ワタルとウララ   作:パンちゃんドラム

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 多分平和な日常回。



休日はアビドスにて

 

 空澄み渡り、円環輝く空……とでも言えばいいか。朝日が大きく顔を上げた春陽の候、ウラちゃんのジープはKVハイウェイをご機嫌に進んでいる。

 

 私?私はどっちかって言うと……

 

(ぬぉぉぉぉぉ……暑っついぃぃぃ…………)

 

 直射日光に苦しめられてる最中だね。

 

 暑い。本当に暑い。これが春の気温か?ってくらい暑い。類似例を上げるなら真夏の猛暑日くらいの暑さだ。とりあえずヤバい。熱中症不可避。日焼け止めを塗りたくって無かったら、私は今頃ウラちゃんの隣で1人、灼熱サウナ我慢チャレンジを開催することになっていただろう。それくらいの体感温度……温度かなこれ?を、現在進行形で私は味わっていた。

 

 さすが砂漠。ヤバいねアビドス。下手にバイクで来ようものなら間違いなくどこかで行き倒れてる。ウラちゃんが車で来てくれて良かった……、と私は安堵のため息を吐いた。

 

 

 ──まあ、そんな内心は置いといて。

 

 

「アビドス自地区、ねぇ……」

 

 欠伸を1つ溢した私は、改めてネットで調べたアビドス自地区の情報に目を落とす。並ぶサイトの数々に書かれた情報と、私が知っている情報のすり合わせを行うためだ。

 

 ……ま、どのサイトに書かれてるヤツもだいたい知ってる情報と同じだったけど。今のアビドスの現状は知れた、くらいが収穫かなぁ。

 

 スマホをポチポチ。タブを閉じる。

 

「うん?ワタルちゃん、何か気になる事でもあったの?」

 

「んー……、どっちかって言うと確認に近いかも」

 

 ウラちゃんのふよん、とした感触の疑問に私は答えた。

 

「確認?」

 

「そう、確認。私が知ってるアビドスの情報、知り合いのおじさんに教えて貰ったやつばっかだからさ」

 

「あ〜、なるほどね?」

 

 私がそう返すと、彼女はふむふむ、と納得したように頷いて、心得たとばかりに微笑んだ。同時に首筋へ当たっていた感触も消える。

 

「ワタルちゃんは偉いねぇ」

 

「情報リテラシーは大人の嗜みらしいし、今の内から実践してるだけよ」

 

「なら尚更偉いね!」

 

「どこがさ……」

 

 バックミラー越しに飛んできた好意の視線に、私は思わず目を背けた。なんだか変にむず痒いし、ぽやぽやした温かさが首に当たって変な気分になってくる。直射日光の暑さと合わせて、肌感覚が本当に変になりそうだった。

 

 容赦なく照りつけてくる日光を対策するべくカバンの中から取り出し被ったハンチング帽を、私はそーっと目深に下ろす。

 すると温かさは湿度を帯びて、うにょうにょになって首筋を這った。

 

 面白がられてる。

 何となく、彼女の気持ちの感触を分かり始めてきたので分かった。この娘は結構面白がり屋だ。彼女は私の反応を見て、現在進行形でちょっと面白がっている。この妙なうねうね感は、きっと彼女の心中を表しているに違いない。

 

 何より、昨日から残留している感情受信の為の触覚がそう言っていた。

 『擬似』が付いているとは言え、これもまたサイドエフェクトの一種。ここら辺の肌感覚は信用できる。

 

 まあ、即ち。詰まるところ……

 

「…………♪」

 

「…………」

 

 サイドミラーに映る私の顔は仏頂面だ。

 ついでに見事な三白眼。やぶ睨みにならないだけ顔の作りは整っている方だが、それはそれとしてむくれ顔。憮然とした表情の中で口元は綺麗にへの字を描いている。

 

 俯瞰視点の私から見ても、分かりやすく不機嫌な顔。

 

 いちいち面白がられておかんむりな私の目は、車窓の外の景色を注視していた。

 

