キャッキャ!
ライブラリー・オブ・ロア掘り下げキャッキャ!
怪奇に始まり、教訓で終わる。王道みたいな締め方キャッキャ!
設定欄に余白用意しておきますね。
ウララパートの続きです。どうぞ。
すっかり陽も落ち、街灯の蛍光灯が点滅し始める。アーリヒカイットの前まで無事にお客さんを送り届けた私は、店の扉を開けた。
「はーい、到着です!」
「おぉ、ありがとうね。いつも助かるよ」
明かりのついた店内に、お客さんを招き入れる。カウンターの裏からガチャガチャと何かを探しているような音がするので、どうやらケンさんも戻ってきているらしい。
「ケンさーん、ただいまー!お客さん連れてきたよ〜!」
私の言葉で帰ってきたことに気付いたらしいケンさんが、カウンターからひょっこり顔を覗かせた。
「──おう、おかえりお嬢。ウタマさんもいらっしゃい、ゆっくりしていってくれ」
「ほっほ、お邪魔しますよ」
私が用意した席へ、年老いたキツネの男性が座る。そして彼は勝手知ったる仲のように、ケンさんと談笑を始めた。
彼は『ウタマさん』。百鬼夜行地区で猟友会の取り纏めをしている、好々爺然としたキツネのお爺ちゃんだ。彼はケンさんと長い付き合いらしく、時折こうして遊びにくる。もちろん彼もこの店のお得意様であり、反動強めの愛銃を使う火力中毒者の1人で……私が初めて任された仕事の依頼人さんだ。
彼らが談笑を続ける中、温かい緑茶を用意した私はカウンターテーブルへと声をかける。
「お話中に失礼します」
「ほっほっほ、ありがとう。いつも気が利くねぇ」
「おう、助かるぜお嬢」
和やかに談笑をする2人の傍へ、私はお茶の入った湯呑みを置いた。
お茶出しを終えた私は、整備が終わったウタマさんの銃を取りに行く。カウンターの奥の棚の上から3番目、そこに置いた木箱の中から1つのライフルを取り出した。ピカピカの銃身に汚れの無い銃床部分。グリップにかけて枝垂れた、風に揺れる稲穂の装飾。
──今回も完璧な仕上がりだね!
ルンルン気分の私は銃を持ち、談笑中のウタマさんへ歩み寄った。
「──はい、ウタマさんの『
「──おぉ……、これはこれは。さすがケンさんとウララちゃんだ、銃が輝いて見えるよ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ、俺達も鼻が高いってもんだ!」
ウタマさんが顔を綻ばせて銃を受け取る。カウンターテーブルを照らす電灯に、ウタマさんの笑顔と『宇迦霊農三十八計』が浮かんだ。彼が大事そうに抱えて覗き込むライフルの、稲穂の装飾が光を反射してゆらりと揺れる。カチャリ、カチャリと1つずつ動作確認を進める彼の目元が、満足そうに細められた。
ケンさんとこっそり拳を合わせる。
今回のオーダーも完璧だったね!
「……」
ふと、動作確認を続けるウタマさんを見て思う。ワタルちゃんの手に合いそうな銃とは何なのだろうか?
威力、重量、反動、パーツ。それらが私の頭の中をぐるぐると巡る。今回のオーダーの中には耐久性もある程度含まれているため、バレル等の機構に装飾を彫る訳にもいかない。それでいてなおかつ、反動を最小限に抑え、火力もある程度出せるようにするというオーダーは、かなり難しい縛りと言えるだろう。私はこの2日間銃を試射しては、納得いかずに装飾を作り直す工程を幾度となく繰り返していた。
「……おや、ウララちゃん。儂の顔に何か付いておったかね?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してました」
銃を見ていたら、ウタマさんに話しかけられてしまった。どうやらボーっとしていたらしい。
「おやおや、それならば儂のライフルの方でしたか…。これはお恥ずかしい」
「あ、いえいえ!ジッと見続けてたのはその通りなので気にしなくても大丈夫です!」
しゅん……とヒゲが垂れてしまったウタマさんを慌ててフォローする。だが、ウタマさんは気にするどころか愉快そうに笑い始めた。
「ほっほっほ、ウララちゃんがフォローをするとは。……だいぶお疲れのようですな」
「あぁ、今回はお嬢曰く結構な難題だからな。パーツを組み立てては作り直してを繰り返してる。だいぶ苦戦中だ」
どうやらウタマさんの気遣いだったらしい。
私も普段なら冗談に乗った上で気楽に返せただろうけど、今日はなんだか調子が続かない。根を詰めすぎたって訳でも無いんだけど……やっぱりワタルちゃんのオーダーがそこそこ難しいからかな?
