お待たせいたしました。書き上がりです。
筆が乗って何故か1万字になってしまいました。
8000字くらいに収まると思ってたのに……。
ちょっぴり晴れてきた空の下。
呻きを上げる少女が1人。
「うぉぉぉぉぉ…………」
【悲報】私、やらかす。【本日2回目】
現在進行形で自分のミスに苦しめられる、哀れなアホの子ことこの私。学園制服に身を包み、悶絶しながら手で顔を覆う私は、脳内にチラつく電光掲示板から目を背けつつ、5分で舞い戻った学園の敷地内を歩いていた。
…………恥っっっっず。
めっっっちゃ恥ずかしい。
正実の部室に向かおうとして、学園北部の市街地にまた突入しているとは夢にも思わなかった。
私、痛恨のガバ。
眠気で頭が終わっているとはいえ、少し考えれば分かる事だったじゃん。ぬおー……。
何故あのタイミングで気付けなかったのか。
私は不甲斐なき己の理性を責め立てる。
……とはいえ。
「まあ、いいや。やる事自体に支障は出ないし」
そう呟いて、私は歩みを早めた。
大聖堂を通り過ぎ、スクエア手前の階段を降りて、白いアーチを潜り抜ければ目的地が見えてくる。青の尖塔が2つ並ぶ、3階建ての大きな建物。茶葉が香り、音楽が聞こえ、少女達の笑い声が響く『部室会館』は雲の切れ目から差す西日を受けて、薄く影を伸ばしていた。
遠目に見やるとその場所の近くで、黒と赤のセーラー服を着た子が幾ばくかの部員を連れ、部室棟を飛び出して行く。彼女達はトリニティ自治区が有する治安維持部隊、『正義実現委員会』。D.U.地区からキヴォトス全土を警邏するヴァルキューレと同じ警察組織だ。今日も彼女達は忙しなく、トリニティで起こった事件を解決するべくあくせく動いている。
ちなみに現委員長がめちゃくちゃ怖い。
事件現場に壁をぶち破ってエントリーしたり、奇声を上げながらWショットガンをぶっぱなして全てを粉砕していく様はまさにモンスターの狂騒。ホラゲの敵MOBでもそこまでしないぞ、と言いたくなる程に暴れに暴れ、犯罪者を締め上げていく様子は傍から見ても恐ろしかった。
あとなんで
再生速度早くないです?
攻撃速度も気持ち上がってません??
なんかおかしくない???
流石は学園屈指の
……で、現場だとこの人が戦車みたいに突っ込んでくるんだよね?
ふむふむ、と頷いて、私は評価を改める。
訂正しよう。
正実の委員長はとても強くてヤバい人だ。
……そんな事を考えつつ、私は隣を駆けていく彼女達に軽く挨拶し、部室会館の扉を潜る。
扉の先にはもちろん、健やかに部活に励む少女達の────
「はーいちょっとごめんよー」
「うわーん!私のラザニア食べてくれよー!!」
「先入れミルクだとぉ!ちょいと表出ようかぁ!!」
「色鉛筆の芯が抜けたァー!?」
「ぶぉぉ!ぶぉぉぉ!!」
──カオス空間が広がっていた。
「……えぇ?」
あれっ、入る場所間違えた?
私は一旦外に出て、建物の外装を確認する。
……合ってるね。
再度入場。
聞こえてくる銃声、爆発、轟音。
あとついでに響き渡る、悲鳴混じりのバグパイプの音色。
少女達の自由な活動拠点な筈のそこは今日、いつにも増して喧ましかった。
いったい何があったし。
「あ〜、ちょっとそこの君。危ないから横に2歩ズレて」
「え、はい」
──ドゴォーン!
