「ねえねえ、アンナちゃん」
呼ぶ声に顔をあげる。
少し眠たそうにしてる顔があった。
「どうかしました? マルファさん」
「ここちょっと教えてもらいたくって」
「ああ、えっとそこはこうですね」
少し端っこにメモを取って示した。
段々と寒さが辛くなってきたこの頃は、勉強ばかりをしていた。
「はあ、ちょっと疲れちゃったね」
マルファさんが息を吐いた。
突っ伏した彼女を見て、私も教科書を閉じた。
「確かに少し疲れましたね」
「何時間目だろう」
「うーん、そうですね。14時頃からですから、4時間前後ですね」
「そりゃあ疲れちゃうよ」
そんな彼女を笑いつつ、確かに疲れたと天井を見上げる。
もう少し先で学科試験があるのだが、マルファさんがその対策をしようと言い出したのだった。
あんまり勉強をしなくてもいけそうなものなのだが、どうしてもということで付き合っていた。
はあ、と息を吐く。
そして顔をあげると、見知った顔と目があった。
「やあやあ諸君、諸君」
このように声を挙げ近づいてきたのはケーレルさんだった。
彼はすぐ隣に腰を掛けた。
長椅子はあんまり長くはないが、しかしというものである。
「勉強やってるのかい?」
「うん、ちょっと私が不安でね」
「ほう、ところで菓子を持ってきたんだけど、食べない?」
「あっ、食べたいです」
さて、そうしてケーレルさんはクッキーを出した。
あっ、これは内務局時代に好んでいたものだ。
センスがいい。
「あっ、おい。カラーモフ!」
ケーレルさんが少し声を張った。
「何やってんだ?」
「茶入れてよ、菓子やるから」
「はあ? まあ良いが。手伝えよ、お前も」
「そこにドミトリー少年がいるぜ」
ジェーヴシキンさんに指が向けられた。
ずっと本を読んでいた彼は、やっとこちらに視線を向けたようだ。
「邪魔なんだが」
「あっ、それじゃあ私が淹れるよ。だからおいでよ」
マルファさんがカラーモフさんとお茶を淹れに行くのを見つつ、ジェーヴシキンさんの方に視線を向けた。
彼は依然として納得していない様だ。
「良いじゃないですか。お茶しましょ、お茶」
どうにも顔を顰められてしまった。
以前から変わらずに、嫌われているようだ。
「ずっとそうしてると、少し疲れるでしょう」
「疲れない。この程度では」
「ええ、でも良いじゃないですか。息抜きです。そうした方がこの後も集中できますよ」
さて、今のところこのように分隊で仲良くやろうという流れは、存在していなかった記憶がある。
そのためにというべきか、あるいはやはりというべきか、いまだ彼らに対して正しい認識を持てているつもりはない。
端的に言えば、この流れに巻き込んでしまおうと思ったのである。
「何読んでるんだい、少年よ」
ケーレルさんがそのように絡みに行ってるのを見た。
……ところで、彼はこのようなわざとらしい話し方をする人だったろうか?
疑問は残るが、しかしひどく陽気な日なのだろう。
はあ、とやはり溜息を吐いたのはジェーヴシキンさんであり、しかし予想外に本を閉じたのも彼であった。
「お待たせ」
マルファさん達が持ってきたお茶を飲み始め、やっとケーレルさんに疑問を呈した。
「ところでどうして突然に?」
「先輩殿から貰ったんだよ。媚び売っててよかったよかった」
へえ、と少し感嘆した。
あんまりそういった人の印象はなかったが、どうやら演技派らしい。
「あっ、今の言わないでよ、怒られちゃうしさ」
「うーん、そうですね……。どうしましょうかね」
「交渉だ。これを一個やろう」
いえーい、と受け取った。
ジャムの乗ったものだった。