……うーん、分からない。
これがスランプってやつ?
そんな風に悩んでいると、ケンさんに背中をつつかれた。
「とりあえず、お嬢も座りな。ウタマさんを店に連れて来てから休んでないだろ?」
「──あ〜、そうかも。ちょっと休憩させて貰うね……」
私も椅子を引っ張り出して、カウンターテーブルの近くへ座る。椅子に座った事により、今まで抑え込んできた精神的な疲れがドッと溢れ出てきた。
「あ゙ぁ〜、生き返る〜……」
「疲れすぎてお嬢がゾンビみたいな声出してるな」
そうだよー、スランプゾンビだよー。
口には出さず手を上げる私に、大人2人は可笑しそうに笑う。
「今晩は私達しか店におりませんからな、こうして休んでいても大丈夫ですよ」
ほっほっほ、と笑いながら顎下のふさふさした毛を撫でるウタマさん。そのお言葉に甘えて、私はリラックスしながら悩みを口に出し始めた。
「……なんか上手くいかないんですよねぇ。装飾を入れてもしっくりこないし、かといって反動抑制に力を入れすぎると火力落ちちゃいますし……」
「お嬢の『装飾』、そういった意味では一長一短だからなぁ……」
私の呟きにケンさんが頷く。
私は羽を動かして同意した。
『装飾』。
私が銃に手を加える事で、組み上がった銃のポテンシャルをカスタムする事が出来る、不思議な技術だ。
例えば、反動が強くて威力の高い銃があるとしよう。ここに私が『装飾』を使って手を加えると、威力を上げて反動を抑える調整を施す事ができるのだ。
とは言え、もちろんデメリットが無いわけではない。強化した分どこかしらの性能が落ちてしまったりするし、1発撃ってみないとどんな調整が施されたかはパッと見だと分からないのである。それこそ、装飾を施した私でさえも。
定期的にPCで銃種ごとの対応項目表は作っているけど、このデータが正しいのかも分からない。そして最近、またデータがバラけ始めた。本当に謎の多い技術である。
ぼーっとしながら、私は天井の古い照明を眺めた。ジジッと、電気が跳ねる音がする。
「おやおや、今回は何の銃を使っているので?」
「スナのPSG-1〜……、装飾で反動抑えすぎるとだいぶ威力落ちちゃうの〜……」
「ふぅむ……」
ウタマさんが
「……そんじゃあ、俺は片付けをしておこうかね」
ケンさんはそう言うと、緑茶が空になった湯呑みを片付けに行き、この場には私とウタマさんしか居なくなった。
「……確か、儂の宇迦霊には命中率を上げて、反動を抑える効力を付けてくれたんじゃったか」
ぼそり、とウタマさんが、昔を思い出すかのように呟いた。
「そうですね〜。火力に関しては問題ないレベルだったので反動を抑えて、重さを少し上げる代わりに命中率を上げてたはず……」
私はその時の事を思い出すように、天井を見上げる。あの頃は私の腕もまだ未熟で、一発撃つ度に銃をバラバラにしちゃって、よくケンさんに怒られてたっけ。それでも仕事として整備を任された時は嬉しかったなぁ……。
……おっとっと、今はそんな事思い出してる場合じゃないや。
ウタマさんのライフルに彫り込んだのは稲穂の装飾。実りで重くなった稲穂を重心に見立て、稲穂が揺れる様子から風の強さで支えられるという解釈にしてたんだったかな。ウタマさんはお年を召しているから、反動を抑えた方が身体に負担がかかりにくいんじゃないかって思って設定したんだっけ……。
……でも、なんで今、ウタマさんはこの事を聞いてきたんだろう?
