バイト編、終了です。
影が揺らめく。
自身の眼前に居座るヒトの形をした【恐怖】の姿に動揺し、洞のように大きな喉を震わせる。
……アレは、なんだ。
未知の恐怖に怯える【怪異】。
ジリ……と【ゆらぎ】の下部で砂が噛む。
眼前で揺れる【恐怖】。
喉奥から漏れ出る獰猛な獣の唸り声。
全方に飛ばされる殺気を介して伝わる気配は、
……蹂躙。
──鏖殺。
────闘争!!
未知の存在への警鐘が【ゆらぎ】の中で、バチリ、バチリとスパークを立てた。
つい先程まで、水際の蛍ほどの儚さを抱えていた矮小な存在とは全く違う【恐怖】を前にして己の
その有り様、正に捕食者。
彼が生の中で知る事の無かった、文字通りの
……──構える。
自身に突き立てられそうなその『牙』を払い除け、眼前の捕食者を縄張りから追い出すために。
「行くわよ」
【恐怖】の威圧が間を置かず、空間そのものを埋め尽くす。
【─────ォォォォオオオ──!!】
自身の喉奥からひり出された悲鳴と共に、その【ゆらぎ】は敵の排除を開始した。
◆
ゆらぐ。揺らぐ。
半ばまで変異を遂げた【怪異】が、しなる黒の触手を振るって空気を叩く。
薙いだ空間に暗い彩が幾つも浮かび、
【────ォォォォオ……!!!】
「来たわね」
白髪少女に闇が注がれた。
──視界、再びブラック!視神経疲労による眩暈が悪化!
──復旧急げ!本能、本体のサポート!本体は目を閉じて視力の温存に努めろ!!
──OK!
「ん」
思考の内で少女は素早く状況判断を下し、彼女は前方へ走り始める。
【──!?────ーー!】
そして、その後ろをやや諦めの表情が心配顔にブレンドされた【亡霊】のシスターが追従した。
三者三様、しかして二対一の様相を取る序盤のセットアップ。【ゆらぎ】の怪異は自身の
散発的に繰り返される、刃物と触手がぶつかり合う音。パチパチと音を立てて燃えるトラックを背景とし、空間に浮かぶ暗彩が炎の光に照らし出され、奇妙に歪んだ。
触手が風を切り、2人へ迫る。
合わせて、シスターが触手を短刀で受け流す。
【怪異】同士の力の拮抗により発生した、僅かな膠着状態。
その間隙を縫うように、少女──ワタルは銃を構えた。
「《
──ボボボボボッ!!!!
空中に火花が咲く。
照らし出された闇の中、彼女の銃から放たれた8発の弾丸は浮かぶ暗彩に着弾し、そのことごとくを朱色に染めて爆ぜさせた。
【ゆらぎ】は瞠目する。
己の領域に待機させた罠達が一纏めに焼け落ちた。威力、光量、その強さが【彼】の胸中を駆け巡る。
しかし、すぐさま対応に移った。
爆煙の中、生まれた闇に紛れて隠れた暗がりから生き残った暗彩がワタルに向かって飛びかかる。機動を奪う右くるぶしに1つ、左の大腿部に2つ、致命となる頭部に1つ。暗彩の生き残りが捕食者を仕留めるべく、己の色彩を注ぎにかかった。
……だが、その攻撃は届かない。
──伝達。回避起動開始。
右足を少し前に出し、左足を後ろに下げ──首を傾げて全てが終わる。
被弾ゼロ。
暗彩達の攻撃は何も無い宙を虚しく抜け、燐光の傍で解けた。
【ゆらぐ】。
その驚きは未知に対する恐怖の再燃か。
または、自身の力で視覚を閉ざしたはずの彼女が攻撃を避けた驚愕によるものか。
【怪異】は再び触手を振るう。
当たらない。
右足狙いの暗闇、下腹部を狙った暗がり、肩を狙った暗彩全て。
右足を引かれ、前方に高く宙転され躱された。
当たらない。
左半身への打ち下ろし、右から左への薙ぎ払い、左袈裟に振るった触手の暗彩。
反時計回りに90度。身体を逸らされ、屈められ、前転されて躱された。
そして、お返しと言わんばかりの7発が再び【ゆらぎ】の暗彩を焼く。火花が散った空間の中を離脱したワタルは、さらに速度を上げて暗闇の中を縦横無尽に駆け始めた。
なおも止まらぬ触手と暗がりの群れ。
目を閉じ、視界を暗闇の中に閉ざしたままのはずの彼女は、それらの脅威を軽々と避けていく。
見えずとも、まるで攻撃がそこに来ると解っているかのような挙動。必要最低限の動きで触手と暗彩の群れを捌きながらカウンターを撃ち放つ。
その奇妙な動きには、とある秘密が隠されていた。
(──……だぁぁぁぁ、もう!痛っっったいわねぇっ!抗争で慣らさなかったら普通にのたうち回ってるんだけど、この殺気の数!?)
