少女尾行中……
太陽が真上に差し掛かる少し手前の時間帯。
お昼ご飯を食べる店を探そうとし始める人が多くなり、道路の混み具合がやや増え始める正午前。アビドス商店街から大通りへと繋がる道の途中で、紅みがかった長髪を風に靡かせた麗人が仲間と一緒に歩いていた。
「──うぅ〜、どうしましょう……」
何故か、どんよりと曇ったオーラを身に纏いながら。
「くふふ。意外と強かったからねー、メガネちゃん達?」
「そうね、ムツキ室長……。次の作戦、依頼人からの信用を取り戻す為にも失敗は許されないわ」
「す、すみませんアル様……。私があの時もっと、前線に出て押さえ込めていれば、今頃アル様のお手を煩わせる事も無かった筈なのに……!」
「大丈夫よハルカ。貴女の頑張りは私達にも伝わっているもの!次、彼女達と相見える時にどうするか考えましょう」
「は、はい!!」
「…………わぁ!」
「うわ、いい笑顔」
……そして、そんな彼女達の背後。電信柱1つ分の距離を離しながら、私とウラちゃんはこっそり尾けている。現在、彼女達のやり取りを盗み聞いたウラちゃんは私の頭上で、お花の咲き誇ったかのようないい笑顔を浮かべていた。
「……ねぇウラちゃん、あの人達と顔見知りだったらなんで堂々と話しかけに行かないの?」
これ尾行する必要ありました?
そんな言葉をオブラートに包んで、私は一言彼女へ尋ねる。
彼女の答えは早かった。
「だって、それだと生アルちゃん達のギャップ萌え堪能出来ないじゃん!」
──??
「あの子達はねぇ、自然体で居る時が一番良い出汁採れるんだから。それを邪魔するなんて言語道断なんだよね!」
「ごめん、何言ってるか分かんないから一旦人類共通語で喋ってくんない???」
いったい何を仰られているので?
彼女の突飛な発言に、私の頭は混乱する。
言ってる事が1ミリ単位で理解できない。
どの自治区の方言よ。ゲヘナスラングか何か?
そうこうしている間に歩き続ける彼女達と距離が離れたため、ウラちゃんが次の隠れ場所に素早く移動した。
しゃがんだ彼女が私に手招きする。
「……しゃーない」
先の発言への言及を諦めた私は彼女の歩法を真似し、ウラちゃんの後方へ移動した。上手い具合に遮蔽へ身を隠し、背中のバッグを倒してしゃがむと、ほわっと円状の熱気が顔に吹き付ける。──OKサイン、合格との事。
「お見事」
「どーも」
軽く手を挙げて返事を返し、私はウラちゃんの頭の下に顔を出した。再び覗いた大通り方面では、こちらの尾行に気付く素振りもない少女達が会話を続けている。
「……でも社長、依頼主から受け取った前金はほぼ使い切ってるよ。いくら大金を拾ったからと言って、そう何度も作戦に使える訳じゃない」
「ええ。それは私も理解しているわ、カヨコ課長。だからこそ、次に打つ手は彼女達にとって効果的なものじゃないといけないの」
「だからアルちゃん、今日はあんなに気合い入ってたんだ?……結果は振るわなかったみたいだけど」
「ちょっとムツキ室長、やめなさいよ気にしてるんだから!あと、業務中なんだから私の事は社長って呼びなさい!」
「あはは、は〜い!」
「ふ〜ん、便利屋さん達って傭兵家業もしてるんだ?」
仲が良さそうに喋り続ける彼女達を見て、私はポツリと呟いた。
「うん、そうだよ。というか、あの子達はそっちがメインだね」
「そうなの?」
意外に思った私はウラちゃんに聞き返す。
どうやら、看板通りの何でも屋さんって訳では無いらしい。大通り方面を広く見るようにしていた目をを頭上に向ければ、彼女の頷きが目に入った。
「そう。アルちゃんが作った『便利屋68』っていうのは、あの子達がゲヘナから離れて立ち上げた傭兵企業でね?『お金を払えば何でもする』っていうモットーを掲げてお仕事してるんだよ」
「あぁ、だから『便利屋』」
「そゆこと」
そう言って、自慢げな笑みを浮かべたウラちゃんは『便利屋』さん達の観察に戻る。私も彼女達の方へと目を向け直し──
「やべっ」
──偶然、1人と目が合った。
彼女の紅い眼が『私』という姿を認識する前に頭を引っ込める。やらかした、パーカーを着たポニーテールの子と目が合ってしまった。私は物陰の裏で頭を抱える。これでは尾行がバレてしまうかもしれない。いや、多分パーカーの子にはバレたか……??
