おっさんキヴォトスに行く 作:無い頭のおっさん
昼間の眩しさは落ち着き、海は黄金色へ染まり始めていた
「"もう夕方ですねぇ。"」
先生が海を眺めながら呟く
遊び疲れた皆も、パラソルの下でゆっくり休んでいる
その様子を見渡したおっさんは、小さく頷いた
「ほな、そろそろ飯の準備するか。」
その一言に
「やったー!」
「待ってました!」
「お腹空きました~。」
一斉に元気な返事が返ってくる
おっさんは苦笑しながら右手を虚空へ差し入れた
ズズッ――
ドサッ!!
現れたのは巨大な牛肉の塊
ドスン!!
今度は豚肉
ドゴッ!!
さらに鶏肉まで
「わぁ・・・。」
ノノミが目を丸くする
「全部ブロック肉ですか?」
「せや。」
おっさんが頷く
「切った方がうまいしな。」
先生が笑いながら立ち上がる
「"それじゃあ、お手伝いします。"」
「私も!」
ユメも元気よく包丁を手に取る
それを見て
アヤネも
ノノミも
シロコも
自然と包丁を持って横へ並んだ
「ほな、適当に――」
おっさんはそう言いかけて
「あ。」
何か思い出したように左手を見る
「・・・包丁要らんわ。」
「"え?"」
全員が首を傾げた
次の瞬間
おっさんが肉塊へ右手を向ける
そのまま
すっ――
手刀が一閃
シュパッ
肉が綺麗に二つへ割れた
「・・・。」
誰も喋らない
さらに
シュパパパパパパッ!!
左手だけが残像を残す
速すぎる
誰も手の動きが見えない
気付けば
ステーキ用
焼肉用
サイコロステーキ
串焼きサイズ
綺麗に種類ごとへ切り分けられ
さらに皿へ分別されて並んでいた
コトッ
最後の一皿を置く
「・・・終わり。」
静寂
「「「・・・・・・・・・。」」」
全員が固まっていた
先生だけがぽかんとしている
「"・・・え?"」
「終わったで。」
「"え?"」
「切った。」
「"え?"」
先生は肉を見る
おっさんを見る
肉を見る
おっさんを見る
「"包丁は・・・?"」
「手。」
即答だった
「"・・・・・・。"」
先生の思考が止まる
ユメも同じだった
「アンラさん。」
「うん?」
「今。」
「肉。」
「素手で。」
「切りました?」
「せや。」
「"・・・・・・。"」
ユメが苦笑する
「えへへ・・・。」
「もう驚く事も無いって思ってけど・・・。」
「まだまだ驚くなぁ・・・」
セリカが思わず叫ぶ
「いやいやいやいや!!」
「包丁使いなさいよ!!」
「あるでしょ!!」
おっさんは首を傾げる
「よう切れる方使っただけや。」
「その【切れる方】がおかしいのよ!!」
即座にツッコミが飛ぶ
ホシノだけが苦笑していた
「うへぇ・・・。」
おっさんは肩を竦める
「まぁええから。」
「その皿コンロんとこ持ってって。」
「あ。はい!」
ようやく我に返った皆が、一斉に皿を抱える。
「これステーキ!」
「焼肉こっち!」
「串焼き用運びます!」
賑やかに運び始めた
先生だけは最後まで肉とおっさんを見比べながら
「"・・・包丁、要りませんでしたね。"」
「せやろ?」
おっさんはどこか得意げだった
全ての肉が運び終わった頃
おっさんは手を軽く払う
「ほな今日のメインイベントや。」
先生が首を傾げる
「"メインイベント・・・"」
「"あぁ・・・あれですね。"」
先生は思い出したのか納得した顔で頷く
おっさんは笑いながら、そのまま虚空へ手を伸ばした
ズズズズズ――
何か巨大なものを引っ張り出し始める
「・・・?」
「え?」
「な、何ですか・・・?」
少しずつ姿を現したそれを見て
全員の目が
大きく見開かれた
ドォォォォン!!
