お昼休み回。
ケープちゃんのエントリーでちょっぴり災難に見舞われたワタルですが、気持ち的にはなんの問題も無いようです。メンタルが強いですね。
「──あーもう、最悪。信じらんない」
昼休み、どうしようもなくむしゃくしゃした私はお昼ご飯を食べる場所を探していた。理由は複数あるが、特筆すべきは教室内での居心地の悪さにある。
「────て、─────かな?」
「───、らし───。」
こちらに向かって聞こえてくる声の数々に混じる、好奇や憶測の感情。感情入り交じりの視線を浴びながらお弁当を食べる気概は私には無い。
というか、私に向けるその目は何よ。
見せ物じゃないんだけど。
そんな居心地の悪さに嫌気が差して、私はこうして屋外まで撤退してきた。
「……はぁ、てか、なんでケープちゃんはあんな事……」
それはそれとして、昨日顔見知りになった【変なの】の、ケープちゃんを思い返して頭を搔く。困った事があったら呼びに来なさいとは言ったが、授業中に来るとは思わなかったのだ。
しかも天井からのダイナミック・エントリーである。アグレッシブ過ぎでしょ。
結果、私はクラスメイト達の前で恥をかいてしまった。まあ仕方ない、許可を出したのは私だし。恥をかく事にも、もう慣れてしまった。
ただ、教室に戻ってみると彼女の姿が見当たらなかったことに関しては、少し、思う所がある。天井を見ても彼女の痕跡はなく、豪奢なシャンデリアの端っこが私の目に留まるだけ。彼女が落ちて来た場所には、見覚えのあるプラスチックの包装が1つ落ちていた。
「──ま、気にしてもしょうがないか」
そう呟いた私は、トリニティ・スクエアの噴水を後目に歩いていく。スクエアの噴水前では場所の取り合いをしているのか、白いトリニティの制服を着たお嬢様方が舌戦を交えていた。
「あら──さん、ごきげんよう。ここは涼しくて良い場所ですね。もしよろしければ、私達も相席させて貰っても?」
「まあ───さん、ごきげんよう。ここは少し水気が多いのですよ。昼食を取るなら、あちらのベンチがよろしいかと思われます。春風を感じる事が出来てとても良いと思いますわ」
近くを通り過ぎる際、軽く聞いただけでこれである。言外に込められた皮肉と牽制の応酬。何が楽しいのか分からないけど、彼女達にとっては大事な儀式なのかもしれない。難儀な生き物だ。
「……元気ねぇ」
白い手提げ鞄を揺らしながら呟くと、トゲトゲした視線が背中に8本突き刺さる。厄介事には巻き込まれたくないので、私はそそくさとスクエアの噴水を後にした。
◆
──静かに植え込みが揺れ、背の高い木から延びる影は太陽を怖がるように小さく縮こまっている。逃げるようにトリニティ・スクエアを去った私は今、再びお昼ご飯を食べる場所を探して学園内をウロウロしていた。
「ん〜……、なかなかいい場所が見つからないわね」
かれこれ20分ほどボヤきながら探しているのだが、これ!と言いたくなる場所は見つからない。良さそうだと直感的に思った所には必ず先客が陣取っているもので、楽しそうに会話を交わす彼女達の姿に譲ってくださいとは言い出せず。結局、別の場所を探して校内をウロウロ。
そんな感じの事が何回も続き、私はちょっとだけため息をつく。優柔不断とはよく言ったものだ。ずっとこんな感じでは、お昼休みが終わってしまう。
「どうしよ……、こんなに見つからないとは思わなかったな……」
軽くボヤいて肩を落とす。
敷地が広いから昼食を楽しめるいい感じのスポットは余りまくっていると思っていたけど、全然そんな事は無かった。
アタリを付けていた場所は全部ダメ。
陽キャ女子とだいたいエンカウントした。
穴場スポットも概ねバッテン。
他の子のテリトリーになっている。
教室に帰るという選択肢はハナから無い。
つまり、頑張って他の場所探そうって事だね!
