ワタルとウララ   作:パンちゃんドラム

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 お待たせしました。1章後半です。
 前話やそれ以前の話から思っていましたが、多機能フォームって使いこなすの難しいですね……。ファングメモリの色になかなか近付かなくて苦戦しております。どうすれば良いんだ……??

 ですが、お気に入りに追加してくれる方や毎話更新ごとに読みに来てくださる読者様方のお陰で、この作品を続ける事が出来ています。今一度、作者の私から大きな感謝を。

 それではワタルが悶え苦しむアビドス編、はーじまーるよ〜。



副作用は四度刺す。少女よしぬがよい。

 

 ──チュンチュン、チュン……。

 

「──……あ〜?」

 

 小鳥の声に目が覚める。

 ……ダルすぎる手足、重いお腹。日光が肌を焼くヒリヒリとした感覚。靄がかった視界に映る、私の部屋の白い天井。

 

「ん…………、ぁあ。そういえば寝てたんだっけか……」

 

 ……寝起きでぼそぼそに乾いた口を動かして、部屋の方に寝返りを打つ。

 

 テーブルの上に私が置いたお気に入りの目覚まし時計の長針はアラーム前で静止して、秒針が追い越す事を待っている。ベージュカラーのカーペット上には昨日の内にやるかやらないかでまあまあ悩んで、結局放置した課題のテキスト群が散乱している。

 

 ……まあまあ散らかっている、今朝の私の部屋模様。

 

 …………掛け布団から這いずり出して、私はパジャマ姿で床に転がり落ちる。

 

 年頃の乙女としてはしたないだろうけど、こうでもしないと私は布団から起き上がれない。無理やりにでも身体を目覚めさせるなら寝る場所を変えた方が手っ取り早く、アンニュイに包まれた心を再起動するには程よく寝づらい環境で起きた方が後腐れがないと中学時代に気が付いたからだ。

 

 ぐでっ……とうつ伏せになった私の身体が、さらさらカーペットに密着した。

 

 …………顔がちくちくする。

 

「…………起きるかぁ」

 

 まだまだ寝ようと足掻く私の心にチョップを入れて、もぞもぞ強制再起動。尺取り虫のように腰を浮かせた状態へと移行し、重心をズラしてぽふっと正座。

 

 ──……おはようございます。5時20分です。

 

「ふぁぁ……」

 

 大きく欠伸。

 目元をパジャマを使ってごしごし。

 ぽや〜んとふわふわしてる頭をユラユラさせて、首をこっくり前に傾げる。

 

 頭の中から音がした。

 ドラム缶を勢いよく蹴っ飛ばした感じの。

 

 ……眉根が寄る。

 昨日、神秘。使い過ぎたかなこりゃ。

 私は目元をしょぼしょぼさせて、ボーッとテーブルの上を眺める。

 

 ため息、同時に深呼吸。

 酸素をいっぱい吸入し、思考の中をお色直し。

 

 

「……セットアップ」

 

 

 ──おはよー本体!昨日は大変だったね!

 

 ──ええい余計なリソースを使いよってからに……!しばらくトリガー封印しろよお前!?

 

 えらく騒がしい思考群が喋り出すと同時に、部屋の物達が浮き上がる。

 

 ……昨日、なにしたっけ?

 私はコテリ、と首を傾げた。

 

 ──神経系より伝達。昨夜はバイトにて『神秘』、『生命力』、『記憶媒体』を54時間02分53秒27酷使。使用先は戦闘行動、隠蔽、身体保存等。戦闘時に使用された『擬似副作用』の行使コストは本日補給される『生命力』から多めに徴収する予定です。

 

「oh......」

 

 神経系から送られた情報を前に絶句する。

 なんじゃこの54時間って数字。ヤバすぎるでしょ。

 

 ──何ってこれ、5番さんが稼働させた『神秘』の消費時間ですよ〜?