 抜けるような空の青さ。かれこれ数十分走ってきたハイウェイの外には褐色の砂丘があちこちに点在し、荒廃した都市の遺骸が砂の中に埋もれている。遠くの道では戦車と装甲車が行軍しており、黒光りの装甲に太陽光を吸収しながら砂が覆う道に車輪の跡を刻みながら進む様子が見えた。

 

 多分、地主のカイザーのだろうなぁ……と調べた情報を思い返しつつ、私は視線を前に戻す。

 IC(インターチェンジ)を示す看板が、私のの隣を通り過ぎて行った。

 

 

「そろそろ着くよ〜」

 

 

 彼女の声が耳朶を打つ。

 声に釣られて斜め前を見れば、目の前にハイウェイの本線から枝分かれした分岐線が見えた。

 

 アビドスの市街地近く、砂地に敷かれた一般道路への分岐線。ジープはそこへ侵入し、減速しながらカーブを曲がる。

 

 掛かるG。一緒に傾く私達。

 料金所に着いたと同時に顔を見合せて、どちらともなくクスリと笑った。

 

 不機嫌タイム終了。

 私の機嫌が変わりやすすぎるとも言える。

 そのまま私達は料金所を抜けた。

 意外と料金は安いらしい。

 

 車内オーディオの曲が変わる。

 突然弾けた電子音に肩が跳ね、思わず両手が耳たぶに触れた。

 

 透明感のあるポップなメロディー。タメを作るように鳴る引きの音。思わず警戒して腰を浮かせて、弾けそうな次小節に身構える。

 ……しかしそれ以降はずっと、爽やかさと切なさを帯びた曲調に変わったその曲は、手拍子の合いの手と共に車内の空気に同調していた。

 

 弛緩する肩に抜ける力。

 大きな音を前にして、構え続けた腕が落ちる。

 するとウラちゃんに笑われた。

 ファイテングポーズを取った姿が小動物みたいだったとの事。

 なんだとコラ、と再度構えたら、ニコニコしながら頬を摘まれた。そのままふにふに触られて、ツンとつつかれてうにょうにょ視線。

 抵抗しないから判定負けらしい。

 解せぬ。

 

 そんなじゃれあいを続けながら、ジープは砂漠の道を駆ける。空の雲達はゆったり動き、青空に白いアクセントを加えながら流れていた。私はお日様の光を程良く隠してくれた雲達に感謝しつつ、車窓の向こうの景色に見蕩れる。

 

 何となく、私はスマホのシャッターを切った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ──コンコンコン。

 

「アルちゃーん、居るー?」

 

 返事は無い。アルミの硬い音が廊下に響く。

 

 ──コンコンコン。

 

「アルちゃーん、お留守ー?」

 

 ウラちゃんは私の方を向きながら首を傾げた。

 

「……居ないみたい?」

 

「そんなぁ」

 

 ガックリと肩を落とす私。背負ったシェキナー入りのバッグがずり落ちかけ、慌てて肩紐を手で押さえる。

 

「うーん。多分外出中かな?ウラちゃんシンキング的には、しばらく待ってないと来ないと見たね!」

 

「うそーん、マジかぁー……」

 

 ビシッとポーズを取ってキメ顔をするウラちゃんを前に、私は思わずしゃがみ込んだ。頑張って朝から張ってきた緊張の糸がぷっつり切れてしまいそうでちょっとキツい。

 

『master…… 』

 

 エレベーターから出た時に聞こえた環境音の少なさに薄々察してはいたけれど、本当に居ないとこう、精神的にクルものがある。結構楽しみにしてたから尚更。課題とかを全部終わらせて目一杯休日を楽しもうとしていたのに、横から予定をひょいっと取り上げられてしまった気分だ。

 

 あ〜あ、便利屋の人達に完成したシェキナーの姿見せたかったな……。

 ガックシ。

 

 そんな私の残念そうな様子を見たウラちゃんは、首を傾げながら羽を動かす。

 