巨大なカジキマグロがテーブルに横たわった
「「「・・・・・・え?」」」
沈黙
「ん。」
シロコは少しだけ胸を張った
「釣った。」
「頑張った。」
「いや頑張ったで済むサイズじゃない!!」
セリカの渾身のツッコミが、夕暮れの浜辺へ響いた
「ほな。」
おっさんは巨大なカジキを軽く叩く
「今日はこいつがメインや。」
「まずは解体やな。」
そう言って周囲を見回した
「・・・まな板、小さすぎるな。」
先生も苦笑する
「"流石に乗りませんね・・・。"」
「しゃあない。」
おっさんは虚空へ手を差し入れる
ズズズッ――
ゴトン
折り畳み式の机
さらに
ゴトン
ゴトン
ゴトン
四台
机を横一列へ並べる
ガチャン
ガチャン
金具で固定
巨大な即席の作業台が完成した
「よし。」
「これなら足りる。」
おっさんはカジキを軽々と持ち上げる
ドスン
巨大な魚体が大きな即席の作業台に横たわった
「おぉぉ・・・。」
「大きい・・・。」
「凄いですねぇ・・・。」
ノノミが目を丸くする
セリカは思わず一歩下がった
「こんなの釣ったのシロコ先輩・・・?」
「ん、釣りあげた」
シロコは少し誇らしげだった
先生も苦笑いを浮かべながら頷く
「"途中でシロコが海の方が引っ張られてるんじゃないかと思いました。"」
おっさんは苦笑しながら頷いた
「まぁ、確かにおっさんでも持ち上げるんちょい重いくらいやしな・・・」
そう言いながら
袖を軽く捲る
「包丁は・・・。」
アヤネが辺りを見回す
おっさんは首を振った
「使わん。」
「え?」
「"またですか?"」
先生が思わず笑う。
「"肉も手でしたもんね・・・。"」
「魚も同じや。」
さらりと言う
「・・・。」
嫌な予感しかしない
全員が同じ事を思っていた
おっさんはカジキの腹へ右手を添える
静かに息を吐く
「・・・。」
次の瞬間
シュッ
一閃
本当に一度だけだった
腹が綺麗に一直線へ開く
「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」
先生まで目を見開いた
「"速っ・・・!"」
「"見えませんでした・・・。"」
そのままおっさんは腹へ手を入れ
臓器を傷付ける事なく
肝、心臓、胃、腸
それぞれを丁寧に取り出していく
「これはあとで使える。」
「これは保存。」
「これも食える。」
肝を持ち、考える
「これは・・・後で毒に使えるか・・・」
その後も臓器ごとに袋へ分け
スッ
そのまま虚空へ収納
机の上はまるで何事も無かったように綺麗だった
ノノミが感心したように息を漏らす
「すごい・・・。」
「全然汚れてません・・・。」
おっさんは笑う
「慣れや。」
続いて
カジキの首元へ手刀を添えた
シュパッ
頭が
まるで最初から外れていたかのように
音もなく落ちる
「・・・・・・・・・。」
誰も拍手すら忘れていた
セリカが小さく呟く
「もう包丁って何なの・・・。」
ホシノが苦笑する
「うへぇ・・・。」
おっさんは構わず続ける
今度は背骨へ
シュパパッ
シュッ
パタン
三枚おろし
一瞬だった
「「「・・・。」」」
先生も乾いた笑みしか出ない
「"教科書より綺麗ですね・・・。"」
「せやろ?」
おっさんは少し嬉しそうだった
そこからさらに
背身
腹身
中落ち
用途ごとへ切り分けていく
今食べない部分だけ虚空へ収納
最後に大きなカジキの頭へ粗塩を豪快に振りかける
ザァァァァッ
「これで兜焼きの下準備終わり。」
「あと焼くだけや。」
今度は背中の身へ手刀を走らせる
シュッ》
《vib:1》シュッ》
厚めの切り分け
見るからにステーキ向きだった
さらに
腹身を斜めへ寝かせる
《vib:1》シュパパパパッ
透けるほど薄い
美しい刺身が皿へ並んでいく
まるで高級料亭だった
全て盛り付け終えると
おっさんは濡れ布巾で手を拭く
「ほい完成。」
机いっぱいに並ぶ
カジキマグロのステーキ
透き通るような刺身
そして巨大な兜焼き
数秒遅れて
「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」
