予定通りバイト編です。
不思議なものが見えるワタルのバイト先は、当然普通な訳もなく。
※作者側の都合により、今話以降の添削作業が遅れています。しばらく不定期投稿になりますので、ご了承ください。
蛇の道は蛇、ということわざがある。
専門的な事を聞くなら専門家に頼れ、という意味……と兄さんは言っていた。しかし、おじさん曰く、使い方は合っているが本来の意味は違うとの事。どちらかと言えばこのことわざの意味は、『職業柄、その道に詳しい人は自然と互いの世界や裏の事情、隠された手口を自然と察せられる』というものらしい。
兄さんと一緒に聞いて、二人で感心して頷いた記憶がある。そんな私達の様子を見て、おじさんはクツクツと口の端から笑い声を漏らしていた。
『……つまりその理論で行くなら、私は【変なの】のエキスパート、という事になるな?』
『クックック、そうなりますね』
『えー?すごいじゃん兄さん、【変なの】博士ー!』
『おいおい博士は過言だろう。そういうのは目の前の人に言ってあげなさい!』
兄さんの一言をきっかけに、にわかに騒がしくなる研究室内。謙遜し続ける兄さんに私はじゃれ付き、おじさんは笑みを深くして笑い続ける。
『あーもう、話進まないから無理やり戻すぞ!今回、私達がメゾン・ド・ナナフシで見つけたこの【変なの】についてだが────』
じゃれ付く私をあしらい、兄さんは照れ隠しをするように、ヘビの抜け殻についておじさんに調査報告をし始めた。
──色褪せることのない、私の大事な思い出の一つ。兄さんと一緒に冒険した、数少ない記録の後の出来事。確かこの【変なの】がきっかけで、私達兄妹は彼女と知り合うことになったのだ。
文字通り、普通という枠組みから外れた【変なの】のエキスパートに。
◇
──D.U.シラトリ区、コーギータウンの裏道
放課後、私は手提げ袋とお土産の入った紙袋を持って路地裏通りを進む。通りの中の明るさは、まだまだ日は高いはずなのに、太陽はそびえ立つビル群の陰に隠れてしまって中々に暗い。そのためか、路地裏には電飾や剥き出しの電球が一定の距離を保って設置されており、様々な色の光を灯しながら道行く人々を照らしていた。
通り過ぎる中にはガラの悪そうな輩も混ざっているが、こちらを見るなり顔を背け、私が進む方向とは逆向きに歩き去っていく。私はそいつを無視して、電球達の間に貼られたポスターの前を素通りした。
絡まれないのは助かるね。
ヤキを入れた甲斐がある。
過去、舐めた口を聞いたので叩きのめした奴の顔を思い出して、私はフンと鼻を鳴らした。
それから数分。ポスターに従って特定の順路を進んで歩いていくと、目の前に古びた赤いレンガ造りの建物が現れる。コンクリート製の建物達に窮屈そうに挟まれたそこは、他の建物よりも飛び抜けて低い二階建て。壁にはカエデのような葉を吊るした蔦が這い、洋風の格子窓の中の様子はカーテンが締め切られて見る事が出来ない。木造の外開きドアのノブが、路地を照らす電球のオレンジ色を反射し、鈍く光っていた。
一見すると魔女の住む館に見えなくもない、小ぢんまりとした洋風の建物。
──しかし、いつもの事ながら何かが足りない。
「……またナカミさん看板立て忘れてる」
気付いた私は呆れながら建物の横側にまわり、レンガの壁へ無造作に立てかけられた看板を持つ。
……毎度の事ながら、あの人はどうしてこうも売上に直結するような、基本的な事を面倒くさがるのか。いつもこんな調子じゃ、固定客なんてつきようも無い。
私はため息を漏らしつつ、ドアの横に看板を立てた。
「───これで良し」
ドアの右側に墨で書かれた『伽藍堂』の文字が現れた事を確認し、私はノブをゆっくり捻る。
木と金属の軋む音と共に明かりが漏れ、私の身体は滑るように店の中へ入り込んだ。
◆
来店を告げるベルが鳴る。
「ナカミさーん、起きてるー?」
私は扉を閉めると同時に、いつも通りのお決まりのセリフで、店の店主の名前を呼んだ。
……が、返事が返ってこない。
「……反応無いわね」
手提げ袋を肩に掛け直す。
もしかして留守なんだろうか。
そんな可能性を考慮して、私は店内を見回した。
オレンジ色の明かりが商品達を照らす、レトロチックな店の中。壁際にはガラス張りのショーケースの中に入れられた高価な食器類や、どこで仕入れてきたのか分からない民族系のお面等が立ち並び、木製の丸棚には目を引くアクセサリーや調度品の類いが鎮座している。
1ヶ月前と何ら変わってない品の数々に、私はガックリ肩を落とした。
……全っ然、売れてないじゃん。
この間は『目玉商品と一緒に売ってボロ儲け!』とか言ってた癖に、この有様は何なのよ。
さてはまた購買戦略ガバったわね??
