「なるほど……。理解しました」
手渡された紙を返す。
目深に帽子を被った教官らしい人は、それを受け取ると礼をしてすぐに背中を向ける。
銃を構えなおしてから、ヘルメットに触れる。
手袋の先に硬いものを感じた。
「ふう」
息を吐いてから、再び木の間を歩いていく。
遠いところには薄っすらと光が見えるが、あれは前進陣地である。
暫く後ろの警戒陣地はここからでは見えない。
ちらちらと雪が枝葉の隙間を縫って落ちてくる。
何度目かも分からないが肩の雪を下ろす。
随分と軽くなったように感じて、また遠くばかりを見る。
人の気配のない林間に、少々物寂しさを感じる。
人の多いところは好きだ。そもそも人も好きだ。
話すことは楽しい。雪みたいな綺麗な感情を、言葉から感じるのが好きだ。
でも……。
まあ、いいだろう。
「こんばんは、交代ですよ」
暫く歩いてから警戒陣地へと舞い戻ってきた。
マルファさんの頬を叩いて彼女を起こす。
「ええ、もう」
薄っすらと目を開けた彼女は小さく零した。
気持ちは痛いほどに分かる。
「今日は一等寒いですから気を付けてくださいね」
「ええ、そんな!」
絶望したとばかりの彼女を少し笑いつつもヘルメットを外す。
ペタンと潰れた前髪を感じた。
「紅茶でも淹れて待ってましょうか?」
「うーん、嬉しいけどアンナちゃんは寝といて。朝からあんまり寝れてないでしょ」
昨日は確かに少し眠れなかったところがある。
それも理由はと言えば、遠い砲声がうるさかったからである。
「それじゃあお休み」
「頑張ってください」
見送ってから寝床に着く。
土の臭いを感じつつも、ゆっくりと瞼を閉じた。
さて。
手紙の内容を整理しよう。
もっとも整理する必要はないほどに簡潔なものであったが、これを再び理解することにはなる。
結論としてはイヴァン・アレクセイは黒だった。
これは何か確かな証拠があった訳ではないが、上の方がこれは怪しいと判断したのである。
仮に彼が白だったとしてもこの時点で黒だ。
そして、彼の一派自体にも嫌疑が掛かった。
学校へと帰ったらどうにも大きな仕事をすることになりそうだ。
「おはようございます」
久方ぶりに内務局の制服を着るのが、このようなことだとは予想はしていなかった。
確かにこういった可能性はあったのだが、無視をしていたと言えるかもしれない。
「えっと、君はアンナだよね」
「はい、レフ・ルージン砲兵科一年」
全くこの行為の必要性は感じない。
だが、上の方曰く本人の証言以外にも欲しいらしい。
それで適当に関わりのある砲兵の名前を出したらこれだ。
「さて、唐突にはなりますが、私は特にあなたの善良さを疑っているところではありませんよ」
既に少々疲れがある。
これで何人目だったろうか……。
途中から数えるのをやめているから分からない。
「それじゃあ君はなぜ僕を呼んだのかな」
「これはある一つの仕事として、と言うべきなのでしょう。しかし実際に言葉にした方が早いものです。イヴァン・アレクセイとその一派を私たちは、反革命の一派であると考えています」
「なっ……」
言葉を失ったと言う様子だ。
実際それにも疑問はない。
「そこに掛けてください。今からの言葉は全て記録されますから、考えて発言していただけるとこちらも嬉しいです」
いまだ納得していない様子であるが、彼は腰を掛けた。
このとき抵抗するようだったら、黒と確定を出されるものだから彼は賢いものだ。
「難しいことを抜きに問いかけましょう。貴方は党の敵に加担しましたか?」
「してない!」
一瞬視線をやると、書記がカタカタとペンを走らせている。
彼と視線が合った。
「しかし、そうとは思えない。我々はある通信を傍受しました。内容はと言えばいうことも憚られるものです」
彼の側まで寄って手を握った。
「けど、私にはアナタがそんなことをするとは思えません。ですから協力していただけませんか。ただ、イヴァン・アレクセイは反革命だったと言っていただけばいいんです」
…………暫くして書記と目があった。
存外に仕事はすぐに終わった。
やはりあの通信に何かあったのだろうか……。
全く自分たちの組織を信用できていないというべきか、あるいは純情というべきか。
リストを見ると、やっと終わりが見えてきた。
しかし、この内何人かは既に極東へと送られてしまった。
どうやら私が担当していない何人かは、致命的なことを吐いたらしい。
……それを吐かせた手法は知らないが。
レフ自体も始末はどうなるものだろうか。
まあ、他と同じく配置転換で終わりだろう。
これから彼を殺す証言が出ないのであれば。
余談
タグに「女主人公」「戦争」「成り上がり」タグを追加しました。
ネタバレ的タグ追加は憚られるものですが忘れないうちにね。