終わった人から次行こうかー。"」
「えぇぇぇっ!?」
「ま、まだ午前中なのに!?」
「"うん♪まだ午前中だからね。"」
「うぅ・・・鬼・・・」
「ふふっ♡」
少しだけ
ほんの少しだけ
いつもの空気が戻っていた
【第三次特別学力試験まで後4日】
朝
昼
夜
教科書
ノート
問題集
赤ペン
積み上がる答案
空になっていく栄養ドリンク
「こ、コハルちゃん・・・?」
机に突っ伏して眠ってしまったコハル
ヒフミが苦笑しながら毛布を掛けた
「こんな所で寝たら風邪ひいちゃいますよ・・・」
「んぅ・・・100点・・・」
「寝言でも勉強してる・・・」
「ふふっ♡」
「大したものですね。」
「・・・。」
アズサは小さく呟く
「休むのも戦略の内だ。」
「そうだね。」
「"今日はここまでにしようか。"」
「"皆、十分頑張ってる。"」
「"明日に響いたら元も子もないからね。"」
「うぅ・・・」
「先生ぃ・・・あと一問だけ・・・」
「一問やったら寝るから・・・」
「その台詞、一時間前にも聞きましたよ♡」
「うっ・・・」
そうして
また朝が来る
【2日目模擬試験結果】
ハナコ 100点
ヒフミ 82点
コハル 74点
アズサ 79点
まだ届かない
【第三次特別学力試験まで後3日】
朝
昼
夜
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
静かな教室
ただ鉛筆の音だけが響く
私は隣で答案を採点し続け
ハナコは三人の苦手分野をまとめたノートを作る
「ヒフミちゃん、ここは暗記ではなくて流れで覚えましょう。」
「コハルちゃん、この公式は前にも間違えましたね♡」
「アズサちゃん。」
「この問題、どうしてそう考えたんですか?」
「・・・経験則。」
「ふふっ♡嫌いじゃないですが、試験では途中式も書きましょう。」
「・・・了解した。」
窓の外
夕日が沈む
そして夜になる
また朝が来る
【3日目模擬試験結果】
ハナコ 100点
ヒフミ 93点
コハル 90点
アズサ 94点
初めて全員が90点台に乗った
【第三次特別学力試験まで後2日】
朝
昼
夜
疲労
焦り
不安
目の下に隈が出来ていく
それでも
誰も逃げなかった
「・・・眠い。」
「・・・眠いです。」
「・・・眠いわ。」
「ふふっ♡」
「私以外全滅ですね。」
「"ハナコだけ元気だね・・・"」
「若さです♡」
「同い年だ。」
「そうでした♡」
小さな笑い声
少しだけ空気が和らぐ
【4日目模擬試験結果】
ハナコ 100点
ヒフミ 89点
コハル 83点
アズサ 91点
点数が下がってしまった
コハルが涙目になり、
皆から慰められていた
【第三次特別学力試験まで後1日】
【合宿所・大部屋】
夕食を終え
お風呂も済ませ
大部屋には静かな空気が流れていた
机の上には開かれた参考書
付箋だらけの問題集
空になった栄養ドリンク
数日前まで積み上がっていたプリントの山も、今では随分低くなっている
皆、疲れていた
それでも
あと一日
その思いだけで、ここまで走り続けてきた
「・・・ついに明日ですね。」
ヒフミがぽつりと呟く
「はい・・・」
ハナコが頷く
「・・・。」
アズサは静かに窓の外を見ていた
「ま、まさかまた急に、色々と変わったりしないよね?」
コハルが不安そうに尋ねる
「はい、今の所は・・・」
ヒフミに続けるようにハナコがスマホを操作しながら答えた
「そうですね。試験範囲は以前の通りですし、合格ラインも変ららず90点以上。」
「場所もトリニティ第19分館の第32教室。本館からは少し離れてますが、」
「そこまで遠くありませんし、前回の様な爆破も難しいでしょうね。」
「開始時刻も、午前9時からで、変わっていませんね。」
「ふぅ・・・」
コハルが胸を撫で下ろす
「むしろ気になる点と言えば・・・」
「昨日から本館が不自然なくらい静かな事です。」
「人気がピタッとなくなってしまったようで。」
「・・・念のため今晩も、私の方で掲示板をずっと見ておきますね。」
「は、ハナコちゃんも寝た方が・・・」
「ふふっ、私は大丈夫です。」
「それに、私にはこれくらいしか出来ませんし・・・」
「そ、そんな事はありません!」
ヒフミが慌てて首を振る
「ハナコちゃんが凄く丁寧に勉強を教えてくれたおかげで、」
「私もアズサちゃんもコハルちゃんも、すっごく成績が上がって・・・!」
「それは、皆さんが頑張ったからですよ。」
「何日もろくに睡眠をとれなかったのに、よく頑張ったと思います。」
「"うん、あんなに頑張ったんだから、きっと大丈夫だよ。"」
私はそう言って笑う
本当に皆、よく頑張った
爆発に巻き込まれ
退学の危機に晒され
それでも逃げずにここまで来た
("・・・未来は変わった。")
("なら、私も変わらないといけない。")
("爆破の時はまだ最悪の想定が足りなかった。")