パラパラパラ……。
上を見ると、数日前に訪れた時は比較的綺麗だった真っ白な天井から、白くて塵混じりの煙が吹き出ている。ついさっきまで私が立っていた場所には、天井から落ちた白石灰のチョークと木材を足して2で割ったような色合いの落下物が細かく散乱していた。
先ほど私を呼び止めてくれた黒制服の少女が、頭を搔いて嘆息する。
「あっちゃー、
丸メガネを掛けた黒制服のおさげ髪少女がそう言うと、またもや大きく爆発音。今度は奥の左側からだ。私は隣を向いて、おさげの少女に話しかける。
「どうしました?」
「え、あ〜うん。君、1年生か。毎年恒例、部活同士の抗争みたいなもんだよ」
「わぁお」
すっごい聞き覚えがあるなぁ。
不思議と聞き慣れた文言を聞いてしまい、私の目は遠くなった。
「全く銃声聞こえませんでした」
「まあ、うん。頑張ってるんだよ防音設備、これでもね」
ははっ、と乾いた笑いを浮かべるおさげの少女の口元に、自嘲の感情が浮き上がる。あからさまに明後日の方へ目に向けた彼女の背中からは、どことなく哀愁が漂っていた。
玄関の隅で小刻みに震える消毒液の置かれた棚を流し見ながら、目を伏せた私は重ねて彼女に質問する。
「……大丈夫なんです、これ?」
「はっはっは、……なわけ」
「ですよねー」
聞かなきゃ良かったかもしれない。
黒縁メガネの透明なレンズの奥の少女の瞳が、一瞬で真っ黒に染まった。
キャストオフならぬ、ハイライトオフ。
あなや怖し。これ以上言及するの止めとこ。
「──じゃ、君も気をつけてな。今は3階付近がドンパチしてるから」
「ファイトです〜……」
私へ軽く手を振った彼女は目に剣呑な光を灯し、口元をヒクつかせながらアサルトライフルを担いで走り出す。廊下の奥へと走り去る彼女に私は小さくエールを送り、未だ煙が吹き出し続ける天井を避けて掲示物を確認しに行った。
『ヘルメット団増加中!閃光弾をお忘れなく』
『月3回の校内美化活動。清く正しく美しく』
『ティータイムこそ優雅なれ。茶葉の相談は3階の東奥、紅茶倶楽部まで』
「……ふ〜ん」
そして目にした情報を手早くメモに記し、私は掲示物から目を離す。なんとなく分かってはいたけど、会館のポスターには重要そうな情報が無い。別に期待はしてなかったので落胆はしなかったけれども。むしろここに手がかりとなる情報が存在していた場合、私は今この瞬間膝から崩れ落ちていたところだった。
「ま、いいや。予定通り向かっちゃおう」
切り替え切り替え、と脳内で呟いてメモ帳を閉じた私は、気を取り直して目的地へ向かおうと振り向く。
「ぷぉぉ、ぷぉぉぉ?!?」
前方、視界の先の廊下の奥からこちらに向けて走ってくる、赤い布を被せたバグパイプを抱える少女。
ズダダダダダン!
