イヴァン・アレクセイという名前を聞いたのはつい先日だった。
砲兵科二年、民生工場長の子らしい。
尊敬されるべき身分の子供は、どうやら何かやましいものを抱えているようだ。
「先輩、ご一緒してもよろしいですか?」
このように声をかけて彼の表情を見る。
一瞬の鋭い視線があった。
「ああ、いいよ。君はカラーモフの分隊の子だったかな?」
「はい、先日ぶりですね」
彼とカラーモフさんとの間に繋がりがあったことに、感謝するばかりである。
どうやらカラーモフさんは入学前の友人があっちの方にいて、それに端を発した関りらしい。
「授業では習ってるんですけど、あんまり砲兵さんというのを私理解できてないなって感じがして……。お話が出来たらなって思いまして」
「士官の方だったけ。君はやる気がある子だね」
長机の隣に腰を掛けた。
彼をちらっと見ると、目があった。
「どうしました?」
「いや、君は何を聞きたいんだ?」
「えっと、そうですね。……制圧効果なんかを知りたいんですけど、たぶんこれはあんまり聞いちゃダメですよね」
「いいや、君も冬に見ることになるからいいよ」
「冬に何かあるんですか?」
「総合火力演習があるんだよ」
総合火力演習。諸兵科連携の訓練をしようということだろう。
なるほどこれは聞いたことがなかった。
「へえ、いつもの訓練を大きくした感じですかね?」
「俺はそっちの方は知らないけど、まあ似たようなものだよ」
アレクセイさんはこの間に、あんまり瞬きをしていなかった。
これが緊張によるものにはどうにも思えない。
……サンクト・ピーテル出身だったろうか。
あそこはあれの支持基盤もまだ残っている。
レフ・ルイコフ。
世界永続革命論者でかつ連邦最大の敵。
まさに赤軍の汚点であるとよく言われたものである。
さて、イヴァンさんへの疑惑が始まった要因は、彼があまりにも外を知りすぎていることであった。
しかしルイコフ派だと考えると、全くこれは納得できる。
あれらほど軍部での権力を求めてる勢力もない。
そもそも地盤があるのだ。
ルイコフが赤軍の創始者であるがゆえに。
「私気になってきました。えっと、そうですね……。あっ、もうこんな時間。開いてる時間ってありますか?」
イヴァンさんの顔を見上げて言った。
彼は頷いて口にした。
「夜の方は空いてるよ」
*
結局のところ昼と夜の接触を通して、確証は得られなかった。
しかし、何らかのことは隠しているのではという疑問は深まった。
それも、彼が出身をヤウザだと偽った事実がある。
本当は怒られる行為なのだが、今は宿舎から抜け出している。
砲兵科の宿舎にやっと辿り着いたところで、通信機の帯域を変えていく。
やっと聞こえてきたのはモールス信号だった。
……端的に言うと、意味が分からなかった。
数字と文字の混ざった羅列。
……ああ、暗号文か。
流石に解読は容易ではないか。
一つの小さな希望で、記憶の彼を頼ってみても首を横に振った。
一度溜息を吐いて元の道を戻っていく。
「ああ、ああ、こちら七五、七五」
「七七、七七」
「砲兵の落とし物があった」
それから簡単に次回の時間と帯域なんかを交換して通信を終えた。
さて、どうにも面倒な調査になる予感があった。
しかし、同時にこれは絶対的に解決しなければならない事由だ。
汚れは排除されなければならないし、善人のふりをした悪人は存在してはいけない。
そして、その悪性は広がらせてもいけない。
一度汚れた雪を、雪原から取り除いて同じになるとは言えない。
だが、その一つの汚れを排除しない理由にもならない。
ただ徹底的な清掃の理由にはなる。