書き上がりです。あと1話くらいでバイト編終わり。ワタルがどういうモノなのか、今話で理解できればいいなと思って書きました。
キレながら走り続けて約数分。
夕陽が照らす公園から全力疾走をし続けて、息を切らして下を向く。疲れで揺れる身体と一緒に上下する視界、いつの間にか私は白線の内側に立っていた。
「はぁっ……はぁっ……、すぅーっ、ふぅ……。──一応、戻って来れたみたいね……」
全力疾走後の反動で吐き出す荒い呼吸を整え、辺りを見回した。あれだけ照り返し、先ほどまで私の身体の表面をジリジリと焼こうとしていた赤い夕焼けは、いつの間にかどこかに消え去ってしまっている。
ホッと一息、深呼吸。
どうやら無事に、私はあの【異界】から抜け出る事が出来たらしい。大きく息を吸い込んで、枯渇しかけていた酸素を肺の中に取り入れる。空気に水気が混じっている事に気が付いて辺りを見回せば、群青色のカウチクロスが掛けられた濃い夜闇の風景が広がっていた。
……見たところ、【異界】に踏み込む前の住宅街ではない。横を見れば鬱蒼と葉を茂らせた森林が、前を向けばぽっかりと口を開けた大口のようなトンネルがあり、掠れて擦れた車道の白線がその中へと続いている。景色の中にはガス灯や街灯などの道路を照らしてくれる照明器具は見当たらず、ぺかぺか輝く私の身体の白い光を反射するガードレールが、この場所唯一の明かりとなっていた。
私は身体の光量を落としながら、スマホを取り出して画面を点ける。夕闇の群青を切り裂く薄紫のブルーライトは、光り輝く私以外の風景に飲まれて他の物体を映さない。
しかし、待機画面はまた別で。
──〔19:40 着信3件〕。
「oh......」
私は現実逃避を開始した。
バイト戦士のワタルちゃん、どうやら今日も寮の門限を破ってしまったらしい。見たくないけど確認したポップアップの内容は全て、我が寮の寮母さんから届いた不在着信。言うに事欠いて昨日の今日、私が再度
……現在地を確認しようとしただけなのに、こんなトラップがあったとは。
ワタルちゃん、迫真の画面オフ。
一旦現実を見ないことにした。
怖いし。
【────ォォォオオン……】
だけど、それも一瞬の事。
目の前から生暖かい風が吹きつける。
たまごの腐ったような、硫黄の匂い。そこに混じる、微かな花の優しい香り。どうしようも無く終わってる、【怪奇】と【恐怖】の嫌な臭い。
風に吹かれて足元の近くにやってきた、小さな包装紙を摘み上げた。
……それはいつか、私があげたチョコレートの包装。安くてまあまあ量が多い、そこらのスーパーでも買える安物のパッケージ。
──【
顔を顰めた。
「…………はぁ、行くか」
気が向かないけど、仕方ない。私は背負った愛銃と手提げカバンの中身を漁り、準備を整えて白線を踏み越える。
トンネルに向かって走る車影は見当たらない。皆無だ。あったら困る。私は日頃の運勢の悪さに感謝しながら、睨むようにトンネルを
……厄介そうな黒いのが、ウネウネ、うねうねと蠢いている。
兵装チェック。
残弾はゴム1、
追加策定。決定完了。
思考を巡らせて歩き出す。
敵はもう、すぐそこに居た。
◆
──数時間前。日が沈み始めて街灯の明かりが灯り始めたトリニティ郊外の車道に、速度制限を無視して1台のトラックが侵入する。
閑散としたシャッター街に、重いエンジン音が鳴り響く。砂を巻き上げ我が物顔で道を走る、キヴォトス各地でも有数の、有名な企業のロゴを記された至って普通の大型トラック。しかし、その車両に乗っているのは作業着に身を包んだ大人では無く──。