そう思ってウタマさんを見ると、彼は自身の愛銃を撫でた。
「──いやなに、反動を抑えるというライフルで同じじゃから、類似点が見つかるかもしれないと思ってな?」
「おぉ、確かに……」
言われてみれば確かにそうじゃん。ウタマさんの銃も反動を抑えるというコンセプトで調整したライフル。今回の悩みの打開にも一役買ってくれそうなサンプルケースなのだ。
「宇迦霊かぁ……、言われてみれば似てるかも」
「うむ、儂も若い頃はこやつの調整に手間取ったもんじゃ。今はそこまででも無いが、若い頃のこやつはじゃじゃ馬じゃったのう……」
昔を懐かしむように、宇迦霊を撫でるウタマさん。
「今じゃこんなにヨボヨボになってしまったからなぁ……、今はもう、あの頃のこやつを手懐けられる気がせんわい」
「筋力とか体幹とか落ちますもんねぇ……」
「そうじゃなぁ、老いとは酷よのう……」
段々とリラックスしてきた私は、ウタマさんの話にゆる〜く相槌を打つ。そんなこんなで、だらだらとウタマさんとおしゃべりしていると、ケンさんが湯呑みを片付けて戻ってきた。
「おう、ようやくお嬢の顔色が良くなってきたか」
「ほっほ、そうじゃのう。この老いぼれの話に付き合ってくれてありがとうなぁ」
「いえいえ、良いリフレッシュになりました!こちらこそありがとうございます!」
頑張るぞーと、リフレッシュ出来たことでやる気が湧いてきた私は、すぐにでも作業を再開しようと作業部屋へ向かう。そんな私を見て、ウタマさんとケンさんは和やかに笑った。
「──そういえばケンさんや。今日は珍しい銃を仕入れたと聞いたのじゃが……、一体どんな物なんじゃ?」
「はっはっは、耳が早いなウタマさん。聞いて驚け?こいつはツテを辿って仕入れた、外の世界産の銃だ!」
「──んん?」
そういえばケンさんは今日、仕入れに行くとかなんとかで店を空けていた事を思い出す。ケンさんが自信満々に紹介したそうにしている銃ということは、また高火力の銃なのだろう。ちょっと気になった私も、ひょこひょこと登りかけていた階段を降り、カウンターテーブルへ戻った。
「やる気起きたけど、ケンさんが仕入れた銃も気になる……」
「やっぱお嬢も戻ってきたか。気分転換がてら見て行きな!」
「ラジャー!」
そう言って、ケンさんはしばらく店の奥へと引っ込んで行く。何やらガサゴソと箱を漁る音が続く中、私とウタマさんは何が出てくるのかワクワクしながらケンさんを待った。
しばらくして、ケンさんがえっちらおっちらと長い木箱を運んできた。
「お嬢ー、さすがに1人だと運ぶのキツイから手伝ってくれー!」
「ありゃりゃ、すぐ行くねー!」
大人で力があるとはいえ、犬の身長のケンさんでは、1人だと長い木箱のバランスを支えきれなかったらしい。急いで私も手伝って、カウンターテーブルの上へと箱を置く。
「おぉ……、これまたかなり大きい銃ですな」
「だろぉ?」
箱の大きさを見て、驚いたような声を出すウタマさん。私の目算でも、1メートルはくだらないと思うくらいにその箱は大きかった。
「よっし、お嬢。箱の蓋を持ってくれ」
「ういういー」
せーの、の掛け声と共に木箱の蓋をケンさんと開ける。感嘆の声がウタマさんの口からから漏れた。
「──『マクミランTAC-50 A1R2』、外の世界での最新式対物ライフルらしいぜ?」
「おぉー……!?」
「最新式……!そりゃまた凄いものを手に入れましたな……!?」