……で、その背後から少女を蹴散らすがごとく放たれた銃撃音。
止むバグパイプ。
訪れる沈黙。
少女が倒れる重い音。
「……ありゃまぁ」
目の前で倒れた少女を見つめて、私は軽く十字を切った。
◇
ずりずり、ずりずり。
ぽいっ。
「急患でーす。置いときますねー」
「はーい、ありがとうございます!ハナエちゃーん、手伝ってー」
「はい!今行きますっ!」
ふぅ、お仕事完了っと。
赤い布で作られたバグパイプを運び入れ、ぱんぱん、と軽く手を払った私はベッドの上で救護される少女を後目に保健室を後にする。流石に意識を失った人間を、バグパイプごと運んでくるのは大変だった。私は思いっきり伸びをしながら、深く息を吐いて身体をリラックスさせる。
「ふわぁ、また眠気が……」
目尻に涙を浮かばせ大きく口を広げた私は、すぐそこの壁に仲良くおねんねさせた少女三人組を引きずって、正義実現委員会の部室前に移動した。
で、また女の子達を部室の中にぽいっ。
「ちわーす、現行犯でーす」
「また君ー?事件に会いすぎでしょー」
「でーす、今回は3対1でリンチしてたので生け捕って来ましたー」
「お疲れ様ー、次はちゃんとウチらを呼んでねー」
「はーい」
ここ1週間ですっかり顔馴染みになってしまった事務職員と会話して、
このまま行けば彼女達は、覚醒した瞬間から取り調べが始まるという、世にも奇妙な体験をその身で味わう事が出来ることだろう。
これは私からのサプライズ、是非ともじっくり味わってほしい。
「──
満面の笑みを顔に貼り付けて、私は正実の事務所を去った。別にここにはお目当ての
グッバイガールズ、強く生きろよ。
サムズアップを天に掲げ、私は事務室の前から歩いて立ち去る。直後、爆発音が響き渡り、後方で陶器が割れる音がした。
──あ、これ1階も戦場になるな。
戦いの気配を察知して、私はカバンと愛銃を背負い直す。そしてやっぱり案の定、私はまたもや銃撃戦に巻き込まれるのだった。
そんなこんなで部室会館に入ってから10分弱。部活同士の交戦地から脱出した私はようやくお目当ての場所、『押収品管理室』と書かれた扉の前に立った。
ノック3回、丁寧に挨拶。
「失礼します」
扉を開いてお辞儀する。
「はーい、どうぞ〜……って。ありゃ?」
帰ってきたのは聞き覚えのある声。
思わず目を丸くして、すぐさま私は頭を上げた。
「お〜!ワタルじゃん、久しぶり!元気してたか?」
栗毛の髪、柔らかい目付き。軽そうな笑みを口元に浮かべつつも、人当たりの良さを隠しきれていない軽妙な表情。大きな胸のせいで辛いのか左肩を手で揉む黒制服の少女が、こちらに振り向き手を挙げた。
「ジンちゃん……!?」
なんと、そこには正実の黒い制服に身を包み込んだ、実家の近所に住んでいたお姉さんがいるではないか。
私はびっくりして目を瞬かせる。
小学校の卒業式以来になる彼女との再会に、頭の奥で燻っていた午後の微睡みがどこか遠くへ吹っ飛んでいった。
「え、久しぶり!元気してた?!」
「おうおう、私は元気だぞ〜。そっちは?」
「ハイパー元気!!」
「そりゃ良かった」
扉のノブを手放して、私はジンちゃんに駆け寄り飛びつく。彼女は胸の中に飛び込んだ私を、昔と同じように受け止めてくれた。
「なんだなんだ、そんなに私に会えたのが嬉しかったのか〜?」
このこのー、と間延びした喋り方をする彼女に、わしゃわしゃ頭を撫でられる。その際、吹き抜けるように爽やかな木の香りが私の鼻の上を撫でていき、懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいになった私は彼女の胸にぐりぐり頭を押し付けた。
そんな私のじゃれつきを、わははと笑って受け止めるジンちゃん。ヒヤシンスを去ってしまったあの日から、少しも変わらない彼女の雰囲気を感じ取って、私の心は急速に落ち着いていく。
あぁ、この感じ。昔と一緒のジンちゃんだ……。
えへへ……。
「──せ、せんぱい……?」
「……うん?」
か細い声。
抱きついたジンちゃんの向こう側、より詳しく言うと彼女の背中の方から蚊が鳴くくらいの小さな声が聞こえた気がして、私は闇の中で目を瞬かせる。
気になったので顔を横にずらして彼女の背後を覗き込むと、そこには腰と側頭部から一対ずつ黒羽を生やしたピンク髪のツインテ少女が、不安そうな顔で彼女の服の裾を掴み、引っ張っていた。
あらかわいい。
キュートアグレッションを感じる。
私は目を瞬かせ、彼女の顔をじぃっと見た。
あ、目が合った。アタフタしてる。
大変そう。他人事頭で考える。
……ふむ、整った。
こういう時はアイスブレイク。
話題を振って緊張ほぐす。
つまりはレッツコミュニケーション!