「──へぇ〜い、タマちゃん。大成功〜!」
「ダハハッ、やったぜナタミー、これでボロ儲け確定だな!!」
──トラック強盗グループ、『ゴルゴルヘルメット団』。そのメンバーだ。
『ゴルゴルヘルメット団』は直近で起きた連邦生徒会長の失踪による混乱に乗じてトリニティ入りを果たしたヘルメット団である。彼女達は強盗を『トレジャーハント』と呼称してトラックや宝石輸送車の強盗を行い、その積荷を売り捌いて少しずつ力を付け、裏社会でも一目置かれるようになり始めたグループだ。
そして、特筆すべきは襲撃の上手さ。
夜闇に紛れて強襲……と言った古典的手段に留まらず、地形を利用して護衛車を撹乱しつつ輸送車を強奪、検問規制が為された道路にワザと囮に見せかけた無人走行車を走らせて本命を奪取する、などその戦法は多岐にわたり、数多の治安維持部隊に煮え湯を飲ませた手際はまさに指名手配クラス。ゲヘナやオデュッセイア等の一部地域を除いたあらゆる警察組織から睨まれ、これまで20人を超える人数が検挙されているにもかかわらず、未だに主要メンバーが捕まっていない厄介な不良集団だった。
しかし、それも今日までの事。前の襲撃でポカをやらかしたメンバーのせいで彼女達は正義実現委員会に尻尾を掴まれてしまい、今は夜逃げの準備中。その間に彼女達は副リーダーから小銭稼ぎと奪った物資を拠点まで運ぶ役割を与えられ、最後の仕事を完遂している真っ最中である。
しかし、彼女達の顔に悲壮感は無かった。
「なぁナタミー、帰ったら何食うよ?きっと団長が成功祝って奢ってくれるぜ?」
「え〜?どうしよっかな〜。無難にサラダバーとか?」
彼女達は知っている。
リーダーを始めとした粒揃いのメンバー達による、華麗とも言える逃走劇を。
ある時は蟻の1匹すら通さないヴァルキューレの包囲網を副リーダーの采配で突破し。
またある時は、真綿で首を絞めるようにじわじわと狭まるゲヘナ風紀委員会の捕縛ルートをリーダーが無理やりドライビングテクニックでブチ抜いて逃走。
警察組織に追い詰められた数なんて、両手の指に収まらないくらいあった。しかし、リーダー達の采配によってその困難な局面を乗り越えて来た事も、また事実。それらの出来事を間近で見てきた彼女達に、焦りの表情は見られない。
「相変わらず夢がねぇなぁ、わたしだったらハンバーガー頼みまくるぜ?!」
「うわ出た、タマちゃんのバーガージャンキー」
仕事の成功。弾む会話。いつも通り完璧に、完遂されたトラックの奪取。追ってこないパトカーのサイレンという好条件を前にして、2人の口が軽くなるのも無理はない。
彼女達のご機嫌なテンションを反映するように唸りを上げたトラックが、山道に入る。
後方にパトランプは見えなかった。
サイドミラーを確認した黒ヘルメットが口を開く。
「……にしてもまあ、今回も楽な仕事だったねぇ」
「それ〜、マジで運ちゃん側に気合いなかったから楽にかっぱらえたよね〜」
「ほんっとそれよ!あのくたーってした感じ、アイツ人生に疲れてんじゃないかってくらい顔色悪かったよな!」
「お陰で積荷はウチらのモン〜。弾薬、銃器がいっぱいぱい〜、ラクショー!」
「なぁ!?」
ゲラゲラと車内に反響する笑い声。
和気あいあいと会話が続く。
「いやー、にしても本当まあ、楽だった。トリニティなんてお嬢様学校、警備がガチガチだと思ったら運輸関係全然そんなことなかったし、最初の襲撃とか正実全然追ってこなかったしな」
