今回は【変なの】回。
みんな大好き、変な服を着たシスターさん達のお話です。捏造設定たっぷり、こんな人が昔居たんじゃないかな〜、で話を作りました。
1万字を越えてしまいましたが、どうぞお楽しみください。
追記:お気に入り、評価の付与ありがとうございます。執筆の励みになります。拙作に評価が付いて嬉しい限りです。
あれから私はアイリちゃん達のご好意で、スイーツパーティーをひとしきり楽しんだ。彼女達が持ってきたスイーツはどれもとても美味しくて、ついつい時間を忘れて楽しんでしまったと記録する。
───しかし、ここで話は終わらない。
なんせ、今日の用事がまだ全部終わってないのだ。これから更に教会行ったり、ウラちゃんがバイトしているお店にほぼ完成状態のマイオーダーメイド銃を試射しに行ったりしなきゃ行けないのである。
そういう訳で、この後イマドキJK達の間で話題沸騰中のスイーツ店に向かうアイリちゃん達と別れた私は今、スクエアから見て東側に位置する『大聖堂』に来ていた。
水色の屋根の両端に尖塔2つが並び立ち、本校舎がある北側に向けて建物が伸びているという、少し不思議な形をしたトリニティ総合学園の名所の1つ。ここでは信仰厚いトリニティの生徒が『シスターフッド』という組織の一員となって働いており、日夜祈りを捧げながら礼拝やミサへの参加、告解、聖典のお勉強など、多岐に渡るあれこれを行っているのだ。
そして、私は神様や
「───さーて、誰も居ないわよね?」
……しかし、悲しいかな。彼女達がどんなに良い行いをしたとて、私が教会に近付きたくない理由は別にあったりする。それは……
「─────♪」
「───────。」
「────!」
──トリニティ中、どこの教会の前を通っても、黒いハイレグレオタード姿の半透明なシスターと思わしきお姉様方が、ことある事に私に手を振ってくるからだ。今日もそれは例外ではなく、あちらはこちらを認識している。
……昔の脳天気な私のままなら、今も無邪気に彼女達へ手を振り返していた事だろう。だけど、一般人に溶け込む努力をしている今の私では、とてもじゃないけど相手には出来ない。なんせ、傍から見たら何も無い場所に手を振っている女子高生だ。十中八九、彼ら一般人は私の事を奇異の目で見る。
結果、私は悶絶するのだ。
悶絶してたまるかこの野郎。
そんな理由もあり、彼女達の存在は私にとって、現状目の上のたんこぶと言わざるを得ない。慎ましやかにお嬢様学園で生活するには、そういった奇妙なナニカを私は無視し続ける必要がある。
嫌いじゃないんだけどね。
それとこれとは話が別なのだ。
──しかし、今日はそんな私の平穏な学園生活を支える、メガネやサングラスといったアイテム類を、ナッちゃんのサプライズ訪問によって自室に忘れてしまっている。スクエアまでの道を歩く途中、その事に気が付いて私は軽く苦悶した。
近年稀に見る痛恨のミス。
最近の私、なんかたるんでないだろうか?
抜けている自分に喝を入れ、私は大聖堂の前に立つ。
後でチェックリスト増設しとこ。
さて、私のミスに関してはこのくらいにしておこう。私は切り替えが早いのだ。見えてしまったものは仕方ないので、今日の彼女達はどんなものかと観察を始める。
彼女達……もうシスターさん達でいいか。シスターさん達は半透明ですこぶる不健全な格好をしているのだが、個々人ごとに髪や顔付きが違っている。記憶に残っている印象的なシスターさんだと、十字のような細長い剣を持ち、常時キラキラしたオーラを身に纏わせていた。他にも、鈴付きの水色バレッタを頭に着用しているシスターさんだったり、木の上で器用に眠る猫耳シスターさんも居る。個性爆発がデフォルト状態なのが、変な服を着たシスターさん達なのだ。
そして、彼女達にはもう1つ共通する特徴がある。パッションに満ち溢れているのだ。多分、イマドキJK達に引けを取らないくらい、彼女達は元気である。私が適当に手を振っただけで、きゃいきゃい井戸端会議を始めるくらいには。
なんでそう、身体が透けてるのにパッションで満ち溢れてるんだろうか、この人達は。番長時代の私はカズサの隣で、不思議に思って肩を竦めた。カズサには変な目で見られたけど。
だって、あのいっつも表情が動かない、実家近くのご近所教会に居る片目隠れな無表情系灰髪シスターさんが、隣のシスターさんに凄い勢いで肩を叩いてアピールしてるんだよ?