こんにちは。いい天気ですね。
「ちっこいね」
「誰がちっこいですって!?!?」
やっべ端折りすぎた。
冷や汗と共に脳内で、やらかしカウントが1進む。私は等速に戻った体感速度に不平不満を言いながら、そっとジンちゃんの胸に顔を埋め戻した。
「お、すまんすまん。ほらワタル、いい加減離れな〜」
「あ〜」
──が、しかし。そんな至福のジンちゃんタイムもすぐに終わりを告げてしまった。よっこいせ、の一言で彼女をギュッと抱きしめていた腕が簡単に引き剥がされ、身体の横にぽんぽん、と整えられる。あまりにも自然に腕を剥がされ、私の目尻が悲哀と共にしょんぼり下がった。
「ほれほれ、ワタルももう高校生だろー?落ち込まないでしゃんとしな?」
「うぅ……わかった……」
ジンちゃんに励まされて、私は渋々元気を出す。
……そして、ジンちゃんの後ろにこそこそ隠れてこちらを見る、ピンク髪のツインテ少女に注目した。
「う〜……」
「な、なんで私を睨むのよ?!私悪くないでしょ!?」
「睨んでないよー、睨んではないよー」
「じゃあなんでちょっと恨みがましそうな目をしてる訳!?!?」
ピンク髪のツインテ少女がぎゃーぎゃー喧しく騒ぎ出す。こっちに向かって吠えかかる感じが、実家の近所のおばちゃんが飼ってた白いチワワそっくりだ。いい子いい子、って撫でようとしたら、なんでか私を噛もうとしてきたっけ。懐かしい。
……アイツ元気かなぁ。
元気だったら骨グミあげるんだけどなぁ。
そんな事を考えていたら、ばちんと背中に衝撃が。見れば、下手人はピンク髪のツインテ美少女だった。
「ちょっと!なんで私から目を逸らしてるのよ!?」
「ごめん、チワワのマー坊の事思い出してた」
「私からチワワを連想すんなっ!!」
頭の黒羽を逆立たせ、威嚇の構えを取る美少女。なんか、一昔前のゲームディスクのヒロインっぽいなぁ、と感じた瞬間、ポカポカ身体を殴られる。なんだか仔猫にじゃれつかれてる気分だ。
ならば、と私はわっはっは。
笑いながら効かないアピール。
すると早速、美少女の拳が
悲しいかな、私の体幹の前に美少女の拳打は無力らしい。私は悲しい……とギターを弾く真似をしたら、とうとう美少女が身体に組み付いてきた。
まぁ、筋力そこそこあるから無駄なんだけど。
勝ち誇った表情で後ろを見れば、そこにはおんぶ状態の美少女が!無敵ごっこは楽しいねぇ!
「こーら、ワタル。煽んな煽んな。コハルも落ち着きな〜?」
「は〜い」
とは言え、ジンちゃんに怒られちゃったので素直に止める。煽りすぎは良くない。ペキョリスで学んだ事だ。
「ねぇ先輩!こいつ部屋からつまみ出して良い!?良いわよね!!?」
しかし、美少女ご立腹。
人差し指を私に向けて、ぷんすこしながらジンちゃんに怒鳴った。どうやら、彼女の煽りの許容ラインはとうの昔に超えていたらしい。ごめんて。私は憤慨する美少女──コハルに対して、両手を合わせて頭を下げる。
「──すんませんっした!」
「だってさ。どうするよコハル?」
私の渾身、精一杯の謝罪お辞儀を見て、ジンちゃんはコハルちゃんに対して尋ねてくれた。
「…………──、ふんっ」
──が、鼻を鳴らされる。
……す、すごい。
近年稀に見る典型的なツンデレ属性──!?