クソわよ。
そんなこんなで彷徨い続けて20分、昼休みの時間は既に残り半分。流石にそろそろ諦めようか、なんて考えが頭を過ぎる。軽くため息をついた私は、仕方なく校舎へと足を向けた。
食堂にでもお邪魔しよっかな……。
「……ん?」
そんな事を考えて、私はふと顔を上げる。
「……おっ?ここ良さげ?」
本校舎の裏に立つ、そこそこ背の高い樹木。正午を過ぎた春の陽射しが作るくっきりとした陰影が、私の呟きに反応するようにザワ、と揺れる。幹から生える枝はそれなりに太く、しっかりとした硬さがあるように見受けられた。
そして、それなりに高い。
下からざっと見、枝3本。それら全てがしっかりと幹から延びている。
「おぉ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
こんな見事な木を拝むのは何時ぶりだろうか。
実家近くの公園にあった木以来じゃなかろうか?
私はよく手入れされている芝生の上を歩き、木に近付く。青々と茂る丸い葉は程よく日光を遮り、木漏れ日を映す影がそよ風に合わせて揺れていた。
この木の下でお昼寝をしたり、本を読んだり出来たらさぞかし気持ちいいだろう。そんな穏やかさを感じられるとても良い木だ。私は木の表面をなぞって、そっと目を閉じる。
水のせせらぎが聞こえてきた。
きっと、学園を取り囲む水堀のものだろうと、音の正体にそれとなくアタリを付ける。
「……え、いいじゃんいいじゃん。ここにしよっと」
水のせせらぎをBGMに、木の葉の軒下で優雅にランチ。なんだそれ最高か?
ようやく現れた理想のロケーションを前に浮き足立つ私。私はいそいそと手提げ鞄の持ち手を肩にくぐらせ、周囲に人が居ない事を確認した。
そっと足元に光を灯す。
「───
燐光が靴に集まったその瞬間に、私は大地を踏みしめた。
靴裏に大地が反発し、身体が空に打ち上がる。宙へ投げ出された私は、軽く身を捻って態勢を整え────
「──ふっ、と」
勢いを殺して枝の上に着地した。
───ガサリ。
「……よっしっ」
ガッツポーズ。小数点以下切捨て10点の着地だ。私は自画自賛しながら枝の付け根に腰掛ける。遂に完成した理想のロケーションを前に、私の口角はご機嫌に上がった。
丈夫な枝の上に腰掛け、脚を組む。お弁当を開き、優雅に昼食を食べながら見る眼下の景色には、キラキラ光る水面とちょうどいい高さに刈り入れられた緑の芝生のコントラストが、白い外壁の校舎に映えていた。
ふっふっふ、見るがいい。
これぞ我がランチタイムシチュエーション、『一人キャンプの流儀 〜セルフハンモックを添えて〜』。
余人には真似出来ない、私だけの至高の領域がここに完成した。
私、ご満悦。
今ならきっと先週の、不幸続きの9日間なんてバカげた日々を忘れられるかもしれない。
そう考えて、口元を綻ばせ。
「これよこれこれ、自由気ままなランチタイム!最高〜」
木にもたれかかって伸びをした後、ピックに刺したレタスのハム巻きを口に運ぶ。みずみずしいレタスと、水面が揺れ動く音は、教室に居た時に感じた微妙な居心地の悪さを綺麗さっぱり洗い流してくれるようだった。
緩やかに吹く東風に、誰かのブレンドした紅茶の香りが混ざって届く。
水と、茶葉と、草の匂い。
「春ねぇ……」
肌の上をふわりと撫でていく風に、私は目を細めた。
生まれてこの方、ずっと過ごしてきたトリニティの、代わり映えのしない春景色。綺麗な景観を意識して造られた町を眺めて、思わず口から欠伸が漏れる。
「……ん、やっぱいいわね」
ピックに刺さったミニトマトと、レタスのハム巻きを食べながら、私は独り言ちた。
「……そういえば、今日の夜ご飯どうしよっかな。じゃがいも余ってるし、肉じゃがにしよっかな?」
クロワッサンを口に入れながら今日の夕食を考える。
……確か今日はスーパーで玉ねぎが安かったはず。人参は半分くらい余ってて、お肉はちょっぴり残ってる。糸こんにゃくとかは……まあいっか。最近お野菜高くなってきたし。節約出来るとこは節約しなきゃね。
食費の残高を頭の中で計算しながら、私はそっと目を閉じた。昼食中に冷蔵庫の中身と打ち合わせなんて庶民的な事、多分普通のお嬢様方はしないんだろうな……なんて考えが頭を過ぎって、ちょっぴり虚しくなってくる。
──あーあ、せめてナカミさんがもうちょっとだけお賃金上げてくれたらこんな事考えなくても良いのにな〜。
そう考えて、バイト先のケチんぼ店長に対して私は口を尖らせた。
「……うん?」
ふと、視界の端を何かが横切る。
私は何の気もなしにそれを見た。
「───なにこれ?」
風に煽られたのか、空中を漂う何かの紙片。
大きさ的にはちょっと大きめの本のページの半分くらいだろうか?