「リーダーが狙う金額決めてっからね〜、金満ガッコだから運んでるブツもそれ相応に高くなるって事っしょ?」
「なるほどなぁ……、リーダーやっぱ頭いいわ」
「逃走ルート決めてる副リーダーもだけどね〜」
「それなぁ!」
騒ぐ相方を相手しつつ、黒ヘルメットはハンドルを切って山道を登る。一瞬確認したマップ上に急カーブがそれなりに見えたが、元々キヴォトスの各所を巡る長距離ドライバーのバイトをしていた彼女にとってそれは普通の事。誰に言われるまでもなく、ギアチェンジしてエンジンの回転数を上げる。片手でハンドルを操作続けながら適度な緊張を維持したまま、彼女は背もたれに寄りかかった。
前方に石造りの
ヘッドライトを早めに点灯。
トラックは速度を維持して山道を登る。
「やっぱ運転うめぇな、ナタミー。他の奴ならちょっと減速するのによ」
「んやんや、これくらい慣れたら熟せるよ〜。タマちゃんでもやれるやれる」
「おい無茶言うなって、ナタミーの運転リーダー顔負けなの知ってっからな!?」
「まっさかぁ〜」
淡いオレンジのトンネルライトが照らす中、2人を乗せたトラックは中央線沿いに走り続けた。光と闇のアーチが交互に続くその中を、トラックは潜り続けていく。
──……そう、潜り続けていた。
それにいち早く気が付いたのは他でもない、ナタミーと呼ばれた運転手の少女。違和感を感じた少女は速度メーター付近に取り付けられたデジタル時計の数字を確認して、助手席のヘルメットに声を掛ける。
「……ねぇタマちゃん。今何時何分?」
「あん?どったのナタミー」
「ちょっとスマホかなんかで時間確認して欲しいんだけど」
「え〜、まあ良いけどよ」
タマちゃん、と呼ばれたヘルメットはジャージのポケットからスマホを取り出して画面を点けた。
「17時34分だけど、それがどったの?」
ナタミーは息を飲む。
おかしい、なんでそんなに時間が掛かっている?入ったトンネルは短かったはず……。
体感1分、暗闇の中を潜り続けている気がしたナタミーは眉を顰める。
「…………」
「なぁ、ナタミーってば」
「ごめん、タマちゃん。ちょっと集中させて」
……彼女は気が付いた。
トンネルから出られない。
距離があまりにも
ヘルメット下の顔が強ばる。
得体の知れない感覚が、ゾワゾワとムカデのように背中を這い上がっていく。
マップに目を落とした。
山中を進む表示は変わらない。
ただ、山道を進んでいる事だけは分かる。
「……ナタミー、どうしたんだよ?」
彼女の相方は口数が異様に減ったナタミーに違和感を感じたのか、心配そうに声を掛けた。
「──あぁ、うん大丈夫。ちょっと時間まで間に合うかなーって思っただけだし」
「そ、そっか……それならいっか」
だが、彼女も"元"が付くとはいえ長距離ドライバー。同行者を不安にさせまいと、ちょっと明るく声を出して不安な心をそれとなく誤魔化す。
……そして、3分が経過した。
「……なぁ、ナタミー」
「なに?タマちゃん」
「やっぱおかしいって……」
助手席のヘルメットが不安な声を漏らす。釣られて、彼女の顔も苦いものになった。
長く、長く続くトンネルの先。
出口が見えない。
──ただ、道路を照らすオレンジのトンネルライトが、淡く先行きだけを照らしている。
「
半分泣きそうになった彼女の声が聞こえる。
泣きたい。泣きたかった。けれど、泣けば2人揃ってパニックになって取り返しの付かない事故を起こす。その一心で、ナタミーは両手でハンドルを握りしめる。
「タマちゃん、大丈夫。大丈夫だから……!!」