ニヒルに笑うケンさんの言葉に驚く私達。外の最新式銃という事はかなりお高いはず……、しかも最新式はキヴォトスでの流通量が限られる。驚かない筈がなかった。
「コイツを手に入れるのは苦労したぜ……。なんせブラックマーケットで危険な橋を渡らざるを得なかったからな……」
「うぇっ、マジで?そんなに??」
ケンさんがブラックマーケットを利用するとは相当だ。ブラックマーケットは連邦生徒会ですら手を焼く無法地帯であり、闇金を初めとした悪徳企業達の温床でもある。誠実さをモットーとしているケンさんが眉を顰めるほどの場所に頼らざるを得なかったという時点で、この銃の貴重さがそれ程の物なのだと気付かされた。
「お嬢が紹介してくれた『便利屋』のお陰でなんとかなったが、マジで危なかったぜ」
「そっかぁ…、あの子達に後でお礼に行かなきゃね……」
どうやら、ケンさんの話からすると自慢の後輩達が頑張ってくれたらしい。今度絶対にお礼に行こうと決意して、カウンターの上に置かれたその銃を眺める。
「それにしても……、かなり大きいですな……!」
「そうだな……。やっぱり対物ライフルだからだろうが、口径も銃身もとにかくデカい。威力もそれ相応だった」
興奮した口調で喋るウタマさんに、実際に試射をしたであろうケンさんが感想を述べる。その感想を聞いた私達の目は、輝かしいものを見るような目で、キラキラとした視線をその銃へ向けた。
ケンさんはそんな私達を見て、驚くのはまだ早い、と言わんばかりに指を振る。
「───そして、コイツの真に恐ろしい事実は…、言うとするならば……」
含みたっぷりに言葉を溜めるケンさんに、ゴクリと唾を飲み込む私達。張り詰めたような静寂の中、ケンさんはゆっくりと口を開く。
「───恐ろしく反動が軽く出来るパーツが付いてるって事だ」
「ほっ…!?」
「嘘でしょ……?!」
耳を疑うようなケンさんの発言に驚愕する私達。対物ライフルの威力を出すにはそれ相応の反動が付き物で、反動を抑える為にも色々とパーツを取り付けなければならないはず……。ちょっと信じられない事実に、思わずケンさんの目を見る。しかし、その銃を試射したであろうケンさんの目は、真実だと物語っていた。
「やっっっばぁ……、え?便利屋大手柄じゃん?」
「こんな凄いものを生きているうちに拝めるとは、人生何があるか分からぬものですな……!!」
興奮した私とウタマさんは、落ち着くまで10分くらいかかった。そりゃそうである、銃の常識をぶち壊してくるようなブツが、目の前にあるのだから。興奮しても仕方ない、そのくらいに、目の前の銃はとんでもないインパクトを私達に与えたのだった。
「落ち着いたかい、お二人さん」
「ほっほ……、年柄にもなくはしゃいでしまいましたわい」
「やっぱ銃最高だね……、新型の性能とか知る時の興奮度合いヤバいもん」
「うむ……!」
まだ若干余韻から抜けきれていない私達だったが、気を取り直してケンさんの説明を聞くことにする。最新式なのに機能を聞かないと言うのは、銃に対して失礼に当たるというものだ。いそいそとカウンター近くへ椅子を寄せて、私達は説明を聞く体勢を整える。
「それじゃあ説明していくぞ。重量11.8kg、全長1448mm、銃身の長さは737mmってところか」
「ふんふん」
「やはり、対物ライフル故に重量がありますな……」
そうだな、とウタマさんの言葉に同意するケンさん。約1.4mもあるその銃に、私はワクワクした気持ちが抑まらなくなってきた。