気になるでしょ、普通。
そんな珍事を思い出しながら、私は大聖堂の横に屯している彼女達の姿を見やる。出来れば知らない人達だったらいいなー、なんて思いながら。
さて、1人目。クリーム色の髪をストレートに伸ばして、両手指を合わせてにこにこしているウィンプルを着けたシスターさん。知らない人だ。
私は片手でガッツポーズする。
続いて2人目。大聖堂の壁にもたれかかって、気怠げに話を聞いていると思われる、首にロザリオを掛けた銀髪ウルフカットのお姉さん。こちらもまた、知らない人だ。関係性を見るに、彼女は隣のシスターさんの知り合いなのだろう。
私はそれとなく彼女を観察しながら、最後の1人へ目を向けた。
最後の3人目。こちらへ向けてぶんぶん手を振っている、小さな白い翼を生やして黒いケープを纏った、元気ハツラツなショートカットオレンジヘアの女の子。
…………思いっきり私を見てるね。
私は彼女から目を逸らす。
オレンジの子はさておき、私は彼女達の事を考察した。
服装を見るに聖堂……もといシスターフッドの関係者だろうか。ウィンプルとかロザリオとか、今までの人はあまり身に付けていなかったものを身に着けてるし。
多分そうだな、と考えて、小さな段差の階段を登る。そして、ふと気になって、私はシスターさん達の方に目を向けた。
ぶんぶんぶんぶん!!!!
オレンジ髪の子の
なんか既視感あるなこれ。
具体的には灰髪シスターさんの系譜で。
私はゲンナリ肩を落とした。
えぇ……お返事返さなきゃダメ?
私はちょっと考えて、少しの間、腕を組む。
どうしたもんかと考えて……
「仕方ないわねぇ……」
私は5秒で結論を出した。
私は人差し指を1本立てる。
そして前を向いたまま、素早く指を動かした。
──上下左右、前後ヨシ!
人影なし、手を挙げて高速ブンブン!!
そのまま大きな扉を開けて、中のホールへスライディング!!
これぞ我がペキョリスグリッチ再現奥義が1つ、『トランスポート・アセンション』!
発生3Fから始まる謎挙動で、ブロック1つを
持ちキャラで決まると相手が死ぬ、禁断の技とはこのグリッチの事よ……。
「───!?」
────バタン!