大きな拍手が浜辺へ響いた
おっさんは照れくさそうに頭を掻く
「そんな拍手されるほどでもないんやけどな。」
「いやいや!」
セリカが勢いよく首を振る
「されるわよ!!」
「もう料理人っていうか職人じゃない!!」
「ん。」
シロコも静かに頷く
「すごい。」
「私が釣った魚。」
「もっとすごくなった。」
その一言におっさんは少しだけ笑みを深くした
「せやろ。シロコが頑張って釣ってくれた魚や。」
「美味く食わな損やからな。」
そう言うと虚空へ手を突っ込み
次の瞬間
トング
フォーク
ナイフ
紙皿
割り箸
バーベキュー用の網やトレーまで次々と現れ、
手際よく各テーブルへ配られていく
「はいはーい!」
「こっち置きますね!」
ノノミとアヤネが受け取り、皆の前へ並べていく
おっさんはその間に、大きな兜を網へ載せた。
塩を振られたカジキマグロの頭が、堂々とコンロの上へ鎮座する
「でか・・・。」
セリカが思わず呟く
「これ、本当に食べられるの?」
「食えるで。」
おっさんは炭火を調整しながら笑う
「兜焼きは美味いんや。」
「目玉の周りとか、ほっぺたとか。」
「最高やで。」
「・・・・・・。」
何人かが少しだけ複雑そうな顔をした
ホシノだけは、
「おじさん、そういう所好きだけどねぇ。」
とのんびり笑っている
炭へ火が入り始める
じゅう・・・・
最初に網へ並んだのは牛肉
次に豚肉
鶏肉
脂が落ちるたび、香ばしい煙が立ち上った
「うわぁ・・・。」
ノノミがお腹を押さえる
「いい匂いです〜。」
「もう限界・・・。」
セリカも鼻をひくつかせる
「お腹空いた・・・。」
「ん。」
シロコも真剣な顔で頷いた
「早く焼けるといい。」
先生も苦笑する
「"今日はいっぱい遊んだからね。"」
おっさんは別のコンロへ、厚切りにしたカジキマグロのステーキを並べる
じゅっ・・・
牛肉とはまた違う
白く締まった身から、上品な脂が静かに滲み出す
その横では、刺身が大皿いっぱいに盛られていた
フグのてっさのように薄く透けるほど美しい
「これ全部カジキ・・・?」
アヤネが目を丸くする
「そう。」
シロコが少しだけ誇らしげに答えた
「私が釣った。」
「いやもう、それ何回も聞いてるからね?」
セリカが苦笑した
おっさんは小皿を人数分並べながら説明する
「カジキのステーキはな。」
「バター醤油。」
そう言って小さな鉄皿へバターを落とす
じゅわっと溶けた所へ醤油を垂らすと
一瞬で食欲を刺激する香りが辺りへ広がった
「これが最高や。」
「肉みたいにしっかりしとるけど、ちゃんと魚なんや。」
「おすすめやで。」
次に刺身を指差す
「こっちは塩でもええ。」
「わさび醤油でもええ。」
「脂乗っとるから、どっちでも美味い。」
先生は思わず笑った
「もう料理番組ですね。」
おっさんは肩を竦める
「焼けましたよー!」
ノノミが声を上げる
「よし。」
おっさんがトングを持つ
「好きなん取ってや。」
その一言で
「いただきます!」
全員の声が重なった
まず最初に先生が手を伸ばしたのは、
カジキマグロのステーキだった
バター醤油へ軽く潜らせ
一口
「"・・・!"」
ナイフが驚くほど軽く入る
しっかりとした肉質
それでいて口の中ではほろりとほどける
魚特有の臭みは一切無く
噛むほどに旨味だけが溢れてきた
「"・・・美味しい。"」
思わず漏れたその一言におっさんが笑う
「やろ?おすすめ言うたやん。」
先生は何度も頷いた
「"これは本当に美味しいです。"」
その横では、
シロコが刺身を一枚持ち上げる
わさび醤油へ軽く付けて、
口へ運ぶ
「・・・。」
静かに咀嚼
そして、
「ん、美味しい。」
それだけだった
だが
その一言だけで十分伝わる
すぐに皆も刺身へ手を伸ばし始めた
「えっ。」
「これカジキ?」
「すご。」
「コリコリしてる!」
「脂すごい!」
「大トロみたい!」
「うへぇ、おじさんこれ好きだわぁ。」
ホシノまで箸が止まらない
ノノミも幸せそうに笑う