「あれ、カヨコちゃんどうしたの?」
「……尾けられてるかもしれない」
「ふぅん?」
情報共有されたらたまったもんじゃないと顔を歪ませていれば案の定、尾行する私達の存在に気付いたらしき会話が便利屋さん達の間で交わされていた。
非常に不味い。
このまま便利屋さん達と鉢合わせでもしたら先方の警戒感MAXの状態で顔合わせする羽目になる。そうしたら、せっかくお礼を言える場をセッティングしようとしてくれていたウラちゃんに迷惑が掛かってしまう。
そして私は口下手だ。
ついでにメンタルくそ雑魚でもある。
何か言い訳を1つでも言おうものなら、ツッコミに対して墓穴を掘りまくり、芋づる式に嘘がバレるであろうこと請け合いだった。
「どうしよう……」
物陰に背中を預けて頭を悩ませる。でも、こんな状況を打開できそうな妙案なんて頭の中にある訳も無い。こういう時に限って役に立つはずの脳内オペレーター達は先のトルシーパン+ラッシーのコンボのせいで全員果ててるし、ネットに載っていそうな都合のいい誤魔化し方辞書の検索なんて間に合いそうにもなかった。頭上の尾行主導者は焦るどころかうにょうにょ視線を宙に滑らせるばかりで、この状況を打開する気は無いらしい。
つまり詰みか。紛れもなく。
私は胸中で諦めの言葉を呟いた。
観念した私は体育座りのままその場でため息を吐く。
しかしその時、突如としてウラちゃんが物陰からゆっくり顔を出し始めた。
「……うん?あれって──」
「うわ……」
にゅーーっ……。
やけにのっそりとした速度で通りに顔を覗かせたウラちゃん。パーカーの子の引いた声。ついでに遅れてやってきた彼女の左手が、チョキチョキピースサインを作っている。
不審者だ。
目の前で不審者が爆誕してしまった。
「あ、ウララ先輩じゃん」
「何やってんのあの子……」
パーカーの子の呆れ声が耳に届く。どう聞いても偶然街中で変質者と出会した時の声色だ。
私も彼女からちょっと距離を置く。言動があまりにも不審者過ぎて、私もこの子の関係者だと勘違いされたく無かった。
だって考えても見てよ。
道路歩いてて後ろ振り返ったらこれがチョキチョキしてるんだよ?怖くない?私は怖い。どう見ても新手の【怪異】にしか見えないもん。私は間違いなくダッシュで逃げる。訳が分からなさすぎて本当に怖い。これ【変なの】じゃないってマジ?流石にヒトコワ過ぎるでしょ……!?
そして彼女の奇行を見た先方の反応も私と同じようなもので、珍獣の変な生態を生で目撃したかのようなひそひそ声が耳に届いた。
「どうする、あれ?」
「……面白そうだから、放置で!」
「……はあ」
パーカーの子からため息が漏れる。
私の口からも大きく漏れた。
これがシンクロニシティってやつか。
私は悟る。
ついでに目も死んだ。
コラテラルダメージってやつだ。頭が痛い。
「あら、どうしたのカヨコ課長?ため息なんて着いて」
「いや、なんでもない。早く行こう」
そう言って、パーカーの子は前を向いて歩き始める。
「誤魔化せたよ」
「でしょうね」
うにょっとした視線が降り注ぐ中、私は彼女にツッコみを入れた。ミスをリカバーしてくれるのはありがたかったけど、正直感謝を上回る行動を起こされるとどう反応していいか分からない。ウマが合ったからと言って、突飛な言動に対してのフォローにも限度ってあると思うんだ。
ウラちゃんもそう思わない?