扉が閉まる音と共に、外で彼女が驚愕する。
「ふっ、アイサツとはこういう物よ。精進なさい……」
私は勝ち誇った笑みを浮かべて、大きな扉に背を向け、去った。
◆
さて、おふざけはここまで。
私は身だしなみを整えて、礼拝堂の通路を進む。ここから先は神様のお膝元だ。私は慎重に歩みを進めながら、周りの内装を確認する。
日光に照らされて、仄明るい大きな講堂。フランキンセンスの香りがふわりと漂う、大きな十字を掲げた祭壇。少し年季の入った木製の会衆席は、天井から差す色とりどりの光に照らされて、鮮やかに色付いている。
とても綺麗で、厳かだと私は感じた。
トリニティきっての大きな建造物。その中に秘められた、神秘的で厳かな空間。ここで願いを紡ぐ人々は、さぞかし心が洗われることだろう。私は会衆席の木目をなぞって、祈る人々に思いを馳せた。
そして、今日は私もその1人。
フランキンセンスの香りの中、私は手近な会衆席の1つに座る。
祭壇から見て、3番目。席位置としては左端。背後にある入り口はちょっと遠く、帰る際に歩く量が少し増えるだけ。それでも私はこの感動を噛み締めるため、静かに、密やかに両手を重ねた。
──しかし、感動に水を差すように。
「…すぅ……すぅ……」
誰かの寝息が不意に聞こえる。
祈りモーションを唐突にキャンセルされた私は、どこの誰だと顔を顰めて寝息の主を探した。
居た。見つけた。
寝息の主が居たのは、通路を挟んだ向かいの座席。裏地が黄色い布のウィンプルを被り、豊かに流れる黒髪は敷布団代わり。背の高く、あどけない寝顔を晒したシスターさんが、その全身を長椅子のクッションへと委ねていた。彼女の瞳は緩く閉じられ、口をもにょもにょさせながら大きめの仮眠?を取っている。
神様のお膝元で居眠りしているシスターさんに、私は思わず目を剥いた。
「───……えっと」
眉間を揉みこみ、深呼吸。
私は深く息を吐いた。
…………何してるんだろ、この人。
再度彼女へ目を向けて、理解不能に私は苦しむ。なんせ、ここは礼拝堂。神様にお祈りを捧げる場所だ。ある意味、全トリニティの人達がお祈りを捧げに来るこの場所で、そんなだらしない姿を晒していいのか。私はおでこを指でつつく。
私はすっごく考えた。
考えて、考えて……考えた上で結論を出した。
「……起こさないでおこっと」
とりあえず、私は見て見ぬふりをする事にする。きっと、疲れて寝ちゃったんだろう。シスターさんも大変って聞くし、何より神様からなんのアクションも無いならお咎め無しって事だ。なら、私が気にすることじゃない。さっさとお祈りを済ませて帰ろう。
そう考えて、私は再びお祈りの為に両手を組んだ。右手を丸めて、左手で重ねる。お辞儀するように頭を下げて、私はゆっくり瞳を閉じた。
───どうか、無事に私の新しい銃を受け取る時を、空の上から見守って下さい。
願いと祈りを込めた私は、意識をふわりと空に飛ばす。フランキンセンスの香りに包まれて、私の静謐な精神から仄かな光が飛んでいくような気がした。
毎回、頭に浮かぶ同じイメージ。
何なのかは分からないけれど、きっと優しい、お祈りのメール便。お空に向かって飛ばしたそれを、心の中の私はずっと見続ける。
私が神様を信じる理由。
誰にも言わない、穏やかな光景。
生まれた時から私はずっと、
少し静寂に耳を傾けながら、私は両目を開く。
暗かった世界に光が差し込み、目の前の景色が色付いた。
「…………ん??」
ふと、横合いに妙な気配を感じて私は右を向く。
「────??」
通路を挟んだ向こう側、ちょうどスヤスヤシスターさんが居る席の前。何やら興味津々な様子で寝ている彼女をツンツン指先でつつく、オレンジ髪のあの子が居た。
しかし、半透明なオレンジの子の指はシスターさんの身体を透過しており、傍から見ている私には、彼女がシスターさんを使って遊んでいるようにしか見えない。
「いや何してるの?」
なぜ外に居たはずの彼女が聖堂内に出現し、シスターさんで遊んでいるのか。疑問を覚えた私の声が、木霊になって空気を揺らす。
声に反応した彼女は気の抜けたような表情で、可愛らしく小首を傾げた。
「──────。」
オレンジ髪の彼女……言い続けるのは面倒だから『ケープちゃん』は、未だに長椅子で寝こけているシスターさんを指差し、これなぁに?と言わんばかりの表情で私に尋ねかけている。
……いや、知らないけど。なんなら私も聞きたいけど。
そんな意味を込めて私が首を振ると、ケープちゃんは寝ているシスターさんの肩をガシッと掴んだ。何事かと思って見ていると、彼女はそのままシスターさんを強めに揺さぶり始める。なにやら彼女に影響を受けているのか、シスターさんは夢見が悪そうに呻き始めた。
なんだか休日の母親を起こそうと躍起になってる子供みたいだ。私は目の前の光景に思わずほっこりして気分が緩む。
───いやちょっと待った。
さらっと流しちゃったけど、なんかシスターさんに悪影響出てない??
