おっさんキヴォトスに行く 作:無い頭のおっさん
翌朝
リゾートには、穏やかな波音だけが響いていた
昨日あれだけ騒いだ浜辺も、今は静かな朝を迎えている
コテージでは、生徒達もまだ眠っている時間だった
その頃――
おっさんは、自分に割り当てられたコテージで豪快に寝転がっていた
「・・・んぐ。」
昨日、先生やユメと飲んだ神酒――ネクタル
久しぶりにおっさんの身体でも酔える酒を飲んだせいか、珍しく深く眠っている
すると
突然
施設全域へ警報が鳴り響いた
ウー! ウー!
ウー! ウー!
『リゾート警備システムノ活性化。』
『地域内ニ、無許可ノ武装船舶ヲ検知。』
『オ客様ハ、速ヤカニ屋内ヘ避難シテクダサイ。』
『リゾート防衛システム稼働。』
『砲門ヲ解放シマス。』
「・・・・・・。」
数秒
沈黙
次の瞬間
「・・・は?」
おっさんの目が一気に開く
「なんや今の。」
飛び起きる
ローブを羽織ると、そのまま扉を開け放ち――
「なんか始まっとるやんけ!!」
地面を蹴る
ドンッ!!
コテージの前の砂が爆ぜ
おっさんはそのまま海岸へ一直線に駆け抜けていく
海岸へ到着したおっさんが見たものは――
島中の地面が次々と展開し、
大型砲、機関銃座、対艦ミサイルポッド
ありとあらゆる防衛兵器が姿を現していた
そして沖合では
それら全てと撃ち合いながら、武装した大型ホバークラフトが強引に島に接近を試みていた
「・・・朝から派手やな。」
おっさんが呆れていると
「アンラさん!」
先生が駆け寄ってくる
その後ろからユメ
ホシノ
シロコ
ノノミ
セリカ
アヤネ
昨日の面々が全員集まってきた
「おーお前さんらも無事やったんやな。」
「はい、私達は大丈夫です~。」
ノノミが皆の状況を説明する
「でも、あれは・・・。」
視線の先、
ホバークラフトの船首、そこには
狐面を付けた少女が仁王立ちしていた
その姿を見た瞬間
おっさんと先生は同時に頭に手を当てる
「・・・。」
「・・・。」
二人とも二日酔いとは別方向の頭痛だった
「ワカモ・・・。」
先生がぽつりと呟く
その声が届いたのか
ワカモは勢いよくこちらへ向き直った
「嗚呼・・・!」
「やっとお会い出来ました!!」
「そこにいらっしゃったのですね、あなた様!!」
その仮面越しの瞳がおっさんの目線と交差する
おっさんは一縷の望みをかけて自分の後ろを振り返る
誰もいない
「・・・」
再び前を見る
ワカモは完全におっさんを見ていた
「このワカモが!」
「あなた様をお迎えに上がりました!」
「今しばらくの辛抱ですよ!!」
「・・・。」
おっさんは頭に手を当てたまま天を仰ぐ
「なんでおっさんの迎えに来とるんやお前・・・」
その横では、先生とユメ、それにホシノがじーっとおっさんを見ていた
「"・・・アンラさん。"」
先生がじとっとした目になる
「"モテモテですね。"」
ユメも頬を膨らませる
「アンラさん、人気者だね。」
ホシノも苦笑い
「うへぇ~、隅に置けないねぇ、おじさんびっくりだよ~。」
「いやいやいや!」
おっさんは両手を振った
「ワカモが勝手に言ってるだけや!!」
しかしワカモは完全に自分の世界へ入っていた
「うふふ・・・。」
「やっとお救いできますね・・・あなた様。」
「すぐにそこの獰猛な女狐共の洗脳から目を覚まさせて差し上げます!」
「様々な生徒に心を砕いて死力を尽くすあなた様を!」
「騙してこのような催しに利用するなど・・・!」
「決して許される事ではありません!!」
「このワカモが!」
「彼女達を教育し直して差し上げます!!」
浜辺が静まり返る
「「「・・・。」」」
ユメが先生を見る
先生がホシノを見る
ホシノがノノミを見る
全員同じ顔だった
(何それ?)