頭上を見上げて彼女を見つめる。
いつの間にか私の上には彼女の羽で
……気は効くんだけどなぁ。
「──まあ、うん。ありがと」
「……どういたしまして?」
コケティッシュに首を傾げたウラちゃんの頭に、目を泳がせたヘイローが浮かぶ。分かりやすすぎるヘイローの動きに、私は見ないフリで対応した。彼女の表情だけはいつもと変わらず、ただ不思議そうに首を傾げている状態。
これはどっちが"本当"なのか。
気になったけど、多分プライバシーなのでやめておく。これでもまだ、この子と出会って2週間目なので。そういう事を聞くためには、まだまだ時間が足りてない。
いつか聞けたら良いかなと思いながら、私は思考を中断した。ウラちゃんが今、私の肩をツンツンし始めているからだ。
私の意識が彼女へと向く。
「ワタルちゃん、お腹大丈夫?アルちゃん達、早めのお昼ご飯にするらしくてあそこのお店入って行ったんだけど」
そう言って、ウラちゃんが指を指した先を見ると木造りの看板に『柴関』と書かれたお店があった。
格子作りの木の引き戸の向こうからはカチャカチャとした金属音やスープがグツグツ煮える音が鳴り響き、店内で話す便利屋さん達の声もそれらに混じってうっすら聞こえる。風に乗って香ってくるは、醤油ベースのスープの香り。
私はウラちゃんに頷いた。
お昼ご飯なら是非も無し。
ついでに彼女達へご挨拶と行こう。
……そう思っていた時期が私にもあった。
それもこれも私のせいだ。そう思わないとやってられない。
厳密には私のせいじゃないけれど、この場に漂う気まずさを発生させたのは紛うことなき私の行いのせいだった。
私は内心で頭を抱えつつ、出来るだけ平静に彼女達へと向き合う。
「え、えっと……ごめんなさいね。ウララ先輩と……ワタルさん?」
「いえ、大丈夫です。私が変に気付いてしまっただけなので……」
「すみませんすみませんすみません……!!」
頭を下げる社長さん。
謝り続ける社員の人。
気まずそうにするパーカーの人と、面白そうに状況を眺める女子2人。
──そして、サングラスを掛けた私1名。
現在6人、テーブルにて相席中。
どうしてこうなってしまったのか。
それは私がこのお店に入る直後まで遡る。
◇
「……ん?」
きっかけと言えばウラちゃんがすぐに店に入らずに、にこにこ笑顔で立ち聞きをし始めたせいだった。
店内から漏れ聞こえる話し声を聞いてころころ表情を変える彼女に呆れつつ、手持ち無沙汰なあの時の私はスマホを使ってお店のレビューを見ていたんだったか。
そんな時、ふと意識が建物の隙間に向いて、私が白い物体を見つけてしまったのが事の始まり。
「……なんじゃこりゃ?」
たまたま目に付いてしまった大きな箱型ゴミ箱の裏側から、何やら燻るような紫紺の残滓が見える。気になって覗いてみれば、そこには何故か貼り付けられた固形粘土が。
私の身体は固まった。
「……???」
人は衝撃的な出来事に直面した時、思考が上手く纏まらなくなると聞く。情報やストレスの処理が追いついてしまい、論理的思考を担う前頭前野が働きにくくなっているかららしい。その時の私もそうだった。目の前で赤く輝いている起爆装置のライトを見ながら、呑気に『おー、爆弾かぁ……』なんて考えていたのだから。
結果としては、この呑気さが良い方向に繋がったとも言える。
「ウラちゃーん」
私は無意識に彼女の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
割と自然な声だったと思う。いつもと変わらない声だったかもしれない。間延びした私の声に気付いて路地裏に出した彼女の顔はいつも通りの表情で、丸い瞳が私を見つめていた。
私は指を指す。
「爆弾」
「え」
「これなんだろ。C4かなぁ」
そう言って首を傾げたら、空気がピシッと固まった。
「ちょっと待っててね!!」
しゃがんで爆弾をじーっと見つめ始めた私を置いて、ウラちゃんの顔が横に引っ込む。同時に、店内から聞こえる声が騒がしくなった。ウラちゃんがまた何かやってるのだろうか。ゴミ箱に貼り付いた爆弾のテープを剥がそうとしながら私は考える。