じゃなくって。
「ちっこいとか言ってごめんなさい!」
「──あーもう!知らないっ!知らないったら知らないっ!!」
ぷいっと顔を背けて、憮然とした表情で横を向くコハルちゃん。
マズったか?
私の脳内の理性の私が首を捻った。
多分そうだ、と本能の私。
言葉選びミスったんじゃない?
神経の私が珍しく発言する。
じゃあどうしよっか。神秘の私が疑問を呈した。
4人全員がうーん、と唸る。
……作戦本部、開廷────!!
「まあまあ、そう言うなよコハル。多分、ワタルは悪気があって言った訳じゃないからな?」
──する前に、ジンちゃんがフォローを入れてくれた。
「…………」
ジンちゃんの言葉を聞いて、顔を顰めるも彼女の黒羽が薄ら動く。腕を組んだままだけど、聞いてはくれるらしい。私は安堵して、さっきの謝罪の何がダメだったかを分析し始めた。
が、その直後。
「──アイツ、昔っからコミュニケーション下手くそなんだ。行動とかでしか気持ちを伝えられないし、嘘つくの下手だし……」
グサーッ!?
ジンちゃん突然のカミングアウトにより、脳内&本体の私全ての心臓に言葉のナイフがぶっ刺さる。泡を食って白目を剥いた私に指を指し、彼女はコハルちゃんの肩を叩いた。
「ほら見てみ、今のワタル。白目で口パクパクさせてるだろ?」
「……──そんなわ」
瀕死、重症、ミリ単位の私。
灰色の器から抜け出た魂が土下座をかますその姿を見て、コハルちゃんの瞳孔が縦に伸びる。
「けって何よアレ!?なんで土下座してるの?!」
最上級の謝罪の意思です。
「おーん……??ちょっとそれは知らないぞー……?」
そうだね。小学生の頃だとこんな反応してないもんね私。
「本当に申し訳ございませんでした……」
謝意の姿勢を揃って整え、私達は全員でコハルちゃんに謝った。
「わ、分かった。分かったから顔上げなさい!」
「はい……」
……一応のお許しが出たので、私は彼女に対して顔を向ける。現実逃避をしたくなった目蓋はシャッターを降ろそうとするが、私達はそれに抗い、まっすぐ彼女を直視した。
困ったような表情が映る。
心配そうな表情も映った。
……ああなるほど。これって過剰なんだな。
私の分析が冷静に判断する。
冷たい部分が冷や水を浴びて、背中と心から熱を奪い去っていった。
作戦本部、閉廷。解散。
一言。告げて、現実を見る。
彼女の瞳に映った顔は、とても酷いものだった。
「……もうあんな事、しなくていいから」
薄ピンク色の瞳孔が、二色を混ぜ合わせて私を捉える。見透かす様な薄桃色は彼女の心を表すようで、虹彩を伴い言葉を待っていた。
呼吸の形が『は』にならず、困った私は『い』から始めて言葉を結ぶ。
「いえす」
……こりゃダメだ。
心の
──だけど。
「ふざけないで、ちゃんと目を見て謝りなさい」
彼女の『黒』は逃がしてくれない。
彼女に満ちる光の線が、私の中を焼き尽くす。
「はい。すみませんでした」
──久しぶりに、本当に久しぶりに心の底から言葉を発する事が出来た。私は口から滑らかに息を吐き、ゆっくり腰を曲げる。
「……それなら良いわよ。許してあげる」
ちゃんとお辞儀して許しを受け取り、私はもう一度現実に浮上した。
瞳の中に熱が戻り、活力が身体を暖める。
今日の失敗カウンターにネオン色の光が灯って、ゆっくり数字のドラムが回転。倒れ伏した私達に、新たな
そっか。これがちゃんとした謝り方か。
内心で私は納得する。