「んで、使用可能な銃弾は12.7×99mm、風に流されにくいデカめの弾だ。作動方式は手動回転式ボルトアクション。5発装填型の弾倉を使う」
説明を続けるケンさんが、カウンターの後ろの棚から弾を出してくる。ウタマさんは、その弾と銃の弾倉に目が釘付けだった。
「そして何よりも、この銃には俺も小耳にしか挟んだことがないレベルの、……希少な技術が使われてるのよ」
「ほほう……」
銃の情報に目敏いケンさんですら、小耳に挟むくらいしか聞いたことがないレベルの技術。その事実に、ウタマさんは興味深そうに顎下の毛を撫で、私はカウンターに身を乗り出した。
「……それで、その技術って?」
私はケンさんの言葉を待ちきれずに急かす。
ニヤリと笑ったケンさんは、私達を見て言った。
「──『油圧式反動抑制機構』。大砲の反動を抑える駐退機のシステムを、銃の機構で再現したギミックだ」
──言葉が出ない。この事を聞いて、私の頭を過ぎったのは万魔殿の後輩であるイロハちゃんが、戦車で砲撃を撃ち出す姿。私は彼女が勤める砲兵隊の射撃演習に立ち会った事があり、その砲撃の正確性や連射速度に非常に驚かされたものだ。
あの砲撃を、対物ライフルで再現出来るというのか。私は驚きすぎて、ぺたんと椅子にへたり込む。ウタマさんも興奮しすぎて、普段ならふさふさした眉毛の奥に隠れた萌葱色の瞳が、カッと見開かれている。
もう情報で頭を殴りまくられた私達のテンションは、夜にも関わらず天元突破していた。
「はっはっは、気持ちは分かるな!しかもこれ、銃の大きさと重さがプラスされるだけで威力が落ちねぇんだとよ。バカみてぇだぜ!」
「はー!!?壊れ武器?頭おかしいんじゃないの??」
「おぉ、もうやめてくれ!気持ちが昂りすぎて血圧が上がってしまう!!」
銃の性能でやいのやいの言いまくる私達。その姿はさながら、新情報と称して爆弾を投下されまくったオタク達である。
助けて、情報で殴られすぎて死にそう。
「マジでお礼しなきゃ……、ちょっとアルちゃん札束で殴ってくる……!!」
「お嬢ステイ、今から店を飛び出すのは常識的に考えてよろしくないぞ」
荒ぶる気持ちを抑えきれない。
札束ビンタしなきゃ……!!と店を飛び出そうとする私をケンさんが止めた。そんなケンさんはというと、この惨状を笑いたくて仕方がないと言わんばかりの表情を浮かべながら、銃が納められている箱を撫でている。
段々と、1つの銃のせいで騒がしくなっていく店内。私達のテンション諸共、店の雰囲気がヒートアップしていく中、ウタマさんの静かな声がそこへ水を差すように響く。
「──ちなみにケンさん。この銃は売り物かね?」
その一言に、店内の騒がしさは嘘のように静まりかえった。ケンさんが、カウンターテーブル越しにウタマさんへと向き直る。
「……あぁ、そうだぜ。コイツは、売るために仕入れてきたんだからな」
ケンさんが不敵に笑った。その顔を見たウタマさんは、満足したように頷く。そうして、彼はおもむろに口を開いた。
「……50万、これで買おう」
……一気に店内の空気が引き締まる。
ウタマさんは、いつもの大らかな口調とは裏腹に、静かな──真剣な口調で、50万出そうと言い放った。
「だとよ、お嬢。どうする?」
ケンさんが私を見てくる。私を見る彼の目は、ウタマさんが買いたい!と言うから売るというものではなく……。
──私すらもお客様として見据えた、商売人の目だ。
──上等!