かりかり、かりかり。
中々剥がれない。
こつこつとテープとプラスチックの隙間に爪を立てて引っ掻く。
ようやくテープの角が剥がれた。
──さて剥がすか、と指に力を入れた所でようやく思考が身体に追いつく。
ベリベリベリッ!!っと爆弾は、ゴミ箱から簡単に引き剥がされてしまった。
瞬き一つ。私ははた、と我に返った。
まだ粘着力が残るテープの途中にぶら下がった整形途中の白粘土を、ゆっくり目の前に持ってくる。
それは起爆装置の付いた白粘土の塊。
セルロースの合成的な甘い匂いが鼻につく、キヴォトスお馴染み、破壊工作の頼れるお共。
──見紛うことなき『C4爆弾』であった。
「わ、ぁ……ぁ……!?」
悲鳴が口から漏れて出る。
遅れてやってきた理性の叫び声。
脳内でバタバタとオペ達が騒ぎ、私は震えを誤魔化すためにあっちこっちに辺りを見回す。
そして発見。ゴミ箱から上部1m付近の誘爆位置にさらなるC4。
オマケで見つけた追い討ちC4、視界の先の建物のダクトやパイプに粘着爆弾が追加でびっしり。
「あわ、あわわわわ……」
建物に張り付くえげつない数のC4爆弾を見つけてしまい、私達はへたり込んだ。夥しく、効率的に建造物を破壊するよう設置された待機中のそれらは全て、今も主の命によって爆風を作り出す瞬間を今か今かと待っている。
私は絶望した。
終わりだ。逃げ場は無い。
遮蔽物があったとしても、これらが一勢起爆した際の爆圧を遮蔽で防ぎ切れるとは思わなかった。
「ひ、ひぇぇぇ……!?」
情けない悲鳴を発しながら、四つん這いになって路地から抜け出す。この際、恥とか外聞とかはどうでも良かった。ただ恐ろしき質量の崩落に巻き込まれぬよう一刻も早くこの場所から離れようとして、しゃかしゃか手足を動かしながら私は表通りの歩道に飛び出す。
ガララッ!
……真横で扉の開く音がした。
恐る恐る目を向けると、焦った様子の彼女と目が合った。
船形帽子に紫のミディアムヘア。丸く見開かれた目に引き攣り開いた彼女の口元。手にしたショットガンに陽光が反射して、銃口の金属が鈍く光る。
「……あっ」
彼女の喉奥から声が漏れる。
最初は私を見ていた紫の視線はある一点を見つめて固まり、彼女の指先は手にしたショットガンのフォアエンドに手を掛けた。
目線の先にはC4爆弾。
さっき剥がしたてほやほやの。
ガチャっと構えられるショットガン。
あっ詰んだ、と察する精神。
「うわぁぁぁぁぁっ!!?」
「わぁーーーーーッ?!?!?!」
2人同時に悲鳴を上げた。
即座に引かれる銃のトリガー、四つん這いから宙転後ろ返りを強制されて路地に逆戻りする私の体躯。
「死んでください死んでください死んでくださいぃぃっっ!!」
直角急ターンで路地に銃口を向けた彼女が無慈悲に殺意を申告した。
「イィィィヤァァァァ!!!?ナムアミダブツーッ!??」
迫真、私の命乞い。
向けられた銃口にホールドアップを決めながら、ゴミ箱の側面にC4をべちっと貼り付ける。
直後に複数の足音が。
「──ちょ、ちょっとハルカ!ストップ、ストップ!!」
「あー、あー!ワタルちゃん、ゴミ箱から離れて離れてー?!」
割って入る彼女達。
乱入してきた社長さんとウラちゃんによって逼迫した状況は辛うじて覆り、私は一命を取り留める。その後、パニック状態の私とその子を宥めつつ、私達は店に入店する事になったのだった。
────そして今に至る。
「気付かなきゃ良かった……!!」
「いや、ワタルちゃんが気付いてなかったらあわやお店が大惨事だったからね?」
「そ、そうよ!ウララ先輩がいち早く警告してくれたお陰で、大事に至る前に私達が事を起こすこと無く踏みとどまれたんだから!」
後悔を吐露する私に優しい言葉を掛けるウラちゃんと社長さん。向かい側には、叱られた子供のように震えた紫紺の少女。その様子を眺めて静観している、便利屋メンバーのパーカーの子とサイドテールの子。正直、気まずすぎてこちらが申し訳なく思ってしまう。楽しい昼食時を邪魔してごめんなさい。
飲んでいたお冷に再び口をつけた。口内に走る痛みもだいぶ薄れ始めている。パニック思考も収まりかけて来たので、私は紫紺の少女──ハルカさんに向き直った。