「あれ?そんなに楽しみだったの?」

 

 

 ガチャリ、とバッグが重い音を立てた。

 

 

「──だって、シェキナーって凄いじゃん。今まで見てきた銃の中で一番綺麗だし、カッコイイし、性能おかしいけどシンプルに撃ちやすくて火力出るし。何よりめちゃくちゃ私の腕に優しくて、ピッタリフィットしてくれるあの感覚とかが凄いんだよ?これはもう、生産者表示されてる人達全てにお礼言わなきゃって感じじゃん」

 

「そこまで?」

 

「うん。お礼参りまで検討するレベル」

 

「お礼参り?」

 

「お礼参り」

 

「そっかぁ」

 

 ……そう、今日は是が非でも彼女達にお礼を言いたかったのだ。撃つ時のエフェクト云々関係無しに、シェキナーのフォルムは洗練されててカッコイイ。バレル部分を覆うフォアエンドはシュッと締まり、鋭い三角形のようなフレームに沿う形で作られたマガジンは主張し過ぎない程度にせり出てて。軽い素材で作られたと思わしきストック部分は、本体とは逆にパーツが円い線や台形が複雑に組み合わさった綺麗な図形で作られていて、それ等が合体した途端に細身の銃の形に収まるという造形美が素晴らしい形で為されている。ウラちゃんの施してくれた黒の塗装や金の装飾がその機能的な見た目を芸術品と呼べるレベルまでに魅力値を押し上げてはいるけれど、それすら素になった銃の形が良いから際立っているのだ。私がこの銃を自室に持ち帰った際、日の暮れまでずーっと観賞会をしていたくらいにシェキナーはとても造形(カオ)が良い。

 

 だからこそ、この銃を完品で運んで来てくれた彼女達へのお礼はほぼ必須。五体投地して貯蓄をフルブッパしても足りないくらい、私の中では現在進行形で彼女達への感謝感激ありがたやゲージがギュンギュン高まり続けていた。

 

 ──あ、やべ。このままだと暴走モード入る。

 シェキナーの良さを言語化してたらありがたゲージが天井スレスレ……!

 

「────っ!」

 

 視界ぐるぐる。熱中症気味の時の倦怠感が、肩にのしっと来ている感覚。このままだと前のウェーブキャットさんの時のように気絶してしまう。それはまずい。ここでお出かけキャンセルなんていやだ。ちかちかし始めた視界を前に、私は気合いで立ち上がる。空気と血液が重力に逆らい、一瞬血管に負荷が掛かった。

 

 眩暈は起きた。意識が繋がる。

 興奮するな。落ち着け、私。

 

「う〜ん……じゃあそうだねー……」

 

 するとここで、悩ましげな顔を作ったウラちゃんがピン、とおもむろに人差し指を立てた。

 

「待ってる間にアビドス観光でもする?」

 

「するー!!」

 

『Waaa──── !!!!』

 

 私は一、二もなく返事を返す。

 なんてったって、初見の自地区の地元観光とかめっちゃワクワクするからね!行かない理由など無さすぎた。

 

 私の返事にOKサインを作った彼女は羽をパタリと動かして、スマホを操作し不敵に笑う。

 

「──フフフ、そう言ってくれると思いまして……」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「──やって来ました!アビドス商店街〜」

 

「わ〜!!」

 

『Waaaaa──── !!!!!!』

 

 ──という訳で、急遽予定を変更してアビドスの観光スポットに移動した私達。閑散とはしているが、それなりに人の歩いている市街地の一角に作られた商店街にはアクセサリーやお土産品の類いが数多く並べられており、時折織物やレジャーグッズ等の目を惹く物品達が店内に陳列されていた。

 

 あ、カブの漬物みたいなのある!

 ウラちゃん、あれ見たいあれ!