欠落していたピースを見つけた気分だ。
私は無邪気に微笑んだ。
……して。ご迷惑をお掛けしたからには謝らなければ。
「ジンちゃんもごめんなさい。フォローとかさせちゃって……」
「……あ、うぅん。いい、いい。このくらい」
パタパタ手を振って笑う彼女に安心して笑顔を浮かべる。
良かった良かった。ひとまず丸く収まって。
そうして私がニコニコしていると、ジンちゃんが徐ろに質問してきた。
「……そんで?ワタル、なんか用事あって来たんだろ?」
「あっ、そうだった。ちょっと落とし物っていうか、捜し物してたんだけど……」
私はジンちゃんの指摘に頷いて、スマホを取り出し電源を入れる。画面をスライドすればそこにオーパーツの写真が浮かび上がり、淡いブルーライトが私を照らした。
にしっ、と口角を吊り上げて、いたずらっぽくジンちゃんが笑う。
「ちょうどいいや。コハルに『
「おっけー、分かった!」
研修という言葉に、私は快く了承してメモ帳を取り出した。
「よーし、コハル。筆記用具持って隣に座りなー」
「は、はいっ!」
ジンちゃんが紙を挟めたバインダーを持って、私とコハルちゃんを応接用の豪奢なソファーへ手招きする。慣れない様子でパタパタ動くコハルちゃんの背中を見ながら、私はジンちゃんの対面に腰掛けた。
そしてそのすぐ後に、コハルちゃんもソファーに座る。
「……よし、2人とも座ったし始めるぞ。まず最初に、お名前とご要件を伺う所からスタートだ」
「はいっ、分かりましたっ!」
緊張した面持ちでペンとメモ帳を握りしめる彼女に、私はゆっくり頷いた。
研修、それは社会において仕事を始める新人達の門出。即ち、これ以降の社会生活におけるモチベーションを決める為のイベント。何事も最初が肝心と言われるほどに、後々の影響が馬鹿にならない始めの一歩。私はそれがどれだけ重要なのか、身をもって知っている。
成長タイプのマインドセットはとても大事。お手伝いしなければ。私の心はすこぶる燃えた。コハルちゃんが栄えある正実ライフを送れるように、私達のやり取りを以て彼女の精神を頂きに導く……!!
使命感に駆られて奮起した私は姿勢を正し、口を開いた。オーパーツの情報はぼかしつつも、やり取りそのものはスムーズなように。
ときおり挟まるジンちゃんの熟れたサポートのお陰もあって、コハルちゃんの初めてのお仕事は滞りなく終了。最終下校時間のチャイムも鳴って門限の時間も迫る中、私は今日の調査を切り上げる事にした。
無論、オーパーツの手掛かりはゼロ。明日の調査に全力を注がなければ、最短最速の解決は見込めない。やれやれ、とため息を着きたくなるような進捗具合である。
……それでも通学路を帰る私の足取りが弾むのは、嬉しい事があったからに他ならない。
ジンちゃんとの再会。
捜索活動のデメリット解消。
ちゃんとした謝り方を覚えられた事。
どれもこれも嬉しくて、思わず身体が天に舞い上がってしまいそうだ。日誌代わりになったこのアプリに書き込む今すらも、私の両足は忙しなくレンガの道を跳ね回る。そうでもしなければ、私の気持ちは昂りを抑えられそうに無かった。
なので、ひとまず本日の業務は終了。
ハイテンションを落ち着ける為に、ひとまず私は寝なければ。
という事で今回は雲の帳が降りる中、調査の進捗は幸先好調の一言で締めくくらせてもらおう。
という訳で、おやすみナカミさん!
記述者……『遠芽ワタル』
▶返信:進捗ゼロってことじゃねーかアホンダラ!!!
