聖女戦線異常アリ   作:滝浪酒利

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第9話 速度についてⅡ

『………………うそ、そんな、こ、こんな、こんな……さ、作戦っ⁉⁉‼‼』

「ふふ、どうですか」

 

 戦慄(せんりつ)するターチャを横目に、倒れた兵士たちを片端から復帰させながら、累は得意げに呟いた。

 あの野戦病院で実験したおかげで、能力について大方の仕様は把握できた。

 この光は怪我だけでなく疲労や栄養不足や寝不足など、おおよそあらゆる体の不調に対して有効であり、さらに触れた人間の体力を一時的に回復できるのだ。

 つまり。

 

「死にそうになった兵士から順番に回復を繰り返していけば――あら不思議。全員が水も食料も休憩もトイレも睡眠も不要のまま、永遠に歩き続けられるのです」

『~~~~っ、じ、人道! 人道に反しています! ルイ様!』

「え? どこがです?」

『――――』

「むしろ誰も見捨てない、極めて人道的な作戦だと思いますよ。私は」

 

 この作戦の唯一の欠点は、力を使うことでの累自身の疲労だった。

 体力面での問題はない。疲れたら、自分自身に力を使えばいいだけの話なのだから。

 しかし、精神的な消耗は別だ。

 累は力を使うたびに、わずかずつであるが胸の奥の何かが削れていっているのを感じた、気力やる気、そういったものが。

 にもかかわらず、ほぼ一日中力を使い続けても、累はいたって元気だった。

 なぜならば。

 軍を指揮している。18世紀の戦争をしている。ボナパルトしている。

 推しの戦争を再現して、推しと同じ空気を吸っている。そんな夢のような状況に置かれたことで、累のテンションは天井知らずに高まっていた。

 あふれてくる無尽蔵の気力は、力を使うことの消耗を帳消しにしてなお余りある。こうして、累は奇跡の力のデメリットを完全に踏み倒していた。

 

『……そ、そういうことではありません、ルイ様! いくら回復できるとはいえ、兵士の皆さんの負担がひどすぎます! せ、せめて、もうちょっと普通に休ませてあげてください!』

「できません」

『どうしてですか⁉』

「これが戦争だからです」

 

 累はほとんど反射的に断言した。そのまま深く考えずに言葉を並べていく。

 

「私たちがやっているのは速度が命の奇襲作戦です。

 その必要が無いのに、みんなが可哀想だからなんて理由で休憩して、その間に敵に発見されて防御を固められたりしたら目も当てられません。

 そしてそうなった時に、命でツケを払うのは前線で戦う当の兵士たちです」

『そ、それは……』

「何も、私は好きでこんな事をしているのではありません。

 必要があるからしているのです。そして、その必要を要求してくるのはこの戦争という状況です。

 もしターチャさんがこの状況を早く終わらせたいと願うなら、なおさら、この作戦の速度を落とすわけにはいきません」

『そんな……でも、いえ……』

 

 半透明のターチャは口ごもり、すごすごと引き下がった。

 お、口から適当に思いつきを並べたらなんか効いてくれました。チョロいですねこの娘。

 そう思いつつ、累は楽しそうな鼻歌交じりに兵士たちを回復させていった。

 

「……マジかよ」

 

 ――ヴラド大尉は馬の上で唖然としながら、異常極まる行軍風景を見つめていた。

 連隊は水抜きメシ抜き休憩抜きで丸一日歩き、既に常識外れの距離を移動している。このペースなら、明後日の早朝にはもう国境付近、帝国軍の補給基地まで到達できるだろう。

 あの聖女、ルイ大佐の言ったとおりに。

 

 まさか、傷病人を回復させるだけの奇跡でこんな常識破りができるなんて、その発想と実行してのける大胆さに、ヴラド大尉は内心で舌を巻いた。

 けれど、同時に彼は思う。

 あの奇跡の力だけが、兵士たちを歩かせているのではない。

 兵士たちに平然と無茶をさせている本当の要因は、彼女本人の素質だ。誰よりも積極的に動き、優しい言葉と声で励ましながら、他人を自然と無茶に引きずり込んでいく。

 

 ごくりと、ヴラド大尉は息を呑んだ。

 聖女という肩書と力を持っただけの、ただの若い異邦人の女だと思っていた。いざという時は自分がカッコよく助けてやらなければならないと思っていた。けれど、それは思い違いだったと考えを改める。

 あの女は、まぎれもなく天才だ。人間を、限界までこき使う天才だ。

 軍帽の上から呆れ混じりに頭を掻きながら、ヴラド大尉は感心したように呟いた。

 

「やべえな、あの聖女」

 

 ――夜を徹して歩き続ける隊列の中で、兵士たちが不安そうに会話していた。

 

「こんなに歩いて……どこ行くんだったっけ」

「帝国軍どもの補給基地だって、さっき……知らされたろ」

「そこの奴らと戦うのか」

「ああ」

「か、勝てるかな。俺たち」

「さあ……」

「もちろん、勝てますよ」

「――うわ!」

「せ、せせ……聖女サマっ⁉」

 