深呼吸。
「──この度は勝手に爆弾を剥がしてしまい、申し訳ございませんでしたァ!!」
「……!?!!?」
「「?????」」
ビックリして呆気に取られるハルカさん。何が何だかと慌てふためく彼女に私は思いっきり頭を下げる。
「本来であれば、ウラちゃんが動いてくれた時点で私は危険物に触らず、その場を離れて避難するのがセオリーなはずですが、自分が勝手に剥がしたせいでハルカさんの勘違いを誘発させ、事態の悪化を招きかねなかった事!──ほんっとうに、ごめんなさいっ!!」
「え、えぇっ……!?」
私の謝罪を聞いて目を白黒させたハルカさん、アタフタとしながら戸惑う動きを衣擦れ越しの音に見せた。私が気にせず頭を下げ続けていると、隣から肩をつつかれる。
ウラちゃんだ。
「ワタルちゃん、それは気にし過ぎじゃない?いくらワタルちゃんがC4を勝手に剥がしたからって、アルちゃん達はそこまで怒らないと思うよ?」
「そ、そうよ!私達、そこまで心が狭い訳じゃないわよ!?今回迷惑をかけてしまったのはこちら側だし、むしろ謝罪しなければならないのは私達の方で……」
彼女達の疑問を聞いて、私は一旦頭を上げる。
ウラちゃんや社長さんの言い分ももっともだ。
しかし、ここには私の……否、『私達の』譲れない信念が存在している。
「そこは分かっています。だけど寧ろ、私にとってはそこからなんです……!」
「そこから??」
私が拳を握りしめると同時に、サイドテールの子が首を傾げた。
私は頷く。
「はい……。まず前提として、今回のお店爆破未遂が起きているという事情があるじゃないですか。そこでハルカさんのやらかしポイントって、一区切りついている訳ですよ」
「ふんふん?」
「そしてハルカさんは自責の念に駆られて、すぐに爆弾を回収しに回ろうとしたっていうのがお店を出るまでの話です」
「そうだねぇ……」
私が説明をする中で、相槌を打ってくれるサイドテールの子とウラちゃん。社長さんやハルカさんは時折頷きながら聞いてくれていた。唯一、ポニーテールの子は私に面倒くさそうな目を向けてはいるけれど、話を遮らずにいてくれるだけありがたいと思っておこう。
では本題。
「そこで、ですよ。路地から剥がしたC4を持って這い出てきた私と、焦って店を飛び出てきたハルカさん。いきなり鉢会わせしたらお互いビックリして混乱するじゃないですか!しかも、片方はハルカさんが元あった場所から勝手にC4爆弾を持ってきた奴ですよ!?混乱してるハルカさんが思わずショットガンを向けたって仕方ないでしょうに!!」
「そうかな……??」
「そうかしら……」
私の力説を聞いて顔を見合わせる年長者2人。
サイドテールの子は不思議なものを見るような目で私の事を見た。
しかしながら、ハルカさんだけは私の弁に驚いたように目を見開いている。
私は頷いた。
聞いた話では社長さんの役に立とうとして、彼女がお店へ自発的に爆弾を仕掛けてしまったとの事。善意が空回ってしまったらしい。であれば本来、彼女の責というのはそこで終わっているはず。私が余計な事をしなければ、彼女が余計に怒られる事も、自分を責めることも無かったのだ。
即ち、銃を向けられた事については私が悪くて私が原因。私はそう脳内で結論付ける。
「はい。という訳で一つ目の私のやらかしポイントはここです。『人の物は勝手に触っちゃ行けません』って奴ですね」
私は一旦ここで話を区切った。
しかしここでウラちゃん、私の言い方に引っかかりを覚えたようで羽を揺らしてこちらを見る。
「えっ、もしかしてまだある?」
「あるけど」
もちろん、と私は頷いた。
というか、次が本命だし。
私は姿勢を整えて、両手を揃えて膝につける。
「次に私のやらかしポイント2つ目。『よりにもよってお昼時に事態をややこしくしてしまった事』」
「えっ、そこ??」
「なんで……??」
「それは本当に気にし過ぎでは無いでしょうか……」
便利屋さん達が騒めいた。
予想通りの反応なのでスルーする。
というか、一旦スルーして貰わないと私の気持ちに整理が付かない……!!