一方おっさんは
(・・・やっぱり裏で俺の事ストーキングしとったなコイツ。)
そこだけ妙に納得していた
その瞬間
ホバークラフトのミサイルポッドが一斉に展開する
「来ます!」
アヤネが叫ぶ
次の瞬間
無数のミサイルが雨のように降り注いだ
「迎撃!」
先生の声と同時に全員が銃を構える
銃声が一斉に響き渡り
飛来するミサイルを次々撃ち抜いていく
爆炎が海岸に咲いた
しかしホバークラフトはまだ沖合
先生が唇を噛む
「"この距離じゃ届かない・・・"」
そこで先生がおっさんを見る
「"アンラさん!"」
「"以前使っていた弓で、あれを止められませんか?!"」
「えぇ・・・」
おっさんは嫌そうな顔をした
「C&Cに撃った威力でも、あんな船木っ端微塵やぞ・・・」
そう言いながら辺りを見回す
砂浜に一本の流木が転がっていた
「・・・まぁ。」
それを拾い上げる
「これでええやろ。」
「【此の木を贄に】」
流木が細長く変形し、一本の木槍になる
飾り気もない
ただの細い槍
おっさんはそれを手に持つとと
「ほいよ。」
軽く手首を返した
ヒュッ――
その程度の動きだった
しかし
木槍は凄まじい速度で空気を裂き
一瞬でホバークラフトへ到達
狙った場所はただ一つ
船体ではなく
浮力を生み出すエアスカート
ドォンッ!!
船首側のエアスカートへ綺麗な穴が空き
そのまま船尾側まで一直線に貫通
木槍はそのまま遥か彼方へ飛び去っていった
「えっ。」
ラブが固まる
ホバークラフトは急激に浮力を失い、
片側から大きく傾き始めた
「きゃああああ!!」
「沈むーーー!!」
「逃げろーー!!」
ヘルメット団達が慌てて海へ飛び込む
ワカモも名残惜しそうにおっさんを見つめながら
「あなた様ーーー!!」
と叫びつつ海へ飛び込んだ
やがて
ホバークラフトは静かに海へ沈んでいった
波に流されながら
ワカモとラブ、そしてジャブジャブヘルメット団は何とか浜辺へ辿り着いた
「げほっ・・・げほっ・・・!」
「し、死ぬかと思ったぁ・・・。」
「船がぁぁぁぁ・・・。」
皆、砂浜へ倒れ込んだまま動けない
ラブだけは呆然と海を見つめていた
つい先ほどまで自分達の拠点だったホバークラフトが、
ぶくぶくと泡を立てながら海へ沈んでいく
「あ・・・うちの船・・・沈んだ・・・。」
ぽつりと漏れた声
その隣ではヘルメット団達も魂が抜けたような顔になっていた
「隊長ぉ・・・。」
「帰れないっス・・・。」
「終わったぁ・・・。」
おっさんは頭を掻いた
「・・・いやぁ。」
「すまん。沈めるつもりやなかったんや。」
「エアスカートだけ抜いたら止まる思うたんやけど・・・。」
先生が苦笑する
「"十分すぎるくらい止まりましたね・・・。"」
「止まり過ぎたわ・・・。」
おっさんも苦笑いを返す
その時だった
ラブがゆっくり立ち上がる
海を見つめたまま
震える声で呟いた
「・・・何で。」
「何でこんな少人数に負けるのよ・・・!」
拳を握り締める
「今までリゾート狩りで連勝してきた・・・!」
「うちらジャブジャブヘルメット団が・・・!」
「負けるなんて・・・!」
その言葉に
先生とおっさんが同時に首を傾げた
「"・・・リゾート狩り?"」
「連勝?」
ホシノも目をぱちぱちさせる
「うへぇ~・・・。」
「また変な単語が出てきたねぇ~。」