「じゃあ65万で」
「むっ」
ニヤリと笑って、オークション会場と化したカウンターに殴り込む私。ウタマさんは一瞬驚く顔を見せたが、すぐに私をライバルとして認め、金額を釣り上げにかかる。
「75万!」
「80万」
「ほほう…、90万」
「95万!」
水面下で、私とウタマさんの静かな心理戦が繰り広げられる。闘争心を金額に乗せた私達は、相手の余裕を読み、時に乱しに行く。
「105万!」
「110万!」
「120万だ!」
「125万よ!!」
金額が釣り上がっていく。ケンさんはその終わりを、目を伏せ、棚にもたれかかりながら待っていた。
「ふぅ……いつもの事ながら、ウララちゃんは強敵だ」
少し汗ばんだような顔を手拭いで拭きながら、ウタマさんは私を見る。
「ふふふ……、お褒めに預かり光栄ね。それはそれとして手は抜かないよ……!」
肩で息をする私も、ウタマさんを見て笑う。
──決着を付けよう。私達は、言葉無く通じ合った。
「130万!」
ウタマさんが声高に叫ぶ。真に迫る気迫からして、それが今の彼が出せる最高額なのだろう。その事を察した私は、静かに幕を引きにいく。
「140万」
がっくりと肩を落として床に手を付くウタマさんを後目に、天高く拳を突き上げる私。
……第35回のアーリヒカイット突発オークションは、ここに決着した。
「──よし、決まったみたいだな」
ケンさんが銃を見つめて、手に持つ。そして、私の方を向いて口を開いた。
「どうするお嬢?一括か、分割か」
分かりきったことを聞いてきたケンさん。
そんなの言うまでもない、私は満面の笑みを顔に浮かべる。
「もちろん一括よね!」
「だろうなぁ!」
はっはっは、と大笑いしてお会計に移るケンさん。キャッシュで一括払いした私を見て、ウタマさんがため息をついた。
「……容赦無く競り落としたねぇ、ウララちゃん」
そう呟いた彼を見て、私は不思議に思う。いつものウタマさんなら、もう少し食い下がってきた気がするのだが、今日はやけに諦めが早かった。
「そういうウタマさんこそ珍しいね?だいぶ音を上げるタイミングが早かった気がするんだけど……」
疑問に思った私が聞いてみると、ウタマさんは困ったような顔で肩を竦める。
「いやはや、家内が厳しくて……、趣味にお金を使いすぎだと怒られてしまいましてね……」
「あちゃー……、それは大変ね……」
「世帯持ちは辛いですよ……」
ウタマさんが珍しくボヤいた。トホホ…と言いたげなウタマさんを、私は背中をさすって慰める。少しして、悲しみから復活したウタマさんがウキウキした様子の私を見て、不思議そうな顔をした。
「そういえば……、今回の競りのウララちゃんはかなり気合いが入ってましたね。いつもなら適当な所で切り上げていたと思うんですが……」
ウタマさんがそう言って、私の方を向く。私は、わっしょいわっしょいと作業部屋に銃を運びながら、ウタマさんのごもっともな疑問へ答えた。
「いやー、もしかしなくても今回のオーダーにピッタリなんじゃないかって思いまして。ちょっと本気出しちゃいました」
「……なるほどのう」
ケンさんの説明を聞いて、もしかしてこの銃なら、反動を抑える調整をある程度に盛り込みつつ、火力や耐久性などの効力に思いっきり割り振れるのではないかと、私は考えたのだ。類似品を弄った事は無いが、スナイパーライフルの性能調整の、補正傾向はある程度把握はしている。そのため今回、私は全力でマクミランを勝ち取りに行った。
私の説明を聞いたウタマさんは、ふむ……と、どこか納得出来なさそうな顔で俯く。そんな様子を見たケンさんが、私の言葉に補足をしてくれた。
「お嬢、久しぶりに友達が出来てはしゃいでるんだよ。今回のオーダーもその子からなんだよな」
「──あぁ、道理で……!」