「これ、本当に釣ったばかりだからなんですね〜。」
おっさんは炭火を見つめながら頷いた
「釣ってすぐ締めたしな。」
「そこらの店じゃなかなか食えへんで。」
その頃には牛肉も焼き上がり、
豚肉も、鶏肉も、カジキも、
次々と皆の皿から消えていく
その頃コンロの端では、
巨大なカジキマグロの兜が、
じっくりと炭火で焼かれていた
皮がぱちぱちと弾け、
脂が炭へ落ちる度、
香ばしい煙が立ち昇る
「まだですかー?」
ユメが何度目か分からない質問をする
おっさんは苦笑した
「まだや、こういうんは急いだらあかん。」
「じっくり焼くから美味いんや。」
「うぅ・・・。」
ユメは素直に引き下がる
その横でホシノがくすっと笑う
「ユメ先輩、食いしん坊な所は変わらずですね。」
「だって気になるよー!」
「初めて見るんだからね?!」
「まぁ、そりゃ砂しかあらへんアビドスに居ったらそうやな。」
おっさんも笑った
さらに三十分ほど
ようやく、おっさんは串で身を軽く押した
「・・・よし焼けた。」
その一言だけで
皆が一斉に集まってくる
「そんな並ばんでも逃げへん、逃げへん。」
おっさんは笑いながら、
骨の周りの身をナイフで崩していく
ほろり、ほろり
白く柔らかな身が次々と皿へ盛られる
「ほっぺ。」
「首。」
「目の周り。」
「ここら辺が美味い。」
「はい先生。」
「先生はここ。」
「ありがとうございます。」
先生は受け取り
恐る恐る一口
「"・・・・・・。"」
「"美味しい。"」
それしか言えなかった
脂がとろけ、身はふわふわ
焼いた香ばしさと塩だけで十分完成している
「"これは・・・凄いですね。"」
「やろ?」
おっさんも嬉しそうに笑った
「魚は頭が一番美味い言うくらいや。」
ホシノも頷きながら無言で二口目を食べている
「・・・おじさんもう喋るのやめる。」
「食べる。」
「食欲に負けましたね・・・。」
アヤネが苦笑する
その後も、焼肉を追加し、カジキを焼き、
刺身をつまみ、皆は思い思いに食べ続けた
「これも焼けましたー!」
「はい先生!」
「"ありがとう。"」
「"シロコ、もっと食べる?"」
「ん、食べる。」
「セリカちゃん、お肉取る?」
「取る!」
「その牛肉私!」
「早い者勝ちや。」
笑い声が、波音へ溶けていく
やがて
最後の一切れまで綺麗になくなる頃には、
空は茜色から群青へ変わり、
水平線の向こうには、一番星が顔を覗かせていた
炭火だけが、ぱちり、と小さく音を立てる
おっさんは満足そうに頷き、
空になった皿を見回した
「・・・よし、綺麗に食ったな。」
「「「"ごちそうさまでした!"」」」
皆が揃って手を合わせる
おっさんも笑って頷いた
「お粗末さん。」
そして
おっさんは立ち上がると、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ
何もない虚空へ手を差し入れた
「・・・ほな、夏の海と言うたら。」
「最後はこれやろ。」
次の瞬間
大量の手持ち花火
噴出花火
線香花火
そして――
ひときわ大きな箱に入った打ち上げ花火まで、砂浜いっぱいに積み上げられた
「「「おぉーーー!!」」」
一斉に歓声が上がる
その中でも、シロコだけは箱に書かれた文字を見た瞬間
目を輝かせた
「・・・!」
「百連打ち上げ。」
「これ、すごい。」
「やっていい?」
おっさんは苦笑いしながら頷く
「ええけど・・・。」
「一本ずつやで?」
「ん。」
シロコは返事をした
したのだが
次の瞬間
箱を抱えてそのまま砂浜の少し離れた場所まで小走りで向かっていく
「"あっ。"」
先生が嫌な予感を覚えた
おっさんも眉をひくつかせる
「・・・シロコ?」
シロコはしゃがみ込み
箱の導火線をじっと見つめる
「ん、百連つまり。」
「百回、一気。」
「ちゃうちゃうちゃう!。」
おっさんが慌てて立ち上がる
「待――」
しかし
しゅっ
ライターに火が点いた
「点火。」
「「"いや早い早い!!"」」
先生とおっさんの声が重なる
次の瞬間
シュゥゥゥッ!!