セリカも眉をひそめる
「リゾート狩りって何よ?」
アヤネもラブを見る
「説明してもらえますか?」
しかしその間も
ワカモだけはおっさんから目を離さない
じぃーーーーっと
もの凄い熱量で見つめ続けている
「・・・。」
おっさんは先生へ小声で耳打ちした
「先生、これ、どないしたらええんや?」
先生はちらりとワカモを見て
一拍置いてから
「"知りません。"」
きっぱり
「"自分で何とかしてください。"」
「うぉい。」
あんなに頼りにしてきた先生とは思えないほど冷たかった
おっさんは思わず肩を落とす
「まぁ・・・。」
仕方なくワカモへ向き直る
「ワカモ、多分やけどお前さん盛大に勘違いしとる。」
「・・・?」
狐面の奥の瞳が揺れる
「おっさんら昨日からここで普通に遊んどっただけや。」
「先生もユメも、対策委員会のみんなもな。」
「さっき言うとった洗脳や何やらも・・・。」
おっさんは苦笑した
「お前さん、おっさんの後付いて回っとるんやろ?」
ワカモの肩がぴくっと震える
「・・・。」
「なら分かるはずや。」
「おっさんに洗脳なんぞ効く訳あらへん。」
その一言で
ワカモの思考が完全に止まった
「・・・・・・え?」
おっさんは頭を掻きながら笑った
「まぁ・・・。」
「大事に思ってくれとるんは伝わった。」
「せやけど一旦落ち着こ。な?」
その優しい笑顔を見た瞬間
ワカモの耳まで真っ赤に染まった
「~~~~~~っ!!」
ぷしゅう、と湯気でも出そうな勢いで固まり
そして
「しっ・・・!」
「失礼致しましたーーーーーーっ!!」
ドォン!!
砂浜を爆発させる勢いで地面を蹴り抜き、
凄まじい速度で海岸線の彼方へ走り去って行った
一瞬で姿が見えなくなる
その場に残された全員が、ぽかんとその方向を見送った
「"・・・。"」
「・・・。」
おっさんがぽつりと呟く
「まぁ問題解決したんならええか。」
その直後
ぺちっ
おっさんのふくらはぎに、先生からの蹴りが入った
「おん?」
振り向くと
先生が何事もなかったような顔で立っている
「なんや・・・?」
「何でもありません。」
先生はにっこり微笑む
だが目が笑っていなかった
おっさんは首を傾げる
「・・・?」
「何怒っとるんや?」
「"怒ってません。"」
「そうか?」
「"はい。"」
そう言うと先生は、そのまま対策委員会やラブ達が居るの方へ歩いて行った
浜辺にはぐったりと座り込むヘルメット団達が残されていた
先生は小さくため息を吐くと、ラブ達の前へ歩み寄った
「"・・・落ち着いた?"」
「う・・・。」
ラブは悔しそうに唇を噛む
「まぁ・・・一応。」
「じゃあ。」
先生は穏やかな声で尋ねる
「"さっき言っていた【リゾート狩り】って何か教えてもらっても良い?"」
その一言でラブ達は顔を見合わせた
「・・・え?、知らないの?」
「知らん。」
おっさんが即答する
「普通に遊びに来ただけや。」
ホシノも頷いた
「おじさん達も初耳なんだよねぇ~。」
ノノミも首を傾げる
「私も聞いたことありません~。」
ラブはしばらく黙っていたが、
やがて諦めたように息を吐いた
「・・・そう、じゃあ教えてあげる。」
砂浜へ座り直しながら説明を始める
「このリゾート群島の利用権。」
「実は、一人だけが持ってるわけじゃないの。」