 

「おや、ここらでは見掛けない顔だねぇ。観光しに来たのかい?」

 

「はい!カブの漬物っぽい瓶詰めに惹かれて来ました!!」

 

「あらあらまぁまぁ、こんなおババの自家製漬物に興味を持ってくれるなんて。お嬢ちゃん、物好きだねぇ……」

 

「ふふふ……、自地区限定品は試すに限るとのモットーを掲げていますので……」

 

「ホホホ、そうだったのかい」

 

 そう言って、おっとりしている鳥のおばあちゃんが教えてくれたのは『トルシー』という漬物料理。人参やカブ、キュウリ等の野菜を漬け汁に漬けたピクルスの一種だそうで、アビドスの中でもメジャーな郷土料理の1つらしい。試食させてもらったカブのトルシーは塩味の中にしっかりとした酸っぱさとピリッとした香辛料の辛味があって、とても美味しかった。揚げパンに挟んで食べると美味しいらしいので、ウラちゃんの分を含めて2つ購入。

 

「奢るね!」

 

「おぉ……?」

 

 ではお会計、と思って私がカバンからお財布を取り出そうとしていると、既にウラちゃんがカード手にしてレジに向かっていた。あまりにスムーズに奢られてしまい、私のお財布は右往左往。

 

 さてはウラちゃん、結構奢り慣れてたりする……??

 

 思考がフリーズしておろおろしていた私を余所に、彼女が出来上がったトルシー挟み揚げパンを持ってこちらへやってきた。

 

「はい、ワタルちゃんのにんじんトルシー」

 

「あ、ありがと……」

 

 トルシーがこぼれないように渡されたパンを戸惑いながら受け取る。私の反応を見て、ウラちゃんは満足そうに微笑んだ。店のおばあちゃんはあらあらまぁまぁと言いながら、ぽわぽわ視線を向けてくる。

 

 ……なんだか双方向から送られる視線がくすぐったかったので、おばあちゃんに挨拶して足早に店を出た。ウラちゃんもその後ろを着いてきたようで、退店時のドアチャイムが鳴る。

 

「次はどこ行こっか?」

 

 隣に並んで首を傾げたウラちゃんが、楽しそうにそう言った。

 

 ……おかしいな。

 なんか、今日はやけに世界が優しい。

 

 感じた違和感に首を捻りながら、私は揚げパンを1口食べる。サクサクしてて普通に美味しい揚げパンだ。

 

「どうしたの?」

 

 ウラちゃんが聞いてくる。

 

「……んー、いや。なんだか今日はトラブルが起こりにくいなーって」

 

「えっ、そう?普通じゃない?」

 

「うん、多分これが普通だよねぇ……」

 

 モサッともう一口。ジュワッと美味しい。

 小さな1口で食べ進めながら空を見れば、お日様ギラギラ。肌が痛みを訴えるほどの暑さ。手で庇(ひさし)を作ってみるも、暑さは一向に和らがない。

 

 訂正。そこまで世界は優しくなかった。

 甘いどころか鬼畜である。

 もしも世界が優しいのなら今この瞬間、気を利かせたお空の雲が太陽に薄くカーテンを掛けてくれる……なんてラッキーが起こっててもおかしくない筈だ。

 

 私は口を尖らせて、止まず照り付ける日差しを見つめる。

 

 庇(ひさし)の外は、尚も暑い。

 

「──なんかねぇ、私。ここ最近ツイてないんだよねぇ……」

 

 彼女の言葉に言い淀んだ口が、一拍置いて動き出した。

 

「不運?」

 

「うん、そう」

 

 小さな1口でパンを食べ進めながら、私は彼女に少しだけ愚痴を吐き出す。

 

「巻き込まれ体質……って言えばいいのかな。お出かけしたり、お店に入った矢先に何がしかのトラブルに巻き込まれる事が多いんだ」

 

「あ〜、『名探偵ウサギ』みたいな感じ?」

 

「あれ程酷くは無いけどね」

 

 私は頷いて、パンを齧る。流石にあそこまで頻繁に事件に会う訳では無いけれど、ここ数年間は結構な頻度でトラブルに会っていた。

 不良然り、【変なの】然り。

 