一発
二発
三発
四発
シロコの百連打ち上げ花火によって
夜空は、しばらく昼間のように明るかった
ドドドドドドドドッ!!
次々と打ち上がる花火
赤、青、黄、緑
夜空いっぱいに大輪の花が咲き乱れる
「おぉーーーっ!!」
「すごーい!」
「綺麗です~!」
ノノミ達も思わず歓声を上げる
その中心で
シロコだけは腕を組み満足そうに頷いていた
「ん、百連。」
「全部成功。」
「成功なんだけどねぇ・・・。」
ホシノは苦笑しながら頭を掻く
「普通、一本ずつ楽しむものなんだけどなぁ。」
「効率。」
シロコは真顔だった
「いっぱい見られる。」
「まぁ・・・それはそうなんだけど。」
皆が笑う
その後も、手持ち花火を持って砂浜を走るユメ
線香花火で真剣勝負を始めるセリカとアヤネ
ノノミは噴き出し花火の前で【わぁ~!】とはしゃぎ
ホシノはその様子を笑いながら眺めていた
そんな賑やかな輪から、少しだけ離れた場所
レジャーシートの上へ腰を下ろしたおっさんは、
虚空へ手を伸ばく
「さて、大人は大人で。」
「一杯やるか。」
取り出したのは飾り気一つない白い通い徳利
そして、
小ぶりな陶器の盃を二つ
先生は少し首を傾げる
「アンラさん。」
「今日はお酒を持ってきていたんですか?」
「あぁ。」
おっさんは笑う
「前は先生にご馳走になったやろ?」
「今日はおっさんの番や。」
そう言って、徳利をゆっくり傾ける
とく、とく、とく・・・
盃へ注がれた酒は透き通った黄金色
まるで極上の蜂蜜のようだった
「・・・綺麗。」
先生が思わず呟く
「飲んでみ。」
「飛ぶで。」
「飛ぶ?」
「まぁただの定型文や。」
先生は恐る恐る盃を持ち
一口だけ口へ運ぶ
「"・・・・・・。"」
その瞬間だった
「"・・・え?"」
先生の動きが止まる
口いっぱいに広がるのは、果実酒のような甘さ
それでいて、決してくどくない
花の香りにも似た芳香
飲み込んだあとも、優しい余韻だけがいつまでも残る
こんなお酒は、今まで一度も飲んだことがなかった
「"・・・。"」
もう一口
さらにもう一口
先生は自分でも気付かないうちに、盃を空けてしまっていた
おっさんが肩を揺らして笑う
「気に入ったか?」
先生は少し恥ずかしそうに笑う
「"・・・はい。すごく、美味しいです。"」
「"こんなお酒、初めて飲みました。"」
「まぁそうやな。」
おっさんは満足そうに頷く
そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた
「アンブロシアの酒と迷ったけど・・・。」
「今回はネクタルで正解やったな。」
先生は聞き取れず首を傾げる
「"何か言いました?"」
「いや、独り言や。」
おっさんは笑って誤魔化した
二人は盃を傾けながら、花火ではしゃぐ生徒達を眺める
夜空へ咲く花火、砂浜を走り回る笑顔
波の音、炭火の残り香
先生は静かに微笑んだ
「"皆、本当に楽しそうですね。"」
「あぁ。」
おっさんも頷く
「こういう時間があるから。」
「明日からまた頑張れるんや。」
先生はその横顔を見る
普段よりも少しだけ穏やかだった
その時だった
「先生ー!」
元気な声が飛んでくる
二人が振り向くと
ユメが頬を膨らませながら近付いてきた
「ずるいです!先生!アンラさん!」
「二人だけお酒飲んでるじゃないですかー!」
おっさんは思わず吹き出した