私は急いでシスターさんへの揺さぶりを止めた。
「───あ〜もう、ストップストップ。その辺にしといてあげなよ」
肩を叩く振りをして、私は彼女に話しかける。
小さくぴょこんと纏められた髪と、白く小さな腰羽が同時に動き、彼女はくるっと私の方を向いた。
「──────??」
「いいでしょ、多分疲れてるのよ」
「──────!!」
しかし、諌められたケープちゃんは、私に対して口を尖らせ、全身を使って不服だと抗議する。彼女が大きく動くに連れて、腰に付いている白い羽と、後頭部の方で小さくまとめられた髪がぴょこぴょこ揺れた。
なんか可愛いな、この子。
いったい、いつ頃の子なんだろう。
そんな事を思いつつ、彼女の動きを見て毒気を抜かれた私は、目線を合わせて彼女と向き合う。
「寝てる人を無理に起こそうとしちゃダメでしょ、疲れて寝てたら可哀想じゃない」
私がそう言うと、彼女は不思議そうな顔をして頭にクエスチョンマークを浮かべた。あまり意味が通じてなさそうである。
「─────?」
ケープちゃんが口を開いて何か言った。
顰められた眉から読み解くニュアンス的に、彼女は多分、こう言っている。
──お仕事サボってるの?
真理をブチ抜く彼女のジェスチャーに、私は口をもにょらせて閉口した。そして同時に、ケープちゃんは再度スヤスヤシスターさんを揺さぶり始める。可哀想だからやめてあげなよ……。
「う、う〜〜〜ん……。荷物がぁ、荷物が大量にぃ……」
シスターさんを襲う、再びの悪夢。
なんだか見てて可哀想になってきた。
「────、─────!」
「だ、誰ですかミント草を花壇に植えた子〜?」
彼女を起こそうと躍起になって、揺さぶり続けるケープちゃん。悪夢に魘され続けるシスターさん。なんともシュールな光景が、私の目の前で繰り広げられ続けている。なんだか口の端っこに変な笑いが浮かんできて、私はクスッと笑ってしまった。
しかし、言葉だけだとケープちゃんは止まらない、か……。
私は渋々、神秘の輝きを右手に灯す。
これ、あんまり使いたくないのよねぇ……。
「…………こーら。変にアンタが揺らしたら、シスターさんに悪影響出るよ」
私が彼女の肩をつついて忠告すると、彼女は驚いた様子でこちらに振り向いた。自分の身体に触れられた事に、心底びっくりしたらしい。私は人差し指がカチカチに固まった右手をぷらぷら動かして、再度彼女と対話を試みる。
「よし、アンタ。ちょっとツラ貸して欲しいんだけどいい?」
私は感覚が残っている左手の親指を使って、お祈りに使っていた長椅子を指差した。
◆
「───?─────??」
「あー待って待って、私そっちの言ってること分かんないから質問攻めしないで」
さて、現在私とケープちゃんは長椅子に座って隣同士になっている。彼女はさっきからぱたぱたと羽を動かしながら私の肩を叩き、何かを捲し立てていた。
ま、何言ってるかは分かんないんだけどね。
残念ながら、私の耳は【変なの】の言語に非対応なのだ。私が首を振ると、彼女は残念そうに肩を落としながら椅子に座り直す。聞き分けが良くて助かるね。