("今度こそ出来る準備は全部やる。")
("何が来ても対処出来るように。")
("二度と・・・失わないように。")
「はい、それでも、90点はギリギリですが・・・」
「明日の試験問題が簡単だったら、きっと・・・」
ヒフミが小さく笑う
「・・・っ!」
コハルが勢いよく立ち上がる
「そ、そんな都合の良い事起きるわけない!」
「私はまだまだ深夜まで勉強するから!」
「100点!100点取れれば、誰も文句なんて言えないでしょ!?」
「こ、コハルちゃん・・・気持ちは分かりますが、今日はもうゆっくり休んだ方が・・・」
「そうですよ。」
ハナコも優しく微笑む
「コハルちゃんが頑張ったのはみんなが知っているので大丈夫です。」
「今日はもう休んで、明日に備えた方が良いと思いますよ。」
「休むのも戦略の内だ。」
アズサが静かに言う
「はい。そしてそれは、アズサちゃんも同じですよ?」
「・・・うん。今日くらいはゆっくり休もうと思う。」
「いよいよ明日・・・私達の運命が決まります。」
ヒフミが小さく拳を握る
「もし・・・いや、縁起の悪い事は言わないでおこう。」
「必ず合格する。」
「わ、私も!絶対に負けないんだから!」
「そ、そうですね。泣いても笑っても後一回です。」
「頑張りましょう!」
「はい♡ここまでしっかり頑張ってきたのですから、後は最後まで最善を尽くすだけです。」
私は皆を見渡す
ヒフミ
コハル
ハナコ
アズサ
皆、よく頑張った
あんな命の危機を感じる爆発を経験して
それでも
退学しない為に
未来を掴む為に
寝る間も惜しんで勉強を続けてきた
「"皆の今までの頑張りを信じよう。きっと大丈夫。"」
「はいっ!」
「そうですね。」
「うん。」
「・・・」
アズサも小さく頷いた
でも、その横顔はどこか少しだけ寂しそうに見えた
深夜
合宿所の明かりは消え
皆、翌日の試験に備えて早めに就寝していた
静寂
聞こえるのは虫の鳴き声と、遠くで揺れる木々の音だけ
そして
ごそごそ、と
アズサがゆっくりと毛布を退けた
起こさないように
気付かれないように
寝息を立てる皆を一人ずつ見つめる
「・・・。」
ヒフミ
コハル
ハナコ
そして
小部屋でまだ起きているであろう先生
「・・・。」
小さく目を閉じ
アズサは静かに部屋を後にした
向かう先はいつもの、あの森だった
【合宿所付近の森の中】
月明かりの下
木々の隙間から差し込む淡い光が、静かな森を照らしていた
アズサが目的の場所へ辿り着くと、
そこには既に、キャップ帽を深く被り、首に黒いチョーカーを付けた少女が立っていた
「・・・アズサ、日程が変わった。」
「・・・?」
「決行は明日の午前中だ。」
「ま、待ってサオリ、明日は・・・」
「?、何か問題が?」
「ま、まだ準備が出来てない。」
「計画よりも日程を早めるのは、リスクが大きすぎる。」
「・・・すまない。」
「明日の決行、これはマダムからの決定事項だ。」
「しっかり準備をしておけ。」
「・・・。」
夜風が吹き、木々がざわめく
サオリの声だけが、静かな森の中に溶けていく
「明日になれば、全てが終わる。」
「私達アリウスと、ここトリニティに不可逆の大きな変化が起きる事になる。」
「明日、トリニティのティーパーティーのホスト、桐藤ナギサのヘイローを破壊する。」
「・・・その為にお前はここに居るんだ。」
「・・・」
アズサは静かに頷く
「お前の実力は信頼している。上手くやれ。」
「・・・わかった。準備しておく。」
「そうか。」
サオリはそれ以上何も言わない
月明かりに照らされた帽子の影で、その表情はよく見えなかった
「では私は行く。」
「明日になれば全て終わる。」
「余計な事は考えるな。」
「・・・ああ。」
「準備しておく。」
そう言うと、サオリは森の闇へ溶けるように姿を消した
一人残されたアズサ
夜風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが響く
「・・・。」
明日になれば全て終わる
サオリ達の罪も
補習授業部も
自分の居場所も
全部
「・・・。」
月を見上げる
あの日
海へ行きたいと言った
お祭りも
遊園地も
まだ知らない事もたくさんあった
皆と笑いながら勉強した時間も
くだらない話をした時間も
どれも嫌いではなかった
「・・・でも。それでいい。」
「これで全部終わる。」
そう一人呟き、
アズサが森の出口へ向かって歩き出した、その時だった
月光を背に受けて、その影が長く伸びる
背後から
静寂を切り裂くのではなく
静寂そのものが意志を持って語りかけてくるような低音が響いた
「――孤独な夜警、ご苦労なことだ。」
アズサが反射的に銃へ手を伸ばす
しかし、その動きよりも早く
男はアズサの数歩手前で足を止めていた
黒い司祭服を揺らし
金色の十字架が微かな月光を弾く
グレゴリーだった
