ワタルとウララ   作:パンちゃんドラム

27 / 27
第二形態は【乙女(おとめ)】の嗜み

 

 ──……3発外した。

 私は片手で構えたAll tale(アルタイル)の金のラインを見つめて、即座に目線を前に戻す。闇の中、人型の揺らぎはゆらゆらと揺れ動き、大したダメージが入っていなさそうにこちらへ相対していた。

 

 舌打ちが漏れる。

 

 これだから銃を撃つのは苦手なのだ。まっすぐ射線を合わせても、力が入らなかったり反動でブレたりで集弾性が下がってしまう。息が合わない、と言い換えてもいい。

 

 ……無論、片手撃ちしているからでは?なんて一般論は承知した上で、だ。

 

 むしろ、このアサルトライフルの反動に耐えるなら右手と左手、左肩の3点で力を分散した方がいいと思う。だけど、そんな効率的な解決法はとっくの昔に試した後だ。

 

 

 ──『銃を撃つたび力が抜ける』。

 

 

 支えた部位ごとに脱力感が追加で生じるこの体質は、本当に面倒くさいデバフである。時間経過で治るとはいえ、眼前で揺らぎ続ける【変なの】相手にそんな隙を晒したくは無かった。

 

 辺りの景色が一切見えない闇の中、銃を構えて揺らぎを牽制する。放出していた神秘を全て体内にしまい込んだ影響で、私の視界には歪んだ人型()とケープちゃん、2人のヒトしか見えていない。

 

 ……この【異界】だと、あんまり視界は役に立たなさそうだ。

 

 思考を整理し、脱力姿勢。

 銃を担いでため息をつく。

 

「──ま、とりあえず何が起きてるか分かったわ。そこの【黒いの】、言葉は通じる?」

 

 ……しょうがない、一旦交渉してみるか。

 

「通じなかったらしゃーない。ボコる」

 

【──…………〜】

 

 闇が揺らぐ。返答アリ。

 コミュニケーションは取れるらしい。

 

「……おっけー、じゃあ肯定なら1回。否定で2回。自分で分からなかったら3回()()して」

 

 1回。

 私は微笑む。

 それを見ていたケープちゃんの顔がこっちとあっちを行き来して、困惑と焦りに包まれた。

 

【────っ!──────?!】

 

 ワタワタ両腕を動かして、私の眼前にフレームイン。何かを伝えたいのか、闇の濃い方をぶんぶん指差して彼女は口をパクパクさせている。

 

 ……はて。何を言いたいんだろうか?

 

「いやいや、交渉出来るならするべきでしょ。平和的解決」

 

【────────!?】

 

 私が首を傾げると、ケープちゃんは迫真の表情で地団駄を踏んだ。交渉関係じゃないらしい。

 

 じゃあいいや。

 ネタバレされても面白くないし。

 

 ころころ表情を百面相させながらこちらに何かを訴え続けるケープちゃんの顔をヒラヒラと手で遮り、私は人型に向き直る。揺らぎは律儀に佇んで、女児2人のじゃれあいをじっと見つめていたようだ。お待たせして申し訳ないね。

 

「……で、話戻すんだけど。アンタ、ここの主でいいのよね?」

 

 私は彼を『見据えて』目を細める。

 

 ──喘息のような咳の音。

 

 人の形をした影が揺らいだ。

 

【…………〜……】

 

 1回。

 微かな揺れが空気を伝わり、私の耳元に小さく届く。

 

 会話は成立している。

 次の質問に移る。

 

「……そ、答えてくれてありがと。じゃあ次、今回アンタがこの【シスターさん】と小競り合いしたのって故意?」

 

【……〜〜…………】

 

 2回。即ち否定の意。

 構えた銃口を上に向け、警戒段階を1つ下げた。

 普段使いしない機能のほぼ全てをOFFにした携行火器は、粘土の高いコールタールのような闇の中で沈黙し続ける。

 

「…………じゃあ、最後。アンタ、そいつら2人返してくんない?一応同じヒトとして、さ。変な事されんのは見過ごせないんだよね」

 

【………………】

 

 ……間が空いた。

 揺らぎも、返答も返ってこない。

 