内心で収支を暗算し、私は店長に悪態をつく。
なんと収支、プラマイゼロだ。
ふざけんなである。せっかく卒業式の次の日にとっておきの逸品を持ってきてあげたっていうのに、ここまで散々な結果を見せられたら悪態の1つや2つは口をついて出るに決まってる。私は怒りのため息を漏らし、店の奥に顔を向けた。
……カウンターテーブルの奥に、黄色い耳がひょっこり覗いている。
キレた私は胸いっぱいに空気を溜めた。
「──ナーカーミーさぁ〜ん!?」
「うるさいなァ、起きてるよ」
少ししわがれた声が大きな衣擦れの音と共に返ってくる。カウンター席の奥に備え付けられたバックヤードから、面倒くさそうに彼女は顔を出した。
──大きなてるてる坊主のような頭に尖った耳が2つ、オマケで子供が描いたような落書きの顔。黄色いねずみを模したらしき尖った耳の先は黒く染まり、重力に従ってしなだれている。そして首を傾けた状態のまま、下半身を覆う黄色い布と共に彼女はズルズルと店内に姿を表した。
彼女の名前は『ナカミさん』。ここ、骨董品屋『伽藍堂』の店長であり、他に類を見ない面倒くさがり屋な着ぐるみである。一応人間。毎月不定期に店に顔を出す私だが、一度も着ぐるみを脱いでいる姿を見た事がない。毎回、あの黄色いてるてる坊主ねずみの着ぐるみだ。
そんな彼女の姿を見た私は、私の身長を軽々と越した大きな着ぐるみに向けて凄みを入れる。
「ちょっと、どういう事よナカミさん!商品の在庫、全然捌けてないじゃない!!」
「あァ?ウチの店で物が売れた試しなんてないダろ」
「商品を!売る!努力をしろって言ってんのよ!!!」
自分の店な癖に、あんまりにもあんまりな言葉を言い放ったナカミさんに私は大声を上げた。
ふざけんじゃないわよクソ店長!
そのせいで私の給料が上がんないんでしょうが!!
「ア〜、うるさいうルさい。一応売れた奴はあるんだヨ」
私の怒りの咆哮を受けたナカミさんが、面倒くさそうに首を揺らす。
「何よ」
「【飛び跳ねるスーパーボール詰め合わせ】」
「それ、売値500円のやつじゃん……!」
商品名を聞いた私は、怒りに悶えて頭を掻きむしった。
「あんなのしか売れないんじゃ、私が【ごろごろさま】に頼った意味がないじゃない!!」
500円だよ、500円!?
私が出せるとっておきを見つけるためだけに、【ごろごろさま】に500円払って探してもらったんだよ!!?
それでも収支プラマイゼロって何よナカミさん!?
私の採算が合わないじゃん!!
しかし、そんな必死の訴えも虚しく、彼女は知らん顔で私の言葉を一蹴する。
「あんなのとか言ウな小娘。一応、アレでも手に入れるのに苦労したんだからナ。あと、しれっと祈祷料を経費で落とそうとしてんじゃねェヨ」
せめて私の備蓄貯金が削れないくらいのお給料払ってから言って欲しいなぁ、その言葉?!