内心で罵倒しながら移る、精緻かつ正確な回避機動。常に彼女を襲う、内側から針に刺されるような全身の痛み。それらの痛みが強くなる都度、彼女は回避行動を取り始める。
──その秘密の名は《
ワタルが兄から借りた漫画『ワールドトリガー』に登場する、『
……ワタルのそれも似たようなもので、他者の感情を熱や痛みとして受信する触覚を身体の内側で自由に出したり引っ込めたりする事で成立する。彼女の鋭敏な知覚体質を逆利用して生み出した執念の『
他者の感情を肌で感じ取る。
その力が戦場で齎す恩恵は計り知れない。
かつての母校で連日連夜襲撃に会い続けていたワタルにとって、その体質がどれ程有用かなど論ずるまでも無い程に。
……そして【怪異】、【怪談】、【ロア】。これら3種のキヴォトスにおける発生要因は──大抵、人心によるものが多い。
【彼ら】の攻撃には必ず感情が乗る。
【怪異】の攻撃発生時には、必ず感情の
詰まるところ、『
だが彼女は、だからと言って手を抜かない。
気を抜いたら足元を掬われていた、なんて事は既に5回も起きているので。
簡単に片付けられたら苦労はしない。
それが彼女が相対してきた【怪異】達についての総評であり、評価だ。
故にこそ、彼女が取った対策はシンプル。
一、殴られたら十を返す。
理不尽なまでのクロスカウンター。
──世紀末環境のかつての母校、『番長』という肩書きを得てしまった彼女の戦闘スキルが今、暗がりの怪物に牙を向く。
「《
──ボボボボボッッ!!!
後方、振り向きつつ遠心力を存分に活かして
──神秘充填、完了ですー。
──了解。弱体解除、実行。視力、回復する。
同時に、ワタルの視界が明滅と共に光を取り戻す。そして、着地と同時に全身から神秘を溢れさせた彼女は天高く銃を掲げ、大仰な溜めを作って決めポーズを取った。
「──見よ、我が『勝利のポーズ』……!!」
【…………ォォォォ……??】
【──????】
──そんな珍妙過ぎる光景を前にして、一瞬【怪異】達2人の手が止まった。
なにあれ。
なんですかねアレ?
……彼らは顔を見合わせて、もう一度ワタルの方を見返す。
少女がとてもいい笑顔で小銃を構えていた。
「
──ボボボボボボボッ!!!!
【オオオオォォォォッッッ?!?!?】
【────???!??!???】
迫真の
ワタルの正確無比な《
──ズドォォン……!!!