 ま、そりゃそうか。自分のテリトリーに勝手に踏み込んで問題起こした挙句、対価なしに2人を返せ、はスジが通らない。

 

 ──ふっ、と軽く息を吐いて、私は彼に重ねて尋ねる。

 

「──納得いかない感じ?」

 

【…………〜────……】

 

 ノイズ混じりの揺らぎ音が耳朶を打つ。

 

「そう……、じゃあ仕方ないわね。対価、要る?」

 

 

【……─────】

 

 

 耳元のノイズが大きくなった。

 隣でケープちゃんの顔が強ばる。

 彼女は私の腕をギュッと掴んで、離さないように異質な小刀を逆手で構えた。

 

 ……なるほど。

 再度銃口を揺らぎへ向ける。

 

「…………」

 

 ノイズを発し続ける【それ】へ向かって、最初に交わした条件で返事を待つ。ノイズ混じりの返答は、次第に水気混じりの声形をとった。

 

 

【────……〜〜〜────…………ェ……】

 

 

 暗闇から響く声。

 浮かぶ泡の弾けた音。

 

 

【……ォ、マ──ェ…………!】

 

 

 闇が、ゆっくり私を指差した。

 

 ……

 

 …………。

 

 あー、そう。やっぱそうなる?

 ……面倒くさいわね、本当に。

 

「……そう」

 

 ため息代わりにスリッパの回転を止め、銃で肩をトントン叩く。庇うように前へ立ったケープちゃんを退けて、私は獰猛な笑みを浮かべて闇を睨みつけた。

 

 

「……交渉、決裂よ!」

 

 

 ……楽じゃないわね、【怪異】に好かれやすいってのは!

 

 ズダダダダダッ!!

 

 銃口から再度解き放たれたマズルフラッシュは空を裂き、牽制用のゴム弾をバラ撒く。(てき)をボコる大義名分を得た私は、水を得た魚のように暗闇の中を駆け出した!

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ──ゴム弾命中!

 

 暗闇を走る脳内に、本能の声が木霊する。

 瞬間、脳と現実の時間軸が引き伸ばされ、視界がモノクロスクリーンの薄黒で埋め尽くされた。

 

 ──次弾装填(リロード)!足動かしてー!

 

 ──神秘循環器のチェック……OK!充填!

 

 ──残業じゃん!残業じゃん!!もーっ!?

 

 ──理性!狂うな、うるさいよ!!!

 

 ──にゃあんだとおぅ!?!?

 

 脳内再生される私の声が四分割で騒ぎ始める。

 私は意識の底で殴り合いを始めた理性と本能を切り分け、拳骨を叩き込んで黙らせた。

 

 ──3番、4番。悪いけど前へ。

 

 ──あーあー、やらかしたねぇ。

 

 ──3番ラージ、お馬鹿2人は反省しなよ?

 

 早よ。

 

 てってこてってこのったり励起する神秘と素早く起動した神経系を動作させて、私は銃口を闇に向ける。

 

 

「……《変化弾(バイパー)》」

 

 

 全自動(フルオート)の8連射。

 ケープちゃんが闇の人型に躍りかかると同時に発射された銃弾は、彼女の身体を避ける軌道を描いて【怪異】に命中した。

 

 よし、効き目はどうだかだけど先制ダメージ。

 

 ──本体?その言い草は聞き捨てならんが??

 

 ──3番到着っ!4番、攻撃に向いてない特殊系だもんねー。

 

 ──おい神秘、お前もか。

 

 うるさい4番。ラジコンコード。

 

 ──ライン越えたぞテメー!!!!!

 

 ──4番〜、どうどう。

 

 やいのやいの文句を垂れ流し始めた神経(4番)の声を無視して、私は網膜上に写る情報を処理しつつさらに追撃。【怪異】は混乱の呻き声を小さく上げる。発砲した薬莢の殻が地面に転がり、澄んだ音を立てて散らばった。

 《変化弾(バイパー)》マガジン、残り17発。

 

 

 

 ──『ワールドトリガー』という、外の世界の漫画がある。異世界からやってきた『近界民(ネイバー)』と呼ばれる侵略者と戦う少年兵達の日々の記録を綴ったSFバトルものの作品だ。作中の人物達は『トリオン』という未知のエネルギーを使って造られた『トリガー』という武装を用いて戦う兵士であり、メインキャラが基本的に誰も死なない代わりに欠損描写がズバズバ出てくる。

 

 初めてその作品を読んだ当時の私は凄まじい衝撃を受けた。

 

 躍動感溢れるコマ割り。

 個性豊かな汎用トリガー等の設定。

 提示された情報のみを使って作られる、高度に練られた戦闘シーン。

 そして、何よりも魅力的なキャラの数々!!