「うっさい!私の暮らしにはお金が必要なのよ!切り詰めれる所は切り詰めなきゃなんだからね?!」
「おうおウ、たかが500円ぽっちでキャンキャン喚くねェこの犬っころガ。なんと今月の給料は20%カットだ。鳴いて喜べヨ!」
「ふざけやがってぇ……!!?」
私は着ぐるみの言い分に憤慨した。
月々10万ぽっちのお給料で、トリニティで暮らしていけると思っているのかこの店長は。あの地区で最低限の生活をするなら、あともう2、3万は必要なのだ。それを言うに事欠いて、たかが500円ぽっちだとぉ……!?
カクカク頭を揺らしてこちらを煽る着ぐるみに殺意を覚え、私は握り固めた右拳を思いっきり突き出す。
しゅるり。
──が、当然のように、私の拳は着ぐるみ本体に直撃する寸前で止められた。
原因は分かっている。
黄色ネズミの着ぐるみの中から出てきた、ヒラヒラの黄色いラッピングリボンのせいだ。
「……ンー?何かしたカい??」
飾り付けられた右腕からリボンを剥がそうと悪戦苦闘する私に対して、ナカミさんはせせら笑うように首を90度傾けて振り返る。
「……別に、何も?」
そんな彼女を前にして、無様な醜態を彼女の前で晒したくない私は、そっぽを向いて顔を澄ました。
ついでにお土産袋も差し出す。
一時休戦の合図だ。
「……はい、あとお土産。どうせ最近甘いもの食べてないんでしょ?」
「……失礼な小娘だねェ、この場でとって食ってもいいんだヨ?」
傾いた首をこちらに垂らし、カウンター越しに私へ覆い被さって圧をかけてくるナカミさん。2m近い全長から物理的に発される圧は、着ぐるみが苦手な人だと腰が引けるやもしれない程にホラーチック。
しかし、私には効果が無い。
何回繰り返したと思ってるんだ、このくだり。
「その顔で凄まれても、威圧感なんて毛ほども感じないわよ」
「ちっ……、偉そうに。年食ったぶん減らず口も回るようになったネ」
「そりゃ多感な時期ですし?減らず口を止めたいなら、せめて営業時間中は看板出しなよ」
「やなこった。アタシゃ面倒が嫌いなんだヨ」
軽口の応酬をしながら、私は彼女にお土産の入った紙袋を渡す。すると彼女は紙袋を持ったまま私に背を向け、鼻を鳴らして店の奥へと引っ込んだ。
「──
「開けんのが早いわよ店長!買ってきた私にも食わせなさい!」
バックヤードから大きめの衣擦れと一緒に、早速食べたお土産の感想を述べる店長の声が耳に入る。私は素早くカウンターを乗り越え、口いっぱいにお土産を頬張っているであろう彼女に抗議の声を上げながら、バックヤードに突撃した。
十数分後。
「……んで、何の用だい?アタシゃ忙しいンだが」
バックヤード内部の休憩室。い草の匂いが漂う畳の上で、私とナカミさんはお茶を飲んで一息着いていた。
24個も入っていた白あんのお饅頭の大半を食い尽くしてくれたナカミさんは、布越しにモゾモゾしながらちゃぶ台越しの私を見据える。遅い昼寝でもしていたのか、着ぐるみの下からは欠伸をするかのような声が漏れ聞こえた。
「店番してるだけで仕事してるって言わないでしょ」
「うっさいねェ、趣味娯楽だからいいンだヨ」
彼女の職務怠慢を指摘しつつ、座布団に座った私はちゃぶ台上のほうじ茶を啜る。面倒くさそうに天井を見上げた着ぐるみは、畳の上に敷かれたせんべい布団へ向けて滑るように移動した。
「寝ないでよ、大事な話なんだけど?」
「うっさいうっさい、少しは老人を労る事だネ」
疲れているのかなんなのか、饅頭を食べて眠くなったのかは知らないが、ナカミさんは布団を捲って就寝準備に取り掛かる。
おい待て寝るんじゃない。こっちは聞きたいことがあるから来たんだよ。私は寝ようとする着ぐるみの布団を引っぺがし、半目で彼女を睨んだ。
「…………仕入れの話。【変なの】見っけた」
「ほーん」
──むくり、と頭を後ろに傾げながら布団から起き上がるナカミさん。私は再び元の座布団に座り、彼女も同じく定位置に戻る。