彼はアズサの殺気など微塵も気にしていないかのように
ただ慈しむような眼差しでアズサを見つめていた
「白洲アズサ。」
「君の心に渦巻く黒い淀みは、この森の霧よりも深く、暗い。」
「今の君は、救いようのないほどに脆いな。」
「・・・グレゴリー司祭。」
「なぜ、ここにいる。」
「くっくっく。問うまでもない。」
「私はただの管理者だ。」
「館に巣食う不埒な【澱み】を払い、迷える仔羊の足元を照らすだけの・・・」
「しがない司祭に過ぎん。」
男は一歩、また一歩と距離を詰める
その一歩ごとに、重圧が増していく
「君は【虚無】を抱いている。」
「『Vanitas Vanitatum et omnia vanitas.』」
「・・・全ては虚しいもの。知っている。」
「ふむ。ならば、その先の教えも修めているか?」
グレゴリーは立ち止まり、
夜の闇に溶け込むような、一切の感情を読ませない笑みを浮かべた
「知らぬというのであれば、この道化が伝えてやろう。」
「Finem loquendi pariter omnes audiamus。」
「Deum time, et mandata eius observa:」
「hoc est enim omnis homo。」
「・・・?」
「――『神を恐れ、戒律を守れ。これはすべての人の本分である』」
「現世の全ては泡沫の如き儚いもの。」
「故にこそ、人は神という不変の価値にすがり、己の魂を律さねばならん。」
「だが君は、その【本分】を捨て、自らの手で自らの命を刈り取る選択をしようとしている。」
「・・・私には、そうする理由がある。」
「理由、か。」
「君はアリウスという血に染まった檻から友を切り離し、彼らを救いたいと願っている。」
「同時に、その手でアリウスのさらなる罪を止めたい、と。」
「・・・っ。」
「高潔だ。」
「実に美しい。」
「自分の命を天秤にかけ、ただ静かに消えることで全てを清算しようとするその思考。」
「君という人間は、救うべき対象であると同時に、あまりに脆い【殉教者】の雛形だ。」
グレゴリーはアズサを真っ直ぐ見据える
「君は、その茨の道を独りで征こうとしている。」
「それが守るための代償だと言い聞かせながら。」
「その実、死に場所を探しているだけに過ぎん。」
「・・・だが、白洲アズサ。」
「君の独り善がりな犠牲は、彼女らにとっての救いになると思うか?」
「・・・ヒフミ達は、関係ない。」
「関係はあるとも。」
「彼女らは君という迷える仔羊を、等身大の友として受け入れた。」
「それこそが、君という人間がようやく手に入れた・・・」
「ささやかな、しかし何物にも代えがたい【奇跡】ではないのか。」
グレゴリーは合宿所の方角を指す
「独りで背負う苦難は、ただの空虚だ。」
「君の隣に並び立つ者がいるのなら、それは希望という名の光にもなり得る。」
「彼らを信じてみせろ。」
「あるいは、君の背負うその重荷を、彼らに預けてみるがいい。」
「・・・何が言いたい。」
「そのまま独りで死に場所を探すか。」
「それとも、友と共に生きて明日を勝ち取るか。」
「・・・その選択は君の手に委ねられている。」
グレゴリーは完璧な所作で一礼した
「迷える仔羊よ。」
「明日の朝日をどのような眼で見つめるか・・・」
「それは君の魂が決めることだ。」
そう言い残し、黒い司祭服は森の闇に溶けていった
「・・・。」
一人残されたアズサ
静かな森
虫の声
夜風
「・・・友と共に、生きる・・・か。」
小さく息を吐く
アズサはゆっくりと合宿所へ向き直った
「・・・話そう。」
「全部。」
「今度こそ。」
【合宿所・小部屋】
皆と別れた後
私は一人、小部屋の机に向かっていた
「・・・」
机の上には試験用のプリントではなく
トリニティ本館周辺の地図
予備の通信機
救急用品
そして、数枚のメモ
("未来は変わってる。")
("私の知識はほとんど当てにならなくなった。")
("だからこそ、最悪の事態は全部想定しておく。")
私はメモを見返す
【ミカ】
【クーデター】
【トリニティ本館】
【避難経路】
【連絡手段】
【最悪の場合、単独行動】
「"・・・。"」
知っている未来から少しでもズレると、不安で仕方がなかった
だが、今は違う
("未来は簡単に変わる。")
("だったら、全部に対応出来るようにしておけばいい。")
("起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。")
("だから、準備だけはしておこう。")
それだけだった
机の隅
通信機
予備弾薬
使う事が無ければ、それが一番良い
「"・・・"」
窓の外を見る
静かな夜
虫の鳴き声
時折吹く風
("皆には頑張れって言ったけど・・・。")
("本当に頑張らなきゃいけないのは、私の方かもしれないね。")
そう苦笑しながら、再びメモへ視線を落とす