拳を胸の前で握りしめ、私は勝手に話を進めた。
「私、最近ある一件に遭遇してからどうしても心に決めている事があって……。それを守れないとなんだか無性に心がザワつくんです……!」
ウラちゃんからふよんとした空気が浮き出る。
疑問符。
私は唇を強く噛み締めた。
「えっと……それってなーに?」
「『食事時の安寧と平穏』……!!!」
「あっ……」
ギリギリと音が鳴るまで歯を食いしばりながら発した私の一言に静まり返った店内。大将さんがお玉で寸胴鍋からスープを注いだ音がやけに響いて聞こえ、事情を察したウラちゃんの口から間延びした声が漏れる。
「あー、そっかー。アレかー……」
ウラちゃんは気が付いたようだ。
私が何に対して一番罪悪感やら何やらで苦悶している原因に。
彼女に対して以前話したその一件、『生姜焼き定食爆破事件』についての事を一切知らない社長さんが、便利屋を代表して手を挙げる。
「えっ……と、ウララ先輩?話が見えてこないんだけど、彼女が言ってる事ってどういう……?」
困惑気味に社長さんが尋ねた質問に、ウラちゃんは困り顔で返答した。
「ワタルちゃん、2週間くらい前にお気に入りの定食屋さんを爆破されたんだって。『美食研究会』に」
「あ、あぁ……」
嫌な納得感を得てしまった時の引き攣った声。気まずい微妙な空気が便利屋さん達の間に再び発生し始めた。やらかしポイント+1加算ですねこれ。マジですいません。
だけど、ここまで吐き出したら開いた口が止まらない。口から漏れ出る呼気が怨嗟に変わり、喋りだした愚痴がとめどなく溢れ出る。
コップを握りしめた手のひらの皺に、結露した水が伝り落ちた。
「……あそこ、味はあんまり美味しく無いんですけどいつも変わらない味を提供し続けてくれてたんですよ。それもワンコインで、お値段を変えずに。私が金欠な時、なんとなく外食したいな──って思った時に気兼ねなく行けるお店だったんですよ。そこ。それを一瞬で爆破されて、起きたらちょうど運ばれて来ていた生姜焼き定食が目の前でダメになってて……。そして挙句の果てにアイツら、文句を好き勝手に言った後に料金すら払わず食い逃げですよ食い逃げ。元々ボロいお店だったから再建の目処が経たなくって店仕舞いしちゃうし、やり切れなくてもう1回あの場所に行ってみたらお店跡には撤去されてない瓦礫しか残ってなかったし……。そんなアイツらとほぼ同じ様な事を相手側に味わせたって考えたら、考えただけで悔しさと怒りと後悔がないまぜになって頭がぐちゃぐちゃになりそうなんです……!!」
ノンブレスで言い切ってしまった。
引かれた視線を感じる。泣きたくなった。
お冷のグラスを掴み直して一気に煽る。
「チクショー!!ゲヘナのバカヤローッ!!!」
コップをテーブルへ静かに置くと同時に悔しさで叫んで、私はガックリ項垂れた。どんより雲のような靄が辺りを滞留し始めている。私がまた気まずくさせたのだ。お店にも迷惑を掛けている。後悔の念が渦巻いて、心の中に雨を降らせた。
「なので……はい……、マジでご迷惑お掛けしました。いきなりカッとなっちゃってすいません……」
私は再び言葉を切って、もう一度彼女達へ向けて謝罪する。
しかしここで、厨房からの足音。
「まあまあ、お嬢さん。そこまで肩肘張らなくてもいいじゃねぇか。そういう時は美味いもん食って、悩み事を綺麗さっぱり忘れちまってもいいと思うぜ?」
「あ、大将!」
ハリのあるいい声で話す、柴犬大将さんが湯気の立つ器をお盆に乗せてやってきた。
「はいよ、柴関ラーメンお待ち!」
「わぁ、ありがとう大将さん!」
ほかほかのラーメンの器が便利屋さん達の前に並べられていく。さっき私が店の外で嗅いだ匂いはこの醤油ラーメンのものだったらしい。出来たてのラーメンを前にした彼女達の目は四者四様に輝いていた。
うん。やっぱり美味しいお昼を食べるならこうでなくちゃね。
私は彼女達に気を遣わせないよう、そっと目を閉じ、気配を薄める。
「残りはもうちょっと待ってな。今持ってくるからよ」
「はーい、大将さんありがとう!」
「え……?」
残り……?
