ワタルとウララ   作:パンちゃんドラム

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 連続投稿最終日!
 Xデー、ワタル視点でお送りします。
 なお、銃を受け取る前でもワタルの不憫さは絶好調です。



遠芽ワタルの朝ぼらけ

 

 青い空、白い雲、暖かい風。

 本日は晴天、おひさまピカピカ日曜日である。

 穏やかな趣味を堪能するにはちょうどいいこの日に、私はなんとなく散歩に出掛けた。朝早い時間だからか、通りに人の騒がしさはなく、鳥のさえずりや木の葉のざわめきがよく聞こえてくる。

 

 環境音に身を任せた私は、街路樹の植えてある通りを歩きながら伸びをした。

 

 

「──やっぱり、静かって良いわね……」

 

 

 しみじみ思う。とても平和だ、と。

 伸ばした全身を弛緩させ、のんべんだらりと歩みを進める私は、ぼーっとしながら思考した。

 

 ……というか、キヴォトスが騒がしすぎるだけなのだ。爆発と銃声は日常茶飯事、気に入らなければ殴りかかれ、が基本になっているこの地は、外から見るとだいぶ物騒な土地だと思っている。

 

 なんせ、身体が銃弾を通さないのだ。誰も日常的に危険が横行する事を止めないし、むしろそれが当たり前と化している。

 事故にあっても病院に行けば何とかなっちゃう耐久力の高さにかまけたキヴォトスの人々は、危険に対する認識が緩みきっているのかもしれない。

 

 死ぬ時はあっさり死ぬのに。

 

 

「はぁ〜……」

 

 ……思考を脇に除ける。変わらない事を愚痴ってたって、それは変わることはないし、むしろ気分が落ち込むだけだ。それよりも、今日の朝ごはんは何を食べるかという事を考えた方が建設的だと思う。

 

 そんな事を考えている間に、公園手前の十字路に着いてしまった。ここからもう1つ先の十字路を左に曲がればコンビニである。

 

 ついでだし、朝ごはん用に何か買ってこう。そう思った。

 

 ──横断歩道の信号が青に変わる。 

 

 白いワゴン車がぶぅんと、目の前を素早く通り過ぎていった。

 

 

「……」

 

 

 眉が動く。

 

 ──気にしない気にしない。どうせどっかで信号無視で捕まるでしょ。

 

 ……この程度の些細なことに苛立っていても、キヴォトスではやっていけない。こういうトラブルは常日頃からあるものだ。

 

 なので私は気にしない。 

 ナンバー覚えたかんね、後で正実(警察)にチクってやる。

 

「ふぅ」

 

 気を取り直して、今度こそ横断歩道を渡る。車が来ないか警戒しながら、私はしっかりと歩みを進めた。

 

 

 べしょっ

 

 

「…………」

 

 靴の裏側に、サラサラとしたものを勢いよく踏んづけた感触が伝わった。横断歩道の途中、ちょっと大きい水溜まり。運悪く足を中に入れてしまったせいで、ソックスに水が跳ねている。

 

 ──昨日パラパラと小雨でも降ったかな?

 とりあえず、そう考えることにした。

 

 ……今回は気付かなかった私が悪いからね、うん。次は足元にも気をつけよう。

 そう考えて、私は青信号が点滅する横断歩道を、慎重に渡りきろうとした。

 

 

 つるっ。

 

「えっ」

 

 

 一瞬の浮遊感。

 

 次の瞬間、私は後頭部を強かに地面へ打ち付けた。

 

「〜〜〜〜〜ッッッ!!!?」

 

 コンクリートの地面へ、諸に直撃した頭を抱えて悶絶する。足や身体、全身を動かしても引かない痛みが、目と鼻の中を通って出力された。

 

 幸いにも、通行車両は先程のワゴン車以外居なかったため、痛みを抱えながら急いで歩道へ引っ込むという動作を取らなくて済んだのはとてもありがたい。少しずつ、じんじんとした形に痛みが変わってきたので、私はほうほうの体で横断歩道から離脱する。

 

 後頭部強打って、なんでこんなに痛いんだろうね。こんなに痛いの、後方から不意打ち狙撃でモロに6.2mm弾食らった時以来だよ。下手人どいつだぶっ飛ばしてやる。

 