木の枝に引っかかり、干されたタオルのように揺れている古紙の半ページ。もう一度風に吹かれたら飛ばされてしまいそうだ。
…………しかし、何故だろうか。
私は目の前の『これ』に、強く興味を引かれている。
自分でも不思議に思いながら、その古紙に左手を伸ばす。幸いな事に私の座る枝から近い場所に引っかかっていたため、無理な姿勢を取らずに紙片は取れた。
「んしょ、っと……。どれどれ……?」
どこかに引っかかったのか、端の方がボロボロなそれを広げてみる。年季の入った紙はカサカサしていて、日に焼けたのか茶色く黄ばんだ箇所が多く見受けられた。紙に書かれたのであろう文字はぐねぐねと走り書きされており、とても読めたものではない。私の頭はなんだこれ状態である。
「なぁにこれ?何書いてあるかわかんないんだけど」
そう言いつつ、私は紙を斜めに傾けてみたり、木漏れ日に当てて透かし読みしようとしてみた。片手で昼食をつまみながら、うんうん唸って考える。
「…………ダメだこりゃ、まるで分かんないや」
とは言え、すぐにギブアップ。
専門知識が無い私では、皆目見当もつかなかった。
「えぇー……、ナカミさんにでも聞いてみようかな」
つい先ほど想起した、ケチんぼ店長の後ろ姿を思い浮かべて私のテンションが降下する。
噂をすればなんとやら、だ。なんでこうもいいタイミングで【変なの】案件が舞い込んでくるんだろうか。
恣意的なものを感じて、私は深いため息をつく。仕方なく、持ってきていた文庫本にそれを挟んで、私は何の気なしに上を見上げた。
──ぷらーん、ぷらーん…。
「またぁ?」
口元が引き攣る。
上を見上げた私の目には、明らかに木の枝ではないおかしい物体が映っていた。
揺れるしっぽ。ほどよくフサっとしてそうな、尾先が白い青のしっぽ。
「……猫?」
頭に浮かべたイメージを言葉にすると、青いしっぽが揺れ動く。そしてしっぽは肯定するように、くにゃりとゆっくり尾先を曲げた。
……なんだかウェーブキャットさんっぽい色合いだ。私はしっぽを凝視して、右へ左へ目を動かす。
「ねこ……」
ピタリ、と揺れが止まった。
私はしっぽから目を離す。
──垂れ下がる尻尾から上を見ると、青く長い髪が首から下にだらんと垂れた、猫耳がぴこぴこと跳ねる獣人生徒の【変なの】の姿があった。
奇妙な点をあげるとすれば、明らかに細い枝の上で手足を纏めている事か。どうやっても接地面積が足りずにバランスが崩れそうなものだが、あろう事か彼女は鼻ちょうちんを出しながら、口から涎を垂らしている。
「えぇ……」
【変なの】は寝ていた。
自由気ままな猫そのもののように、それは気持ち良さそうに爆睡していた。
なんじゃありゃ、と目を擦る。
しかし【変なの】はそこに居た。
私はそっとスマホを取り出し、1枚パシャリと写真を撮る。
【Zzz……】
……起きない。音に敏感な訳では無いとみた。
私はカメラ機能を静かに切り替え、ナカミさんに動画を送る。
店長◀
『変なもん送ってくんじゃないよ』
即レスされた。
「……暇してるわねこりゃ」
苦笑いしてモモトークを閉じる。
ナカミさん、どうやらまた仕事をサボっているようだ。SNSを開いてみると、ナカミさんの裏垢が案の定荒ぶっている。
やっぱりか、と私は呆れた。
これは久々に喝を入れに行かなきゃだね。
そう考えて、私はモモトークにメッセージを打ち込む。
ワタル▷
『ナカミさんへ
今日の午後、学校終わりに店へ向かいます。
欲しいものを言いなさい。
追伸:いい歳した大人がSNSでギャオるのみっともないよ。ネット辞めたら?』
店長◀
『なんだァ……てめェ?