「……よし、スタン取れたわね!」
【
銃を担いで自慢げに笑ったワタルの頭へ、【亡霊】シスターの鋭いツッコミが突き刺さった。
──が、ワタル動じず。
ふむふむと頷いた後、頭上に豆電球を光らせた彼女は手を叩いて口角を上げる。
「ん〜、多分暗闇だし炎効くわよね?確証無いけど、ゲーム的考察とか通るなら若干有効だった気がするし──」
そう言いながら、ほい、ほいっとステップを踏んで駆け寄ってくる彼女。それに信じられないものを見る目を向けて、【亡霊】シスターは口を上下に開閉させた。
「よーしケープちゃん、追撃追撃。畳み掛けるよー」
マジですかこの子。
本当にこのまま戦闘続行しちゃうんですかこの子。
こんな調子で戦い続けていいのか?と、【亡霊】シスターはさらに困惑した。誰だって、つい先程まで鍔迫り合いをして鎬を削り合っていた相手が、いきなりギャグ漫画の如く横に吹き飛ばされたらそうもなろう。
現に彼女もまたそうで、壁に勢いよくめり込んでしまった【ゆらぎ】に対し、少なくない罪悪感を抱いていた。
なんせ今、壁から突き出た彼のひび割れた下半身は、瀕死の虫のようにピク、ピク、と跳ねている。さすがにちょっと可哀想がすぎた。悪い事はしてたけど、ここまでされる謂れは彼に無かったはずである。
カチャカチャと小銃の機構をニコニコしながら弄り回す隣の少女を横目で流し見て、そっと目を閉じ、十字を切った。
【
……それはそれとして、ハンドサインで『追撃』と伝えてきた彼女は、ひょいと手を振って何処からともなく飛んできたスリッパ1足達を軽く手で受け止め、振り向く。
「……人命救助しなきゃでしょ?行こ?」
そして、いつの間にか自分の立ち位置よりも前に居た彼女は、さも当然と言わんばかりに、壁にめり込んだ【ゆらぎ】に親指を向けた。
ガックリ肩を落とすシスター。
口から飛び出たド正論を前に沈黙する。
それは……そうなんですが…………!
なんか……、なんかこう……納得行かない……!!
彼女は頭を抱えてうずくまる。
正論なのに、正論なはずなのにこの子にだけは言われたくない……!という気持ちが彼女の胸中をとても素早く駆け抜けていった。
──まあ、そんな事をすればさらにワタルは反応してしまうため。
「どったの、腹痛?」
【
彼女から見当違いの心配を向けられたシスターは、また頭を抱える羽目になった。
心配する所が違ぁう!!
声を大にしてそう叫びたいが、彼女に声は届かない。
シスターは一旦顔を手で覆い、仕方なく感情の上に剥がれかけている
されどまた、彼女もトリニティを守護するユスティナ聖徒会の人格の1つ。【怪異】に捕らわれた人々の解放は、彼女達の
シスター──『ケープちゃん』もまた小銃と短刀を構え直し、煙が漂うトンネルの内壁を見つめる。
【ゆらぎ】が、壁の向こう側で身動ぎし始めた。
【──……ォォォォォォォォ……!!】
──パキッ、パキッ……!
身体全体から内壁に大きく広がったひび割れからトンネルライトを思わせるオレンジ色の輝きが漏れ、バキリと音を立てて崩れ落ちる。
音も無く崩壊した壁を前に、映し出される【異空間】。果ての無い黒の地平線の狭間から、細長い手足にクレヨンで塗りつぶされた黒色の怪人が現れた。
その体躯は既に、2人の身長を遥か高く超えている。
【オォォォォォ……!!】
洞の鳴き声。
『ケープちゃん』はその威容に思わず身構え、腰を低く落とす。
臨戦態勢。
いつ戦闘が再開しても良いように、彼女はユスティナに伝わる心得を元にアルゴリズムを整え始めた。
──しかし。
「お、人質発見」
この脳天気な白髪少女は【怪異】の大きな体躯にすら動じず、軽い調子で捕まったヘルメット団の2人に意識を向けている。
ピリつく戦場にアホが1人。
【怪異】から、そろそろいい加減にしろよお前……??と殺気が飛んできた。
シスターも、まあ……同意する。
もうちょっと、こういった場面では緊迫感持った方がいいんじゃないでしょうか……。と。
──しかし、彼らの内心を読み取ったワタルはウザったそうに、【怪異】に向けて手を払った。
「いデデデ、やかましいわよシッシッシッ!」
【──オォ……??】
──その一言で、遂に【怪異】の堪忍袋の緒が切れる。
【────ォォォォォ……!?】
なんだァ……てめェ…………??!