「軽いやつならコケたりカラスにパンを掻っ攫われた先でカツアゲ現場に出会す程度で済むんだけど、そこに加えてまあまあの頻度で不良とか強盗とエンカする事が多くてねぇ……」

 

 ため息混じりに零した愚痴に、油の湿り気が乗せられる。

 

「全員ノシてから正実に引き渡すんだけど、運ぶのかなり面倒くさくてさぁ」

 

「あぁ……」

 

「お陰で取り調べの受け答え慣れしちゃって、事務員さんにも顔覚えられちゃった……」

 

「大変だぁ」

 

 ため息を着いてまたムシャリ。ウラちゃんから同情の視線が飛んでくる。これでもまだいい方ってのは納得いかないけど、本当にマシな方だ。

 酷いと昨日みたいに【変なの】関係の事案まで上乗せされるし、運が悪いとエネミー大量POPのど真ん中に投げ出された後、出口が見つかるまで帰れまテン!なんて目に遭ったこともある。ある意味ピンキリと言っても差し支えない。不運を先駆けとした事案の連鎖は、大小関係なく私に降り掛かってくるのだ。

 

 とは言え。

 

「ふふ……、入学してからもう既に現行犯確保数が二桁だよ。泣きたい」

 

 それはそれとして、デイリー感覚でポップする不良共(アイツら)は何なのだろうか。

 いい加減見飽きたぞアイツらの顔。

 ノシてもノシても湧いてくるから定期的に夜襲仕掛けるけど全然普通に復活してくるし、正直相手したくない。脅し文句はワンパターンだし、命乞いにも品性がないし。情けを掛けたら不意打ちを仕掛けてくる薄情者共、なんでこんな頻繁にエンカウントするのだ。しかも最近出没するスケバン's、どこか気合いが足りてないし。みんなスリッパ一発で沈むから、張合いがいが無さすぎる。

 

 アイツら、本気で世間に対してツッパってんだろうか?

 体感、最近会ったグループだいたいファッションチンピラしてたんだけど??

 いっその事、アイツらまとめてアケミさんの前に引っ張り出してやろうかな???

 

 そんな事を考えていたら、言葉を濁したウラちゃんの表情が目に入った。湿り気を帯びた憐憫の視線が私の顔に影を作る。

 

「……なんか、ドンマイって感じだね?」

 

「そ、本当にね」

 

 私は素っ気なく返事を返した。

 まあ不良だしなぁ、で片付くキヴォトスにしては珍しい反応だったけど、特に気にする理由はない。

 

 とりあえず、今はコレを食べたかった。

 私はパンをホールドして、口を大きく開いて閉じる。

 

 大きめにパンを齧れば酸味と塩味が口内に溢れ出し、ようやくにんじんトルシーがお目見えした。待ってましたとばかりに揚げパンの風味が漬け汁に絡み、にんじんの歯応え抜群な食感とほのかな甘みが口の中で混ざり合う。

 

 ポリポリしててトルシーが美味しい。

 揚げパンのモソモソ感はトルシーの漬け汁が中和してくれた。

 

 私は無言でパンを食べ進める。

 邪魔は一切入らない。

 

 ……そして、何事もなく食べ切ってしまった。

 

 おかしいな。

 本当に一切邪魔が入らない。

 ここ最近の私であれば、鳥か野良猫、野良犬にパンを奪われるか歩いてきた不良にぶつかられてイチャモン付けられるかだったのに……。

 

 なんだか拍子抜けしてしまって、私は辺りを見回した。背中に腕を組んだウラちゃんは、私を笑顔で見つめてる。周囲を歩く人は相変わらず少ないし、商店の活気もそのままだった。

 

 意外だ。私は目を瞬かせて商店街を眺めた。

 怒号も無くて、小競り合いも無くて、ただ本当に静かな時間が流れている。市場に満ちる活気はあれど、そこに悪意の混じったトゲは無く、ただ平和。立ち止まって道行く人々の顔を見れば、険しい表情もあまり無い。