喧嘩なら買うよ、首洗って待ってろ。
追伸:まんじゅう持ってこい』
「はいはい分かりましたよ……っと」
メッセージを打ち込んで、再度スマホの画面を消す。これでしばらくは大人しくなっているはずだ。私はうずらの卵を口に運びながら、口の端で軽く笑う。
どうせ彼女の事だ、適当なレスバ会場に突っ込んでボロ負けしたに違いない。畳部屋の上でキレ散らかす姿が容易に想像できる。
今度弄る時のネタにしてやろ。
チーズのハム巻きをつまみながら、私はひっそり木の上でほくそ笑んだ。
「……にしても、今日は遭遇率高いわねぇ」
そうボヤいて再度頭上を見上げれば、猫のしっぽはまたゆらゆらと揺れている。枝の上の猫少女は、未だ呑気にお昼寝中だった。
私はぼんやりしっぽを眺める。
ゆらゆらしているしっぽを見てると、なんだか眠くなってきた。
ふぁ、と欠伸が口から漏れる。
「……まあ、いっか。危害は無いみたいだし放置放置」
猫少女を一瞥した後、私は視線を前に向けた。
なんせ、彼女は寝てるだけ。こちらに害が無いのなら、対処しなくても問題ない。ならしばらくの間、彼女について何も考えなくていいだろう。
──そう結論付けて、食べかけだった昼食を手提げ鞄に片付けた私は、ゆっくり目蓋を降ろした。
なんせ春だし、こんないい場所に陣取れているのだ。最近はずっと【変なの】遭遇のラッシュで疲れたし、休み時間の間だけでも楽しまなきゃ損。足を組み直し、枝に深く腰を掛け、水のせせらぎに耳を傾ける。
ちゃぽん、ちゃぽん、と心地よいリズムが私の自律神経を静めていった。
『──……』
──気配を感じる。
私は無言で目を開き、そっと下に目を向けた。
「…………」
しかし、誰も居ない。
眼下に見下ろす緑の芝生には、誰かが居たような痕跡は1つも見受けられなかった。
このシチュエーション、見覚えがある。
「……しゃーない」
私はカバンの中から白いスリッパを取り出して、宙に向かって適当に放る。ため息と共に放り投げられたスリッパは、日光を反射して白く輝き、緩やかな放物線を描いて下に落下していった。
履き物であるが故に、若干重い爪先側を下にして、枝葉をすり抜けたスリッパは落ちていく。
そして──
──ギュンッ!