【怪異】の頭部が黒く膨張し、2人を見下ろすように傾げられる。頭部のひび割れた箇所からは絶えず粘度の高い液体が溢れ出て、地面のアスファルト上を黒く汚した。
トンネル内のライトが全て点灯し、オレンジと黒のコントラストが狂ったように踊り出す。ダンスフロアのように不規則に蠢く明滅達は空気中に充満する【恐怖】と『神秘』に反応し、この戦いを終わらせるに相応しいバトルフィールドへと道路上を塗り替える。
……そんな中、着々と【異界】化が進行する中で、場違いなまでに燃え続ける大型トラックの残骸へ目を向けたワタルは隣に目を向けた。
「──手短に作戦を伝えるわ。私が時間を稼ぐから、ケープちゃんはあの2人を救出するのに専念してちょうだい」
【!】
彼女が顎をしゃくったその先に、シスターは救うべき者たちの姿を目で捉える。
「うぅ……」
「……タ……マミ…………」
自然と、短刀を握る手に力が入った。
思考の奥に熱が篭もる。
「2番、残り時間は?」
──2分と9秒だ。
「上等。最速でケリ付けるわよ」
内部思考と会話し、前傾姿勢で構えるワタル。
既に構えていたシスターは彼女の背中を見つめ、左に抱え続けていた銃の
べちゃべちゃと、水音が鳴り続ける。
「合図と同時に駆け出して」
【
傾げた頭が持ち上げられる。
【オォォォォォォォ……!!】
空洞内に【恐怖】の叫びが充満する……!
──刹那、ワタルはトリガーを引いて。
『アームズファング!』
「ゴー」
巨人に向けて駆け出した。
【──オオオオォォォォッ!!!!】
──ズォォォォッ!!!
咆哮、空間に轟く。
闇と一体化した【巨人】のセットアップ。
空気を震わせ、空間を揺らし、暴風が異物の焔を消し飛ばす。
明滅する電球。増える黒の【色彩】。
闇の中から長い腕と化した【暗彩】達が次々と這い出してくる。
対する少女2人、健在。
獣のように四つ足を着いて暴風を切り抜けたワタルの右腕には白色のスリッパが1つ。腕の骨から垂直に張り付く刃として変貌した履物を振るい、近くに湧いた腕を刈り取る。
リーチは短くとも、その鋭さは脅威。
闇の【巨人】は白髪の少女に目を向ける。
──だが、彼はその後ろから抜けてきた橙色の少女へ警戒の色を露わにした。
【亡霊シスター】──『ケープちゃん』が地を駆ける。
【
両の手に生み出した短刀を自在に振るい、彼女は闇の領域を崩しに掛かる。
一刀二対。二撃で八つ。
闇の生け垣に単騎特攻を仕掛けた彼女は、巧みな足捌きと位置取りで腕を身体に寄らせない。
改めて相対し、感じる。厄介であると。
【巨人】に変貌した彼は洞の喉の奥で短かな単音を発した。
【──オォォォォ……!】
パターンを変える。
生け垣から針山へ。闇の腕達を出鱈目なタイミングで引っ込ませ、下方から突き上げるように配置する。べちゃり、べちゃりと音を立てながら頭を振るい、さらに【暗彩】の数を増やして。
さすれば、数に手古摺る彼女達を余裕を持って遠くから嬲れるだろうと。
『──ショルダーファング!!』
しかしその思惑も、再度獣の咆哮に打ち砕かれる。
「んな狡っ辛い手、見え見えなのよ!」
眦を釣り上げたワタルが右の手のひらに挟んだもう1つのスリッパをスナップさせ、ブーメランのように投げ付けた。
ズザザザザザッッ!!!!