「同じ利用権を持った人が何人もいる。」
先生が眉を上げる
「何人も?」
「そう。」
ラブは頷く
「だから皆、自分が本当の所有者になるために。」
「他の利用権保持者を襲うの。」
「"それが・・・。"」
「リゾート狩り。」
その場の空気が少しだけ重くなる
セリカが眉をひそめた
「何それ・・・最悪じゃない。」
アヤネも腕を組む
「利用権を奪い合うゲーム・・・という事ですか。」
「そんな感じね。」
ラブは肩を竦める
「島ごとに利用権を持った人達がいて。」
「皆、自分がこのリゾート群島全部を支配しようとしてる。」
「だから戦い、勝った方が奪う。」
ホシノが苦笑した
「うへぇ~・・・まるで戦国時代だねぇ。」
「そのまんまよ。」
ラブは自嘲気味に笑う
「だから私達も今までずっと勝ってきた。」
「リゾート狩り連勝中だった。」
「・・・だったんだけど。」
ちらり、と海を見る
沈んだホバークラフト
その姿にまた肩を落とした
「終わっちゃった。」
おっさんは腕を組んだまま考え込む
「・・・先生、その契約書。」
「持っとるか?」
先生は頷き
バッグから一枚の契約書を取り出した
「"あります。"」
おっさんはそれを受け取り、ざっと目を通す
二枚目
三枚目
そして最後の細かな文字まで読み切る
「・・・・・・」
黙ったまま読み終えたおっさんは、ふぅ、と息を吐いた
「なるほどな。」
先生が尋ねる
「"何か分かりましたか?"」
おっさんは契約書をひらひらと振った
「これ、毒素条項やな。」
全員が首を傾げる
「どくそ・・・?」
セリカが不思議そうに聞く
おっさんは契約書の一文を指差した
「ここや。」
【リゾート内全域の使用権限を得る】
「この【使用権限】。」
「めちゃくちゃ曖昧や。」
アヤネが契約書を覗き込む
「確かに・・・所有権ではなく、使用権限。」
おっさんは頷く
「せや、普通やったら。」
「何が出来て何が出来へんか。」
「全部書かなあかん。」
「でも、ここには一切書いてへん。」
契約書を閉じる
「つまり、後から何とでも解釈出来る。」
先生も表情が変わる
「"・・・契約の穴。"」
「そういう事や。」
おっさんは静かに頷いた
「最初から穴を作っといて、そこへ人間放り込んで。」
「勝手に争わせる。」
「そういう契約や。」
その場にいた全員が黙る
ホシノが小さく呟いた
「・・・趣味悪いねぇ。」
「悪趣味にも程があるわ。」
おっさんの目が少しだけ細くなる
「この契約書作った奴。」
「最初から人を争わせる気満々や。」
その声には、先ほどまでの軽さはもう無かった
静かだが、確かな怒気が滲んでいた
その時だった
ラブがふらりと立ち上がる
(・・・あぁ逃げる気やな。)
次の瞬間だった
「今よ!!」
カンッ!!
ヘルメット団達が一斉に何かを投げる
「閃光弾!?」
先生が叫ぶ
次の瞬間
バァン!!
眩い閃光
続けて
ボンッ!!
ボンッ!!
大量のスモークグレネードが炸裂する
白煙が一気に浜辺を包み込んだ
「うわっ・・・!」
「けほっ・・・!」
セリカ達が思わず目を覆う
煙の向こうから
ラブの声だけが響いた
「これで終わりだと思わないでよね!!」
「次会った時は今みたいにはやられないんだからー!!」
「撤収ーーーっ!!」
バシャバシャバシャッ!!