 

 肩の力を抜いた。

 

 ……今日くらいは、張り続けた気を緩めていてもいいかもしれない。

 

「こういう感じの普通の幸せ、長続きしたら良いのになぁ……」

 

 思わず口から零れた言葉に、私は苦笑する。

 平時の私、どんだけツイてないんだか。と。

 苦笑しながらパンを食べようと包装を握って──そこにもうない事に気付いた。

 

 紙で包まれたジャンクな幸せは有限で、食べたらそこでお終い。既に無くなったパンの殻を見て、なんだか損してる気分に駆られる。こんな気持ち、私はまだまだ楽しみたいし、いっそ二個目でも買いに行こうか。

 

 ──そう考えて、後ろを振り向き。

 

 

(──だから、もうそろそろ機嫌直して欲しいかなって……ダメ?)

 

 

 ズモモ……と内側に湧き出たドス黒い気配達へ謝った。

 

 口内に残った後味が悪くなる。

 脳内に、『遺憾』『憤慨』『怨嗟』『【自主規制】』の文字達が怒りのオーラを纏って浮かび上がっていた。

 

 ヤバい、忘れてた。クーデターされる。

 四者四様のお気持ち表明を食らった私は慌ててオペ子達にチャンネルを繋ぐ。

 

 回線先は既に地獄だった。

 

 ──おいふざけんなこんなろー!!

 

 ──美味しいご飯はみんなの物だろうがー!!

 

 ──独り占めは許されませんよ!!?!

 

 ──ファッキン独占!!許すなおーぼー!!!

 

 許して!許して!!!!

 マジで繋ぐの忘れててゴメン!!!

 ご飯食べる時は一緒って協定ド忘れしてた!!

 

 繋いだ回線から濁流のように押し寄せる罵詈雑言。脳内に送り付けられるゴミみたいな情報群。昔結んだコイツらとの約束を破った罰として送られ続けるそれ等を全力で処理しながら、私は平謝りで謝り倒す。

 

 コイツら、元々私なのだ。以前にも話した通り、このオペレーター達は私の人格からいい感じに切り分けて作り出されている独立思考。私と同じような思考回路を持っていて、戦闘を補助したりしてくれる良い奴ら……なのだが。

 

 ──条約はどうしたー!!

 

 ──協定を守れー!!

 

 ──美味しい物はみんなの物ー!!

 

 ──EAT or DIE ! EAT or DIE !!

 

 ご覧の通り、凄く食い意地が張っている。

 多分、本体の私よりも食い意地が張っている。

 現実側に意識が浮上しないせいで、コイツらは基本的に『食事』という行為に飢えているのだ。

 可哀想な奴らである。

 

 ──【中指】

 

 ──【スラング】

 

 ──【自主規制】!!!

 

 なので、私がご飯を一食でも抜くとこうしてDoS攻撃かってくらい文句を言ってくるのだ。メンドクセー奴らめ。

 

 そのため、非常に健啖家で健康的なわんぱく精神達と私の間では『毎食五感共有』の協定が義務付けられていたりする。騒がしい食卓、一家団欒って感じでね。

 

 ──そうだー!!

 

 ──こんなろー!!!

 

 ──ご飯よこせー!!

 

 ちなみに破るとこういう感じで脳内が荒れます。自分同士での仲違いです。草生えますね。

 

 ──は?

 

 ──すっぽ抜かしといてその言い草??許されざるが???

 

 ──処す?処します??

 

 ──処す。開戦!!!!

 

 あっ、やべ。偽装信号が雨あられ。

 身体が勝手に動き始めた。煽り過ぎたか。

 一時的に思考へダイブ、急いで防壁を構築する。これに負けたらコイツらのどれかに身体乗っ取られちゃうからね。負けてたまるか。

 

 ウォール展開。ついでにえい。

 

 ──おい!!!!そう言いながら飯テロ画像送り付けるな!!!!!

