内務局員アンナはお掃除をがんばります!   作:朝日橋立

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二十七話め 政治家さんです!

 空を見ると、とても綺麗な月が浮かんでいた。

 今夜はよく晴れるのだろう。

 

「さて、行きましょうか」

 

 名前の知らない同僚に声をかけた。

 おそらく後輩さんなのだろう。顔も見たことがない。

 

 今朝から見続けている玄関を叩いた。

 先程家主が戻るのを見たので、この家に人がいるのは分かっている。

 

「はい」

 

 そんな声とともに扉が開けられる。

 後輩さんに目配せをし、扉を掴んでもらった。

 

「今晩はとてもよい夜ですね。少々お話を伺いにやってまいりました」

 

 女性は少し緊張した様子を見せた。

 家主に逃げられるわけにはいかないので、さっさと話を済ませるべきだろう。

 

「内務局です、セルゴ氏の捜査にご協力を」

 

 優しい笑顔を浮かべる。

 これは最近会得した一つの戦略である。

 私に威圧感がない事実を考えると、理解のできない恐怖を与えるほうが有効なのだ。

 

 整った家。随分とお金を持っていそうな家である。

 貴族趣味、あるいは成金趣味……。

 貶す言葉は色々とあれ政治家らしいといえばそれに尽きる。

 

「適当に物を探してください」

 

 そんな風に指示をしてから書斎に向かった。

 この時間に彼は書斎で酒を嗜むことを知っていた。

 秘密警察の捜査力の素晴らしさである。

 

 扉を二三度叩いて、開け放った。

 本を開いて酒を飲む男と目が合う。

 セルゴ・ゴズロフ。

 政治局の重鎮である。

 

「なんだね? 君は」

 

「ゴズロフ同志、私は内務局からやって参りましてね」

 

「君は私を逮捕しに来たと?」

 

「ええ、理解が早くて助かります」

 

「私もどうやら落ちぶれたらしいな。ヤーシャに裏切られてしまった」

 

 ヤーシャというのはヤーコフ、ようは総書記長の愛称だろう。

 セルゴさんは気だるげに笑った。

 

「ここで抵抗をしたらどうなるのだね?」

 

「貴方はきっと不慮の事故に遭うでしょう」

 

「黙って逮捕されたのなら?」

 

「さあ? それは私の知るところではありません。……参考程度にですが、政治犯で無罪放免は見たことがありませんね」

 

「私は苦しいのが嫌いでね。これでも医者をやっていたこともあるのだよ。ほら、他人の苦しみをなくす仕事だろう。……どっちが苦しまなくて済むのだね?」

 

「そうですねー、後者でしょうか? 開口一番に『私はやった』といえば終わります」

 

 セルゴさんは楽しそうに笑った。

 それから手を叩いていった。

 

「君はどうにも面白い人間のようだね。変に気難しい人間でなくて助かったよ」

 

 返す言葉が見つからなくて曖昧に笑った。

 この曖昧にというのは、全くこの言葉の通り曖昧である。

 

 

 

 *

 

 

 

 少しずつ捜査員としての仕事に復帰したのは、カレーニンさんのおかげもあるのだろう。

 ただ自分の力が全くなかったとは思いたくはない。

 事実として立場の偉い人を逮捕することが増えた。

 というよりも、小物が減ったというべきだろうか。

 

「ああ、死んだのか」

 

 新聞を見てそのまんまに呟いた。

 セルゴさんがどうやら心(・)臓(・)発(・)作(・)で死んだらしい。

 墓に参るつもりはない。しかし彼に何かを言おうとも思わない。

 

 ただヤーコフ・ヴァレンティノフ、あの男に思うところはある。

 セルゴさんはヤーコフが裏切ったと言った。

 そのヤーコフはセルゴさんの死を悲しむようなことを言っていた。

 

 眉を顰めることしかできないものだ。




連載初期を思い出しました。
こういうの好きです。
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