内務局員アンナはお掃除をがんばります!   作:朝日橋立

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八話め 新しい家です!

 軍帽のつばの先に、すれ違う人を見ていた。

 全体的に、このヤウザ士官学校には若い人が多い。

 現場上がりの人が少ないらしかった。

 

「ねえねえ、アンナちゃん」

 

 マルファさんが小さな声で囁く。

 教室での出会いから動きを共にしている。

 イヴォルギンさんは途中からはぐれてしまった。

 

「どうしました?」

 

 こちらも小さな声で返す。

 何となく新入生の中には、張り詰めた空気感がある。

 初々しいというのが正解かも知れない。

 

 記憶の彼に曰く、こんなものらしい。

 しかし、私的な会話は許されているから不思議なものだ。

 勿論、許されない範囲はあるけどね。

 

「寮って同室かな?」

 

「どうでしょう。そもそも何人部屋でしょうね」

 

「タコ部屋じゃないかなぁ。少し嫌気が差しちゃうよ」

 

「そうですかね?」

 

 あんまり分からない感覚である。

 寝込みを襲われる恐怖はあれど、これはあんまり問題ないはずだ。

 ここは誇り高い赤軍だし、最悪抵抗する手段もある。

 

「私、今まで実家を出たことなかったから緊張しちゃうの」

 

「ああ、それなら私も似たようなものですよ」

 

 本当の実家で何年過ごしたかは、実際のところあんまり分からない。

 でも、内務局の寮が実際の実家みたいなものだ。

 

 あそこは一人部屋だった。

 カレーニンさんに貰ったものが沢山のあそこに、週末なんかに帰れたらなと思う。

 でも、潜入は徹底しないといけないから帰る訳にいかない。

 やっぱり一か所に綻びがあると、そこからほどけてしまうものだからね。

 

「へえ、そっちはどこにあるの? 私はピーテルの方」

 

「私はずっとヤウザです。それにしてもあっちの方なんですね。確か古都ですよね。どんな街なんですか?」

 

 サンクト・ピーテルは以前カレーニンさんが仕事をしていた街である。

 ふと、彼の過ごした街はどんなものかが気になった故の質問であった。

 

「えっとね、綺麗な街だよ。大きな建物がたくさんあって、こっちと似たような感じ」

 

 首都がヤウザに移ってから何年だったろうか……。

 ……あっ、ありがとう。

 記憶の彼曰く、二十年と少しらしい。

 

 ……なんだか今日は彼が少し活発な気がする。

 うるさくて無視して以降、あんまり話してくれなかったから懐かしいものだ。

 

 でも、また小言を言われちゃうなぁ、と思っているとマルファさんの声が耳に入る。

 

「結構大きいね」

 

「えっ、そうですね。大きいです」

 

 思ったよりも大きな寮だった。

 灰色の、無機質な建物である。

 長方形にほど近いこれは、街に並んでいるものと同じだ。

 

 部屋の割り振り表が玄関先に張ってある。

 知っている名前が私を除いて二つある。

 知らない名前も同様で二つだ。

 

「やったね、同じ部屋だよ」

 

 マルファさんが言う通りだ。

 これに加えてケーレルさんも同室なことを考えると、分隊で固められているようだ。

 

 話をせずに去った二人の名前も知ることができた。

 レフ・ニコラエヴィチ・カラーモフとドミトリー・ジェーヴシキン。

 

 私はこれらをまず疑うことを決めた。

 会話を避けた彼らのやましさ、あるいはその要因を探らなければならない。

 小さな綻び、黒点は雪原から排除されねばならないのだ。

 

「えっと、三階の二号室みたいだね。アンナちゃんもう大丈夫?」

 

「はい、行きましょうか」

 

 階段を上って辿り着いた部屋を開ける。

 二段ベッドが六つ部屋に置かれている。

 分隊の基本単位は一二人だ。それを考慮しているのだろう。

 

「少し狭いですね」

 

 名前の書かれたベッドを探しながら声を発する。

 去年に捜査した孤児院よりも幾分もマシだが、それでもあんまりベッドの質は良くない。

 暫くの間はこれか……。

 

「でも、思ったよりは広いかな」

 

「どんなのを想像してたんですか?」

 

「うーんと、雑魚寝?」

 

「流石にありえませんよ」

 

 ……ところで件の孤児院の児童はまた別の場所に移ることになったらしい。

 私は捜査と逮捕がメインで、後処理は全く関わっていない。

 そもそも私はこの事件にいまだ不満があるのだ。

 解決後、結局のところクッキーなんかのご褒美を買うことができなかった恨み。これを忘れてはいない。

 

 しかし、これは子供とは全く無関係の、私事だということは分別が付く。

 実際にこの前子供たちと会う機会があったのだが、決して顔には出していない。

 

 「ありがとうございました」

 

 こんな風に言ったのは年長の子供で、とても嬉しかった事実はある。

 容疑者に怒られることはあれ、褒められることはないのだ。

 

 珍しいことに、喜ぶ感性は持ち合わせている。

 私は私の掃除が意味をなしていることを実感できたのだから。

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