 

 ──ふざけんじゃねぇ!!〇すぞ!!!!

 

 ──あああああ!!!?

 

 おお、見よ。阿鼻叫喚の脳内ログを。

 私が居なきゃ食事も取れない弱者達が喚いておるわ。

 

 私はギクシャクと勝手に動く手足を意志の力で抑え込みつつ、オペ達に向かって全力攻勢を仕掛ける。今乗っ取られるなんてゴメンだからね。こんな事でウラちゃんとのお出かけを邪魔されてたまるかっての。

 

 ほらっ、オマケのゴールデンマグロの特上盛り画像だよ。疾く散れ雑魚共ッッ!!

 

 

 ──ピトッ。

 

 

『『『『「わひゃあっ!!?」』』』』

 

 いきなり思考がバウンドして飛び上がった。

 突然首筋へ押し付けられた冷たさにオペ達全員も飛び上がる。付着した水玉がヒヤリとした温度を残し、肌の上を転がり落ちた。

 

 回線断絶。私の勝ちだ。

 

「元気出しなよワタルちゃん、この『ラッシー』でも飲んでさ?」

 

「……何それ?」

 

 脳内の敗北者共を一通り煽り散らかして思考を戻し、隣……否、後ろを向けば、ウラちゃんが大きな紙カップを持って立っていた。聞き慣れない単語に首を傾げれば、彼女は冷えて結露したカップを手渡してきて隣に並ぶ。あっ、ちべた──

 

「さっきあそこの露店で買ってきたんだけど、飲むヨーグルトみたいな飲み物なんだってさ。私達がトルシーパン買って食べてたから声掛けてきたんだって!!」

 

 はひ、はひ、と霜焼けしそうな手でカップをどうにかしようと悪戦苦闘していたら、ほら、と言った彼女が視線を遠くに投げた。彼女が見た方に顔を向けると、バンダナを巻いたトカゲのおじさんが気さくに手を挙げてニカッと笑っている。

 

 とりあえず会釈を返した。

 おじさんはひらひら手を振って仕事に戻る。

 な、ナイスガイ……!

 

「美味しいのかな」

 

「もちろん!トルシーパンと合わせるともっと美味しかったよ〜?」

 

「うわー、勿体ないことしちゃったぁ……」

 

 前を向いてちょっと後悔。

 どうやらトルシーパン、ラッシーと合わせて食べるのが通だったらしい。

 だけどもう食べ切っちゃった。

 また買いに走るか?

 

 そう思考を逡巡させ、もう一度私が後ろを振り向こうとすれば、遮るように肩が叩かれる。

 

 指がむに、とほっぺに当たった。

 

 何さ。

 

「良かったら私の1口食べる?」

 

 神の提案?

 

「え、いいの?」

 

「うん!ワタルちゃん、美味しそうに食べてたからもうちょっと食べるかなって、さっき分けておいたのがあるの」

 

 マジか。良いのか。助かりすぎる。

 私は平身低頭で、ウラちゃんを崇め奉る。

 

「ありがたや、ありがたや……!」

 

「良きにはからえ〜」

 

 するとなんという事でしょう。またもゲヘナの制服に頭をぺこぺこさせているトリニティ生の構図が出来上がってしまうではありませんか。もし学校の先輩にこれを見られれば、極刑、有罪、牢屋行きの10割コンボ喰らう事は必須。隠蔽しなきゃね今日の事。

 

 大変だぁ、なんて呑気に考えながら、私は再びオペ達に回線を繋いで喋った。

 

 ウラちゃんが1口くれるってさ。

 

 するとドタバタガッシャンと音が鳴り、オペ子達が脳内で喚く。

 

 ──ありがたや、ありがたやー……!!

 

 ──おぉ……我らがウラちゃん女神様……。

 

 ──いつ、いつ食べれるんですか!?

 

 ──早くパンを恵んでちょうだい!!!