【ナギサ】
【ミカ】
【セイア】
【ミネ】
【アリウス】
【補習授業部】
一つずつ指でなぞる
誰も死なせない
誰も失わない
全部救う
そんな傲慢な事を考えてしまう自分に、小さく笑ってしまう
「"・・・相変わらず欲張りだなぁ。"」
すると
【コン、コン、コン】
扉を叩く音
ヒフミだろうか
時計を見る
もう随分遅い
「"入って良いよー。"」
扉が少しだけ開く
「こ、こんばんは、先生・・・」
「ま、まだ起きていらっしゃいましたか。」
ヒフミだった
「"ふふ、ヒフミも寝れない感じかな?"」
「は、はい・・・。」
「何だか、緊張しちゃって・・・。」
「明日で全部決まると思うと・・・。」
ヒフミは少し困ったように笑う
「"あはは、私も似たようなものだよ。"」
「"ちょっと明日の準備をしててね。"」
「先生も、ですか?」
「"うん。備えあれば憂いなし、ってやつかな。"」
「ふふっ。先生らしいです。」
ヒフミが少し安心したように笑った
その時
【コン、コン、コン】
再びノック
しかし
「ふふっ、私も来ちゃいました♡」
返事を待たず、扉が開く
「ハナコちゃん・・・」
「ヒフミちゃんも居ましたか。」
「やっぱり皆、同じ事を考えるんですね♡」
そして
開け放たれた扉の隙間から
おずおずと小さな顔が覗く
「・・・みんな何してるの?」
「コハルちゃん!?」
「明日は試験なのに、何してるのよ。」
「休むことも大事だって言ったのはそっちでしょ・・・!?」
扉の近くで腕を組みながら、コハルが頬を膨らませる
眠れなかったのか、髪も少し乱れていた
("うん、その怒りはごもっとも。")
「まぁ、そうなのですが・・・」
ハナコが苦笑しながら肩を竦めた
しかし、その笑顔の奥には疲労が僅かに見える
「なんかアズサも、またどっか行っちゃったみたいだし・・・」
コハルが部屋の中を見回す
「まぁ、緊張する気持ちは凄く分かるけど・・・」
怒っていた口調も少し弱くなる
コハル自身も、眠れなくてここへ来た一人だった
「・・・実は先程、シスターフッドの方々に少々会ってきたんです。」
そんなコハルを宥めるように微笑んでいたハナコが、静かに口を開く
先程までの柔らかい笑顔は変わらない
けれど、その声色だけが少し変わっていた
普段ののんびりとした雰囲気の奥に隠れている、底知れない聡明さ
誰かをからかっている時とも、甘える時とも違う
トリニティという学園を俯瞰して見つめる、冷静な観察者の顔だった
「色々と調べたい事があって・・・」
「明日、私達が試験を受ける予定の第19分館についてなのですが・・・」
「ま、まさかまた場所が変わって・・・!?」
ヒフミが身を乗り出す
第二次特別学力試験の時のあの爆発が脳裏を過ったのだろう
「いえ、そうではありません。」
ハナコは小さく首を横に振った
「ただそこにはこの後、かなりの数の正義実現委員が派遣されて、」
「建物全体を隔離するとの事です。」
「・・・え?」
「建物全体を・・・?」
ヒフミとコハルが顔を見合わせる
「エデン条約に必要な重要書類を保護するという名目でティーパーティーからの要請があり、」
「建物全体を正義実現委員会として守る戒厳態勢に入ったとか。」
「それから、どうやら本館の方にも戒厳令が出ているようです。」
「昨日から変に静かだったのは、このせいみたいですね。」
「か、戒厳令・・・」
ヒフミが不安そうに呟く
「そんなの聞いたの初めてです・・・」
「"そうだね・・・戦時や大災害とかくらいでしか聞かない言葉だからね・・・"」
私も思わず顔をしかめる
普段のトリニティとはあまりにもかけ離れた言葉だった
「恐らく、誰ひとりあの建物への出入りは許されません。」
「エデン条約が締結されるまで、ずっと。」
「ちょっ、ちょっと待って!」
コハルが思わず立ち上がる
「そしたら私達の試験はどうなるの!?」
「・・・つまり、こういう事です。」
ハナコは困ったように微笑んだ
「試験を受けたいのであれば、正義実現委員会を敵に回せ、と。」
「そ、そんな・・・!」
「わ、私がハスミ先輩に事情を説明して・・・!」
「・・・難しいと思います。」
ハナコが静かに首を横に振る
「ハスミさんには裏側の理由は知らされていないでしょうし。」
「仮にハスミさんが私達を助けたら、それはティーパーティーに対する明確な離反と同義。」
「ハスミさんも正義実現委員会から追放されてしまうのではないでしょうか。」
「うっ、うぅ・・・」
コハルの肩が震える
「・・・全く。前の爆破もそうですが・・・」
ハナコは小さくため息を吐いた
「ナギサさんは本気で、私達を
("・・・前の爆破と比べると・・・")
("何か優しい・・・?")
("いや、違う。")
("このやり方には悪意はある。")
("でも、殺意が無い。")
("むしろ・・・。")
("試験を受けさせない事だけが目的・・・?")