記述者……『店長』
◆
──カタカタ、カタカタ。
薄暗い事務室の中で1人、少女がキーボードを叩いている。
「──あ〜……うぅん。つっかれたー……」
赤のラインが入った黒セーラー、業務机に置かれた黒帽、椅子の背もたれにかかった腰まで届く栗色の髪。普段よりも早く訪れた夕闇の中で煌々と卓上を照らすデスクライトの明かりの下、書類作業をしている彼女──
「……いやぁ、なんとかなるもんなんだな、新人教育って。もっと手間が掛かるもんだと思ってた」
パソコンで纏めたデータを
『えー、ジン先輩。東3、並びに西1制圧完了しました』
『ちょっとレンちゃーん、それ『
『ははっ、……そうですね。この小忙しい時に問題起こす部活が居なければ、ですけど』
『おーう……そうだな。うん。事務の
『……そうします。すいませんでした』
「……レンちゃんも、心に余裕持てれば良いんだけどな〜」
回転椅子を自重でゆっくり回し、独り言ちる。
人付き合いが得意な彼女の、心の整理の時間。
今日のボヤきは突撃癖のある2年の後輩、レンに対する不満とも言いきれない、なんとも言えない感情についてだった。
……とはいえ、彼女のそれは持ち前の正義感がちょっと暴走しただけ。なので、ジンはいつも通りフォローすればいっかー、と椅子の背もたれに体重を預けながら、普段通りに考える。
彼女のこの時間は、案外あっさり終わるもの。正実の面々はいい人達ばかりだし、トリニティという学園ブランドに保証されたこの学校の生徒達はあまり問題を起こさない。たまーに心の内に一癖、二癖抱えた子は居ても、大抵彼女からしてみれば可愛い奴らだなぁ、と思うくらいだった。
なので彼女からすると、レンに対しての対応も熟れたものである。もう彼女との付き合いは3年にも及ぶのだ、勝手だって分かろうと言うもの。
──しかし。
「…………ワタル、どうしちゃったんだ?」
いつも通り、じゃない事もあった。
久しぶりに再会した、妹分のような幼馴染みの姿を思い起こして首を捻る。
生まれ故郷のヒヤシンス
それも小学校があった頃……いや、私が定期的に実家に帰っていた中学生の時でも、ワタルはあんな感じじゃなかった筈だ。
……おかしい。
彼女の頭の中に、言いようのない違和感が湧き出てくる。
あの頃と比べて、どこか間のある喋り方。
同じ目線で会話しているはずなのに、噛み合わない虚ろな視線。小学校の時とほぼ変わっていなかった、頭を擦り付けてくる甘え方。
そして何より、コハルの人見知りに対して行われた──過剰なまでのオーバーリアクション。
彼女とのやり取りを何度も脳内で再生する中、違和感が1つ、また1つと積み重なっていく。降り積もる違和感は彼女の頭に妙な重さを産んでいき、いつしかそれは根拠の無い不安として心の内に芽を出した。
やはりおかしい。
「……調べてみるか」
そう言って、彼女は自分のスマホに光を灯す。
スワイプする連絡先。そこには自身の母校に勤めていた恩師の番号があった。ジンは右の手で一番信頼の於ける彼女に電話を掛け、左の手でメモ用紙に鉛筆を踊らせる。
夜の卓上に置かれたパソコンの明かりは、まだ消えそうにもない。
・遠芽ワタル
部屋に帰って早速ふかふかベッドにダイブした、欲望忠実系な女子高生。彼女が夢を見る事は無いが、微睡みの中で今日の幸せを反芻する事は出来る。
ちゃんとした謝り方を覚えた。
その際、コハルにジュッと焼かれた。
・下江コハル
どんな時でも真っ直ぐな、正義実現委員会の新人部員。人見知りで緊張しいな一面はあるが、きっと誰よりも早く、正しいと思った事に向けて走り出せる子。
からかわれたのでキレたら、何故かお説教がワタルの心にクリティカルヒットした。今後、彼女が定期的に押収品管理室へ遊びに来るフラグが立っている。
・榁松ジン
以前、ワタルの実家の近所に住んでいたお姉さん。今は中学時代の経験を活かし、正義実現委員会のメンバーとして働いている。
人付き合いが得意で、他人の変化にやや敏感。
再会したワタルの様子に奇妙な違和感を覚えた。