 

 うぐ。

 神秘の言及に言葉が詰まる。いつも穏やかな彼女の物言いに分かりやすくトゲが生えていた。

 圧を感じた背中が丸まる。

 

 ──おまけに無茶して必殺技(マキシマム)まで撃っちゃったから、いつもより超過する数値が多いですし……──2番さんが怒っても仕方ないんじゃないでしょうか〜?

 

 ……マキシマム撃ったの?

 

 ──はい。スケバンの呼吸、サイドエフェクトを同時に使ったスペシャルフルパワーモードのマキシマムでしたね〜。

 

 マジか……。

 

 私は内心で口を噤んだ。

 よりにもよって『擬似副作用(サイドエフェクト)』とマキシマムという、神秘バカ食いの大技を1日の内にそれぞれ使用。加えて、そこにスケバンの呼吸まで乗せてると来た。昨日の私は何をしていたんだろうか?アレ、呼吸のバフ効果が切れた瞬間、身体にとてつもない負荷が掛かるはずなんだけど。前にも似た様な事をした記憶はあるけれど、その時は全身筋肉痛で3日間くらいずっと悶絶してたような気が……。

 

 

「──いやホントに、なんでそんな事したの……??」

 

 

 昨日の私に疑問を呈す。

 前回のあの痛み、端的に言い表すなら足つぼマッサージの全身版だ。エグいくらいに痛かった。家に居る時も授業中も、常にアレの痛みに耐え続けなきゃいけないのでかなりの地獄である。ベッドの上で常に転げ回ってたし、全身をゴリゴリ揉まれる痛みでずっと眠れなかったのだ。

 

 それを知ってなお、昨日の私。

 なんでこんな見えてる地雷を踏みに行ったの……??

 

 疑問符が頭をぐるぐる回る。

 気になって仕方ないので、私は身体に纏わりつく倦怠感を振り払って、記憶の底にダイブ&アクセス。4アクションの認証を終え、魂の中にヌルっと入る。連続性が保たれた記憶が連なる領域に足を踏み入れ、内部のシステムに私は触れた。

 

 白い光球がポワリと浮いて、本棚達が移動を始める。

 

 検索エンジンの白いバーが、私の前に映し出された。

 

 え〜っと、検索。昨日の記録っと……。

 ……あれ、やけに見つかるの早いな?とりま早速拝見させて貰いまして〜────……んん?

 あぁ〜……。あぁ〜〜〜、はいはいはい。

 分かりましたねこれ。はい。誰が悪いか。

 

 手元にやってきた本をパタン、と閉じる。

 

 

 全て理解した。

 これ、全面的に私が悪いパターンだ。

 

 

 ──ああそうだ。そのせいで、リソース管理の概算報告が現在進行形で真っ赤っかだからな!!

 

 ……まっっっ、っじでサーセンっしたァ!!

 

 寝ぼけ眼をギルティフラッシュして視神経を強制再起動した私は、強めにテーブルへ頭を叩き付けた。

 

 なーにが平和的解決しようって言ってんのよ昨日のアンタ!呑気すぎるでしょ?!初手必殺で全部終わらせてバイト作業を再開しなさいよ!?流れで全部終わらせられるでしょ私ぃ!!なんで【異界】拉致未遂後の【怪異】バトル程度で調査を切り上げたァ!!あの時間まで外出してたんなら最悪徹夜コースでも良かったでしょうがぁ!!

 そして対応!ちょうどいいタイミングで合流したケープちゃんに対して何あの態度は?!いい格好見せるじゃなくて『トリガー』オンリーでアシストするとか、もっとやりようはあったよね!?立たせなさいよ、相手の顔を!私のバカぁ!!

 あと最後ォ!ケープちゃんと祝杯だけ上げてお礼無し!?マジで言ってるのアンタ?!一応、多分、その子って人生?かなんかの先輩だと思うんだけど。それをお前。おしるこあげてその場で解散ってお前、マジで。お前お前お前お前ェ!!!

 

「ぐ、う、ぉぉぉぉぉ……!!」

 

 ──おぉ〜、本体珍しくガチ悶えだぁ。

 

 ──思考ベクトルが戦略上の失敗と他人の面子(メンツ)に向く辺り、私達への謝意をなんだと思ってるんでしょうね本体(コイツ)。

 

 瞬間沸騰ムカチャッカ。

 歯に衣着せぬ物言いに、私の頭が茹で上がる。

 

 う、うるさぁぁぁい!!