「ユメちゃん鼻ええなぁ」
「私も飲みたいです!」
「一杯だけ!お願いです!」
先生も苦笑する
「"ユメさんらしいですね。"」
おっさんは少し考えた後、肩を竦めた
「しゃあない、飲み過ぎるなよ?」
「やった!」
満面の笑み
おっさんは三つ目の盃を取り出し、
ネクタルを静かに注ぐ
ユメは一口飲んだ瞬間、目を丸くした
「・・・!なにこれ。」
「めちゃくちゃ美味しい・・・。」
「"でしょ?"」
先生も思わず笑ってしまう
「"私も最初同じ反応でした。"」
「こんなお酒初めてです!」
ユメは嬉しそうに盃を大事そうに持ちながら
二人の間へ座る
それからしばらく花火ではしゃぐ皆を眺めながら
三人は他愛もない話を続けた
アビドスのこと
最近あった出来事
これから始まる忙しい日々
そんな話を笑いながら交わす
花火が一つ、また一つと消えていく
最後の線香花火が小さく火花を散らし、ぽとりと砂浜へ落ちた
辺りには再び、静かな波音だけが残る
「ふぁぁ・・・。」
ホシノが大きく欠伸をした
「今日は遊んだねぇ・・・。」
「ん。」
シロコも小さく頷く
「いっぱい遊んだ。」
「いっぱい食べましたぁ・・・。」
ノノミがお腹をさすりながら幸せそうに笑う
セリカも肩を回す
「流石に疲れたわ・・・。」
先生はそんな皆を見回し優しく微笑んだ
「"今日はもう休みもっか。"」
「"明日もあるしね。"」
「賛成です!」
ユメが元気よく手を挙げる
おっさんも炭へ砂を掛け
火の始末を終えると立ち上がった
「ほな、今日は解散やな。」
「皆、よう遊んだ。おつかれさん。」
そんな声が飛び交いながら、
皆はコテージへ戻っていく
笑い声も、足音も、
少しずつ遠ざかり、
やがて浜辺には静けさだけが残った
「・・・。」
おっさんは一度コテージへ戻り
皆が部屋へ入っていくのを見届ける
「ほな、おやすみ。」
「おやすみなさーい!」
「"おやすみなさい。"」
それぞれが部屋へ入っていく
先生も一度自室へ戻っていったのを確認すると、
おっさんは再び一人、
夜の海岸へと歩いていた
波打ち際
誰も居ない砂浜
月明かりだけが海を照らしている
おっさんは静かに腰を下ろすと、
虚空へ手を差し入れた
取り出したのは、
先程まで先生とユメへ振る舞っていたあの白い通い徳利
栓もせず、そのまま口を付ける
ごくり
静かな夜へ酒を飲み込む音だけが響いた
「・・・。」
夜風が吹く
潮の香りが鼻を掠める
アンラは水平線を眺めたまま
心の中だけで呟く
(・・・結局、俺は最後。)
(どの道を選ぶべきなんやろな。)
エデン条約、パヴァーヌ、
カノバルク、そして・・・
(俺はいつまでこの世界に居るべきか・・・)
「・・・難儀やな。」
苦笑が漏れる
その時だった
「アンラさん。」
聞き慣れた声が、後ろから聞こえてきた
振り返る
先生だった
おっさんは少しだけ目を丸くする
「寝れんのか?」
先生は苦笑しながら首を横へ振る
「まだ、少しだけ起きていようと思いまして。」
「そうか。」
それだけ言っておっさんは少し横へずれる
先生も自然とその隣へ腰を下ろした
二人とも、何も喋らない
ただ、波の音だけが続いていた
しばらくして
先生の視線が、おっさんの持っている徳利へ向く
「あ。それ。」
「さっきのお酒ですよね?」
「あぁ、まだ残っとる。」
先生は少しだけ遠慮がちに笑う
「・・・少し。」
「頂いてもいいですか?」