──瞬間、彼女の周りに配置した筈の【暗彩】達が根刮ぎ刈り取られる。
【巨人】は驚いた。
また対応された、と。
だが、彼は瞬時に落ち着きを取り戻す。
相対した時間が長く、慣れてきているという事もあってか、彼は彼女達の行動の一定数に『割り切り』を付けて戦術を組み立てるようになっていた。
──スリッパの切れ味は鋭いが、所詮は投げ物。手元に返るまでには必ず間があり、投げる為の動作に隙が生まれる。範囲に配置した罠の類は全て狩り取られるだろうが問題無い。いずれ生まれた彼女の隙を、こちらは逃さず狩ればいい。
【巨人】はほくそ笑む。
前方で針山を突破しようとするシスターは、依然として腕の突き上げに苦戦中。範囲で針山を刈り取る白髪の攻撃は散発的で、先まで放ち続けられていた強力な弾丸も飛んでこない。
チャンスだ。
逃さず狩ろう。
【巨人】は頭を大きく動かし、遠くに向けて闇の液体を飛ばそうと身体を引く。
──ニィ。
それが誘発させられた行動だとも思わずに。
ズザンッッッ──!!!
旋風一閃。【巨人】の胸に横一文字の傷が刻まれた。
「──余所見してると危ねーわよ。狩人の鎌は射程が無限なんだから」
ごポリ、と刻まれた傷から闇が流れる。
傷口が開いて姿勢制御に難をきたし、【巨人】の胸上がビリビリと裂け始めた。
【──オ、オォォォォ……ッッ?!?!】
咄嗟に引いた頭を戻して姿勢を安定させた彼の視界に移るは、地面に展開したほぼ全ての【暗彩】達が根刮ぎスッパリ刈られ終わった後の光景。その中心で残心を残す彼女の右腕の先からは、スリッパとスリッパが白のラインで結ばれて、鞭のように接続されていた。
《
スリッパ2つを接続して放たれる、自由機動に蠢く剣閃。
その射程は未知数。彼女の『神秘』が許す限りどこまでも伸びる、変幻自在の鞭である。
ニヤリと笑う少女に対し、闇の【巨人】は胸の傷を抑えて吼えた。
【──オオオオォォォォ……!!】
──許せない。お前には、どんな屈辱を与えても足りはしない。無様に赦しを請おうが恥辱の限りを尽くした上で、この
【巨人】の背から風が吹き出し、闇の【色彩】がライトの輝きを消していく。尚も膨張し続ける頭部がぐじゅり、ぐじゅりと音を立ててトンネルの天井に近づく。彼は怒りと共に【色】をぶち撒け【異界】そのものを染め上げるため、首筋に大きく力を込めた。
だから。
──ズシャッ。
彼女に気付けない。
【
ズルり、と内側から『核』が引き抜かれる感覚と一緒に、彼の身体から一気に【恐怖】が抜け落ちる。
「──っしゃあ!!ケープちゃんナイスゥ!!」
【──っ!】
剥がれ落ちた【闇】を腕に纏わせて、【恐怖】の糧となっていた2人の少女が【亡霊】の手により救出された。
怒れる【巨人】は咆哮し、自身の生命線であるそれを奪還しようと腕を伸ばす。
「許すわけないでしょ」
だが、振るわれた《マンティス》の刃によって、その腕達は阻まれた。