 

 気が早い。

 

 ピシャリと一喝、静まる気配。

 全員正座待機している。

 これでようやく静かになった。

 

 私はウラちゃんに向き直る。

 

 はい、と丸ごとパン1つを渡された。

 

 

 ……えっ、さっき分けたのってどこら辺?

 

 

 私が受け取ったパンを見て困惑の表情を浮かべていると、ウラちゃんの口元がチェシャ猫のように釣り上がる。

 

「お好きにどうぞ〜♪」

 

 わぁ、いい笑顔。

 私がどんな風に食べるか興味津々って顔だぁ。

 

 またしても嵌められた事に気付いた私は、遠い目をしながら空を見る。

 晴天。お日様ピッカピカ。

 早く食べろとオペ達に催促された。

 呑気だねこの食いしん坊共、次身体乗っ取った時は迷わずウラちゃんのイタズラの餌食にしてやるからな。

 

 私は観念してパンに向き合う。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」

 

 

 かぶりついた。

 口の中に溢れ出す風味。ポリっとした食感の後に歯の間をトルシーが滑るキシっとした感覚。ふわりと湧き出た辛味は塩味に混ざって酸味に溶けるが、パンの甘味が程よくそれ等の間を取り持っている。バランスの良い味とはこの事か。

 

 私は感嘆した。

 脳内に幸せが溢れている。

 オペ達4人は果てていた。

 おい待て逝くな、帰ってこい。

 意識の尾っぽを力技で捕まえる。

 

 ──はっ……。多幸感……!!

 

 ──これが、オリエンタル……!?

 

 ──幸せ……幸せ……。

 

 ──もう今日はこれでいいや……。

 

 コイツらチョッロ……。

 

 思わず呟きそうになった独り言を寸止めして、私もピリ辛な後味を楽しんだ。

 

 しかし、これで終わりではない。

 続けてウラちゃんへパンを返還しながら、私はおもむろに喉にラッシーを流し込む。

 

 おら起きろ。

 

 ──わぁぁぁぁ!!

 

 ──ヨーグルトとライムの奔流ぅ?!?!

 

 ──良いんですか!?こんなの……っ?!

 

 ──は、犯罪的だっ……美味すぎるッ!!

 

 舌の上を吹き抜ける颶風。

 形容すべきはヨーグルトの酸味と甘味。

 乳製品特有の滑らかな口触りに加えて香るは、ライムとミントの爽やかさ。キン、と冷たさで痛む頭は外気と日差しのお陰でむしろ気にならず、ラッシーを楽しむスパイスと化した。油を洗い流す清涼感が喉奥を滑り落ちていき、みるみる内に身体へ冷気が充填されていく。

 

 ……すごく美味しかった。

 

「あ、そうだワタルちゃん。私のトルシー唐辛子だったけど辛いのって大丈夫?」

 

「ん、むしろ平気。たまに平気じゃない時もあるけどこの辛さなら食べられる」

 

「そうなの?なら良かった!」

 

 ウラちゃんがにっこり笑う。

 どこか嬉しそうだった。

 そしてそのまま揚げパンをぱくり。

 

「ん!確かに美味しい!」

 

 あの、それ間接キ──

 

「……んん??」

 

 スでは?と言おうとしたら、ウラちゃんの視線が一点に留まる。さらに、こっそり私の後ろへ身体をスライド。くいくいと服の袖を引っ張って、私をそこら辺の路地に連れ込んだ。

 

 え、何?会いたくない相手でも見っけた?

 

 目を瞬かせて問いかけようとすると、彼女は私の唇に人差し指を当ててくる。

 

 

「──便利屋の子達、見つけちゃった♪」

 

 

 ウィンクして開いた瞳の下は爛々と輝いていた。

 

 肌を撫でるうにょうにょ感。

 うなぎレベルでぬるぬるしてる。

 

 ……私はこれから彼女のイタズラ被害に会うであろう方々に、両手を合わせて同情した。

 





 嵐の前の次回へ続く。
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