 私の思考の分身の癖に、一丁前に感情について語るなぁ!!そんな事言ったらアンタ達にもブーメランが飛んでくんだからね!!

 

 ──(嘲笑)。

 

 ──[間投詞][間投詞]!

 

 ──【動作】。

 

 ──『副詞』。

 

 む、むかーっ……!?

 こっ……コイツらっ……!!!!

 身体の持ち主に対して一切敬意がっっ……!!

 

 

 ──でも自分でしょ?

 

 

 しかし、頭がスッと冷えた。

 自身の本能から浴びせられた言葉を前に、私の思考は過冷却される。

 

 それはそう。

 どうせ全員私だし、自分にキレても仕方ない。ここらで自省はお終いだ。今回の場合は私が悪い。神秘の言う事はもっともで、昨日みたいに湯水の如くリソースを使い込み続けたらいずれ私は死んでしまう。

 

 ただでさえ、器にヒビが入ってる状態なのだ。20歳まで乗り切れるかどうかという瀬戸際で、こんな無駄遣いをしている場合なんかじゃない。

 

 そりゃ理性の語気も荒くなるよね。

 自分大事に、はアンタが言い始めた事だもん。

 ほんとごめん。

 

 ──……ふん。分かればいい。今回の事は【黒服】にしっかり報告するから覚悟しておけよ。

 

 あいあい。

 

 打ち付けた頭の上でヒラヒラ手を振り、私はつ(・)い(・)と指を振る。

 

 トントン、トン……。

 ジャーッ!

 ササーッ、サーッ。

 

 一斉に部屋の小物が動き出し、家事や炊事を行い始めた。出刃包丁が野菜を刻み、スポンジが洗い物を濯ぐ。私の髪をブラシが整え、布団が勝手に畳まれた。

 

 私の朝を彩る、整えられた神秘の制動。

 誰も居ない空間で独りでに動き回る数多の器具達の行動は、全て私が日常で繰り返してきた家事の模倣だ。一応全部マニュアル操作だが、ある程度の動きまでなら《変化弾(バイパー)》の応用で自動化出来るため操作自体はとても楽チン。よく体質に振り回される暮らしの中で、私が作り上げたライフハックの1つである。

 

 ……まあ、普段は1つか2つを操作しながら別の家事をするんだけどね。動きの反復で家事炊事の再現精度を高めたりする意味合いもあるし、やらなきゃ変なタイミングでコロッと忘れちゃいそうな気もするし。

 

 だがしかし。今日は別。

 なんと言っても今日はお出かけ。

 楽しみにしてたお出かけの日だ。

 

 ──楽しみにしてたもんねー、お出かけ!

 

 うん。元気の温存しなきゃね。

 

 弾む声に相槌を返して、私はさらに指を振った。

 

 《最適化動作(オートメーション)》フル解禁。

 疲れてるから全部実行で。

 

 テーブルの上に頬杖ついて、指揮者の様に指を振る。ただそれだけの行動で、食器は棚へ、野菜は鍋へ。ブラシに梳かれた後ろ髪は整い、次は前髪と宙を滑った。

 

 気分はちょっとした魔法使い。

 指先から伸びる『神秘』の糸に操られ、古い童謡(マザーグース)に描かれたかのような不思議な光景が、私の目の前で生み出されていく。私が何度も練習した、緻密で精緻な神秘の制動。

 

 他人に見せる事が出来ない、私だけの綺麗で便利が沢山詰まった、素敵な時間が流れていく。

 

 ──徐ろに、私はテーブル上にテキストを置き、ページを開いた。気分が良いうちに課題を終わらせてしまおうという魂胆。終わらせてさえしまえば、明日の憂いを今日で断てる。それは今日という日を全力で楽しむ事にも繋がり、私の気持ちを軽くするのだ。

 