 

 その世界観に夢中になった私は、これまでキヴォトスで培ってきた価値観を余すことなく遠くへ投げ捨て、寝る間も惜しんで『ワートリ』を読んだ。豊富に余った暇な時間をたくさん使って、自分のトリガー構成や配置をいっぱい考えたりもした。

 

 あの妄想を脳内に駆け巡らせていた時間は、今まで過ごしてきた人生の中でもかなり充実していたと私は思っている。その結果、私の厨二病が早めに発現してしまった事で、後々に会うカズサから白い目で見られる出来事はあったけれど……それはそれ。

 

 そして当時、とある研究データを収集していた兄さんに向かって、11歳を迎えた私は大きく胸を張って宣言した。

 

 

『──兄さん、わたしボーダーに入りたい!!』

 

 

 今にして思えば、あの発言はだいぶ考えなしだった気がする。よくよく考えなくても、その歳の私の頭ならボーダーが『ワールドトリガー』の世界にしか無い事くらい分かっていたはずだ。

 

 しかし、当時の私にそんなありきたりな理論が通用する訳がない。この天真爛漫破天荒を地で行く11歳の女児には、常識という倫理ブレーキが取り付けられていなかったのだ。【変なの】の存在を常時認識し、鼻歌混じりに【異界】へ侵入するこの時の私は精神そのものがハイパー無敵。最悪この世界から飛び出して、ボーダーのある『玄界(ミデン)』に遊びに行こうとまで考えていた。

 

 そしてタチの悪い事に、この私は今よりずっと『興味・関心』を主体にして動いていたからか、『悪い【変なの】をブッ飛ばしたい!』という幼年期特有の稚拙な暴力性が心に根を下ろし始めている。

 

 

 ……そう、つまり此奴。あろう事か気軽に異世界へと赴いて、『ワールドトリガー』の本編に原作介入しようとしていたのだ!!!

 

 なに考えてんだこの馬鹿野郎?!!?!?

 

 

 思い出したら震えてきた。なんておぞましい事しようとしてんだこの11歳児。フィクションでやれフィクションで。本編は本編だから良いんでしょうが。しかもこの時の私、原作ならではの緩急のワビサビを知らないせいで、『てきとーに神秘とトリオンの混ぜ混ぜアタックで大逆転っ!!』とか考えてたじゃん!?

 

 

『この世界からはボーダーに行けないぞ???』

 

 

 ……あ、危なかった。あの時兄さんがこう言って止めてくれなきゃ、今の私は確実に恥知らずのレッテルを貼られたまま行方不明になっていた。マジでありがとう兄さん。あの時真顔で止めてくれて。

 

 そして記憶の中の私ぃ!!

 ダンゴムシみたいに丸まって憤慨してるみたいだけど、お前もうちょっと兄さんに感謝した方がいいかんね!?【異界】を飛び越えて別の世界へ……するとか、命知らずにも程があるでしょ!!!

 

 ただでさえ、今の世界でも【異界】から帰れば時差や位置ズレが起きるし、異世界転移なんてしようとした日にゃコッチとアッチで身体が真っ二つになってたかもしんないんだからね!?