 じわじわと後頭部を苛む痛みで、やりやがったであろう犯人に対して怒りが込み上げてきた。

 

 

「──なーにに引っかかったかなぁ……??」

 

 

 掛けていた伊達メガネを外して原因を探す。

 少なくとも、メガネ装着時は普通の横断歩道だったのだ。経験則上、必ず【変なの】が居ると相場が決まっている。

 

 私は自身の直感を頼りに、じろりと横断歩道を睨みつけた。

 

 

 ……居た。見つけた。

 

 

 私は横断歩道と歩道の路肩の境目に存在している【ソレ】を発見する。

 

 ──透明な水滴のような、ちょっと大きめの水まんじゅう。【ソレ】は風に吹かれてゆらゆらと、自身の身体を震わせていた。

 

 私はそれを左手で、むんずと宙に持ちあげる。私に捕まった水まんじゅうは、重力に引かれて形を変えながらも、陽の光を反射してキラキラと輝いた。わらび餅のような……もちっとすべすべした手触りが、私の手のひらを心地よく刺激する。一見すれば、マスコット的愛嬌が感じられるような、とても可愛らしい奴だろう。

 

 

 

 しかしこいつは【変なの】だ。

 見た目に騙されてはいけない。

 

 

 

 RPGでお馴染みのスライム、それの超絶廉価版ともいえるこいつは、水があればどこでも発生しうる。そしてそのスベスベもちもちのボディは、あらゆる衝撃を跳ね返すのだ。

 

 ついでにゆっくり移動する。ものすごくとろい動きで移動する。衝撃を跳ね返す自走式水まんじゅう、めちゃくちゃはた迷惑だ。

 

 リポップ自在の転ばし屋、それがこいつである。見つけた場合は道の横に退けるか、虫眼鏡で日光を当てて蒸発させるといい。

 

 ……そして今回、自然発生したこの【変なの】に、たまたま私の足がとられたというわけだ。今日はメガネをかけていたために、こいつの存在に気付けなかったらしい。

 

 しかし、今日の私は財布以外手ぶら。虫眼鏡という便利グッズは所持していない。

 

 ……さて、どうしてくれようか。

 私は目の前の小さな下手人を、怒りの眼光でまっすぐ射抜く。

 

 

 ──ぷるぷる、ぷるぷる

 

 

 ぷるぷるとした【変なの】は、私の怒りに充てられたのか、必死に手のひらから逃れようと小刻みに震えた。まるでどこぞのスライムのようである。まるで命乞いでもしているかのようだ。

 

「……………」

 

 私の頬がひくついた。

 

 

「──────調子に乗るな、この野郎っ!!!!!!!」

 

 

 小癪に震える【変なの】を、私は怒りを込めて全力投球する。

 

 

 ─────────!!

 

  

 声にならない悲鳴と共に、【変なの】は射出されていった。

 元来た道の右側、十字路の先へと飛んでいく【変なの】が、陽光を反射してキラリと輝く。

 

 

 二度と人様の迷惑になるんじゃねぇわよ。

 私は【変なの】に対して中指を立てた。

 

 

「……はぁ〜〜っ」

 

 投球フォームを解いて、私はため息をつく。思わぬ所で災難にあったため、さっきまでのいい気分が台無しになってしまった。

 

「あーもう、ツイてないわねー……」

 

 そう言いながら、私は鈍く痛む頭を擦ってコンビニへ向かう。救護されたくないし、救急キット買って帰るしかないかなぁ……。

 

 ──そんな事を考えながら再度横断歩道へ振り向くと、半ばにあった水溜まりが消えていた。

 

 

 ──ちぃっ、1匹逃がした!!