「ブツ出しな」
「はいはい」
相変わらずな着ぐるみの頭はそのままに、彼女からつっけんどんな声が放たれた。勝手知ったる私は、慣れた手付きで手提げ袋から例の物を取り出す。ピンクのクリアファイルに収められた『それ』は、一昨日と変わらず私の目を惹き付け続けていた。
──それがどうした、関係ない。
私はナカミさんの前に『それ』を突き出す。
「……これ、なんなのか聞きたいんだけど」
「──へェ……」
昼休み中に拾った謎の紙片を見せると、床に広がっていた着ぐるみの裾布がちゃぶ台に集まり、ピンクのファイルを飲み込んだ。常人なら2度見、3度見しそうなその光景をスルーして、私は静かにほうじ茶を飲む。
異常が平常。それがこの店のルール。
野暮をつついたら、どんなやぶ蛇になるか分かったもんじゃない。なので、私は目の前の着ぐるみを含めた、
まあ、ナカミさんとプロレスする位なら大丈夫っぽいんだけどね。むしろたまに【いいぞー!やれー!】とか【そこでドラゴンスクリューだー!】とか聞こえてくるから、北東側に2人揃って中指立てる事はあるけども。
見せもんじゃねーのよ。
仕事の合間に野次を飛ばすな。
「ほう」
そんな下らない事に意識を飛ばしていたら、布の下でモゾモゾ動いていたナカミさんの動きが止まった。私は着ぐるみへ目を向ける。
「……どうしたのさ、ナカミさん」
彼女の感心したような一声に対して、私は軽く質問した。
「これ、『オーパーツ』だヨ」
「ふーん」
返ってきたのは淡白な返答。そんなもんか、と予想していた私は、ちゃぶ台の上に湯呑みを置いた。
オーパーツ。
オーパーツかぁ……。
待って今なんて言った?
「──『オーパーツ』?」
「そう言ってるだろうガ、耳でも悪くなっタか?」
「マジで!?!?」
「ウお、うるさ」
お茶を零しそうになりながら、私はちゃぶ台上に身を乗り出す。
「え、本当にホント!?」
「そうだっつっテんだよ小娘、喧しいから座んナ」
「うひょー」
「変な声出しながら座ンなよ」
ナカミさんに窘められて、一旦私は気持ちを落ち着かせた。しかし、歓喜に荒ぶる心は抑えきれずに、口の端にニヤニヤと現れる。
『オーパーツ』と言うのは、キヴォトスの危険地帯や古代の遺跡、廃墟等の人の手が入っていない場所から発見される、現代のキヴォトスでは再現不可能な技術が使われた物品の総称だ。入手する方法は極めて限られており、市場に流れた瞬間に買い手が殺到するとはもっぱらの噂。
他にも機械に組み込んだら性能が5割増しになっただとか、今の物理学では証明できない謎の電磁波が発生した等の論文が、ネットサーフィン中にそこそこ流れてきた記憶がある。ネットの情報だから信憑性は薄いけど、本当だったらとんでもない話だ。
【変なの】達に負けず劣らず、常識をひっくり返す超常のアイテム。
つまり、とっても稀少価値の高いアンティーク!
まさかの私、大手柄である。やったぜ。
気色満面の笑みを浮かべながら、私は内心、全力で小躍りした。
いやー、いったい全体、売れたらお幾ら万円になるんだろうなー!
お給料日以外でボーナスとか、出ちゃったりしないかなー!!
「ぬか喜び中悪いガ、悲しいお知らせが1ツある」
「え?」
ナカミさんの不穏な一言に、嫌な予感がして私は振り向く。
「コイツ、『オーパーツ』の中でも最低等級ダ。加えて破損、日焼け等ノ損傷が目立つ。良くて五桁ダネ」
「はぁーっ??!」
嘘でしょ!?
めちゃくちゃ高値が付くと思ってたのに!?
「小娘、お前あわよくばコイツを金にしようと思ってウチに持ってきタロ。残念だったネェ!この半分になった紙ピラ1枚じゃ、なんの価値もアリャしないンだよ!」
「そんな、そんなぁ……」
ナカミさんから齎された無情な宣告に、私は膝から崩れ落ちた。
くそぅ……、もしかしたら今月買ったシェキナーの代金分くらいなら、余裕で補填出来る金額稼げると思ってたのに……!