 

 お前マジで兄さんに感謝しろ。

 自室に神棚作って祀るくらいには感謝しろ。

 あと、過去に飛べたら真っ先に殴り飛ばしてやるから覚悟しとけ。

 

 ……とは言え、『何言ってんだお前、そもそもあれは創作内の組織だが──』と普通にマジレスされ、彼に真顔のまま困惑された事だけは、ひっじょ〜に、鮮明に私の記憶の中に残っている。

 

 よっぽど悔しかったんだろう。膝から崩れ落ちた私は悔しさのあまり、その日、人生で初めて兄さんと喧嘩した。そして、その時の私の取った彼への対応方法は、妹想いな兄さんの心をちょっぴり困らせてしまったらしい。

 

 しかし兄さん、ここが凄い。

 むくれ続ける私にちょっと悩んだ彼は頭をかいて、素晴らしい提案をしてくれた。

 

 

『──それなら、『神秘』エネルギーの属性や性質に干渉して、作中のトリガー類を再現してみよう!……っていうのはどうだ?』

 

 

 はい神。完璧。パーフェクト。

 兄さんは私の事をよく理解している。

 即座に私が好みそうな代替案を出し、女児の興味・関心をサラリと誘導。ついでに異世界ジャンプ!案件からも手を引かせる事に成功してるので、これ大分ポイント高いです。素晴らしい……。

 

『……確か、この前黒服に提出した研究データの理論と神秘操作のノウハウを用いれば、多分いけるはず……、はずだな。うん、多分』

 

『えっ、やりたいやりたい!!』

 

 そしてコロッと直る女児の機嫌。

 すぐさま女児の私が『神秘が見える眼』を活用し、喜び勇んで研究に取り掛かり始めた。

 

 ──やはり兄さんは素晴らしい。今からでも崇め奉りたいくらいの名采配だ。あのむくれ続けていた生意気な女児の顔が、今じゃあんなにキラッキラの表情を浮かべてニコニコしているではないか。

 

 やっぱり今からでも神社を建立した方が良いんじゃ?南無八幡大菩薩くらいの規模で。

 

 ……とまあ、そんなこんながありまして。私のトリガー研究はゆっくりとしたペースで始まった。

 

 最初は弾トリガーを。

 次にブレードトリガーを。

 

 

 そして研究が頓挫した。

 

 

 だって、性質同士の掛け合わせの調整に四則演算だけじゃ対応し切れなかったんだもん!!

 

『──兄さ〜ん、おじさ〜ん!弾トリガーより先に進めな〜い!!』

 

 ……で、半泣きになった私は兄さんやおじさんに泣きついた。我ながら情けない限りである。……今もあの人達の手を借りないと、システム面で滅茶苦茶詰まってたとは思うけど。

 

 本当に凄いんだよね、兄さんとおじさんの発想力。トマトの繊維1つ1つに5秒で神秘を行き渡らせるとか、何食ってたら思いつくのさ?

 

 そして、兄さんとおじさんの手を借りた私は1ヶ月で再現トリガーの基礎部分を完成させた。

 

 ……その結果。

 

 

 ──地域に根付いた不良グループ殲滅!

 

 ──生徒の悪巧み諸共マフィアグループ壊滅!!

 

 ──ついでで【変なの】全員半殺し!!!

 

 ──地域の治安が爆速で向上!!!!

 

 ──中学母校、ブラックマーケットから独立宣言!!?!?←(想定外)

 

 

 こうなった。

 

 強い。あまりにも強過ぎた。

 腕を振るえば手刀がコンクリートを滑らかに切り裂き、投げたスリッパが空中曲芸の足場と化す。銃弾に使えば威力が増加、炸裂、軽度の追尾性や不規則起動で飛び回る性質が発揮されて地獄絵図が発生し、強化された拳の一撃は鉄板を粉微塵にした。

 

 

 言わずと知れたジェネリック強者(ワタルちゃん)の完成である。

 

 

 ……そう、この技術。一般キヴォトス人の方々にとってはあまりにも刺激が強すぎたのだ。そこらでたむろしていた地域の不良は私の顔を見るやいなやその場で踵を返して脱兎のごとく逃げ出すし、悪巧みごと邪魔な敵をやっつけてたらいつの間にかマフィア組織が1個壊滅していた。ヒヤシンス自治区に居た時でさえ無双レベル。中学時代はさもありなん、という有様だった。

 

 ……これが幻のスケバンの片割れ、『暴帝眼(ヴォーティガーン)』の実態である。慎ましやかに学校へ通う今となっては、バレた時が結構怖い私自身の黒歴史。人目に晒すと不味いものばっかりすぎてもう……ね。

 