パニックに陥りかけた相方に声を掛け、なんとか落ち着かせようと試みる。その言葉は彼女だけでなく、自分自身も奮い立たせるために。
ギアチェンジ、加速する。
搭載されたエンジンが唸りを上げる。
トンネル内でバックライトが、赤い曳光の尾を引いた。
それでも。
「…………っ!!!」
景色は変わらない。
オレンジのトンネルライトが淡く道を照らし続けている。トラックが奏でるエンジン音も変わらず重い。
もう気が触れそうだった。
ナタミーは、ヘルメットの下で涙を浮かべる。
「──そうだっ!!!」
その時、声が上がった。
「へっ?」
「ナタミー、一旦ストップだっ!バックしたら変わるかもしんねぇ!!」
半狂乱する相方から声が上がった。打開策、震える声で提案されたそれが、泣き出しかけていたナタミーの心を打つ。
そうだ。バックだ。まだ試していなかった。
加速して脱出する事を考えて、そこまで思い至らなかった。
そうだ。なんで思い付かなかった。
前に進んでも景色が変わらないなら、
「……っ、そうだねっ、タマちゃん。ありがとうっ!」
相方に感謝を告げて、彼女はゆっくりブレーキを踏む。いつもは騒がしくて、たまに運転の邪魔だと思うその声が、今はどうして頼もしい。クラッチペダルを踏み込んで一旦停止した車体の制動に揺られながら、彼女はサイドミラーを覗き込んだ。
「お、ぉぅ、そうだぜッ!押してダメなら引いてみろってんだっ!やったれナタミー!」
「了解っ、アクセル全開ッ!!」
半クラッチからペダルを踏んで、ギアを上げてバックする。重い車体は音を上げ、ゆっくり、ゆっくりとまっすぐな道を逆走し始めた。
ピー、ピー、となるバック音に、安堵する2人。
ナタミーは緊張を解いて、後方確認に意識を向ける。
「……ふぅ、よしよし、いい感じ」
車体ブレもなく、まっすぐバックを続けるトラック。変に勾配も無いからか、ガクンと車体が持っていかれるような振動もない。彼女は身体に染み付いたドライバー特有の空間認識能力を使って、少しずつ元来た道を戻り始める。
「よ、良かったぁぁぁ……、めちゃくちゃ焦ったあぁぁ……」
「ま〜じサンクスね、タマちゃん。聞いた瞬間確かにっ!って思ったよ〜」
「……おう、そうだな!やっぱ、押してダメな時は引いてみるモンなんだよ!」
「あはは、そうかも!」
2人は笑った。ヘルメット越しで表情は見えなくとも声音で分かる。安堵に包まれた彼女達はヘルメットの下で笑顔を浮かべていた。
どうしようもない状況でふたりぼっち。
それでも一緒なら、少しだけ安心できると。
「……うん?」
なんだアレ。
ナタミーは瞬きする。
「どった、ナタミー」
瞬きして──、
「……ヤバいかも」
理解した。
バックから2速へ、アクセルを踏む。
「わわっ!?ナタミー、どうしたんだよ急に前進んで!そっちは違うだろぉ?!」
違う。
「違う、タマちゃん。バックもダメだった」
「なんでぇ?!」
急発進のGで身体をシートに押さえつけられた相方が叫ぶ。だけど、止まる訳には行かなかった。
2速から3速、足して4速へ。
アクセルを踏んで加速する。
「なんで、なんで進むんだよぉ!?」
「ごめんタマちゃんっ、多分説明できない。説明したらダメな気がする!!」
「っそだろおい!ナタミー、ねぇ、ナタってばぁっ!!」
相方の声を無視して進む。
見たものは言えない、間違いなく彼女は今よりも取り乱して、釣られてわたしも運転できなくなる。
そういう
黒く、うねった
それ以上はない。考えちゃ駄目だ。
アレは、アレは……!!