「どうして、そこまで・・・」
ヒフミが悲しそうに呟く
そして
誰も答えを出せないまま、重い沈黙だけが部屋を支配していた
その時だった
【ガチャ】
ノックも無く、扉が開く
全員の視線が一斉に向く
「・・・私のせいだ。」
扉の奥の暗闇にアズサが立っていた
("言うんだね。")
「アズサちゃん!?」
「ど、どこ行ってたんですか・・・?」
「・・・。」
アズサは皆を見渡す
何かを決意したように
そして、大きく息を吸った
「みんな・・・話したい事がある。」
アズサはそう言ったきり、言葉を続ける事が出来なかった
何度も口を開いては閉じる
呼吸も少し乱れていた
「アズサ・・・?ど、どうしたの?」
「具合悪いの?」
コハルが不安そうに近寄る
「アズサちゃん・・・?」
ヒフミも心配そうに見つめる
「"・・・。"」
私は黙って見守る
("大丈夫。ゆっくりでいい。")
("君はちゃんと、ここに帰って来たんだから。")
やがてアズサは大きく息を吸った
「・・・皆にずっと隠していた事があった。」
「でも、ここまで来たらもうこれ以上隠しておけない。」
「ティーパーティーのナギサが探している【トリニティの裏切者】は私だ。」
「・・・はい?」
「・・・え?」
「きゅ、急に何の話ですか・・・?」
「・・・。」
「私は元々アリウス分校の出身。」
「今は書類上の身分を偽って、トリニティに潜入している。」
「あ、アリウス?潜入・・・?」
コハルが混乱したように目を瞬かせる
ヒフミも息を呑んだ
「・・・。」
「・・・えっと・・・何それ?」
「アリウス・・・?」
「どういう事・・・?」
「アリウス分校・・・。」
ハナコが静かに呟く
「かつて第一回公会議で、トリニティの連合に反対した分派の学園です。」
「その後はキヴォトスのどこかに身を潜めていると聞いていましたが・・・。」
「そう。」
「私はここに来るまで、ずっとアリウス自治区に居た。」
「今もアリウスとしての任務を受けて、こうして学園に潜入している。」
アズサは一度、目を閉じた
「その任務というのは・・・桐藤ナギサのヘイローを破壊する事。」
「・・・っ!?」
ヒフミが息を呑む
「嘘でしょ!?そ、それってつまり・・・」
コハルが思わず一歩後ずさる
アズサは視線を逸らさなかった
「アリウスはティーパーティーを消す為なら、何でもしようという覚悟でいる。」
「アリウスはまず、ティーパーティーのメンバーであるミカを騙して、私をこの学園に入れた。」
「詳細は知らないけど、きっとトリニティと和解したいとか、そういう嘘をついたんだろう。」
「なるほど、ミカさんを・・・確かに彼女は政治には向いていないと言われていましたが・・・」
ハナコは顎に指を添えながら静かに考える
「おそらくはすべてが終わった後、その罪をミカさんに着せる・・・」
「そういう流れを想定しているのでしょうか。」
「ま、待って・・・急に何の話・・・?」
コハルが混乱したように周囲を見回す
「いや、嘘だとは思わないけど、別に今の私達とは関係ないじゃん・・・?」
「アリウスの事は良く分からないけど、」
「それが私達の補習授業部とどういう関係があるわけ・・・?」
「アズサはなんで急に、そんな話をしてるの・・・?」
「「・・・」」
三人の視線がアズサに集まる
アズサは小さく息を吸った
「明日の朝、アリウス分校の生徒達がナギサを狙ってトリニティに潜入する。」
「・・・私は、ナギサを守らなきゃいけない。」
私は静かにアズサを見つめた
("うん・・・。一人で抱え込むのを、やめてくれたんだね。")
「・・・」
「ま、待ってください!アズサちゃん、明日って言いましたか!?」
最初に声を上げたのはヒフミだった
「うん。」
アズサは小さく頷く
「私はそれをどうにか阻止しないと。」
「本館には戒厳令が出ている状態・・・」
「最後の試験でのナギサさんの無茶もあって、正義実現委員会は本館に居ないタイミング・・・」
ハナコは目を伏せながら呟いた
「なるほど。要人襲撃には最適な日ですね。」
「アリウスもだいぶ頭は回るようです。」
「ハナコちゃん・・・」
ヒフミが不安そうにハナコを見る
「ま、待って!おかしくない!?」
コハルが慌てて立ち上がった
「よ、よく分かんないけど、アズサはティーパーティーをやっつけに来たんでしょ!?」
「守るってどういう事よ!?」
「話が合わないじゃん!」
「それは・・・」
アズサが言葉に詰まる
すると
「・・・アズサちゃん
静かな声で、ハナコが口を開いた
「そういう事ですね?」
「っ!!」
「最初からナギサさんを守る為に、ナギサさんを襲撃する任務に参加した。」
「いわば、二重スパイ。」
「アリウス側には連絡係として、常に問題ないと嘘の報告をしながら・・・」
「本当は裏切る為の準備をしていた。」
「・・・どうして、ナギサさんを守ろうとするんですか?」
「それは、誰の命令で?」
「・・・これは誰かに命令されたわけじゃない。」
「私自身の判断だ。」
アズサはゆっくりと答える
「桐藤ナギサが居なければ、エデン条約は取り消しになってしまう。」
「あの平和条約が無ければ、この先キヴォトスの混乱はさらに深まるだろう。」
「その時また、アリウスのような学園が生まれないとは思えない・・・」
「だから平和の為に、という事ですか?」
ハナコは少しだけ寂しそうに笑った
「・・・とっても甘くて、夢の様な話ですね。」
「今回の条約の名前と同じくらい、虚しい響きです。」