 それはいい事だ。とても素晴らしい。

 アラームが鳴り出す前に手を添えて、私は目覚まし時計の上部を叩く。

 

 キッチンからはカモミールの香り。

 心が安らぐ茶葉の匂い。

 鍋が煮える音を背景にして、私の筆跡は紙を流れる。

 

 しかし、心はやはり空を向いていて。

 今日はどんな出会いがあるのだろうか、と浮つく気持ちが私の胸中を占めていた。

 

 体調が優れず、気分が低迷していようとも、期待を孕んだ私の胸だけは大きく膨らんでいく。

 

 ……そんな、早朝のひと時が過ぎていく。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ガタタン、トトンと電車に揺られる事30分。D.U.シラトリ区のホームに足取り軽く降り立って、私は背中のバッグを背負い直す。空にはお日様がご機嫌に輝いていて、背負ったバッグに照った日差しは淡く長方形の影絵をホームの上に作り出していた。

 

 春だというのに、初夏のような暑さを感じる。

 本日の副作用は熱に関するもののようだ。

 シェキナーのバッグが大きくてよかった〜、と呑気な考えを頭に浮かべつつ、私はいつも通り駅の南口へ向かう。

 

 時刻は9時16分。約束の時間の少し前くらい。待ち合わせ場所はすぐなので、あまり急がなくても良さそうだと頭の中で考える。ウラちゃんは時間ピッタリに来るって言ってたし、私もゆっくり行こうかな。

 

 そう思いながら通路を進めば、ふと感じる微妙な違和感。

 

 テンポがバラけた靴の音。いつもよりはっきりと聞こえてくる甲高い電車のブレーキ音。それらを軽く凌駕する、駅構内に響く大きなアナウンス。

 

 ……うるさすぎて頭が痛くなってきた。

 

 困ったなぁ、と口元でボヤく。

 まさかとは思うけど、今回の副作用、二重デバフだったりするんだろうか?

 

 そうならヤダなぁ、と考えて、対策アイテムを肩掛けカバンから探す。

 

 ごそごそ。ごそごそ。

 

「ない……」

 

 ちょっと絶望。閉じる目蓋。青黒の縦線が側頭を伝う。そんなイメージ。がっくり肩を落とすと同時に、がしゃりと背後で金属音が鳴る。

 

『master……』

 

 まさか、突然聴覚系のデメリットが発生するとは思ってなかった。今まで触覚系のデメリットしか起こらなかったからそれ以外は無いとタカをくくってたけど、どうやら私の体質はそんなに甘いモノじゃないらしい。早めに対策考えないと。

 

 うーんと唸る私の喉。

 釣られて鳴った私のお腹。

 ふと前を向けばコンビニの旗が。

 

 『期間限定!対象商品15%増量キャンペーン実施中!』

 

 ポケットのお財布へ自然と手が伸びた。

 

 ……いやいやいや、うん。これは違うのだ。

 決して、決して増量キャンペーンに心が惹かれたとか。そういう理由では無いのだ。

 ただ、ちょっと。ちょ〜っとね。小腹が空いちゃっただけだからね。今日は多めに『生命力』が徴収されるらしいし、間食──ン゙んッ。対策アイテムを補給しに行こうとね……??

 

『master…… ??』

 

 徐ろにスマホを確認。時間に余裕アリ。

 私はそそくさと足早に、構内に佇むコンビニへと向かった。

 

 ウィーンと開く自動ドア。

 冷やっと肌寒い冷房の風。

 

「ありがとうございましたーっ!」

 

 店員さんの元気な声が響くと同時に、見覚えのある制服の裾がくるり。

 

「──あっ、ワタルちゃん。おはよー」

 

「ウラちゃん…………??」

 

 白い翼を背中に畳んだ待ち人が、ビニール袋片手にこちらへ手を振っていた。

 

 

 頭の中が凍り付く。

 

 

 うおぉぉぉぉぉ分割思考ォォォッッ!!!

 

 ──うるさい。

 

 ──自分でやれ。

 

 ──下らん事で呼ぶな。

 

 ──ご自身で切り抜けるべきでは?