それにしても、呼び止めたはいいけど何から聞こうか。とりあえず、シスターさんは起こすなって言い含めるのは確定として……。
「──そうねぇ。アンタ、今から私が質問するから、質問の答えが『はい』なら首を縦に。『いいえ』だったら横に、分からなかったら首を傾げてくれない?」
「───!」
まあ、なりなりに聞いてこう。ケープちゃん、素直っぽそうだしね。
そんな訳で、私は彼女に向けていくつか質問を投げてみる事にした。
「それじゃあ1つ目、アンタは自分が今、人間じゃないって分かってる?」
最初の質問は、彼女の存在がどういうものなのか、彼女自身がその事を認識出来ているかどうかを確認するためのもの。いわゆる、『認知把握』ってやつだ。意思疎通が取れる【変なの】相手にやっておくと、存在強度が上がって物理領域に降ろしやすくなる。粛清するにしろ、交流するにしろ……たとえどっちに転んだ時でも必ずアドバンテージが取れる、【変なの】相手の鉄板ネタだね。
「───。」
投げかけられた質問を前にケープちゃんは、一瞬呆けた後コクリと頷く。少なくとも、彼女は自身が私達とは違うものであると認識しているらしい。理性的な反応が返ってきたので、私は警戒ラインを一段階下に下げた。
「おっけー、自覚はあるんだね。じゃあ次、アンタはシスターフッドの関係者?」
続いて私は、聖堂横でたむろしている彼女達の出自を探るために質問する。出自が分かれば、ある程度彼女達の成り立ちに予想がつくからだ。ついでに、性質とか発生要因などの推測材料にもなる。
「───?──。」
対するケープちゃんの反応は微妙なものだった。彼女は一瞬首を傾げた後、少し間を置いて頷く。この反応を見た私は、少しばかり考えた。
──彼女がちょっと悩んだ理由……これは多分、私の質問の仕方にある。どの辺りかと言ったら、十中八九『シスターフッド』の部分。悩むという事は彼女の知識には無い名称だったのかもしれない。
そこで私は一旦思考を止めて、彼女に追加の質問をした。
「ごめん、聞き方が悪かったわね。この大聖堂の関係者だったりする?」
「─!────!!!」
すると、彼女は腰を長椅子から浮かせながら、勢いよく首をコクコクと振った。ビンゴである。彼女は少なくとも、この大聖堂に関わりのある人物なようだ。
実際、こういう質問は最初にした方がいいんだろうけど、ぶっちゃけ私はそういう回りくどい方法が苦手だったりする。普通の人ならある程度配慮は出来るけど、【変なの】相手に通常のコミュニケーション方法が通用するとは限らない。普通に発狂してるヤツとかは特に。
ならさっさと暴走させて、鎮圧してから情報をぶんどった方が効率がいいまである。中学始めくらいの頃に覚えた、私の『対【変なの】専用コミュニケーション術』だ。良い子は真似しないでね。
さて、思考が脇道にそれたが、何となくだが彼女のしたかった事が見えてくる。彼女は聖堂の関係者、寝ているシスターさんを発見。そしてちょうどそこには私が居て……。
多分こういう事かな?