 そんなヤベー技術のアーキタイプを作ってしまった兄さん無き今、あまりの戦果と戦禍を叩き出したこの技術に対しておじさんは半笑いで封印を提案。私も前向きに了承した結果、現在は私とおじさんの2人で細々とした研究が続いている。

 

 そして今、私の中で稼働しているのはそれら『擬似トリガー』とでも呼称すべき神秘の暴力を無理やり利用するために自力で編み出した、『1:4多重思考(マルチオペレーター)』という擬似トリガー。脳内に住まわせるタイプのすごく優秀な戦闘補助システム達で、分割した思考に宿る人格が、神秘、身体機能の操作や感覚補助を自動で手伝ってくれる素敵な代物だ。私の基本戦術の大部分は、大抵コイツら1~4番の神秘制御をアテにして構築されている。

 

 しかも、維持コストは糖分と思考能力なのでかなりコスパが良い。私が作った擬似トリガー中でもデメリットがほとんど無く、トップTier級の傑作装備だ。

 

 ──でしょでしょー?褒めろ〜!

 

 ──神秘!発射準備!

 

 ──はーい。

 

 ……こうやって、自己主張が激しいのが明確なデメリットなんだけどね。参考元の人格のせいなのかもしれないけれど。

 

 まあ、そんな事はいいのだ。

 

 目の前の敵に向かって牽制代わりのスリッパを投げつけつつ、私は空中に見えないラインを引く。敵に命中するように5発、横に散らして逆走するように射線を引いた3発、急所探りに縦にブラした致命射2発。

 

 マズルフラッシュと共に撃ち放つ。

 その内2発が避けられる。

 どうやら奴さんも《変化弾(バイパー)》のメカニズムに勘づいてきたらしい。

 

 ──くそっ!避けられてる!!

 

 ──5番〜、そろそろ4番ほっかほかだよー。

 

 ──了解。3番(神秘)は演算補助から主動にスイッチ準備。4番(神経)、弾切れと一緒に身体操作に復帰して。

 

 ──…………了解ッ!

 

 視界の中で弾道を引く事を止め、私はオペレーター達に指示を出す。続けて放たれた追加の7発全てをあらかじめ設定しておいた弾道に合わせるように【怪異】の立ち位置を調整し、発砲(ショット)。【怪異】は身を捩って身体を変形させたようだが、それでも3発は命中した。計算通り。

 

 流石のケープちゃんでも不規則軌道の自由な弾丸にはびっくり顔を隠せないようで、しきりにこちらへ目配せを繰り返している。ごめんだけど無視。言及は後にして。

 

 目配せを返す下で蠢く5つの感情を抑制しつつ、射撃位置変更の為に私は足を動かし続ける。

 

 ──本能、復帰!理性も(強制)再起動!!

 

 ──クソわよっ!!!?

 

 思考回路の下部に一旦叩き込んだ1番(本能)2番(理性)も復帰してきた。

 

 よしよし、これでようやくフルスペック。

 

 ──よーし、やるぞー!

 

 ──あーもう、しゃーないなー?!

 

 ──リロード完了、スイッチ準備。カウントダウン!

 

 ──3番ラージ、3、2、1っ!!

 

 

「──《追尾弾(ハウンド)》ッ!!」

 

 

 白い輝きを灯した弾丸が、暗闇の中に突き刺さる!

 

 次々と着弾する銃弾に身を捩り、【怪異】は大きく叫び声を上げた。

 

【──〜〜〜ァァァアアアアッッ!!!】

 

「──全弾命中。ケープちゃん、追撃よろしく」

 

【〜〜〜──、────っ!!】

 

  ゛ ゛ ゛ ゛ ゛ ゛!!

 

 音の無い銃撃が、揺らぐ人型に向かってさらに叩き込まれる。

 

 ──続き、会心。

 

 彼女の小さな手から放たれた小刀が明確に人型の頭部と見える、ずんぐりとした黒い塊に突き刺さる。

 爪の引き裂きが如き追撃エフェクトが、暗闇の中に赤く弾けた。

 

【ァァァアアアアアアアッッッッ!!!】

 

 絶叫、拡散。

 身悶えした揺らぎが音の波を大きく揺らし、私達を吹き飛ばす。

 

【──……っ、──!】

 

「よっ……とっと、よし。順調に削れてるわね」

 

 空中で姿勢を立て直したケープちゃんを後目に、私は屈んで衝撃波をやり過ごした。目の前の暗がりはさらに濃くなり、先程まで収まっていた卵の殻が割れるような異音が再度眼前で鳴り始める。

 

 ──残弾、残り23発!リロードまであと2~3射!