 

 はい。

 

 秒で着拒された思考招集。マジレスを複数喰らって外部へ叩き出された私の精神は地面にゲシゲシ八つ当たりした。

 

 ゆ、許せねぇ……!!

 コイツら今日はオフだと思ってやがる……!!

 一応私なのに他人事だと思いやがって……!!

 なんか問題が起きた場合はアホほどこき使ってやるかんな……!?

 

 

「おーい、入り口で固まってどうしたの?」

 

 

「──な、なんでもないよ!うん!」

 

「??」

 

 直後、話しかけられて再起動。

 脳内のアホンダラ共からウラちゃんの方に意識を向けて、笑って誤魔化す。ウラちゃんのヘイローから何やら視線が飛んでくるが、努めて無視して私はドアの前から移動した。

 

 

 ──ねろっ……。

 

 

 ……なんか、首筋の辺りに妙な感覚が。

 

「ねぇねぇワタルちゃん。何買いに来たの?」

 

 声に振り返れば、バッグの後ろ側で白い羽がパタパタと動く様が見える。そしてにっこり笑ったウラちゃんが、バッグの後ろからひょこっと顔を覗かせた。

 

 粘度の高い感触が伝わる。

 生暖かいすりおろし状の山芋みたいな。

 

 下手人はウラちゃん……かな……??

 疑問符が頭を過ぎった。

 

 ……いや、今は気にしなくてもいっか。

 私はスタスタ足を早めて、飲み物の並ぶケースの前に立ち止まる。そしたら、ウラちゃんも隣に並んできた。興味津々と言った風な視線を投げかけられ、私はちょっと目を逸らす。

 

「……飲み物買いに来ただけよ」

 

「ふ〜ん?」

 

 感触の温かみが増した。

 ついでに粘度もねろねろからネト……にレベルアップ。私は内心で頭を抱える。

 

 最悪だ。今日のデバフは3つ付きらしい。

 

 うにょうにょ、と肌の上を蠢く奇妙な感覚を味わいながら、ケースを開けてカフェオレを取り出し……、仕舞う。

 

「あれ?戻しちゃうんだ?」

 

「んー……、なんかそういう気分じゃない」

 

 このまとわりつくネトッとした感覚を味わっているせいか、なんだか甘ったるい物を飲みたくない。むしろ今はスッキリとした柑橘水が飲みたいと、私の脳が信号を飛ばしている。

 

 レモネード炭酸を手に取り、移動。

 ウラちゃんも後ろに続いてくる。

 そのまま店内をグルっと一周。

 

「…………」

 

「…………♪」

 

 ご機嫌そうな弾力の音符が、私の首に当たって弾けた。

 

 ……さーて、この状態。

 増量キャンペーン、どうしよっかな……。

 

 ウラちゃんが真後ろでニコニコしているこの状況下、私は口をモニョらせながら渋々振り向く。

 

「……なんで着いてきてるの?」

 

「え、面白そうだから?」

 

 疑問に対する即落ち二コマ。

 あっけらかんと笑う彼女。

 私はため息を吐いた。

 

「外で待つって思考はあったりするー……?」

 

「ん〜〜〜……、パスかな!」

 

「だと思った……」

 

 『無い』じゃなく、『パス』と来た。

 もうこれだけで、彼女の中では私の後ろを着いて歩く事は確定事項だと定められている事が分かる。

 

 これじゃコンビニ側に迷惑だ。

 私はさっさと前を向いて、軽食コーナーに足を早める。

 

 ──という訳で、私がここからやる事は1つ。

 視線を無視しておにぎりを適当に4つ掴み取り、流れるようにお会計へシュート!!

 

『master…… !!』

 

「984円でーす!袋お付けいたしますか?」

 

「お願いします」

 

 ちゃっちゃと買って、撤収っ!

 ヨシっ!!

 

「ありがとうございましたー!」

 

 店員さんの大きな声を背にして退店した私は、大きく息を吐くと同時に騒音の中に躍り出た。

 

 

 ──とてもうるさい。

 

 

 何を見てヨシって言ったんですかね私?

