かなりの昇進の結果として伴ったものと言えば、やはり多少の責任と仕事だった。
といっても、下の方に仕事を割り振りつつ上との関係を調整する、言ってしまえば中間管理職の仕事であった。
あとは第三部長ということで、時折の茶番の会議にも出席することもあった。
全くつまらない仕事の数々だ。
これに嫌気が差して、時折現場にお邪魔することもあったのだが、またこれも嫌な顔をされてしまうのだから困ってしまう。
何やら責任をとれないからすっこんでろ、とでも言いたげな顔で見られてしまう。
これでも幹部なのだよ、私……。
「うーん、そろそろ疲れましたね」
執務室で一人で呟いた。
一般にお手伝いがこの部屋にいるべきなのだが、これは断乎として拒否した。
単に私の能力不足であるが、何者かを私は信用が出来ない。
外で待機してている彼がもしかしたら私を殺すのかもしれない。
こう考えると、仕事が手につかなくなってしまうのだ。
勿論公的な場ではしっかりお手伝いを頼んでいる。
なんたって一応ちょっと偉いのでね。
コートを手に取って扉を開くと、お手伝いさんと目があった。
彼は一瞬怪訝な顔をすると、その口を小さく開いた。
「また
「あはは……。どうにも性に合わないんですよ」
仕事の息抜きに仕事をするのはとても可笑しなことである。
この指摘を受けた時に、私はこれを趣味だと言おうと考えた。
しかし、実際そう考えるのも可笑しい気がした。
もっと小さい頃、この仕事ですら嫌なものだと考えていたはずなのだしね。
「何か趣味はないんですか? 第三部長なら許されると思いますよ」
「うーん、難しいこと聞きますね……」
実際、趣味と聞かれるととても難しい。
雪を見ようにもまだ降ってないし、ヴァイオリンだって絵だって、これもどうせ仕事だ。
なにか他人と話そうと思って、逆に疲れてしまうのも嫌だし……。
「一つ、失礼なことになるかもしれませんが、どうにもこれまで見てきて印象が変わりました」
「はあ、印象ですか」
「何もかもをつまらなそうになさる」
想定外な指摘である。
それなりに楽しんでいたつもりだが、どうやら正しい認識を持てていなかったらしい。
「それに……」
続けようとする言葉を手で遮った。
息抜きに出ようとしているのに、これ以上小言を言われるのは何だか嫌だと思ったのだった。
さて、これから捕まえるのは、サミズダート、要は違法な本を売ってる人だ。
細々とした仕事であるが、あんまり身の危険もないのでそこまで怒られないのだ。
それに書店のリストもあるんで、すぐに仕事を終えることができる。
*
「君は……そうだったのか」
「どこかで会ったことありますか?」
ぱっとお邪魔して手錠をしたところで、彼はそんな風に言葉を吐くので、どうしても疑問はあるものだ。
昔の知り合いだったら忘れてしまったのは申し訳ないなと思うところもある。
それに、どうやら記憶力の欠乏を感じさせる。
……衰えというやつだろうか?
記憶の彼に問いかけてみた。
声をかけるのは久方ぶりだった。
小さな諍い以降彼からの言葉を無視して、少々疎遠になっていたのである。
……ほうほう。
あっ、いた気がする。
いや、まあ思い出したわけではないのだがね。
「久しぶりなのですかね?」
黙ってしまった男に声をかけた。
どうやら彼は士官学校前にお世話になっていた本屋さんだったらしい。
……うーん、忘れていたのはなんでだろ。全く不思議だった。
あっ、思い出した。
でも不思議だ。
確か私は彼を善い人だと考えていた。
しかし、目前の彼は善い本屋ではない。
人違いではなかろうか?
……まあ、いいか。もう忘れても良い人物だろう。
目前にあるのはやっぱり事実だけだ。
彼の幸不幸も何も知ろうと思わない。
*
偶然会う機会があったというべきか、あるいはもっと単純に言うと手紙を受け取った。
これもまた古い友人であるが、これはよくよく覚えている。
ほどほどに最近だというのもあるし、よく関わった分隊員だというのもある。
「いえーい、お久しぶりですねー。何年ぶりですかね」
何とも自然な感じに、彼に声をかけた。
……自然である。……うん。
「そこまで経ってないだろ」
こう返してきたのはドミトリー・ジェーヴシキンさん。確か私を嫌っていた人だった。
手紙を出してきたのはその彼だった。
すわ何をされるか、と緊張が走ったが手紙を読むうちに会うことにした。
あんまり悪意を感じなかったからである。
退役したことを皮肉ることは書いてあったが……。
「それからどんな調子だ?」
適当なカフェで彼が開口一番に言う。
何だか皮肉気な様子だが、少し腹芸が下手に見えた。
「うーん、小さな仕事をして細々と生活してますよ」
彼には嘘を吐くことにした。
素性を知られるメリットはない。
「他の奴らとはどうだ?」
「そうですねー、マルファさんとは時々文通してますね。っで、カラーモフさんとは全くです。ケーレルさんはね、まあ、はい」
裏切り者のケーレルさんではあるが、彼は一応先の戦争で死んだということで決着がつけられた。
裏切り者ではなく殉職である。
戦没者名簿に彼がいることは癪である。
そもそも死んでないし、売国奴だ。
「もう一度やり直したいとは思わないか?」
ジェーヴシキンさんは唐突にそんなことを言う。
彼は握った手を机の上に置いた。
細めた目でそれをみる。
悩ましいものだ。
これを受けたとして、私は再び出世コースに乗れるだろうか?
そもそも、今の立場で二足のわらじは履けるだろか?
しばし考えた。
うん、しばし考えたのだから十分だろう。
「ごめんなさい。今はまだ戻ろうとは思ってません」
「そうか」
短い返答があって、それからしばらくお茶を飲んで別れた。
またお茶会をしようと約束はしたが、実際行うかどうかは未定だ。