 

 ──3番ラージ。次は1番ちゃんお願いね〜。

 

 ──おけー!準備ー!

 

 ──瞳孔調整、完了。伝達系回りに異常なし。

 

 オペレーター達が忙しなく動き回り、思考回路を整理していく。

 

「第2フェーズね」

 

 銃と取り出したスリッパを構え直して、私はそう呟いた。

 

 

 その時だった。

 

 

 ──……視界範囲に異常!

 

 4番(神経)の鋭い声が飛ぶ。

 直後、目の中に墨を垂らされたかのように私の視界が真っ暗に染まった。

 

 ()()()()

 

 ──なんだ!どうなっている!?

 

 ──視覚情報にノイズが発生!伝達系に異常は無いけど網膜上の映像が受け取れないです!!

 

 ──なぁにぃ?!

 

 ──3番、循環器に異常なしです〜。多分軽いCC(状態異常)かとー。

 

 ──がっでむ!!!!!

 

 理性が脳内で台パンし、神秘、神経が高速で状況を整理する。手の中で擦れるビニール合成革布の感触と3.69kgの重みを感じ取りながら、私は視覚以外の五感から情報を得ようと腰を落とした。

 

 靴の底が擦れる音。

 私の小さな息遣い。

 咳。

 風が運ぶガソリンの臭い。

 高速で思考を回す。

 その中で、

 

 

 ──警戒!

 

 

 ──本能の警鐘。

 私は咄嗟に右手のスリッパを構えて背後に掲げ

 

 ズッ。

 

      ズッ。

 

「────……っ?!」

 

 突然の立ちくらみに膝を着いた。

 

【──────!?】

 

【──ォォォォ……】

 

 ぷつぷつと耳元で泡が弾ける。

 

 

   ──ズッ。

 

 

 咄嗟に身を捩って横に転がった。

 何だかはよく分からなかったけど、アレはダメだと身体が反応する。

 

 ……しかし、遅い。

 

 右肩に軽い痺れが発生。

 違和感が通り抜けた肩関節から二の腕までの箇所が上手く動かせなくなった。

 

 冷たく感じる私の右腕。

 

 ──……分析完了。被弾回数によるCCの複合デバフだ!今回は麻痺!!

 

 ──げーっ!マズいヤツ!?相性激悪じゃん!!!

 

 ──右腕の伝達系に異常!5秒ほど上手く動かせないと思われます!

 

 ──循環器は大丈夫。神秘操作だけはできるから頑張って!

 

 オペレーター達から上がる身体機能低下の報告。立ち止まったままではまたデバフ攻撃の餌食になりそうなのでローリングでその場を離脱し、銃を構えて体制を立て直す。

 

 ……本体了解。現在のリソース使用量、各自報告お願い。

 

 ──3番より報告、現在1日分の使用量超過。7時間分のロスが発生しています。

 

 ──伝達系より報告。身体疲労の蓄積度が25%を突破、ケリは早めに付けて欲しいかな。

 

 ──本能より報告、そろそろお腹が空きました!

 

 ──理性より報告。デバフによって集中力の低下が見られる。これ以上の戦闘行為は推奨しない。

 

 マガジンを取替えつつオペレーター達に身体の状態を聞いてみれば、思っていた以上に惨憺たる状況。意気揚々と喧嘩を売ったはいいものの、ここまで酷いと笑えない。ものの試しに身体を捩って捻り回転を加えたスリッパを投げたが、すぐに軽い音が闇の中に木霊した。多分当たってない。

 

【────ォォォォ……】

 

【────ッ!!】

 

 遠く(近く)で【怪異】の鳴く声がする。

 重ねて、至近距離から這いずる音が聞こえた。

 

 ズズ……ザッ!

 

            ……ズ、ザザッッ!!