「・・・」
部屋が静まり返る
「アズサちゃんは嘘つきで、裏切者だった・・・」
「トリニティでも本当の姿を隠し、アリウスでも本音を隠していた。」
「アズサちゃんの周辺には、アズサちゃんに騙された人達しか居なかった。」
「ずっと周りの全てを騙していた・・・」
「そういう事であってますか?」
「ハナコちゃん・・・」
ヒフミが不安そうに声を漏らす
「・・・いつか言った通りだ。」
アズサは小さく目を閉じた
「私は皆の事も、皆の信頼も・・・皆の心も裏切ってしまう事になる、と。」
「アズサちゃん・・・」
「だから、彼女が探している【トリニティの裏切者】は私。」
「私のせいで補習授業部は、こんな危機に陥ってる。」
「本当にごめん。」
「私の事を怨んで欲しい。」
「今のこの状況はすべて、私が齎したことだから・・・」
「"・・・アズサ、それは違うよ。"」
「・・・先生?」
アズサが驚いたようにこちらを見た
("やっぱり、自分のせいだって言うんだね。")
("でもね、アズサそれは違うんだ。")
「"今回の事件の原因はきっと、【信じられなかった事】の方なんだ。"」
「・・・」
誰も言葉を発さない
静まり返った部屋の中で、私はゆっくりと言葉を続けた
「"ナギサがもっとヒフミを、ハナコを、アズサを、ハスミとコハルを信じていたら。"」
「"ミカがもっと、自分の友達を信じて打ち明けていたら。"」
「"お互いがお互いを深く信じられていたら、こんな事にはならなかったんだよ。"」
「・・・そうですね。」
静かに頷いたのはハナコだった
「そうかもしれません。」
「今のナギサさんのように、誰も信じられなくなってしまった人を変える事は難しいです。」
「誰かを信じるという事は、元々難しいですし。」
「・・・ですが。」
そう言ってハナコは、真っ直ぐアズサを見た
「アズサちゃんは、私達にこうして本心を語ってくれました。」
「黙り続ける事も出来たはずなのに、謝ってくれました。」
「・・・ごめんなさい、先ほどは何と言いますか。」
「どうしても意地悪したくなってしまったんです。」
「アズサちゃんの真っ直ぐな顔を見ていると、何だか心が落ち着かなくなってしまって。」
「・・・。」
アズサは黙ったまま、ハナコを見つめていた
「補習授業部はちょっと変わった意味で、ある種の舞台の様に注目を浴びる存在として生まれました。」
「本来ならアズサちゃんの様な【スパイ】は。」
「こんな注目される所に長くいてはいけないはずです。」
「誰にも気づかれないように消える・・・」
「そういう手段やタイミングは今までいくらでもあったはず。」
「・・・しかしアズサちゃんは、そうしませんでした。」
「・・・」
アズサが小さく俯く
「その理由を私は知っています。」
「・・・補習授業部での時間があまりにも楽しかったから。」
「そうではありませんか?」
「・・・!」
図星を突かれたのか、一瞬アズサの表情が強張った
「皆で一緒に勉強したり、ご飯を食べたり、お洗濯をしたり、お掃除したり・・・」
「何をしても楽しい事ばかりだったから。」
「だから、この楽しい時間を壊したくなかった・・・」
「目標に向かって皆で努力する事。」
「そしてヒフミちゃんとコハルちゃんと先生と。」
「皆で知らなかったことを学んでいくことが、楽しかったから・・・」
「違いますか、アズサちゃん?」
「・・・それは・・・私は・・・」
アズサは答えに詰まる
しばらくして
「・・・いや、うん。・・・多分そうなのかもしれないな。」
「何かを学ぶという事。皆で何かをするという事・・・」
「その楽しい時間を、私は手放せなかった・・・」
「・・・まだまだ知りたい事が、たくさんある。」
「海とか、お祭りとか、遊園地とか・・・」
「行きたい所も、知りたい事もまだまだたくさんあって・・・」
「アズサちゃん・・・」
ヒフミが目を潤ませる
「・・・何だか知ったような口をきいてしまいましたが・・・分かるんです。その気持ち。」
「なにせ・・・同じ様に思った人が、いたんです。」
「・・・?」
「何故か要領が良くて、何をしても周りからおだてられてしまうようなタイプで・・・」
「・・・その人にとってトリニティは、嘘と偽りで飾り立てられた、欺瞞に満ちた空間でした。」
「誰にも本心を話す事が出来ず、誰にも本当の姿を見せる事が出来ないまま・・・」
「その人にとって、全ての事は無意味で・・・」
「学校を、辞めようとしていたんです。」
「なにせそのままの生活を続ける事は、監獄に居るのと同じでしたから。」
「・・・ですが、その人とアズサちゃんは違いました。」
ハナコは少し微笑む
「話は一瞬変わりますが・・・アズサちゃん。」
「今回の事が終わったら、この学園での生活は終わってしまうんですよね?」
「そもそも書類を偽装して入っていたわけですし。」
「アリウスの子達も最後には裏切るのだとしたら・・・」
「最終的には帰る場所も、戻る場所も無いという事ですよね?」
「あっ・・・」
ヒフミが息を呑んだ
コハルも言葉を失っている
「・・・。」
アズサだけが、悲しそうに
それでも覚悟を決めた目をしていた
「それを知っていたはずなのにアズサちゃんは・・・」
「補習授業部で、いつも一生懸命でした。」
「その人は試験をわざと台無しにして、学園から逃げようとしていたのに・・・」
「一方のアズサちゃんは、短い学園生活に全力でした。」
「どうしてそこまでするのでしょう。」