 対策アイテム普通に買い忘れてるが??

 

 背後で鳴る硬質な靴音を聞きながら、私はガックリ肩を落とす。

 

「お買い物は終わり?」

 

「……うん、そうね」

 

 多分ね、とは言い切れず、言い淀んだ言葉を飲み込む私。ウラちゃんはニコニコしながら羽を動かし、先導するように私を追い越した。

 

「じゃあ行こっか!」

 

「そうねー……」

 

 始まる前から疲れた気分だ。

 ご機嫌にテンポを刻む靴音の後ろを着いていきながら、私は目線を遠くに向ける。

 

 日差しは相変わらず照りつけていた。

 気持ちちょっとずつ、お日様のピカピカ度が上昇していっているような気がする。

 

 ……これでまだお昼前か。

 今日は日焼け止め必須かなぁ。

 

 シェキナーの入ったバッグを盾にしながら歩きつつ、私はウラちゃんへ質問した。

 

「そういえば、今日はどこに向かうの?」

 

「ん〜、多分アビドス地区かな!」

 

「ふ〜ん」

 

 多分、ねぇ……。

 

 前を向いて歩き続ける彼女の羽がパタリと動く。私は素っ気なく反応を返しながら、『アビドス』という単語を口内で転がした。

 

 アビドス自地区。

 今は廃校寸前のだだっ広い砂漠が広がる地域であり、学園都市キヴォトスの中でも上から数えた方が早い屈指の強者が住んでいる土地だ。おじさん曰く、白い大蛇も住んでいるとも聞き及んでいる。その昔、オアシスでお祭りをやっていた歴史があったらしいとは聞いているが、今ではそんな活気すら失われているパッとしない学園……だったっけ?

 

 反芻した記憶を書架に戻して、私は遅れた歩幅を少し早める。

 

 んー、砂漠かぁ。

 さらに日差しが強くなりそうだし、今からでも日焼け止め塗っておいた方がいいかもしれない。

 

 カリカリと、流れで私は頭を掻きつつ、彼女に倣って日陰に入った。

 

 いつの間にかエレベーター前。

 扉のガラスに映る私の髪はいつも通りたんぽぽ色で、ヘイローは割れずに薄青を灯して頭上に留まり続けている。

 

 彼女がボタンを押すと同時に、ドットの矢印が下を指した。

 

 ……肌感覚に異常無し。

 触覚全てが暴走している訳では無いらしい。

 私は密かに安堵した。これでさらに痛覚が倍!!とかされてたら、間違いなく泣いてたもんね。ウラちゃんの横でそんな事をしたら間違いなくからかわれる。心配という名のオブラートに善意とイタズラ心を包み込み、彼女は遠回しに弄ってくるに違いない。

 

 そして羞恥で悶え死ぬのだ。

 私の心臓はネズミより早い。

 毎日不眠が継続中な私の不健康ボディをあまり舐めるなよ……??

 

 

 ──ピンポーン!

 

 

『2階です』

 

 そんな事を考えていれば、エレベーターは直ぐにやって来た。無人の空間のドアが開いてこれ幸いにと私達は乗り込む。

 

 沈黙。聞こえる機械の駆動音。

 静かだ。とてもありがたい。

 

 隣のウラちゃんはさっきからずっと私の方を見ないで黙って、上へ流れる階数表示をジッと眺めている。釣られて私もそこを眺めて、2人で数字を目で追った。

 

 爆誕。数字を眺めて黙る不審者2名。監視カメラ確認中の警備員さんの目には、変な奴らが2人映っていると思われる。困惑させて悪いけど、気にせずそのまま見ないフリを続けて欲しい。貴方の職務はこんなトンチキワールドの鑑賞を続ける事では無いはずだ。だからそのまま目を逸らしててくれ。いいな?いいね??いいって言え。

 

 そんな言葉が脳裏を駆け巡れば、いつの間にかエレベーターは止まる。

 

 『8階です』

 