 

 見えない中で聞こえる戦闘音。

 襲い来る【ナニカ】の攻撃を、必死にケープちゃんが捌く音。

 

 ──……手間かけさせちゃってるね。

 

 私は暗闇の中で自嘲した。

 3回目を食らった影響か、若干立ちくらみが強くなっている。このままだと、身体の不調でダウンしてしまいそうだ。

 

 不甲斐ない。

 このザマじゃ、ケープちゃんの足手まといだ。

 暗闇の中で私の口角が釣り上がる。

 

 目が見えないだけでなんだ。それがどうした。

 

 消耗が酷い。

 アケミさんと闘り合った時以来だ。

 

 相性差。

 【変なの】とやり合う時に私が十全だった事あったっけ?

 

 集中力無い?お腹空いた??

 うるせぇ、知るか。泣き言吐くなら身体を動かせ。

 

 自問自答はここまでだ。

 ()()()()のピンチ、私の人生の中じゃ10本の指にも入らない。

 

 

「──……1番から4番、前へ。復号せよ」

 

 

 ──本体!?

 

 ──ちょっと正気?!

 

 だからちょっと、本気出す。

 

 

「繰り返す。1番から4番、復号せよ──」

 

 

 周囲の戦闘音が鎮まり返る。

 空気のうねりが、揺らぎが止まる。

 

 ……パチパチと炎が弾ける音。

 ──神秘が血流に流れる音。

 銃から流れる待機音。

 

 ドクン。ドクン。

 

 

 心臓が鼓動する。

 

 

【────!?───、────?!】

 

【……オォォォァァ…………?】

 

「────スゥゥゥ……」

 

 

 大きく息を吸い、

 

「…………フンッ!!!」 

 

 (はら)に力を込めた。

 

 

「──そっちが変異するってんならねぇ……」

 

 ──《スケバンの極意(呼吸)》、起動。

 

「見せてやるわよ、私の全力」

 

 

 ドンっ……!!

 

 

 細胞全てに通した白の神秘が、(はら)から等しく行き渡る。

 

 ──おっけー、わたしぃ!本能、タガ、枷、ちょっぴり解放しちゃうよっ!!

 

 ──伝達系、ロック解除。チャンバー解放。神秘循環器、限界駆動(オーバードライブ)開始。

 

 ──……神秘、順転開始。仮想形質、固定完了。まったくもう、貴女はいつも止まってくれないんですね?

 

 ──あーあーもう知らないからなぁ!?稼働時間、3分に設定!使用リソース、1日分ベット!!

 

 オールコマンド、アイ、コピー。

 

 強化された全身から流れ出る神秘が、私の全てを覆していく。

 

 血を流すように。

 水が溢れ出すように。

 神秘が内側で形を成す。

 銃を頭の横に掲げて、

 

 

「復号コード《1423(イチヨンニーサン)》──再現(エフェクト)開始(オン)

 

 ──パンッ!

 

 

 一拍(クラップ)

 

 視界が吹き飛ぶ。

 生命(いのち)が燃える。

 神秘の性質が複合される。

 

 そして身体の内側に、新たな針の痛みが生えた。

 

 第二形態、選択起動(アウェイク)

 

 

 『──ファング!トリガー!!』

 

 

 

 凶暴性を秘めた獣の咆哮が轟き、銃手の記憶が暗闇を壊す。

 

 炎に照らされ一段と白さを増した髪を手で軽く払いのけながら、私は揺らぐ眼前の()()()()に微笑みかけた。

 

 

「──理不尽理由で失礼するわ」

 

 

 開けた視界に佇む【ゆらぎ】に、銃の(あぎと)を突き付ける。

 

 

「今からテメェをブッ飛ばす」

 

 

 口上、高らかに。仕込みも起動。

 煙り、霧が満ちるトンネル内で、私は一歩、足を踏み出した。

 

 あとは野となれ山となれ。

 ぶっちゃけ普通にジリ貧なので、ちゃっちゃとこの事案は終わらせよう。





・遠芽ワタル
 主人公。数多の異常をその身に宿すも、強かに生きている不器用な女子高生。不憫な目に合う事は多いが、出会いにかなり恵まれている。兄さん大好き。

 『擬似トリガー』、『神秘操作』をメインに銃とスリッパと拳で戦うオールラウンダー。即時的に取れる手数の多さは間違いなくキヴォトストップクラスだが、リソースに使用制限があるため長時間は戦えない。