「……ぁっ」
横から息を飲む音がした。
「う、うわぁぁぁぁぁっ──!??うわぁぁぁ゙ぁ゙ぁ゙っ゙っ゙っ゙っ!??!うわ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ゙っ゙っっ?!?!?!」
狂乱する。狂乱している。
サイドミラーを見てしまった相方が泣き叫びながら暴れている。自分も泣きそうになりながら、必死にハンドルとペダルを操る。
止まったらお終いだ。止まったらおしまいだ。追いつかれたら、追いつかれたら……どうなるかなんて分かったもんじゃない。
嫌な想像を振り払って、ギアを5速に切り替える。
今の彼女が操れるトップスピード。限界速度をギリギリ超えない速度を保って、トラックがトンネルの中を疾駆する。
景色が流れる。流れる。
相方が絶えず何かを叫んでいる。
自分の視界がボヤけている事に気が付いても、彼女は運転を辞めることはできない。
恐怖によって研ぎ澄まされた感覚が、時間と、感覚を引き伸ばす。トップスピードで駆け抜けるトラックの荷台がガタガタと揺れる。それでも彼女は自分の感覚を頼りに、車体を操り加速させる。
耳鳴りが酷い。
口が乾いてカラカラだ。
それでも、2人の命を守るなら──……!
「────?!」
だけど。なぜ。そこに居る。
暗くなったトンネルの先、うねった身体が待ち受ける。
バァンッ!!!!
フロントガラスに黒い
「─────ッ!?──────?!」
相方の悲鳴が聞こえる。泣き叫びたいのはこっちもだ。ヘルメットの下を涙が伝いながら、彼女は、ナタミーは咄嗟に右へハンドルを切る。
もうこれしかない。伸ばされる黒のうねりがフロントガラスからサイドミラーに伸びる様を見て直感した。暴れる彼女を座席に押さえつけて、ナタミーは思いっきりアクセルを踏んだ。
車体が傾き、異音が響く。
横倒しになった視界の中で、ヒビの入ったフロントガラスに黒のうねりが叩き付けられた。
──ズガシャァァーーンッ!!!
視界が斜めにズレていく。
シェイクされた脳みそが、危険域を知らせて意識を落とそうと働き始める。
エアバッグに包まれたナタミーは、それでも悲惨な車体の中で口の端を吊り上げた。
「…………は、ははっ。ざまぁみろ」
それはナニカへの当て付けか。
はたまた恐怖を紛らわせる為か。
引き攣った笑いを浮かべた彼女は気絶した相方に目をやり、そして動き続けるうねりを見据える。
……まだ動いていた。
ナタコは目を細める。
割れたガラスの、上部になった場所からゆらりと触手のようにうねりが伸びてくる。
……最初に犠牲になるのは自分だろう。
なんとなく、張り付いた【それ】を前に考えて、彼女は
なんでそうしたのか、彼女には分からない。
ただ、心のどこかで彼女はタマミに無事でいて欲しかったのかもしれない。
渦を巻く視界の中で、彼女はぼうっと考える。
……そういえば。
『──あ、そうそう新人。トリニティの山道通る時は気を付けろよ。妙なモンにちょっかいかけられる事があるからな!』
ドライバーのバイトをして間もない頃。
ふと、先輩運転手に教わった事を思い出した。
「……あぁ、そっか……車、停めなきゃ行けないんだったっけ……」
──掠れる声で呟いて、彼女の意識はそこで途絶える。
ズルり。
【ナニカ】は彼女を捕まえて……。
【
凛とした声に動きを止めた。
◆
【うねり】は首、と呼ばれた部分を傾げた。
なぜ、目の前の同類に襲いかかられているか分からなかったからだ。
【───ッ!!】
身体をうねらせて、飛んできた凶器を避ける。【うねり】が避けたそれは鋭い音を残しながら飛翔し、トラックの残骸へと突き刺さった。
──バウンッッ!!
背後でトラックが爆ぜる。
光を嫌った彼は一時的に影へ潜航し、その場所から距離を取った。
ズダダダダッ!!
