TWINZAETH AFi - Lunar Ruins 作:PUNICA
革命歴十二年三月一日。
午前六時三十分。
明度と室温から推測するに、天気は快晴。俗にいう洗濯日和と呼ばれる気象なんだろうと思う。
カーテンの隙間から籠れ出すように、無数の薄明光線がちらちらと、たまに顔に当たって眩しかった。風と光が織り成す自然からの嫌がらせが執拗に続き、思わず顔を上げてしまう。
上品な調度品で彩られた部屋だった。
私が仕えたシェイン王子の私室。
この時間なら、彼はまだ寝てる頃。柔らかいベッドマットの上で丸くなり、自分の体重で窪んだ部分にすっぽりと収まって寝息を立てている事だろう。
しかし今は居ない。
あの事件から約三ヶ月が過ぎた。いや、三ヶ月も、なのだろう。
良く食べる子だったし、お腹は大丈夫だろうか。次から次へと色んな技術を身に付ける乾いた木綿のような子だったが、仮にも王族、流石に野草やら野生動物やらで食い繋ぐのは難しいか。ちゃんと親切な人に拾われて保護されているといいけど……。
悶々と考えれば考える程、時間が過ぎていく。
今日も王子の帰りを待つ日だ。私はあのお方の為に造られたのだから、それ以外の行為は許されていない。これが私という名の個体が持つ《脆弱性》だった。
居ないのであれば、待つ。
命令がなければいつまでも待つ。
私という存在は、半永久的にそれが可能だから。
その心にそっと語りかけた密かな誓いも、ドアノブの駆動音と共に砕かれた。
「案の定、ここにいましたね。ヒーリア」
現れたのはレディースとしては珍しい、燕尾服に身を包んだ女性。私と同じ、発声器官の位置から生じる特有の、声に違和感のある機巧従者。というか寧ろ私の姉妹機だった。
「
「王妃様が、宮殿の地下遺跡の調査チームを編成・派遣するとの事です。専門家は既に呼んであるのでヒーリアも同行するように」
地下遺跡。
宮殿直下に位置する超自然的な洞窟遺跡の事で学者の間では《白の洞窟》と呼ばれている。由来はそのままで、純白なケイ素質で形成された洞窟だからである。極めて高次元的な謎の空間と知られ、『行きは進むだけ時間がかかり、帰りは大体百メートルで済む』という現象が起きている。またこの遺跡特有の生態系が存在している。
王子は夜な夜な、その遺跡の独自調査をしていたようで、日々潜り込んでは魔法の試し射ちだの生態研究だのをしていたらしい。
「……そこ、ものすごーく危険な場所ではありませんでしたか、
「ええ、素晴らしく危険な場所です。だけど王子の消息が掴める可能性があるのなら、寧ろ歓迎するべきだと思うですが」
「はい、勿論です。しかし王子様からは『ここで待ってて』と言われておりますので、それ以外の行動を無許可ではちょっと……」
自分は至極真っ当な事を言ったつもりであった。が、ヒーリアは呆れたように自らのこめかみを押さえ溜め息をつき、口を開く。
「確かにそうです。しかし王子は『無事に帰ると約束する』と前提した上で、そう言いました」
「ええ、シェイン王子はまず嘘はつきません。無事に帰って来てくれると信じてます」
「例の事故現場でシェイン王子のものとされる血痕が大量に見つかっていた事を想起してください。人間の子供があれだけの出血をしたら、まず“無事”とは言えないかと」
「しかし……」
反論したい気持ちは山々だが、確かにそうだ。写真で見た血の量から考えて、幼い子供であったら最低でも貧血は起こすだろう。
しかしあの人は嘘はつかない。何らかの方法で生き残り、何処かに保護されているだろう。勿論、それは憶測でしかない。そして憶測よりも実際に観測された情報が、より信憑性のある情報だ。
観測された情報は血にまみれた雪景色と、彼が実際に被っていた帽子。そして破壊された機巧従者の素体──私のだ。
「シェイン王子は自分で誓った約束を守れなかっただけです。王様と王子、貴女、そして同行した近衛兵たち、十数人がかりで果たそうとしたのだけれど、結果として」
「…………」
「さて、ヒーリア。貴女はとても心配性なのは分かるわ。だからシェイン王子も『無事に帰ると約束する』と前置きして『ここで待ってて』と命令した。前提が破綻したなら命令は無効になるのだけれども……他に待機命令はされてますか?」
言いたい事を言い終わったリーディアは僅かに満足げな表情で私に向き直る。彼女は確実に
「されてないです……けど、本当にそれで大丈夫なのですか?! 後で怒られたりしないですかね!」
「私達はそういう道具なのですよ? 使い方を間違える方がいけないのです。それともシェイン王子は物に当たるような低俗なお人柄なのですか?」
完敗だった。私ではなく、命令者たるシェイン王子の。
「……ぅ、うぅ……。違いますよー! 言っておきますけどね、リーディア。仮にも王族に対して『低俗な人』と仮定するのは犯罪に触れてますよ!」
「さぁ? 私は物なので人権はありません」
「だったら不良品です!」
「そうですね。久々にカスタマーサービスに顔出してきましょうか。なにぶん、生産性の低い部品で組まれた特別仕様機なので、脆弱性の判明は寧ろ喜ばれる事でしょう」
凄く楽しげな笑顔を浮かべて詭弁を振り続ける私の姉妹機と、シェイン王子の面目を維持する目的から若干脱しつつある私の口論は、王妃本人が直接呼びにくる昼前まで続いたのだった。
「人間の揚げ足とるのは楽しいですね」
「貴女は一度フィールドストリップされるといいです」
「ストリップ……やらしい響きですね」
「何でですか?!」
※フィールドストリップ……本来は銃用語。大体の意味では簡易的な分解作業と清掃・メンテナンスを指す。