頭の中に疑問符が過ぎって、閉じた目を開いて横を見た。
背中を向けた大将さんにお礼を言うウラちゃん。おう、と返した大将さんがテーブル席に背を向けカウンター席へと向かっている。
そして厨房とカウンターの間には、ほかほかと湯気の立つ2つのラーメンが。
──???
注文した覚えが無いんだけど。
心当たりのない私はウラちゃんを見た。
私の視線に気付いた彼女がそっとさり気なくポーズを取る。
「あちらのお客様からです……」
「ウララ先輩?!」
「彼女がワタルちゃんに元気を出して欲しいと、スペシャルセットをご用意しました……」
「ちょ、ちょっと違うわよ!?その2つはさっき先輩が頼んでたやつでしょう!?」
「アルちゃん……!!そこをなんとか……!!」
「ちーがーうーわーよー!!?こっちよこっち、ワタルさんこっち!!感謝するのはウララ先輩の方にして!!」
社長さんに対して小ボケを吹っ掛けたウラちゃんが、満足そうに笑顔を浮かべた。タチが悪いなこの先輩……と内心で社長さんに同情しつつ、私は隣の彼女に向き直る。
「ありがたき幸せ……!」
「良きにはからえ……!」
「息ピッタリじゃん」
聞こえてきた茶々に聞こえないふりをしながら、私は彼女に頭を下げた。そうこうしてる間に大将さんがやってきて、テーブルの上にラーメンが並ぶ。
「はいよ、お嬢さん方の分の『柴関ラーメン』お待ち!熱いから気をつけて食えよ?」
ゴトリとテーブルへ置かれたラーメンからは、湯気立つ醤油の吹き抜ける香り。揺れるスープの深みのある茶と水面に沈む麺の黄のコントラストが湯気に映え、ネギや海苔の濃淡鮮やかな緑色が油膜の上で踊っている。チャーシュー、メンマが身を浸す器を前にして、私の喉はゴクリと鳴った。
隣を見れば、ウラちゃんが手を合わせながら微笑んでいる。
「──『食事時の安寧と平穏』、でしょ?一緒に食べよ?」
私の口から困惑が漏れた。
主語の抜けた彼女の言葉に悪意の棘は一つも見当たらず、混じり気の無い善意が込められている。
「──あ、もしかして勝手に決めちゃったのダメだったかな?ごめんね?」
「いや、別にそれは……良いけれど……」
彼女から目を逸らすように言葉を紡げば、クスリと誰かに笑われた。笑いに反応して便利屋さん達の方を向けば、何故か律儀にみんな待っている。私とウラちゃんの分が来るまで彼女達は箸を手元に置いて、様々な感情が籠った視線を私達へと向けていた。
こそばゆい。勝手に罪悪感を暴走させていた私が恥ずかしいじゃないか。
私はテーブルの上へ目を逸らす。
「よーし、それじゃあ頂いちゃおっか!アルちゃん、音頭よろしく!」
「え、えぇっ!?……──しょうがないわね!良いわ、皆。いただきましょうか」
「はい、いただきます!」
「アルちゃ〜ん、捻り無かったね〜?」
「別に良いでしょ!?あと、食べ終わったら爆弾の撤去作業するから覚えておきなさいよ!」
「はーい」
「は、はい……!!」
程よくうるさく交わされる会話に、美味しいラーメンを啜る音。美味しい、美味しいと紡がれる言葉は幸せそうなぽかぽかを産んでテーブルを包み、心地よい暖かさを店内に齎した。
モヤ無く、団欒溢れる理想的なお昼時。
誰にも邪魔される事のない和やかな空間が、お店の中で構築される。
「……食べないの?」
声に顔を上げれば、パーカーの子がこちらを見ていた。
「伸びちゃうよ、それ」
「は、はい!いただきます!」
また固まっていたらしい私の思考。
美味しいラーメンを前にもったいない。
私は箸とレンゲを両手に持って、麺を掬って慎重に食べた。
醤油と香味の艶やかな香り。
……熱さに隠れたスープの旨味に思わず口元が綻ぶ。
「……美味しい!」
次回、便利屋コミュ回へ続く……。