おっさんは徳利を差し出した
「もちろんええで」
「ありがとうございます。」
先生は受け取る
コップを探そうとして
辺りを見回す
「・・・。」
「・・・・・・。」
コップは無い
すると先生は、少し考え、
そのまま徳利へ口を付けた
ごくっ
ごくっ
「・・・・・・。」
おっさんの動きが止まる
「・・・。」
「・・・・・・。」
先生は何事も無かったように徳利を戻す
「やっぱり美味しいですね。」
「これ。」
アンラは数秒固まり、
それから思わず吹き出した。
「くくっ・・・。」
先生が首を傾げる
「?」
「どうかしましたか?」
「いや、そのまま飲む思わへんかった。」
「え?」
先生はようやく気付き
「あ・・・。」
少しだけ照れ笑いを浮かべる
「すみません。」
「つい。」
「いや、ええねん。」
おっさんは笑いながら徳利を受け取り、
同じようにそのまま口を付ける
「これ間接――」
そこまで考えて
おっさんは自分で思考を止めた
(・・・やめとこ。)
(藪蛇や。)
再び酒を飲む
その様子を、先生は不思議そうに眺めていた
一方その頃
二人の後ろ、少し離れた茂みでは
ぴこっ
ピンク色のアホ毛
ぴこっ
薄緑色のアホ毛
二本だけが
草むらの上から規則正しく揺れていた
おっさんは横目だけで確認する
(・・・ユメちゃんにホシノちゃん・・・)
(何しとんねんお前ら・・・。)
呆れ半分
笑い半分
気付かない振りをすることにした
やがて先生が、静かに口を開く
「・・・そろそろ。」
「エデン条約の調印式が始まります。」
おっさんは海を見たまま
静かに頷いた
「あぁ、せやな。」
先生は少しだけ視線を落とす
「アンラさん。」
「トリニティで私のことを放置した理由。」
「・・・実は知ってたんです。」
おっさんは何も言わない
先生は続けた
「私が自分の力で。」
「辿り着かなければいけなかった。」
「そういう事・・・ですよね?」
静かな夜
おっさんは、小さく頷いた
「あぁそうや。」
先生は微笑む
「だから出来るだけ全力で頑張ります。」
「でも、どうしても駄目だった時は。」
「お願いしますね?」
「・・・きっと、どこかで見ていてくれるんでしょう?」
おっさんは苦笑した
「・・・ホンマ。先生は勘がええな。」
静寂が流れる
やがておっさんは、ふと思い出したように右手を差し出した
「先生、ちょっと悪いんやけど。」
「この掌にグーパン入れてみてくれるか?」
「・・・え?」
先生は首を傾げる
「痛くないんですか?」
「大丈夫や軽くでええ。」
「じゃあ・・・。」
先生は恐る恐る、
「えい。」
ぺちっ
軽く拳を当てた
おっさんは少し唸る
「・・・うーん。」
(やっぱり先生はおっさんの魔力障壁を全部無視しとるな。)
(なんやこれ?知らんぞこんなん・・・。)
考え込む
そして無意識に先生の小さな拳を、
そのまま自分の掌で包み込み
にぎ
にぎにぎ
「・・・。」
「・・・・・・。」
先生の顔が、みるみる真っ赤になる
口をぱくぱくさせるだけで、言葉にならない
そこでようやくおっさんが我に返った
「あ。悪い。」
「考え事しとって思わず握っとったわ。」
ぱっと手を離す
先生は自分の手を胸元へ引き寄せ
「い、いえ・・・その・・・。」
「うぅ・・・。」
顔を真っ赤にしたまま俯いてしまう
おっさんは頭を掻き、空気を変えるように笑った
「そういや。」
「前に約束しとったやろ。」
