二十六話め 心地よい場所です!
アールグレイティーを淹れると、その強い香りばかりが鼻につく。
紅いお茶を二個のカップへと注ぐ。
適当な茶菓子を取ると、小走りに部屋へと戻っていった。
「カレーニンさん、カレーニンさん。お茶淹れましたよ」
さて、こちらに帰って暫く、私はカレーニンさんの補佐を任されるに至った。
あんまり表に出すべきではないが、これほど嬉しいことはない! とウキウキとした心持で生活を送っている。
「ああ、もうこんな時間か。いただこうかな」
「はい、えっと、どうぞ」
美味しい方のクッキーを殆ど彼に渡してお茶を飲んだ。
やはりこの部屋は良い。
座っているだけで力が抜けてしまう。
「うまくなったじゃないか」
「しっかり練習したんですもん。さらにうまくなりますよ、期待してください」
カーレニンさんは笑うと、クッキーを口にした。
どうでもいいが少し惜しくはある。
それなりに高いクッキーなのだし……。
「もう、笑わないでくださいよ。少し恥ずかしいです」
チビチビと紅茶を飲み続けた。
その間に話したことと言えば、カレーニンさんが最近読んだ本のことだったり、仕事だったり、その他の些事についてである。
ところで些事と言えば、こっちへ来るまで幾つかの紆余曲折があった。
例えば秘密政治部から情報部に異動になったかと思えば、捜査部へと異動して、再び秘密政治部へと帰ってきたのである。
と言っても情報部では特に仕事がなく、捜査部ではお茶くみだけをしていた。
しかし、まあこっちでの仕事はたくさんあって今ここにいるのだ。
それまでのことなどやはり些事であったと言える。
「ああ、午後から少し出るから、準備を頼めるか?」
「はい! 勿論です。何か特別必要なものはありますかね?」
カレーニンさんが首を横に振った。
中途半端なお茶を置いて、さっそくと仕事に取り掛かることにした。
*
カレーニンさんが仕事で出た後もそれなりに仕事はあった。
けれど、定まらない立場の為に捜査の仕事なんかはあんまりない。
労働意欲がないというのは違うが、楽なのでこれはこれでいいものだろう。
「あっ、アンナちゃん」
掃除をしていたら懐かしい声を聞いた。
といっても、赤軍に潜入していた時にも度々通信をしていたので、それほど懐かしいとも感じなかったが。
「お久しぶりです、ナスターシヤさん」
「帰ってきたならいってよー」
と間延びした言葉を彼女は言う。
思えば彼女と私の立場は少尉というもので並んでしまっていた。
いつのまに、と思いはするがしかしそんなものなのだろう。
「あはは、忘れてたというと冷たいですけど、少し忙しくってですね」
「ああ」
彼女は少し気まずそうに頬を掻いた。
それから逡巡したような顔を見せ、頭を下げる。
「ごめんなさい。私たちの失敗で」
さて、潜入をしていたときに諸情報を調べていたのはナスターシヤさん達だった。
ケーレルさんを含めた分隊員の出生、両親のこと、あるいはもっと私的生活のことだ。
それを信用したというべきか、ケーレルさんを信用したというべきか……。
「いえ、私の見る目がなかった、私の無能のための失敗ですよ」
どうにも申し訳なくて、こちらこそと頭を下げた。
ケーレルさんの生活に近かったのは私だし、そもそも出生情報を洗った所で彼の裏切りは予測できない。
確かに内務局というか、こちらの部署が情報でおくれをとって共有情報が足りなかったのは事実だろう。
それを知った時にはとても悔しい気持ちがあった。だが、今はそれを気にしようとも思わない。
今更気にしても仕方ないというと、これは開き直りだろう。
ただもうどうしようもないのも事実だ。
ケーレルさんは既にこの国からとんずらしてどこかへと逃げた。
そして、私はカレーニンさんのお手伝いさんだ。
「えっと、そうだ! また今度お茶でもしましょうか」
「いいですね。私お茶を淹れるの上手くなったんですよ。素晴らしいものを飲ませてあげます」
…………。
悔しさがないといえばウソになる。
全く嘘になる。
自分が無能になり下がった屈辱もあれば、失敗の責任を宙ぶらりんにされていることもある。
そして毒にも薬にもならない、喜ばしいが価値のない、役に立てない仕事しかないこともそうである。
もっと、もっと役に立つ人間でないといけないのだ。
ストックはないですが連載再開します。
本章は前半の部と後半の部に分かれているので、前半終わったあと少し休む可能性はあります。