 

 

 

 

 

 さて、角を黒く縁取られた灰色の少しキツめな階段を、3階まで登って部屋に帰ってきた。陽光が差す事で、目に優しいクリーム色の廊下が朝の景色を柔らかく見せている。

 

 私の住む寮の構造はロの字型、吹き抜けを見下ろせば、観葉植物に囲まれたベンチが1つ見ることができる。日差しがちょうどいい感じにベンチへ当たるので、本を読む時に重宝するのだ。

 

 お昼寝には向かないけど、とても寛げるいい場所である。【変なの】とか湧かないしね。

 

 そして、私は緑色の扉の前にやってきた。

 クリーム色の壁にすっぽりと収まったこの扉。部屋番号の提示されていたプレートには、達筆な文体で『TOME』と記入されており、緑色の扉の左側には茶色いボタン式のチャイムが備え付けられている。

 

 お察しの通り、ここは私の部屋だ。【変なの】が湧かない、というとても安心感が持てるセーフゾーンにして、心のオアシスである。

 

 

 ──余談だが、他の部屋の扉は茶色や黄色など色鮮やかな物が、それぞれ部屋ごとに割り振られている。寮に住んでいる先輩曰く、自分の部屋がどこにあるかが分かりやすくされているとの事だ。とても素晴らしい気遣いだと思う。

 

 

 ……それはそれとして、階段までのモノトーン調はどこいった。白黒灰色で満足してたアパートが、ここだけウキウキで着飾り始めたんだけど?

 

 

 噂によれば、改修工事を依頼した2代前の寮監さんが、『部屋をもっと分かりやすく、フレッシュに!!』とトチ狂った発案をして、無事に提案が通ってしまったらしい。

 

 当時の人達は何も思わなかったのだろうか。

 同じトリニティに住まう者として、私は彼女達の審美眼を疑わなければならない。

 

 

 

 閑話休題(それは置いといて)

 

  

  

 扉を開けて靴を脱ぎ、部屋に上がるとグリーン系の香水の香りが私を出迎えた。そのまま薄緑色の壁に挟まれ、自室に向けて四角く切り抜かれたオープンキッチンと扉を1つ通り過ぎると、私の私室が顔を出す。

 

 薄緑の壁紙で彩られた、落ち着きのある部屋。カーテンは私が選んだ若草色とベージュの2色で、その下は緑色の布団が掛けられ、若木で作られた膠塗りの木造りベッドが占拠している。その手前には小さなクリーム色のテーブルと黄色い椅子型のクッションが置かれており、その右側には黒い薄型テレビが、ベージュカラーのテレビボードの上に乗っていた。

 

 レイアウトに拘って作った、私自慢の私室である。誰が遊びに来ても恥ずかしくない部屋だ。中学時代の貯金の1割も使わない、リーズナブルなお手頃価格である。

 

 肝心の遊びに来る子?

 悲しくなるくらい居ないんだよね。

 せっかくトイレとお風呂が別なのに……。

 

 

 

 ……それはさておき、部屋に着いた私はまず、ジンジンと痛む頭を治療した。氷嚢を当てる由緒正しき民間療法である。ブラウン色の背の低い冷蔵庫から氷を取り出しながら、若草色のカーテンを開ける。遮光カーテンに遮られながらも、しっかりと明るさを確保してくれる日差し。頼もしい。

 

 もちろん、部屋の明かりは付けない。

 細かい所での節電作業は大事なのだ。今の私のお財布事情的にも。

 

 冷蔵庫から朝食用のトーストを取り出し、キッチンのコンロの下に備え付けられたオーブンの中へ2枚放り込む。トーストを焼く間に、コンビニから買ってきたものをレジ袋から取り出した。

 

 本日コンビニで買ってきた商品は、袋詰めされたレタスのサラダ、パッケージされた薄切りベーコン、ペットボトルのカフェオレ。本当ならここにチーズとかも付け足したかったのだが、私の財布がそれを許さなかったのである。無念。

 

 ……そうこうしてる間に、トーストを入れたオーブンの中の曇りが取れてきた。冷蔵庫に放り込んだトーストを焼くとよく起きる現象で、覗き窓の曇りがあらかた取れた後に取り出すと、いい具合に焼き上がっている。ズボラではあるが、タイマーを設定しなくてもいいのが良いよね。

 

 キッチン上の食器棚から取り出したお皿の上に、焼いたトースト、レタス、ベーコン、レタス、ベーコン、レタス、トーストの順番で乗せて軽く押せば、野菜多めなお手軽サンドイッチの完成だ。

 

 余った材料は冷蔵庫にin、お昼か晩ご飯にまた使おう。

 

