セミョーン将軍が西方基地に左遷されてくると聞いたのは昨日の午後のことだった。
粛清人事といえばそれに尽きるのだろうが、中央の気は知れたものではない。
さて、本来私が何かをする予定などなかったと主張する。
しかしピョートル中隊長に仕事を任せられたのは今朝だった。
といっても秘書官じみたもので、書類をもって中隊長の後ろをついていくばかりである。
「やあ、ヴロンスキー君助かるよ」
と笑った彼の顔をよく覚えている。
しかし、私でなくても良いだろうに理不尽な。
ため息を堪えて中隊長の後ろに立つ。
聞くところによれば、彼はセミョーン将軍の部下だったらしい。
気難しいらしい将軍の対応を嫌って、それゆえの人選だろう。
ここに私と彼しかいないのもそれで説明がつく。
少しずつ寒くなった日中だった。
身震いしつつも中隊長の背中ばかりを見る。
彼は細かく貧乏ゆすりをしていた。
暫くして遠くから車の音が近づいてくる。
外車が到着すると、そこから口髭の豊かな老人が降りてくる。
「セミョーン将軍、お久しぶりです」
こんな風なことを言いながら、中隊長は手を揉んだ。
将軍は彼を一瞥すると、暫く悩むように口髭を触る。
「ああ、君はピョートル君か。久しいじゃないか」
……変な言葉の調子を感じた。
地方の方言的なものだろうか……。
「彼女は?」
「私も中隊を預かる身になりましてね。彼女は部下のヴロンスキー少尉です」
敬礼を続けているばかりであったが、将軍はこちらに歩み寄ると握手を求めてきた。
それに応えると、彼は満足げに頷く。
「さて、そこに私の荷物を持った者がいるだろう。君に任せても大丈夫かい」
承知いたしました、と仕事を引き継ぐと荷物持ちをしていた男はさっさと帰ってしまった。
どうやら左遷されてきたのは将軍だけらしい。
*
セミョーン将軍について彼の性格を考えると、よく分からない人だというのが全てである。
しかしながら、まあ気の良い人ではあろう。
彼は何故だかは知らないが、時折私に乗馬を教えてくれることがあった。
現代でそんな馬に乗る機会はないのだが、彼は竜騎兵であったことを誇りに思ってるらしかった。
「さて、ヴロンスキー少尉。君には友人を紹介したことがあったかな?」
「ご友人ですか? ……おそらくなかったと思います」
「あれは名馬でね。コサックで人生を共にした馬だった」
「はあ、コサック部隊だったのですか?」
「離反してこっちに来たのだがね。いや、しかしコサック部隊はだね。中々よいものだ。馬がよい」
こういう悪癖があった。
結局のところ彼は軍人と言うよりも、馬が好きなだけの老人である。
「ああ。コサックといえばここにもあるだろう。あれと会ったことはあるか?」
「そうですね……。なかったと思います」
「あれはいかん。こっちにも白軍にもつかなかった日和見主義者だ。それにあれらは馬が好きじゃない。殺人が好きなだけだ」
彼の主張が理解できるかと言うとできていない。
そもそもコサック部隊自体は結構文化的なものだろう。
式典だけに出る名目上の部隊と言うべきか……。
いや、しかし日和見主義者か……。
反革命が潜んで外と繋がってる可能性も考えられるか。
一度探ってみるのがよいかも知れない。
おそらくではありますが、来年に入るとだいぶ更新が鈍化します。
そのため今年中にこの章と次章までを終わらせることを目標に、少し加速するかもしれません。