「先生、ディナー今度行くか?」
先生はぽかんと固まる
数秒後
さっき以上に顔を赤くして
「・・・行きます。」
小さく、でもはっきりと答えた
その瞬間後ろの茂みから
「!!――むぐっ!?」
「しーっ!ユメ先輩静かに静かに!」
ホシノが慌ててユメの口を塞ぐ、
そんな小声だけがアンラの耳へ届く
(・・・ホンマに何しとんねん。)
おっさんは吹き出しそうになるのを堪え
徳利を先生へ差し出した
「もう一口飲むか?」
先生も笑って頷く
「はい。」
二人は徳利を回しながら
静かな海を眺める
波は変わらず寄せては返し
夏の夜は、ゆっくりと更けていくのだった
全力注意!!
カジキ等の頂点捕食者の肝臓には、結構な毒素が蓄積しています!!!
もし釣りあげたとしても絶対!!!に!!!食べないでください。
マジで死にます!!
あとアンラみたいに毒としてあとで乾燥させて粉末にして使おうとかもしないでください!
人はマジで死にます。
うし!注意喚起も終わったし、今後の話をするかな!
アビドスリゾートは次のお話で終わりかな!
アビドスリゾートの続編の百鬼夜行のあの子らの話は、
直接はせずに、アンラに先生が救援要請で部分介入って感じで書く事になると思います!
全部書ききると本編の章並に閑話が分厚くなっちゃうので!
なので、次の話でアビドスリゾートは終わり、
その後出張 百夜堂海の家fc計画の一部にアンラが介入する形になると思います。
というかぶっちゃけ、次の話でこのリゾートの話の裏側が発覚後、
アンラが調べる。どこぞのカスが裏で糸引いてるのを察する。
また祈願屋にどつかれる。
こんな流れになると思います。
そして、今回のお話の解説!
とりあえず前で書いた肝臓はマジで危ないから皆注意ね!
それと、カジキみたいなデカイ魚を三枚おろしにすると、
普通は身が崩れたりするから、吊って三枚におろすとか特殊な方法がいります!
今回は身が崩れる前に全部バラッバラにしたので関係ありませんが。
そして、アンラの手刀がヤバイ。
これは実は前に書いてたんですが、実際に切ると言う動作をすれば素手でもこれです。
なので、普段生徒相手に向かって行う攻撃に手刀や足刀が入らないのはこの為です。
そして、ポっと出された、とんでもないお酒。
まぁ大丈夫です。先生は不死になってるなんて事はありません。
老化が激遅になってるかもしれませんが、女性からしたら利点だと思うので、多分大丈夫。
あ、ちないにアンブロシアの酒の方はマジで不死になる奴なので、
アンラのチョイス次第で先生が不死人になっていました。
そして、このお酒は、アンラ自身もこの通い徳利に入ってる量しか所持していない
クッソ激レア神酒です。
昔、嫁さんを不老不死にしようとした時に必死こいて集めた、その名残でもあります。
そして、アンラ未来に思いをはせ、
自身はいつまでこの世界に存在しても良いのか自問しています。
まぁこれは終章終わった時にでも触れようと思います。
そして、ずっと前から話してた先生をディナーに誘いました。
まぁ次でアビドスリゾート、その次で百屋堂を一話、その後にディナーで閑話が終わって、
エデン条約3章本格スタートになります。
あ、ちなみに今セイア様は
祈願屋の事務所でのびのびと悠々自適に・・・というより
ちょっと自堕落目に暮らしています。
ミネ団長があと少しで救・護!!すると思います。