 扉がスルリと開くと同時に、ウラちゃんは私に手を差し伸べた。

 

 

「お先にどうぞ、ワタルちゃん?」

 

 

 純粋無垢な春の香りが、私の肌に吹き付ける。

 ずっと見ていたい気持ちに駆られる桃の瞳には、ただ好意の感情しか宿っていない。レディーファーストという事なのかは知らないけれど、私には少し、その仕草が王子様っぽく見えてしまった。

 

 ……なんだか気恥ずかしくなって調子が狂う。

 

「ウラちゃんが先で良いわよ。私はどこに向かえば良いかなんて分かんないから」

 

「そっか。じゃあお言葉に甘えて〜」

 

 最もらしい理屈をつけて、私は彼女を先に行かせた。思考を落ち着かせるために頭を振って、邪念と熱を振り払う。

 

 ウラちゃんは私に背を向けて待っていた。

 キヴォトスでは珍しくない、アスファルトで作られた立体駐車場の中で。

 

 私が彼女に追い付くと、硬い靴音は進み出す。アスファルト上に並ぶ車列を縫って、羽と頭の隠れんぼ。私もその後を着いていき、彼女に倣ってルートを進んだ。

 

 明滅するオレンジライト。

 ドアロックの解除音。

 

 そして辿り着いた一台の車の前で、ウラちゃんは足を止める。

 

 黒くてゴツくて平たい、一見すると一部を切り取られたジャガイモのような重厚なボディ。どんな場所でも走り切れそうな太いタイヤを装着した車体が私とウラちゃんを出迎えた。

 

「じゃじゃーん、マイカーのジープ君〜」

 

「おぉ〜……」

 

 すごい。かっこいい。

 語彙力の低下した言葉が私の脳内を埋め尽くす。

 良い。とても。素晴らしい。

 どこでも走破出来そうな機能性を重視したフォルムがとてもウラちゃんらしくてとても良い。拍手を贈りたくなるいいチョイスだ。色はカッコ良さ優先で黒なのかは知らないけれど、それもまた素晴らしい。ウラちゃんの着る黒いゲヘナの制服とお揃いでカッコ良さがより際立っている。

 

 ……気付けば、私は両手をぶんぶん上下に振っていた。感情がオーバーフローを起こしていたらしい。

 

 それを見た彼女は誇らしげに羽をパタつかせながら、後部座席のドアを開ける。

 

「ワタルちゃ〜ん、嵩張ると思うからシェキナー後ろに置いとくといいよ〜」

 

「助かりまぁ」 

 

「良いって事よ〜」

 

 内心の空模様に高気圧到来!

 私の気分は晴れだして、ほっぺの筋肉が程良く緩んだ。向上した気分は私の心にも作用を齎し、お日様がぺかぺか輝き始める。これ幸いにとアホンダラ共がピクニックの準備をし始めるが、今は割と些末事。後で覚えとけよこの野郎……と内心に中指を立てながら、私は助手席に乗り込んだ。

 

 あっ、シートふかふか。いい匂い……。

 ほわぁ……。

 

「お気に召してくれたようで何より。シートベルトはちゃんと締めてね!」

 

「うん!」

 

 ウラちゃんの声に頷いて、シートベルトを装着する。運転席に座るウラちゃんはにっこり笑って前を向き、車のエンジンに火を入れた。

 

 ──キキキキキッ、ブゥン……!

 

「それじゃあこれより私、ウララによるD.U.シラトリ区から便利屋68現事務所までの直行便、出発するよ。おトイレ休憩とかしたくなったら何時でも言ってね!」

 

「了解!」

 

 ウラちゃんの言葉に頷いて、私はお腹に響く重低音とふかふかの座席に身を委ねる。足元に置いた肩掛けカバンとビニール袋から取り出すは、サングラスと炭酸ジュースと塩むすび。取り出した炭酸ジュースは前のドリンクホルダーに、おにぎりは1つ足の上へ。予め頭上にサンシェードを展開し終えて、サングラスを装着した私はウラちゃんに向けてサムズアップを送る。

 

「準備オッケー!」

 