さらば、私のオーパーツドリーム。
私はざらざらした畳の上で、静かにはらはら涙を流した。
「それはそれとして小娘、どこで拾った。吐け」
が、しかし。ナカミさんは悲しみに沈む私の心を慮らず、変な角度に曲がった頭を私の方に近付ける。
「うるさい……、私は今から畳の上で雑魚寝してやるの」
「はン、ふて寝するのは情報吐いてからでも出来ンだろ」
ぺちぺち、ぺちぺち。
リボンが私の頭を叩いた。
ウザったいので払おうとしたら、右腕が即座に絡め取られる。
そして別のリボンがまたぺちぺち。
面倒くさくなった私は彼女に背中を向けたまま、ため息をついて話し始めた。
「──まず、それを拾ったのは一昨日の昼休み。12時半から50分の間に、風に乗って飛んできたのを拾った。木に引っかかったそれを取った際には既に端はボロボロ、日焼けもそう」
……ここで一旦言葉を区切り、寝返りを打って彼女の様子を見る。着ぐるみの首が普段よりもしっかり座っていて、揺れ動かない頭部は何かを考え込むように、じっと正面の壁を見据えていた。
「続けな」
彼女に促され、私は再度口を開く。
「それの内容は不明。異常性は私の目がそれに惹かれたくらい。自己分析するだけで拒絶可能なだけのものだったわ」
「───それだけか?」
「えぇ」
私が右手を軽く上げながらそう答えると、ナカミさんは黙りこくる。澱んだバックヤード内の空気が、室内に不気味な静寂をもたらしていた。
……試しに、クイと右腕を引っ張る。
ピン、とリボンが宙で張った。
まだ解放する気は無いらしい。
私は目を廊下に向けて憮然とする。
今日はこれ以上居る気は無いんだけどなぁ……。
「小娘」
「なによ?」
「……拾った場所と風向を教えな」
振り返ると、ナカミさんの首がだらりと前に垂れていた。
「……トリニティ総合学園の本校舎裏、水堀近くに生えてる木。位置は本校舎の北北東、だいたい私が座ってた枝から左斜め上くらいに引っかかってた」
「その前に風は吹いていたか?」
「一応、東風が吹いてたのは覚えてる」
私がそこまで伝えると、ナカミさんは着ぐるみの中で満足そうに笑い声を上げる。
「──……ギひひ、上出来だ。これは面白くなるぞォ……!!」
頭を楽しそうに揺らしながら、彼女はどこからともなくスマホを取り出した。スマホのブルーライトが着ぐるみ越しに見え、薄暗い休憩室の中を照らしている。
おい、リボン解けよ。
無言で強く右腕を引っ張ると、しゅるりとリボンがナカミさんの方に引っ込んでいった。
「フヒヒヒヒ、さぁてどいつに売り付けてヤろうかねェ。手近な所からピックしても選り取りみどり!笑いが止まらねェナァ!」
「うわ、またなんか企んでる」
着ぐるみの中から聞こえてくるリズミカルなタップ音に、私の表情が微妙に歪む。ああいう時のナカミさん、面倒くさいんだよなぁ……。
「フヒヒヒヒ……、売るぞ売るぞォ!大儲けの時間だァ!!」
「そう言ってこの前、ムシクイーンの新弾パック転売して爆死してなかったっけ」
「ウルセェ小娘!ブッ飛ばすヨ!?」
3ヶ月前の件を掘り返したら、即座にリボンが飛んできた。首を傾けて躱した私は、ヒラヒラ手を振ってナカミさんに近付く。
「──で、結局それはなんなのよ?」
それはそれとして、その紙切れの価値を知らない私は、中からブルーの光が漏れ出る着ぐるみに対して質問した。ナカミさんが生き生きしだすって事は、相当なレア物か厄ネタ塗れの呪物の2択なためである。
「あぁん?」
すると、頭部分だけ振り返った着ぐるみ越しから、心底呆れたような視線が飛んできた。お前何も分かってないな、と言いたげで、なんだかちょっぴりムカッとする。
──とは言え、オーパーツに詳しく無いのもまた事実。私は彼女の肩に手を置きながら、少し力を入れる事で返答した。
「オイ、老人は労れってンだろ」