・《変化弾/バイパー》
 事前に決められた弾道に添って放たれる、縦横無尽に動く神秘。空間認識能力や動きを『読む』力が備わっていないとまともに使う事すらできない、修得難易度が鬼高な性能をしている。

 『振動属性』。扱いが難しく、ワタルは毎日頑張って練習している。使いこなせたら便利らしい。

・《追尾弾/ハウンド》
 ワタルの神秘が反映された、軽微な追尾性を保有する神秘。『神秘属性』の名の通り、本人が保有する神秘の影響を色濃く受けるため他人が修得する事はほぼ不可能。類似性があればワンチャン……!というレベルだとか。

 ワタルの神秘をそのまま使うので滅茶苦茶エネルギー効率がいい。ある程度威力も担保されているため、ワタルの得意玉として運用されている。

・【兄さん】
 ワタルに様々な娯楽を与えて情操教育を行った、彼女の敬愛する人物。今は居ない。

 発想の引き出しが多く、その知識は『大人』も唸らせるほど。反面、ちょっと抜けてる面があるのか物探しがとても下手くそだったらしい。

 ワタルに神秘操作の技術を授けたのも彼だった。

・『おじさん』
 神秘やこの世界の不思議なものを研究している真っ黒なおじさん。含み笑いをする事が多く、ダーティーな契約を幾つも結んでいるらしい。

 ワタルに『伽藍堂』を紹介し、たまに仕事を斡旋したり、『大人』基準の一般常識を授けたりしている。

・『1:4多重思考/マルチオペレーター』
 とても騒がしい脳内オペレーター達。神秘操作の制御をだいたい任せられており、1~4番がそれぞれ対応した神秘を操作しながら各々の担当部門で活躍している。

 なお、ワタルと一心同体なので労基は存在しない。ついでにワタルが精神的ダメージを負うと、みんな一緒に崩れ落ちる。可哀想。


 次でバイト編は終了です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

未来を統べる翼と、優しいメイドの家(作者:天野江)(原作:ブルーアーカイブ)

▼宇宙戦艦ソラノミを拠点とするミレニアムの1年生、天野江セイカは、強大な未来視の力を持つ孤独な観測者だった。▼室笠アカネと深い絆で結ばれた彼女の日常は、やがて少しずつ温かいものへと変わっていく。▼セイカは、守るべきものを背負いながら、キヴォトスに訪れる数々の脅威に立ち向かう。▼未来を視る少女と、彼女を優しく包み込むメイド。▼二人が織りなす、甘くも切ない絆の物…


総合評価:441/評価:7.35/連載:181話/更新日時:2026年09月20日(日) 00:00 小説情報

シスターフッドの大型犬ちゃん(作者:ZK)(原作:ブルーアーカイブ)

シスターフッドの長、歌住サクラコ。その側近のマシンガンを得物とするシスターは、シスターフッドの敵となる者を粛清するのだという…▼主人公ちゃん「一マガジンで何もかも一切合切決着します!」▼サクラコ「待ってください!止まって…!……わっぴー!」▼主人公ちゃん「わっぴー!…はっ!?」▼…ていうのを描きたい(願望)▼2026/06/20 1:44▼軌道修正のため4、…


総合評価:578/評価:7.81/連載:8話/更新日時:2026年09月17日(木) 02:59 小説情報

新人先生はネタバレ生徒しか引けない(作者:KuRoNia)(原作:ブルーアーカイブ)

シャーレに着任したばかりの先生が、シッテムの箱で見つけた『募集』機能。▼それは、シャーレに入部届を出している生徒をランダムで呼び出す、いわゆるガチャのようなものだった。▼軽い気持ちで初回募集を行った先生の前に現れたのは、臨戦状態のホシノと黒いドレス姿のシロコ。▼だが先生は、まだアビドスにも行っていない完全な新人先生だった。▼「うへ……最序盤じゃん」▼「ん、ネ…


総合評価:14521/評価:8.91/連載:88話/更新日時:2026年09月19日(土) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>