「……うん、なるほどね。つまり、アンタはあのシスターさんが、私が居るのに仕事せず、眠りこけてるのを見かねて起こそうとしてくれたって事でしょ?」
「────!!」
ぶんぶんと音が出そうなくらいに、椅子から立ち上がったケープちゃんが首を縦に振った。事実関係から予想できる事を継ぎ接ぎしただけだが、見事に予想的中である。私の頭は今日も冴えてるみたいだ。ふっ、これは頭脳つよつよ系。明日から探偵を名乗っても良いかもしれない。
…………流石に烏滸がましいか。
彼女の驚きっぷりを見て満足していると、私のおでこにひやりとした感覚が当たる。いつの間にかケープちゃんに、至近距離まで接近されていたようだ。彼女の縦に細い瞳孔の黄色い目と、私の瞳が直線で結ばれる。
どうやら今、私達は額同士をくっ付けた状態にあるらしい。私はちょいちょいと彼女のおでこを右人差し指でつついて、顔を離すように催促した。
ケープちゃんが素直に顔を離す。
空いた距離でピントがズレて、天井から降り注ぐ陽光が、彼女の顔を照らし出した。
光の中に浮かぶ、半透明に透き通った幼い顔立ち。意志を感じさせる金の瞳に、ちょんと付く整ったお鼻。引き結ばれた口元からはカッコ良さが滲み出ている。そして、私を射抜くその瞳には、私自身を見定めようとする光が灯っていた。
…………いや、顔良っ!?
ケープちゃん顔良っ!?!?
意識して無かったけど、ケープちゃんカッコ可愛い系の顔立ちしてる!?
おめめパッチリ、目元はキリリ。快活そうな見た目を包括する、圧倒的童顔!
これはさぞかし先輩から可愛がられた事だろう。多分、ドヤ顔してる時に頭撫でられているのが1番似合うタイプだ。それに加えて、彼女自身の小柄さと小さな羽が可愛さをブーストして加護欲を促進させている。何だこの子、天使か何か??
私の中の理性と本能は脳内で、手を取り合ってケープちゃんに
いやあの、違うんです。ケープちゃん、可愛いとなんかのプロ的なカッコ良さが同居してて、さっきの無邪気に手を振る姿と今の仕事人的なクールさのギャップが凄いんです。なんだオメー、ギャップ萌えのサウナか?熱気と冷気を同時に吹き付けるなよ?普通の人間は耐えられないからね??
整うぞ?ギャップ萌えで私が整うぞ??
私が脳内で勝手に荒ぶっていると、彼女は私のおでこから額を離し、また頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。私に何かしようとしていたようだ。
「─────???」
「だーかーらー、そうやってすぐ人に干渉しようとするのやめなさい!」
彼女の顔を強制的に見つめさせられ続けていた私は、眉尻を釣り上げてケープちゃんに人差し指を突き付ける。顔が良くてもやって許される事と許されない事があるわよ!
「いい?普通の人にアンタらが干渉しても、こっちからしてみれば変な現象とか、騒音みたいなポルターガイストしか起こらないの!この人の夢見が悪くなったらどうすんの!?」
「───……。」
私は上気した頬を隠すように、彼女に対して腕を振り回しながらお説教をした。声量を落としたはずの私の声が、ドーム状の天蓋を伝って聖堂内に響き渡る。私の言葉を聞いた彼女は捨てられた子犬のような表情で俯いた。
やめて、その表情やめて。心が痛いから。
しゅんとした顔で、小さな翼を萎れさせながら椅子に正座してしまったケープちゃんを見た私の心が強めに揺れる。叱ったは良いが、フォローする余裕があまり無かったので私は焦った。
「……あーもう、聞いてケープちゃん?貴女と私達は違う存在。貴女が繋がろうとすると、私達には異常が出るかもしれないの。それは分かった?」
しょんぼりしているケープちゃんを、私は当たり障りのない言葉で諭そうと頑張ってみる。すると、彼女はコクリと静かに頷いた。
「うん、分かったならいいわ。──じゃあ最後に。こういう事があった時、私が居る時限定で使える方法を教えたげる」