『───!?』
空中で鋭角に曲がり、スリッパは隠れていた誰かさんに命中した。
『─────ーー!?』
「……やっぱそうよね。今日の授業中もこんな事あったし」
ちょっと呆れながら、木の下で頭に手を当て悶え苦しむケープちゃんを見る。いい感じにスリッパが直撃したのか、彼女は芝生の上をゴロゴロ転げ回っていた。
◆
「──はむ……」
『───……。』
雀と思わしき茶色い小鳥が、私達の頭上を超えて枝に止まる。それを見ながら木の幹に腰を預けた私は、体育座りするケープちゃんの横に座ってお昼ご飯の残りを食べていた。
「…………」
『───……』
お互いに無言。
気まずい空気が流れている。
まあ、私がお昼食べてるから話しかけられないだけなんだけど。
「──もぐ……」
『…………。』
なるべく早く食べ終わるようにと、私は残り1つとなったクロワッサンを口に詰め込み、花びら状に型抜きした人参の煮物を満杯の口内へ放り込む。
『───……』
──ズーン……。
気になって横目でケープちゃんの様子を確認したら、彼女を周りを取り巻く空気が青黒い物へと変質していた。アニメの表現などでよく使われる、縦線いっぱいの落ち込みよう。塩茹でしたブロッコリーを食べつつ、私は頬を引き攣らせた。
辛うじて人魂エフェクトは出てないけれど、相当落ち込んでいる事は分かる。目尻に涙が浮かんでて、顔もいつもより青白い。今にもこの世からおさらばしそうな、とても暗い表情を彼女は浮かべていた。
私は口内に残っていたクロワッサンをお茶で流し込み、彼女にかける言葉を探す。なるべく当たり障りがないように、彼女を傷つけないような気の利いた言葉を。
……よし、やる事は決まった。
「──ケープちゃん、ちょっといい?」
『──!』
私が話しかけると、彼女の肩がビクッと跳ねる。顔を上げたケープちゃんの目尻には涙が浮かんでおり、今にも泣き出しそうだった。
私はそっと、右の手のひらに神秘を込める。
「ったくもう、気にしてないわよ」
そう言って、私は彼女の頭を優しく撫でた。
きょとん、と呆けたようにケープちゃんは私を見つめる。
『
「ないない、全然。あんなのでいちいちキレてたら、中学の時点で頭の血管破裂してたわよ」
怒ってないかと伺うケープちゃんのジェスチャーに、私は頭を撫でつつ否定した。
実際、授業中に邪魔ばっかりしてくる奴には顔面偏差値オワコンにしてやるけど、故意じゃないなら放置でよし、というのが私の中学時代のスタンスだった。もちろん、それは今も継続中で、滅多な事をしない限り私は【変なの】には怒らない。だから、今回のケープちゃんのダイナミック・エントリーに関しても驚きこそはすれ、怒ろうだなんて微塵も考えていなかった。
とは言え、いつまでもイジイジされてても困るからスリッパをけしかけたんだけど。
涙を浮かべるケープちゃんの目の下を拭ってあげて、私は彼女に正対する。きょとん、とした彼女の顔の憂いの表情はまだ取れていない。
目を細めて、私は彼女の目の奥を見つめた。
……なんとなく分かってる。
私はカズサみたいに口は上手くない。
むしろ苦手、口下手だ。
だから、こうやって行動でしか気持ちを伝えられないし、今でさえ一呼吸挟まないと言葉なんて出てこない。
昔の私はもっとガサツで、口より拳で語り合った方が早いと思っていた脳筋娘である。そんな私が慣れない慰めをしようとすれば、口が回らないのも当然で。
「……だから」
……だけど、それでも。昔の私なんかよりは、他人の心の機微が読み取れるようにはなった……はずだ。
「──ほら、食べなさい」
だからこそ、私はお弁当箱の中から取り出した、1粒のデザートに神秘を込める。
『──!?』
ケープちゃんの半開きの口目掛けて、右手に持ったデザートをシュートする。虚を付かれたケープちゃんは目を見開き、口の中に入れられた物をしばらくもごもごさせていた。
……そして、彼女の黄色い瞳に驚きと幸せが入り交じる。
「……どうよ、種なしシャインマスカットの味は?」