海へ飛び込む音
先生が煙を払う頃には
ヘルメット団の姿は綺麗さっぱり消えていた
「"逃げられましたね・・・。"」
先生が苦笑する
ホシノも頭を掻いた
「うへぇ~元気だねぇ。」
おっさんだけは、煙の向こうをじっと見つめていた
逃げた方向は分かる
追い付く事も出来る
だが
「・・・今はどうでもええ。」
ぼそりと呟く
先生が振り返る
「追わないんですか?」
「追わへん。」
おっさんは契約書をひらひらと持ち上げる
「今のおっさんにとって、逃げた連中より。」
「こっちの方が百倍気になる。」
その声音は、完全に仕事人のそれだった
先生も頷く
「・・・私も調べてみます。」
「シャーレのデータベースなら何か出るかもしれません。」
「せやな。」
おっさんも頷く
「おっさんも一回祈願屋戻る。」
「この契約、誰が作ったか。」
「元締め探したるわ。」
その言葉にアヤネが安心したように笑う
「それなら安心ですね。」
ノノミも頷く
「私達はこのリゾートの後片付けをしてから帰ります~。」
「せっかく直した施設ですし、そのままには出来ませんから。」
ユメも手を挙げた
「ヘリはそのまま残ってるし、それでアビドスまで戻るね!」
先生は頷いた
「"じゃあ私も、そのヘリで――"」
「先生。」
おっさんが遮る
「"ん?"」
「先生は俺が送ったる。」
にっこり
それは今まで見た中でも一番爽やかな笑顔だった
「最速やぞ?」
「喜べ。」
先生の頬が引きつる
「"・・・アンラさん。"」
「ん?」
「"さっき、ワカモの時に助けなかった事・・・根に持ってます?"」
おっさんは首を傾げる
「いんや?」
「全然?」
「もっとらんでぇ?」
間延びした関西弁に爽やかな笑顔
――逆に怪しい
ホシノが先生へ小声で囁く
「先生ぇ~おじさんだったら逃げるね。」
「"私もそうしたい・・・。"」
先生は遠い目をした
しかし
おっさんはもう先生の襟首をひょいっと掴む
「ほな帰る準備や。」
「"ちょ、ちょっと待っ――"」
そのまま先生はずるずるとコテージへ引きずられていく
その姿を見送るホシノ達
ホシノはぽつりと呟いた
「・・・先生、ご愁傷様だねぇ。」
ユメは苦笑しながら手を合わせた
「先生、頑張ってね・・・。」
数分後
【先生に割り当てられたコテージ前】
「"アンラさん、本当にヘリでいいですから!"」
「何言うとる。」
おっさんはまとめた荷物を持った先生を眺めながら笑う
「最速言うたやろ。」
「"最速は求めてません!"」
「安心せぇ、一瞬や。」
「"一瞬だから怖いんです!"」
先生の必死な抗議におっさんはケラケラ笑っている
そんな様子を、コテージの外からホシノ達が見守っていた
「先生ぇ~。」
ホシノが手を振る
「生きて帰ってくるんだよ~。」
「"縁起でもない事言わないで!"」
「うんうん!」
ノノミも笑顔で手を振る
「先生、気を付けてくださいね~!」
「お気を付けて!」
アヤネも続く
セリカは苦笑い
「・・・まぁ、頑張ってね。」
シロコだけは少し羨ましそうだった
「ん。ちょっと楽しそう。」
「"楽しくないよ!?"」
先生が思わず突っ込む
その横で、おっさんは先生の荷物をひょいと持ち上げる
「忘れ物ないな?」
「"うぅ・・・はい。"」
「ほな行こか。」
そう言うと、おっさんは先生をひょいっと横抱きにした
「"ちょっ!アンラさん!"」
「"毎回これなんですか!?"」
「これが一番手っ取り早い。」
「"早さの問題じゃありません!"」
先生が真っ赤になって暴れる
しかし、おっさんは全く気にしていない
「先生、一個だけ頼む。」
「・・・?」
「シールド張っといて。」
先生は首を傾げた
「アロナ?」
『はい!』
シッテムの箱の画面がぼんやり光る
『先生、どうしました?』
「えっと・・・アンラさんがシールドを張ってほしいって。」
『分かりました!』
キィィィン――!!
青い光が先生の身体を包み込む
「これでええ。」
おっさんは頷いた
「じゃあ行くで。」
「"えっ、ちょっ──"」
ドンッ!!!