私がそう言うと、彼女は椅子に座ったまま、──本当?!と言わんばかりにこちらへ身を乗り出してくる。近い近い、顔が近い。
私はどうどうと彼女を宥め、徐ろに長椅子から立ち上がった。
「それじゃあここでクエスチョン。寝てる人に必要な物って、ケープちゃんはなんだと思う?」
ようやく曲げ伸ばしが出来るようになった右手の人差し指をピンと上げ、私は眠り続けているシスターさんにケープちゃんの視線を誘導する。彼女に目を向けた彼女は、少し悩んだ後にシスターさんの元へと近付き、何かを広げて彼女に掛けるジェスチャーを行った。
「──そう、毛布ね。正解よ」
「───!!」
私がグッドサインを出すと、ケープちゃんは両手を上に挙げて喜ぶ。あら可愛い。どうやら元の調子に戻ったようだ。私は胸を撫で下ろす。
そして、ケープちゃんは私の考えを汲み取ったのか、長椅子の間を走り始めた。
「理解が早いわね?」
私も彼女の後ろを追うように、それでいて足音を立てないように注意を払って、長椅子の間を縫って進む。そして、ケープちゃんは入り口付近のカウンター席の横を指差して、小さく跳ねながら私を手招いた。
「─────〜!」
「はいはい、今行くわよっと」
彼女の誘導に従い、『忘れ物』と太字の油性ペンで書かれたシールが貼ってある、プラスチック籠を収めている棚に私は辿り着く。
『忘れ物棚』……礼拝堂に来た人達の忘れ物を保管する、ステンレス製のラック棚だ。
……そして、ちょうどタイミングよく。お目当ての物品がそこに置かれている。
物に触れないケープちゃんに変わって私が取り出したのは、誰かが忘れていったのであろう砂色の毛布。これをあのシスターさんに掛けておけば、目覚めた時にびっくりして、見知らぬ誰かに寝顔を見られた羞恥心で悶え苦しむはずだ。
私達は顔を見合わせ、いたずらっぽくほくそ笑む。
「ふっふっふっふ……」
「─────♪」
毛布を手にした私達は意地の悪い笑みを口元に浮かべながら、抜き足差し足で彼女の眠る長椅子へ近付く。そして、2人でゆっくりと、長椅子の座面を覗き込んだ。
「──ふふっ……」
覗き込んだ瞬間に、シスターさんの口元が緩やかな弧を描いた事に驚いた私達は、咄嗟に長椅子の後ろへと隠れる。
──まさか起きてた?
顔を見合わせて、バレていないかと不安に駆られる私達。しかしながら、また彼女の静かな寝息が椅子の背もたれ越しに聞こえてきたので、私達はホッと一息をついた。
「(よし、行くわよ)」
「───……!」
再び覚悟を決めて、私達は椅子の裏側を覗き込む。するとそこに居たシスターさんは背もたれ側に寝返りを打っていたようで、なんとも幸せそうな寝顔が私達の目にバッチリ入ってきた。
──それを見た私は、瞬時に折りたたまれた毛布を広げ、シスターさんの足側へと回る。そして、長椅子の手すりに上手く毛布を引っ掛けて、首元まで一気に彼女へと毛布を被せた。
「退散っ」
「!」
私が掛け声を掛けると共に、一気に聖堂の入り口に向かって2人で走り出す。ケープちゃんは椅子の背もたれを使ってぴょんぴょん跳び跳ねながら、私より先に入り口へと到着した。
──身軽ね、あの子。身体を動かすのは得意っぽそう。彼女の走りを分析しながら、私も負けじと椅子の間を最短距離で走り抜ける。
「────!」
急かすケープちゃんに遅れを取りながらも、私はなんとか扉の前に辿り着いた。扉を少し開け、その間に身体を滑り込ませて聖堂内から脱出する。
───そして。
「───脱出完了!」
「─────!!」
天高く登ったお日様の元、私とケープちゃんは無事に誰にも気付かれる事なく、聖堂の中から出る事が出来た。心地良い達成感の中、私達は顔を見合わせる。
「ケープちゃん、ハイタッチ」
「───〜!」
いたずら大成功!と記念にハイタッチをしようとして、私達はお互いに両手を上げて手を合わせようとした。……のだが