【………………。】
銃撃が放たれる。マズルフラッシュがトンネル内を照らす。同類から放たれた攻撃が、明かりの消えたトンネルライトに命中して甲高い音を立てた。
【うねり】の身体の触腕部分が揺らぐ。
空気を裂いて到達させた10の触手は、またも空を切る。彼の気配がまたうねった。
自分の
「う、うぅ……」
「……げほっ、げほっ」
【────ッ!!】
また同類が吼えた。
何がそんなに気に障るのか、よく分からなくてまた首を傾げた。
……彼はトンネルに住まう【
しかし、いつからだったか彼はトンネル内の点在する暗がりへ住み処を移す。
非常灯の下。駐車帯の傍。
或いは、車線と白線の間の切れ目。
黒っぽい、とヒトが感じるその場所に、彼の居場所は移っていった。
それは何故か?
──勿論、彼が【ロア】だからだ。
キヴォトスにはネット上に投稿された様々な不思議な噂をまとめ、保管するサイト──『
そんな場所に、とある投稿が追加された。
タイトルは──『トラックドライバーが経験した不思議話』。長距離ドライバーを務める投稿主の経験した不思議な話をまとめて、サイト内に綴った1つの怪談短編集である。
その中の一つに、【うねり】についての記述があった。目の疲れが引き起こした幻像であり、幻覚である。それが見えたら、路肩にでも止まって休憩しよう……そんな、洒落の効いた科学に基づく助言のような小話だった。
彼はそういう【怪異】だったのだ。
今日までは。
──【うねり】が脈動する。
顔、と呼ばれた部分に闇を差して、彼は再び同類の視界を奪った。
【─────っ?!】
動揺の気配。【うねり】はまた嗤う。
力を使えばこんなものだ。同類すら戸惑い、動きを止める。動きを止めた同類に向かって、彼は再び触腕を振るった。
【──────ッ!!】
──ギンギンキンッ!!
甲高い音を立てて弾かれる揺らぎ。
しかし、弾いた彼女は息切れを起こしたかのように肩を上下させる。
【うねり】はまた嗤った。
先程からあれだけ煩かったあの同類が、とても消耗している。これは嗤わずにいられない。
1つ、彼が【うねる】度に揺らぎが2つ、増えていく。光の差さない暗いトンネル内に、彼の
同類は再び構えた。
はたき落とすように、また揺らぐ。
それで十分だった。
……【怪異】は、この世界に於いて、心が産んだものと、そうでないものに分けられる。
【────……っ、───ッ】
ひとつは噂。ヒトの畏れ、恐怖、未知に根を張る……心が産んだ力場の怪物。
【────〜〜〜】
或いは生命。キヴォトスという箱庭の外に住む、領域外の生物達。
彼は前者に該当する。
……ピキピキ、パキ。
【──〜〜〜〜、────……】
【うねる闇】から異音が響く。
同類──黒いケープを羽織った彼女は、口の端を引き締めた。
黒いケープを羽織った彼女は間が悪かったと言えるだろう。本来、彼女が【うねり】に声を掛けなければ、飽きた彼は被害者を放り出し、その場に放置していたのだから。
たまたま、偶然。友人の少女から紙片の捜索を頼まれていなければ自治区の郊外まで彼女が訪れる事は無く。
たまたま、偶然。見かけた【うねり】を呼び止め、彼の手にあった人間達を解放しようとしなければ、このような事態にまで発展する事は無かった。
彼女の根幹部分が正義感で占められていた事も災いした。写し取った少女の性格がそういうものだったからこそ、彼女は今、武器を手に取るに至っている。
……これは一種の事故である。
交わらないはずの2つの糸が偶然交差してしまったが為に起きた、たまたま起きた交通事故のようなものだ。
──そして不幸なことに、彼女は彼の持つ【怪談】との相性も悪かった。
【─────〜〜〜〜!!!】
再度、18。
揺らぐ空間が闇の中から殺到する。
彼の持つ【うねり】の怪談。それは暗闇を起点として視界を揺らがせ、集中力を奪う脱力の怪異。1つ掠れば判断能力を低下させ、2つ掠れば眩暈を起こす消耗の力。