踏み込んだ瞬間
砂浜が爆ぜた
先生の視界から地面が消える
「"えっ。"」
「"え?"」
「"ええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?"」
一瞬
本当に一瞬だった
次の瞬間には
雲の上
真っ白な雲海が、眼下へ広がっていた
「"・・・。"」
「"・・・・・・。"」
先生は口をぱくぱくさせる
「着いた。」
おっさんが平然と言う
「雲の上ですけど!?」
「まだ上昇終わっただけや。」
「まだ!?」
先生が叫ぶ
おっさんは空を見上げる
遥か頭上
巨大なヘイローが、青空いっぱいに広がっている
「サンクトゥムタワー目指して飛んでいくで、」
おっさんは当然のように答えた
「"安全運転でお願いします・・・。"」
先生が涙目になる
「障害物なんぞなんも無いんやから安全やな。」
おっさんは軽く膝を曲げた
「ほな横行くで。」
「"ちょっと待っ──"」
バァンッ!!
空気が爆発した
景色が
線になった
「"いやあああああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!"」
マッハ10
雲海を裂きながら
おっさんは空中を蹴る
一歩
また一歩
虚空そのものを足場にするように
音より速く
一直線に
先生はおっさんの腕の中で必死にしがみ付く
「"速い速い速い速い速い!!"」
「"景色が見えません!!"」
「見んでええ。」
「"見なくても怖いです!!"」
おっさんは笑う
「アロナのシールドあるやろ。」
「"ありますけど!!"」
「"ありますけど怖いものは怖いです!!"」
その時だった
おっさんがさらに踏み込み加速する
ドゴォォォンッ!!
「"ぎゃあああああああああああああああっ―――"」
先生の悲鳴が途中で途切れる
アロナのシールドで塵等のゴミの衝突を消してるとはいえ、
あまりの恐怖に先生の意識が飛んでいた
「む・・・。」
おっさんが横を見る
先生の返事がない
腕の中では先生が完全に白目を剥いていた
「"・・・。"」
「気絶したか。」
おっさんは苦笑する
「まぁその方が楽か。」
そう呟くと、さらにもう一度空を蹴った
その身体は流星のようにシャーレへ向かって一直線に飛んでいった
【シャーレ本部】
雲を突き抜け、サンクトゥムタワーのヘイローの輝きを背にしながら、おっさんは減速し
シャーレの屋上にあるヘリポートへと到着する
「・・・着いたで。」
腕の中では
「"・・・・・・"」
先生は寝たままだった
「お客さん、目的地に着きましたよ。」
ゆすっても起きず
「・・・まぁええか・・・」
そのままシャーレ内に進入し、
先生をシゃーレの部室の仮眠室に寝かせた
「ほな先生、またな。」
小さく笑うと、その姿はふっと空気へ溶けるように消えた
【アビドス都市部・祈願屋事務所】
カラン――
玄関の扉が静かに開く
「ただいまー。」
気の抜けた声が事務所へ響く
その瞬間
応接用ソファーから聞き慣れた声が返ってきた
「・・・おや、思ったより早かったようだね。」
「もう少し長居するものだと思っていたよ。」
ソファーへ身体を預けたまま、片手で菓子を摘まむセイア
本を読みながら、完全にくつろいだ格好でこちらを見ていた
「セイアお前・・・。」
「そこら辺のおっさんみたいになってきよったな・・・。」
セイアは小さく本を閉じる
「・・・君は本当に失礼だな。」
「これでも一応、自分なりに休息を満喫しているだけなのだが。」
「それで、休暇は楽しめたのかい?」
おっさんはローブを脱ぎ、椅子へ腰を下ろした
「最初はな。」
「最後で全部吹っ飛んだわ。」
「・・・・・・。」
セイアは菓子を口へ運ぶ手を止める