 急に現れて、会話に混ざってきた累に、周囲の兵士たちは狼狽した。

 

「大佐と呼びなさい」

「は、はい。それで、あの、大佐。どうして俺たちなんかの所に……」

「いえ。ただ歩くのも暇なので。お喋りしたいだけです」

「そ、そうなんですか」

 

 兵士たちは困惑しながら、互いに顔を見合わせる。

 自分たちのように末端の兵士が、上官から気安く話しかけられることなんてないからだ。

 

 兵士たちのほとんどは、貧しい農家あるいは日雇い労働者家庭の生まれである。

 彼らが軍隊に入った理由は様々だ。酒に溺れた、博打《ばくち》で借金をした、盗みや喧嘩などの軽い犯罪をした。

 しかし、軍隊ぐらいしか居場所のなくなった、社会の落ちこぼれであるということだけは揺《ゆる》ぎ無く共通していた。

 

 対して、彼らに命令する立場の士官は、現場の叩き上げを除けば士官学校出身、つまりは金銭的に恵まれた貴族や上流階級の出身者たちである。

 だから普通は、上官は兵士に気安く話しかけてきたりしない。

 ましてや聖女など、そんな高貴な存在なら尚更だというのに。

 しかし累は、そうした暗黙を平然と無視しながら、気さくに会話を続けた。

 

「勝てるかどうか、不安ですか?」

「あ……は、はい」

「おいバカ! 大佐の前だぞ!」

「いいですよ別に。正直に言ってくれて」

 

 むさくるしい男たちの中で、頭一つ分以上低い女の累は明らかに存在として浮いていた。

 しかし臆する気配もなく、累は明るい声で言った。

 

「ところで皆さん。最強の兵士とは、どういう兵士か分かりますか?」

 

 その問いに、兵士の一人はきょとんとした顔で呟いた。

 

「ええと、力が強いやつですか? 喧嘩自慢とか」

「戦場では横一列に並んで銃を撃ち合うでしょう。個人の筋肉や体格など誤差です」

 

 別の兵士が言った。

 

「じゃ、じゃあ銃が上手な奴ですか」

「確かに射撃練度の高い兵隊は強いですね。でも、最強ではありません」

「……じゃあ、分かんねえです。すいません、俺たちバカだから」

 

 累は、穏やかに微笑みながら正解を言った。

 

「答えは、歩くことのできる兵士です」

「え?」

「腕力も、銃の扱いも大したことがなくても、一分間に平均百歩歩ければ、一日の内に他の軍隊よりも長い距離を踏破できれば――」

 

 そこで、累は意図的に言葉にタメを作った。

 

「その軍隊は、常に敵の先手を取ることができます。なぜなら、敵が一歩動く間に十歩動いて、後ろに回り込めるのですから」

 

 たとえば将棋では、歩は一マスずつしか動けない。けれどもし、自軍の歩だけがニマス以上動かせるとしたら、一方的な勝負を展開することが可能だろう。

 

「強さとは速度です。そして歩兵の速度とは時間当たりの歩数です。

 圧倒的な歩数は、常に敵の背後に回り込み、想像もしていなかった場所からの奇襲を可能にします。

 そして敵が反撃しようとしても絶対に追いつけない――そんな軍隊に勝てる相手は存在しません」

 

 熱く語る累の瞳は、まるで夢を見る少年のように潤んでいた。

 兵士たちは思わず、ごくりと息を呑んだ。

 

「ナポレオンは言いました。もしフランス軍が今より十歩多く歩くことができれば、それだけでヨーロッパの地図は塗り替えられると。そして歴史は、それを証明しました」

 

 史実、ナポレオンの軍隊はその行動速度によって他国軍を圧倒した。それを為したのはナポレオン自身の迅速な決断力と、そして兵士たちを鬼のように歩かせることのできた統率力と言われているが。

 累は治癒の力を使い、それを史実以上の異常さで再現していた。

 兵士たちは再び、顔を見合わせた。

 

「……ナポレオンて誰?」

「さあ……?」

「で、でもそんな軍隊、一体、どこにいるんですか?」

 

 累は呆れたように肩をすくめた。

 

「何を言ってるんですか。それは、今のあなたたちの事ですよ」

 

 その言葉に兵士たちは一瞬、ぽかんとして。

 そして、歩き続ける自分たちの足元に気づいて、はっとした。

 

「私はあなた達に水も、ご飯も、休憩も、睡眠も与えません。けれどその代わりに、地上最強の速度を与えました」

 

 息を飲み、もうさっきまでとは意味の違う、重さの違う一歩を踏み出す兵士たち。

 そんな彼らに、累は心からの笑顔で言った。

 

「だから自信を持ってください。今のあなたたちは落ちこぼれでも貧乏人でもない。――地上最強の勇者なんですから」

 

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