トンネルの出口へ向かって、【亡霊】シスターが駆けていく。強く、さらに大きく肥大化して敵を仕留めようと変異した【巨人】に、彼女の脚を止める術はない。
頭がつっかえ、呻き、暴れる事しか出来ない【彼】に向かって、ワタルはヤレヤレと肩を竦めた。
「まったく、お笑い種ね。眼前の敵に意識を取られて、地形に足を取られてるじゃない。虻蜂取らずで暗がりコソコソ。にっちもさっちも行かなくて、終いにゃ物量作戦ゴリ押し敢行。目先に囚われすぎで、自分の生命線奪われて。
──そんなんだから、アンタは【ゆらぎ】って呼ばれてんのよ。知らない??」
【──グゥ、オォォォォォォォォッッッ!!】
絶叫、拡散する。
正体、曰く、存在の柱。
それら全ての自身の秘を晒され、腸を暴かれた【怪異】は苦しみながら発狂した。秘するもの、他に比されるものに触れられた【彼】は大きな図体のままトンネルのあちこちにガンガンと頭をぶつけ、泣き喚きながら咆哮を上げる。触れられたくない物、自分の大事なアイデンティティを目の前で無遠慮に蹴り壊されたかのように。
──既に【恐怖】は取り除かれた。
ワタルは【彼】に向けてため息を着く。
再びマガジンをセットして、彼女は現れた時と同じ様に愛銃を肩に担いで言った。
「……炎の中に突っ込ませようかと思ってたけど遠吠えのせいでご破算したし、ツイてないわね。仕方ないから私がここできっちり潰してあげるわ」
【──グ、オオオオォォォォォォォォ!!!】
絶後の大咆哮。
その一言が、最後のスイッチだった。
乾いたアスファルトにヒビを入れる【怪異】の絶叫が、発狂した【ゆらぎ】の闇達が、ワタルに向かって襲いかかる。【異界】の中を埋め尽くし、殺到する【暗彩】色の津波が彼女を飲み込もうとトンネル内から襲い来る。アイデンティティを失った【怪異】の最後っ屁。タチの悪い自爆攻撃を周囲に撒き散らした【怪異】は、最後に怨敵を道連れにしようと無差別攻撃を解き放った。
【──────っ!!】
彼女の耳に、シスターの声無き悲鳴が届く。
「──えぇ」
だからこそ。
彼女は心配ないと手を挙げて。
「これで決まりよ」
『トリガー!マキシマムドライブ!!』
──彼女は愛銃の側面を3回叩いた。
集束。燐光。刃の煌めき。
スリッパのかかとが軌道を描き、彼女の手首に弧を作り出すように装着される。
神秘の輝きを白く帯び、延びた光は弓成りに。
青の輝きを灯したラインが頬を伝い、彼女は左手1つで小銃を構える。
──トリガー解除、5秒前!
──誘導確認。アセット実行。
──チャンバー封鎖、完了です〜!
──いけいけ本体、そのままやっちゃえー!
誓うように右手を胸へ。
憧れのポーズを彼女は決めて。
──
「トリガースクリュードル」
螺旋を描く刃の弾丸が闇を巻き込み飛翔する。
白磁を思わせるかまいたちの刃はミキサーのように闇を、トンネルを、そして【怪異】と【異界】を諸共に削り────
【ク、ォォォォォォォォァァァァァ────ッ?!?!?!】
──ズガァーンッッッ!!!