「そこに何の意味があるのでしょう・・・」
「アズサちゃんがいつも口癖のように言っていた通り。」
「【
「ですが同時に・・・」
「アズサちゃんはその後ろに、いつも言葉を付け加えていました。」
【例えすべてが虚しい事だとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。】
【それが例え虚しい事であっても、抵抗し続ける事を辞めるべきじゃない。】
「そうして・・・ようやく、その人も気づいたんです。」
「・・・学園生活の、楽しさに。」
「下着姿でプール掃除をしたり。」
「皆、水着で夜の散歩をしたり。」
「裸で色々な事を打ち明け合ったり・・・」
「うん・・・?」
アズサが首を傾げた
「いや、裸では無かったけど・・・。」
「さ、散歩も水着ではありませんでしたよ・・・!?」
慌てるヒフミ
「え、やっぱりあれ下着だったの!?」
コハルが顔を真っ赤にする
「ふふっ♡・・・アズサちゃんの言っていた通りです。」
「虚しい事だとしても、最後まで抵抗を辞めてはいけませんね。」
「ハナコ・・・」
「アズサちゃん。」
「もっと学びたいんでしょう?」
「もっと知りたいんでしょう?」
「皆で色んなことをやってみたいって、あの時話したじゃないですか。」
「海に遊びに行くとか。」
「ドリンクバーで粘って夜更かしとか。」
「それを、諦めてしまうんですか?」
「・・・何も諦める必要はありません。」
「桐藤ナギサさんを、アリウスの襲撃から守りましょう。」
「そしてその上で、私達は私達で無事に試験を受け、合格するのです。」
「あとからどんな文句も言えない様に、かけておいた罠はそのままに・・・」
「それでも試験会場に辿り着き、皆で九十点以上を取って、堂々と合格するんです。」
「それが今の私達にとって救いとなる、唯一の答えではありませんか?」
「・・・でも。」
アズサが小さく首を振る
「そんな事は物理的に不可能なはず・・・」
「試験は午前九時から。」
「アリウスの作戦開始時刻もまた、同じ時間に予定されてる。」
「ほ、他の方たちに助けを求めるとか・・・?」
不安そうにヒフミが呟いた
すると
ハナコが、いつもの微笑みを浮かべた
「・・・それもそうですが。」
「私達がしっかり試験に合格するためには、それだけでは足りません。」
「まずは、私達の方から動きましょう。」
「これまで様々な嘘や策略の中で弄ばれてきましたが・・・」
「今度は私達の方から仕掛ける番です。」
そして
その笑顔のまま
どこか楽しそうに、そう告げた
「何せ今ここには。」
「正義実現委員会のメンバーと、ゲリラ戦の達人と。」
「ティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人と。」
「トリニティのほぼ全てに精通した人が居ます。」
「・・・?」
「へ、偏愛・・・!?」
「・・・?」
「その上、ちょっとしたマスターキーのような【シャーレ】の先生までいるんですよ?」
("う、うん・・・?")
("なんか嫌な予感しかしないなぁ・・・")
「この組み合わせであれば・・・」
「きっと、トリニティくらい半日で転覆させられますよ♡」
("はは・・・ナギサがハナコを警戒していたのは、こういう所なんだろうな・・・")
「・・・はい!?」
「えっ、どういうこと!?」
「何をする気!?」
「・・・。」
アズサですら、少し引いた顔をしていた
「何をするも何も。」
「試験を受けて合格するだけです♡」
「作戦内容は一旦、私にお任せください。」
「さぁ!」
「今こそ力を合わせる時です。」
「行きましょう!!」
「"は、はは・・・手心を加えてね・・・?"」
「ふふっ♡善処します。」
「いや、全然安心出来ないんだけど!?」
「あはは・・・。」
コハルとヒフミが困ったような顔をする中
アズサだけは、まだ少し考え込んでいた
「・・・そういえば。」
「?」
「さっき、森でアリウスの仲間と会った後。」
「・・・司祭とあった。」
「司祭・・・?」
ヒフミがもしかしてといった顔になる
「グレゴリー司祭だ。」
「"・・・え?"」
私は思わず顔を上げた
("グレゴリーさん・・・?")
「"森にいたの?"」
「うん。」
「・・・私が一人になった後、急に現れた。」
「何を話したんですか?」
ハナコが静かに尋ねる
アズサは少し考えてから答える
「よく分からない。」
「相変わらず回りくどい言い方だった。」
「・・・でも。」
「【君は虚無を抱いている。】」
「【君という人間は、救うべき対象であると同時に、あまりに脆い殉教者の雛形だ。】」
「【そのまま独りで死に場所を探すか。】」
「【それとも、友と共に生きて明日を勝ち取るか。】」
「【その選択は君の手に委ねられている。】」
「そう言っていた。」
「・・・。」
部屋が静まり返る
「そ、それって・・・」
「アズサちゃんが、私達に話そうと思った理由なんですか?」
ヒフミが小さく尋ねた
「・・・きっかけにはなった。」
「でも決めたのは私だ。」
「私は。」
アズサは皆を見渡した
「皆と生きて、明日を勝ち取りたい。」
「・・・だから、ここへ戻ってきた。」
「アズサちゃん・・・」
ヒフミが目を潤ませる。
「ふふっ♡」
ハナコが小さく笑う。
「なるほど。やっぱり随分と不思議な司祭様ですね。」
「"・・・。"」
私は黙っていた
("グレゴリーさん・・・?")
