内務局員アンナはお掃除をがんばります!   作:朝日橋立

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九話め よろしくお願いします!

「ああ、うん……なんて?」

 

 電話越しの声に頷く。

 普段電話を使わないものだから、こんなにノイズが多いのかあと息を吐く。これで三度目の聞き返しだった。

 

「潜入はできた?」

 

「うん、それはできた。少し目立つけど大丈夫そう。対象も決めた」

 

「了解。気をつけて」

 

 長いようで短い会話も終わって、やっと一息をつく。

 久しぶりのナスターシヤさんとの会話だったのに、と思う心もあった。けれどいかんせん疲れるものだった。

 

「何やってるの?」

 

 ため息を吐いていると、ケーレルさんが後ろから手元を覗いてくる。

 

「何でもないですよ。ただ帽子が少し曲がってるかなって」

 

 電話は懐にしまい込んでいた。

 小さくて良かったものだ。その分ノイズが多いのが玉に瑕だが。

 

「うーん、なんだか話し声が聞こえた気がしたんだけどな」

 

「気のせいじゃないですかね。どこか遠くの声を聞いたのかもしれません」

 

 ケーレルさんの目に、大した疑惑は浮かんではなかった。

 ただいまだに納得していないという様子が見て取れた。

 

「ところで今日ってまだ何かありましたっけ。少し記憶に自信がなくって」

 

 今朝に教師がしていた話を、思い出せないというように振る舞う。

 ケーレルさんは目を瞑って考える素振りを見せた。

 

「そういえば、先輩からなんかあったっけ……」

 

「もうすぐ時間ですよね。部屋の前に戻りますよ」

 

 どうやらもっと通信をする場所を考えないとな、と思う。

 物置の近くだったら大丈夫だと思ったのだが、中々思い通りにはいかないものだ。

 ……そもそも、どうしてケーレルさんはあそこに近づく必要があったのか。

 

 ケーレルさんは軽い足取りだった。

 廊下をスキップで進んでいる。

 身長の高い彼は、その長めの髪を振り回している。

 

 何か特別な理由があった訳ではない。

 しかし、彼にも疑いを向けることを決めた。

 

 反革命分子のなかに、彼のような軽薄さを持った人は多い。

 特別汚らしい人達だ。

 同志という言葉を知らない反革命の人たちだった。

 

 ……部屋の前には、まだ面識のない人も含め分隊員が揃っている。

 そのどれもが無表情に私を見ていた。

 この視線には不満が隠れていたことを否定はしない。

 

「遅くなりましたかね」

 

 マルファさんに小さく声をかける。

 彼女は首を横に振った。

 

 依然として刺さる不満の視線に、少し溜息を吐きそうになった。

 果たして彼らは何のためにここにいるのだろうか……。

 ともに国に尽くす同志を、何だと思っているのか。

 

 全く偉大な赤軍に相応しくない。

 これらの汚れが沢山あると思うと、やはり嫌気が差す。

 

「やあ、諸君待ったかな」

 

 演劇めいた言葉に顔をあげる。

 バレエでも踊るような調子で現れた男は、とても大きな体格をしている。

 その様子が少し滑稽に思われた。バレリーノだとしても、やはり大きい。

 

「さて諸君、付いてきたまえ」

 

 一貫した滑稽な口調に、困惑している人を見つけた。

 ドミトリー・ジェーヴシキン。面識のない分隊員だ。

 後を追いながらも、ジェーヴシキンさんの側ににじり寄った。

 

「ここが諸君らの食堂である」

 

 こんなような説明を聞き流しながらも、観察を続ける。

 ジェーヴシキンさんはどうやら未知に弱いようだ。

 当惑が長引いていた。今はもう落ち着いた様子であるが、彼が先輩に向けるのは嫌悪の視線だった。

 

「問題だ。この講義堂はいつできたと思う?」

 

 唐突な問いかけが私たちを襲った。

 先輩は興味深そうにこちらを観察すると、ジェーヴシキンさんを指さした。

 

「ここ数年なのは分かりますが、それ以上は……」

 

「正解は半年といったところだ。大きく外すと思ったんだがな」

 

 先輩は少し落胆したと言った様子である。

 

 講義堂には大理石の柱なんかが目立つ。

 特に革命英雄の銅像も置かれていることなんかを見ると、まるで帝政の名残のようだ。

 

「よく最近だって分かりましたね」

 

 ジェーヴシキンさんを小さく称賛した。

 彼は私を見下ろす。これは物理的な観点からのことであるが、他意が含まれていることもあるかもしれない。

 しかし、気難しいものだ。

 

 あんまりにもなら逮捕でもしてやりたいよ。

 ……まあ、するつもりはないんだけどね。

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