「あら、悪いわね」
しかし、何の痛痒も感じさせない彼女の声音に、効果無しと手を離す。
ハッ、とぶっきらぼうに鼻を鳴らした彼女はファイルを取り出し、宙に浮かせてひらひらさせた。着ぐるみに描かれた落書きの口が青い光に照らされて、暗闇の中で浮かび上がる。
「コイツは『レヒニッツ写本』、その1ページの下半分さ。外と出自が一緒かは知らンが、私の知る写本の文体と概ね一致している。黒服辺りに見せりゃ、ホンモノだって断定するだろうヨ」
「ふーん、そっか」
そうして彼女は淡白に反応する私の横を通り過ぎながら、しわがれ声の囁きを残した。
「……で。1ページの半分って事ァ、あるだろウ?その近くにもう半分がヨォ」
彼女の発言を聞いて、私の口角も薄っすら上がる。暖色系の穏やかな明かりが照らす店の中とは違い、バックヤードの中で黒い腹を持った私達は背中合わせに嗤い合った。
「きゃヒヒ……さァて、コイツをどう調理しようかネェ……!」
楽しそうに嗤う彼女に向けて、私はそれとなく聞いてみる。
「どうせ店長の事だし、ロクでも無い方法で売るんでしょ」
「ハッ、金になると思って持ってきたアンタには言われたかないヨ」
暗にお前も同類だ、と言われたので私は肩を竦めて返答した。
「……さて、小娘」
「何よ」
しゅるりと聞こえたリボンの音に、私はゆっくり振り返る。
「──休戦協定は破棄だ、ギタギタにしてやル」
そう言ったナカミさんの布の下から、黄色いゲームコントローラーが現れた。
「……はっ、上等」
自前のコントローラーを手提げ袋から取り出して、私も彼女に見せ付ける。
売られた喧嘩は買う主義な私にとって、彼女が取り出した黄色のゲームコントローラーは、対戦ゴングの鐘と同義。
「掛かってこい」
「吠え面かかせてヤルよ」
不敵に笑う私と彼女の間で、バチリと大きく火花が散った。
骨董品屋『伽藍堂』。
駅から徒歩27分、コーギータウンの裏通りに貼られた赤い矢印のポスターに従って進むと辿り着く、変な物が沢山あるお店。
固定客はほぼ皆無、冷やかしに来たお客さん達は例に漏れず逃げ帰り、店の軒先はいつも閑古鳥が鳴く状態。店主は着ぐるみ、営業時間もころころ変わる。後ろ暗さはてんこ盛り、言えない事も盛り沢山。
──そんなここは私が働く、怪しさ満点のバイト先。今日も店の2階では、誰かの悲鳴が聞こえてくるとか。
ハッハッハァッ!
読みが甘いわねナカミさぁん!?
オラッ、5手詰め必殺オートメーションッ!!
・遠芽ワタル
不思議なものならだいたい見えてしまう、見えてる世界が違う系女子高生。意外とお金にがめつい。
伽藍堂はおじさん経由で契約した。
初めてバイトしたのは小4の頃。
・ナカミさん
黄色いてるてる坊主のような、ねずみの着ぐるみを来ている謎の人物。2m越えの身長に、しわがれたおばあちゃんのようなダミ声。オマケに面倒くさがりで気難しいという、普通なら余り関わりたくない性格の大人。
伽藍堂は趣味で経営している。
着ぐるみデザインは概ねミ〇ッキュ。
・骨董品屋『伽藍堂』
D.U.シラトリ区、コーギータウンの奥まった場所に在る古い小さな洋館のような建物。営業日、営業時間は共に不明で、店の看板が出ていれば営業中とされている。
SNSアカウントもちゃんとあるし、定期的に入荷した商品等の告知もしている。なのにお客さんが全く来ない。
雰囲気と話題性だけは抜群なんだけどなぁ、と今日もワタルはボヤいている模様。
・【飛び跳ねる スーパーボール 詰め合わせ】
伽藍堂に売られていた、変な品物の1つ(完売済)
硬い短冊状の和用紙に、跳ねるスーパーボールの絵が描かれている。お値段500円。紙なのにゴムまりくらいにめちゃくちゃ跳ねるぞ!なんで??????
現在、ゲヘナのどこかでこのアイテムを巡り、メンコマスターとフラメンコマスターが決闘しているとか。