「その様子だと何かあったようだね。」
「聞かせてもらえるかな。」
おっさんは机へ一冊の契約書を放り投げた
ぱさり
セイアは静かにそれを手に取る
一枚
また一枚
ページを捲る度に、その視線は少しずつ鋭くなっていく
「・・・ふむ。」
さらに読み進める
「成程。」
最後のページで手が止まった
静かに契約書を閉じる
「・・・そういう事か。」
おっさんが腕を組む
「気付いたか。」
セイアは契約書を軽く叩く
「この【使用権限】という一文。」
「ここだけ定義が極端に曖昧だ。」
「土地、施設、物品。」
「その全てを含む、とだけ記されている。」
一呼吸置く
「つまり、解釈次第では契約者へ際限なく権利を与えられる余地が残されている訳だ。」
「あぁ。」
おっさんは頷いた
「このリゾート利用権を何人にも配っとる。」
「そんで勝手に奪い合え。最後に勝った奴が全部持って行け。」
「そんな趣味の悪いゲームや。」
セイアは静かに頷く
「契約そのものが争いを誘発するよう設計されている。」
「実に悪趣味だ。」
「そういう事や。」
おっさんは椅子へ深く座り直した
「使用権限なんて曖昧な文言。最初から穴を作っといて。」
「後から好き放題解釈出来るようにしとる。」
「毒素条項そのものや。」
部屋へ静寂が流れる
セイアは契約書を机へ戻した
「・・・ところで。」
「大人組だけ戻った、と言っていたね。」
「先生は?」
おっさんは何でもないように答える
「シャーレへ送ってきた。」
「送った?」
「帰り道で気絶したからな。」
「・・・また飛んだのかい。」
「飛んだ。」
セイアは目を閉じ、小さく息を吐く
「君も相変わらずだね。」
「先生には少し同情するよ。」
「シールド張っとったし平気や。」
「問題はそこではない気がするのだがね。」
珍しくおっさんも苦笑する
その空気も長くは続かなかった
おっさんは指を組み、表情を引き締める
「さて、どこのどいつか知らんが。」
「アビドスに舐めた真似した分は、きっちり落とし前付けてもらわなあかんな。」
部屋の空気が一瞬で変わる
セイアはその横顔を見つめ、小さく呟いた
「・・・出来れば。」
「トリニティとは無関係である事を祈りたいものだね。」
おっさんは鼻で笑う
「まぁ、仮にトリニティやったとしても。」
「行方不明者が一人増えるだけや。」
穏やかな笑み
だが、その声には一切の冗談が混じっていなかった
数秒の沈黙
セイアは肩を竦め、小さく息を吐く
「・・・君は時折。」
「本気とも冗談とも付かない事を口にする。」
「冗談や。」
おっさんは軽く笑う
セイアも口元だけ僅かに緩めた
「・・・そういう事にしておこう。」
窓から差し込む夕陽が、机の上へ置かれた契約書を赤く照らす
その赤は、まるで血の色にも見えた
おっさんは静かに立ち上がる
「ほな、この契約を作ったアホ探しから始めるか。」
飄々とした声
だが、その瞳だけは笑っていなかった。
祈願屋の静かな事務所に、夕暮れだけがゆっくりと流れていた
お労しや先生。
先生は血管迷走神経反射により意識が飛びました。
そして、このイベントの内容を知ってる人なら判りますが、
もちろん犯人はあのくず鉄です。
あ、そう言えば作中では書いてませんが、
流石にアンラも可哀想に思ったのか、ラブ達が乗っていたホバークラフトは、
創造魔術で修復しておいたので、沖合でプカプカ浮いています。
浜辺に不自然に出来た海水の池がまた広がりました。
まぁと言う事で!一旦はアビドスリゾート編終わり!
次のお話であの屑鉄がスクラップになるお話をちょっと挟んで、
本社に嫌味言う話も入れて、
それが終わったら先生とのディナーが入って、
とうとう始まるエデン条約三章。
メッチャ長かった・・・w