普段であればなんてことの無いそれも、周りが暗闇に包まれている場所なら話が変わる。避け損ねた揺らぎの衝撃が、彼女の力を消耗させる。
【───……ッ、──ッ……】
──そしてその消耗は、彼女の活動限界に直結していた。
"生徒"由来の力を模倣する影法師では、彼の【うねり】の力との相性がすこぶる悪い。肩で息をするその仕草は文字通り、存在の消耗を意味している。
そう、致命的に相性が悪かった。
……
【〜〜〜〜──ォォォォオオン!!!】
【闇】が吠える。
内側から溢れ出る力によって産声をあげる。
誰かが手を加えた【怪談】が、彼の存在に性質を
──【うねり】の闇にヒビが入る。
闇の中、何かが変生しようとしている。
彼女は手に生成した"
刃は虚空へと吸い込まれていく。
抵抗は無意味だった。
【・・・】が吠える。
【亡霊】は歯を食いしばって耐えた。
外殻を割るように、【うねり】の中から【ナニカ】がまろび出る。
──【変異】が、始まろうとしていた。
コツ、コツ、コツ……。
「…………」
始まろうと、していた。
──なんだ、
【うねり】は無いはずの目で瞠目した。
意識が
【亡霊】は目を見開いて驚愕した。
どうしてここに……、と口が開く。
白い光が歩いてくる。
事故現場で発生した埃をスクリーンに変え、小さな少女の人影が枝分かれしてトンネルに差す。
──コツ、コツ、コツ……。
白色光に染まった薄靄の中、存在感を放つ
『トリガー!』
透明な声がトンネル内を反響する。
そして続く、エネルギーを集めるような待機音。トンネル内に反響するその音が、【うねり】の顔を顰めさせる。
──人影が構える。
そして、少女の抑揚の無い声が音に続いた。
「──……変身」
『──トリガー!』
クラップと同時に、奏でられるガン・シューティングの
集光するかの如く歪む、光る花びらの吸収される空間。
再び闇が訪れたそこに、ヒトの輪郭がぼやけて残る。
──ガチャッ!
ズダダダダダダダッ!!
マズルフラッシュが闇を裂いた。
飛来した
【亡霊】は覚えのある気配を前にして口元を抑えた。
──紺のスカートが揺れ、白の制服が風を切って揺れる。右手に掴んだスリッパを手のひらで絶えず回転させて、深緑の銃身はまっすぐ【うねり】の眉間を捉えたまま進む。
……炎の明かりに照らされて、その少女は姿を現した。
いったい何が。
【うねり】は闇を睨み付ける。
「──ったく、困ってそうだから手伝いに来たわよ。『ケープちゃん』!」
【────っ、───!!】
炎を上げるトラックに照らされて、不敵な笑みを浮かべた
・遠芽ワタル
残量問題で髪が脱色してしまった我らが主人公。
規定量オーバー。1日の最後だし許して、とは本人談。
なお、担当医には確実に怒られるし、おじさんは呆れる。
・【ケープちゃん】
ワタルに頼まれ、ウキウキしながらオーパーツの紙片を探していたら、バッタリ【うねり】のイタズラ現場を抑えてしまった間の悪い子。相性問題で普通にピンチだった。
彼女の【怪談】は【亡霊】。
いつかの時代を駆け抜けた少女達の影法師であり、土地に焼き付いた感情そのものである。
・【うねり】
普段は静かな暗がりに潜む温厚な【怪異】。たまに通りがかる人々にイタズラを仕掛け、ついでに生気をちょっぴり貰う害のない部類の【変なの】。
しかし、とあるネットサイトに掲載された【怪談】を元に、ネット上でオマージュ作品が大量に発生。SNSで作品が広まり、元の話の閲覧数も同時に増えた結果力を増した。
幸いな事に退散条件の変化は無かったが、今回ケープちゃんが呼び止めてしまったためややこしい事に。止まっている車は大破して動かないし、【亡霊】は襲いかかってくるしでさあ大変。てんやわんやしていたら、そのまま【変異】が始まった。ある意味被害者。