 治療中の頭を気にしつつ、私はもそもそと朝ごはんを食べる。テレビはつけない。 

 こんがりトーストの小麦の香ばしさに、レタスのシャキシャキ感とベーコンの脂が乗り、口の中にサンドイッチ特有の、素材同士の味の美味しさが引き出された。

 

 ……とはいえ、いまいちフレッシュさに欠ける。自作の簡単サンドイッチを食べてそう思った。今度はスライストマトも入れようかな。

 

 

 

 ──サンドイッチを食べ終えた私は、お皿を洗って片付けたあと、今日の予定をスマホで確認する。

 

 

『午前:教会に顔出し

 →神様にお礼を言うため

 お昼:特になし

 午後:14時からアーリヒカイット

 →予定よりも早く銃が完成したから試射』

 

 

 スマホのメモ帳にピン留めされた予定を見て、私は少し気合いを入れた。なんてったって、マイオーダーメイド銃が完成したのである。

 正確には、ケンさんがツテを利用して銃を揃え、ウラちゃんが2日ほどで仕上げてしまったそうなのだ。

 

 

ウララ◀

『すっっっごいのできたから楽しみにしててね!!』

 

 

 昨日の夜に彼女が、興奮した様子でモモトークを送ってきてくれたので、期待がとても高まっている。なので、今日は無事に手元に届くように、神様に見守っていて欲しいと祈願しに行くのだ。

 

 ……信仰厚いトリニティらしくはない、というのは分かってるので、そこはあまりツッコまないでほしい。私は礼拝が苦手なのだ。人が多いし、ついでにあの場所には【変なの】も居るから。

 

 ──とにもかくにも、今日の予定は決まっている。私は頬を叩いて気合いを入れた。

 

 朝っぱらから【変なの】に会った憂鬱な気分と、まだうっすらと痛む頭の痛みを、外出用の制服へと着替える事で胸の内にしまい込む。

 

 窓の外を見れば、天気は変わらず晴天のまま。雲はちらほらあれど、雨が降る事はなさそうな天気だ。これなら、午後の銃の試射も青空の下で行えるだろう。

 

 そう考えた私は、あと数秒で鳴り始めるスマホのアラームを止めて靴を履き、玄関の扉をゆっくり開けた。

 

 

 ……それと同時に、扉の向こう側から日が差し込み、人影と思わしき輪郭が浮かび上がる。

 

 

「──やあ、久しぶり。ショートケーキについて考えた事はある?」

 

 ──バタン。

 

 

 ……扉の向こうに、なんか居た。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ──寮のとある部屋、暖かな春の日差しが照らす、『TOME』と記された表札がかけられた緑色の扉の前。薄いピンクのサイドテールを揺らした少女は、扉を勢いよく閉められた事に対して首を傾げる。

 

 

「……あれ、閉められちゃった。困ったな」

 

 

 落ち着いたような、しかしどこかのほほんとした口調で、少女はイチゴのような赤い瞳を瞬かせながら悩む様子をみせた。自身の物言いが警戒されているとは、露ほども思っていないようである。

 

 さて、この少女───柚鳥ナツが、何ゆえワタルの部屋を訪れたのか。それはかれこれ7ヶ月程前の出来事だ。

 

 

 

「───ついに、手に入れた。メロンごろごろマリトッツォ……!」

 

 その日、ナツは話題のスイーツ店である『フルーツバスケット』のマリトッツォを、運良く手に入れることが出来てご機嫌だった。高校受験前の息抜きと称してお出かけした際、偶然、ラスト1個を買うことが出来たのだ。

 

 出来たてホヤホヤ、ふかふかサクサクの白くきめ細かやかな粉砂糖がふんだんに振りかけられたブリオッシュ生地の間に、これでもかと敷き詰められた生クリーム。そして白いふわふわとした、上等な綿のようなクリームの中に埋まる、緑とオレンジ色の宝石のようなメロンの果肉。香ばしい生地とクリームの香りがドルチェなハーモニーを奏でる中、ほのかに漂うメロンのみずみずしい香りが、ナツの鼻腔を突き抜ける。

 