「レッツゴー!」

 

「おーっ!!」

 

 弾んだ元気の良い声に合わせ、黒いジープが動き出した。タイヤが小石を噛む音が聞こえる中で、静かに響くは穏やかなメロディー。一昔前に流行ったドラマに使われた、収録曲のサウンドトラックのようだ。立体駐車場を静かに下る車の中で鳴るギターの素朴な音色が、私の心を落ち着ける。リズムに合わせて鼻歌を歌えば、ウラちゃんもそれに合わせてきた。

 

 おかしさと気恥ずかしさで笑う。

 下りスロープを走り終えた車が手続きを終わらせ、道路に出た。窓の外には雲がまばらに浮かぶ青空があり、私の肌に日光が照り付ける。

 

 暑いけど、嫌いじゃない。

 冷房の風がヒヤリと冷たい。

 しかし、隣を見れば楽しそうなウラちゃんから、春の陽気がぽかぽかと伝わってくる。

 肌の内と外の送信号が織り成す、そんな奇妙な温度感のギャップ。私はなんだかそれがむず痒くて、開けた炭酸ジュースを1口飲んだ。

 

 柑橘の香りが鼻を抜ける。

 直後。

 

 ──キ、ィィィィィ────ン──!!

 

 ──バチバチバチバチッ、ジュアアアァァ……!!

 

 瞬間、とてつもない頭痛と強炭酸の刺激が口内を蹂躙した。

 

「うげっふ!?ごっほごほッッ?!?!」

 

 炭酸気泡、お口の中でパーリナイ。

 舌と上と下の上で好き勝手にタップダンスを踊り狂う彼らは私の体調を慮らず、暴徒のように口内を叩き壊していく。冷気が口から脳に槍を突き刺して、酷く鋭い痛みを頭蓋の内側に残して消えた。

 

 涙を浮かべた私は咄嗟におにぎりを掴んで包装を破り、大きな1口の中に放り込む。

 

 お米の濁流で鎮まる口内。

 心配そうなウラちゃんの顔。

 

「……大丈夫?」

 

 私を見つめる心配の目に、無言で親指を立てて返答を返した。

 

 なお脳内、現在涙目。

 酷い有様で雨が降ってる。

 

「……そう?なら良いんだけど……、何かあったら言ってね?」

 

「うん……」

 

 コクリ、とゆっくり頷いて、私は炭酸ジュースへ目を向けた。

 

 予想だにしなかった第四の伏兵。

 今日の私に襲いくるは、どうやら触覚、聴覚のデバフ四重奏(カルテット)のようで。

 内心の私はぶんぶん腕を振りながら、己の体質を全力で呪った。

 

 お、おのれ知覚過敏〜〜っっっ!!!!?

 





・遠芽ワタル
 超必殺を使うだけで命の危機が訪れる、デバフ塗れの女子高生。ヘイローと髪色は隠蔽中。現在進行形で塩むすびの優しい甘さに涙を流している。

 今日のデバフは4つ持ち。
 内訳としては、

【温度感増幅】
【聴覚強化】
【感情受信感覚残留】
【知覚過敏】

 の4つ。先日のワールドトリガー公式Q&Aにより、通常時ですらワタルの《感情受信体質》は原作のサイドエフェクトよりも酷い仕様である事が判明した。

・羽生ウララ
 培われた営業スキルでワタルの不調を察知した、プライベートでも気が利く女子高生。コンビニ内外で確認した彼女の様子から、大きな声で話しかけたり、敢えて視線を彼女からズラしたりするようにしている。地味にシゴデキ。

 便利屋の居場所は逐一把握している。自立しようとしている後輩達が可愛いらしく、お節介を焼きに行きたいと思っているようだ。

・『1:4自律思考群』
 ぺかぺかの快晴なのでピクニックしに行こうとしていたら、突然雨が降り出した。現在本体に向けて中指を突き立てている。

・『????』
 『master…… !』

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総合評価:587/評価:7.56/連載:9話/更新日時:2026年10月15日(木) 16:58 小説情報


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