("5日前に一日探しても見つからなかったのに・・・。")
("そんな所にいたんだ。")
("それに・・・。また、助けてくれたんですね。")
「ふふっ♡」
ハナコが満足そうに微笑んだ
「では、方針は決まりですね。」
「細かい作戦については移動しながら説明します。」
「まずはナギサさんの救出を最優先に。」
「そして、最後は全員揃って試験会場へ辿り着く。」
「それだけ覚えておいてください♡」
「いや、それだけって・・・」
コハルが頭を抱える
「なんか凄く嫌な予感しかしないんだけど・・・」
「大丈夫ですよ、コハルちゃん♡」
「全部上手くいきます。」
「その為に、皆で頑張ってきたんですから。」
「・・・うん。」
アズサが静かに頷く
「もう迷わない。」
「私も戦う。皆と一緒に。」
「はい!」
ヒフミも力強く頷く
「絶対に諦めません!試験も、ナギサさんも!」
「うぅ・・・わ、分かったわよ!」
「もうこうなったら、やるしかないじゃない!」
「"・・・。"」
私は皆を見渡した
ヒフミ
コハル
ハナコ
そしてアズサ
("皆、本当に変わったな・・・。")
("いや。変わったのは、私の方かもしれない。")
私は小さく息を吐くと、立ち上がった
「"よし。それじゃあ、行こうか。"」
「"作戦の詳細は道中で。"」
「"時間が惜しいからね。"」
「はい♡」
「はい!」
「・・・ああ。」
「ね、眠いんだけど・・・」
そして
誰からともなく部屋を飛び出す
現在深夜
外はまだまだ暗く夜明けも遠い
静まり返った合宿所に、慌ただしい足音だけが響く
ナギサを救う為に
トリニティを守る為に
そして
自分達の未来を掴み取る為に
補習授業部の、長い長い一日が――
今、始まろうとしていた
うごごご!!
作者の中のセイア様が暴れ倒して、祈願屋から抜け出して
トリニティに行こうとする!!
お前の出番はもっとあとやから大人しくしてろ!!
というロールプレイ中の心の中の激闘に勝利し、
セイア様には言う事を聞いてもらいました。
あと、作者はそろそろメインストーリーの追従をして、
いい子ちゃんになってるのが辛くなってきました。
キチゲ解放したい!!!
でも先生の成長はここがターニングポイントだから我慢!!!
さー作者の内心の暴走は置いといて!エデン条約編二章もいよいよ大詰めよ!
この先は戦闘があるぞ!
あと毎回思うけど、ウラワフラワーさんアビドスに来たら幸せになれるよ君。
あそこ、
あそこ能力無くても居るだけでも喜ばれるから、全力を出してもいいかなって思って出したとしてもトリカスみたいなヨイショとか寄生はないから超優良。
唯一の欠点は全メンバーが戦闘力がキヴォトストップレベルだから、
降りかかる火の粉が大火クラスな事かな。
さて、今回のルートで実はアズサは一人で、全部を解決しようと動いていました。
原作では、皆に告白するという流れがありましたが、
この世界のアズサは補習授業部の友達を守る為、
ナギサを守ってアリウスみたいな学校を作らない為、
そして何より、自分の大切なアリウスの友人たちをこれ以上手を汚させない為に
一人戦おうとしていました。
そこで、深夜の真っ暗闇を徘徊していた不審者の不穏な司祭グレゴリーが、
迷える仔羊を見つけて説教をたれるという流れですね。
このグレゴリー今までのお話の流れで何者か、読者の何割かの方は判ったかもしれませんが。
一応次のお話で読者目線ではその答え合わせが行われますので、こうご期待と言う事で。
あ、先んじて言いますが、作者はこのあとがきで嘘は言ってません!
ちゃんと『ティーパーティー』からの要請で、来た『トリニティの司祭』です。
最初から嘘はついて無いので次のお話で正体が分かった方は作者をぶん殴らないでね!
~今日のセイア~
今日は夜遅くですか、祈願屋に務めているセイア様の様子をまた見てみましょうか
あ、居ましたセイア様です。
今日も黙々とこんな夜遅くまで、事務机に向かって書類を精査して処理していますね。
2日前にユメ社長にまた拉致されて砂漠でダイエット戦闘をさせられた時は
生きた屍のようでしたが、流石に一日休息して元気になったようですね。
なんでしたら、祈願屋に来た時よりも、
鍛えられたのか、骨が浮いていた身体から、
適度に引き締まって肉がついた健康的なお体になっていますね。
でもそのせいで、以前のスキニーな容姿にあわせて作られていた制服が入らないようで、
最近はずっと以前ユメ社長が買って来たオーバーサイズのTシャツを着て仕事をしていますね。
おや、事務所の電話ではなく、
セイア様個人の電話に連絡が入ったようですね。
誰でしょうか・・・?
電話の相手と話していると、セイア様の表情が一瞬険しくなりました。
何か問題でもあったのでしょうか?
あ、電話が終わりましたね。
セイア様難しいお顔をして、ユメ社長と話をしておられます。
ふむふむ、話の内容的にどうやらトリニティで大規模な動きが起こるらしいです。
ですが、セイア様のローブの同僚さんが、出向くらしいので、
今回は前回の予知夢の様な鬼気迫る程ではないようですね。
それにしても、今日のトリニティは騒がしい一夜になりそうですね。
本日までのロールケーキ消費本数:66本
本日までの柴関来店回数:57回