 手の中の、産まれたての生き物の暖かみを持つ、包装紙に包まれた宝物のようなマリトッツォを、ナツは輝く星のように見つめた。見ているだけでもよだれが出そうだった。

 

「……いただきまーす」

 

 思わず彼女は、歩きながらという不安定な態勢にも関わらず、小さな口を開いてマリトッツォを食べようとする。ナツの中には今この瞬間、目の前のスイーツを食べることしか頭になかった。

 

 だからだろうか。

 

「あでっ」

 

「あうっ」

 

 彼女が歩く道の横から出てきた同い年くらいの少女と、ナツの頭がぶつかった。突然の衝撃に、思わずマリトッツォが手から離れてしまう。

 

 

べちゃ

 

 

「あっ」

 

 対面の少女が思わず、と言ったふうに声を出した。ナツが恐る恐るそちらへ向くと……

 

 

「──あっぶな、ギリギリセーフ……」

 

 

 服にベッタリついてしまった生クリームを気にすることなく、クリームとメロンが生地の間から溢れたマリトッツォをギリギリキャッチする、たんぽぽ色の髪の少女が居た。

 

「ふぅ……。アンタ、大丈夫だった?」

 

 そう言って、目の前の彼女はナツの方へ向き直る。突然の出来事に反応が遅れたナツは、目をぱちくりと瞬かせた。

 

「はいこれ、返すね。ちょっと形崩れちゃったけど」

 

「……おぉ、ありがと〜」

 

 目の前の少女はちょっとバツの悪そうな顔をしながら、不格好になったマリトッツォをナツへ手渡す。彼女とぶつかってから呆けていたナツは、形の崩れたマリトッツォを見て、ようやく思考が身体に追いついたのだった。

 

 

 

 ───とまあ、こんな事があったのである。その後、無事にマリトッツォを食べることが出来たナツを見て満足したのか、その少女はいつの間にか居なくなっていた。彼女にお礼を言いたかったナツだったが、いかんせん彼女の名前や、住んでいる場所など何も知らない。

 

 そうこうしている間に月日は流れ、ナツはトリニティ総合学園に入学し、友達と一緒に部活を立ち上げる。そうして学園生活を過ごしていく内に、彼女との出会いの記憶は薄まり、『親切な少女がマリトッツォを守ってくれた』という不確かなセピア色の思い出として、彼女の記憶の底に沈んでいくはずだった。

  

 ……しかし今朝方、寮の部屋の窓からぼーっと景色を眺めている時に、たまたま彼女が寮に帰ってきた所をナツは目撃する。

 

 頭を擦りながらコンビニの袋を手に提げている記憶の中の少女は、ナツが暮らす寮へと入っていった。耳をすましてみると階段を登る靴音が微かに聞こえて、そしてナツの住む部屋の向こう側で止まる。

 

 ……ガチャリと扉が開き、そして閉まる音が聞こえてきた。

 

 

 奇跡だ。ナツはそう思った。

 

 

 ───たった7ヶ月、されど7ヶ月。

 あの時の恩を返すため、ナツは自室の冷蔵庫に収まった、白い紙箱を取り出す。

 

 ──彼女は何が好きなのだろうか。

 

 ──彼女は私を覚えているだろうか。

 

 あの日、運命のように巡り合わせた宝物のようなマリトッツォ。それを不幸によって失う未来を防いでくれた、記憶に残る恩人は……。

 

「……にひ」

 

 ──私のスイーツで、笑顔になってくれるだろうか。

 

 そんな思いを込めて、ナツは生クリームとイチゴの乗った、絶品のストロベリーパイが入った箱を手に取る。本当ならば、このストロベリーパイはナツの所属する部活、『放課後スイーツ部』の面々に振る舞われる予定の物だ。

 

 ……しかし、ほんのちょっとの偶然で、再び会うことのできたあの恩人。再開した彼女に、私からささやかな幸福をプレゼントしても良いだろう。

 

 私の偶然(運命)を守ってくれた、優しい彼女への恩返し。ナツはそう思って、6つのパイが収まった箱の蓋を開けた。

 

 そうしてナツは、向かい側に住む彼女の元へ、甘い幸福をお裾分けするために馳せ参じたのだ。

 

 

 