私がケープちゃんに尋ねると、今まで萎れて地面に付いていた翼が、パタパタ元気に動き出した。ケープちゃんの表情は、マスカットを咀嚼していく事に怯えから喜びへ、そして美味しいものを味わう表情へと変化していく。それを見た私は胸を撫で下ろし、神秘で固まった右手を軽くさすった。
『────!───!!』
「はいはい、美味しいのは分かってるわよ。もう1個食べる?」
弾かれるように私の方へ向いて何かを喋るケープちゃんを宥めながら、私は黄緑色の宝石を1粒つまみ上げる。それを見たケープちゃんは、頬を膨らませてこちらの肩をグーで叩き始めた。
スカスカ拳が空を切る。
私は生暖かい目で彼女を見つめた。
──にしても、マスカットねぇ……。
私はストロベリーパイを渡してきてくれた友人の顔を思い出しながら、おまけのマスカットをケープちゃんへシュートする。なにかの偶然か、彼女と縁を繋いでくれたのもフルーツだった。偶然にしては出来すぎで、運命のようなものを感じずにはいられない。
『──?!』
コツンと、固まった右手の甲でケープちゃんの額に触れる。蝋人形のように冷たくて、人肌のように柔らかい。そんな不思議な感触が、右手を通じて伝わってきた。
「……まったく、そっちは何か気にしてるんだろうけどねぇ。余計なお世話よ?」
私の目を通じて、ケープちゃんの色々な感情が伝わってくる。困惑とか、驚きとか……謝りたいって内心とか。
それらが二転三転するような、ぐちゃぐちゃになったケープちゃんの表情を見て、私は昔を思い出した。
『──……。───!』
ケープちゃんは泣きそうな目を向けて、『どうして』と言いたげに口を開閉させる。それを見て、口の端でため息をついた。
──経験したことのある感情のブレを、読み取ることは造作もない。何かをまだ伝えようとしてくるケープちゃんの口に、私は3粒目のマスカットを放り込んだ。
「決まってんじゃない。こんな体質だし、あんな感じの事なんてしょっちゅうよ?否が応でも慣れちゃうっての」
口をもごつかせながら、ケープちゃんは不服そうに上目遣いで私を見てきた。私も残ったマスカットの粒を1つ口に放り込み、咀嚼する。皮に包まれた果肉が弾け、溢れ出した果汁が口内を席巻し、様々なお弁当メニューの残り香達を洗い流していった。
甘酸っぱい味を飲み干し、私は口を開く。
「──……ま、どうしてもって言うならさっきのスリッパで手打ちよ。今度は休み時間に来ることね」
左手で白いスリッパを掲げて彼女にそう言うと、渋々納得したのかこくりと頷いた。それを見て、私は小さく笑う。
「じゃ、あと1個ずつ食べて解散ね。時間もあれだし」
『───、──!』
スマホで時間を見ながら提案すると、ケープちゃんは元気よく応えてくれた。それに応じて、私は残ったマスカットの1粒に光を込める。
「はい、これで最後」
『…………───??』
マスカットを手渡すと、ケープちゃんはそれをまじまじと見詰めて首を傾げた。私は気にせず残り1粒を味わいながら、少し白みがかった青空を見上げる。
いつの間にか空を揺蕩う雲は吹き流されて、円がいくつも重なり合う、晴れ渡ったキヴォトスの青空。変わらぬ空を見上げながら、私は平穏を感じ取る。
もやもやが晴れた後に食べるマスカットは、それはもう美味しかった。
・遠芽ワタル
なんだかんだ面倒見がいい、元スケバンな女子高生。
ケープちゃんが元気になったので、安心した様子で午後の授業へと戻って行った。
放課後、バイト先に直行する予定。
・【ケープちゃん】
初めて食べる果実の味で元気を取り戻した幽霊少女。
甘さと酸っぱさが混じりあった美味しい果汁にビックリした。
しかし、ワタルに謝る事は出来なかったので、どこかのタイミングで必ず彼女に謝りたいと思っている。
近い将来、ワタルの部屋で彼女が出待ちしているかもしれない。
・【?????】
青い長髪の猫耳っ娘。ケープちゃんにはクスちゃんと呼ばれていたらしい。
お昼寝大好き昼行灯。
一応、ユスティナ聖徒会。