ほっほっほ、と今度こそ納得したように笑ったウタマさん。彼の目には悔しさは無くなっていて、その目はどこか優しく、暖かいものへと変わっている。
「今回は買わせて貰ったけど、次回のウタマさんにはサービスさせてもらうからね!」
「おぉ、おぉ。楽しみにしておりますぞ!」
銃を見た時の熱狂ぶりは何処へやら、アーリヒカイットの店内に、静かで穏やかな時間が再度流れ始めた。そんな中、私はスキップのような足取りで階段を上り、銃が納められた箱を作業室に置く。
「あ、そうだ。ワタルちゃんってどのくらい動けるんだろ?」
ふと、疑問が頭に過ぎった。そういえば、ワタルちゃんが戦闘している所を、私は一度も見たことがない。気になった私は、早速ワタルちゃんへモモトークを送る。
ウララ▷
『ワタルちゃん、ちょっといい?』
『今、渡す銃がようやく決まって調整に入りたいんだけど』
『ワタルちゃんがどのくらい動けるか知らなかったなーって』
すると、ワタルちゃんの方もちょうど手が空いていたのか、すぐに既読がついた。少し間が空いて、メッセージが帰ってくる。
ワタル◀
『確か、明日体力測定ある』
『明日でいい?』
なるほど、体力測定なら数値化されたデータを手に入れられるか。ワタルちゃんに感心しながら私はメッセージを返した。
ウララ▷
『了解!』
『明日待ってるね〜』
「これでよしっと」
メッセージを送信し終わった私は、スマホの画面を消す。そのまま作業部屋を出て、階段を降りた。
ケンさんとウタマさんが和やかに談笑している。私が店内に戻ると彼は腕時計を確認し、椅子からスッと立ち上がった。
「それでは、今晩も面白いものを見せてくれてありがとうございました。また、宇迦霊の整備を頼みに来させていただきます」
「こちらこそ、当店をご利用してくれてありがとう、ウタマさん。次もまた、誠心誠意見させていただきますんで、どうぞよしなに」
お互いにお辞儀をするケンさんとウタマさん。ケンさんのお辞儀に合わせて私もお辞儀をする。
そしてそのまま、私は扉の前に立った。
「お嬢、お客さんのおかえりだ!」
ケンさんが、私に対して声を掛ける。私もそれに応えるように、ウタマさんへ向かって声を掛けた。
「──それでは、帰りも私、ウララが安全第一で送らせていただきますね!」
「ほっほっほ、それじゃあよろしくお願いしますかね」
「お任せあれ、です!」
ウタマさんにお願いされた私は、お辞儀して応える。そのままウタマさんと私は、扉を開けてアーリヒカイットの外へ出た。
空を見上げると、青みがかった月が綺麗に浮かんでいる。思わず、ウタマさんと私は目を細めて月を眺めた。
「いやぁ、いい月ですねぇ」
「うむ……、私の家内と出会った日を思い出すよ」
「へぇ〜、その話詳しく教えてくれません?」
「おうおう、良いとも。あれは綺麗な月が浮かんでいた夜じゃった──」
すっかり暗くなったD.U.自治区の郊外の道を、わいわいと喋りながら私達は進んでいく。そんな私達を、月が優しく照らしていた。
なお、ウタマさんを送り届ける間に
・羽生ウララ
銃に関しての技術力が謎に秀でたアルバイト系女子高生。将来はアーリヒカイットに就職しようと思っている。
・ウタマさん
じゃじゃ馬ライフルで獲物を仕留める、御歳78歳の猟師のお爺ちゃん。まだまだ現役だが、妻のお小言に弱い。
・ケンさん
ウララの腕を買っている、火力バカな銃屋の店主。
マクミランを手に入れる為に、オークション会場でタンカを切った。落札額82万円。
・『装飾』
銃の火力や反動、耐久性などの諸々の総合力をパラメーターとして弄る事ができる謎技術。銃に彫り込む模様や柄、記号や文字で、各パラメーターは上下する。
ウララの神秘が関係する技術の1つ。