───スカッ
「───???」
「あ、そうじゃん。お互い触れないんだった」
肝心の事を忘れていた私達の手は互いをすり抜け、ハイタッチは不発に終わる。ちょっと残念だけど、まあ仕方ない。私はそう割り切って、おろおろするケープちゃんへと向き直った。
「ま、こんなもんでしょ。私の気が向いたら、こんな風に手伝ってあげるから声掛けなさい」
「────、───!」
私がそう言うと、彼女は顔を綻ばせて喜びの表情を露わにする。相変わらず何を言っているかは分からないが、分かった!と元気のいい返事が返ってきた事だけは、花が咲いたような彼女の笑顔から読み取れた。
それを見て満足した私はバッグの中を探って、包装された小さなチョコレートを3つ取り出す。そして、それを私は手のひらで包み、彼女の手のひらの上に持っていった。
「───?」
「チョコレート、みんなで食べてね」
言葉と共に
「─────!?─────!?」
「それじゃ、私はお昼食べに行くから」
私が起こした不思議な現象に、ケープちゃんが目を白黒させている。彼女の驚きっぷりを見て満足した私は、ケープちゃんに背を向けた。
「────!!」
「じゃあね、楽しかったわ」
背中越しに私を呼び止めようとする声に、私は後ろを見ずに手を振る事で返す。それを見た彼女は、ちょっと寂し気に俯いた後、チョコを掴んでない方の手でめいっぱい手を振った。
「────!」
去っていく私の背中に、またねの意味を込めた彼女の声が届く。陽炎のような半透明の彼女は、私の背中が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも手を振っていた。
次回、ようやく銃のお披露目。お楽しみに。
・遠芽ワタル
幽霊っぽいものが普通に見える、視えちゃう系な女子高生。よーく観察しないと詳細には視えないので、基本的には何か居るな〜程度で流している。
ただし、半透明シスターさん達は別。
個性の暴力がすぎる。
・【ケープちゃん】
活発、快活という言葉が似合うタイプな天使の女の子。天真爛漫、元気溌剌、しかし仕事ではプロフェッショナル。ときおり見せるキリッとした表情がかっこいい、闇に生きたかつての亡霊。
なお、根は結構わんぱく属性。
この後、お目付け役のクリーム髪のシスターさんに拳骨を落とされる。
・【クリーム髪のシスターさん】
柔和な微笑みを見せる、ウィンプルを被ったシスターのお姉さん。ケープちゃんの拾い主かつお目付け役。芯の通った強い女性で、どこかの分派のトップを務めていたこともあるのだとか。
実はゴリゴリの武闘派。
メイン武器は己の拳。
・【銀髪ウルフのシスターさん】
目元がクリーム髪のシスターさんに似ている、ロザリオを首から下げた高身長の女性。ケープちゃんやシスターさんと仲がいいのか、よく何かを話している。トリニティ出身者らしく信心深く、教会付近でよく目撃される事が多いようだ。
好きな物は美味しい物や姉の手料理。
ケープちゃんから受け取ったチョコを食べて、口元を緩ませていたらしい。
・若葉ヒナタ
大聖堂の中でずっとうたた寝していたスヤスヤシスターさん。結構力持ちで、聖堂内の重い物をよく運んでいる。しかし、椅子の上で無防備な寝顔を晒していたため、ワタルとケープちゃんにいたずらを仕掛けられた。
不憫属性持ち。眠っている間、地味に嫌な悪夢に苦しめられていた。そしてこの後起きた瞬間、毛布の存在に気付いて顔を青くする。
・【無表情系灰髪ロング片目隠れのシスターさん】
ワタルの実家の近所にあった、古い教会在中の半透明シスターさん。言動がとても愉快なため、幼少期のワタルの記憶に彼女の姿は強く焼き付いている。小学生時代は登校中、彼女の姿を見かけたら手を振る事が日課になっていた。
なんせ無表情でバグり散らかすので。
ふっ、面白れー女……。