 ……だが、現在。ファーストコミュニケーションを致命的に間違えたナツは、扉の向こう側に居る彼女にめちゃくちゃ警戒されている。

 

「何がだめだったんだろ……。お礼のストロベリーパイも持ってきたのに……」

 

 会話の最初にエキセントリックな哲学を持ってこられたら、最初は警戒か困惑を浮かべるのはある種の必然。残念ながら、ナツの自己紹介代わりのそれは周りの人々の器の広さによって成り立っているものにすぎない。

 

 そして、扉の向こうに居るのはコミュニケーション弱者のワタルである。彼女は割と常識的な感性を持っているので、今頃扉の前で『ショートケーキ?なんで??久しぶり?えっ???』と困惑しているだろう。

 

 何気ないすれ違いとは、お互いの認識の違いによって起こるのだ。

 

 困惑と哲学によって生み出された膠着状態に、痺れを切らしたワタルがドアを開くまで……あと5分。

 

 

 

  

 

 一方その頃。

 

「……ナツの奴、呼び出しは良いけどまた遅刻?」

 

「まあまあ、大丈夫だよカズサちゃん。今日はちゃんと起きてるってモモトークあったから……」

 

「まぁ、そうだね……。遅れるって事はスイーツ選びに時間かかってるとかかな」

 

 トリニティ・スクエアの噴水前のベンチには、未だ来ない部活のメンバーを心配する少女が2人、座っていた。

 

「ヨシミはちょっと遅くなるみたいだし、少し時間潰そっか」

 

 ──パーカー付きの黒いジャージを着る、ピンクのインナーカラーの黒髪をさっぱりショートヘアーにした猫耳の少女、『杏山カズサ』。

 

「そうだね……。あ、カズサちゃん!今日、試しに買ってみたスイーツあるんだけど、先にちょっとだけ食べてみない?」

 

 ──緑色のリボンを付けたトリニティの制服を着る、茶色のロングヘアーにアイスクリームの髪留めを付けた緑目の少女、『栗村アイリ』。

 

「あ、貰うね。───色、ちょっと変じゃない?」

 

「そうかな……?チョコミント味のブラウニーって珍しいから、ちょっと気になって持ってきたんだけど……」

 

「あー、うん。そっか。……あ、意外とイケるかも」

 

「本当?良かったぁ!」

 

 和気あいあいとスイーツについて語る彼女達。春の陽気と合わせてみれば、なんとも微笑ましい光景だろう。後にここへやってくる、赤いジャージを着たツインテールの少女『伊原木ヨシミ』が見れば、そう言う筈だ。

 

 木々に止まるスズメが囀り、少女達はスイーツについて語り合う。春の日差しが噴水をキラキラと照らす中、放課後スイーツ部のメンバーが全て合流しきるには……まだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 





・遠芽ワタル
 ここ2週間、ずっと不憫な目にしかあってないテンション下げ気味幸薄系主人公。とりあえず、あの水溜まりは次見つけたら蒸発させると心に決めた。

 現在、玄関前でスイーツについての哲学を真面目に考察中。


・柚鳥ナツ
 高校受験前、ワタルにマリトッツォを救われたほのぼのスイーツ哲学系少女。受験前に気合いを入れるために買った1品だったため、彼女に深く感謝している。

 なお、現在進行形で5分ほど遅刻している模様。


・放課後スイーツ部の面々
 放課後に集まり、スイーツを食べるだけという部活を発足し、部活動用の部室まで手に入れた仲良し4人組。今日は持ち寄ったスイーツを交換して食べ合う、スイーツパーティーをしようとしていた。

 メンバー全員が揃うまで、あと15分。


・【ぷるぷる】
 水滴から生まれる、スライムもどきなフォルムの【変なの】。とてもぷるぷるしていてひんやりしている。

 弱点は熱。


・【そこなしぬま】
 水面に浮かぶ虫や草を食べる、食虫植物のような生態をした【変なの】。傍から見たらただの水溜まりなので、ワタル視点だと普通の水溜まりと見分けがつかない。

 なんと自走式。弱点は熱。


・白い車
 いきなり車の後ろから大きなラップ音が発生し、勢い余ってハンドル操作を間違えた。

 現在、正義実現委員会による取り調べを受けている。
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