落雷が如き残響を残して、トンネルの出口の先に飛んで行った。
──残心。……振り向きは優雅に。
ワタルが銃を降ろすと同時に、腕のスリッパが力無く落ちる。
【怪異】の被害者達を抱えた【亡霊】は、振り向いた彼女の風貌に息を呑んだ。
一部が欠けた白のヘイロー。
病人のように透き通った青白い肌。
華奢な肩から伸びる腕は骨がくっきり浮き出るほど細く、その佇まいは静謐に満ちた儚さがある。
なぜ生きているのか分からない。
それ程までに弱い命の鼓動。
「……お仕事完了っ!」
しかし白髪の彼女はそんな事も気にせずに、いつもの調子と変わりなく。『友』の前で両手を挙げて、元気にピョン、と飛び跳ねるのだった。
──ケープちゃんは安堵を含んだ複雑な気持ちを抱えて、深く、ふか〜くため息を着く。元気の有り余ったこの自由すぎる少女は、どうやらとんでもない暴走機関車らしい。
凄い子と知り合っちゃった……、どうしましょうかマル姉さん……。
内心遠い目をしながら恩人の顔を思い浮かべた彼女は心に被った仮面を取り外し、夜空を見上げて嘆息した。
「──おーい、ケープちゃーん!祝杯上げよ、祝杯っ!!」
そんな【亡霊】シスターの心は知らず、自由奔放な白髪少女は彼女の横に追い付いて、両手に握った『おしるこ缶』を振り回す。
元気ですねぇ、この子。と、彼女は諦めたように力無く笑った。
神秘と恐怖が交錯した星明かりの山道に、カシュッとプルタブ開封の音が鳴る。それは1つの事件を終わらせて、少女達が交友を深めた不可思議な1日が終わる音。遠くでパトカーのサイレンが鳴る音を聞き流し、ワタルとケープちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「──……うん、微妙!!」
【
心が通じ合う夜五つの空。
少女は携帯を取り出して、業務終了の画面を立ち上げる。
──不在着信、17件。
現在時刻、21時30分。
・遠芽ワタル
きょわぁぁぁぁぁぁ!!?いっぱい着信来てるぅぅぅぅ?!?!?うわ、しかも今めっちゃ時間夜じゃん。思いっきり門限ブッチしてるじゃん!!?ヤバヤバやばいヤバいって!!
怒られる、般若の寮母さんに怒られる……!!
や、ヤダーッ!!私見たくない!!電話返したくないよーっ!!で、でもワンチャン、ワンチャン帰り道で人助けしてたって事にすればワンチャンありませんか?!??!
そっ、それだっ!!それしかない!!!
それじゃあ早速言い訳構文頭の中で考えて……。
あ、アレ??正義実現委員会さん???正義実現委員会=サンナンデ!?!?なんか正実からも着歴あるんだけどぉ!??!待って、本当に待って、私なんかした??なんかしましたっけ??!心当たりはあるにはあるけど……というか結構有りまくりですけど……!!本当に今回はなんの御用件でありま──4件入ってるぅ!!これアレだよ!!安否確認の連絡だよ!!!良かった!!!!私がなんかやらかした訳じゃないんだ!!!!!
──となれば早速連絡を返して……、あ、もしもし正実の方ですか?あー、はいご迷惑をおかけしました、ワタルです。ちょっと今、人助けしていたらこんな時間になっちゃいまして……、はい、そうです。2人ほど。山の中で事故っちゃったらしくてそれの介抱を……え、トラックジャック?ゴルゴルヘルメット団???なんですかそれ……、あ、はいゴルゴルヘルメット団ですねこの人たち。シンボル着いてます。これ、もしやお手柄ですかね?お手柄ですか?やったー!じゃあコイツらふん縛っておくので取りに来てください!なるべく早めにお願いします!はい!!
……えっ、それはそれとして寮母さんが怒ってる?それもカンカン??……アッ、スゥーッ──。……えっと、その…………変わりに連絡してもらう事って。出来ます?出来ません!?!?!?そんなぁ!!!!!!
・『ケープちゃん』
おしるこを飲みながら一連のやり取りを隣で聞いていた。電話の最中、周囲の動物達の気配が消える珍現象が発生して今も若干困惑中。
地面に手と膝を着いて泣く少女を慰めていたら、なんだか自身にもこんな事があったような気がしてちょっぴり親近感が湧いた。
・『1:4多重思考群』
祝勝会中にメガトンガバをぶち込まれた。
全員もれなく発狂中。
・寮母さん
【悲報】お説教2時間コース【確定!!】
寮の門前で仁王立ち。
・【ゆらぎ】
トンネルの闇の中に棲息していた【変なの】。
最近流行りの【ロア】や【怪談】を取り込んで、めちゃくちゃ不安定になっていた。
処置済み。多分しばらく出てこれない。
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